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août 2009

26/08/2009

「らつ腕弁護士」ツイッタラー率高し

 週刊ダイヤモンドの弁護士特集ですが、私も、知的財産部門の「らつ腕弁護士」に入れていただきました。

 弁護士系ブロガー・ツイッタラーとしては、落合先生中山先生葉玉先生も入っています(ツイッタラー率高し。)。

 まあ、40期台以降では、高い評価を受けるためにはネット上での情報発信をした方が有利だということもあるのでしょうし、進取の精神に富んでいる方がこの種の職業では好ましいということもあるのかもしれません。

24/08/2009

自民党の不思議な戦略

 小選挙区制の下では、両候補者の政治的なスペクトルの中間にいる有権者を如何に取り込むのかが重要です。だから、この場合、その政治的スペクトルよりもやや中道よりの有権者により訴えるように選挙戦術を組み立てるのが王道です。そのようにしても、自分たちと同様のスペクトルを有する有権者や、より極端なスペクトルを有する有権者は、対立候補に投票することは通常考えられないからです。もちろん、日本の場合、民主党は、あまり中道寄りにスペクトルを寄せてしまうと、社民党や共産党などの老舗政党にやや左寄りの有権者まで取られてしまう危険があるので、あまり中道に寄せきれないということはあるのだと思います。

 この観点からすると解せないのは、自民党における選挙活動の右旋回ぶりです。というのも、自民党よりも右寄りのスペクトルで闘っている政党は改革クラブと幸福実現党だけなので、この選挙戦で中道寄りにスペクトルを寄せると彼らに票を奪われるという心配をする必要は事実上ありません。で、日の丸だ日教組だジェンダーフリーだ等というキーワードに反応して自身の投票行動に結びつけてしまう有権者はそもそも民主党に投票しない傾向が高いので、選挙終盤にそのようなことを強調してみても民主党に投票しそうな有権者を自民党に投票させることに結びつきません。

 すると、結局、極右的な言動について行かれない中道層(伝統的な自民党の支持者の一部を含みます。自民党は従前極端なイデオロギー政党ではありませんでしたので。)をして自民党に投票することを躊躇させるだけに終わるのではないかという気がします。

22/08/2009

ドアポストしても逮捕されない自信

 衆議院議員選挙まであと1週間だというのに,比較的静かな週末です。私のところは東京17区なので,どの候補もまだ当確ラインに達していないはずなのですが。

 政治ビラのドアポストするためにマンションの共用通路に立ち入ることが住居侵入罪にあたるのかが争われたのは,我が葛飾区に関する事例だったと思いますが,これを住居侵入罪に当たるとする高裁判決が出た後である今回の選挙期間においても,公明党だけは平然とドアポストをしてきました。共産党がやると逮捕されることでも公明党がやると逮捕されない自信があったということでしょうか。そういう自信がないと,取り調べの可視化に反対する気にはなれないかもしれません。

 米国とFTAを締結したら日本の農業が崩壊するかのように宣伝している人たちを見ていると,日本の消費者は値段にしか関心を持っていないと農家の方々に思われているのかと結構がっくりきてしまいます。もちろん,本当に金銭的に余裕がないときは安ければ安いほど助かるのですが,ある程度金銭的に余裕が出てくると,日本では,消費者は食べるものからグレードをあげていく傾向が強いし,この国には国産の食材の質に対するある種の信仰があります(っていいますか,国産小麦って品不足ですし。)。どこかの経済学好きな方のように食糧自給率を高めることが無意味だとは思わないのですが(解雇規制を緩和することにより日本の労働者の所得水準を発展途上国並みに引き下げようというのに,そのような労働者が購入可能な価格水準で食料を必要なだけ輸入し続けられると考えることができる人々は,とても楽観主義者なのだろうと思います。),農産物の価格を一律に高止まりさせる方法以外にも,農業従事者の生活水準を引き上げ,食糧自給率を高めていく方法はあるのではないかという気がします。

 選挙終盤になって,とても国粋主義的な発言を繰り返す候補者も現れてきたようです。でも,イデオロギー的な面に着目して投票を行う有権者は元々少ない上にその種の人々は既に誰に投票するかを決めている可能性が高い一方,無党派層と言われる人たちは強力なイデオロギーを発散する候補者に対し引いてしまう傾向が高いので,あまり得策でないような気はします。政治家を志す人の中にはイデオロギーお話だとか,外交・防衛の話とかが好きな人たちが少なくないのでそういう話をしたがるのはわからなくはないのですが,無党派層の支持を得なければいけない小選挙区制選挙には向いていない話題です。

