どこかに就職しなければならないという考え方は古くはない
堀江貴文氏が次のように述べています。
そもそもどこかの会社に就職せねばならないという考え方そのものがナンセンスだし、せいぜい100年も歴史がない考え方なんだ。この時代自分で事業を興すのが一番安全で確実だ。君が乗っているタイタニック号は今の時代だとかなりの確率で氷山にぶつかって半分が溺死する。でも数人しかのれない君がこいでいるボートなら、タイタニック号のように快適な客室はないかもしれないが、氷山にはぶつかりにくい。自分で制御できるからだ。そして常に回りに目を配っているかだら。
とりあえずどこかに就職しなければならないという考え方は、少なくとも農地を離れた都市住民が存在するようになってからは存在している考え方であって、その歴史は100年なんてものではききません。元手も経験・知識もない中でいきなり事業を興すというのは、成功の確率が更に低いからです。
そして、他人に雇われるという生き方が市民権を得るということは、資本主義が発達する上で必然的な要素です。なぜなら多くの事業において、相当数の人数が継続的にこれに従事するということが必要不可欠だからです。他人に雇われて生きるという選択をする人々が相当数いないと、せっかく事業を興しても、事業主が自分自身でこなせる範囲内でしか事業規模を拡大できないということになるからです。
だからこそ、資本主義を健全に発展させるためには、他人に雇われるという生き方をすることが特別不利に働かないような仕組みづくりをしていくことが必要となります。自分で事業を興さなければろくな生活ができないという社会制度の元では、質の高い人材が人に雇われるという生き方を選択しなくなり、質の高い従業員を大量に必要とする高度に組織化された事業が成立しなくなってしまうからです。
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» 資本主義社会における被用者の地位 [言語空間+備忘録]
「la_causette」 の 「どこかに就職しなければならないという考え方は古くはない」
とりあえずどこかに就職しなければならないという考え方は、少なくとも農地を離れた都市住民が存在するようになってからは存在している考え方であって、その歴史は100年なんてものではききません。元手も経験・知識もない中でいきなり事業を興すというのは、成功の確率が更に低いからです。
そして、他人に雇われるという生き方が市民権を得るということは、資本主義が発達する上で必然的な要素です。なぜなら多くの事業において... [Lire la suite]
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