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ココログ最強検索 by 暴想

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11/11/2009

時間に対する感覚の差

 世の中には、私たちとは時間の感覚が大いに異なる人がいます。

 私も、4月16日(木)の11時03分にブログ上のある発言についての撤回を求めるメールの送付を受け、さらに、その日の13時18分に、何の返事もないということは撤回しないという意思表示かとして、15時までに撤回しないと懲戒請求するぞというメールを送られたことがあります。でも、私たち弁護士って、意外と外回りが多いので、事務所で起案しているとき以外はそんなに頻繁にメールってチェックしていないのです。弁護士でなくとも、普通のビジネスマン等であれば、大抵そうだと思うのですが(弁護士はまだ時間の自由がきく方です。)

 私たち弁護士は、よくよく人間の生命身体等に差し障りがあるような本当の緊急時を除けば、相手に何かを要求するとき、相手がこれに対処するのに通常要する時間というのを計算に入れて期限を設定します。相手が期限内に何も対処しなかったという実績がほしいのではなく、相手に期限内に適切な対処をしてもらうことを重視するからです。

 ですから、

日中はフルタイムの仕事をしていますので、当たり前のことですが、その時間帯にメールやtwitterなどで質問やご要望を出されてもお返事ができません(公務員の職務専念義務がありますので、それらを見ることすらできません)。
という矢野さんの発言は全くその通りだと思います。

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25/10/2009

ブログとTwitter

 池田信夫さんが次のように述べています。

 この点で、ブログより簡単に参加できるTwitterでブログよりノイズが少ないのは、ウェブの今後の方向を示している。実名ではなくても、固定ハンドルネームで評判を守るインセンティブがあれば、匿名ブログより質の高い言論空間ができる。アマチュアによる「草の根民主主義」が世界を変えるなどという幻想を振りまいたブログ1.0が、テクノラティとともに終わるのは健全なことだ。

 ブログだって,エントリー自体は実名又は固定ハンドルネームが用いられるし,はてなブックマークでは固定ハンドルネームの使用が義務づけられます。でも,「現実空間での人格」との結びつきが外部から探知しにくい状態にあればあるほど,その固定ハンドルに付着する評判を守るインセンティブは低下していきます。その点に関していえば,Twitterとて何ら変わるところはありません。従って,Twitterの方が「固定ハンドルネームで評判を守るインセンティブ」があるということを前提とする議論は,現実からかけ離れたものになりそうな気がします。

 ブログとTwitterの違いは,(コメント欄付きの)ブログにおいてはブログ主に対する批判や中傷をブログ主が見ざるを得ないのに対し,Twitterの場合,誰のつぶやきを見るのかを選択でいるので,Twitter主に対する批判や中傷をTwitter主は見なくともすむ点にあります。だから,「自分が批判されるのを見たくない」というだけの人から見たら,「Twitterはノイズが少ない」という評価になるのかもしれません。でも,誹謗中傷問題についていえば,「自分の目に触れなければそれでよい」というものではないので,匿名さんによるデマや誹謗中傷を問題視している人から見れば,デマや誹謗中傷がターゲットの目に触れること以上に,公衆の目に触れることこそが問題なので,ブログからTwitterへの流れは事態を改善しません。

 まあ,現時点ではTwitterの検索可能性が弱いので誹謗中傷が集積していませんが,既にTwitter検索は出てき始めているので,匿名性のもたらす問題を解決しない限り,Twitterにおいてもまた,良貨が悪貨に駆逐されることになってしまうリスクは十分にありそうに思います。

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24/10/2009

「鈍感力」が求められる民主党

 池田信夫さんが,雑誌Voiceに掲載した記事の中で,

 いま全国平均で時給713円の最低賃金を全国一律1000円に引き上げるという民主党の数値目標を本当に実施したら、人件費は20%近く上がり、中小企業は全体として赤字に転落するという調査もある。

と述べていること,そして,これが間違いであることは既に指摘したとおりです(最低賃金を全国一律1000円以上に引き上げることを求めているのは,民主党ではなく,日本共産党です。)。

 普通,雑誌の編集者って,著者から送られてきた原稿を読んで,客観的な誤りがないかをチェックするのが通常です。だから,仮に池田さんが民主党の公約と日本共産党の公約をうっかり取り違えていたとしても,普通なら編集者の側でチェックが入るはずなのだけどなあと不思議に思っていました(民主党や日本共産党の公約って,様々な媒体で公表されているので,チェックしやすいですし。)。

 まあ,人間誰しも間違いはあるので,Voice編集部にメールを送って,民主党は「最低賃金を全国一律1000円に引き上げる」という公約をしていない旨を指摘しました(池田さんに直接メールを差し上げてもお読みにならないのではないかと思いましたので。)。しかし,それから大分立ちますが,記事が訂正されるどころか,【編集者注】すら未だ入っていないようです。

 こうなってくると,民主党を叩くためにその公約について虚偽の情報を流すことをVoiceの編集部は意図的に容認しているのではないかとの疑いを抱くことがあながち不合理であるとまでは言えないように思えてきます。

 池田信夫さんは,そのブログをgooからlivedoorに移転するにあたって次のように述べています。

他方で、匿名の卑怯者や実名の嘘つきが粘着してくるトラブルも増えたが、これもある閾値を超えると、もう多すぎて検索もしないし、気にもならない。こういう「鈍感力」が、ブログを続ける上で一番大事だと思う。

 むしろ「鈍感力」が必要なのは,「新自由主義路線まっしぐら!」ではない政党の方ではないかと思われます。

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東さん,強すぎ。

 「朝まで生テレビ」を久しぶりに見ていますが,結局,高齢パネリスト+東浩紀+雨宮処凛+高橋亮平だけでよかったような感じです。

 田原総一朗さんは,城繁幸さんにずいぶんとパスを投げていたのに,期待には応えられなかったなあという感じがしました。理論的な話では東さんに圧倒的に負ける以上,現場感覚が強くないと辛くなってしまうよなあとは思いました。

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21/10/2009

1億総役立たずを目指すのか

過去の事例をみると、被害者の現実社会での言動が、匿名さんによるネットでの執拗な中傷の原動力となっている場合が多いので、ネットでは実名を名乗らないというのはネットでの中傷を受けないための方法論としてはそれほど効果的ではないようです。

「問題のある言動」をしなければ大丈夫なのかといえばそうでもなくて、弁護士が患者側の訴訟代理人になって患者側を勝訴に導くとそれだけで執拗かつ膨大な量の中傷に晒されます。電通に就職するとか、プロの麻雀士や声優になるというのも世間的には悪いこととされていませんし、ボクシングの試合を見て感動するというのも人格を否定される話ではありません。でも、匿名さんたちに「実名では恥ずかしくて言えないことを恥ずかしげもなく言える」状態を維持すると、相当ひどい中傷に耐える覚悟がなければ、これらの行動に踏み切れなくなってしまう訳です。

そこでは中傷されないためには誰にも嫉妬されない役立たずでい続ける必要がありそうです。

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弁護士は社会の「悪」に見て見ぬふりができない。

 昔isedでインターネット社会の倫理と設計について語り合っていたときに匿名表現の自由を高く支持されていた研究者の方々を見ると,もはや匿名さんたちとの意見交流を断ち切っているように見えます。もちろん,「君が匿名で意見を発表する自由は認める。しかし,匿名での意見など概ねくだらないから私は相手にしない。時間の無駄だ」というスタンスも論理的にはあり得るので,選択肢として認め得ないわけではありません。弁護士会のネット匿名言論シンポジウムで匿名言論規制に慎重な態度をとっていた山田健太準教授もブログ持ちではなさそうです。

