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juin 2009

30/06/2009

小宇宙で共有されている敵意に基づく妄想に支えられる「議論における誘導尋問」論

 「議論における誘導尋問」という概念を提唱されている矢部善朗創価大学法科大学院教授の一連のエントリーを見ていると、

 野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

を「議論における誘導尋問」であると矢部教授が断定する根拠というのは、根拠の希薄な憶測に基づくものでしかないところが面白いところです。

 もちろん、矢部教授のブログにおいては、ブログ主と常連コメンテーターの間で私に対する敵意が共有されていますから、その根拠の希薄な憶測を所与の前提として話を進めることができるわけですが、そういう敵意を共有していない人から見ると、何を言っているのだろうという話になります。実際、そのような見方に賛同できない人に対しては、野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?という質問形式から必然的にそのような展開が予想されることを論理的に説明するのではなく、私に対する人格攻撃を行うことによって情緒的な説明を行おうということになっているようです。

 そもそも、一問一答式のやりとりが続くことが予定される口頭試問等とは異なり、ウェブ上の議論では、矢部教授が想像力逞しく展開してみせるような「議論における誘導尋問」が成立する余地というのは乏しいのです。例えば、

 野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

に対しては、

 その改正案には無条件では賛成できかねます。なぜならば、○○。

というふうに、回答者は、思い通りの情報を回答の中に付加することができるからです(質問者には、これを制御する物理的手段がありません。)。

29/06/2009

事ここに及んで,「誘導尋問と言うかどうかは本質的な問題ではありません。」!!

 前回のエントリーについて,矢部善朗創価大学法科大学院教授から次のようなコメントを頂きました。

誘導尋問と言うかどうかは本質的な問題ではありません。

あなたの質問が刑事訴訟規則または民事訴訟規則にいうところの誘導尋問でないことは当初から自明です。 まさかそんなレベルで議論していたのですか?

 私の「野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?」という質問を矢部教授が「誘導尋問」だといったからそれは誘導尋問ではないと私は反論をした,そうしたら,矢部教授が「「法律家の業界では、証人がYESかNOで答えられる質問」を誘導尋問と言う」だの,「回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません」だのと言い始めたわけです。

 それが,矢部教授の「誘導尋問」についての理解が一般のそれと食い違っていることをいよいよ隠せなくなってきたら,

誘導尋問と言うかどうかは本質的な問題ではありません。

ですか。

 もちろん,証人尋問においては証人に意見を求めることはしないわけですが,その点を重視するのであれば,「野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?」という質問について矢部教授が「誘導尋問」という表現を用いたこと自体が失当だと言うことになります。

 なお,意見を求める質問についても,証人尋問における「誘導尋問」という語をパラレルに当てはめるのであれば,はやり,敵対的ではない回答者に対し質問者が望む答えを暗示するという要素があることは欠かせないのではないかと思います。

追記

矢部教授のブログって,昔は弁護士等によるコメントもいろいろ投稿されていたのですね。でも,「死に神」論争で死刑反対論者がパージされたあたりからでしょうか,普通の弁護士がコメントを投稿したくなる雰囲気でなくなったのは。

28/06/2009

「議論における誘導尋問」という新たな概念について

 矢部善朗創価大学法科大学院教授は、また、「自らの誤読、ねつ造、名誉毀損体質を自分自身で証明している小倉秀夫弁護士」というタイトルのエントリーをアップロードして、私への中傷に必死です。ひょっとしたら、「誘導尋問」とは何たるやを理解していなかった自分についての弁明なのかも知れませんが。

 小倉弁護士が、法廷ではなく、自分のブログに書いた
 野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

という質問が「誘導尋問」かどうかです。

とのことなのですが、「議論における誘導尋問」の内容が「証人尋問における誘導尋問」とは全く別物であるとお考えなのでしたら、「小倉秀夫弁護士のための誘導尋問講座」とのエントリーで、「証人尋問における誘導尋問」に関するものであるウィグモアの定義や広島高裁松江支部の定義、あるいは、渡辺直樹弁護士の説明を紹介した上で、以上の定義から明らかですがという言葉を用いて自説を説明すべきではなかったといわざるを得ません。

 さらにいうと、矢部教授が「議論における誘導尋問」と呼ぶものに「誘導尋問」という言葉を用いることの妥当性も問題とされるべきでしょう。通常の「誘導尋問」は、その質問が証人に対して尋問者が欲している特定の答えを示唆しているために,実際の記憶にかかわらずそのような回答がなされてしまう(そのことによって証人の記憶と異なる回答がなされてしまう)ということが問題となるものであり、尋問者と回答者が友好的であるが故に問題が生じうるものであるのに対し、矢部教授が「議論における誘導尋問」と呼ぶものはそれとは正反対のベクトルを持つものだからです。

 なお、

○○という改正案に無条件で賛成されますか

という質問に対しては、普通の大人は、

  1.  はい。賛成します。

  2.  いいえ、無条件では賛成しません

  3. という回答をすることが可能であり、後者については、さらに、

     私は、この改正案の「●●」という部分に「▲▲」という問題を見逃すことができませんので、この部分が「◎◎」となったら賛成できます。

    とか、

     そもそもこの改正案のコア部分である「◆◆」という考え方に賛同できません。

    等の理由を付けて答えることができます。といいますか、そういう議論の展開こそが通常想定されるものです。

     もちろん、例えばラジオボタンが用意されていて、単に「はい」か「いいえ」かしか答えようがないような仕組みとなっていて、かつ、「いいえ」答えた場合には、改正案のコア部分である「◆◆」という考え方に賛同できないものとラベリングされて一切の弁明の余地が与えられないというのであれば、矢部教授の危惧も分からないではないのですが、「議論」を行うときにそのようなルール設定がなされることは通常ありません(というか、それは議論ではありません。)。

     ですから、まず叩き台としての案が提示され、これに無条件で賛成するか否かから入ることを「議論における誘導尋問」などと表現して、これを非難するという行動パターンは、一般にとられていません。従って、矢部教授が「議論における誘導尋問」と呼ぶ概念って、矢部教授とそのお取り巻き以外には通用しない概念なのではないかと思います。

私はエスパーではない

 矢部善朗創価大学法科大学院教授は,「小倉秀夫弁護士のための誘導尋問講座」というエントリーを立ち上げておられました。そこでは,誘導尋問の定義として,

誘導尋問とは,特定の答えを期待して自由記述方式の質問を回避して押し付けないし暗示を用いる質問。

というウィグモアの定義や,

言語、音声、態度、形式等特殊な発問方法により相手方をして発問者の意図する事実を故意に供述させるような尋問方法

という広島高裁松江支部の定義を紹介されており,また,私が紹介した渡辺直樹弁護士の論考の更に一部を紹介した上で,

 つまり、以上の定義から明らかですが、誘導尋問の目的は、質問者の思惑通りの回答を得ることにあるのであり、回答を暗示するということはその典型的な方法ではありますが、別の方法もありますので、回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。

 そして、回答を誘導するための具体的な手段がYES・NOに代表される二者択一の質問形式であるわけです。(この点については誘導尋問は、回答範囲を限定する質問によって回答を誘導しようとするものである。を参照)

と述べています。ウィグモアの定義も,広島高裁松江支部の定義も,また渡辺直樹弁護士による解説も,「証人尋問における誘導尋問」に関するものであって,「議論における誘導尋問」に関するものではありません(議論をするにあたってどのような手法が用いられようが,それは法律が本来関与すべきものではありません。)。したがって,それらを参照した上で矢部教授が行った「回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。」等の説明は,「証人尋問における誘導尋問」に関するものだと読むのが通常です。

 矢部教授は,誘導尋問の目的は、質問者の思惑通りの回答を得ることにあるのであり、回答を暗示するということはその典型的な方法ではありますが、別の方法もありますので、回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。との結論を,以上の定義から明らかですと言っているのですから,ウィグモアの定義や,広島高裁松江支部の定義,渡辺弁護士の説明が前提としている,敵対的でない証人に対する主尋問における「誘導尋問」について,矢部教授は,回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。といっているものと読むのが通常です。

 ところが,「証人尋問における誘導尋問と議論における誘導尋問の違いが分からない小倉弁護士」というエントリーでは,

これに対し、小倉弁護士が引用しているCleveland弁護士の説明も渡辺直樹弁護士の説明も訴訟における証人尋問を前提にしている説明です。

 当然、事実を暗示することが誘導尋問の手段になります。

 この点において、私も全く同様の理解です。

と述べられています。「えっ!」という感じです。ウィグモアの定義や広島高裁松江支部の定義から明らかだと言い放った「誘導尋問」についての本質論は,「訴訟における証人尋問を前提」とするものではなかったのですか?

 誤読だ,曲解だ,捏造だとの人格攻撃を矢部教授から受け続けているのですが,ウィグモアの定義や広島高裁松江支部の定義から明らかだと言い放った「回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。」等の説明を訴訟における証人尋問を前提としたものではないと読めというのは不可能を強いるものであって,その文章が客観的にどのように通常読まれうるものであっても書き手の真意と異なる理解をした場合には誤読,曲解,捏造だ,恥の上塗りだといわれても,「困った人だなあ。ひょっとしたら,本当に,『証人尋問における誘導尋問』の理解を間違えていたのではないかなあ。でも,法科大学院で刑事法を担当する大学教授でそれって普通あり得ないよなあ」という感じにしかなりません。

27/06/2009

矢部教授の独自定義を知らないと「恥の上塗り」?

 矢部善朗創価大学法科大学院教授が,「証人尋問における誘導尋問と議論における誘導尋問の違いが分からない小倉弁護士」というエントリーを立ち上げて,私に対する個人攻撃に執着しているようです。つくづく,新興宗教というのは人の心を平穏にしないものだなあ,と思ってしまいます。

 矢部教授が「証人尋問」という言葉を従前用いられてきたのと全く別の意味で用いるのはご自由かもしれませんが(まあ,「誘導尋問」のように専門家の間でその意味範囲についてだいたいのコンセンサスが得られている言葉をそれと異なる意味で用いるときは,そのたびごとに鉤括弧でくくるなどして通常の用法とは違いのだということを最低限明示すべきだし,その言葉をその意味で用いることに特に意味があるのでない場合,混乱を回避するために差し控えるべきだとは思います。),矢部教授の一連のエントリーや各所でのコメントを読んだ上で,矢部教授が「誘導尋問」の本来的な意味を誤解していたのではなく,本来的な意味を知った上でそれとは異なる意味で「誘導尋問」という言葉を鉤括弧もつけることなく用いていたということを理解できなかったとして,それがなぜ「恥の上塗り」になるのか,私には理解できないところです。むしろ,彼の「応援団」であるハスカップさんを含めて刑訴規則等でいうところの「誘導尋問」に関する話がなされていて,いざ「回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。」との説明が間違いであるということが文献によって提示された段階になって,「証人尋問における誘導尋問と議論における誘導尋問の違い」なんてことを言い出されても,苦し紛れの弁明にしか見えてきません。

 また,矢部教授は,「取調べ可視化の意味について」というエントリーにおいて,

 小倉弁護士は、これまでしきりに捜査官の違法な取調べを強調していますが(まるで捜査官は違法な取調べをするものであるとでも言いそうです)、小倉弁護士は、捜査官が違法な取調べをできなくなることをもって捜査官に不利になると考えているのでしょうか?もしそうなら小倉弁護士は取調べ全面録画反対論を全く理解していないことになります。つまりいつもの藁人形論法になります。

と述べています。まあ,建前論として,「一度捕まえてきた被疑者は,真犯人であろうとなかろうとお構いなしに,これまで通り密室で違法な取調べをして無理矢理にでも自白させて,有罪に持ち込みたいから,取調べ全面録画反対」とはいわないでしょう。だからこそ,「被疑者と取調官の信頼関係」だの「被疑者のプライバシー」だのという,「被疑者が自白に至った後の録画はOKだが,被疑者が自白に至る過程の録画はNGとなる」理由とはなり得ない理由を掲げざるを得ないのでしょう(普通に考えると,被疑者が頑強に否認している状態よりも,被疑者が自白に転じた後の方が,被疑者の口から被疑者や関係者のプライバシー情報等が語られる蓋然性が高いと思います。)。

 矢部教授は,

 私は、これまで何度も説明しいるのですが、私のいうバランス論は、捜査側と被疑者側のバランスではありません。

 小坂井弁護士が引用文の最後で指摘しているように刑事訴訟法1条の理念の問題、すなわち、実体的真実の発見と被疑者被告人の人権保障のバランスを言っているのです。

とも仰っているのですが,その引用文

「捜査構造論として、糺問的捜査観、弾劾的捜査観、訴訟的捜査構造論といった見解が唱えられている。しかし、『取調べ可視化』それ自体は、『価値中立的』であって、いずれの見解とも整合しうる」。「すなわち、可視化は、被疑者を『主体』足りえる環境を整備すると同時に、被疑者を直ちに『客体』にすることをも可能にする」もので、「それ自体は、真実主義に親和し、むしろ『敵に塩を送る』制度だ」といえるくらいである。したがって、「可視化によって、理念としての捜査の構造は、何も変わらない」。「要するに、可視化は『公正・適正・正確』、すなわち、『刑事司法の尊厳』に奉仕するが、それ以上でもそれ以下でもない。可視化は、攻撃と防御の双方にとって等距離・等価値のもので、全体のシステム・機能を‥‥毀損させなどしない」。そしてこのような認識にもとづき、「『理念としての捜査構造』を何ら変えないものは、直ちに実現すべきで、裁判員制度の導入と同時にこれを実現させることに障害があるとは思われない。『取調べ可視化』は、『我が国の刑事司法の使命』、すなわち、刑事訴訟法1条の理念に極めて適合的」

を普通に読むと,小坂井弁護士は,『取調べ可視化』を導入することそれ自体が「刑事訴訟法1条の理念に極めて適合的」としているのであって,「『取調べの可視化』を導入するのであれば,別途実体的真実の発見と被疑者被告人の人権保障のバランスをとるべきである」云々とは述べていないように思われます。

 なお,矢部教授においては,

 取調べの全てを録画してそれを開示することには到底賛成できません。

 その最大の理由は、被疑者及び第三者のプライバシー侵害の危険が大きすぎるからです。

としつつ,

 そこで私案ですが、現在、取調べにおいて弁護人の立会いは認められていませんが、調書の作成時においてだけ弁護人の立会いを認め、弁護人が連署した調書の任意性は原則として争うことができなくなることにしてしまうのです。

との提案をされており,人質司法を利用した虚偽自白取得の構造を維持しつつ,調書作成のときだけ弁護人の立ち会いを認めて,弁護人を冤罪でっち上げの共犯にしてしまおうとしていた過去があります。また,

それでは刑事による厳しい取調べは一概に非難されるべきなのでしょうか。
 私はそうは思わないのです。少なくとも現状においては。

いってみたりしているようです。取調べの過程では,弁護人は見せられないような「厳しい取調べ」を行うことを肯定しつつ,(弁護人が帰ったらまた同じような「厳しい取調べ」を受けるため短時間弁護人が同席するだけでは必ずしも「厳しい取調べ」で生じた捜査官と被疑者との間の心理的な「支配ー被支配」という状況が解消されないという状態において,「調書の作成時においてだけ弁護人の立会いを認め、弁護人が連署した調書」については後に任意性を争うことを許さない──そういう制度が導入されていれば,がんがん冤罪を生み出すことができてさぞ捜査機関の士気は上がることでしょう。

