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décembre 2010

26/12/2010

「愛」を軽視する米沢市議会

 米沢市議会は、今年の3月に、「夫婦別姓のための民法改正に反対する意見書」を賛成多数で可決していたのだそうです。その内容がクラクラするものだったので、少し言及してみようと思います。

 昨今、親子を巡る痛ましい事件・事故が続発し、家庭崩壊の危機が叫ばれるなど、行き過ぎた個人主義による社会の秩序の崩壊が見られる。過度な個人主義は、事件・事故の発生や行政のコスト高や肥大化を招く恐れがあり、選択的夫婦別姓制度の導入はそれらの危険性をさらに助長するものである。親と子供の姓が異なる状況を生み出されることから、他から見た場合、家族構成がわからないという不都合も生じ、家族の一体感や絆を損なうことにもつながる。

また、選択性とはいえ、同姓、別姓が入り混じった教育現場や地域社会においても、子供に対して大きな戸惑いを与えかねないなど子供の視点も欠如している。さらに戸籍や住民票の記載も紛らわしいものになり、行政現場での混乱も来たしかねない。

とあります。

 「親子をめぐる痛ましい事件・事故」という表現は曖昧ですが、親子間の殺人事件という意味でいえば、警察庁の「平成22年上半期の犯罪情勢」の49頁によれば、検挙件数ベースで、平成19年235件(子→親133、親→子102)、平成20年273件(子→親143、親→子130)、平成21年237件(子→親121、親→子116)ということなので、「家庭崩壊の危機」を叫ばせるに価するほど続発しているというべきか疑問です。さらにいえば、これらお親子間殺人が「行き過ぎた個人主義」の結果なのかといえば大いに疑問だったりします。子→親殺害で昨今多いのは「介護疲れ殺人」なのですが、これはむしろそこまで思いつめるほど親に奉仕してしまうからこそ起こるものです(「行き過ぎた個人主義」の持ち主ならば、そこまで思いつめるほど介護したりしません。)。親→子殺害の典型である無理心中もまた、「個人主義」が行き届いていないがゆえに発生します。というか、「行き過ぎた個人主義」に由来する親子間の殺人としてどのようなものを米沢市では想定しているのかがよくわかりません。

 さらに、米沢市議会は、「過度な個人主義は、……行政のコスト高や肥大化を招く恐れがあ」るとしているのですが、どのような行政の高や肥大化を招くことが恐れられているのかが全く不明です。そもそも「適切な個人主義」としてどのようなものを想像しているのかがわからないので、個人主義にどのような要素がさらに付加される(その結果行き過ぎてしまう)とどのような行政の高や肥大化を招くことになるのか、検証もできないのですが。

 米沢市議会は、「選択的夫婦別姓制度の導入はそれらの危険性をさらに助長するものである。」と続けます。ただ、「選択的夫婦別姓制度の導入」それ自体は、戸籍データベースにレコード項目を付加するだけであり、システム変更に伴う初期投資をともかくとすれば、「行政のコスト高や肥大化を招く」ものではありません。戸籍関係の行政事務に目を向けたときに、「選択的夫婦別姓制度の導入」により「行政のコスト高や肥大化を招く」恐れが生じそうなものというのをにわかに想起できません。「この男女、氏が同じだぜ。夫婦に違いない」ということで見切り発車で行政サービスを提供するということが行われていないからです。

 また、選択的夫婦別姓制度が導入された場合に夫婦別姓を選択することにより個人主義がさらに「行き過ぎ」になるという理屈もよくわかりません。「女は結婚したら個としての過去を捨て、婚家に身を捧ぐべし」というのが「許されるべき個人主義の限界」であると米沢市議会がお考えなら、その考えを改めたほうがいいような気がします。

 また、「親と子供の姓が異なる状況を生み出される」とのことですが、法律婚をせず(行政から婚姻届を受理されず、あるいは受理されることが予想されるがゆえに提出しない場合を含む。)事実婚を選択している男女が子を産み育てるということは既に広く行われており、そこでは、親の一方と子の姓が異なる状況が必然的に生み出されています。選択的夫婦別姓制度の導入というのは、既に存在している事実婚夫婦のうち、夫婦の双方とも氏の変更をしがたい事情があるがゆえに法律婚ができずにいる夫婦を法律婚に組み入れるものに過ぎません。もちろん、子どもができてしまったが故にやむなく夫婦の一方が制度に屈服して一時的に氏の変更を我慢して法律婚を行う(この場合に、子どもを「嫡出子」とした後に法律上離婚した上で事実婚を継続するという運用がなされることが少なくない。)こともあるので、選択的夫婦別姓制度の導入によりそのようなことをしなくとも良くなる分「親と子供の姓が異なる」状況が増加するということは考えられるかもしれませんが、逆にいえば、「子どもを産んでしまうと子どものために法律婚を余儀なくされる」ということがなくなれば能動的事実婚夫婦が子どもを生むことを躊躇する要因が一つ減るわけで、少子化の解消という観点からはむしろ望ましいとも言えます。