 しかし,弁護士会が今になってこんなシンポジウムを開かなければならなかったことに象徴されるとおり,実務法曹は,今そこにある「悪」を見て見ぬふりをすることができないのです。だって,今そこにある「悪」によりひどい目に遭わされている被害者の痛切な声を聞き,これに対する対処を求められるのですから。

 私のエントリーについて「周回遅れ」だ何だと揶揄する人もいるようですが,匿名さんによる野放図な中傷に対する実効的な対処方法が確立されない限り,何も先になど進んでいないのです。そして,私たち弁護士は,私たちが救われるべきだと主張している人々が実際に救われるまで10年,20年救われるべきだと言い続けることには慣れています。「悪」と戦うのは,元々根気のいる話ですから。

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現時点では,「お上」より匿名さんの暴走の方が現実的に危険なのです。

 novtanさんが次のように述べています。

ウェブってインフラにただ乗りしているだけの利用者(もちろん僕もだが)がいうことではない。しかも「事実上負わされること」はそこら中にあるでしょ。ちょっと架空の駅での犯罪予告するだけで通報されて捕まるわけじゃん。誹謗中傷が簡単に捕まらないのは誹謗でも中傷でもないか、相対的に軽い罪で手が回らんか、いずれにしても身元が特定できないからではないのは脅迫があっさりつかまることから言っても明らかでしょう。

 違います。2ちゃんねるのスタッフが,殺害予告を投稿した人のIPアドレスは自主的に開示するけど,誹謗中傷投稿した人のIPアドレスは開示しないからです。例えば,電通の社員が「スーパーフリーのメンバーであった」との事実に反する書き込みを2003年7月から2004年8月にかけて繰り返されついに辞職に追い込まれたケースなんかがあったわけですが,未だ犯人は捕まっていないわけです。神戸大学法科大学院において,特定の学生をターゲットに実名を挙げ、「ストーカー殺人をしたことがある」「自殺に追い込め」などの誹謗中傷を投稿していた人も未だに処罰されていないようです。ひき逃げ事件に関して,全く無実の人の名前と顔写真と携帯電話番号を晒してその人が犯人である旨の投稿を2ちゃんねるに行った犯人も捕まっていないと思います。スマイリーキクチの件では犯人の一部が逮捕されましたが,それまでの間,スマイリーキクチさんは10年間も言われなき中傷に晒されたわけです。

 また,このようにも述べています。

ウェブというメディアが情報統制をひくお上に対抗するためのメディアでそれに対する反抗の手段としての、人を傷つける武器としての、言葉を取り上げることを推進したいのであれば、この例えはそんなにおかしくないかもしれませんね。権力や既得権益側の言いたいことに近いようにも思える。本来制限されるべきは言葉なんじゃないかな。
でも言葉を制限することは実名でも誹謗中傷に近い発言が放置されている現状を見る限り、難しいと思うし、仮に制限できるとしたらその基準をどこに置くのか、結局お上の言うなりに表現を抑止される(というのも健全な社会としての一つの選択肢ではありますが)ことになるのではないか。となると、自由なメディアとしてのウェブは死ぬわけです(公には)。

 私を含め,相当の人数の人が,自分がどこの誰であるのかを明示しつつウェブ上で表現活動を行っていますが,「お上の言うなりに表現を抑止される」という状態にはなっていません。誹謗中傷でない表現を抑止しに行くというのは民主主義社会において「お上」が行うにはリスクが大きすぎますから。現実問題として,他人の表現を抑止しようとしにかかるのは,むしろ匿名さんの集団です。例えば,さくらちゃん事件のときには,娘の心臓手術に要する費用の一部について広く寄付を募るという表現活動について,執拗な誹謗中傷によってこれをやめさせようとしたのは「お上」ではなく,匿名さん集団です。病弱な少女に座して死を待つことすら強要しようとしたのは,「お上」ではなく,匿名さん集団です。

 また,次のようにも述べています。

前述したように、度を越えた時に相手を訴えるためのトレーサビリティは十分だし、手続きの面についてももっと容易になってよいと多くの人が言っているわけですな。

 ということで,「度を越えた時に相手を訴えるためのトレーサビリティ」は全くもって不十分です。現在,2ちゃんねるに関して言えば,誰を相手に発信者情報開示請求を行いうるのかすら明らかではありません。まあ,サーバ管理者であるN.T.Technology社を相手にするという方法はありますが,外国法人なので,仮処分申立書を送達するだけで領事送達でも約3カ月ほどかかりますから,仮処分命令によりIPアドレスの開示を受けてもアクセスプロバイダの側でその頃のアクセスログを消去してしまっている可能性が大です。

 また,登録されている氏名住所の真正性をはてなが確認しようとしたときに猛烈な反対が起こりましたし,私が共通ID性を提唱したときも感情的な反発を受けました。結局,自分はときに度を超えることを前提に匿名性を利用しているので,度を超えてしまったときに法的責任をとらされるような仕組みは全く賛同できない,というのが匿名さんの大勢でしょう。

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20/10/2009

発言の匿名性を守りたい人こそがすべきこと

 ネットでの匿名発言の価値を貶めているのは,発言の匿名性を濫用して私的制裁等に利用している人たちと,それを黙認し容認しているネットサービス提供者です。だから,ネットでの発言の匿名性を守ろうと思ったら,むしろ,ネットサービス提供者に対し,匿名性の濫用を規制しまたはその濫用により第三者に生じた損失を補償するシステムを採用するように突き上げを行うべきなのです。しかし,ほとんどの匿名性擁護論者は,ほぼ一様に,被害者にその被害を甘受することを求めるのみです。これこそが,「匿名・実名」論争が何度も繰り返される理由です。表現の匿名性が高く保障され続ける状況下で,匿名性を濫用して他人に私的制裁を加えた者が相応の責任を負う社会が実現する可能性が全く見えてこないのです。

 そういう意味では,発信者情報開示請求訴訟で敗訴してもこれに従わない西村博之さんに抗議すべきは,匿名発言の価値を認めてもらおうという人々の側なのです。あるいは,特定人についての中傷発言が多数投稿されているスレッドの続編となるスレッドの新規立ち上げを制約したり,中傷コメントの連続投稿を行う利用者についてそのアクセスプロバイダに通知して警告文の送付ないしネット接続理由の一時停止などの措置を講ずるように求める等の行動をとるように2ちゃんねるの運営スタッフに要求すべきは,匿名表現の自由を守りたい人々の側なのです。

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19/10/2009

コメントスパムの匿名性

 とりあえず、コメント投稿時に投稿者の実名が表示されるシステムが実装されたら、コメントスパムが激減しそうな気がします。

 もちろん、コメントスパムを投稿するのに実名を用いることができない事情を斟酌してやれという人がいても不思議ではないですが(量と頻度と下品さでコメント欄の占拠ならびに有料閲覧者の排除を狙うコメントスクラムと比べればアダルト系のコメントスパムの方が害は少ないですし……。)、コメント欄を汚される側にそのことを甘受しなければならない理由がないことに変りはないように思ったりなんかします。

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精度の低いレコメンド

 さきほどAmazon.co.jpからつぎのようなメールが届きました。

Amazon.co.jpで、以前に金子 勇の本をチェックされた方に、このご案内をお送りしています。『すぐできた!選んで簡単らくらくプリント年賀状 2010』、現在好評発売中です。

 ずいぶん前に金子さんの「Winnyの技術」をAmazonで購入したことはあるのですが、「Winnyの技術」を購入した人が『すぐできた!選んで簡単らくらくプリント年賀状 2010』を好むだろうと判断した理由がよく分かりません。確かに、両者ともアスキーから出ているわけですが、消費者は、出版社で書籍を選んでいるわけではありません。

 精度の低いレコメンド・メールって、本当に無意味なスパムなので、もう少し納得のいくアルゴリズムを築き上げて欲しいもののです。

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匿名さんは自分の発言についてどのような責任をとっているの?