26/06/2009

多重トラックバックや二重コメントはそろそろやめて下さい。

 矢部善朗創価大学法科大学院教授にはもう少し冷静になっていただきたいところです。

 一つのエントリーから何度もトラックバックをいただくに及びませんし(「TrackBacks récents」欄が、矢部教授のブログのもので一杯になってしまいます。)、コメントについても、矢部教授からの投稿は、管理画面を操作する環境に身を置いたときにはちゃんと公開しているのですから、二重投稿していただくに及びません(矢部教授からのコメント投稿は、その約9割が二重投稿です。)。「特定のハンドル名からの投稿は承認せずに公開」というオプションがココログの機能としてあることを知らないので、即時公開にならないことはご容赦ください。

 野党共同提案に係る刑事訴訟法改正案に賛成するか否かを繰り返しお尋ねの方がおられるようですが、この改正案自体については賛成です。もちろん、以前に提出された刑事訴訟法改正案には、取調べへの弁護人の立会権が定められており、それが盛り込まれていた方がより素晴らしいとは思いますが、今回の野党案は、それはそれで一日でも早く可決成立され、施行されるべきだと思っています。実は、弁護士出身の公明党所属の国会議員さんにメールを差し上げたところ、その議員さんも、バランス云々ということ抜きに、取調べの全面録音録画を一日も早く実現すべきだと仰っていたので、ごく一部の元検事さんたち以外の弁護士は、ほぼこの案に賛成なのではないでしょうか?録画物たるDVDの封印方法故にこの法案に反対している方というのは、今のところ矢部教授以外には見たことがありませんし、録音録画物の複製物を弁護人に交付して事務員等に倍速でまず閲覧させるということを否定的に捉える議論もほぼ見られないようです。

 まあ、ある種の集団では、このようにして特定の人物に対する憎悪を募らせていくのだなあということが、公開の場で行われているという点で、矢部教授のブログ及び電子掲示板はとても貴重だと思います。

米国裁判例に見る「誘導尋問」

 2004年から2005年にかけてAILA Asylum Committeeの議長を務めたこともあるDavid L. Cleveland弁護士が,「What Is A Leading Question」という文章を公表して,何をもって誘導尋問とするかについての米国の裁判例を整理しています。そので引用されているUnited States v. Durham, 319 F.2d 590, 592 (4th Cir. 1963)では,Wigmoreの「証拠法」を参照しつつ,

The essential test of a leading question is whether it so suggests to the witness the specific tenor of the reply desired by counsel that such a reply is likely to be given irrespective of an actual memory. The evil to be avoided is that of supplying a false memory for the witness.

と判示しています。すなわち,誘導尋問か否かを判断する上で欠かせない要素として,その質問が証人に対して尋問者が欲している特定の答えを示唆しているために,実際の記憶にかかわらずそのような回答がなされそうか否かということがあげられています。誘導尋問を制限することにより回避されるべき害悪は,「証人に間違った記憶を供給すること」と捉えられているわけです。

 さらに,Cleveland弁護士は,State of Maine v. Weese, 424 A.2d 705, 708, 1981 Me. LEXIS 718 (Supreme Court of Maine, 1981)を紹介して,

The court stated that a question is not leading "merely because it calls for the witness to respond with a simple ‘yes’ or ‘no.’" 424 A.2d 705, 709.

The court further explained that a question is leading "when it encourages the witness to adopt as his answer an assertion implicit in the question rather than to state the witness’s own recollection. Every question is leading in the sense that it directs the witness’s attention to a particular event or topic. " 424 A.2d at 709.


と述べています。証人自身の記憶を述べるよりも,質問の中に暗示されている主張を証人の答えとして採用してしまうことを奨励してしまうときに,その質問は誘導尋問になるとしています。

 このように見ていくと,特定の法律案に無条件に賛成するかを端的に尋ねる質問が「誘導尋問」にあたらないことは明らかだと思います。

 創価大学だけは,その法科大学院の教授で刑事法を担当される矢部善朗教授が,

誘導尋問の目的は、質問者の思惑通りの回答を得ることにあるのであり、回答を暗示するということはその典型的な方法ではありますが、別の方法もありますので、回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。

との独自説にご執心なので,世界標準とは異なる「誘導尋問」概念がまかり通るのかもしれませんが。

 渡辺弁護士は,

 このような質問も,前述の質問と同様,尋問者から答えるための情報が提供されていて,証人はこれに対して「はい」「いいえ」を述べるだけである。本来は証人が裁判官に対して情報を提供すべきであるのに,誘導尋問においては,実際には尋問者が情報を提供して,証人には「はい」「いいえ」とのみ答えさせることによって,問答全体としては形式的には証人が答えた情報として裁判官に提供させるものである。

 とは言え,誘導尋問になるか否かは微妙であり,言葉の調子,イントネーション,強弱などにより左右されうる。例えば,「あなたは彼を殴りましたか」という質問に対しては「イエス」「ノー」いずれの答えも暗示されていないため誘導尋問とならないが,「あなたは彼を殴りませんでしたよね」という質問は「殴りませんでした」という答えを暗示しているため誘導尋問となるのである。


といっているのに,

誘導尋問においては,実際には尋問者が情報を提供して,証人には「はい」「いいえ」とのみ答えさせることによって,問答全体としては形式的には証人が答えた情報として裁判官に提供させるものである。

という部分のみを引用して,

渡辺弁護士が、「答えた情報として」と述べられていることからしますと、渡辺弁護士も基本的には被質問者の答によって情報操作をしようとするのが誘導尋問と考えておられるものと思われます。

と結論づける矢部教授の手法をどう評価するのかという問題はありそうですが。渡辺弁護士は,尋問者から答えるための情報が提供されていることを要素として提示しているのに,そこを敢えて無視してしまうというのは,矢部教授が造詣の深い「印象操作」に他ならないようにも思われます。

 法科大学院構想の是非が論じられていた際に,少数孤立説を教えたがる教員をどうするのかという議論があったことが思い出されます。

25/06/2009

「総論賛成,各論反対」という総論の押しつぶし方

 ある提案に「無条件で」賛成するかどうかというのは,「はい」「いいえ」の閾値を高めに設定する機能しか有していないのであって,どちらかに誘導するものではありません。特に,既に縦書きレベルで法案が作成されて議会に上程されている段階で,「理念としては反対はしないが,むにゃむにゃ」みたいな話をされても,なんだかなあという感じがしてなりません。

 矢部教授は,

 理念としての取調べの可視化に賛成するかどうかの問題とその具体化としての法案に賛成するかどうかの問題は別問題です。

 理念としての取調べの可視化は1つの理想ですが、それを制度化するとなると刑事司法の別の制度との矛盾の調整やバランスを取る必要が生じますから、理念としての賛否とその理念をどう制度化するかは区別して考えなければなりません。

述べるのですが,被疑者段階での取調べの全面録音録画の義務化を推進しようとする人々は,現在捜査機関側に相当有利になっている実情を少し被疑者側に有利に変えていこうという志向を有しているわけですから,被疑者段階での取調べの全面録音録画の義務化を制度化するにあたっては,その分,別の方法で捜査機関側に有利になるような制度を設けることでバランスを取れというのは,一般的な全面録音録画義務化推進論とは異質であるということができます。

 個人攻撃をしている暇があったら,野党共同提案にかかる刑事訴訟法改正案のどこをどう直せば賛成できるのかを示せばいいのに,と思ったりはします。とりあえず,私が知る限り,現実に縦書きレベルで起案されているもので最も完成度の高いものが既に参議院を可決している野党共同提案だったから,たたき台として用いただけで,より完成度の高い改正案があるというのであれば,それを提示していただければよいと言うだけのことです。建設的な議論って,そんなものでしょう?「Yes」の閾値を「100%」に引き上げたからって,「No, but」がいえなくなるわけではないことくらいわかっているでしょうに。

 まあ,理念としては反対しにくいけれども,そのような制度ができると困ると言うときに,総論としては賛成して見せつつ,些末的な問題を針小棒大に表現することで,全体を押しつぶそうという手法は,古来よりよく用いられるものであるとはいえ,何だかなあと思ったりはします。

24/06/2009

渡辺直樹弁護士「民事訴訟における誘導尋問の研究」より

 今年も株主総会が何事もなく終わりましたので,渡辺直樹弁護士による「民事訴訟における誘導尋問の研究」を見に,弁護士会の図書館に行ってきました。

 渡辺直樹弁護士による上記連載の第2回「誘導尋問の意義・種類及び誘導尋問がなされる場合」法律のひろば2005年6月号74頁以下には,「『イエス』『ノー』の一言で答えることができる質問」について,次のような記述があります。

 このような質問も,前述の質問と同様,尋問者から答えるための情報が提供されていて,証人はこれに対して「はい」「いいえ」を述べるだけである。本来は証人が裁判官に対して情報を提供すべきであるのに,誘導尋問においては,実際には尋問者が情報を提供して,証人には「はい」「いいえ」とのみ答えさせることによって,問答全体としては形式的には証人が答えた情報として裁判官に提供させるものである。

 とは言え,誘導尋問になるか否かは微妙であり,言葉の調子,イントネーション,強弱などにより左右されうる。例えば,「あなたは彼を殴りましたか」という質問に対しては「イエス」「ノー」いずれの答えも暗示されていないため誘導尋問とならないが,「あなたは彼を殴りませんでしたよね」という質問は「殴りませんでした」という答えを暗示しているため誘導尋問となるのである。

 このように「『イエス』『ノー』の一言で答えることができる質問」が誘導尋問となるか否かは,「イエス」「ノー」以外の答えがあり得るか否かではなく,本来は証人が裁判官に対して提供すべき情報を尋問者が提供してしまっているか否か,言葉の調子,イントネーション,強弱などにより尋問者が特定の答えを暗示しているか否かで判断されます。

 渡辺直樹弁護士は,さらに,「二者択一形式ではあるが,質問に答えを暗示する質問」との項目を立てた上で,

 二者択一の質問,例えば,「彼はあなたを殴りましたか,殴りませんでしたか」という形式の質問は肯定・否定両方の答えが提示されており,どちらか一方の答えを暗示していないから原則的には誘導尋問にならない。

 しかし,このような質問形式をとりながらも質問内容自体に暗示を含んでいるもの,例えば,「彼はそのときあなたの肩を左手で押さえ,右手であなたの左の頬を殴ったのですか,殴らなかったのですか」という質問は,そのような態様で殴ったという答えを暗示しているから誘導尋問と評価すべきである

としています。「彼はあなたを殴りましたか,殴りませんでしたか」という形式の質問は,「彼はあなたに何をしましたか」という質問と比べたときに「彼は私を蹴りました/頭突きしました/包丁で私の腹部を刺しました」等の回答を除外するという意味で回答の範囲を限定しているわけですが(「彼」が尋問者を単に蹴り倒していた場合には,とりあえずの回答は「殴りませんでした」というものになります。すなわち,ここでは,尋問者は,何らかの有形力の行使があったか否かではなく,殴ったかどうかを「閾値」に設定しています。),これは,原則として誘導尋問にはあたらないと評価されているわけです。

 このような法律家の間の常識的な考えを前提とするときは,ある提案に「無条件で賛成しますか」という質問は,「はい」「いいえ」の閾値を「その提案に無条件で賛成するか否か」に設定し,回答者が「特定の条件が満たされるならば賛成する(その条件が満たされない限り賛成しない)」という場合には「いいえ」と答えるべきものとしていたとしても,イントネーション,強弱などにより特定の答えを暗示するなどの特定の事情がない限り,誘導尋問にはあたらないと評価することになります。

23/06/2009

Google画像とわいせつ物公然陳列罪

 中国政府とGoogleとの間の軋轢は、米国政府をも巻き込んだものとなりそうな雰囲気です。

 もちろん、中国政府が、わいせつ規制に名を借りて、より広範な、特に政治的な情報流通規制を行おうとしているのであれば、Googleも米国政府も毅然とした態度をとるべきでしょう。ただ、他方で、Google Imageは、いまや世界での有数のわいせつ画像掲載サイトに成り下がっていることも忘れてはなりません。

 特に、著名人等の裸体ないし性交画像が外部に流出し、それが画像掲示板に投稿されて、Googleの検索ロボットに捉えられて、Googleの画像検索データベースに取り込まれると最後、Googleは、被害者から削除要請を受けても、その削除に応じません。当該画像掲示板はもはやその画像を削除してしまっている場合でも、削除しようとしません。

 もちろん、Googleは、エログロ系画像を見たくない人がエログロ系画像を見なくとも済む仕組みは採用しています。でも、自分のエログロ系画像を見られたくない人が見られなくとも済む仕組みは採用していません。そりゃ、目先の利益だけを考えれば、エログロ系画像を欲する人々にGoogle画像検索をひいきにしてもらえればアクセス数が稼げるわけですから、そういう営業方針を採用するのは当然だという話になるのかも知れませんが、そうなってきますと、「Don't Be Evil」なんてかけ声は空しく響いてしまいます。

 それどころか、わいせつ物公然陳列罪及び名誉毀損罪等の正犯としてGoogleの代表者が処罰されたって不思議ではありません(というか、しない理由は、日本の警察が、米国の、大企業に及び腰であるということ、または、Google Inc.の代表者の身柄を引き渡せと米国政府に要求したとしても犯罪人引渡条約に基づく被疑者の引き渡しを受けられる見込みがないということ以外にはそれほど思いつきません。「Google.co.jp」のドメインを用いて提供されているサービスについては、主に日本在住者を相手にしたサービスなのですから、被害発生地→犯行地として、日本の刑法が適用され、日本の刑事裁判所が裁判管轄を有すると解釈することは、さほどおかしくはないのですから。)。削除要求に応じないということで不真正不作為犯となる虞があるというだけではなく、エログロ系画像を自動的に判別する技術があるにもかかわらずエログロ系画像を検索の対象から外す(または視認して違法ではないかを確認する)ことにその技術を用いるのではなく、たかだかレーティングを行うのにのみ用いているということから、作為の正犯とされる虞だって十分にあるのではないかと思います。

22/06/2009

「解雇自由」な米国での解雇の実例

 労働契約法を改廃して「解雇自由」としたとしても,「整理解雇」が容易になるだけで,不当な解雇がなされることはないと信じている方が,経済学愛好家の中にはおられるようです。何をもって「不当」と考えるかはその人の正義感によるところもあるので,「解雇自由」な米国で実際に報道された解雇例を示すことにより,そこで行われる解雇が「不当」なものかを見てみることにしましょう。


