「プロバイダ責任制限法検証にかかる提言」に対するパブコメ
「利用者視点を踏まえたICTサービスにかかる諸問題に関する研究会 プロバイダ責任制限法検証にかかる提言」に関し、下記のとおり意見書を作成し、提出しました。
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上記研究会の結論を要約すれば、匿名のネットユーザーにより執拗な誹謗中傷に晒されている被害者が救済を受けられずにいる原因を是正するつもりは一切ないということである。今救われていない被害者は、今後も救われるべきではないというものである。そしてそれは、総務省として、匿名の卑怯者に「嫌がらせをする権限」を提供する権限を日本のインターネットサービスに付与することで、これを発展させる途を選択することとしたということである。
匿名の卑怯者たちから執拗な誹謗中傷を受けている被害者から多数の相談を受ける立場の弁護士として、このような総務省の方針には反対せざるを得ない。
以下、具体的に述べる。
報告書は、次のように述べる(27頁)。
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この「権利侵害の明白性」の要件は、被害者の被害回復の必要性と、発信者のプライバシーや表現の自由の利益との調和の観点から規定されたものである。すなわち、被害者の被害回復の必要性が認められる一方で、発信者情報開示請求により開示される情報は、発信者のプライバシーに関わる事項であるところ、プライバシーは、いったん開示されると、原状に回復させることが不可能な性質のものであり、その取扱いには慎重さが当然に求められる。また、匿名表現の自由についても、その保障の程度はさておき、保障されることに疑問の余地はなく、可能な限り、萎縮効果を及ぼさないように配慮する必要がある。このような観点から「権利侵害の明白性」が要件として規定されたものである。
そうすると、権利侵害が明白である場合にのみ、発信者情報の開示を認めることには必要性及び合理性があるといえ、発信者による権利侵害が明白でないのに、発信者のプライバシー等の利益が侵害されてもよいと考えることは相当ではない。
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しかし、発信者のプライバシーや匿名表現の自由が一定の限度で保障されるとしても、それらの権利ないし自由は、被害者の裁判を受ける権利に絶対的に優越するものではなく、「権利侵害が明白である場合にのみ、発信者情報の開示を認めること」の必要性ないし合理性を導くものではない。立法論としては、発信者のプライバシー保護の要請と被害者の裁判を受ける権利の保護の要請とをどこで調和させるのかという問題であり、答えは1つではないからである。
では、どこで調和させるべきであろうか。この点については、匿名の発信者に対し訴訟等の権利行使を行うことが許されるのはどのような場合か、という観点から考えるべきである。
原告の側で被告の氏名・住所等を特定しなければならない現行民事訴訟法において、原告の氏名・住所等を特定するための情報収集手段はいくつもある。例えば、戸籍謄本や会社登記簿謄本の交付を受けたり、登録自動車の登録事項等証明書の交付を受けたりする場合である。いずれの場合も、情報主体の個人情報が開示されることとはなるが、上記書類等の開示を受けるにあたり、その情報主体による権利侵害が明白であることの証明を求められることはない。市町村役場にせよ法務局にせよ陸運局にせよ、その情報主体による権利侵害が明白か否かの判断をいちいち迫られても対応できないし、当該情報主体に対し訴訟等を提起したい権利者等から情報開示を求める訴訟をいちいち提起されるのも迷惑な話である。
また、わが国では、訴えを提起する段階で、請求原因事実が存在すること及び抗弁事実が存在しないことを証明する義務を原告に負わせておらず、これらを証明する証拠が訴状に添付されていない場合に訴えを却下できるという法制度を採用していない。抗弁事実等被告が立証責任を負う事実についてそれが存在しないことを証明できなければ訴えの提起自体が許されないということでは、立証責任を被告側に負わせるように実体法を制定した意味がなくなってしまうので、当然である。更にいえば、原告が立証責任を負う事実についても、文書提出命令等の手続を用いて、訴訟手続の中で証拠を収集することが制度的に予定されているのであるから、訴え提起の段階でそれらの事実を証明するに十分な証拠が添付されていなくとも、そのことをもって訴えを却下することは適切ではない。
さらにいえば、発信者はその発信者情報が開示されたとしても、訴訟においてその情報発信の正当性を証明していくことができるのに対して、被害者は発信者情報の開示を受けられなければ、損害賠償請求権や人格権侵害行為の差止請求権等の実体法上の権利を手続法的に行使する手段を完全に奪われるのである。したがって、基本的人権の擁護という観点からは、むしろ、発信者情報を広範に開示する方向で、発信者と被害者との人権の衝突を調和することこそが望ましいと言える(発信者のプライバシー保護は、発信者の氏名・住所に関する部分については広範に訴訟記録の閲覧・謄写制限を認める、発信者情報の目的外使用について制裁規定を設ける等の方法によることも可能である。)。
