原文を確認しないと危ない
「こういう経済政策をとるとこういう結果が生ずるはずだ」というのは理論ですが,「こういう経済政策をとるべきだ」というのはその経済政策をとった場合に生ずることが予想される結果についての価値判断です。そして,その価値判断については,経済学者にプライオリティはありません。従って,池田先生がリストアップした14の項目のうち,5,6,7,8,11,13,14にはさしたる意味はありません。
なお,10に関しては,原文はCash payments increase the welfare of recipients to a greater degree than do transfers-in-kind of equal cash value
となっており,池田先生は所得の間接的な再分配より現金支給のほうが福祉を高める
という訳を与えていますが,「transfers-in-kind」とは現物社会給付(現物社会移転)のことであって「所得の間接的な再分配」のことではないように思います。10番でいっていることは,「お金を渡した方が,政府が調達した商品・サービスをそれと同額分渡すより,受け取った側の役に立ちますよ」という程度の話です。
12も,原文はA minimum wage increases unemployment among young and unskilled workers.
となっており,「最低賃金制度は若年者と未熟練労働者の失業率を増大させる」といっているのであって,最低賃金を引き上げると、未熟練労働者の失業が増える
という池田先生の訳は原文とは合致していないように思います。この点に関していえば,経済学者がいくら声を揃えようとも,最低賃金制度が廃止されたピノチェト政権下のチリで失業率はむしろ増大したこと(そして,最低賃金制度の復活以降失業率は低下したこと)は事実として存在するし,また,最低賃金が廃止された結果,若年者と未熟練労働者の賃金水準が,フルタイム労働しても健康的で文化的な生活をできない水準で固定した場合にそれは好ましいことなのか(むしろ,賃金水準を高めに維持した上で,就業者たちが「税金→失業給付・生活保護」等の形で,やむなく失業した人の負担を分かち合う方が好ましいのではないか)ということを考える必要がありそうです。新自由主義的にいえば,生存に必要な食料等を確保するに足りる賃金に見合うだけの市場価値のない人間は淘汰される(死ぬ)べきだということになるのだと思いますが,それは政治的にかつ人道的に間違っているのです。
【追記】
このエントリーについて池田先生のブログにトラックバックを送ったところ,そのコメント欄に,
くだらないTBが来たので削除しましたが、10の"transfers-in-kind"というのは、政府が公共事業や価格支持政策などによって所得を移転すること。それよりも所得の直接補償のほうが望ましいということです。
と記載されていました。しかし,「in kind」という言葉は,例えばオックスフォード現代英英辞典によれば,「(of a payment) consisting of goods or services, not money」という意味を有しており,「transfers in kind」という言葉には「現物給付」「現物移転」等の訳語が与えられるのが通常です。そして,これに「Social」との語が附加されると,「現物社会給付」「現物社会移転」等の訳語が与えられることになります(そういう意味では,原文の10は「transfers-in-kind 」とだけあり,「social transfers-in-kind」とはなっていないので「現物社会給付」と「社会」という言葉をつけたのは妥当ではなかったかもしれませんが,まあ,文脈的にはそういうことなのでしょう。)。実際,こちらのページ(総務省統計修所編「日本統計年鑑」)でも,「Social transfers in kind」には「現物社会移転」との語があてられ,「一般政府ないし対家計民間非営利団体が家計に対し現物の形で支給する財・サービス。」との説明が加えられています。
「政府が公共事業や価格支持政策などによって所得を移転すること」のどこに「in kind」に相当する部分が含まれると思われたのか,理解しがたかったりはします。
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