  • 肥満を理由とする解雇

  • 自宅で喫煙したことを理由とする解雇

  • ゲイであることをカミングアウトしたことによる解雇

  • 「香水の付けすぎ」という理由での解雇

  • 地元の高校で開かれた演説会で、ブッシュ大統領が対イラク戦争と大量破壊兵器の捜索について話している時に「同意出来ない」と叫んだことを理由とする解雇。

  • 『MySpace』で経営者への不満を漏らしたことを理由とする解雇

  • 自分の妻に交際を迫ったが拒絶された上司から,その報復として、「仕事成績が悪い」と上位の管理者に報告されたことに基づく解雇

  • 新興教会の信者だった雇用主から,その新興宗教団体の提供する性格テストを受け、プログラムに参加するよう求められたのにこれを断ったことを理由とする解雇

  • 共和党政治家たちから昨秋の選挙前に対立民主党候補の起訴などを強要されたがこれを拒否したことでの「職務怠慢」を理由とする解雇

  • アフガニスタン空爆に反対したと理由での米国立平和研究所職員の解雇

  • 大衆に人気のある資料を重視した等の理由での図書館長の解雇

  • 別の部門チームがミーティングを終えた部屋にあった食べ残しのピザを食べたことを理由とする解雇

  • 女性飼育員が,手話で会話すると世界的に有名なゴリラに胸を見せろと強要され、これを拒否したことを理由とする解雇

  • コカ・コーラを配達していた同社トラック運転手が勤務中にペプシ・コーラを飲んだことを理由とする解雇

  • 負傷した背中の痛みを和らげるために医師の薦めでマリフアナを使用していたことを理由とする解雇

  • ウエイターが南米からの客にメニューをスペイン語に通訳したことを理由とする解雇

21/06/2009

取調べの可視化によって構築が難しくなる人間関係

000001:捜査官A:甲を殺したのはお前だな

000002:被疑者:いいえ。私ではありません。

000003::捜査官A:嘘をつくな。では誰が殺したというのだ。

000004:被疑者:知りません。でも,私ではありません。

000005::捜査官A:ほら,お前がやったんだろう。

000006:被疑者:いいえ。私ではありません。

000007::捜査官A:嘘をつくな。では誰が殺したというのだ。

000008:被疑者:知りません。でも,私ではありません。

000009::捜査官A:ほら,お前がやったんだろう。 (以下,ループなので省略)

090011::捜査官A:じゃあ,やったのはお前の息子かもしれないな。お前がやっていないと言い張るのであれば,お前の息子を逮捕して取り調べてやる。いいな。

090012:被疑者:やめて下さい。息子は関係ないではないですか。

090013::捜査官A:息子は関係ない?そうか,ということは,お前は関係しているということだな。やっぱり,甲を殺したのはお前だろう。

090014:被疑者:いいえ,私もやっていません。

090015::捜査官A:まだ,言い張るのか。わかった。今から上司に掛け合って,お前を釈放する代わりに,お前の息子をしょっ引いてやる。これでいいだろう。

090016:被疑者:やめて下さい。わ,わかりました。甲を殺したのは私だということにして下さい。

090017:捜査官A:なんだ,その言い方は。息子の身代わりになろうというのか。やはり,上司に掛け合ってくる。

090018:被疑者:待って下さい。私がやりました。甲を殺したのは私です。

090019:捜査官A:最初から,素直に白状すれば,1週間も同じ質問をする必要はなかったのだよ。で,どうやって殺したんだ?

090020:被疑者:わかりません。

090021:捜査官A:わからないはずはないだろう。こうやって首を絞めて殺したのではないか。

090022:被疑者:刑事さんがそう仰るのならそうです。

090023:捜査官A:なんだ,その言い方は!やっぱ,上司に掛け合ってくるぞ!

090024:被疑者:やめて下さい,刑事さん。私は,甲さんの首に,近くにあった電気コードを引っかけて,絞め殺しました。

090025:捜査官A:そのとき,コードを握る手は順手だったか,逆手だったか。

090026:被疑者:・・・・・・順手,だったのではないでしょうか。

090027:捜査官A:そうじゃないだろう。やっぱり,息子の身代わりなのか?

090028:被疑者:ああああ。間違えました。逆手でした。逆手でした。

090029:捜査官A:そうだろう,そうだろう。気が動転していたのはわかるが,きちんと思い出してもらわないと困るぞ。

(中略)

100125:捜査官A:では,お前が供述をこんなふうにまとめてみたから読み聞かせるぞ。いいな

(中略)

100131:捜査官A:では,この末尾に署名して指印を押すんだ。

 上記のような例を想定した場合,従前の供述調書は,被疑者がずっと犯行を否認してきた事実すら記録しなかったし,ましては,被疑者を自白に転向させるために捜査官が何を語ったのか,また,「自白」に転向してから,被疑者が犯行状況等を最初から「客観証拠」に合致した形で供述できていたのか等は記録してこなかったのです。

 最近,一部で実験施行されている「自白後の録音録画」では,上記の例でいうと,

100125:捜査官A:では,お前が供述をこんなふうにまとめてみたから読み聞かせるぞ。いいな

(中略)

100131:捜査官A:では,復唱してみろ。

(中略)

100151:捜査官A:よくできた。いいか,今口に出したことを忘れるな。では,ビデオの録画スイッチを押すから,これから俺がする質問に対し,今述べたとおりに答えるのだぞ。いいな。

みたいなことを行うことができます。

 捜査機関側とすれば,

090011::捜査官A:じゃあ,やったのはお前の息子かもしれないな。お前がやっていないと言い張るのであれば,お前の息子を逮捕して取り調べてやる。いいな。

090012:被疑者:やめて下さい。息子は関係ないではないですか。

090013::捜査官A:息子は関係ない?そうか,ということは,お前は関係しているということだな。やっぱり,甲を殺したのはお前だろう。

090014:被疑者:いいえ,私もやっていません。

090015::捜査官A:まだ,言い張るのか。わかった。今から上司に掛け合って,お前を釈放する代わりに,お前の息子をしょっ引いてやる。これでいいだろう。

090016:被疑者:やめて下さい。わ,わかりました。甲を殺したのは私だということにして下さい。

090017:捜査官A:なんだ,その言い方は。息子の身代わりになろうというのか。やはり,上司に掛け合ってくる。

090018:被疑者:待って下さい。私がやりました。甲を殺したのは私です。

みたいな雑談が録音されて弁護人に聞かれてしまうと,被疑者との間の「信頼関係」が築き上げられなくなってしまうと恐れているわけです。

 自分が上位に君臨する上下関係と信頼関係とを同一視する人たちって,一定数いるようですし。

20/06/2009

そこが反対の論拠の中心だったの?

 野党共同提案にかかる刑事訴訟法改正案について,矢部善朗創価大学法科大学院教授は,結局,些末的な部分を大げさに取り上げてすませようとしているあたりが何とも残念です。

 矢部教授のそのブログでの論調からすれば,取調べの可視化を推し進めることで虚偽自白が得られにくくなった分「バランス」をとるための,捜査機関の見込み通りに被疑者を処罰する仕組み(例,司法取引)の導入を条件とするか否か等が問題となるかと思っていたのですが,録音録画物の封印手続等を手直しすれば,司法取引等が導入されなくとも,取調べ状況の全面的録音録画の義務づけに賛同いただけるということでしょうか。

 いやはや,ブログ等における通常の議論で特定の法案についての賛否をお伺いして「誘導尋問だ!」と反発する方がおられるとは勉強になりました(来週の株主総会で,各号議案への賛否を諮ったときに「誘導尋問だ!」と騒ぐ方が出てこないことを祈るばかりです。取締役を務められる人材はたくさんいるにもかかわらず,特定の候補者を選任することについて是非しか伺いませんし,「基本的に賛成」とか「条件付きで賛成」という選択肢も付していません。)。私も依拠性の有無が争点となっている訴訟をいくつか抱えているので,証人尋問の際に,「あなたは,この曲を聴いたことがありましたか。」という質問をした際に「誘導尋問だ!」との異議が出ないことを祈るとしましょう(「あなたは,どんな曲を聴いたことがありましたか」とすればよいのかもしれませんが,プロの作曲家に対してそのような質問をしたら,これについての答えだけで何時間も費やしそうです。「あなたは,この曲に何かしましたか」だといかにも間抜けだし,「何の手も加えていません」って普通なら答えてしまいそうです。)。

 矢部教授におかれましては,創価大学法科大学院の学生に対しても,Webで語ったことと同じ内容で「誘導尋問」とは何かをご教授いただきたいと思います。残念ながら,私は訴訟法の講義を持っていないので,別の学生に対抗的に標準的な「誘導尋問」の講義を行うことができないのですが。

「ご苦労様,お気の毒に」

 はてなブックマークは一つのエントリーに対して一つのIDから複数のコメントをつけることはできない仕組みになっています。

 しかし,はてなは,事実上,一人の人が複数のIDを取得することが可能です。したがって,一人の人が複数IDを駆使して,一つのエントリーに繰り返しネガティブブクマコメントをつけることが可能です。

 はてなブックマークの場合,特定のIDごとに,いつからブックマークをつけてきたのか,何と何にブックマークをつけ,それぞれどのようなブクマコメントをつけてきたのかを見ることが容易に可能です。

 それを見ると,「ご苦労様,お気の毒に」という方がおられるような気がしてなりません。

19/06/2009

回答者の回答を予測して二者択一の質問をすることは、刑事訴訟規則にいう「誘導尋問」にはあたらない。

 法律家は、定義及びその趣旨から、ある概念の射程範囲を考えていきます。どこまでを「誘導尋問」とするのかについても同様です。

 刑事訴訟規則は原則として主尋問において「誘導尋問」を行うことを禁止しています。主尋問の場合、尋問者と回答者との間は好意的である場合が通常なので、尋問者が欲する回答を暗示すると、暗示された尋問者の希望に添った回答を回答者がしてしまい、回答内容と回答者の記憶との間に齟齬が生ずる虞が高まります。

 また、「Yes/No Question」においては、尋問者が認識している事実等を質問文の中に含めることになりがちです。そして、それが主尋問において行われるときは、回答者は、尋問者が質問文の中で提示する事実は正しい(あるいは自分たちにとって好ましい)ものだと認識しがちです(質問時の声の発し方によっては、その真逆の暗示をすることも可能です。)。すると、回答者は、回答者が認識していなかった事実をその質問文によって認識した上で、これを以前から認識していた前提で回答を行う危険が十分にあります。

 主尋問において「誘導尋問」が原則禁止される根拠は、上記のような尋問が行われた場合、このようにして回答者の真の認識に反する回答がなされてしまう虞が高まるからです。

 主尋問で行うことが許されない誘導尋問の典型例として、

You were at Duffy's bar on the night of July 15, weren't you?

という文が例示されることが多いですが、これは「Duffyのbarにいた」という質問者が望む「答え」を疑問文の中に盛り込んでいるからこそ問題なのです。従って、やはり、「Duffyのbarにいた」という質問者が望む「答え」を疑問文の中に盛り込んでいる場合には、答えが限定されていなかったとしても、やはり主尋問で行うことが許されない誘導尋問となります。例えば、

7月15日の午後7時にDuffyのバーで見かけたという人がいますが、もしそうだとしたらあなたにはこの犯行は不可能です。7月15日の午後7時ころ、あなたはどこにいましたか?

という質問は、open-endではありますが、主尋問で行うことが許されない「誘導尋問」にあたるとするのが一般的です。

 他方、そのような回答者の認識を歪める虞が定型的に存在しない質問については、「Yes/No Question」であっても、「誘導尋問」にはあたらないと考えるのが一般的です。特に、ある提案についての賛否を問う質問というのは、そもそも「正しい」ものが存在しないのですから、歪められるべき認識が存在しないので、「誘導尋問」という概念自体が成立しません。それは、その質問が、閾値を明確にしたものであって、曖昧な、あるいは中間的な回答を許さないものであっても同様です。

 

 回答者のこれまでの言動から「AかBか」という二者択一の質問をした場合に回答者はAという回答をする蓋然性の高いことを知りつつ、回答者が「A」という回答をした場合にはCという批判をする目的で、「AかBか」という二者択一の質問をすることまで「誘導尋問」に含めようとしている人がいるようです。しかし、その場合には、回答者がもともとの認識に反してAと回答するという類のものではありませんので、定義を拡張してまで、主尋問では行い得ない「誘導尋問」にこれを含める合理的な理由はありません。

18/06/2009

被疑者の見ている目の前でDVDの内容を気付かれずに書き換えるのは困難

 矢部善朗創価大学法科大学院教授が野党提出にかかる刑事訴訟法改正案のごく一部について意見を述べられています。

第百九十八条の二

1 前条第一項の取調べに際しては、被疑者の供述及び取調べの状況のすべてについて、その映像及び音声を記録媒体に記録しなければならない。この場合においては、同時に、同一の方法により二以上の記録媒体に記録するものとする。

 捜査機関による編集を防ぐために複数の媒体に記録することを求めているようです。

2 前項の規定により記録をした記録媒体の一については、取調べを終了したときは、速やかに、被疑者の面前において封印をしなければならない。この場合においては、当該記録媒体が同項の規定により記録をしたものであることについて、被疑者に確認を求めることができる。

 「被疑者に確認を求めることができる。」とありますが、どのようにして確認を求めるのかがよくわかりません。

 まさか、レコーダーからDVDメディアを取り出して、「これに記録したからね。」と言えば足りるとは思えません。

 取調べの一部始終が記録されているかどうかを確認するためには、厳密に言えば、その場で全てを再生して被疑者に確認させるということが必要だと思いますが(供述調書の場合は、いかに長文でも全て読んで聞かせた上で署名押印(または指印)を求めます。)、そんなことをすると一日8時間取り調べたら8時間再生してそれを被疑者に見せるということになりますから、それは非現実的な話だろうと思います。

 詳細は刑事訴訟規則で定めると言うのかも知れませんが、意味のある確認をどうしたらできるのかよくわかりません。



 供述調書の場合,取調べにあたって被疑者が述べたことのごく一部を,ときには取調べ担当者の問題意識にあわせて適宜内容を修正した上で,取調べ担当官の紡ぎ出した言葉によって表されるものですから,被疑者としては,読んで聞かせてもらえなければ,そこにどういう言葉が記載されているのか見当がつきません。従って,「いかに長文でも全て読んで聞かせ」るのは当然です。しかし,取調べ状況を全面的に録音録画したものの場合,すくなくとも取調べ開始時にメディアが新規に挿入され,取り調べ終了後に排出されて,そのまま封印されるのであれば,通常は,その日取調担当官が語ったことと被疑者が語ったことのみがそこに記録されていることを期待できます(上記のようにした場合に,即座に内容の一部を捜査側に都合がよいように書き換える手法は,現時点ではないように思われます。)。従って,録音・録画にあたってトラブルがなかったことを確認できれば足りるのであって,被疑者としては全部を再生して確認する必要はないように思われます。従って,上記批判は,取調べ状況の全面録音録画義務づけに反対するための,ためにする批判ではないかと思われます。

3 前項の確認がされたときは、同項の封印に被疑者の署名押印を求めることができる。ただし、被疑者がこれを拒絶した場合は、この限りでない。

 被疑者がこれを拒絶したらどうなるんでしょう?

 封印は、記録内容の改変を防止するための措置だと思いますが、被疑者の署名押印がない場合に、後で、捜査官が勝手に封印を破って内容を改変したという主張が出たらどうするのでしょう?