 なお、「親と子供の姓が異なる状況を生み出」さないためには、法律婚をしていない女性が出産することを禁止するとともに、子がいる場合の離婚時の復氏を禁止し、さらに、子がいる場合、元配偶者が死別しているときに限り、自らは氏を変更しないか、または、子とともに氏を変更するという条件のもとでのみ再婚ができることとするという形に、法律婚制度を修正する必要があります。そのためには、産婦人科医としては、法律婚した夫の同意なくしては新生児を取り上げてはならず、むしろ、生まれてくる子どもの父親と母親とがその出産日までに法律婚を行う見込みが無いことがわかった時点で、中絶をなさしめる必要が出てきます。しかし、それは正気の沙汰ではないように思われます。「氏を変更したくなければ婿養子になってくれる男と結婚すればいいのだ、そうでない男を好きになって妊娠した以上自業自得だ」と言われても泣くに泣けないでしょう。

 また、「他から見た場合、家族構成がわからないという不都合も生」ずるとのことですが、もともと戸籍を見なければ他人の家族構成なんて正確なくとはわかりません。むしろ、他人の家族構成を正確に知る必要がある場合は戸籍謄本を入手して調査するわけですから、別姓婚を法律婚に取り入れる選択的夫婦別姓制度を導入した方が、「他から見た場合、家族構成がわからないという不都合」が生ずる可能性を抑えることができます。

 また、「家族の一体感や絆を損なうことにもつながる」とのことでもあるのですが、家族の一体感や絆を感ずるには氏が同じでなければならないということ自体が偏見であるように思われます。家族間では、一般に氏をつけて相手を呼ぶことがないので、夫婦が別姓であるということはあまり意識されないのではないかと予想するほうが合理的です(夫婦別姓制度が採用されている諸国において家族の一体感や絆が希薄であるとの報告も、選択的夫婦別姓制度が採用されている諸国において別姓を採用した夫婦の方が同姓を選択した夫婦よりも家族の一体感や絆が希薄になったとの報告もなされていないようです。)。

 「同姓、別姓が入り混じった教育現場や地域社会においても、子供に対して大きな戸惑いを与えかねない」との点については、「夫婦、親子とは、氏を同じくするものだ」との教育を行わなければ、戸惑いは生じようがないように思われます。日本の子どもたちだけは、お互いに氏を同じくしない夫婦、親子が存在するという状況に対応できないと考えるのは自虐的に過ぎます。

 さらに、「戸籍や住民票の記載も紛らわしいものになり、行政現場での混乱も来たしかねない。」とのことですが、戸籍については、戸籍筆頭者の配偶者の欄にその氏を記載する欄を1つ設ければ、その記載はすっきりしたものとなります。住民票も同様です。その程度のことで混乱するほど、米沢市の行政能力って低いのでしょうか。

 また、上記意見書では、

 古来より、日本の家族は祖先より子孫へという繋がりを大切にして生活を営んできた。このことは日本の歴史と文化を貫く根幹であり、生活すべての基準に家族があると言える。よって、国においては住民自治の基本単位である家族のあり方に悪影響を及ぼし、自治体運営への阻害要因となる選択的夫婦別姓制度を導入することのないよう強く要望する。

とあるのですが、「古来」よりの「日本の歴史と文化」と、現在のような夫婦同姓制度との間には特段のつながりがないことは意識されるべきではないかと思います。むしろ、「古来」よりの「日本の歴史と文化」に鑑みれば、日本の家族は、夫婦同姓制度などなくとも、「祖先より子孫へという繋がりを大切にして生活を営んできた」ということになります(米沢市だけ別の歴史をもっているというのなら、話は別ですが。)。さらにいうと、「祖先より子孫へという繋がりを大切に」するということを「氏」の共通性で表現しようとすると、むしろ、氏続用型夫婦別姓制度を正当化することになることに注意する必要があるでしょう。

 また、上記意見書自体ではありませんが、上記意見書をブログ上で紹介している渋間かすみ市議は、次のように述べています。

仕事上、名字を変えたくない女性がいることも承知しております。が、これは各種の運用面での対応で解決でき、事実そうしている方もおり、わざわざ民法を改正(改悪?)する必要がないと考えます。さらに離婚しやすい環境をつくってしまうという悪影響もあります。

 対外的な業務を行わない場合、勤め先に理解があればそこで旧姓を続用することはできるでしょうが、「運用面での対応」はそこが限度です。対外的な業務を行うがゆえにその存在が公証されなければならない業務に従事している場合、戸籍名との結びつきが公証されない旧姓を続用し続けることは困難となります。実際、旧姓では印鑑登録ができませんし、法人等の理事、取締役に就任したときに旧姓では登記できません。また、株式名簿や不動産登記簿にも旧姓を用いることはできません。これらは、「運用面での対応」というレベルではいかんともしがたいものです。

 また、夫婦が別姓だと離婚しやすいというのも意味が不明です。現行法でも、離婚後婚姻時の氏を続用することは認められているからです。

 現行の法制度・社会制度に対する十分な理解がないことに起因するこのような見解が市議会議員によりなされるという実情に、驚愕せざるをえない、今日この頃です。

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