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18/04/2009

池田さんにとっての「中傷」の判断基準は?

 池田信夫さんは,既存の用語を定義抜きで従前と異なる意味で用いることがしばしばあるので(例:transfer in kind等),「事実無根」とか「中傷」という言葉の意味も,きっと私たちのそれとは異なるのだろうという感じはします。そこで,過去の池田さんの発言から,池田さんにとってどのようなものが中傷で,どのようなものが中傷ではないのかを見ていくことにしましょう。

 このエントリーのコメント欄で,池田さんは,

リチャード・クーは、博士号も取れなかった落第生という究極の低学歴。それこそG7などで笑いものになるでしょう。

と述べています。

 Wikipediaでリチャード・クーさんの経歴を見てみると,「ジョンズ・ホプキンス大学大学院にて経済学博士課程修了」とあります。博士課程を修了しているようですから「落第生」ではないように思えるのですが,池田さんは特別な情報をお持ちなのでしょうか。博士号をとっていない,との点について言えば,博士課程を修了しても博士号を取りに行かない人は(少なくとも法学系には)たくさんいますので,「博士論文を書き上げて博士号を取りに行ったが,審査をパスしなかった」という意味での落第生であったかどうかは公開情報ではわかりません。そんなクーさんに客員教授の話を持ちかけたのは早稲田大学。私は法学系なので,経済系では早稲田大学と上武大学の序列がどうなっているのか,定かにはわからないのですが。

 いずれにせよ,そんなクーさんを「究極の低学歴。それこそG7などで笑いものになるでしょう。」と表現することは,池田さんの基準では「中傷」にあたらないのでしょう。

 こちらのエントリーではクーさんのことをさらに次のように表現しています。

カエルの面に小便という言葉があるが、あらゆる経済学者から小便や大便をかけられても、同じようなバラマキ政策を主張するリチャード・クー氏の脳は、両生類以下なのだろうか。

 さらにそのコメント欄で,池田さんは,

10年以上すべての経済学者に批判されているのに、マクロ経済学の教科書も読まないで「IS-LM教」とか罵倒し、無論理な「実感論」ばかり繰り返しているのは、脳に欠陥があるとしか考えられない。

大学で落第した恨みでもあるんですかね。

 2008年8月25日の段階で「今のようなインフレ状態で」との認識を表明されている池田さんがクーさんを評価していないのはわからなくはないのですが,世の中には池田さんやその同調者以外にも経済学者はいるので「10年以上すべての経済学者に批判されている」というのはおよそ言いすぎではないかという気がしますし,「ジョンズ・ホプキンス大学大学院にて経済学博士課程修了」したクーさんが「マクロ経済学の教科書も読まな」かったとは信じがたいところです。また,クーさんの「脳は、両生類以下」であるとか「脳に欠陥がある」との点については,これを信じるに足りる根拠は提示されていないように思われてなりません。

 いずれにしても,この程度の表現にとどまるのであれば,池田さんの基準では「中傷」にあたらないということなのでしょう。

 また,池田さんはこちらのエントリーで,

以前の記事で話題になったhamachanこと濱口桂一郎氏が、いろんな人に「天下り学者」「低学歴」などとバカにされたのを根にもって、ブログで私に繰り返し当り散らしているようだ。
と述べています。

 ところが,私は寡聞にして,池田さん以外の方が濱口先生のことを「天下り学者」「低学歴」などとバカにしているのを目にしたり耳にしたことがありません(池田ブログのコメント欄ではあったかもしれませんが)。

 我が国の一般的な基準では東大法学部卒というのは「低学歴」と馬鹿にされるような学歴ではありませんから,濱口先生をそのような理由で馬鹿にされる方はほとんどおられないように思います。

 さらに池田さんはコメント欄で,

ただ私の友人に、通産省の面接に遅刻して労働省に行ったのがいました。法学部から労働省に行くというのは、民間から内定の取れなかった学生ぐらいでしょう。まぁ彼の文章を読むと、さもありなんですね。