 and_hyphenさんから,次のようなはてなブックマークコメントを頂きました。

学校裏サイトの例えは意味不明。無理やりすぎる結論/匿名=無責任じゃないはずだ

 できれば,匿名さんが自分の発言についてどのような責任をとっているのかを明示していただいたらよいのではないかと思います。

 少なくとも私は,2ちゃんねるにおける匿名さんによる発言に関して西村博之さんに損害賠償を命ずる判決が下されてそれが確定したとき,すなわち,その発言が不法行為に該当することが確定したときに,当該発言を2ちゃんねるに投稿した人が,被害者に対し,西村さんに課せられた賠償額を自ら支払うと申し出た例があることを知りません。結局,掲示板管理人を被告とすることでその発言が違法なものであるということが民事訴訟で確定しても,匿名さんは,実体法上定められた責任すらこれまでとってこなかったのです。

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18/10/2009

現代の「刀狩り」に,「辻斬り」愛好家が反発しても,不思議ではない。

 mujisoshinaさんから,次のようなはてなブックマークコメントをいただきました。

なぜあなたの論が批判されるのか、を全く理解していない。もしくは意図的に曲解している。だから実名化論がブラッシュアップされず、いつまで経っても同じ事を言って同じ批判を受け続ける。

 私の論が批判される理由は単純だと思います。私の主張は,匿名の陰に隠れて無責任に他人を攻撃する自由を制約することを志向するものだから,匿名の陰に隠れて無責任に他人を攻撃する権利が自分たちにはあると思っている人々からは必然的に批判されることになります。

 そりゃ,法的責任を事実上負わされることなく,自分のお気に召さない言動をとる人間に私的制裁を加える事実上の地位を偶然に手に入れてしまった人々が,これを手放したくないというのはわからなくはありません。しかし,それによって不当に傷つけられてしまっている人々が少なからずいる以上,一日も早く,法的責任を事実上負わされることなく私的制裁を加える事実上の地位は取り上げられるべきなのです。

 さらにいえば,私的制裁を含む違法行為のために匿名性を濫用する人が後を絶たない以上,実名強制論は今後も繰り返し唱えられると思います。それは,これだけ批判を浴びても,匿名を利用した違法行為を減少させるために何の対策も自主的に講じられることがないからです。結局,匿名擁護論はいつまで経っても,匿名さんによって攻撃される側に我慢と屈服を求め続けるというところから一歩も踏み出さないからです。

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月に代わってお仕置きをしているつもり?

 首藤議員のブログのコメント欄は,相変わらず「匿名でなければ言えない」コメントで一杯です。私は,その種の発言を実名で行う者がいたからって,首藤議員やそのスタッフがその発言者を急襲したり,職場に圧力をかけたりという政治的に危険な行いをするとは思わないです。では,なぜ彼らは,堂々と実名でエントリーを立ち上げている首藤議員に対して,匿名でせっせとコメントを投稿するのでしょうか。

 もちろん,首藤議員やそのスタッフは何もしなくとも,このようなコメントを執拗に投稿している人々は気持ちの悪い人たちであると普通の人は受け止めるでしょうから,そのような評価を受けることを現実社会の自分が回避するためには実名を名乗ることが躊躇されるということはあるように思われます。そこでは,「実名の使用を義務づけるべきでない」という主張は,この種の「その行動を行った人が本来甘受すべき社会的評価の低下を,現実社会の自分が甘受することなく,その種の行動をとる自由を我に与えよ」という主張とほぼ同義ということになりそうです。

 あるいは,彼らは主観的には「月に代わってお仕置き」をしているつもりで,だからこそ「お仕置きをする自分は,現実社会の自分とは切り離された自分であるべきだ」ということで固定ハンドルを使用しているつもりなのかもしれません。ただ,「俺様」基準で他人に「お仕置き」を加える存在って,法治国家では有害無益の存在しかないので,一日も早く悔い改めて足を洗ってもらいたいものです。

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匿名で誹謗中傷することに特段のリスクがない環境下では,間違ったことなんかしなくてもいわれのない誹謗中傷を執拗に受けることは容易に起こりうる。

 novtanさんが次のように述べています。

これも飛躍していて、そもそも「責任主体として名乗りを上げないといけない場面も多い」のであればその場合だけ名乗ればいいわけであってさ、常に実名でなければならないことの理由にはなってないわけじゃない。当然こういう場合で実名が必要なのはわかる。でも責任を取るってことは間違ったときに非難される覚悟の上でやるわけでしょ。もちろん、いわれのない非難を受けることだってあると思うけど、やっていることが間違ってなければちゃんと応援してもらえるんじゃないのかなあ。
で、そういう必然的に実名が必要以外の場合のことを語っているわけだけど。

 しかし,売名のために実名を開示している人に対する匿名さんによる誹謗中傷への対策にはならないが,必然的に実名が必要で実名を開示している人に対する匿名さんによる誹謗中傷への対策にはなるシステムってなかなかないのではないかなあと私なんかは思ってしまいます。そういう意味では,「必然的に実名が必要以外の場合のことを語っている」なんて言い訳自体が無意味です。結局,この人が言っていることというのは,「匿名さんからいわれのない誹謗中傷を受けたくなかったら,実名を用いなければできないことはやらないことだ。その結果断念せざるを得ないことがいかなるものであれ,自分が匿名で無責任に言いたいことを言いまくる自由に比べたら取るに足らない」ということなのでしょう。

 でも,novtanさんがこれからも匿名で無責任に言いたい放題に言いまくれるようにすることって,執拗な誹謗中傷に耐える強さをもっていない人が実名でなければ行えない活動を断念せざるを得ないようにしてまで守らなければいけないほどの価値があることなのか,疑問だったりします。

 さらにいうと,「でも責任を取るってことは間違ったときに非難される覚悟の上でやるわけでしょ。」といわれても,実際には,匿名さんによって事実無根のデマが流されて,それに基づいて執拗な中傷が行われるなんて日常茶飯事ですが,そんなことまで覚悟して活動を始める人なんてそんなにいないですよ。学校裏サイトなんかの場合,novtanさんがいうところの「売名行為」にあたるものって,学校に通う際に実名を名乗ったことくらいでしょう。実名を用いて学校に通う以上,裏サイトでデマをぶちまけられて執拗な中傷を受けることは覚悟しているはずだ。なんでそんな人間のリスクを減少させるために学校裏サイトで匿名で無責任に言いたい放題言いまくる自由が制限されるなんてまっぴらごめんみたいなことを言われたって,困ってしまいます。自分は「そのネット上での発言の発言主が自分であると知られたら大変なことになる」って社会に対し怯えまくっているのに,実名でなければなしえない活動を行っている人々に対してはそんな強さを一方的に要求できるのか,理解不能です。また,「もちろん、いわれのない非難を受けることだってあると思うけど、やっていることが間違ってなければちゃんと応援してもらえるんじゃないのかなあ。」って何の根拠もないですね。匿名さんがわあっと集まって品位を書くような言葉を交えて誹謗中傷し放題の状態にあるときに,その被害者を応援するのは勇気がいるし,仮に少しくらいの人が応援しても,膨大な量の誹謗中傷の声の中でそんなものかき消されてしまいます。

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16/10/2009

うじうじ君をいきいきさせるには大きすぎる代償

 

実名であることが義務として課されていて、匿名はそのルールを無視したずるい人たちだ、というならともかく、自分自身で実名を選択しておいて、実名にはリスクがあるから匿名はなくすべきだと主張するのはアホとしか言いようがない
だなどというもいるのですね。

