君たちが嫌いな番組を見たい人だっているんだ。
高岡蒼甫さんのTwitter上での発言に端を発した民族差別主義者たちによるフジテレビ攻撃に対し、ビートたけしや岡村隆史(ナインティナイン)、田村淳(ロンドンブーツ1号2号)等が「嫌なら見なければいい」と批判を加え、さらにこれに対し、作家の深水黎一郎さんやMIAUの小寺信良さんが異議を唱えるという状況になっているようです。
しかし、放送電波が公共のものだといってみたところで、様々な趣味嗜好が併存する自由の国日本において「誰からも嫌がられない番組」を常に作り続け、そういう番組のみを放送するのは至難の業だし、そういう番組はたいてい面白くありません。エンターテインメントビジネスにおいて、「誰かから嫌がられる」というのは不可避の定めであるとすら言えます。だからこそ、エンターテインメントビジネスでは「誰かから嫌がられる番組は放送しません」という選択はとり得ないわけです。したがって、作り手からいえば、「嫌ならば見なければいい(好きだという人に向けて放送することを邪魔しないでくれ)」というよりないわけです。
ビートたけしにせよナイナイの岡村にせよロンブー淳にせよ、自分が関与している番組がPTAなどから「子どもに見せたくない番組」とのレッテル張りをされてきた芸人です。すなわち、彼らは、「かなり多くの人々から嫌がられる番組」を作ってきた人です。だからこそ、この「私がこの番組が嫌いだ。だから放送するな」というテレビ局攻撃に対しては、反論をせざるを得なかったのだろうと推測します。狂信的な民族差別主義者の要求に屈してその嫌がる韓流ドラマを放送しないという選択をテレビ局がとった場合に、PTA等の抗議によりその嫌がる「過激なお笑い番組」を放送しないという選択をテレビ局がとらないという保障はないからです。
私は、正直テレビ局とは戦ってきた弁護士だし、現在もフジテレビを相手方とする訴訟で訴訟代理人を務めています。ただ、私(の依頼者)が要求していることは、テレビを見たいという人が何時、どこにいてもテレビを見ることができるようにさせてくれということであって、「見たいといっている人に、見させてやってくれ」ということです。だからこそ「俺たちが気に入らない番組は放送するな」という民族差別主義者の要求は、とてもではないが、容認する気にならないのです。
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