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11/05/2010

繰り返される実名・匿名論争の中ではっきりしていること

 繰り返される実名・匿名論争の中ではっきりしていることは、ネット利用者の匿名性を維持したままで使用可能な、ネット上での紛争を法的に解決する手段を構築していこうという機運すら自主的に起こらなかったということです。

 ネット上での情報発信者の匿名性を維持しつつ、被害者の救済を図る方法は、大きく分けて2つしかありません。1つは、権利侵害情報が流通することがないようにウェブサーバの管理者が責任をもって違法コンテンツをフィルタリングするというものです。DeNAは公式にはこれをやろうとしていることになっていますが、これはそれなりに人的リソースを消費します(逆にいえば、人海戦術で実現可能とも言いうるのですが)。もう一つは、その利用者が行った権利侵害情報の流布により生じた損害はその流布に用いられたウェブサーバ等の管理者が発信者と連帯して賠償するというものです。

 しかし、前者については、DeNAのあと追随する事業者はほぼ現れていませんし、利用者が負うべき賠償義務を利用者に代位して弁済する方針を採用している事業者は今のところありません。また、いわゆる「匿名派」のみなさまもこのどちらかの方式を採用すべきと思っているわけではなさそうです。

 事業者の望み、匿名派の望みは、ただただ、匿名を用いてなされる誹謗中傷やデマの流布については、加害者に事実上の治外法権が与えられ、被害者がただただ泣き寝入りをする社会です。それは、この間、ネット利用者の匿名性を維持しつつ、誹謗中傷が減少しまたはその被害を回復できるようにする措置を特段提唱してこなかったことからも明らかと言えるでしょう。

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