 あまり徹底していない印象があります。


 現行法でも,被疑者は,供述調書への署名押印を拒否することができるのですから,それほど大きな話ではないように思われます。

 ここでは、封印に対する被疑者の署名押印の拒否を問題にしていますが、それを考えるならば、被疑者が録画自体を拒否した場合についても考えておくべきだと思います。


 被疑者が録画自体を拒否した場合には取調べ状況が録画されていなくとも自白調書の証拠能力を肯定できるということにすると,捜査機関としては,まず被疑者に取調べ状況の録画を拒否させた上で,あとは今まで通りやりたい放題の取調べを行うということが予想されますので,被疑者による録画の拒否は認めないと言うことでよいのではないかと思い割れます。

 あと、録画したDVDなどの取調べの方法についても、取調べの録画という特殊性を考慮した検討が必要だと思います。


 録画したDVDの取調べ方法などは,刑事訴訟規則等で定めるべきものではないかと思いますが,取調べ状況を全面的に録画しているにもかかわらず任意性が疑われるような取調べがなされた場合には,争点となっている部分について,法廷で再生して取り調べるのではないかと思われます。


 細かく見れば、ほかにも検討の余地はあるはずです。

 つまり、無条件に賛成することはできません。

 でも、ほとんどの法律家は無条件には賛成しないと思います。

 可視化反対の意見もあれば、この法案では可視化実現のために不十分だという意見まであるでしょうし、その理由や根拠もそれぞれ一つだけとは限りません。


 実際には,法曹出身者が相当数存する民主党と社民党の主導で提案され,野党の賛成多数で参議院を通過しています(まさに,参議院議員の過半数が「無条件で」賛成したのです。)。また,この案について,上記のような観点から批判したものは日弁連を含む実務法曹側から語られておらず,与党による反対も上記のような理由に基づくものではありません。

4 被疑者又はその弁護人は、第一項の規定により記録をした記録媒体(第二項の規定により封印をした記録媒体以外のものに限る。)を閲覧し、若しくは聴取し、又はその複製を作成することができる。
被告人又はその弁護人についても、同様とする。

 末尾の「被告人又はその弁護人についても、同様とする。」という文章と対比して読むと、「被疑者又はその弁護人」は、被疑者又はその弁護人である時点、つまり起訴前の捜査段階において、取調べ状況を記録した記録媒体を見てその複製まで作成できるように読めます。

 そう言う意味の法案であるならば、これは相当議論になりそうです。

 弁護士としては、弁護人が見る分には反対する理由はありませんが、捜査側の情報管理的には最もシビアなタイミングの話ですから、情報管理がどこまでできるかがポイントのように思います。

 今でも、被疑者を通じて取調べ状況はある程度把握してますから、それを数歩前進させたものと言えますが、否認事件(場合によっては自白事件でも)の弁護人にとっては、「見ることができる」は「見る必要がある」と事実上同じになりますから、弁護士(ないし弁護士会)としてもそれなりの覚悟がいる改正案です。


とのことですが,被疑者が取調べにあたって何を語ったのか,その際取調担当者による暴行,脅迫,偽計等はなかった等の情報を捜査側が管理する,別の言い方をすれば,どの情報を開示し,どの情報を隠匿するかを捜査側が恣意的に決定することを許す合理的な理由はありませんので,今まで通り捜査機関には冤罪を生み出す余地を残しておいてあげようという人々以外の間では,それほど議論になる点ではないように思います。

東洋水産川崎工場事件を知っていると無学。

 池田信夫さんは、そのブログのコメント欄で、

日本で整理解雇が裁判で認められるのは企業が倒産するような場合に限られ、大企業ではまずありえない。

と述べておられます。

 しかし、東洋水産川崎工場事件(横浜地裁川崎支部平成14年12月27日労働判例847号58頁では、川崎工場閉鎖に伴う整理解雇を認めているわけで、何を根拠に上記のようなことをいっているのか不思議です(東洋水産って、大企業だと思うのですが。)。工場の閉鎖に伴う整理解雇が解雇権の濫用とされた裁判例もありますが、(全て見たわけではないですが)他部門への移動をきちんと検討していない等解雇回避義務を全うしていないことが問題とされているのであって、「工場の閉鎖」という経営上の判断に関する部分で企業側の判断を否定した例って、あまり記憶がないです(網羅的に調べているわけではないので、そういう裁判例があるなら示していただければよいかと思いますが。)。

乗る舟は選んだ方が……

 誘導尋問か否かというのは,聞き方の問題であって,聞く内容の問題ではないので,質問の文言を違えて「あれは誘導尋問だ!」と言ってみてもミスリーディングです。

野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

は誘導尋問ではないといっている私に対して,

 おそらく「誘導尋問」の定義を小倉弁護士先生は知らないんでしょう(笑。

 旧修習の前期や刑裁修習で習うはずですけどね。

としつつ,例として,

全面可視化に賛成なのに民主党案に無条件に賛成しないのですか?

と引用すれば,原典に当たらない読者は,私が

全面可視化に賛成なのに民主党案に無条件に賛成しないのですか?

という質問をしつつ,それを誘導尋問にあたらないといっているかのように誤解しかねません。
全面可視化に賛成なのに民主党案に無条件に賛成しないのですか?

という質問の仕方は,「民主党案に無条件で賛成する」という回答を質問者が希望していることが暗示されていますが,

野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

という質問の仕方は,「無条件で賛成する」「無条件では賛成しない」どちらの回答を質問者が希望しているか暗示されていません。従って,「誘導尋問か否か」という文脈では,この二つの文章は全くの別物です。


野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

は誘導尋問ではないといっている論者について,

おそらく「誘導尋問」の定義を○○先生は知らないんでしょう

といいつつ,

全面可視化に賛成なのに民主党案に無条件に賛成しないのですか?

という例のみを挙げて,肝心の

野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

が「誘導尋問」に当たるということの説明を具体的にしないというのは,それが明るみになった場合には,研究者としての評価は大いに失いそうです。


【追記】

 なお、The Free Dictionaryでは、「leading question」とは、

a question asked of a witness by an attorney during a trial or a deposition (questioning under oath outside of court), suggesting an answer or putting words in the mouth of the witness. Thus, the attorney may help his own witness to tell a pre-planned story.

と定義されています。
野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

という質問は、そのどちらにも当らないように思われます。

17/06/2009

「誘導尋問」の「誘導」とは何か

 「誘導尋問」の「誘導」とは何かを意識することなく「誘導尋問」とは何かを自己流に判断して分かった気になっている人が多いようです。基本的には、①発問者がその望む回答を回答者に明示又は暗示する、②回答者が発問者の意を酌んで発問者の望むとおりに回答することを発問者が期待できる、という2つの要素が必要です。

 「Yes/No Question」の場合に誘導尋問になりやすいというのは、疑問詞を用いた質問がなされた場合には疑問詞に対応するものとして回答者が回答すべき要素を、発問者が疑問文の中に折り込んでしまう(そのため、疑問詞に対応するものとして回答されることを発問者が期待している要素を回答者が知らなかったとしても、回答者が発問者の意に沿った回答をできてしまう。)からです。

 従って、そのような構造のない「Yes/No Question」は誘導尋問にはあたらないと考えるのが一般的です。「Yes/No Question」には、特定の回答へと回答者を導くこと以外に様々な機能があるのです。

 例えば、

もしもし。こちらは佐藤というものですが。田中様のお宅でしょうか。

という場合には、発問者は、「田中」家のものとして設置された固定電話に架電しようとしているのだということを示すと共に、発問者の架電先が「田中」家のものとして設置された固定電話であるとの自己の認識が正しいか否かの確認を回答者に求めているということを示しています。この場合、発問者としては、発問者の架電先が「田中」家のものとして設置された固定電話であることを期待してはいるものの、「田中」家のものとして設置された固定電話ではない場合には、自分の意を酌んで「はい」と言ってもらうのではなく、「いいえ、違います」と答えてもらおうことを期待していますし、また、架電先が「田中」家のものとして設置された固定電話でない場合にも回答者が自分の意を酌んで「はい、そうです」と答えてくれることをそもそも期待していません。こういう質問は、発問者が示したその意向に沿って回答者が回答することが予定されていないのですから、回答は何ら発問者によって「誘導」されないのであって、一般に「誘導尋問」とはいいません。

 なお、この場合、疑問詞を用いて、

もしもし。こちらは佐藤というものですが。どちらのお宅でしょうか。
と質問した場合には、答えてもらえない可能性が高まります。

 また、

Aという法案にあなたは賛成しますか。

という質問については、疑問詞を用いて「Aという法案についてどう思いますか。」と尋ねた場合に疑問詞に対応する要素となる「賛成する」あるいは「賛成しない」という評価方法があることを、回答者が知らない可能性はありません。従って、古典的な意味における「Yes/No Question」における誘導の事例とは異なるということになります。

 「無条件で」という言葉にこだわっている人もいるようですが、「Yes/No Question」には、回答の範囲を絞るという機能があります。

今月号のゲームラボ、在庫ありますか。

という場合は、在庫の有無を確認する対象を「今月号のゲームラボ」に限定しているわけです。この場合、回答者としては、ないなら「ない」、あるなら「ある」との回答を得ることを期待しており、特定の回答を誘導してはいません。これを、疑問詞を用いて、

どのような雑誌が、在庫ありますか。

では、回答の範囲が広すぎてしまうのです。

 そして、提案の内容を示した上で、その提案に対する賛否を求めるということはしばしば行われますが、その多くは、「無条件で」という言葉を敢えて付すかどうかはともかくとして、「特に修正したり条件を付したりすることなく、そのままの状態でその提案に賛成するのか否か」について回答を求めるものです。その意味で、回答の範囲を限定はしていますが、質問者は、加藤者がその提案に丸ごと賛成であれば「賛成」と、一部賛同できない点があるのであれば「反対」と回答することを期待しているので、「Yes/No Question」であってもやはり「誘導尋問」ではないということになります。


【追記】

 世の中には、回答の範囲を限定することと、特定の回答へと誘導することとの差が理解できない人がいるみたいですね。ひょっとしたら、主尋問において何故に誘導尋問が原則禁止されるのか理解できていないかも知れません。

捜査官との雑談を弁護人に聞かれるくらいなら虚偽自白を強要されて無実の罪で刑罰を受けた方がましだと考える被疑者がどのくらいいるのか。

 「被疑者が希望すれば録音・録画を停止させることができる」という仕組みを採用した場合,取調べ担当官としてはまず,手練手管を弄して録音・録画の停止を承諾させた上で,従前通りの虚偽自白取得手法を用いることで,冤罪を生み出すことができることになります。

 ですから,被疑者のプライバシー権が対弁護人の関係で保護されることよりも虚偽自白の強要により無実の罪で処罰されることを防止することの方が被疑者にとって有益だと考える大部分の法律家は,「被疑者が希望すれば録音・録画を停止させることができる」という仕組みを採用しようとは考えていないように思います。取調べ段階の全面録音・録画が義務づけられている諸国において,「被疑者が希望すれば録音・録画を停止させることができる」という仕組みを採用しているところってあるのでしょうか?

【追記あり】日本の解雇法制の現状を知りたければ,マルクスより,OECDより,まず我が国の労働法学者による教科書と判例を読もう

 池田信夫さんは,次のように述べています。

ところが日本では、この原則と例外の関係が法的に明確でなく、解雇権濫用法理などによって事実上すべての整理解雇が違法ということになっている。

 しかし,整理解雇を有効とした最近の裁判例として,さいたま地判平成19年11月16日,東京高判平成18年12月26日労働判例931号30頁,仙台地判平成17年12月15日労働判例915号152頁,東京地判平成17年5月26日労働判例899号61頁,静岡地判平成16年5月20日労働判例877号24頁等があり,「事実上すべての整理解雇が違法ということになっている」というのは誤りです。

 解雇法制を論ずるにあたってマルクスを読んでおく必要があるとは思いませんが(判例の解雇権濫用法理も,マルクス主義とは無関係ですし。),定評のある(労働法学者による)教科書と関連裁判例を読んでいき,「現在の日本の解雇法制がどのように運用されているのか」を知っておく必要があるように思います。

【追記】

 池田さんは,そのコメント欄で,

説明するのもばかばかしいけど、私はわざわざ「事実上」と強調してるんだから、整理解雇が1件もないといっているわけではない。何万件もある労使紛争の中で数件、整理解雇があったところで何の反証にもならない。さらに問題は「整理解雇は不可能だ」というのが経営者の常識になっているため、希望退職にすることです。これだと企業戦略に沿った人員整理はできず、優秀な社員が辞めてノンワーキング・リッチは残ってしまう。

と述べています。ただし,解雇者数は,2000年以降40万〜100万人の範囲で推移しており,これに対し出訴率は0.1〜0.2%であり,最終的に決定・判決で解決した案件のうち第一審労働者勝訴率が6割前後です。「何万件もある労使紛争の中で数件、整理解雇があ」るというレベルではありません。また,整理解雇を行う前に希望退職を募るのは当然のことであって,そりゃ,希望退職を募ることなく整理解雇を行えば,整理解雇の必要性以前に,手続要件の不具備を理由に会社側は敗訴します。

 なお,原則解雇自由な米国ですら,整理解雇の際に,「企業戦略に沿っ」て解雇する人員を決めようとすると敗訴する危険が高いです(米国の状況については,こちらを参照)。

自分の意見を明確に述べて批判されることを恐れる研究者

 いずれにせよ,批判されることが怖くて自分の意見を明確に述べようとしない人間というのは研究者には向いていないような気がします。また,自分に対して好意的な人たちが,自分がその意見を明確にしないであることをかばい立てしてくれている,すなわち,そのような人たちからも自分は信用されていないというのは,研究者としては致命的ではないかという気がします。

 私が研究会等でご一緒させていただく大学教授って論文生産量が半端でない人が多いですし,学生時代のゼミの担当教員(2年次:鎌田薫教授,3〜5年次:川端博教授)も論文生産量が半端でないですから,批判されることが怖くて自分の意見を明確に述べられない大学教授が存在するということ自体信じがたいのですが。

16/06/2009

二者択一と誘導尋問

 以下の発問は、いずれも回答者に二者択一を迫るものです。うち、「誘導尋問」と思われるものはいくつあるでしょうか。

  •  (定食屋にて)「コーヒーは先にお持ちしましょうか、それとも食後にお持ちしましょうか。」

  •  (定食屋にて、客の注文が「焼き肉定食」か「焼き鮭定食」か聞き取りにくかったので、「焼き肉定食で宜しかったでしょうか?」

  •  (学会の受付時に)「懇親会には出席されますか?」

  •  (帰宅した夫を迎える妻が)「あなた、先に食事にする?それともお風呂にする?」

  •  (矢部弁護士の事務所に電話を架けた人が)「もしもし、矢部先生はいらっしゃいますでしょうか?」

  •  (矢部弁護士から電話で言付けを頼まれた者が)「矢部様の「べ」は「部長」の「部」で宜しかったでしょうか?」

  •  (ガールフレンドをデートに誘おうとして)「今度の日曜日に『天使と悪魔』見に行かない?」

  •  (聖書を小脇に抱えた人が突然)「あなたは神を信じますか?」

  •  (書店にて)「今月号のゲームラボ、置いてありますか?」

  •  (雑誌の編集者が作家に)「今度うちの雑誌にも連載をもってもらえませんか?」
  •  (国会にて)「この法案に賛成の諸君はご起立をお願いします」

  •  (ホームステイにやってくる学生を空港に出迎えに来たホストファミリーが)「山田太郎さんですか?」

  •  (夏休みに旅行に行こうと友人を誘ったところごちゃごちゃと言い始めたので)「結局、行きたくないってこと?」

  •  (電話による世論調査の際に)「あなたは、麻生内閣を支持しますか?」

  •  (靴屋にて)「もう一回り大きなサイズを試してもよいですか?」

  •  (床屋にて)「前髪、もう少し切りますか?」

  •  (誘拐犯からの電話に出た被害者家族が)「うちの子は無事ですか?」
  • 主尋問で単純疑問文を用いることは原則NGか?

