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mai 2010

31/05/2010

Twitterにおけるなりすまし対策

 Twitter上に民主党参議院議員16人のなりすましが存在することが発覚したについて、産経新聞の報道によれば、

 とのことです。

 しかし、「混乱させる意図が明らかな場合」であってもアカウントが削除されるだけにとどまるのであれば、選挙スタッフとしては、ダメもとで対立候補の偽アカウントを作成して有権者の支持が離れるようなことをつぶやいてみようという誘惑に駆られやすくなるのではないかという気がします。ばれても、そのアカウントが削除されるだけで、それ以上のリスクを負わないわけですから。

 「混乱させる意図が明らかな場合」は、なりすまされた人及び捜査当局に、そのなりすまし利用者に関する情報を提供する、という風に毅然とした態度をとることがツイッター社には必要なのではないかという気がしてなりません。

28/05/2010

子どもたちに利用させるには、「無法地帯」をどうにかする必要があるのでは?

 高校生の携帯からのtwitter 利用が禁止されていることについて、落合先生は、

高校生までは、あれも使うなこれも使うなと制約ばかり課しておいて、ろくな教育もせず、高校卒業以降は放置、リテラシーも身についていない状態でインターネットの世界の中で放り出されてしまう、というのが現状ですが、こういったばかげた路線ができてしまい、利権視して群がる輩も出ているような状況なので、孫社長の怒りにもかかわらず、「ナンセンスなこと」は今後も続くでしょうね。

と憤っておいでです。

 ただ、ネット事業者は、広く匿名での利用を認めて、犯罪行為や違法行為またはそれらの準備行為等を行うのに都合のよい環境を整えて、「危険な状態」を放置しておいたわけですから、ネット事業者にこれを改める意思かまたは能力がない以上、「自己責任」を押しつけるわけに行かない人々または場面でのネットサービスの利用が制限されてしまうのも致し方ない面があります。

 ネット事業者は、ネットサービスを様々な人が様々な場面で利用できるようにするためには、ネット上での紛争を適切に解決する仕組みを構築していかないといけないということを直視する必要があるように思います。「被害者がスルーすればいい」「被害者が泣き寝入りすればいい」「読者がリタラシーを身につければいい」と調子に乗って嘯いていれば嘯いているほど、被害者に泣き寝入りを強いるわけに行かない度合いが高い場面での利用が制約されてしまいます。

子どもたちに利用させるには、「無法地帯」をどうにかする必要があるのでは?

 高校生の携帯からのtwitter 利用が禁止されていることについて、落合先生は、

高校生までは、あれも使うなこれも使うなと制約ばかり課しておいて、ろくな教育もせず、高校卒業以降は放置、リテラシーも身についていない状態でインターネットの世界の中で放り出されてしまう、というのが現状ですが、こういったばかげた路線ができてしまい、利権視して群がる輩も出ているような状況なので、孫社長の怒りにもかかわらず、「ナンセンスなこと」は今後も続くでしょうね。

と憤っておいでです。

 ただ、ネット事業者は、広く匿名での利用を認めて、犯罪行為や違法行為またはそれらの準備行為等を行うのに都合のよい環境を整えて、「危険な状態」を放置しておいたわけですから、ネット事業者にこれを改める意思かまたは能力がない以上、「自己責任」を押しつけるわけに行かない人々または場面でのネットサービスの利用が制限されてしまうのも致し方ない面があります。

 ネット事業者は、ネットサービスを様々な人が様々な場面で利用できるようにするためには、ネット上での紛争を適切に解決する仕組みを構築していかないといけないということを直視する必要があるように思います。「被害者がスルーすればいい」「被害者が泣き寝入りすればいい」「読者がリタラシーを身につければいい」と調子に乗って嘯いていれば嘯いているほど、被害者に泣き寝入りを強いるわけに行かない度合いが高い場面での利用が制約されてしまいます。

17/05/2010

「被害者がネット上で反論すればいい」などという世迷い言

 memo26さんは、その開設するブログで、次のように述べています。

 しかし、「法的に解決する」 必要性は、「つねにあるとはいえない」 と思います。

 要は、「被害者の救済」 が得られればよいのであり、救済の手段として、法的手段に固執する必要性はありません。ネット上で、匿名の情報発信者に対して反論すれば、事足りる場合も多いと思います。