 しかし,私なんかがネット上の誹謗中傷に関して相談を受けることが多いのは,特にネット上で際だつ活動をしていたわけではない人や企業について,匿名掲示板等で執拗にデマが流されるというケースです。匿名掲示板やそのミラーサイトに掲載されているに過ぎないデマコメントでも,Google等でその名前をキーワードとして検索をかけると結構上位に表示されてしまうので,なかなか無視しにくいのです。もちろん,学校や職場などでクラスメートや同僚と接するのに自分の実名を知らせるからいけないのだ,あるいは,商業登記簿上の商号を対外的にも使用するからいけないのだということならば,論理的には「自分自身で実名を選択しておいて」という言い方をすることができるのかもしれませんが,でも,匿名の卑怯者たちから執拗なデマを流されたくなかったら現実社会でも実名なんか名乗らないことだ,といわれても,匿名の陰に隠れて特定の人や企業等を貶めることを良きことと考えている一部の人たち以外には通用しない話ではないかという気がします。

 「実名を表示すること=売名」みたいな感覚もなんだか別世界って感じです。何かを成し遂げようと思ったら,自分が責任主体として名乗りを上げないといけない場面も多いのですけど,そういう人は匿名さんに中傷されて当然,中傷されたくなかったら社会に役立つ活動などしようと思うなみたいな話をされても,困ってしまいます。匿名の陰に隠れてうじうじと他人の悪口を言ったり特定のブログのコメント欄に執拗にそのブログ主や全く関係のない人の悪口を投稿し続けられるようネット社会であり続け欲しいというごく一部の人の要望をかなえる代償としては,ネット上で執拗な中傷を受けたくない人はその種の一部の人に実名を知られないようにひっそりと暮らす人生を過ごすことだ,努々社会の役に立とう等とは考えないことだ,なんて社会にしてしまうのは大きすぎるように思われてなりません。

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15/10/2009

夢想家でも完全主義者でもない

 日経BPのサイトに「「実名公開」がネットの誹謗中傷を 減らすという勘違い」という記事がアップロードされています。

 そもそも、「ネットで実名を」の背後には、「匿名だから無責任で『誹謗中傷』も発生する」という発想がある。だから「実名を公開すれば」なのだろう。つまり「実名=責任のある発言=『誹謗中傷』も減る」という構図である。
 しかし、この発想は思いこみに近い。「無責任」や「誹謗中傷」の根拠を、「匿名か実名か」の条件にのみ求めるのは、あまりにも一面的すぎるだろう。

 しかし、「誹謗中傷」の根拠を、「匿名か実名か」の条件にのみ求める見解というのはそれほどあるわけではありません。一般的には、特定の人や企業を誹謗中傷したいという動機がまずあって、ただ、「匿名で無責任に」発言する場所があることによって、実際に誹謗中傷をしてしまう心理的なハードルが低くなるだけのことです。ここでいう「動機」には、特定の人のネット上での発言に異論があるというものに限られず、同じ商圏にある同業他社を貶めたいとか、とにかく誰かを叩いてストレスを発散したいとか、特定の政党・政治家についてデマを流布してその政党又は政治家の得票数を押し下げたいとか、自分のことを袖にした女性に鉄槌を下したいとか、いろいろなことが含まれます。

 もちろん、その相手を誹謗中傷したいという思いが強すぎれば実名を強制したところで誹謗中傷は行われるわけです。ただ、その場合は、被害者は、その中傷者に対し慰謝料の支払いを求めることができますし、民事訴訟の判決文の中で、その摘示事実が真実であると信ずるに足りる証拠がないことを明らかにしてもらうことで、名誉の回復を果たすことができる場合があります。また、実名使用が強制される場所では事実上行えない類の誹謗中傷も少なからずあります(中傷者がある役割を演じてみせることによって初めて成り立つ中傷というのもあるのです。例えば、ある予備校の従業員が、近隣にある特定の予備校について、その元生徒を装って、その授業内容や事務方の対応について根も葉もないデマを流す、という行為は、匿名で発言できる環境があるからこそ有効です。また、特定の政治家についての「私は○○さんにレイプされました」という衝撃の告白も、ライバル政党の政治家の男性秘書が実名で投稿していたら、誠に興醒めです。)。

 また、実名使用が強制される場所で他人を誹謗中傷するというのは、法的な責任を負わされる危険があるというだけでなく、社会生活上の不利益を甘受する必要が生ずる(例えば、私が個人的に存じ上げている研究者というのは基本的に職場が変わるごとに職場のグレードがアップしているのですが、他人の誹謗中傷に踏み切る沸点が非常に低い特定の研究者は、職場が変わるごとにそのグレードがダウンしているように見えます。)ので、単なるストレス発散のためだけでは、なかなか踏み切れないところがあります。また、ライバル企業を貶めるための誹謗中傷も、実名使用が強制される環境では、却ってリスクが高まってしまいます。そういう意味では、「実名公開」がネットの誹謗中傷を減らすという予測は故なきことではありません。

 もちろん、実名使用を強制したら誹謗中傷がなくなるとは申しません。法学系の人間は、ある対策を講じたらある種の行為が完全になくなると考えるほどの夢想家ではありませんが、だからといってその対策が講ずるに値しないと考えるほど完全主義者でもありません。社会的に好ましくない事態の発生頻度をそれなりに減少させることができるのであれば、それはそれで意味があると考えるのが、法学系の基本的な発想だろうと思います。

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「発言には責任が伴う」って平然と言ってのける匿名さん

 首藤信彦議員のブログのコメント欄より

逃げちゃ駄目ーーーw (俺)
2009-10-13 10:31:48
あなたが『ある軍事評論家の死』という文章を投稿したことによって、多くの人々が、反論できない死人に対してマイナスコメントをするのは卑怯だ!と思った。
その結果、ブログが炎上した。
もちろん、言論の自由は保障されるべきだが、発言には責任が伴う。
国会議員ならなお更自分の発言には慎重にならなければならない。v ブログで謝罪する必要はないと思うが、この炎上を受けてコメント欄を閉鎖して逃げるような卑怯なことはするべきではないと思う。

 自分の発言に責任を負うことを放棄して匿名でコメントしている人が「発言には責任が伴う」と平然と述べているあたりが面白いですね。

 私は,コメント欄を閉鎖することより,匿名になることで自分が法的及び社会的責任を負わされることを回避した上で,慎重になることもなく,他人に私的制裁を加えようとしているイナゴさんの所業の方がよくよく「卑怯」であるように思われます。

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07/10/2009

マッチョなブログのコメント欄の情けなさ

 新自由主義系の,マッチョなブログのコメント欄の情けなさというのは,あれはいったい何なのでしょうか。

 雇用が流動化したとして,その種のコメント欄で,匿名でうじうじと団塊世代と正社員とマスコミ関係者を詛っているだけのなよなよ君が引き上げてもらえる可能性って乏しいように思うのですが,解雇規制が緩和されて団塊世代ががんがん解雇されたら,企業の側から自分たちに近づいてきてその才能を見出し,手を差し伸べてくれるという夢を抱いているのでしょうか。「ネットで実名が出せない理由」についての言い訳めいたはてブコメントを見ても,終身雇用を前提とした発想にどっぷり浸かっているように見えるのですが。

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BLOGOS

 「BLOGOS」というポータルサイトができたようです。この点に関して,カメラ的日乗3.0さんが次のように述べておられます。

今後発展することを期待したいが、池田信夫氏が中心になって立ち上げたサイトだとしたら、公平・公正な参加はあまり期待できない気がする。もし「la_causette」や「EU労働法政策雑記帳」が早々と登録されるようなら、この発言は撤回しますけど。

 一応,livedoor社の名誉のために申し添えると,livedoorからは,BLOGOSにブログ記事の転載をさせて欲しいとの申し出がきています。ただ,Webの理念からすると,転載ではなく,リンクこそが,本来の姿だと思い,今ひとつ乗り気になれないだけです。