    A: これはあなたのペンですか?

    B: 異議あり!誘導尋問です!

    C: 異議を認めます。質問の方法を変えて下さい。

    A: これは、基本的にあなたのペンですか?あるいは条件付きであなたのペンですか?

     既に、野党案が、法律案として整った形で作成されている場合に、その法律案自体に賛成するか否かをまず質問することは、別に特異なことではないように思われます。この段階で「野党案に条件付きで賛成ですか?」って聞く方が変だと思います。

     そして、その一部について不満がある場合に、そのままでは賛同できない。しかし、ここをこのように修正すれば賛同できる、と答えるのは、別に難しくないことだと思います。私は、矢部教授がその程度のこともできない人であると思っているわけではありません。

     なお、矢部教授は、私のブログへのコメント欄で、

    形式等特殊な発問方法の典型としてイエス・ノーなどの二者択一的な答え方になる質問方法があげられます。あなたの質問方法のようにです。

    と仰っているのですが、疑問詞を用いない単純疑問文は、誘導尋問にあたる「特殊な発問方法の典型」であるとは、少なくとも私が司法修習生の時は教わらなかったですし、主尋問で単純疑問文を用いたときに「疑問詞を用いない単純疑問文を用いることは、主尋問では許されていない誘導尋問にあたる」として異議を申し立てられたことはないです。もちろん、疑問文の中に供述者の記憶を喚起するような言葉を交ぜる形で単純疑問文を組み立てた場合にそれが誘導だとされる余地はありますが、

    野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

    がそのようなものでないことは明らかです。

    最近の司法研修所では,「誘導尋問」の範囲が広がったのですか?

     矢部教授が開設する匿名電子掲示板において,「ハスカップ」さんが次のように述べています。

     おそらく「誘導尋問」の定義を小倉弁護士先生は知らないんでしょう(笑。
     旧修習の前期や刑裁修習で習うはずですけどね。
     誘導尋問とは,特定の答えを期待して自由記述方式の質問を回避して押し付けないし暗示を用いる質問。
    例:被告人が到着したのは午後5時ですね。(被告人は何時に到着しましたか?)
    例:全面可視化に賛成なのに民主党案に無条件に賛成しないのですか?
     (全面可視化に反対ですか賛成ですか中間で条件付きですか?)

     で,矢部教授が「質問者の意図がミエミエの姑息な誘導尋問ですね。」といって回答を避けている私の質問は,

    野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

    というものなので,これは「ハスカップ」さんの定義する「誘導尋問」にはあたらないといえます。それとも,最近の司法研修所では,「はい,いいえ」で答えるように求める質問は概ね「誘導尋問」にあたると教えているのでしょうか>ハスカップさん。

     別に「『はい』か,『うん』としか答えるな」といっているわけではないので,「はい」と答えてもいいですし,「いいえ」と答えてもいいわけです。そして,「いいえ」と答えた場合には,「ここをこう直せば賛同できる」ということを理由として付することもできます。既に,野党の側が,おそらくは参議院法制局の助けを借りて,法律案という形に既にまとめているのですから,仮にも法科大学院教授である矢部氏がそのような答え方ができないとは考えがたいところです。

    取調べ状況の全面的な録音・録画を義務づけた場合,弁護人は,その録音・録画物をどのように利用することが許されるべきか。

     取調べ状況の全面的な録音・録画を義務づけた場合,弁護人は,その録音・録画物をどのように利用することが許されるべきでしょうか。

    •  事務所の事務員にまず閲覧させて,問題のありそうな部分をチェックさせる。
    •  上記作業を短時間で行うために,大量にアルバイトを雇って,同時並行的にチェックさせる。
    •  弁護士協同組合推薦の専門業者に,上記チェックを行わせる。
    •  弁護士協同組合推薦の反訳業者に,取調中に捜査官及び被疑者が語ったことを反訳させる。
    •  心理学者や精神科医等に取調中の被疑者の姿を閲覧させて,その自白が任意でなされたものとはいえない旨の鑑定書を書いてもらう。
    •  被疑者を被告とする損害賠償請求事件において,自白調書が原告側から提出されたときに,これを弾劾する証拠として,録音・録画物を提出する。
    •  実際には被疑者が取調官に語っていないことを被疑者が語ったかのようなリークが捜査機関から流されたために(例えば被疑者が「組織」を売ったかのように誤解されて「組織」から命を狙われるなど)被疑者が一定の不利益を受けたときに,被疑者がそのようなことを語っていないことの証明するため,被疑者の同意を得て録音・録画物を,「誤解して怒っている人」に提示する。
    •  被疑者が取調べ中に顔面を拳銃で撃ち抜かれて瀕死の重傷となったが,警察からは「取調官がぼんやりしている隙に,たまたま机の上に置いてあった拳銃を被疑者が手にとって自分の顔めがけてこれを撃って自殺しようとした」との発表がなされた場合において,国賠訴訟を提起した際に,取調官が自ら被疑者に向けて銃を撃ち放つ状況が映っている部分を証拠として提出する。

    15/06/2009

    「藁人形叩きだ」といって言い逃れする余地を奪おうだなんて姑息だ!ってこと?

     被疑者取調べの全面録音録画の義務化についてご自身のお考えを明確にしてしまうと、批判されたときに、「藁人形叩きだ、誤読だ、曲解だ!」と騒ぎ立てて言い逃れることができなくなってしまうということは、あるかも知れません。

     このような、「藁人形叩きだ、誤読だ、曲解だ!」と騒ぎ立てられないようにするために、お考えを明確にしていただくためにする質問というのは、一般に「誘導尋問」とはいわないように思いますし、通常は「姑息」等々とネガティブな評価を受けるものではないように思います。


     参照「 la_causette: 端的に,質問してみる。」へのブックマークコメントより

    motoken01 質問者の意図がミエミエの姑息な誘導尋問ですね。 2009/06/15

    で,捜査機関による恣意的な被疑者のプライバシー情報の開示を特に問題視していましたか?

     矢部教授から次のようなコメントを頂きました。

    >不思議なことに,プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人々の大部分は,捜査機関による恣意的な被疑者のプライバシー情報の開示については,特段の問題を感じない傾向があるようです。
    と言っていますが、

     小倉先生の理解では、野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案に無条件で賛成しない人は、「捜査機関による恣意的な被疑者のプライバシー情報の開示については,特段の問題を感じない傾向がある」ということになるのですか?

     言わずもがななことですが,野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案に無条件で賛成しない人⊃プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人ですので,上記論理が正しくないことは明らかです。

     その上で言うと,これまで,リークや記者会見等により捜査機関が恣意的に被疑者のプライバシー情報をマスコミに開示するということがしばしば行われてきました(注)。捜査段階で捜査機関が入手した被疑者のプライバシー情報が被疑者の許諾なくしてマスメディア等に開示されることを従前から問題視し,捜査機関が被疑者の許諾無しにそのプライバシー情報を開示した公務員を処分することを求めるなどしてきた人が,被疑者のプライバシーを重視して,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に反対するというのであれば,態度は一貫しています(被疑者のプライバシーを守るためであれば,被疑者が虚偽自白を強要されても仕方がないというのは,物事の優先度を間違えているように思いますが。)。

     しかし,プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人々の大部分は,捜査機関による被疑者のプライバシー情報の開示について,特に問題視してこなかったと認識しています。なお,こちらを拝見する限り,矢部教授は,「確実な事実(少なくともリーク時点では確実と思われた事実)」については捜査機関がこれを開示することを特段問題視していないように見えます。


     例えば,ある著名な証券取引法違反被疑事件に関して報知新聞が「また、特捜部が16日の強制捜査の際、押収したパソコンから、H容疑者とAV系女優との“乱交写真”が見つかったとの情報もある」と報じたことがありますが,報知新聞の記者が全くのでたらめをゼロベースで作り上げたのでない限り,被疑事実とすら無関係の,被疑者のプライバシー情報を捜査機関はマスコミに開示したというべきでしょう。

    「〜しやすい」と「〜自由」とは違う

     池田信夫さんがそのブログのコメント欄で次のように述べています。

    私が「スウェーデンてのは基本的に解雇自由なんです」と言ったことを、天下り学者がまた鬼の首でも取ったように騒いでいるが、これは意味論的な問題にすぎない。たとえば週刊東洋経済でも北欧モデルを「解雇しやすい柔軟な労働市場」と書いているように、私のような用語法はごく普通です:

    http://www.toyokeizai.net/business/international/detail/AC/46b495508efcce5bb693cacbc9529b4e/


     しかし,「解雇しやすい」ということをいうのに「解雇自由」という言葉を用いたとしたら,その用語法はとても特殊だと思います。少なくともリンク先の東洋経済の記事では,「解雇自由」との語をそのような意味では用いていません(というか,「解雇自由」という言葉を用いてすらいません。)。


    14/06/2009

    端的に,質問してみる。

     矢部善朗創価大学法科大学院教授のブログを読んで,矢部教授が,被疑者の取調べ過程の全面的な録音録画の義務化に無条件で賛同していると言うことを読み取ることは通常困難ではないかと思うのです。もっとも,あそこのブログでは,単にウェブ上に記載されているものを素直に読み取った上で反論することすら「藁人形叩き」にあたってしまいかねない(本人に直接連絡を取ってその真意を確認することなく,文章化されているものをそのまま理解して批判した場合には,読み手が「脳内で作り上げたに過ぎないもののように言われ」たとしても仕方がない,とのお考えの持主のようですし。)のですが。

     そういう意味では,こういう聞き方をした方がいいのかもしれません。

     野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

    取り調べの全録画を法廷で再生することは予定されていない

     矢部善朗創価大学法科大学院教授のブログで「法務業の末席」さんが次のように述べています

    ただし、取り調べの全録画を再生して法廷で争うならば、例えば裁判の長期化、すなわち無罪なのか有罪なのか、その有罪としてもどのような量刑で裁判が確定するまで、現行より長期間を要する現象が起こり得ると想像できます。裁判が長引けば長期間「被疑者被告人」として社会生活に悪影響(例えば毎月何回か出廷したり弁護士と打合せするだけでも時間と費用をロスします)があります。これは被告人にとってデメリットになります。

    取り調べの全面録画による自白の任意性への疑義が減少するメリットは、モトケンさんも私も更に他の多くの投稿者も認めています。

    ただ全面録画導入によって司法制度全体としては、メリットだけでなくデメリットも想定されるので、そのデメリットを打ち消すような制度改善策、すなわち制度全体としてバランスを取るためのカウンターシステムをも同時に導入することも考えておかないと制度論としては片手落ちである。このように主張しています。

    そして、そうしたバランス取りのカウンターシステムとして考えられる一つの例が「司法取引制度」だと、モトケンさんは終始一貫して主張されていると私には読めます。決して全面録画そのものを否定したり、メリットが無いと主張しているように主張してるとは読み取れません。

     被疑者の取調べ状況の全面録音・録画を義務化しても,録音・録画した音声・映像を全部法廷で再生するということは予定されていません。実際に被疑者の取調べ状況の全面録音・録画が義務化されている諸外国でも,そのような運用はされていません。実際には,自白の任意性が問題となった場合に,被疑者がその意に沿わない自白をするに至った近辺の取調べ状況を抜き出して再生したり,それまでの間どのような取り調べがなされていたのかを報告書にまとめるなどして,裁判所に提出するなどの運用がなされるのではないかと思います。したがって,自白の任意性が問題となった場合に裁判所で通常行われている手続──被告人と当時の取調べ担当者とを,当時の取調べ状況について尋問する──と比べたときに裁判を長期化することに繋がる可能性は低く,むしろ,短縮する可能性が低いといえます。

     矢部教授側がいっている「デメリット」というのは,被疑者が自白しなくなる可能性が高くなる(その結果,自白がなければ有罪判決を下すことが困難な事件で被疑者を無罪放免としてしまう蓋然性が高まる)ということと,捜査機関が調書に記載しなかった被疑者の取調べ時の発言が弁護士を通じて外部に漏れる危険があるということの2点でしょう(矢部教授が司法取引があると被疑者にも有利と言いたくて出した例は,被疑者の取調べ状況の全面録音・録画の義務化問題とは何の関係もありません。)。

     ただ,前者については,もともと被疑者が意に沿わない自白をしなくとも済むように被疑者の取調べ状況の全面録音・録画を義務化していこうというわけですから,被疑者の取調べ状況の全面録音・録画が義務化されて取り調べにあたって脅迫や偽計等の手段が用いれなくなってもなお被疑者にその意に沿わない自白をさせる仕組みを代わりに導入して「バランスをとる」というのは,およそ筋違いというものです。確かに,被疑事実が罰金相当の場合に「お前がこの通りの犯罪を行ったものとして司法取引に応ずるのであればすぐにでも釈放するが,応じないのであれば勾留延長請求までして20日間みっちり捜査するつもりだ。そして,起訴後も被疑事実を争うようであれば,保釈不相当との意見をつけ続けるつもりだ。そうなると,よほどのことがない限り,検察側の立証が終わるまでは保釈は認められないだろう。その結果,無罪と認められても,お前は会社を首になるなど,その生活基盤は破壊されているだろう。で,ここで司法取引に応ずるか否か,よく弁護人と相談して決めてくれ」というような形で持ちかけられれば,無実であっても,司法取引に応ずる被疑者は少なくないでしょう。執行猶予相当の場合も同様です。このような,被疑者が当初被疑事実を否認しており,表には出せない手法を用いずには白に追い込めないという事案において,客観証拠だけでは被疑者が当該被疑事実を犯したとはいえない場合について,被疑者の身柄を人質にして,これを処罰する別の手法として「司法取引制度」を「バランスをとって」導入せよというのは,救いようがない提案ではないかと思います。

     むしろ,捜査の長期化による被疑者の不利益,裁判の長期化による被告人の不利益を解消するためには,逃亡のおそれが乏しく,かつ,客観証拠の収集が概ね終了し罪証を隠滅する恐れ(ここでは,被疑者が自白を覆すかもしれないとか,供述証拠を不同意とし,かつ当該供述者を証人として呼んだときに反対尋問が功を奏し,その信用性が弾劾されてしまうかもしれない,ということは罪証隠滅の恐れに含まれないものとします。)がほぼなくなった場合には,速やかに被疑者の身柄を解放するような仕組みを作っていくことこそが筋というものです。