 訴訟を提起すれば、裁判所が 「被害者であると主張する者」 の主張を無条件で認める、というのであれば別ですが、そうではなく、実際には、「被害者であると主張する者」 と、「ネット上で情報を発信した者」 とが、互いに、法廷で争うわけです。とすれば、「被害者であると主張する者」 が、法廷ではなくネット上で、反論すれば必要にして十分ではないか、と思います。

 どのみち、「被害者であると主張する者」 は、( 法廷で ) 反論しなければならないわけです。反論の場が、法廷であろうとネット上であろうと、大差ないのではないかと思います。

 まあ、脳天気に過ぎるご意見です。

 例えば、女子学生Aについて、その顔写真とポルノ写真とを合成したアイコラ写真が作られて画像掲示板に投稿され、かつ、その画像掲示板に投稿されたアイコラ写真にリンクをはる形で、女子学生Aが如何に性的に乱れた生活を送っているのかをまことしやかに摘示する投稿が匿名掲示板や女子学生Aの開設するブログのコメント欄に執拗に投稿されたというケースを考えてみましょう。

 この場合に、ネット上でどのような「反論」をすれば女子学生Aは救済されるというのでしょうか。

 あるいは、広告代理店に勤めるBについて、学生時代レイプを繰り返していた旨の投稿が執拗に匿名電子掲示板に投稿された場合はどうでしょうか。「それは事実無根だ」と抽象的に繰り返す以外に、どんな反論が可能でしょうか。

 情報発信者がどこの誰であるのかをわかっていてその者に対し民事訴訟を提起できる場合には、どんな資料に基づいてそのような事実を真実と信じるに至ったのかを情報発信者に問いただすことができます。しかし、ネットの匿名性を利用して誹謗中傷を行いまたはデマを流布する人々に、その発信する情報を真実と信ずるに至った資料の提出を求める手段はなく、任意に呼びかけても提出することはめったにありません。で、そのような資料が提出されなくとも、匿名で提供される「事実」を信じ込んでしまう人々は後を絶ちません。

 また、摘示事実が真実でないということを示すためには、個人のプライバシー情報や企業の営業機密を出していかなければならない場合もあります。訴訟であれば、記録の閲覧謄写制限の申立をするなどして、それが訴訟当事者と裁判所以外に漏れない形にすることが可能ですが、ネット上での反論を強いられるとなると、プライバシー情報や営業機密を全世界に晒すことが必要となってしまいます。

15/05/2010

足利事件を繰り返すことが国民の負託?

 フジテレビの箕輪解説員は、ニュースジャパンで、取調べの可視化について「今やらなければならない差し迫った理由はない」と明言したようです。秋元アナも「国民の負託に冷静に答えて欲しい」といってこの解説に賛同されているようです。

 しかし、取調べ可視化法案の成立、施行が遅れれば遅れるほど、不当な取調べで涙を呑む国民が増えるのだという現実をこの2人は全くわかっていないとしか言いようがありません。マスコミが政局にうつつを抜かしている間にも、多くの被疑者が、「真犯人であってもなくても捜査官の筋書き通りに自白してしまう」取調べ手法を駆使されて、虚偽自白に追い込まれているのです。

 フジサンケイグループとしては、民主党関係者を塀の中に追い詰めるまでは従前の捜査手法を使えるようにしておいて欲しいと願っているのかもしれませんが、一般の国民は、足利事件のような捜査手法をこれからも繰り返して欲しいと思っているわけではないし、電車で通勤通学する男性の多くは、痴漢の疑いがかけられたら密室で無理やり自白に追い込まれる現状をよしとしていないように思うのですが、この問題に関して民主党が冷静に答えるべき「国民の負託」ってどのようなものだと秋元アナは考えていたのか、伺ってみたいところです。