と述べているのですが,これって東大法学部から労働省に進んだ方全体を攻撃しているわけですね。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科での学術博士(政策・メディア)の学位を持つに過ぎない人を「経済学については学士しか学位がない」ということが慶應義塾大学全体を貶めるものと認識される蓋然性よりは,この事実摘示が東大法学部から労働省に進んだ方全体を貶めるものと認識される蓋然性の方が高いように,名誉毀損訴訟の実務経験が豊富な私には感じられるのですが,池田さんの基準は異なるのでしょう。

 さらに,このエントリーのコメント欄で,池田さんは,

だから最近は、官僚もけっこう高学歴化してきて、このhamachanなんか、自分でもいってるように「低学歴」だけど「裏口入学」でもぐりこんだ口でしょう。

と述べています。

 しかし,政策研究大学院大学は,現役の官僚,地方公務員を多く学生に抱える特殊な教育機関であり,その性質上,官僚OBを大量に抱え込んでいるわけで,濱口先生のようなキャリアの人を教員として採用するのは,まさにその経営戦略に合致しているのであり,そこに「裏口」という言葉で示されるやましさというのはいささかも感じられないのですが,池田さんは何か裏事情を具体的にご存じなのでしょうか。

 いずれにしても,この程度の表現にとどまるのであれば,池田さんの基準では「中傷」にあたらないということなのでしょう。

 また,池田さんは,わざわざ「クルーグマンの素人談義」というタイトルのエントリーをアップロードされています。

 ここでは,

ミルトン・フリードマンと一緒に記念碑的な大著『アメリカの金融史1887-1960』を書いたアンナ・シュワルツが、ポール・クルーグマンのフリードマン批判に、長文の怒りの反論を書いている。

との記載があり,その反論を「おばあちゃん風の口調で訳」したものとして,池田さんは,

ポールの話は、こういう論理的な矛盾と初歩的な誤解だらけで、訳がわかんないわ。彼は金融の専門家じゃないんだから、素人はよけいな口出しするんじゃないの。
と記載しています。

 上記エントリー中の「怒りの反論」という部分からこのページにリンクが貼られており,そこからは,Edward NelsonさんとAnna J. Schwartzさんによる「The Impact of Milton Friedman on Modern Monetary Economics: Setting the Record Straight on Paul Krugman’s 'Who Was Milton Friedman?」という論文の原文をダウンロードすることができます。

 上記の池田さん訳の最後の文章に相当する原文は,

Paul Krugman is a respected trade theorist. But he does not speak authoritatively on subjects on which he has no expertise. Monetary economics is not his field of expertise.
Krugman’s research background does not qualify him as an authority on Milton Friedman’s work. Krugman’s scholarly publications rarely mentioned Friedman and, when they did, they acknowledged the contributions of Friedman and monetarism in a way that contradicts his (2007a) essay on Friedman. Friedman’s reputation is intact despite Krugman’s deplorable efforts to denigrate him and his contributions.

ではないかと思うのですが,この文章を上記のように「超訳」されていることを知ったら,アンナ・シュワルツさんは悲しむのではないかと思ってしまいます。

 クルーグマンさんに対しては,こちらのエントリーで,

今となってはナンセンスなことが明らかな理論で、その昔ロボトミーに授賞されたようなものだろう。

要するに、その時その時で理屈を変えて世の中に媚びてきたわけで、昨年のHurwiczとは逆の、経済学者の卑しい部分を代表する人物だ。

と述べています。

 これこれをみると,クルーグマンさんが一貫性を欠くという池田さんの見立てはマイナーなのではないかという気はしますが,それはそれとして,「経済学者の卑しい部分を代表する」という言い方は,池田さんの基準では「中傷」ではないのでしょう。

 結論としては,このように何をもって「中傷」とするかについてのハードルが極めて高い池田信夫さんにとって,慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科において取得した学術博士(政策・メディア)という学位を「メディア学」と表現されることは,その発言者ついて懲戒申立を行うことを辞さないほどの許せないものと受け取られているということです。そのこと自体,慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科のなかで,「政策」の面に着目して研究をしている人たちは,「メディア」の面に着目して研究している人たちをそこまでひどい目で見ているのかと,驚きを新たにさせるものです(そんな内部のつばぜり合いなんて,外部の者が知るものですかって気はしますが。)。

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