     後者については,取調べの過程で捜査官と被疑者とが語ったことの何を(調書の記載,マスメディアへのリーク等を通じて)外部に公表するのかの決定権限が現状捜査機関側にあり,捜査機関側にとって有利に働かない事実については秘匿されることが多かったのに対し,被疑者の取調べ状況の全面録音・録画が義務化されると,捜査機関側が公開したくないと考えたことについても被疑者・弁護人側が公開できてしまう,ということで捜査機関が情報を完全にはコントロールできなくなるということを意味するわけですが,そのことをネガティブに考えるか否かというのは,その論者が捜査機関側にどれほどシンパシーを持っているのかに依存するように思われます。弁護人は依頼者たる被疑者に対して守秘義務等を負っているので,被疑者の意思に反して,被疑者が秘匿したいと考える事実を公表することは許されないし,実際,一般の弁護人はそこの一線は守っています。少なくとも,捜査機関側よりはそこは守っているわけです(マスコミに何を語っていいかについて,捜査機関側が被疑者の了解を得るという運用にはなっていないはずですし)。そういう意味では,「捜査機関の人間は信頼するに値するが弁護人は信頼するにあたらない」ということを前提とする「弁護人に知らせたらこれを外部に漏らすかもしれないから,取調べの過程で捜査官と被疑者とが語ったことのうち捜査機関が特に選んだものしか,弁護人には教えない」ということは,偏に弁護士を馬鹿に仕切った議論だということができます。いずれにせよ,この問題の解決に,「司法取引」制度の導入は全く無意味です。

    13/06/2009

    Sonia Sotomayorの指名

     日本とは異なり,米国では,誰が連邦最高裁判事に指名されるのかというのは国を挙げての関心事です。

     だから,Sooter判事が辞意を表明して以降,オバマ大統領がだれを後任に指名するかということが非常に注目されていたわけです。

     で,オバマ大統領は,プエルトリコ系移民2世のSonia Sotomayor氏を指名しました。

     よくもまあ,オバマ時代に,オバマ大統領と同種のストーリーを持った人材が連邦最高裁に指名されうるポジションにいたものだということと,よくぞまあ,そういう人材に白羽の矢を立てられるものだなあという感想を持った人は多いのではないかと思います(その凄さにつきこちら)。Pavia & Harcourt時代に知的財産権関係を「あちら側」で担当していたというのはちょっと気になるところですが,それももう20年以上も前の話です。Castle Rock Entertainment, Inc. v. Carol Publishing Groupではフェアユースの主張を認めなかったようですが,それも10年以上前のことです。

    12/06/2009

    「捏造」という言葉が軽すぎる

     相変わらず,矢部善朗創価大学法科大学院教授による中傷が続いているようです。我が地元選出の政治家,竹入義勝がかの宗教団体から受けた中傷の執拗さを思えばさもありなんといったところなのでしょうが。

     一々反論している時間はないのですが,例えば,取調べの録音・録画の義務づけの可否に対して,録音録画物が一般公開されるものと誤解して反対している人がいたのでそのようなことはないと認識を正したエントリーに対し,矢部教授が,

     小倉秀夫弁護士は、この問題について、「取調べを録画したビデオは一般公開されるわけではない。」において
    だって,取調べの全面録音録画の義務化論者だって,録音録画したものを一般に(あるいはマスメディアに)公開することまでは主張していませんから。

    と言ってプライバシー侵害の心配がないかのように主張しています。

     たしかに手続上は、一般公開など予定されていません。

     しかし、一般公開されていないはずの情報が一般(例えばマスコミ)に流出することなど珍しくもなんともありません。

     全面録画した情報をどのようにして誰が用いるのかについても議論の余地があります。

     弁護人に複製を渡すというのであれば、弁護士事務所の情報管理体制が問われます。

     信頼できる弁護士ばかりとは限りません。


    と批判してきたので,

     取調べの際に被疑者が語った内容が外部に流出する危険に関していえば,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況が録音・録画されることによって格段に高まるわけではありません。プライバシー情報に関していえば,被疑者が自白に転じた後も被疑者の口から語られ得るものですし,現在の運用では被疑者の供述調書に被疑者やその周囲の人物に関するプライバシー情報が多数掲載されています。そして,それらの調書については,その謄写を申請する権利が弁護人に認められており,よほど節約好きの弁護人以外は謄写した調書を事務所に持ち帰って訴訟準備にあたります。しかし,「弁護士が調書を横流しする危険があるから,被疑者を取調べた結果を調書化するのはやめよう」という意見はとんと聞きません。

     それなのに,プライバシー侵害の危険を,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況が録音・録画された場合の固有の問題のように誤解させるような発言をするのはいかがなものかなあという気がします。今日パソコンで作成され,パソコン内に原文が蔵置される供述調書の方が,テープ上に録音・録画される過程の取調べ状況の音声・影像より,よほど流出する危険が高いのですが。

    という反論を行いました。

     これに対して,矢部教授は,

    まず、私のエントリの文章を「正確に」引用した上で、私が言ってもいないことをさも私が言っているかのように書いて、それを批判するという代物です。

    しかし,「弁護士が調書を横流しする危険があるから,被疑者を取調べた結果を調書化するのはやめよう」という意見はとんと聞きません。

     こういう意見をいったい誰が言っていると言うのでしょうか?

    と仰るのですが,「という意見はとんと聞きません。」といっているのに「こういう意見をいったい誰が言っていると言うのでしょうか?」といわれても,答えようがありません。上記文章を読んで,矢部教授が「弁護士が調書を横流しする危険があるから,被疑者を取調べた結果を調書化するのはやめよう」という意見を言っていると読む人はほぼいないのではないかと思います。私は,読み手に普通の読解力があることを期待しています。

     それなのに,プライバシー侵害の危険を,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況が録音・録画された場合の固有の問題のように誤解させるような発言をするのはいかがなものかなあという気がします。

     誤解させるような発言を、誰が発言したというのでしょうか?

    との点に関していえば,取調べ状況を全面的録音・録画を義務づけることの可否という論点との関係で,

     全面録画した情報をどのようにして誰が用いるのかについても議論の余地があります。

     弁護人に複製を渡すというのであれば、弁護士事務所の情報管理体制が問われます。

     信頼できる弁護士ばかりとは限りません。

    ということを言い出せば,そのように受け取られても仕方がないでしょう。取調べ状況を全面的録音・録画の義務化の可否と,捜査記録の管理の問題は本来別問題です。
    不思議なことに,プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人々の大部分は,捜査機関による恣意的な被疑者のプライバシー情報の開示については,特段の問題を感じない傾向があるようです。

     小倉弁護士は、私が「録音・録画に躊躇してみせる人々の大部分」に入っていると言うのでしょうか?

     そりゃ,「録音・録画に躊躇してみせる人」には入っているでしょう。「プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人」への批判に,「信頼できる弁護士ばかりとは限りません」等といって,「一般公開されていないはずの情報が一般(例えばマスコミ)に流出すること」の可能性が低くないことを示して批判してきたのですから。

     「捏造」っていうのは,「内部調査により、委員長在職中に自分の妻へ送った指輪の購入代金を党の会計から支出し着服横領した」との虚偽の事実を並べ立てて,公党の元委員長を執拗に中傷するような行為に対して用いる言葉ではないでしょうか。

    11/06/2009

    被疑者=真犯人の場合だけを想定せよといわれても

     取調室で語られたことのうち,何が調書に記載され何が記載されないかについて,必ずしも被疑者にコントロール権がない以上,取調べ過程の全面録音録画の義務化によって調書に記載されていないことを弁護人に知られることが,調書に記載されている内容が捜査官経由でマスメディアにリークされて全国報道されることとと比べて,被疑者のプライバシー権侵害の度合いが大きいとはいえないように私には思えます。

     尤も,捜査機関側が恐れているのは,取調室で被疑者が何を語ったのかではなく,取調官が,どのような口調で,どのような表情で,どのような身振りを交えて,何を語ったのかが弁護人に知られてしまうことでしょう。だから,被疑者が希望すれば「雑談中」は被疑者の声だけ記録されないシステムを採用するなんてことに仮になったら,それはそれで何らかの理由をつけて反対するのだろうなあと思ったりします。

     また,被疑者=真犯人であることを前提に,「司法取引」が認められれば,捜査機関側としても被疑者が後に罪体を争うことを想定しなくとも良いので捜査を簡便にすますことができるようになりその結果実刑が想定されない事案では早期の身柄釈放が可能となる(「司法取引」が認められないと,実刑が想定されない事案でも,勾留延長してまでの長期の身柄勾留をせざるを得ない)みたいなことを言って,「司法取引は被疑者のためにも有利な制度だ,これに反対する弁護士どもは怪しからん」みたいなことを言う人もいるようですが,その被疑者が真犯人でないときにそれがどう機能するのかを想定しない議論って,刑事訴訟手続に関する議論としては,そもそも失格なのではないかという気がします。その提案というのは,被疑者が無実の場合にはこのような弊害が生じますね,みたいな反論をされると,俺はそんなことはいっていない,誤解だ,誤読だ,捏造だ!と言い出す人もいるようなのですが,その被疑者が真に有実なのかそうでないのかを確実に判別して前者に対してのみ「司法取引」を持ちかけるということはあり得ないわけですから(そもそも,罪体が成立するかどうかを慎重に捜査する手間を省くために「司法取引」を行うというのだから,その時点で有実/無実を確実に見抜けているはずがありません),その提案は,被疑者が無実の場合にも当然適用されるものとして反論をするのは「藁人形叩き」でも何でもない,というのが普通の感覚かなあと思います。

     といいますか,その人が所属する弁護士会で,「司法取引を認めれば,軽微な犯罪の被疑者の身柄が早期に釈放されることを見込めるのだから,うちの会としても,刑事訴訟法を改正して,身柄を保釈する代わりに罪体について争う権利を放棄してもらう司法取引制度の早期導入を求める決議をしよう」と働きかけても,同じように,「で,被疑者が無実の場合どうするの?」っていう反論が来るのではないかと思ったりします。

    10/06/2009

    司法取引導入後予想される「究極の選択」

     前回のエントリーですら「目が点」になってしまう人があの小宇宙にはいるのだなあ,というのは一つの驚きです。

     捜査が未了だからって被疑者の身柄を拘束しておかなければいけないわけではないし,といいますか,住所不定ではない被疑者についていえば,罪証隠滅の虞や逃亡の虞が乏しい場合には,捜査未了であっても,被疑者の身柄を勾留していてはいけないのですが,もはやその原則論が忘れ去られているということなのでしょう。

     そういう原則を忘れた人たちが「司法取引」を行えるようになるとどうなるのか,概ね見当がつきます。「身柄を早期に解放して欲しければ,司法取引に応じろ」という要求がなされることになるのでしょう。被疑者は,身柄を早期に解放して欲しければ,捜査官の「見込み」が真実ではないことを法廷で争う権利を放棄しなければならなくなる。そういう運用がなされることが容易に想像できます。特に,冤罪率が高く,近年公判で犯行を否認されることが多い痴漢系では,冤罪のケースを含めて,司法取引が広く活用されることになりそうです。

     「司法取引は弁護人が認めた場合に限る」としたって,冤罪ケースでは,「身柄拘束が長期化して生活基盤が破壊されること」と「やってもいない罪に関して法廷で無罪を主張する権利を放棄すること」のどちらかを選べという「究極の選択」になるわけですから,弁護人だって困ってしまいます。まあ,痴漢等でしたら,たいていの場合被告人の弁明など聞き入れる気もなく,被害者の証言が支離滅裂でも客観証拠に反しても意に介さず有罪判決を下す人の割合が高い職業裁判官による裁判を引き続き受けなければいけないので,「ここで司法取引を拒否しても,公判で無罪判決が下される可能性は低いから,私もあなたがやっていないということを確信しているけど,司法取引に応じた方が利口だと思うよ」みたいなアドバイスをせざるを得ないところでしょうか。

     かくして,「被疑者の身柄を拘束している」という状況を利用して,身柄解放後争う余地のない形で,無実の人にも罪を認めさせるシステムが,「司法取引」という形でできあがってくる。いまは弁護士である矢部教授は,そのような司法取引制度の導入に積極的だということのようです。

    えっ,この程度の案件で,勾留延長請求していたの?

     矢部善朗創価大学法科大学院教授がそのブログで次のように述べています。

     傷害事件の例でわかりやすそうな例え話を言えば、AがBを殴って全治2週間くらいの怪我を負わせたという事案で、初犯でかつ被害弁償も済んでいるということであれば罰金刑でいいような事案なのですが、Aが正式裁判を請求してその場で、「Bが先に手を出したから殴られないようにするために殴ったんだ。」と一言いえば、直ちに正当防衛で無罪という可能性が出てきます。

     そうすると、検察官としては、正式裁判を請求されて無罪の主張をされてもそれに対する反論ができるように、正当防衛などの無罪の理由になりそうな事実がないことを含めて捜査することになります。

     そうすると、到底2〜3日の捜査では終わらず、場合によっては勾留延長をして20日間目一杯勾留してから略式裁判の手続に入ることになってしまう場合が多くなります。

     矢部教授は,検察官時代,そのような案件でも勾留延長請求までしていたのでしょうか。

     被疑者からはなぜ殴るに至ったのかを含めて供述調書を取っておく(初犯でかつ被害弁償も済んでいるということであれば,脅迫や偽計等を行う余地を与えなくともその程度の供述調書は取れるのではないかと思います。),被害者からもなぜ殴られるに至ったのかを含めて供述調書を取っておき,また目撃者がいれば目撃者からも供述調書を取っておく,もちろん,医師の診断書や,実況見分調書などの諸々の書類を作成する必要があるとはいえ,これらはいずれも被疑者を勾留しておかなければできないってものではないので,そもそも最初の勾留さえいらないくらいです。

    「iPhone 3G S」の発表

     「iPhone 3G S」が発表されました。早い段階でiPhone 3Gを手に入れた方の中には,アーリーアダプターといいますか,新しもの好きな方が多いので,できるだけ早く「iPhone 3G S」を手に入れたいと思う方も多いでしょう。音楽好きにとっては,32GBという記憶容量は魅力的です。

     そこで,問題です。「iPhone 3G S」を買った場合,今まで使っていたiPhone 3Gはどうすべきでしょうか。iPhoneは基本的に携帯電話なので,持っているだけで基本料金がかかりますし,他人に譲渡するわけにもいきません。

     Apple=Softbank連合で新機種の側にSIMカードを移し替えてくれる「下取り制度」を作ってくれればいいのですが,とはいえ,SIMカードを抜き取った後のiPhoneの抜け殻をAppleとしてどうするのかという問題も生じてきそうです。どうせなら,SIMカードを移し替えた上で,旧機種側を家族等にプレゼントできるようにしてくれると無駄がないのになあとか思ったりはしました。

    09/06/2009

    被疑者等のプライバシーを保護するために無実の被疑者を虚偽自白させる仕組みを残せというのは本末転倒

     警察等による不適切な取調べにより虚偽自白が引き出されこれにより無実の者が刑に処せられるというリスクよりも被疑者等のプライバシーを重視して被疑者が自白に転ずるまでの取調べ過程を録音録画することを断念したとしても、植草元教授の事件の時のように、捜査の過程で入手したプライバシー情報──とりわけ、通常公開されたくないであろう個人の性癖に関する情報等──が意図的に公開されて、しかも誰も責任をとらないというのでは、被疑者等のプライバシーという点ではどうしようもないように思います。

     しかも、捜査機関経由でマスコミが取得した情報の中には、意図的に嘘が混ぜられることがあることは、小沢氏秘書逮捕事件などでも明らかになってきたのではないかという気がします(捜査機関側からのリークも受けていないのに、記者がゼロベースでねつ造した可能性も論理的にはありますけど、蓋然性は低いように思いますし。)。