11/05/2010

繰り返される実名・匿名論争の中ではっきりしていること

 繰り返される実名・匿名論争の中ではっきりしていることは、ネット利用者の匿名性を維持したままで使用可能な、ネット上での紛争を法的に解決する手段を構築していこうという機運すら自主的に起こらなかったということです。

 ネット上での情報発信者の匿名性を維持しつつ、被害者の救済を図る方法は、大きく分けて2つしかありません。1つは、権利侵害情報が流通することがないようにウェブサーバの管理者が責任をもって違法コンテンツをフィルタリングするというものです。DeNAは公式にはこれをやろうとしていることになっていますが、これはそれなりに人的リソースを消費します(逆にいえば、人海戦術で実現可能とも言いうるのですが)。もう一つは、その利用者が行った権利侵害情報の流布により生じた損害はその流布に用いられたウェブサーバ等の管理者が発信者と連帯して賠償するというものです。

 しかし、前者については、DeNAのあと追随する事業者はほぼ現れていませんし、利用者が負うべき賠償義務を利用者に代位して弁済する方針を採用している事業者は今のところありません。また、いわゆる「匿名派」のみなさまもこのどちらかの方式を採用すべきと思っているわけではなさそうです。

 事業者の望み、匿名派の望みは、ただただ、匿名を用いてなされる誹謗中傷やデマの流布については、加害者に事実上の治外法権が与えられ、被害者がただただ泣き寝入りをする社会です。それは、この間、ネット利用者の匿名性を維持しつつ、誹謗中傷が減少しまたはその被害を回復できるようにする措置を特段提唱してこなかったことからも明らかと言えるでしょう。

08/05/2010

鳩山政権の公約違反を責めるなら

 交渉というのは、全力を尽くしても目標を達成出来るかどうか分からない。これは日ごろ交渉に携わっている人には当たり前のことです。なにせ、相手のいることですから。

 だから、鳩山首相が、普天間基地の移転問題について、国外または県外移転という「公約」を結果的に果たせなかったからといって、それを「公約違反」と罵るのはあたっていないように思います。まあ、国外または県外移転を実現すべく何の交渉もしていないというのならばともかく、それなりに交渉をして、拒否されているだけですから。

 もちろん、目標を実現できるかは相手方次第である外交交渉ものを選挙公約にすることがそもそもの間違いであるという考え方はあろうかと思いますが、しかしそういう考え方にたってしまうと、私たち国民は、選挙の時に、各政党がどういう外交方針を採用するのか、どの外交問題について外国に対しどのような要求をその政党が政権を取った際に行うのか、知り得ないということになってしまいます。選挙の時にそれを示してしまうと、それが実現できなかったときに、公約違反だと罵られてしまいますから。

 その意味で、普天間基地の移転問題で鳩山首相を公約違反と罵ること、ましてそのことを主たる理由として退陣を迫ることは、適切でないように思います。

 鳩山政権を攻撃したいのであれば、むしろ、公約を実現しようと思えばできるのに実現しようとしない問題に焦点を絞るべきだと思います。

 もちろん、公的資金を大規模に費消してしまうタイプの選挙公約は、税収の大幅減や前政権末期のある種の焦土作戦の効果として思いのほか財源不足になっていることから、公約を果たすことができないのですから、それを非難するのはいかがなものかなあと思います。

 そうではなくて、鳩山政権の公約違反を攻撃しようというのであれば、やはり、取調べの可視化を中心とする刑事訴訟法の改正を速やかに行おうとしないという点においてでしょう。野党時代に法律案を作り上げているわけですから、すぐにでも法案を上程することは可能です。まあ、今度は政府案として提出することになるのだから有識者を含む審議会を通す必要があるというのであれば、さっさと審議会にかければいいだけの話です。それをやらないのは、警察官僚、法務官僚等に丸め込まれただけではないかと疑われても仕方がありません。

 ということで、野党の皆様、下野なう新聞の皆様、鳩山政権の公約違反を追求するのであれば、是非とも、「いつになったら取調べの可視化を実現するのだ!!」ということでお願いします。