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03/09/2009

はてなブックマークは議論には向かない

 はてなブックマークを使って議論を仕掛けてこようという人がいます。でも、はてなブックマークでは、せいぜい、「エントリー」→「エントリーへの批判」→「批判に対する反論」までが限度ではないかと思います。「エントリーへの批判」コメントを書き換えて「批判に対する反論」に対する「反論」を記載し、IDコールを行うという使い方は如何なものかと思わざるを得ません。「批判に対する反論」コメントが何に対する反論か、後からそのはてなブックマークを見た人が分からなくなるではないですか。

 そんなにそのエントリーについていろいろなことがいいたいのであれば、自分のブログで批判エントリーを立ち上げるなり、Twitterでつぶやくなりすればいいのにと思ったりなんかします。

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14/07/2009

独りの博士様による「スパム」扱いの効力

 池田信夫さんが,そのブログのコメント欄で次のように述べています。

当ブログでは、悪質なIDは「拒否リスト」に入れてコメントできないようにします。それを怨んで私にEメールを出してくるバカは、Gmailで「スパム」に分類するので、Gmailが出せなくなりますよ。

 はたして,Googleは,Gmailに関して,特定のユーザーのみが特定のメールアドレスについて集中的に「迷惑メールを報告する」コマンドを実行した場合,そのメールアドレスが用いられたメールを汎用的にスパムメールと判断し,爾後,そのメールアドレスを用いたメールはどこに出したものでもスパムフィルターでカットされるようになるのでしょうか。

 スパムというのは一般に不特定多数人に同内容のメールを送信するものであり,一人のGmail利用者にのみ送られるスパムというのは通常考えがたいこと,一人のGmaiユーザーからの申告のみで特定のアドレスからのメールを全てスパムと判断することとしてしまうと,特定のGmailユーザーが復讐目的で特定のアドレスからのメールをスパム扱いにし,他のGmailユーザーに届かないようにすることが可能となってしまうこと,等を考えると,さすがにそのような単純なアルゴリズムをGoogleは採用していないように思ったりします。

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13/07/2009

はてブイナゴさんの残念な人生

 特定のブログ主を中傷したい人々にとって、中傷するネタの真否などはどうでもよいことのようで、どこかに中傷ネタがあるとその真否を確認したり等はしない傾向があるようです。

 「松川事件の時と何が変わったのか」というエントリーに対し、wataru-ishizukaというはてなIDを用いて、

刑事訴訟法改正を知らない無知(類型的証拠開示,争点関連証拠開示:法365条の15~20)

というはてブコメントを付けてきた方がいます。その後、このコメントの尻馬に乗るはてブイナゴさんはいても、その間違いを正そうという方はおられなかったようです。

 少なくとも総務省が提供している法令データベースを見る限り、刑事訴訟法365条の15という規定はありません。六法等を見ていないのではないかという気もしてきます(っていいますか、360台って、上訴に関する規定です。)。。

 類型的証拠開示に関しては、刑事訴訟法第316条の15という規定はあります。

 これは、

第三百十六条の十五  検察官は、前条の規定による開示をした証拠以外の証拠であつて、次の各号に掲げる証拠の類型のいずれかに該当し、かつ、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であると認められるものについて、被告人又は弁護人から開示の請求があつた場合において、その重要性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに、同条第一号に定める方法による開示をしなければならない。この場合において、検察官は、必要と認めるときは、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。
一  証拠物
二  第三百二十一条第二項に規定する裁判所又は裁判官の検証の結果を記載した書面
三  第三百二十一条第三項に規定する書面又はこれに準ずる書面
四  第三百二十一条第四項に規定する書面又はこれに準ずる書面
五  次に掲げる者の供述録取書等
イ 検察官が証人として尋問を請求した者
ロ 検察官が取調べを請求した供述録取書等の供述者であつて、当該供述録取書等が第三百二十六条の同意がされない場合には、検察官が証人として尋問を請求することを予定しているもの
六  前号に掲げるもののほか、被告人以外の者の供述録取書等であつて、検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの
七  被告人の供述録取書等
八  取調べ状況の記録に関する準則に基づき、検察官、検察事務官又は司法警察職員が職務上作成することを義務付けられている書面であつて、身体の拘束を受けている者の取調べに関し、その年月日、時間、場所その他の取調べの状況を記録したもの(被告人に係るものに限る。)
○2  被告人又は弁護人は、前項の開示の請求をするときは、次に掲げる事項を明らかにしなければならない。
一  前項各号に掲げる証拠の類型及び開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項
二  事案の内容、特定の検察官請求証拠に対応する証明予定事実、開示の請求に係る証拠と当該検察官請求証拠との関係その他の事情に照らし、当該開示の請求に係る証拠が当該検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であることその他の被告人の防御の準備のために当該開示が必要である理由

というものであって、「検察側が手持ち証拠の全てを弁護人に開示」しなければ被告人が無罪となるというものでもなければ、「弁護側が具体的に検察側手持ち証拠の証拠開示命令の申立てを行っ」た場合に必ずこれを認容させるものでもありません(なんたって、「その重要性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるとき」に開示すれば足りるのですから。)。ちゃんと条文にあたっていれば上記のようなコメントは付けなかったのではないかと思うのですが、とにかくネガコメさえ付けられればいいという方にはそのようなことは望むべくもありません。

 ただ、もう少し明るいことにエネルギーを使った方が良いのではないかと、人ごとながら思ってしまいます。

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07/07/2009

個人情報を一元管理するサービス

 小寺信良さんが「暴走するネット規制 、あるいは「ネットで婚活」終了のお知らせ 」というエントリーを書いています。

 ただ、この種の問題の根幹は、信頼の置ける個人情報証明方法がわが国のネット環境において存在していないが故に、きちんとゾーニングすれば問題の少ないサービスをオンラインで提供することの可否が問題となるときに、その提供を諦めるか、その提供による弊害に目を瞑るかの二者択一を求められることになってしまうという点にあります。

 そういう意味では、インターネット利用者の個人情報を一元管理しつつ、必要に応じて必要な個人情報を提供・認証するサービスを作り上げることが、インターネット上で提供しうるサービスを多様化するという意味においても必要となるのではないかと思います。年齢・性別等の個人情報について、個々のサービス提供者が、利用希望者の申出の信憑性を検証するなど、所詮困難なのですから。

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30/06/2009

小宇宙で共有されている敵意に基づく妄想に支えられる「議論における誘導尋問」論

 「議論における誘導尋問」という概念を提唱されている矢部善朗創価大学法科大学院教授の一連のエントリーを見ていると、

 野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

を「議論における誘導尋問」であると矢部教授が断定する根拠というのは、根拠の希薄な憶測に基づくものでしかないところが面白いところです。

 もちろん、矢部教授のブログにおいては、ブログ主と常連コメンテーターの間で私に対する敵意が共有されていますから、その根拠の希薄な憶測を所与の前提として話を進めることができるわけですが、そういう敵意を共有していない人から見ると、何を言っているのだろうという話になります。実際、そのような見方に賛同できない人に対しては、野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?という質問形式から必然的にそのような展開が予想されることを論理的に説明するのではなく、私に対する人格攻撃を行うことによって情緒的な説明を行おうということになっているようです。

 そもそも、一問一答式のやりとりが続くことが予定される口頭試問等とは異なり、ウェブ上の議論では、矢部教授が想像力逞しく展開してみせるような「議論における誘導尋問」が成立する余地というのは乏しいのです。例えば、

 野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?