 それにしても,「虎退治」「熊退治」「潮干狩り」はきちんと名前をもじっているのでよいのでしょうが,「鮫退治」は失礼の度合いが大きいのではないかという気がします。

19/08/2009

氏名が類推されるような事項

公職選挙法に関するブログを立ち上げた松本美樹弁護士のインタビュー記事「ネット禁止だけじゃない、ここがヘンだよ公選法」が日経ビジネスオンラインに掲載されています。

 ただ、公職選挙法で一番変だと思うのは、第142条第13号、第142条の2第3項、第143条第16項、第199条の3、第199条の4、第201条の4第8項で「氏名が類推されるような」(事項/方法)という文言が使われていることです。

 「類推」というのは「類似点に基づき他の事をおしはかること」(広辞苑)をいいますが、何かと何かが似ているからこの候補者の氏名はきっと○○であろうと推し量るということは通常ないので、普通に考えると、「氏名が類推されるような事項」というのは存在しないように見えます。

 一応、解説書等を読むと、候補者の肖像や候補者の経営する会社の名称などを例に挙げているものがあるのですが、例えば、候補者の肖像を見てその氏名が頭に浮かぶのは、その肖像の持主の氏名を予め知っているからであって、その肖像から氏名を類推しているわけではないでしょう。

 犯罪捜査規範第11条にあるような(当該被害者等の氏名を)「推知させるような事項」という言葉を用いたのであれば、巷にある解説書に記載されているとおりの解釈をすることもまだ許容範囲内だと思うのですが。

サービス産業における競争原理の厳しさと労働生産性の関係

 サービス産業において参入規制が厳しく競争原理が十分に働かない場合、事業者は価格競争を行わなくとも済むので、人件費や利益相当分を十分上乗せした価格設定を行うことができます。これに対し、サービス産業において参入規制が緩く競争原理が強烈に働かいている場合、事業者は厳しい価格競争を強いられるので、人件費や利益相当分を十分に上乗せした価格設定を行うことができなくなります。

 また、サービス産業において参入規制が緩やかとなり、多くの事業者が実際に参入するようになれば、顧客が分散されるため、労働生産性は低くなります。

 製造業の場合、技術革新によって、従業員1人の単位時間あたりの商品生産量を増やすことによって、商品1個あたりの単価を引き下げつつ労働生産性を上昇させることが可能となりますが、サービス業においては、技術革新を行っても、従業員1人の単位時間あたりのサービス提供量を上昇させることが困難である場合が少なくありません。また、従業員1人の単位時間あたりのサービス提供量を上昇させることができたとしても、それに応じた料金の引き下げを求められる結果、労働生産性の上昇に繋がらない場合も十分にあり得ます(例えば、クイックマッサージ業界では、30分の施術で従前の60分の施術と同等の凝りのほぐしを可能とする技術革新が行われたとしても、30分の施術に対して6000円の価格設定は行い得ないでしょう。)。

 従って、サービス産業においては、参入規制が厳しく競争原理が十分に働かない方が、労働生産性が高くなります。ですから、日本においてサービス産業の労働生産性が顕著に低いとすれば、それは、競争が甘いからではなく、むしろ、競争が厳しすぎるから、である可能性が十分にありうると言えます。

18/08/2009

英文の要約の手法

With the working-age population likely to shrink by 9% during the next decade, according to government estimates, the quest for higher productivity will become pressing. That search has costs of its own: restructuring would require job losses in some enterprises. But an unshackled service industry would eventually generate wage gains. Without one, overall living standards will suffer.

