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23/11/2014

風評被害論

 風評被害の問題の本質は、不確実性に起因する損害を誰が負担するのかという問題です。

 例えば「甲の施設から甲の過失または甲の施設の瑕疵により乙という物質が流出し、丙という地域で産出される丁という農産物に乙が付着した」という事実がある場合を考えてみましょう。

 通常1人の人が食べる量の丁に、致死量を上回る乙が付着しており、実際に丁を食べた戊が、これにより死亡したという場合に、甲が戊の死により生じた損害賠償について損害賠償義務を負担する。これは、風評被害ではありません。また、通常1人の人が食べる量の丁に、致死量を上回る乙が付着していたため、丁の栽培業者等は、丁を出荷することができず、丁の出荷により得べき利益を逸失した。これも風評被害ではありません。

 風評被害が生ずるのは、農産物丁を体内に取り入れた場合に人体に悪影響を与えるかどうかが不確実な場合です。その時点の科学的知見では農産物丁を通常の量食べた場合に特定の疾患己が発症する危険性が上昇するという信頼できる統計的データが未だなく、または、乙という物質が特定の疾患己を引き起こすメカニズムが解明されていない場合、農産物丁を食したことと特定の疾患己の発症との間に因果関係を認定することはできないかもしれません。しかし、食材を購入する消費者としては、農産物丁の摂取により疾患己が引き起こされるメカニズムが後に解明されてから「ああ、あのとき食べなければよかった」と後悔しても遅いので、「農産物丁を摂取しても特定の疾患を発症する危険を上昇させない」という信頼を持てない限り、農産物丁の購入・摂取を控えることになります(現代の日本のように、食材の選択肢が消費者に広く与えられている社会であれば、なおさらです。)。したがって、物質乙の流出は、客観的に物質乙が農産物丁に付着したかどうか、実際に付着した乙の量との関係で特定の疾患己を引き起こすものかどうか関係なく、農産物丁の買控えという損害をその生産者に与えることとなります。

 そして、このような買控え等による損害を「物質乙の流出」に起因する損害として賠償の対象に加えることができるか否かというのが、もともとの「風評損害」論だったわけです。

 しかし、風評損害論は、今日矛先を変えています。きっかけは、ニュースステーションにおけるダイオキシン報道だったと思いますが、決定的だったのは、東京電力福島第1原発の爆発事故後の議論です。

 ここでは、「物質乙が付着した食材を摂取すると特定の疾患に罹患する蓋然性が高くなる」との情報を流布することにより、物質乙が付着した(または付着していないとの信頼が置かれていない)農産物丁の買控えが生じた場合に、農産物丁の生産者が被った損害を賠償する責任が上記情報を流布した者に生ずるということが語られ、さらに、「物質乙が付着した食材を摂取すると特定の疾患に罹患する蓋然性が高くなる」との情報を流布する行為は、農産物丁の生産者に対する「いじめ」であって許されないということが語られるようになったのです。

 そのような議論の枠組みを大筋で認めた場合、「物質乙が付着した食材を摂取すると特定の疾患に罹患する蓋然性が高くなる」との情報を流布することが不法行為とならないためには、どの程度の確証が必要とされるべきかが問題となります。

 科学的な実験によって「物質乙が付着した食材を摂取すると特定の疾患に罹患する蓋然性が高くなる」ことが確かめられない限りそのような情報を流布するべきではないという見解もあり得なくはありません。ただ、その場合、相当数の人に物質乙が付着した食材を摂取させて、相当数の人に特定の疾患を生じさせることが、上記情報流通の前提条件となることを意味します。相当の被害が発生してからでないと警告が行えないというのが適切なのかという問題が生じてしまうのです。

 従って、実際には、実証実験による確証が得られる前の段階で「物質乙が付着した食材を摂取すると特定の疾患に罹患する蓋然性が高くなる」(から、物質乙が付着していると思われる)農産物丁の摂取を控えるべきとの警告を行うことも法的に許されるべきということになろうと思います。すると、問題は、実証実験による確証が得られていないとして、どの程度の科学的根拠を要求するべきなのかということになっていきます。この点に関する法学サイドからの研究は未だ道半ばだというのが正直な感想です。

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