     そういう意味では、被疑者等のプライバシーを重視するのであれば、冤罪を生み出す可能性を放置して被疑者が自白に転ずるまでの取調べ過程の録音録画を断念するという消極的な方法をとるのではなく、取調べ過程で得た情報をリークその他本来的でない用法に用いた公務員に対する処分を毅然と行うといった積極的な方法をとるべきではないかと思ったりします。

    般公開されていないはずの捜査情報が流出する経路

     矢部善朗創価大学法科大学院教授は次のように述べています。

     小倉秀夫弁護士は、この問題について、「取調べを録画したビデオは一般公開されるわけではない。」において

    だって,取調べの全面録音録画の義務化論者だって,録音録画したものを一般に(あるいはマスメディアに)公開することまでは主張していませんから。

    と言ってプライバシー侵害の心配がないかのように主張しています。

     たしかに手続上は、一般公開など予定されていません。

     しかし、一般公開されていないはずの情報が一般(例えばマスコミ)に流出することなど珍しくもなんともありません。

     全面録画した情報をどのようにして誰が用いるのかについても議論の余地があります。

     弁護人に複製を渡すというのであれば、弁護士事務所の情報管理体制が問われます。

     信頼できる弁護士ばかりとは限りません。


     取調べの際に被疑者が語った内容が外部に流出する危険に関していえば,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況が録音・録画されることによって格段に高まるわけではありません。プライバシー情報に関していえば,被疑者が自白に転じた後も被疑者の口から語られ得るものですし,現在の運用では被疑者の供述調書に被疑者やその周囲の人物に関するプライバシー情報が多数掲載されています。そして,それらの調書については,その謄写を申請する権利が弁護人に認められており,よほど節約好きの弁護人以外は謄写した調書を事務所に持ち帰って訴訟準備にあたります。しかし,「弁護士が調書を横流しする危険があるから,被疑者を取調べた結果を調書化するのはやめよう」という意見はとんと聞きません。

     それなのに,プライバシー侵害の危険を,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況が録音・録画された場合の固有の問題のように誤解させるような発言をするのはいかがなものかなあという気がします。今日パソコンで作成され,パソコン内に原文が蔵置される供述調書の方が,テープ上に録音・録画される過程の取調べ状況の音声・影像より,よほど流出する危険が高いのですが。

     それらの調書に記載されている一般公開されていないはずの情報をもっとも意図的に流出されているのは,捜査機関側です。公式の記者会見で発表されたものであれ,非公式にリークされたものであれ,プライバシー権を侵害していることには代わりがありません。不思議なことに,プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人々の大部分は,捜査機関による恣意的な被疑者のプライバシー情報の開示については,特段の問題を感じない傾向があるようです。

    08/06/2009

    一歩だけなら前進しない方がましな場合もある。

     匿名(その実名が知られていないハンドル名を含む。)による投稿に対する態度としては、


    • 匿名によるコメント投稿はNG

    • 匿名による投稿もOK

    • 匿名による投稿は原則OKだが、特定の第三者の権利と特に緊張関係に立つ投稿についてはNG

    • 匿名による投稿は原則NGだが、内部告発等特に発言者の匿名性が高く求められる場合にはOK


    等色々あると思うのですが、

    第三者を侮辱したりその名誉を毀損したりする発言は匿名でもOKだが、ブログ主や国家権力を批判したりする投稿は例外的にNG
    というのは、考え得る限り最悪のものと言ってしまってもよいくらいなのではないかと思います。

    印象操作が大好きな人たち

     矢部善朗創価大学法科大学院教授のブログのコメント欄で、「キメイラ」さんといういろいろなところで私についてネガティブなコメントを投稿される方が、「それではネット検索できる著名な民事事件と過去の刑事事件を見てみましょう。(検索にひっかからないのは掲載できませんが)」として私の敗訴判決だけを選ってこれが掲載されている文書のURLを投稿されているようです。やはり私についてネガティブなコメントを付けるのがお好きなハスカップさんがこれをサポートされています。

     ある程度訴訟をこなしているとどうしてもそれなりに敗訴することは避けがたいのです。もちろん、勝率を高めるために、確実に勝てると踏まない限り引き受けないまたは判決まで持ち込まないというポリシーの方もいるとは思うのですが、それは私のポリシーではありません。

     だからそれはそれでかまわないのですが、ネット検索できる有名な民事事件のうち私が勝訴した者を紹介しないというのもとても印象操作的で面白いですね。もちろん、私の場合敗訴事件に著名事件が多いのですが、勝訴事件でも著名事件は多いのですけど(mp3.co.jp事件にしても、まねきTV事件にしても、中古ゲーム訴訟にしても、ネット検索で引っかからないということはないように思うのですが。)。

     そうそう、中古ゲーム訴訟については、唯一販売店側が敗訴した大阪訴訟地裁判決だけが紹介されているようですが、この件については結局高裁で逆転し、東京訴訟と共に販売店側が勝訴したことは結構世の中に知られていたかと思うのですけど、キメイラさんはご存じなかったのでしょうか(どういう検索の仕方をしたら、中古ゲーム訴訟の関連で、大阪訴訟地裁判決しか検索で引っかからないということがあるのかわかりませんが。)。また、住基ネット訴訟も、私が訴訟代理人になっている事件で数少ない原告が勝訴した事件のみを紹介されているようですが、これが高裁で逆転され、結局、住基ネット訴訟についていえば最終的に原告敗訴で終わっていることも結構知られているかと思ったのですが、そうでもなかったのでしょうか。

     あと詰めが甘いと思ったのは、クレイジーレーサー事件を紹介するのならば、中間判決の方を紹介した方が、誤解を生じやすかったのではないかということですね。終局判決についていうと、114条各項の適否について私の主張がほぼ通っているので(著作権法関係では初判断だったと思います。)、損害賠償請求については9割方勝訴という事案ですから(原告の請求額と実際の認容額との差に注目!)、紹介した意図に合致していないのではないかと思ったりします。

    無実の人間を刑事処罰する方法が違うだけ

     司法取引制度の導入に積極的な弁護士というのも世の中にはいるようです。まあ、内部における言論の多様性が大きいのが弁護士会の特徴の一つですから、それはそれで構わないのですが。

     もちろん、司法取引制度は、刑事裁判にかかるコストを削減するという意味では特に犯罪大国アメリカなどでは必要悪的な側面があるのですが、わが国のように、そうはいっても治安がよい国で導入するのは如何なものかという気がしなくはありません。

     というのも、司法取引制度は、無実の人間を刑事処罰することに繋がる、一種の「冤罪を生み出すシステム」となりうるからです。例えば、共犯として複数の人が逮捕され取り調べられている場合には、まさに「囚人のパラドックス」が生ずるため、被疑事実に全く身に覚えが無くとも我先に司法取引に応ずるのが合理的だということになりますし、単独犯として逮捕された場合でも、職業裁判官や裁判員に対する信用がおけなければ、筋を通してやっていないことはやっていないとして司法取引に応ずることを拒否するのは大博打となってしまいます。
     私のように刑事弁護をやらない弁護士にすら、司法取引制度が無実の人間の処罰に繋がりやすいことは知られています。

     情報の非対称性ないし不確実性を梃として無実の人間に刑事罰を科すことを可能とする司法取引制度を導入するのであれば、暴行・脅迫・偽計等により自白を引き出すことにより冤罪を生み出す危険を狭める被疑者取調べへの弁護人の立会いを認めても構わないみたいな話って、私にはにわかに賛同しがたいところです。

    07/06/2009

    「誰が読んでもそう読める」までハードルをあげられたらお手上げ

     矢部善朗創価大学法科大学院教授が,「パブ弁!」さんをアクセス禁止処分にしたようです。

     その前の通告内容は,

    パブ弁!さんが、私が「頑として弁護人の取調べへの立会いを嫌悪・忌避」していると誰が読んでもそう読める私の文章を指摘するか、誤読を認めて謝罪するか、実名を開示するか、いずれかを直ちに行わない限り、パブ弁!さんの投稿を禁じます。

    というものでしたが,それはハードルが高すぎます。1000人中999人がそう読めるものだって,特定の小宇宙の住人が「そうは読めない」と言い張れば,誰が読んでもそう読めることにはならなくなってしまいます。

     実際,こちらのエントリーのNo.143でパブ弁!さんが引用している矢部教授のコメントは,弁護人の取調べへの立会いを認めることについて矢部教授が相当ネガティブであることを伺わせるものだと思いますし,それを「頑として……嫌悪・忌避」していると表現するのは許容されるレトリックの範囲内にあると思いますが,「ご指摘の部分を「頑として弁護人の取調べへの立会いを嫌悪・忌避」していると読む程度の読解力しか持たない弁護士が存在することに恐怖を感じます。」などという方(Beartankさん)も出てきますし(これらの文章を読んで,弁護人の取調べへの立会いに反対していないと読んでしまう人の方が問題だと思いますが。),矢部教授は「その受け取り方は間違いです。」といえばそれで,悪いのはパブ弁!さんの方だとしてしまえると思っておられるようです。

    「誰が読んでもそう読める」までハードルをあげられたらお手上げ

     矢部善朗創価大学法科大学院教授が,「パブ弁!」さんをアクセス禁止処分にしたようです。

     その前の通告内容は,

    パブ弁!さんが、私が「頑として弁護人の取調べへの立会いを嫌悪・忌避」していると誰が読んでもそう読める私の文章を指摘するか、誤読を認めて謝罪するか、実名を開示するか、いずれかを直ちに行わない限り、パブ弁!さんの投稿を禁じます。

    というものでしたが,それはハードルが高すぎます。1000人中999人がそう読めるものだって,特定の小宇宙の住人が「そうは読めない」と言い張れば,誰が読んでもそう読めることにはならなくなってしまいます。

     実際,こちらのエントリーのNo.143でパブ弁!さんが引用している矢部教授のコメントは,弁護人の取調べへの立会いを認めることについて矢部教授が相当ネガティブであることを伺わせるものだと思いますし,それを「頑として……嫌悪・忌避」していると表現するのは許容されるレトリックの範囲内にあると思いますが,「ご指摘の部分を「頑として弁護人の取調べへの立会いを嫌悪・忌避」していると読む程度の読解力しか持たない弁護士が存在することに恐怖を感じます。」などという方(Beartankさん)も出てきますし(これらの文章を読んで,弁護人の取調べへの立会いに反対していないと読んでしまう人の方が問題だと思いますが。),矢部教授は「その受け取り方は間違いです。」といえばそれで,悪いのはパブ弁!さんの方だとしてしまえると思っておられるようです。

    取調べを録画したビデオは一般公開されるわけではない。

     取調べの全面録音録画の義務化への反対論の多くは,荒唐無稽な誤解に基づいているように見えます。

     例えば,こちらでは,

    取調べの可視化=

    被疑者のプライバシーの侵害

    である

    ことは、ほとんど報道されてない気がする。

     そりゃ,そんなこと報道されていません。だって,取調べの全面録音録画の義務化論者だって,録音録画したものを一般に(あるいはマスメディアに)公開することまでは主張していませんから。

     

    いじめっ子ABC、いじめられっ子D

    Dは、ABCの命令で、万引きしました

    Dは、ビデオの前で、「ABCに命令されました」

    言えるでしょうか?

    とのことですが,「ビデオの前だと」いえない理由は乏しいですね。ビデオがまわっていようといまいと,その後,ABCに捜査の手が及ぶことがあれば,Dが取調官に対して,「ABCに命令されました」といっていたことが普通にわかるわけですから。

    06/06/2009

    裁判官らは,どの段階で菅家さんが無実であることに気がついていたのか。

     足利事件に関しては,裁判官らは,どの段階で菅家さんが無実であることに気がついていたのでしょうか。

     再審請求審を担当した宇都宮地裁の裁判官は気がつかれていたのではないか,と思います。だからこそ,より精度の高い方式での再鑑定を行うことを回避せざるを得なかったのでしょう。他方,彼らとしても,自分が関わらない形で菅家さんが無罪になることを拒む理由はないので,DNA鑑定資料(被害者の半袖下着)の冷凍保存を自治医大に委託したのではないか,という感じがします(鑑定資料の冷凍保存を委託しておきながら再鑑定を行わない合理的な理由が,あまり見あたりませんし。)。

     その抗告審である東京高裁は,飯塚事件の被告人が森英介法務大臣(工学博士)の指示により処刑された平成20年10月に「裁判所が再鑑定を行うのなら敢えて反対しない」という内容の意見書の提出を受けて,すなわち,この事件については再審→無罪もやむ無しとの合図を受けて,漸く再鑑定を行うことを了承したのです。

     では,それに先立つ公判を担当した裁判官はどうだったのでしょう。もともと当時のDNA鑑定は精度が高いものではなく「真犯人と型が一致≒被告人が真犯人」とできるような類のものではなかったわけですし,自白調書の記載には矛盾が多々あることが二審の弁護人により指摘されていたわけですから,これは怪しいと気がついていたのではないかという気がしないではありません。右陪席だった岡村稔判事(当時)も,左陪席であった長谷川憲一判事もまだご存命のようなので,このようなことを繰り返さないためにも,国会等で,特別に守秘義務を解除して,そのときの合議の状況等を語らせる等してみたらよいのでは,と思わなくはありません。

    05/06/2009

    飯塚事件を忘れるな

     なお,同じように精度の低いDNA鑑定で有罪認定がなされた例としては,飯塚事件があります。

     こちらは,被告人は一貫して犯行を否認し,DNA鑑定も,科捜研と大学に鑑定を依頼し,科捜研のみが「一致」との結論を下したにすぎないものでした。それでも,裁判所はそれに飛びついて有罪認定をし,一貫して犯行を否認した点を重視して死刑判決を下してしまいました。まあ,御上の手を煩わせるやつは許せないと言うことです。被害者が一人ですから,やっていなかったこともやったと早期に認めて,「恭順」の方針でいっていれば,死刑は回避できた可能性が高いとは思います。

     こちらは,受刑者側が再審請求を準備する中,昨年10月,死刑が執行されてしまいました。

    豊穣な認識を有する捜査官は,客観証拠の乏しさなど気にしない?