という英文を要約せよという課題について,

今後10年で人口が9%も減少する経済においてもっとも緊急性の高い問題は、「子作り」を奨励することではなく労働生産性を上げることだ。そのためにはリストラによって労働移動を促進するしかない。それは古い企業で雇用喪失をまねくだろうが、サービス業の効率を上げて消費が増えれば、最終的には雇用は増える。

という回答がなされた場合,あなたが教員なら何点つけるでしょうか。

 「「子作り」を奨励することではなく」とか「労働移動を促進するしかない」とか「古い」企業とか「サービス業の効率を上げて消費が増えれば」のように原文にない言葉を勝手に補ってしまうというのは減点要素でしょう。また,「the working-age population」を「労働年齢人口」ではなく「人口」と訳してしまっているのも大きな減点要素です。「労働年齢人口」と「人口」は別物ですから。

 大学教授でなくても英文が読める時代にはこういう手法はそぐわないような気がします。

14/08/2009

解雇ではなく監督こそが望ましい[追記あり]

 世間では,酒井法子さんを芸能界復帰させてはいけないかのような風潮があるようです。

 そういうことを声高に叫ぶ人は,出所後の酒井さんにどうなって欲しいのだろうかということを疑問に思ったりします。やくざの女親分になって,覚せい剤取締法違反で何度も刑務所と娑婆を行ったり来たりする人生を送ってくれれば大満足なのでしょうか。

 普通に考えたら,両親や配偶者による監督が期待できない事案においては,従前の勤め先の上司の監督に期待するしかないわけだし,そのためには解雇しないでもらった方が良いわけです。一般の勤め人が捕まった場合だって,弁護人は,勤め先の経営者や上司に,何とか解雇しないで欲しいと頼みに行くと思いますよ。で,実際,その頼みを聞き入れて,情状証人として法廷で証言までしてくれる経営者だって結構います。そんな甘いことでは芸能界の覚せい剤汚染は広まるばかりだという人もいるかもしれません。芸能界での覚せい剤の蔓延を防ぐと言うことで言えば,一罰百戒の名の下に一人の芸能人をとことん痛めつけるより,所属タレントやプロデューサーなどの抜き打ち尿検査を定着させた方がよほど意味があります。

 もちろん,仕事の種類によっては,禁断症状が現れてしまったりしたらとても困るところもあるので,そういうお仕事だったら雇用し続けるわけに行かないというのはわかるのですが,幸い,芸能界はそのように他人の生命身体財産等に容易に危害を加えられるようなところではありません。

 覚せい剤の所持と使用が発覚したのに芸能界に復帰するなど許せないなどといっている人は,芸能界が他の業界よりも上位に位置していると単純に誤解しているだけなのかもしれません。でも,それは大きな誤解ではないかという気がします。



 矢部善朗創価大学法科大学院教授が開設する2ちゃんねる型の電子掲示板において、「キメイラ」と名乗る人が、

 私ものりピー世代の少し上でファンですけど,彼女の更生を願うなら,懲戒解雇謹慎・普通の社会人として生活……の方が立ち直りが早いと思います。

 薬物汚染の人間関係や職場交友関係を禁絶(遮断環境)にしないと,再び「蒼ざめた白い粉の兎」になってしまう可能性が高いので。

述べているようです

 彼又は彼女が考えている「普通の社会人の生活」って何なのでしょう。若いころから芸能活動に従事していた酒井さんがどのような仕事に就くこと(逆に言えば、誰がどのような業種、職種で彼女を雇用すること)を想定しているのでしょうか。また、サンミュージックが酒井さんを切り捨てた時に、酒井さんが身を寄せることができる場所として、どこを想定しているのでしょうか。新聞等の報道で見る限り、酒井さんのケースでは、職場を中心とする人間関係の方が遥かに真っ当なのではないかという気がしてなりません(薬物汚染のネットワークは、サンミュージック関係で築かれたものではないようですし。)。

12/08/2009

警察官のプライバシー感覚

 矢部善朗創価大学法科大学院教授が開設する2ちゃんねる型の電子掲示板で、そこの常連である自称警察官「感熱紙」さんが次のように述べています。

事件に関する供述内容や鑑定結果まで被疑者のプライバシーに含むあの論法で行けば、「判決確定前の事件報道は全て禁止」って事になるんですけどね。

もしかして弁護人側での報道はOK的なダブスタなのかな?

