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07/02/2010

「国家に対する忠誠としての愛国心」の有無は選挙権取得の要件ではない

 長尾一紘中央大学教授が、産経新聞社のインタビューに対し、次のように答えています。

理論的反省だ。法律の文献だけで問題を考えたのは失敗だった。政治思想史からすれば、近代国家、民主主義における国民とは国家を守っていく精神、愛国心を持つものだ。選挙で問題になるのは国家に対する忠誠としての愛国心だが、外国人にはこれがない。日本国憲法15条1項は参政権を国民固有の権利としており、この点でも違憲だ

 しかし、近代国家、民主主義国家においては、「愛国心」という特定の思想を持っているか否かによっては選挙権の有無を決定されないのが普通です。民主主義においては、市民こそが「国家」より上位に立つというのに、なぜ「国家に対する忠誠」がないと「選挙権」という市民としての権利を行使できないというのか、誠に本末転倒といわざるをえません。実際にも、民主主義社会においては、国民は、「国家に対する忠誠としての愛国心」に基づいて投票行動をとるのではなく、各人の利害を考慮して、投票行動をとるのが一般的です。

 憲法第15条との関係についていうと、地方参政権については、
第15条第1項

公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

と、第93条第2項

地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

との関係をどう捉えるのか、ということに帰着しますから、第15条第1項の文言解釈で「日本国憲法15条1項は参政権を国民固有の権利としており、この点でも違憲だ」との答えが一義的に導き出せるものであるとも思われません(第15条第1項が第93条第2項にも重畳的に適用される結果、第93条第2項の「地方公共団体の住民」は同時に「国民」でなければならないという見解をとらないと、長尾教授のような見解には至りません。)。

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