05/05/2010

経済学者は封建主義特権を問題視しない。

 大竹文雄大阪大学教授は「日本人はなぜ市場競争が嫌いか」というコラムをウェブに掲載しています。

 市場競争が最も嫌われる要因の一つは、スタートラインの不均衡が大きいということが上げられると思うのです。スタートラインの不均衡を放置した状態で「Winner Takes All」というルールを設定されたら、有利なスタートラインを設定された人は喜ばしいかもしれないけど、不利なスタートラインを設定された人はとてもではないが納得できないということになります。

 もちろん、大竹先生は「さまざまな規制や参入障壁」により市場への参入機会を奪われた「市場の競争に入れてもらえない人たち」には配慮してみせるのですが、相続や世襲などの封建主義的な要素による競争条件の不均衡により涙を飲んでいる人たちには配慮していただいてはいないようです。すると、それは、封建主義的な特権を享受しているものとの関係でそのような特権を有していない労働者、小事業主を守る「権利」を、そのような「権利」を獲得することができなかった市民との関係で不均衡だから、廃止するのだと提唱して見せているに過ぎないということになります。そして、それはどのような結末をもたらすのかといえば、封建主義的な特権享受者からの搾取の強化にほかならないでしょう。だから、多くの国民が、封建主義を残したままの市場競争の強化を嫌うのは当然のことです。

 そういう意味では、もし、市場競争を強化することを望むのであれば、同時に封建主義的要素の排除を徹底したらいいと思うのです。もっとも、学部卒業後もしばらくは自分で食い扶持を稼ぐ必要のない特権階級に生まれたことがデフォルトの学者先生には、一番難しいことかもしれません。

04/05/2010

mixiやGreeってそうだったの?

 勝間和代さんのブログによると、

とはいえ、西村さんから、「2chはmixiやgreeよりもよっぽどIPの開示に応じている」という発言を、多くの方が視聴するメディアの中で得られたことは大変意義深いものだったと思います。つまり、ネットで完全な匿名はないということを改めて、確認できました。

とのことです。

 私は、mixiやGree相手に発信者情報開示請求を行ったことはないのですが、そんなに酷いのでしょうか。どちらも、間接強制金の強制執行を受けやすいので、2chよりもIPの開示に応じていないとすると、経営的にやばいような気がします。

 西村さんの意図が、

現時点でも匿名性はないので、わざわざ実名にする必要がない

ということならば、発信者情報開示請求を郵便で受け付けて迅速に対処する窓口を設けるべきではないかなあと思うのです(真実性の抗弁が明らかに成立しないことを疎明するためには、公開するべきでない資料を送る必要が生ずる場合がありますから、郵便でも受け付けるというのは必須だと思います。)。以前、今の2CH.NETのAdministrative Contactにメールをお送りした時もご返答すらいただけなかったと記憶しています。

 というか、私を参加させてくれていれば、今どこでどうやったらIPアドレスの開示に応じてもらえるのか、具体的に訊くところだったのですが、発信者情報開示請求を実際にやったことのある経験者がいないと、抽象的な建前論で終わってしまうよなあとしみじみ感じてしまいました。。

03/05/2010

硬性憲法であるということのポジティブな意味

 今日は憲法記念日です。

 多分、自主憲法制定派が元気にシュプレヒコールを揚げていることではないかと予想するのですが、なぜ彼らが、常に自分たちを支配者層の一員と自らを位置づけて、自らの価値観や道徳観念を押し付けるのに都合の良い憲法改正案を引っさげていられるのか、私は常々不思議でなりません。彼らの価値観や道徳観念に国民の大多数が賛同しているのであれば憲法なんぞ改正しなくったってそういう価値観等が社会の趨勢となっているはずであり、現にそうなっていない以上、そのような価値観を押し付ける憲法改正案なんて、大多数の国民にとってうざい存在でしかないので、国民投票法が施行されたって、通りそうにありません。

 そういう意味では、日本国憲法が硬性憲法であるということは非常にポジティブな意味があるということができるでしょう。一握りの支配者層のために多くの国民の自由を制約しようという「自主憲法」制定が未だ果たされず、一握りのコンテンツ産業のために多くの国民の自由を制約しようという著作権法の改正が速やかに果たされるのは、多分に、国民投票が必要となるか否かによるところが大きいように思いますので。

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