 普通は、自分の尿がどのような成分で構成されているかという情報はプライバシー情報にあたると考えるし、事件に関する内容であるとはいえ、それは私的領域に関する事実であれば、供述された内容はプライバシー情報にあたると考えるのだと思います(もちろん、検察が起訴するか否かを判断し、あるいは裁判所が有罪とすべきか否か、有罪とする場合量刑をどうするかを判断するのに必要な限度で、警察官又は検察官がこれを収集し、検察又は裁判所に提出することについては、プライバシー権は一定の制約を受けるとは思いますが。)。もちろん、捜査機関による採尿及びその鑑定の目的の一つに、その人物の尿の成分についての国民の知る権利の保障というのが含まれているのであれば、マスメディアにその情報を提供することによりあまねく国民にその情報を提供するということは正当化されるのだとは思いますが、強制採尿の場合はもちろん、尿が任意提出された場合ですら、そこまでは行き過ぎではないかと思われます。

 なるほど、警察は捜査によって得た情報を適宜マスメディアに横流ししてもプライバシー権侵害とはならないと現場の警察官は考えているので、著名人の事件になると、捜査過程で得られた情報ががんがんメディアに流されるのですね。

 プライバシー保護という観点からは、情報主体の同意を得てプライバシー情報を公開することはもちろん適法なので、弁護人が被疑者本人の了解を得て自己に関する情報を開示することには何の問題もないし、それは「ダブスタ」でも何でもありません。

相当性の立証がわずかに欠如しているのではなく、資料の読み方が飛躍しているのだ

 紀藤正樹弁護士が、法学セミナーの2009年7月号に「ネット書き込で名誉毀損は成立するか」という文章を載せています。

 これは例のグローバルビート事件に関する論考なので標題は大風呂敷を広げすぎだなあと思ったのですが、それはともかく、気になる記述があります。

本件表現は、相当性の立証がわずかに欠如し、結果として相当性立証が認められなかった事案であることである。すなわち、相当性の立証が全くできなかった根も葉もない事案ではなく、東京地裁判決も指摘しているとおり、「個人利用者に対して要求される調査を行った」という事案である。

と紀藤弁護士は仰っています。しかし、東京地裁ですら

とかいうような事実を推論するには少なからず飛躍があって,グローバル・ジャパンからなされ得る反論をも予測した場合,被告人の誤信に相当な理由があったことを通常人をして十分納得させるに足りる資料,根拠があったとまではみられないからである。
と判示しているのであって、「相当性の立証がわずかに欠如し」ている云々という話ではありません。

 さらに、紀藤弁護士は、

 筆者は、地裁と高裁の判決の違いは、憲法上、明示された人権である「表現の自由」への畏敬と尊重の念の違いだと考える。真実性の立証に最終的に失敗したならば必ず罰せられるとなると、表現の自由は過度に萎縮してしまうことになる。

と仰っているのですが、高裁も又、「真実性の立証に最終的に失敗したならば必ず罰せられる」などといっているわけではありません。摘示事実を真実だと信ずるに相当な理由のあることさえ立証できれば、摘示事実の真実性を立証できなくとも、無罪となるべきことを高裁は否定していません。

 インターネットの個人利用者の表現の自由はある程度尊重すべきものであるとはいえ、この事件で問題とされているのは、「貴方が『根岸』で食事をすると,飲食代の4~5%がカルト集団の収入になります。」だの「おいおい,まともな企業のふりしてんじゃねぇよ。この手の就職情報誌には,給料のサバ読みはよくあることですが,ここまで実態とかけ離れているのも珍しい。教祖が宗教法人のブローカーをやっていた右翼系カルト『A天軍』が母体だということも,FC店を開くときに,自宅を無理矢理担保に入れられるなんてことも,この広告には全く書かれず,『店が持てる,店長になれる』と調子のいいことばかり。」だのという一種の営業妨害的なものだったのですから、真実性を信ずるに相当の事由すらないのであれば、そのような発言が自粛されてしかるべきなのではないかという気がします。

Economist誌の常識というのは世界の政治・経済の指導者の常識?

 池田信夫さんが次のように述べています。

彼と話していて恐いと思ったのは、Economist誌の常識というのは世界の政治・経済の指導者の常識でもあるわけで、そこから見て日本が「わかりきったことを実行できない変な国」と見られているということは、日本は世界のリーダーからも同じように見られてるんだな、ということです。

 もし,Economist誌の常識というのは世界の政治・経済の指導者の常識だとすると,Ecomonist紙は,世界の政治・経済の指導者の言動を概ね肯定的に報じ,論評しているのだろうということが予想されます。しかし,私も英語の勉強がてらEcomonist紙を定期購読していますが,Economist紙は,日本以外の国の政治・経済の指導者に対しても,基本的に辛辣なメディアのように見えます。つまり,Economist紙の常識と世界の政治・経済指導者の常識は食い違っているように見えます。別にEconomist紙を非難しているわけではなく,世界の政治・経済指導者の常識とは異なる常識を持ち,そのような観点から世界の政治・経済指導者を論評するからこそ,Economist紙はジャーナリズムを体現できているのではないかと思うのです。

