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22/01/2009

「企業が自由に解雇できる社会」と「労働者が自由に企業を移動できる社会」とは違う

 池田信夫先生は、新卒のとき、たまたま入った会社に一生とじこめられることは、労働者にとっても幸福ではない。彼らが自由に企業を移動することを支援する制度が必要である。仰っています。しかし、現行法の下でも、労働者は自由に企業を移動することができます。終身雇用契約のもとでも、労働者の側で一方的にこれを解約することは問題がありません(例外は、プロ野球選手くらいです。)。

 池田先生がしきりにご提唱されている「企業が自由に従業員を解雇できる法制度」というのは、「労働者が自由に企業を移動することを支援する制度」とは全く別物です。この制度のもとでは、それまで在籍していた企業を去るかどうかを決める主導権は労働者には与えられていませんし、その企業を去った後、すぐに再就職先が見つかる保証はなく、その場合「企業を移動する」のではなく、「企業からポイ捨てされる」ことになるに過ぎません(特に、企業の考え方が、19世紀まで戻らなくとも、男女雇用均等法制定前に戻ってしまうと、「女性労働者は、若い独身者以外不要」ということで、一定の年齢に達すると、あるいは、結婚し又は出産すると、解雇され又は雇い止めされる危険が十分にあり、この場合、追い出された労働者は同様の職種で再雇用される蓋然性は相当程度低くなります。男女雇用均等法制定前の、「寿退社」を求めることが事実上広く行われていた時代に戻るわけですから。)。

 また、「企業が自由に従業員を解雇できる法制度」のもとでは、個々の労働者の個性をそれほど求めない労働市場では、何歳になっても、どのような家族構成になっても、若年の新卒者と価格競争をすることが求められます。すると、給与水準は、何歳になっても、独身で生活するのに必要な最低限度の水準、下手をすると親元で生活する上で必要な最低限度の水準で固定する可能性が十分にあります。企業にとって解雇が自由になり年功序列制度が崩壊した場合には、それ以上の給与を求める労働者は即時解雇して、より安い給与水準で満足する若年労働者に入れ替えれば済むからです。このような仕組みのもとでは、生活コストがかかるために労働市場から排斥された労働者は、例えば、離婚し、子供を養護施設に預けるなどして、生活コストを、若年新卒者のレベルにまで引き下げない限り、企業を「移動」することはできなくなります。

 そして、そのような制度のもとでは、労働者の身分で「結婚し、出産して生活コストを引き上げる」というのはいわば自殺行為となりますし、「ローンを組んでマイホームを購入するなど、とんでもない」ということになります。万が一子供が生まれても、子供に教育費をかけるというのは一般労働者には許されない贅沢となり、子供は義務教育が終わり次第抛り投げるか、場合によっては生まれ次第捨てることしか、一般労働者には許されなくなるかもしれません。

 かくして、我が国の少子化は一気に進み、せっかくの子供たちも、その多くがストリートチルドレン化し、中等教育以上の教育を受けた人材は一部富裕者の子供に限定される社会が到来することになります。新自由主義がもたらす未来なんて、その程度ではないかと思われます。


【追記】

 池田先生がご自身のブログのコメント欄で私が「彼らが自由に企業を移動することを支援する制度が必要である」と書いているのを引用しておきながら、「池田先生がしきりにご提唱されている『企業が自由に従業員を解雇できる法制度』というのは・・・」と書くのは詐欺的です。私がどこでその引用符の中のようなことを書いているのか。むしろ「解雇を無条件に自由にしろということではありません」と書いている。と述べています。しかし,池田先生の一連の解雇規制に反対する一連のエントリーを拝読しても,では,どのような解雇規制は残せと仰っているのかを把握することは困難です。私のいう「規制撤廃」はderegulationの訳語で、これはすべての法律をなくして犯罪も不法行為も自由にするということではありません。とか,コモンロー的に不当な解雇については、司法が止めるでしょう。それは上限金利を撤廃することが闇金を公認することを意味しないのと同じ。とかと仰っているようですが,日本はコモンロー国ではありませんし,池田先生が提唱するとおりに労働法を改正するとすれば,それは「労働法に明文の定めがない解雇規制を裁判所が解釈により行うことを許さない」という類のものにならざるを得ません(池田先生が問題とされている解雇規制法理自体,明文の法規の欠缺にもかかわらず,判例法で積み上げてきたものだからです。)から,そのような立法がなされた後に,「コモンロー的に不当な解雇については、司法が止める」ことは相当困難だといえるでしょう。

 ある法制度を新規立法したり廃止したりした場合にそれがどのように解釈され,運用されるかについては,経済学者よりも法律家の方がより現実的な解を見出すことができます。

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