     足利事件については,とかくDNA鑑定の進歩という点が語られがちですが,この年表からもわかるとおり,そもそも筋が悪い事件です。

     そもそも客観的な証拠がないのに菅家さんを犯人性が高いと考えたのは,

    1. 「子供を見る目が怪しかった」という証言があった
    2. 軽い障害があった
    3. 血液型は犯人と同じB型であった
    4. パチンコ好きだった。

    という程度のものでした。

     この程度の根拠でも,捜査官らの豊穣な認識の下では,「客観的証拠の有無と犯人性の高低は必ずしも相関しない」(by 感熱紙さん)ということだそうなので、ここでも,上記程度の客観証拠でも,捜査対象をほぼ菅谷さんに絞り込み,捜査令状無しで室内を調査したり,勤務先へ聞き込みを行ったり,逮捕まで約1年間も尾行し続けたりし,菅家さんが解雇される要因を作ったりしたのです。その後も,早朝に令状無しで菅家さんを警察署へ連行し夜中まで取り調べて自白に追い込むなど,被疑者の手続的権利を無視し続けたわけです。いくら刑罰法規の一般予防機能を守るためだとはいえ,ひどすぎると言ってしまうと,また某所で集中的な個人攻撃をされそうです。

     警察は,先行する同種事件についても,客観証拠に乏しいながらも,「厳しい取調べ」によって菅家さんを自白に追い込んだわけです。「客観的証拠の有無と犯人性の高低は必ずしも相関しない」(by 感熱紙さん)という認識を有している捜査官らは,その被害児童が午後2時過ぎに同い年くらいの男の子と渡良瀬川の方へ向かって走り去って行くのを目撃したという供述をした近所の食堂の店員に対し,その供述を変更するより強く求め,その記憶と異なる員面調書,検面調書を作成させたわけです。さすが,「第三者の目撃証言」との矛盾と犯人性の高低は必ずしも相関しないというわけです。

     この先行事件については結局起訴されなかったのですが,同一地域の同種事件について,同様に自白が得られたにもかかわらず,アリバイが成立してしまっているのですから,(その先行事件を含めて真犯人が別にいる蓋然性の高さを考慮して)本来はここで引き返すべきだったわけですが,もう1年も菅家さんが真犯人であるという前提で捜査態勢を組んでしまったので,今更引き返せなかったのでしょう。まあ,この程度の証拠資料だけで起訴しても,最新のDNA鑑定で菅家さんがほぼ100%無実であるということが示されるまでは,裁判官は「自白も信用できる」としてあっさり有罪判決してくれるわけですから,起訴を躊躇する理由なんて何一つなかったわけです。

     ただ,これだけのことをしても,高裁判決の約2カ月後に,また隣接地で同種の犯行が行われてしまったので,折角被疑者の手続的権利を奪って自白調書を作成し起訴→有罪に追い込んだというのに,一般予防機能は果たせなかったのではないかという気がします。

    【追記】

     矢部教授は,そのブログのコメント欄で,

     本件は、小倉弁護士が言っている「ヤマ勘捜査」の対極にある事件です。
     当時のDNA鑑定を絶対視していた警察・検察・裁判所は、たとえ自白がなくても、客観証拠が極めて強固な事件として確信をもって起訴し、有罪判決を宣告したことが想像されます。

    と仰っているようです。「100人に1〜2人はいる」程度の当時のDNA鑑定に飛びついたのは,「ヤマ勘捜査」の賜物のように思われますが。

    04/06/2009

    「確実な証拠がなく、頑強に否認する被疑者」が無実である可能性に思いを馳せない捜査官

     矢部教授が開設する2ちゃんねる型の匿名電子掲示板は,今日も今日とて中傷文言で一杯です。その中に,次のようなコメントがありました。

    1294 名前:感熱紙 投稿日: 2009/06/03(水) 20:01:03 ID:Fb.AVuDUC 話が逸れますが…
    取調べや自白に関して、モトケン先生とオグラ弁護士とで話が全く噛み合わない理由が分かりました。
    オグラ弁護士は「厳しい取調べ」と「拷問?脅迫」の区別が理解できない、あるいは区別したくないんですね。
    つまり「確実な証拠がなく、頑強に否認する被疑者にはなすすべなく手を拱け」ということになる。
    そりゃあ実際に数多くの被疑者と対峙してきたモトケン先生とは話が噛み合わないわけですな。

     この投稿者は警察にお勤めのようなのですが,この発言の中に,なぜ未だ虚偽自白に頼った結果の冤罪が絶えないのかが見え隠れしているようです。

     つまり,この人の信念としては,「拷問?脅迫」として特に禁止された手段さえ用いなければ,被疑者の真意に反して,捜査機関の見込みに沿った自白調書を作成し署名・捺印させることは,「善」なのでしょう。「自白調書がなければ有罪に持ち込めない危険が高い」ということは,「客観証拠を見る限りその被疑者が真犯人である可能性はさほど高くない」ということであるわけで,そのようなケースで,「厳しい取調べ」により捜査官の「見込み」に沿う自白調書を作り上げ,検察官もこれに乗っかって不十分な客観証拠の元で被疑者を起訴し,裁判官もこれに乗っかって不十分な客観証拠の元で有罪判決を下すということが冤罪の温床となっているということを理解できないのでしょう。

     もっとわかりやすくいうと,真犯人でなくとも自白調書に署名・捺印をしてしまうような状況で「自白調書」が作成されたとしても,それが被疑者の記憶に合致したものである蓋然性は,捜査官のそのときの認識が被疑者の認識と合致している蓋然性と大差ないのであって,そのような「自白調書」は,捜査官のその時点での認識を「報告書」という形で文書化したものと,本来の証明力において大差はありません。

     客観的な証拠が乏しい事案で。捜査官が自身の認識を自己の名義で記載した「報告書」を主たる証拠として被告人を有罪とするのが正しくないことは概ね合意が得られると思うのですが,被疑者の認識として自発的に語られるものを撥ね付けて,「厳しい取調べ」によって捜査官自身の認識を被疑者名義の「自白調書」という形で作成してしまえばそれを主たる証拠として被告人を有罪とするのが正しいというのは、普通に考えておかしい話です。

    (実際、米国でも、弁護人の立会いがない状況で作成された自白調書には無茶苦茶なものが少なからずある(例えば、殺人を犯したと自白したが「被害者」は生きていたとか、「犯行」が行われたとされる日時には被疑者が服役していたとか。)と、米国の研究者が来日していたときに仰っていたかと思います。)

     矢部教授は,被疑者の手続権利を重視せよと主張した「パブ弁!」さんにはその氏名等の公開を求めましたが,このような認識を有している警察官の氏名等の開示を求めた方が,冤罪を少なくする役に立つのでは?とも思ったりします。

    【追記】

     感熱紙さんは、その掲示板で次のように述べているようです。

    客観的証拠の有無と犯人性の高低は必ずしも相関しない、という現実が分かっていない貧弱な認識ですね。

     しかし、「客観的な証拠は十分ではなくとも、自分には、あいつが真犯人であることがはっきりと分かっている。だから、『厳しい取調べ』によりあいつを自白に追い込むのだ」という捜査官は、冤罪を生み出す危険が高いと言わざるを得ません。

     被疑事実を否認している被疑者に関して、「客観的な証拠はない」が「犯人性が高い」場合としてどのようなものを想定しているのかよく分かりませんが、「犯人性が高い」とする根拠が「ヤマ勘」以上のものであるならば、その捜査官以外も同じ論理で犯人性を認定することができるのでしょうから、「厳しい取調べ」により自白調書を押しつけなくとも、その被疑者を起訴し、有罪に導くことができるはずです。

     しかし、実際には、その被疑者が真犯人であると考える根拠は万人を納得させられるようなものでないことが分かっているが故に、捜査官は、真犯人でなくとも自白をしてしまうような手法を用いて、自白を取りに来るのです。

    03/06/2009

    「強要される自白」の比率

     矢部善朗創価大学法科大学院教授が次のように述べています。

    そして最終的には「中立的です。」とだけ言っているのですが、結局、私の
     そのような弁護人の対応に照らして、少なくとも、自白は原則として強要されたものである、という指摘は正しくないと思われます。

    という主張の当否については、何も批判していません。

     しかし,矢部教授が批判の対象としている私の,

     客観証拠がそろっていれば,自白を強要しなくとも被疑者を起訴し,有罪に持ち込むことが可能です。

    という発言に対して,

     この記述において最初に指摘すべきことは、小倉弁護士が「自白を強要しなくとも」と言っている点です。  自白は、常に強要によって得られるものとは限りません。  これは取調べ全面録画が行われれば疑義無く明らかになることですが、誰が見ても自発的になされている自白、捜査官の説得によってする自白、強要される自白などいろいろありますが、小倉弁護士の論調によると、自白は強要されて得られるのが原則であるという印象を持つ人がいるかもしれませんので、そういうわけではないということは指摘しておきます。

    とつなげているその流れ自体が,特定の新興宗教を信仰していない私とは相容れないものです。「自白を強要しなくとも被疑者を起訴することが可能だ」という文は,一般人の言語感覚では,「現状において,自白は、常に強要によって得られるものである」との意味を含有していません。「自発的に,あるいは捜査官による穏やかな説得によって自白にいたる被疑者が大部分であるが,中にはそのような手段では自白に至らない被疑者もいるので,『刑罰法規の一般予防機能』を守り将来の被害者を出さないようにするために,自白を強要する余地を残すべきだ」として「被疑者が自白に至までの取調べ過程の録音・録画に反対し,取調べ過程への弁護人の立ち会いを求める弁護士に対し「お前は,将来の犯罪被害者を増やす気か!」という訳のわからないすごみ方をする人に対して,

     客観証拠がそろっていれば,自白を強要しなくとも被疑者を起訴し,有罪に持ち込むことが可能です。

    との反論は,「自発的に,あるいは捜査官による穏やかな説得によって自白にいたる被疑者」と「録音・録画されたら後で問題となる取り調べがなされた結果自白にいたる被疑者」との比率がどうであるという認識を話者が持っていようとも同様に成立します。

     なお,逮捕当時被疑事実の全部または一部を否認していた被疑者が取調べ過程で自白に転じた例のうち,真に自発的に自白に転じた例,あるいは,捜査官による穏やかな説得によって自白に転じた例がどの程度あるのかについては,これといった統計資料はなかったように思うのですが,矢部教授はこの点に関する調査研究を行っているのでしょうか。また,例えば,被疑者がその記憶するとおりに語ってもそれが捜査官の「見込み」と一致しない限り「嘘をつくな」といわれて何度も同じことを聞かれるという状況が朝から夜まで続くということについに根負けをして捜査官の「見込み」に合致する「自白」をしてしまった場合,これは「捜査官の説得によってする自白」に含まれるのでしょうか,それとも「強要される自白」にふくまれるのでしょうか。それ次第によっては「強要される自白」の比率は大いに違ってきそうな気がします。

    ギークな会社のスーツのお仕事

     はてなの取締役である梅田望夫さんが次のように述べています。

     英語圏ネット空間は地に着いてそういうところがありますからね。英語圏の空間というのは、学術論文が全部あるというところも含めて、知に関する最高峰の人たちが知をオープン化しているという現実もあるし。途上国援助みたいな文脈で教育コンテンツの充実みたいなのも圧倒的だし。頑張ってプロになって生計を立てるための、学習の高速道路みたいなのもあれば、登竜門を用意する会社もあったり。そういうことが次々起きているわけです。


     SNSの使われ方も全然違うし。もっと人生にとって必要なインフラみたいなものになってるわけ。

     でも,日本語圏では知に関する最高峰の人たちが知をオープン化しない,その原因を探求し,彼らが知をオープン化しやすい枠組みを作るにはどうしたらよいのかを考えるのが,コンサルタントとしての梅田さんの役割なのではないかと思うのです。あるいは,その人脈を生かして,知に関する最高峰の人たちに働きかけて,ネット空間でその知をオープン化するように仕向けるのが,取締役としての梅田さんの役割なのではないかと思うのです。でも,梅田さんは,「Web進化論」で得た知名度を,日本語圏でも知に関する最高峰の人たちが知をオープン化するように仕向けるという「公の利益」ないし「はてな(株)の利益」にではなく,「プロ将棋棋士との交友」という「私益」に使ってしまった感があります。

     「Web進化論」で得た名声を利用して様々な「天才」と交流する機会を得ておきながら,彼らがその知をネット上でオープンしない理由を聞き出して「はてな」にフィードバックするという作業を行ってこなかった,その結果が,この様です。大衆路線の「ameblo」が人気者をネット空間に進出させることに成功したのに,そして,「知に関する最高峰の人たち」を引きつけるには一時期非常に優位な立場にいたというのに,この様です。

     経営の安定のため「はてなダイアリー」はこれまで通りの方針で行くのだということなら,「知に関する最高峰の人たち」向けの「はてなVIPダイアリー」でもつければ良かったのではないかと思ったりします。それこそ,羽生名人でもそこに自分の知をオープンしたくなるようなやつを,です。そういう人間的な要素に関する提案を行うのが,ギークな会社におけるスーツ組の大きな役目の一つではないかと思ったりするのです。

    02/06/2009

    ご冗談を

     矢部善朗創価大学法科大学院教授が次のように述べています。

     検事は、常に辣腕弁護士ならどのような弁護活動をするだろうかということを考えて仕事をしています。

     多くの弁護士は「ご冗談を」と思ってしまうのではないでしょうか。あるいは,検察の主張立証の甘さを救済する判決を下すことを余儀なくされている刑事裁判官も「ご冗談を」と思っているかもしれません。

     判決言い渡し直前に真犯人が明らかになったために無罪判決が言い渡された宇和島事件(松山地方裁判所宇和島支部平成12年5月26日判時1731号153頁)では,

    平成一一年一月八日午後零時一四分ころ、愛媛県宇和島市栄町港三丁目三〇三番地所在のえひめ南農業協同組合本所において、犯人が、ボールペンを用いて、同所備え付けの貯金払戻請求書用紙の口座番号欄に「2243952」、金額欄に「500000」、おなまえ欄に「甲野N子」と記入し、そのお届印欄に「甲野」と刻した印鑑を押捺した上、同組合本所の窓口係員丙山M子に対し、普通貯金通帳とともに提出して普通貯金の払戻しを請求し、丙山から現金五〇万円の交付を受けたという事実

    関係の下で,「貯金払戻請求書の口座番号欄、金額欄及びおなまえ欄の各記載」が被告人の筆跡によるものとの鑑定結果も得られず,「犯人が五〇万円の払戻しを受けた当時の店内の様子は防犯ビデオに録画され、その画像中に犯人の姿が撮影されているが、その画像は不鮮明であるため、これらの証拠のみから、撮影された犯人が被告人と同一人物であるかどうか、判断することができない」等の事情があっても,警察官が、机を叩くなどしつつ、「証拠があるんやけん、早く白状したらどうなんや。実家の方に捜しに行かんといけんようになるけん迷惑がかかるぞ.会社とか従業員のみんなにも迷惑が掛かるけん早よ認めた方がええぞ。長くなるとだんだん罪が重くなるぞ。」等と述べるなどして勝ち取った自白調書を頼りに,検察官は起訴をしてしまったわけです。

     犯人が書き入れたことが明らかな記載についてその筆跡が被告人のものであるとの鑑定結果がないというときに,どんな敏腕弁護士でも,そんなことには気がつかないと考えて仕事をしていたのでしょうか。

    01/06/2009

    およそあり得ない理由

     矢部善朗創価大学法科大学院教授が「およそあり得ない弁護士像」というエントリーを書いています。

     私も,「刑罰法規の一般予防機能に配慮して被疑者の手続的権利の行使を躊躇する弁護人」なんて現実にはほとんどいないと思います。ただし,その理由は,被疑者の手続的権利が十分に保障され,意に沿わない自白を強要されないように弁護人が活動すると,将来の犯罪被害者を増やすことになるという感覚を持ち合わせていないということにあります。起訴前弁護を担当する弁護士のほとんどは,警察官が無理矢理被疑者を「自白」に追い込むことを阻止するために活動することにより「ああ,おれは将来の犯罪被害者を増やす活動をしているのだなあ」と葛藤することなどないのです。すなわち,被疑者の手続的権利の保障と刑罰法規の一般予防機能とを対立関係に置く見解を支持している弁護士を探すことがまず困難なのです。

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