10/08/2009

度重なる「読み間違い」の何が問題か。

 麻生太郎首相が、長崎市で行われた長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典において、「傷跡」を「きずあと」ではなく、「しょうせき」と読んだことが話題となっています。

 私は、麻生首相による「読み間違い」騒動のうち、非難される度合いの高いものと低いものとがあり、この読み間違いは前者にあたると考えています。長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典における首相の挨拶は、国会における施政方針演説と同様、日本国の行政府の長として行うべきものですので、本番の前に、スタッフ等を前にして、全体を声を出して読んでみるべきものなのに(単に、漢字を間違いなく読めるかというだけでなく、読み終えるまでの時間が長すぎずかつ短すぎないか、同音異義語が多い日本語において聞き手から誤解されることはないか等々、声に出すことによってチェックすべき事項はたくさんあります。)、それを怠っていたが故の事故だからです。

 党首討論のように、アドリブで発言しなければいけない場面で漢字を読み間違いを行ったということであれば、単に無知を晒したというだけの話ですが、重要な式典での挨拶のように、予定調和で終わらせなければいけないものについて、事前に読み合わせをしておかないというのは、一種の職務放棄に他ならないのです。首相であり続けたいが、首相としての職務を全うすることに全力を注ぐことができないことが、度重なる「公式のスピーチ」での読み間違いには見て取れる──そのことこそが最大の問題なのです。

取調担当官のやり口を隠蔽する「ダシ」としてしか尊重されない被疑者のプライバシー

 酒井法子さんの事件では、捜査情報がマスコミに随分と流されているようです。

 被疑者のプライバシーを優先して、取調べ状況の弁護人への開示を制限すべきという意見を声高に叫び、それに賛同しない人間を素人扱いするヤメ検さんのブログがどこかにあったかと思いますが、プライバシー情報を流布させる主体が警察・検察であれば構わないというのはどこかおかしくないかなあという気がしてなりません。

 虚偽自白による冤罪発生の危険を甘受してでも取調べ時に被疑者が語った内容は(弁護人に対してすら)秘匿されるべきだというのであれば、マスコミに迎合して、その求めに応じて、取調べ時に被疑者が語った内容や尿検査の結果等をべらべらとマスコミに話すことは真っ先に禁止されるべきではないかと思ったりします。

 もちろん、被疑者のプライバシーを優先して、云々というのは、取調べ担当官のやり口を弁護人に知られないようにするための方便に過ぎないと考えれば、取調べ担当官がどのような内容をどのように語ったのかが外に流れない限り、どうでもよいことだということになるのでしょう。

08/08/2009

罪を憎んで芸を憎まず

 酒井法子さんに対し覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕状が出たことを受けて,最高裁は,酒井さんが主演として出ている裁判員制度の広報用映画「審理」の使用を自粛することとしたそうです。決定したのが最高裁だけに,推定無罪との関係を問題視する方は少なくないようです。しかし,そういう問題でしょうか。

 「罪を憎んで人を憎まず」といいますが,まして作品を憎み退けるのは間違っています。まして,映画は,多くの人の汗と涙とセンスと投資の結晶であり,主演とて,そのごく一部を担うに過ぎません。たかだか主演が犯罪を犯したというだけで,その作品をお蔵入りさせてしまうなんて,倫理的にいえば,本来許されるべきことではありません。

 「ABBEY ROAD」も「TAXi4」も発売を自粛されていませんが,それで何ということはありません。

06/08/2009

減額だ!理由は教えてやらない!だけど、とにかく減額だ!

 現在、いくつかの種類の法律相談では、法律相談を担当した弁護士にそのままその事件を受任させることができます(これを一般に「直受」といいます。)。

 直受の場合、依頼者から事件の依頼を受けた日から1週間以内に、審査委員の審査を受けなければいけないことになっています(法律相談運営細則第19条)。その審査項目の中には、「法律相談センター弁護士報酬審査基準に照らして相当と認められること」という項目が入っています(法律相談運営細則第20条第1項第4号)。そして、震災委員は、弁護士報酬等の条件が不相当であると認めるときは、事件担当者に対し、当該条件の変更を勧告することができるとされています(法律相談運営細則第23条第1項)。

