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03/03/2009

「池田信夫学」が試験科目に採用される可能性

 池田信夫さんが,次のように述べているようです。

 

「構造改革」が労働者への労働の成果の配分の現象を生じさせるものであれば,それは家計収入自体の減少をもたらしますから,国内需要が減少するのは当然のことです。(原文ママ)

この文章は(誤字を訂正すれば)つねに正しい。トートロジーだからである。したがって、ここから何も意味のある命題を導くことはできない。私が「構造改革で需要は増える」と書いているのに、それとは逆の仮定を置いて何事かを証明したつもりになっている彼が、素人なら何もいう気はない。彼はこれでも弁護士免許をもち、法廷で弁論を行なう弁護士なのだ。自動車の免許だけではなく、司法試験も定期的に再試験をしたほうがいいのではないか。

 確かに「配分の現象」は「配分の減少」が正しいですね。

 ただ,池田信夫さんが全知全能の神であるならば,池田さんが「構造改革で需要は増える」と言っているのにこれに反することを書くのは当然に誤りだということになるのでしょうが,残念ながら,私の認識では池田さんは全知全能の神ではないので,池田さんの意見に反することを書くことは何ら問題がないことであるように思われます。仮に司法試験にも定期的に再試験が課されることになったとしても,(経済学に限定したとしても)池田信夫さんと同じ認識を有しているかをチェックする「池田信夫学」が試験科目に採用される可能性はないように思いますので,「池田信夫上武大学大学院教授が「構造改革で需要は増える」と書いているにもかかわらず,それを異なる仮定を置いて何事かを証明」しようとする弁護士を撲滅することはできないように思われます。

 それはともかくとして,「『構造改革』が労働者への労働の成果の配分の減少を生じさせるものであれば,それは家計収入自体の減少をもたらしますから,国内需要が減少するのは当然のことです。」という命題が正しいのだとすると,それにもかかわらず「構造改革で需要は増える」といえるためには,「『構造改革』は労働者への労働の成果の配分の減少を生じさせるものではない」ということを証明する必要があるように思います(まあ,内需の減少分を補ってあまりあるほどの外需があればトータルでは需要が増大することはあり得るのですが,そのような外需頼みの経済が危ういことはお認めになっているように思いますし。)。

 池田さんは,そこのところの説明を一貫して怠っているわけで,今回も人様の論理に「詐欺的」等といっている暇があったらその説明をすればいいのに,と思ったりします。

 なお,「資本主義」の語源論争については,こちらを参照のこと。

日本語では kapitalitisch や capitalistic の形容詞はふつう「資本家的」ではなく「資本主義的」や「資本制的」と訳しているので,「資本主義」あるいは「資本主義的」・「資本制的」という言葉が最初から使われているように思われてきたにすぎない。

とのことなので,経済学の専門家ではない私が誤解していたのはやむを得なかったところです。

 それに比べると,経済学者なのに,

マルクスのテキストに資本主義(Kapitalismus) という言葉は一度も出てこない。これを初めて使ったのはゾンバルトである(Wikipediaにも書いてある)。
等といってしまう方が問題ではないかなあという気がします(「the production system」を記述する言葉として,という限定はこのときはしていないですから,あとから,the production system」を記述する言葉として「Kapitalismus」という言葉を使ったのはゾンバルトだとWikipediaに書いてあるといわれても,まさに後出しじゃんけんですしね。。しかも,この「Kapitalismus」の語源の話って,
これは経済史の常識であり、こんないい加減な知識で、わかりもしない「階級闘争」を語るのはやめてほしいものだ。

として,私の「階級闘争」に付いての話を価値がないように言い募るためのレッテル貼りの一環としてなされたに過ぎないですから,まあ,経済学って変わった文化があるのだなあと感心させていただきました。法律学ですと,特定の言葉についての語源に関して仮に誤解していたとしても,それが議論の中身の信頼性に決定的な悪影響を与えるとは一般に考えられていませんので。

 いやまあ,池田さんが時折,濱口桂一郎・独立行政法人労働政策研究・研修機構統括研究員に向ける学歴差別的な言辞を見ても,法学系とはそもそもの考え方が違うのだろうなと思ってしまいます(もともと実学志向が強い法律学の分野では,有能な人間は大学院に行かずに実務に就いてしまうし,研究職にしても,東大法学部で最上位の成績を収めるような人は学部卒業と同時に助手採用されてしまうので,優秀な実務家,研究者が修士号を持っていないということは普通にあります。だから,論者が修士号をもっていないからその論文は検討するに値しないという考え方は,法学分野では一般的ではありません。)。

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