に対しては、

 その改正案には無条件では賛成できかねます。なぜならば、○○。

というふうに、回答者は、思い通りの情報を回答の中に付加することができるからです(質問者には、これを制御する物理的手段がありません。)。

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20/06/2009

「ご苦労様,お気の毒に」

 はてなブックマークは一つのエントリーに対して一つのIDから複数のコメントをつけることはできない仕組みになっています。

 しかし,はてなは,事実上,一人の人が複数のIDを取得することが可能です。したがって,一人の人が複数IDを駆使して,一つのエントリーに繰り返しネガティブブクマコメントをつけることが可能です。

 はてなブックマークの場合,特定のIDごとに,いつからブックマークをつけてきたのか,何と何にブックマークをつけ,それぞれどのようなブクマコメントをつけてきたのかを見ることが容易に可能です。

 それを見ると,「ご苦労様,お気の毒に」という方がおられるような気がしてなりません。

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15/06/2009

「藁人形叩きだ」といって言い逃れする余地を奪おうだなんて姑息だ!ってこと?

 被疑者取調べの全面録音録画の義務化についてご自身のお考えを明確にしてしまうと、批判されたときに、「藁人形叩きだ、誤読だ、曲解だ!」と騒ぎ立てて言い逃れることができなくなってしまうということは、あるかも知れません。

 このような、「藁人形叩きだ、誤読だ、曲解だ!」と騒ぎ立てられないようにするために、お考えを明確にしていただくためにする質問というのは、一般に「誘導尋問」とはいわないように思いますし、通常は「姑息」等々とネガティブな評価を受けるものではないように思います。

 参照「 la_causette: 端的に,質問してみる。」へのブックマークコメントより

motoken01 質問者の意図がミエミエの姑息な誘導尋問ですね。 2009/06/15

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10/06/2009

「iPhone 3G S」の発表

 「iPhone 3G S」が発表されました。早い段階でiPhone 3Gを手に入れた方の中には,アーリーアダプターといいますか,新しもの好きな方が多いので,できるだけ早く「iPhone 3G S」を手に入れたいと思う方も多いでしょう。音楽好きにとっては,32GBという記憶容量は魅力的です。

 そこで,問題です。「iPhone 3G S」を買った場合,今まで使っていたiPhone 3Gはどうすべきでしょうか。iPhoneは基本的に携帯電話なので,持っているだけで基本料金がかかりますし,他人に譲渡するわけにもいきません。

 Apple=Softbank連合で新機種の側にSIMカードを移し替えてくれる「下取り制度」を作ってくれればいいのですが,とはいえ,SIMカードを抜き取った後のiPhoneの抜け殻をAppleとしてどうするのかという問題も生じてきそうです。どうせなら,SIMカードを移し替えた上で,旧機種側を家族等にプレゼントできるようにしてくれると無駄がないのになあとか思ったりはしました。

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08/06/2009

一歩だけなら前進しない方がましな場合もある。

 匿名(その実名が知られていないハンドル名を含む。)による投稿に対する態度としては、

  • 匿名によるコメント投稿はNG
  • 匿名による投稿もOK
  • 匿名による投稿は原則OKだが、特定の第三者の権利と特に緊張関係に立つ投稿についてはNG
  • 匿名による投稿は原則NGだが、内部告発等特に発言者の匿名性が高く求められる場合にはOK

等色々あると思うのですが、

第三者を侮辱したりその名誉を毀損したりする発言は匿名でもOKだが、ブログ主や国家権力を批判したりする投稿は例外的にNG
というのは、考え得る限り最悪のものと言ってしまってもよいくらいなのではないかと思います。

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03/06/2009

ギークな会社のスーツのお仕事

 はてなの取締役である梅田望夫さんが次のように述べています。

 英語圏ネット空間は地に着いてそういうところがありますからね。英語圏の空間というのは、学術論文が全部あるというところも含めて、知に関する最高峰の人たちが知をオープン化しているという現実もあるし。途上国援助みたいな文脈で教育コンテンツの充実みたいなのも圧倒的だし。頑張ってプロになって生計を立てるための、学習の高速道路みたいなのもあれば、登竜門を用意する会社もあったり。そういうことが次々起きているわけです。
 SNSの使われ方も全然違うし。もっと人生にとって必要なインフラみたいなものになってるわけ。

 でも,日本語圏では知に関する最高峰の人たちが知をオープン化しない,その原因を探求し,彼らが知をオープン化しやすい枠組みを作るにはどうしたらよいのかを考えるのが,コンサルタントとしての梅田さんの役割なのではないかと思うのです。あるいは,その人脈を生かして,知に関する最高峰の人たちに働きかけて,ネット空間でその知をオープン化するように仕向けるのが,取締役としての梅田さんの役割なのではないかと思うのです。でも,梅田さんは,「Web進化論」で得た知名度を,日本語圏でも知に関する最高峰の人たちが知をオープン化するように仕向けるという「公の利益」ないし「はてな(株)の利益」にではなく,「プロ将棋棋士との交友」という「私益」に使ってしまった感があります。

 「Web進化論」で得た名声を利用して様々な「天才」と交流する機会を得ておきながら,彼らがその知をネット上でオープンしない理由を聞き出して「はてな」にフィードバックするという作業を行ってこなかった,その結果が,この様です。大衆路線の「ameblo」が人気者をネット空間に進出させることに成功したのに,そして,「知に関する最高峰の人たち」を引きつけるには一時期非常に優位な立場にいたというのに,この様です。

 経営の安定のため「はてなダイアリー」はこれまで通りの方針で行くのだということなら,「知に関する最高峰の人たち」向けの「はてなVIPダイアリー」でもつければ良かったのではないかと思ったりします。それこそ,羽生名人でもそこに自分の知をオープンしたくなるようなやつを,です。そういう人間的な要素に関する提案を行うのが,ギークな会社におけるスーツ組の大きな役目の一つではないかと思ったりするのです。

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19/05/2009

他人にデータを渡すとき

 他人(官公署を含む。)にデータを渡す必要があり、かつ、先方の都合で電子メールでってわけにいかない場合、現時点では、媒体として何を用いるのがベストなのでしょうか。

 もはやフロッピーってことはないと思いますが(容量は少ないし、Mac系だともはやドライブが標準装備ではない(というか外付けにするしかない。)ですので。)、CD-Rに焼き付けるか、USBメモリに入れるか、SDカードに記録するか、いつも悩ましいところです。

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18/05/2009

気持ちの悪さを醸し出すもの

 小宇宙系ブログが気持ちの悪いものになっていくことについての、いわゆる「与党側常連コメンテーター」の貢献というのは大きいようです。

 ネガティブコメンテーターに付きまとわれる以上に、気持ちの悪いポジティブ常連コメンテーターに取り込まれる方が。ブログ主の信用に対するダメージは大きいような気がします。前者の場合、ブログ主はむしろ被害者と認識されるのに対し、後者の場合、ブログ主は、それら気持ちの悪い人たちと親和性の高い存在と認識されがちだからです。

 実際、そうである場合も少なくないとは思うのですが。

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06/05/2009

「私は,B'という主張はしていない」と言われても

 池田信夫さんが,そのブログのコメント欄で次のように述べているようです。

また某弁護士がわけのわからないことを言っているようです。私が上のコメント欄で「長期雇用を否定する必要はないし、解雇規制をなくしても長期雇用は存在します」と書いているのに、
<長期雇用を禁止し,企業経営者には常により安い賃金での労務の提供を申し出る者に雇用を切り替える義務を負わせる必要が生じてきそうです>
と例によって誰も書いてない話をでっち上げ、「中国」だとか「発展途上国」だとか意味不明の話を書き連ねているようです。

 経済学者になりたいのに三田ではなく藤沢に行ってしまう人には判らないのかもしれませんが,「Aという目的を実現するためにBという政策を実行すべきだ」という見解に対し,「Bという政策ではAという目的は実現できない。その論理でAという目的を実現するためにはB'という政策を実行することが必要となろう。しかし,B'という政策には,Cという弊害がある。」という批判って十分あり得る話だと思うのですが,これに対して,「私は,B'という主張はしていない」と言われても,的外れな批判だなあと言わざるを得ません。

