原子力発電所の自主的な稼働停止の可否
東京大学の玉井克哉教授が次のようにツイートしています。
(法律の学生向け)原子力発電所の運転を電気事業者が「自発的に」停止することなどできないということについて。電気事業法6条2項4号イ、同9条1項、同3項、同法施行規則10条1項ロ。こういう条文を10分以内に探し当てることができれば、セミプロ級といえる。
本当でしょうか。
まず、玉井教授が示した条文を見てみましょう。
電気事業法6条は以下のような規定です。
(許可証)
第六条 経済産業大臣は、第三条第一項の許可をしたときは、許可証を交付する。
2 許可証には、次の事項を記載しなければならない。
一 許可の年月日及び許可の番号
二 氏名又は名称及び住所
三 供給区域、供給の相手方たる一般電気事業者又は供給地点
四 電気事業の用に供する電気工作物に関する次の事項
イ 発電用のものにあつては、その設置の場所、原動力の種類、周波数及び出力
ロ 変電用のものにあつては、その設置の場所、周波数及び出力
ハ 送電用のものにあつては、その設置の場所、電気方式、設置の方法、回線数、周波数及び電圧
ニ 配電用のものにあつては、その電気方式、周波数及び電圧
ここでいう「第三条第一項の許可」とは、電気事業を営むことについての許可です。
次に、同法第9条第1項ないし第3項は以下のような規定です。
(電気工作物等の変更)
第九条 電気事業者は、第六条第二項第四号の事項について経済産業省令で定める重要な変更をしようとするときは、経済産業大臣に届け出なければならない。
2 電気事業者は、第六条第二項第二号の事項に変更があつたとき、又は同項第四号の事項の変更(前項に規定するものを除く。)をしたときは、遅滞なく、その旨を経済産業大臣に届け出なければならない。
3 第一項の規定による届出をした電気事業者は、その届出が受理された日から二十日を経過した後でなければ、その届出に係る変更をしてはならない。
最後に、電気事業法施行規則第10条第1項第1号の条文を見てみましょう。
(電気工作物の重要な変更)
第十条 法第九条第一項 の経済産業省令で定める重要な変更は、次のとおりとする。
一 発電用のものに係る変更であって、次のいずれかに該当するもの
イ 設置の場所、原動力の種類又は周波数の変更
ロ 出力の変更であって、その変更する出力が十五万キロワット以上又はその者の電気事業の用に供する発電所の出力の合計の二十パーセント以上のもの
このように、玉井先生が提示した条文を見ても、電気事業者が「自発的に」原子力発電所の運転を停止することを禁止していることを示すものはないように見えます。
電気事業法に基づく許可証に「出力」として記載された発電量を常に発電する義務を電気事業者は有しており、発電量を減少させるためには経済産業大臣に届出をすることが必要になると考えた上で、発電量減少の最たるものである「自主的な運転停止」を事前届出なしに行うことは許されないのだと誤解する人はいるのかも知れません。法律の素人さんが頑張って条文を読んだというのであればやむを得ないかと思います。
しかし、電気事業法が電気事業者に「出力」(変更)の届出義務を負わせた趣旨は、「需要に対し電気の供給能力が不足しないことを国が把握する」ことにあり、届出の対象となる「出力」とは、「年間を通じて発生可能な最大電気出力(定格電気出力)」のことをいうとされています(ここ参照)。したがって、電気事業者は、電力需要とは無関係に常に「出力」として届け出た発電量を発電する義務を負っておらず、需要に合わせて発電量を減らすことができます。したがって、特定の発電設備による発電を「自主的に」停止させることもできるのです。
東日本大震災以降原子力発電所を再稼働できない状態が続く中真夏の電力消費量ピーク時ですら電力需要に応じた発電を行うことができた九州電力において、比較的電力需要の小さいこの時期に、原子力発電所の稼働を継続しなければ電力需要を満たすことができないということは通常ないと思われますので、九州電力におかれましては、東京大学教授の驚きの見解に惑わされず、「川内原発の自主的な稼働停止」も視野に入れて、ベストな選択をしていただきたいと思います。
なお、学部学生には、「自分にとって有利な結論をもたらすことができそうな条文を見つけたときに、自分にとって有利な結論を導くキーとなりそうな用語の意味を、既存文献などにより再確認する」ということを徹底してもらえたらと思います。常識的に考えれば、電力需要は日々変動するので、各発電設備について届出してある「出力」どおりに発電し続ける義務なんてものが電気事業者に負わされているはずがないと疑ってかかるのが「リーガルマインド」というやつであって、あとは、既存文献を調べて確認するという作業をするだけですが。
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