 そして、審査委員は、弁護士報酬の可否を決し難いときは、自らの属する審査部会に当該審査を委託することができます(法律相談運営細則第24条第1項)。この場合、部会長は、委託を受けた審査について結論を得たときは、速やかに事件担当者に対しその結果を通知するとともに(運営細則第24条第4項)、その結果及び理由に関する報告書を法律相談センターに提出するものとされています(運営細則第24条第5項)。なぜか、報酬についての条件を変更するように命じられた(一応、「勧告」となっていますが、受諾しなければその事件を受任できないので、事実上命令です。)事件担当者には、結果だけを通知すればよく、理由を告げなくとも良いことになっています。



 ところで、今日は不思議な体験をしました。

 私は、直受可能な法律相談として従前より葛飾区民法律相談を担当してきました。今年からは、弁護士会の法律相談を受けたが、インターネット法分野であるため担当弁護士では荷が重かったものについて、弁護士会のあっせんを受けて相談に応ずるお役目を仰せつかりました。今日直受審査を受けにいったのはそういう案件です。

 そういう案件なので、その事件の経済的利益の額が算定できないとして取り扱われること自体は、納得しうるものです。法律相談センター弁護士報酬審査基準第16条によれば、そのような場合、経済的利益の額を800万円として、着手金・報酬金の額を定めるものとされています。

 すると、訴訟事件等の着手金の標準額は、49万円ということになります(法律相談センター弁護士報酬審査基準第17条)。この金額は事件の内容により30%の範囲内で増減することができます。裁判外の和解交渉の場合、この金額に3分の2を乗ずることになります。すると、約32万6666円が標準額ということになります。

 また、仮差押えや仮処分等の保全命令申立事件の場合、訴訟の場合の標準着手金額の2分の1が標準着手金額となりますが、審尋又は口頭弁論を経たときは、訴訟の場合の標準着手金額の3の2が標準着手金額となります。

 で、不思議なこととは何かというと、何故か審査部会は、訴訟外の交渉だけでなく、仮処分命令の申立てから、本案訴訟まで全て含めて金30万円で受任せよと命令してきたということです。なにしろ、事件担当者にはその決定理由を告げなくとも良いことになっているので、実際理由は教えてもらっていないのですが、いくら読んでも、訴訟の場合の標準着手金49万円の約4割減である金30万円の着手金で事件を受任するように勧告できる根拠が見あたらないのです。

 更にいえば、仮処分申立てと本案訴訟の提起は別個の訴訟活動なので、普通は、仮処分申立てと本案訴訟とを両方手がければ、両方の着手金を請求できるのですが、弁護士会の審査部会が命じてきたのは、裁判外の交渉のみを引き受けた場合の標準着手金よりも低い着手金額で、裁判外の交渉のみならず、仮処分の申立て及び本訴の提起までせよと命令してきたわけです。

 報酬基準にはない減額理由を適用されるほど易しい事件かといわれると、類似裁判例は、判例集未登載のものが一つあるだけという難事件ですし、経済的利益の額が算定できないといっても、たわいもない事件ではなく、この請求が通るか否かで、依頼者の運命に劇的な変化をもたらす類のものだったりするので、審査部会が何故このような決定をしたのか全くもって不明です。

 強いて挙げるとすれば、昨日審査申出書を提出した際に書類審査を担当された審査委員のW弁護士から、アメリカでの競売に関する質問を不躾にメールで受けて無視したことがある(そんなことは留学経験があったり、米国法弁護士の資格を有していたりする弁護士に聞けばいい話ではないですか。私は、知財・IT系以外では、米国法の動向など押さえていないのですから。)ことくらいしか思い浮かびません。まあ、まさかその程度でそこまで、とは思いますが。

05/08/2009

反訴請求も放棄されている。

 オリコンと烏賀陽さんとの訴訟に関して、

ともあれ、電話で軽くコメントしたことを勝手に編集され掲載されたものに関して出版社をすっ飛ばして個人に高額の賠償請求をする、というオリコンのやり方が法廷で通用しなかったのは事実です。SLAPP(大企業や団体など力のある勢力が、反対意見や住民運動を封じ込めるため起こす高額の恫喝的訴訟)は不正義であることが結果として示されたのならよいのではないかなと。