 なお,池田さんにつきましては,自分の考えと相容れない考えを持つ人物についての呼称,特定方法に関して,社会人として恥じる必要のない程度のものにした方がよいのではないかと思ったりします。「新自由主義者」というラベルはそれ自体悪意を込めた意味を持たないものであるのに対して,「地底人」だの「天下り学者」だの「低学歴」だの「嘘つき」だのというのはそれ自体悪意がこもっているので,前者の使用を問題視する人が後者の使用を平然と行うというのはいかがなものかなあと思ったりします。

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01/05/2009

多くの「小宇宙」は形式的にはオープン

 矢部教授が次のように述べています。

 さらに付言しますと、発言の機会が保証されているブログにおいては、あるコメントに対して複数の批判が加えられた場合に、そのコメント投稿者が沈黙せざるを得ないのは、そのコメントが反論するに足る論理性を持たないか常識的に多数の支持を得られないのかのどちらかである場合が多いと思われます。

 今時このような認識の方がいるとは驚きです。同調圧力の強い場において,その場の「空気」にあわない発言をすると,複数の批判が,短期間に,集中的に,嘲笑,侮辱,皮肉,当て擦りなどの個人攻撃を伴いながらなされることになり,その「空気」になじまない人はその場を去ることになります。その結果,その場所は,常識的に多数の支持を得られない見解がなぜか支配的な見解となっている,一般社会からは孤立するカルト的な場所となっていきます。サイバーカスケーディングって,昔から,電子掲示板等の,形式的には「発言の機会が保証されている」場所でも発生してきたし,無数に存在するエンクレーブ(ただ,「エンクレーブ」っていうより,「小宇宙」って呼んだ方が,ピンときませんか?)の多くは形式的にはオープンだったりします。

 従って,ブログのコメント欄で真に「論理」のみのよる議論が行われるようにしようと思ったら,世間には受け入れられない考えで先鋭化することを避けようと思ったら,形式的に発言の機会を保障するだけでは足りず,ブログ主や常連コメンテーターがコメント投稿者に過度の同調圧力をかけることがないように注意を払い,その場所での支配的な見解に反する見解を投稿しやすいような雰囲気を実質的にも作り上げていく必要があります。

 もっとも,コメント欄の賑わいを重視する場合,むしろ積極的に小宇宙化を進める方が賢明です。その場の「空気」にさえあわせていれば,論理性は求められないので,とても敷居が低いですし,ブログ主に寄りかかることで,「小宇宙」の外にある様々な人や集団を,上から目線でくさしてみる快感を味わうことができますので,自分のブログのコメント欄を小宇宙化させておけば,とにかく何かを必死に馬鹿にしてみたいが一人ではそれもできない,そういった類の人を引き寄せることができます。

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30/04/2009

「小宇宙化」するブログ

 矢部教授が,そのブログのコメント欄で次のように述べています

 感想くらいは聞いてみたいので質問しますが、ブログ主の方針に反するコメント(事実上ほとんどのコメント)を掲載しないブログとあなたのようなコメントも事前承認なしで掲載しているブログと、どっちが「小宇宙」だと思いますか、加藤さん?

 一般に,コメント欄を全く解放していないブログより,自分への賛同意見のみを掲載するブログの方が「小宇宙化」するし,それよりは多少ましであるにせよ,異論が投稿されたときに常連コメンテーターが一斉に異論を排除しにかかるブログはやはり「小宇宙化」します。世間の常識から乖離した思想ないし見解って,賛同者が集まって見えるようになったときに,より強固に固まっていく傾向があります。そして,ある一線を越えると,「自分たちは,世間一般で行われているのよりも高度な議論を行っているのであり,世間一般は自分たちよりも何周も遅れているのだ」などという妙な選民思想を抱くようになります。こうなってくると,だんだん「カルト」的な性質を帯びてくることになります。

 他人のブログのコメント欄に「常駐」して,特定の仮想敵を作ってその仮想敵を攻撃し,その関係でブログ主等を持ち上げることで,そのブログの「小宇宙化」を推し進めようという人も稀に現れたりするので,コメント欄付きのブログを開設する人は注意が必要です。

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13/04/2009

「高校生の……」

 某所で「高校生の」云々というタグ付けがなされる場合、せいぜい高校生レベルの知識・思考力の人にしか通用しない論理が展開されているような気がしてなりません。

 「究極の選択」っていうのはお遊びとしては面白いのかも知れないですが、択一を迫る「二者」の選定が恣意的にすぎると、単なる詭弁の様相を帯びてくることを、まっとうな大人は知っていて、その種の論理を振りかざして「大切なもの」を諦めさせようとする輩に誤魔化されない程度の知能は持ち合わせているものではないかなあ、って思ったりします。

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07/04/2009

Yahoo!動画とGyaOの統合

 読売オンラインの記事によると、

ヤフーとUSENは4月7日、ヤフーがUSENの100%子会社であるGyaOの株式の51%を譲り受けるとともに、2009年秋からYahoo!動画とGyaOの両サービスを統合させることに合意した。

とのことです。

 それで、GyaOのコンテンツがiPhoneで見れるようになるなら、歓迎です。iPhoneで見ることができるYahoo!動画って、現状、お笑いとグラビアとperfumeくらいしかないので、どうにかして欲しいところでしたし。

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02/04/2009

むしろ、読者に斟酌される属性をコントロールしたいのでしょう。

 属性が加味されることに賛同できない人は、論者に関する属性に言及されている部分を無視すればよいのではないかという気もするのですが、どうもそれは彼ら自身望んでいないのではないかという気もします。そうではなくて、どのような属性を読者が斟酌するかは俺にコントロールさせろといいたいだけなのではないかという気がするのです。

 矢部善朗氏についていえば、わざわざ「モトケン」というハンドルネームを名乗ってまで、「検察OB」であるという属性を強調しているのであって、論者の属性を捨象して純粋な「論理」のみで勝負しようとはしていないわけです。あのブログの常連コメンテーターの多くもまた、その氏名等は明らかにしないもの、医師だの弁護士だの公務員だの法務業だのというご自分に都合のよい属性は、立派に強調しているわけです。

 「検察OB」という、「刑事法や刑事手続に熟知している」との推定、「そのような者が刑事法や刑事手続に関して述べていることだから概ね信頼できるのであろう」という推定が読者に働くであろう属性がをその論者自身により読者に提示されている場合に、その推定を障害する属性(彼が過去に担当した事件は捜査過程に重大な問題があったと多くの法律家によって考えられていること、彼の所属する組織は当該被疑者ないしその関係者の評価が批評対象の刑事手続により下落することにつき利益を有していること等)を指摘することは、むしろ議論の健全性に資するのではないかとも考えられるのですが、「属人論法は怪しからん」といっている人々は、それを「怪しからん」といっているようです。

 まあ、ネット上では些末的なところで「勝ち負け」を判断したがる人がいるのですが、ある犯罪類型を「形式犯」ではなく「実質犯」と解することによって処罰範囲を拡張することができると考えている法律専門家が彼以外にどの程度いるのかを見てみれば明らかではないかという気がします。実質犯における「故意」にしても、当該刑罰法規により保護しようとしている法益が侵害され又はその危険は発生することの故意があればそれだけでよいというのではなく、その認識・認容している事実関係自体で当該犯罪の客観的要素を全て構成できることを要すると考えるのが法律専門家の間では一般的でしょう。

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18/03/2009

マーフィーの法則

 今日の午後は,2台のMacがほぼ同時に正常に動作しなくなるという形で,マーフィーの法則を体現してしまったので,仕事が本当にはかどりませんでした。

 デスクトップ代わりに使っているMacBookについていえば,何をやってもマシンの動作が異常に遅くなってしまうのです。いろいろ検討した結果,「dotmacsyncclient」の暴走のようなので,mobile.meとMacBookとの同期を一時的に停止させることにより,現在一時しのぎをしています。

