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11/02/2010

それは、詭弁だ。

元検察官である堀田力氏は、


―今回の検察の捜査には、さまざまに批判がある。例えば、政治資金規正法違反は形式犯に過ぎない。仮に不透明なカネを受け取ったとしても、贈収賄となるような権限行使の可能性は低い。そもそも職務権限がない。それにもかかわらずに、形式犯の可能性だけでここまで追い詰めるのはやりすぎだ、という批判だ。

という問いに対して、


それは、詭弁だ。確かに政治資金規正法違反は、刑法のそれと違って形式犯だ。だが、交通事故に対して業務上過失致死傷が成立するとして、他方では道路交通法違反も成立する。これは、形式犯だ。これの適用がやりすぎだとは、誰も批判しないだろう。ひき逃げ、酒酔い運転摘発に、道交法違反は有効だ。法律上は実質犯と形式犯に分かれているが、形式犯でも幅がある。今回の不記載による政治資金規正法違反は禁錮5年以内の罰則で、罪が重い。

答えています

 「問い」に「答え」が対応していないようです(「詭弁」といわれても仕方ありません。)。インタビュワーは、「形式犯の可能性だけでここまで追い詰めるのはやりすぎだ」という批判を取り上げて、形式犯に対する捜査としてはやりすぎではないのかとい点についての見解を求めているのに、堀田氏は「これは、形式犯だ。これの適用がやりすぎだとは、誰も批判しないだろう。」と答えることにより、形式犯を適用することの当否へと論点をすり替えているように見えます。

 酒酔い運転等を摘発し、道路交通法を適用して刑事罰を課すこと自体が一概にやりすぎだとまでは思わないものの、酒酔い運転の捜査のために運転者を勾留するのは行き過ぎだと思いますし、まして勾留延長までするのは何をか況や、と私などは思ってしまいます。

 堀田氏は、政治資金規正法の趣旨に関して


そもそも、人からおカネを貰うということは、相手が親であろうが他人あろうが法人であろうが、尋常な行為ではない。だから、それをすべて明らかにし、それが妥当なものかどうか国民に判断し、投票にゆだねるということが法の趣旨だ。

と述べた上で、


不記載の事実、国民がそれを知ったら決してその政治家には投票しないであろうカネの流れを明らかにするのが、検察の役目だ。

と述べています。そうであるならば、政治資金報告書と実際のお金の流れとの齟齬を淡々と調査し、齟齬があればその理由を質し、意図的に虚偽記載を行った可能性が高いと客観証拠から判断したら淡々と出納担当者を起訴をすればよいのであって、その虚偽記載が意図的になされたとの供述や政治家の指示のもとで行われたとの供述を無理にでも引き出すために連日出納担当者等を取り調べる必要はありません(閉鎖空間での厳しい取調べの結果「引き出された」出納担当者の供述以外には政治家の関与を示すものがない場合に、その供述だけで政治家を起訴してその政治家を表舞台から葬り去るということがまともな所業であるとは私は考えません。)。

 そして、不記載、虚偽記載等を検察が捜査する意義が上記のようなものであるとしたら、特定の政治家自身を起訴するためにリソースを長期にわたってその政治家関連の捜査に集中させるよりも、不記載、虚偽記載を行っている出納責任者をもれなく起訴できるように、リソースを分散させるべきなのではないかと思われます。特定の政治家についてのみ「国民がそれを知ったら決してその政治家には投票しないであろうカネの流れを明らかに」し、それ以外の政治家については「国民がそれを知ったら決してその政治家には投票しないであろうカネの流れを明らかに」しないということになると、むしろ、国民の投票行動がゆがめられる危険が高まるからです。そして、「取調べの可視化を推進しようとしているか否か」など検察側の事情を考慮して、どの政治家について「国民がそれを知ったら決してその政治家には投票しないであろうカネの流れを明らかに」し、どの政治家については明らかにしないかが検察により恣意的に選択される場合、検察が国民の投票行動を捜査することにつながってしまうからです。

 結局のところ、報道されている通り、小沢一郎衆議院議員の指示のもと意図的に政治資金報告書への虚偽記載を行ったのだとの供述を引き出すために、国会の会期直前に、石川知裕衆院議員を逮捕し、連日長時間にわたる取調べを行うというのは、私の感覚では「検察の暴走」と表現するに値するといえます。


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