そのように考えるならば、少なくとも、当該特定電気通信による権利侵害に関して当該発信者に対し訴えを提起する利益が開示請求者にあることが疎明された場合には、開示関係役務提供者は発信者情報を開示する義務を負うとすることこそが合理的であるというべきである。
また、報告書は次のようにも述べる(39頁)。
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プロバイダ等に通信履歴の保存義務を課すことは、現時点では、法律上も事実上も困難であり、プロバイダ等に対する通信履歴の保存義務については、これを肯定するだけの根拠に乏しいものと解さざるをえない。
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しかし、通信履歴が電気通信事業法上の「通信の秘密」に含まれるとしても、通信の秘密が侵害されるのはこれが電気通信事業者以外の者に入手されたときであって、電気通信事業者においてこれを保存すること自体は「通信の秘密」を何ら侵害するものではない(実際、電気通信事業者が経営上の判断で自主的に通信履歴を長期にわたり保存することは自由である。今日、電子通信事業者が自主的に通信履歴を保存する行為を電気通信事業法第4条違反とする見解は見当たらない。)。
また、報告書は「情報漏えいの危険性があることから、その取扱いは極めて慎重に行われている状況」であるとする。しかし、通信履歴自体には発信者の氏名・住所等は記録されていないので、仮に通信履歴が漏えいしたとしてもそのことによる被害者それほど大きくはない(むしろISP等で情報漏えいが起きたときに問題となるのは利用者の登録情報であるが、これはISP等において当然のように保存されている。)。
したがって、プロバイダに通信履歴の保存義務を課すことが法律上困難であるとは考えられない。
また、昨今の記録媒体の大容量化、低価格化の元においては、通信履歴を保存するコストは大幅に下がっている。報告書においては「全インターネット利用者の通信履歴を保存しなければならないとした場合、中小零細のプロバイダ事業者はもちろんのこと、大手プロバイダ事業者においても、その利用者数(契約者数)を勘案すると、本来の業務を圧迫して、適切なサービスを提供することができなくなる可能性も否定できない」とあるが、例えば1000人以上の利用者を有するプロバイダ事業者において1ヶ月分の通信履歴を全部保存するのに1人あたりどの程度のコストがかかるのかすら報告書に明記されておらず、それでなぜ「本来の業務を圧迫して、適切なサービスを提供することができなくなる可能性も否定できない」といいうるのか疑問である。
さらにいえば、電気通信役務提供事業は、今日、権利侵害情報の流布という一種の公害を一定の範囲内でまき散らす事業となっているのであるから、その公害の発生を未然に防ぎかつ被害者の救済を行うのに必要な範囲内で一定のコストを負担するのは当然のことであるとすらいうべきである。
現行法では、自社の電気通信設備を違法行為に利用してもらうことを企図して、通信履歴を一切保存しないことを謳って顧客を集客することも合法であるし、そこまで極端でなくとも、1段階目の発信者情報開示請求により被害者が発信者のIPアドレスを入手するのに通常要する期間までに通信履歴を削除する運用にしてしまえば、そのISP等の電気通信設備を用いて匿名の陰に隠れた違法行為を繰り返す利用者が民事訴訟により法的な責任を負わされることを回避できることになってしまう。
これでは、インターネットを利用した違法行為に関しては、被害者の裁判を受ける権利というのは絵に描いた餅に終わってしまうし、何をしても事実上法的な責任を負わされることはないという確信は、それ他のインターネット利用者による加害行為をエスカレートさせる効果を持つことは必定である(現に、そうなっている。)。
したがって、1年程度の通信履歴保存義務を負わせる法改正こそが望まれているというべきである。
なお、このような報告書を作成した委員の皆様、官僚の皆様におかれましては、インターネット上の匿名電子掲示板等において特定のターゲットが長期にわたり膨大かつ陰湿に誹謗中傷されているログデータをいくつも熟読していただきたい。そして、あなた方が出した結論は、こういう被害をこれからもいくつも生み出していくことに繋がるのだ、そして、被害者に絶望感を押しつけることに繋がるのだということを自覚し、今後、誹謗中傷に耐えかねて自殺する被害者等が現れたときには、自分たちが作成した報告書が、その自殺に大きく寄与したのだと自覚して今後の人生を歩んでいただきたい。そう願うものである。
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