「『企業活動の自由』は何よりも尊い」というレトリック
池田信夫さんが,いわば壊れたレコードのようにまた同じようなお話をされているようです。
趣味の悪い邦題がついているが、原題は"Trade-offs: An Introduction To Economic Reasoning And Social Issues"。経済学は複数の目的のトレードオフの中から何を選択するかを考える学問だが、世の中にはそういう相対化を否定し、特定の目的がすべてに優先すると主張する人が多い。
特に多いのが、本書も指摘する「命は何よりも尊い」というレトリックだ。建築基準法が過剰規制だというと、「人命のために企業活動が制約されるということが池田先生には許せないのだと思います」などとからんでくる弁護士がいる。彼らはこのように人命と企業活動のトレードオフを考えること自体を許さず、人命が絶対だと主張する。それなら自動車の生産はすべて禁止しなければならない。
法律家がトレードオフを理解できず池田信夫さんとそのお仲間がトレードオフを理解できているということではなく,法律家は,「企業活動の自由」よりも人命等に優越的な価値を置きそれを選択する傾向が高いのに対し,池田さんは,「企業活動の自由」に人命等の価値よりも優越的な価値を見出し,そちらを選択する傾向が高いというだけの話でしょう。
そして,「企業活動の自由」と「人命」とを天秤にかけたときに「人命」に優越的な価値を置くのは法律家に限定された発想ではなく,また日本において顕著な思想でもありません。だからこそ,例えばほとんどの国では道路交通法にあたる法律を作って人命に危険を与える運転を事前に禁止し,また交通事故により他人を死傷させた場合に,損害賠償義務を課す他,刑事罰をも課す法制度を採用しており,かつそれは法律家以外の一般市民にも支持されています。危険運転致死罪が創設される段階で,「現在の物流は,トラック運転手による加重労働により支えられているのだから,トラック運転手など業務の一環として自動車を運転しているものによる死傷事故については,むしろ一切の法的責任を課さないこととするのが経済学的には正しい。」という意見は,法律家のみならず,一般市民からも出てこなかったように記憶しています。
また,自動車については, 国土交通省で定める保安上又は公害防止上の技術基準に適合するものでなければ、 運行の用に供してはならない とする事前規制を様々な形で行っており,そのために企業に様々な経済的負担を課しています。この点においても,現行法は,企業活動の自由よりも人命等に高い価値を見出した選択をしており,それは法律家以外の市民からも広く支持されています。一部の経済学者は環境規制がとてもお嫌いなようですが,排ガス規制や騒音規制などを自動車について課すことも,企業負担の上昇に繋がるものではありますが,法律家のみならず,一般市民に支持されており,自分たちが健康的な生活をしたいがために企業に負担を強いる幹線道路沿線住民を「反経済学的だ」となじる人はあまりお目にかかることはできません。
そういう意味では,単純な「企業活動の自由礼賛型経済学者」を除くと,自動車の運行による経済活動というものを認めつつも,その人命等に与える負の影響を最小化するために,様々な事前規制及び事後規制を組み合わせるというバランスの取れた議論が一般にはなされているように思われます。
といいますか,個別的正義を守ろうとする法律家をやたら攻撃する類の経済学者(何学者とお呼びするかをその学位により判断するとすると,必ずしも経済学者とお呼びするのが妥当な方々ばかりではないようですが)こそが,「特定の目的がすべてに優先すると主張する人」にまさにあたるように思えてなりません。
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