なんて仰る方がいるところが、日本のWeb環境の裾野の広さを表していそうです。

 オリコンがこの訴訟を提起したこと自体が問題か否かという点に関しては、烏賀陽さんの反訴請求が地裁で棄却され、この和解で反訴請求を放棄させられているわけですから、むしろ、本件訴訟提起に関していえば不正義とは言えないことが結果的に示されたとみる方が素直ではないかという気がします。

年功序列制度があるからこそ,企業は大学新卒者を普通に雇う

 城繁幸さんは,今日も今日とて「年功序列賃金」攻撃を行っているようです。

 ただ,年功序列制度があるからこそ,企業は大学新卒者を比較的低賃金で雇い,社内で必要な教育ないし訓練を施すことができるという意味合いがあるのであって,例えば労働基準法を改正して年齢給を禁止した場合,新卒採用が大いに抑制されるおそれがあります。そうなったからといって,新卒の代わりに,正社員経験のない氷河期世代が正社員採用されるようになるのかといえばおそらくそうはならず(社内で必要な教育ないし訓練を施さないと使い物にならないという意味では,新卒とそう変わらないと認識されていますから。),熟練度の高い高齢者の採用が増えていくことでしょう(もちろん,若い世代が労働者として熟練する機会を与えないのですから,それは中長期的には熟練労働者を減少させることになり,企業の首を絞めていくことになりますが,労働者の流動性が高い社会では,非熟練労働者を熟練させるために費用をかける企業より,他社が熟練させた労働者を,その他社が提示する給与より高い給与額を提示してこれを引き抜くことが効率的ということになりますから,若年労働者に手厚い社員教育を施して労働者として熟練させていく企業は市場において劣位に立たされることになります。)。

 若いうちから,年功序列制度のない個人事業主として働いている人間からすれば,一定の経験を積むまでの間は,単価云々以上に,仕事をとってくることが大変だということ(その種の仕事に関しては,顧客もまた,担当者がある程度年をとっていることを望む傾向が高い。)を知っているので(例えば,1年目の弁護士が30年目の弁護士と同じ時間単価で仕事を取りに行っても,30年目の弁護士と同じだけの仕事を依頼されるという事態は通常ありません。),ある程度の年功序列は,却って若年層の利益になっていることを理解しているのだと思いますが。

04/08/2009

ジャーナリストの信頼性

 烏賀陽弘道さんのウェブサイトにおいて、オリコンと烏賀陽さんの訴訟に関し、

●2009年8月3日 烏賀陽勝訴しました。

東京高裁でオリコンは判決を待たずに自らが「敗訴」を宣言する「請求放棄」をしました。法的には「自分の請求(提訴)には理由がないので、提訴を放棄する」という宣言です。33ヶ月にわたって争われてきた「オリコン裁判」はオリコンの敗北宣言で終結しました。


 訴えは提起してみたが敗色濃厚という場合に、敗訴判決を受けて理由中で自分たちの主張が裁判所により次々排斥されるのを回避するために請求を放棄するという手法はたまに採用されるので、「へぇ。控訴審でよっぽど反撃に成功したのだなあ」と思っていました。しかし、どうも新聞報道を見ると、そうではないようです。

 毎日新聞の報道によると、

 和解条項によると、▽サイゾーは烏賀陽さんに対し、了解を得ないまま掲載したことを謝罪し、損害賠償金として500万円を支払う▽サイゾーはオリコンに対し、音楽ヒットチャートの信頼性について、読者に誤解を与えたことを謝罪する▽オリコンは損害賠償請求を放棄し、烏賀陽さんはオリコンに対する反訴請求を放棄する。

とのことです。これだと、和解を行うにあたり、オリコンは、烏賀陽さんによる不正確なコメントがサイゾーに掲載されたことによる被害回復については、そのコメント内容が不正確であることをサイゾーが認めて謝罪したことにより満足することとしたというだけの話に見えます(「原告は、その余の請求を放棄する」というのは、和解条項に記載する定型文言です。)。

 そうだとすると、控訴審から訴訟参加してきたサイゾーが責任を引き受けたというだけの話であって、そのコメント内容が読者に誤解を与えた(即ち不正確であった)ことは認めさせられてしまったのですから、ジャーナリズム的には実質的に「負け」なのではないかという気がしてしまいます。

 いずれにせよ、この和解条項をもって、「オリコン裁判」はオリコンの敗北宣言で終結しましたと表現することによって、烏賀陽さんは、ジャーナリストとしての信頼性を損ねてしまったのではないかと思われてなりません。

