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14/06/2009

取り調べの全録画を法廷で再生することは予定されていない

 矢部善朗創価大学法科大学院教授のブログで「法務業の末席」さんが次のように述べています

ただし、取り調べの全録画を再生して法廷で争うならば、例えば裁判の長期化、すなわち無罪なのか有罪なのか、その有罪としてもどのような量刑で裁判が確定するまで、現行より長期間を要する現象が起こり得ると想像できます。裁判が長引けば長期間「被疑者被告人」として社会生活に悪影響(例えば毎月何回か出廷したり弁護士と打合せするだけでも時間と費用をロスします)があります。これは被告人にとってデメリットになります。

取り調べの全面録画による自白の任意性への疑義が減少するメリットは、モトケンさんも私も更に他の多くの投稿者も認めています。

ただ全面録画導入によって司法制度全体としては、メリットだけでなくデメリットも想定されるので、そのデメリットを打ち消すような制度改善策、すなわち制度全体としてバランスを取るためのカウンターシステムをも同時に導入することも考えておかないと制度論としては片手落ちである。このように主張しています。

そして、そうしたバランス取りのカウンターシステムとして考えられる一つの例が「司法取引制度」だと、モトケンさんは終始一貫して主張されていると私には読めます。決して全面録画そのものを否定したり、メリットが無いと主張しているように主張してるとは読み取れません。

 被疑者の取調べ状況の全面録音・録画を義務化しても,録音・録画した音声・映像を全部法廷で再生するということは予定されていません。実際に被疑者の取調べ状況の全面録音・録画が義務化されている諸外国でも,そのような運用はされていません。実際には,自白の任意性が問題となった場合に,被疑者がその意に沿わない自白をするに至った近辺の取調べ状況を抜き出して再生したり,それまでの間どのような取り調べがなされていたのかを報告書にまとめるなどして,裁判所に提出するなどの運用がなされるのではないかと思います。したがって,自白の任意性が問題となった場合に裁判所で通常行われている手続──被告人と当時の取調べ担当者とを,当時の取調べ状況について尋問する──と比べたときに裁判を長期化することに繋がる可能性は低く,むしろ,短縮する可能性が低いといえます。

 矢部教授側がいっている「デメリット」というのは,被疑者が自白しなくなる可能性が高くなる(その結果,自白がなければ有罪判決を下すことが困難な事件で被疑者を無罪放免としてしまう蓋然性が高まる)ということと,捜査機関が調書に記載しなかった被疑者の取調べ時の発言が弁護士を通じて外部に漏れる危険があるということの2点でしょう(矢部教授が司法取引があると被疑者にも有利と言いたくて出した例は,被疑者の取調べ状況の全面録音・録画の義務化問題とは何の関係もありません。)。

 ただ,前者については,もともと被疑者が意に沿わない自白をしなくとも済むように被疑者の取調べ状況の全面録音・録画を義務化していこうというわけですから,被疑者の取調べ状況の全面録音・録画が義務化されて取り調べにあたって脅迫や偽計等の手段が用いれなくなってもなお被疑者にその意に沿わない自白をさせる仕組みを代わりに導入して「バランスをとる」というのは,およそ筋違いというものです。確かに,被疑事実が罰金相当の場合に「お前がこの通りの犯罪を行ったものとして司法取引に応ずるのであればすぐにでも釈放するが,応じないのであれば勾留延長請求までして20日間みっちり捜査するつもりだ。そして,起訴後も被疑事実を争うようであれば,保釈不相当との意見をつけ続けるつもりだ。そうなると,よほどのことがない限り,検察側の立証が終わるまでは保釈は認められないだろう。その結果,無罪と認められても,お前は会社を首になるなど,その生活基盤は破壊されているだろう。で,ここで司法取引に応ずるか否か,よく弁護人と相談して決めてくれ」というような形で持ちかけられれば,無実であっても,司法取引に応ずる被疑者は少なくないでしょう。執行猶予相当の場合も同様です。このような,被疑者が当初被疑事実を否認しており,表には出せない手法を用いずには白に追い込めないという事案において,客観証拠だけでは被疑者が当該被疑事実を犯したとはいえない場合について,被疑者の身柄を人質にして,これを処罰する別の手法として「司法取引制度」を「バランスをとって」導入せよというのは,救いようがない提案ではないかと思います。

 むしろ,捜査の長期化による被疑者の不利益,裁判の長期化による被告人の不利益を解消するためには,逃亡のおそれが乏しく,かつ,客観証拠の収集が概ね終了し罪証を隠滅する恐れ(ここでは,被疑者が自白を覆すかもしれないとか,供述証拠を不同意とし,かつ当該供述者を証人として呼んだときに反対尋問が功を奏し,その信用性が弾劾されてしまうかもしれない,ということは罪証隠滅の恐れに含まれないものとします。)がほぼなくなった場合には,速やかに被疑者の身柄を解放するような仕組みを作っていくことこそが筋というものです。

 後者については,取調べの過程で捜査官と被疑者とが語ったことの何を(調書の記載,マスメディアへのリーク等を通じて)外部に公表するのかの決定権限が現状捜査機関側にあり,捜査機関側にとって有利に働かない事実については秘匿されることが多かったのに対し,被疑者の取調べ状況の全面録音・録画が義務化されると,捜査機関側が公開したくないと考えたことについても被疑者・弁護人側が公開できてしまう,ということで捜査機関が情報を完全にはコントロールできなくなるということを意味するわけですが,そのことをネガティブに考えるか否かというのは,その論者が捜査機関側にどれほどシンパシーを持っているのかに依存するように思われます。弁護人は依頼者たる被疑者に対して守秘義務等を負っているので,被疑者の意思に反して,被疑者が秘匿したいと考える事実を公表することは許されないし,実際,一般の弁護人はそこの一線は守っています。少なくとも,捜査機関側よりはそこは守っているわけです(マスコミに何を語っていいかについて,捜査機関側が被疑者の了解を得るという運用にはなっていないはずですし)。そういう意味では,「捜査機関の人間は信頼するに値するが弁護人は信頼するにあたらない」ということを前提とする「弁護人に知らせたらこれを外部に漏らすかもしれないから,取調べの過程で捜査官と被疑者とが語ったことのうち捜査機関が特に選んだものしか,弁護人には教えない」ということは,偏に弁護士を馬鹿に仕切った議論だということができます。いずれにせよ,この問題の解決に,「司法取引」制度の導入は全く無意味です。

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