02/08/2009

試験の採点

 明治大学法学部で担当している「法・情報・社会A」の採点を終えました。事務局からは書留郵便で送付するようにとの指示がありましたので,提出作業自体は明日行いますが。

 いままでゼミは中大で担当していましたが,講義系は初めてだったので,いわば手探りの状態でした。このため,レベル設定をどうしたものかということは授業準備においても悩みの種でしたし,試験問題をつくるにあたっても悩みの種でした(○×問題を作成されている方も多いのは知っているのですが,法学系って,本当に重要な問題には絶対的な正解がないので,○×問題ってちょっと抵抗がありました。)。

 で,採点をしてみても感想ですが,旧司法試験もなくなり答案作成のテクニックが伝授されなくなっているせいなのかもしれませんが,淡白に過ぎるなあと思いました。論述系の問題って,何はともあれある程度の分量を書かないと得点を加点しようがないのですから,解答用紙の表面に文字がびっしり詰まるくらいは書いて欲しかったなあとはまず思いました(私とかは,論文試験用の訓練をしていましたから1時間に3000〜3500字くらい手書きで書けましたが,そのような訓練をしていないとはいえ,1000〜1500字くらいは書きましょう。)。また,「問」と「答え」とを形式的に対応させることも,内容以前のテクニックとして重要です。

 あと,この問題であれば,最低限度公職選挙法には言及して欲しかったところです。

01/08/2009

世代間格差を特に問題視する人たちの種類

 最近は,「日本の最大の格差は世代間格差である」などといってそれ以外の格差から国民の目を背けさせよう,あわよくば,世代間格差を解消するためと称して他の格差を拡大させようという人々の声が喧しいようです。

 しかし,現実の消費活動の原資って基本的には「家族」という単位で考えていかないと仕方がないわけで,その中で高齢者の収入割合が高いとか低いということは,消費の主導権を誰が握るのかという点に違いは生ずるし,全ての「家族」が全ての世代を抱えているわけではないので家族構成ごとに利害得失を生ずるから,全く無意味とはいわないけれども,そんなにすごい大きな話というわけでもありません。むしろ,「家族」間の収入格差の方が,端的に「家族」間の消費格差に繋がるので,深刻だということができます。

 まあ,格差を解消して多少とも平等な社会を構築したくて「世代間格差」を問題視しているのか,それ以外の「格差」を誤魔化すために「世代間格差」をことさら問題視して見せているのかは,相続に対する態度を見ると結構よくわかってきます。(一部の)旧世代が溜め込んだ「富」は,その死亡とともに「墓場まで持ってい」かれることは通常なく,法に従って,別の法人格に移転します。そして,相続制度があると,それは,その旧世代の人物と一定の血縁関係にある,一世代若いだけの人間に移転することになり,本来受け取るべき富をその旧世代の人物に「搾取」された若い世代には還元されないということになります。もちろん,日本を含む多くの社会では「相続税」という制度が大なり小なり存在していて,相続税として国に収められた「富」は国としての様々な施策を通じて,その旧世代の人物に「搾取」された若い世代に還元することが可能となります。

 そういう意味では,本心から「世代間格差」を問題視する人々は,相続税率の引き上げ等により,旧世代の蓄積した富を,少なくともその死亡時には,国庫を介して,若い世代に分配することを肯定することになろうかと思います。

それこそ人材コンサルタントのお仕事

 人材コンサルタントである城繁幸さんは,就職氷河期世代に属し,新卒時に正社員採用されなかった人々向けの教育プログラムを考案するとともに,そのような教育を終了した人材を採用するように直接企業に働きかけることが可能なのだろうと思うのです(といいますか,それこそ人材コンサルタントが行うべき仕事ではないですか。)。新卒採用中心主義なんて法律で決められた話ではないし,整理解雇が規制されていることから直接導き出されるものでもないのだから,現行法の下でも,新卒時に正社員採用されなかった人々を正社員として採用した方が大学新卒を採用するより,低いコストで優秀な人材を集めることができると企業に認識させることができれば,それは,十分可能なのだろうと思います。そして,新卒採用をやめて,新卒時に正社員採用されなかった人々を正社員として採用とすることにした企業から喜びの声が広く寄せられるようになれば,そういう動きが自然と広まってくるのではないかという気がします(法律事務所の事務職員のように,伝統的に,中途採用中心主義がとられている分野も実在することですし。)。

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