 MacBookAirについては,モニターが突然異常表示をするようになってしまいました。モニターを手で裏側から押さえるようにすると一時的に正常な表示に戻るのですが,手を離すとすぐに一面の縦縞表示に切り替わってしまうので,明日,Apple銀座に行って修理が可能かどうか聞いてくることにしました。

 とここまで書いたところで,もう一度Airを起動させたら,今度はまともに表示されています。でも,また同じ現象が再現されるかの可能性があるので,いずれにせよ,Apple銀座に行ってこようと思います。

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13/03/2009

iPhoneのWireless LANが効かない

 私のiPhoneのWireless LAN機能が効かなくなって1ヶ月くらいが立ちます。ロサンゼルス出張の折りに宿泊したホテルが無料でWireless LANを提供してくれているところだったので,試せなかったのが残念でした(路上でMacBook Airで公衆無線LANを拾おうと思ったらほとんど引っかからなかったので,いずれにせよ路上では使えなかった気もするのですが。)。確定申告の書類を提出し終えたら,修理してもらいに行かなければならないなあと少し覚悟しています。

 とはいえ,iPhoneのGPS機能付き地図はロサンゼルスでも使えたので,思わず自分がどこにいるのか分からなくなったときに自分の位置確認をすることができましたし,事務所へ適宜電話することもできたので,海外出張にはとても便利な機械だなあということを実感しました。

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11/03/2009

Wanna-be-slave系の人々

 はてなブックマークで私のエントリーに対して延々とネガティブコメントやネガティブタグを付け続けている一群の人たちがいます(一群,といってもそんなに数はいませんが。)。

 権力(国家権力に限らず,大企業等の社会的権力を含みます。)に逆らわず,これにおもね,屈し,その理不尽に耐えることこそ下々のあるべき姿だと考えている人々と,私のような生粋系の弁護士がそりが合わないのはある意味仕方がない話かも知れません。

 それにしても,インターネットの裾野が広がるに付けて,Wanna-be-slave系のネットワーカーが増えてくるというのは面白い現象です(Dreaming-himself-as-eliteなだけかも知れませんが。)。

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03/02/2009

信念をもって、あっと驚くようなことをやってください、夏野さん。

 ドワンゴの夏野剛取締役が次のようなことを述べています。

 政治のリーダーの方、社長の方、役員の方、官僚の方、ともかく人の上に立つ方。信念をもって、あっと驚くようなことをやってください。国民が驚くような思い切った政策。社員がのけぞるような実質的な体制の変更。成功するかどうかはわからないけれど、いままでには考えられなかったような変化を引き起こす行動。

 そんなことはできない。そんなことは思いつかない。そんなことは効果がない。そんなこと自分の趣味じゃない。そんなことやったことない。とりあえず部下に検討させる。
 そういう答えが思い浮かんだリーダーの方、お願いです。この危機を乗り切るために、日本の将来のために、ひいては人類の進化のために、身を引いてください。

 夏野さん、どうか、御社の子会社の取締役が開設した匿名電子掲示板における誹謗中傷やプライバシー侵害がなくなるような、成功するかどうかはわからないけれど、いままでには考えられなかったような変化を引き起こす行動をやって下さい。匿名なら何を書いても責任をとらなくても済むから何を書いてもいいや、とか、財産の所在さえ把握されなければ実質的に責任をとらなくて済むから敗訴判決が確定しても放置しておけばいいやとか、そういうシニシズムからあなたのビジネスパートナーを救うために、信念をもって、あっと驚くようなことをやってください。

 そんなことはできない。そんなことは思いつかない。そんなことは効果がない。そんなこと自分の趣味じゃない。そんなことやったことない。という答えが思い浮かぶことはなかったですよね。

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01/01/2009

不在通知の電子メール化

 ヤマト運輸以外の宅配事業者がなぜ、不在通知を事前に登録された電子メールアドレスへの送信によって(も)行うサービスを行わないのか、私には理解しがたかったりします。どの宅配事業者を選択するかのイニシアチブは発送者側が握っているとはいえ、配達達成率を高めるということは、中長期的に見ると顧客たる発送者側に対する顧客満足度を高めるように思ったりするのですが。

 平日の昼間に誰か大人が概ね在宅している家族モデルというのはすでに崩壊しつつありますし、仕事の関係で数日あるいはそれ以上帰宅できないことのある人も少なくないのですから、安全性を考えて職場や実家等事前に登録された場所に限定されるとしても、自宅不在時に配達されようとした荷物を、自宅に帰宅しなくともウェブ上の操作で特定の場所に再配達させられるようなシステムを提供してくれると、再配達期間を徒過する割合がかなり減るのではないかと思うのです。

 いや、私自身、そういうサービスが欲しいのです。

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広告モデルが崩壊したと嘆く前にすべきこと

 さて、年が明け、2009年になりました。

 今年は、IT業界にとって、どのような年になるでしょうか。

 一つの鍵は、インターネット上のサービスに関して、真っ当な広告モデルを確立できるかという点にあるように思います。昨年後半くらいから、広告モデルの終焉みたいなことが言われ始めていました。とはいえ、ネット上のサービスに関して言えば、終焉を叫ぶに値するほど広告モデルって模索されていないように思っています。

 事業者が自身で制作したコンテンツを掲載するサイトであれば、コンテンツの質を高め、広告の質を絞れば、従来のマスメディアと同様に、ある種のブランド価値ないしステータスを広告主に付与することが出来るかもしれません。そのような価値を付与できないのであれば、広告主の商品ないしサービスの需要を直接的に高めることが本来求められているはずです。書籍等についてのアフィリエイトはある程度これに成功しているわけですが、ネット通販では通常購入しない商品・サービス等についての広告を取り付けようと思ったら、アフィリエイトでは不十分であるように思われます。また、顧客の範囲が地理的に限定される事業者向けには、閲覧者の生活圏にあわせて広告を切り替える仕組みの導入が求められることでしょう。

 本来であれば、不況期には広告費を削減したいというインセンティブが企業に働くので、ネット事業者としては、テレビ等割高な広告媒体から広告料収入を奪い取るチャンスなのですが、アドセンス任せでは従来メディアの広告と同種の効果すら期待できず、既存の広告媒体から顧客を奪いきれないように思われます。

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30/12/2008

CGM系事業者と電話による苦情受付の必要性

 読売新聞が次のような内容を含む記事を掲載しました。

消費者に電話番号を明かさず、苦情や問い合わせの窓口をメールに限定するIT系企業に対し、消費者から対応を疑問視する声が上がっている。
 インターネットが生活に浸透するに従い、IT知識の少ない中高年もネットを利用するようになっており、消費者問題の専門家からは「『IT弱者』への視点が欠けていないか」との声が上がっている。

 しかし、この問題を「IT知識の少ない中高年」の問題に限定するのは、正しくありません。苦情や問い合わせの窓口をメールに限定した場合の最大の問題は、俊敏な対応が要求されるものについても緩慢な対応しかなしえない点にあります。これは特に、その利用者が投稿した情報を即時的に配信するCGM系のサービスを提供する場合に典型的に現れます。

 例えば、ある女性が、「どうか私を犯して下さい」というメッセージとともに自分の氏名と住所と顔写真とがCGM系サイトに掲載されたというケースを想定してみましょう。何はともあれ、このメッセージを当該サイトから消してもらいたいと考えるのは無理もないことです。このときに、このCGM系サイトの提供者たる事業者に電話をかけて早急な対処を求め、その場で、「承りました。早速○○等の措置を講じます」との回答を得るのと、このCGM系サイトの提供者たる事業者の苦情受付用のアドレスに宛てて早急な対処を求めるメールを送り、「お客様のメールを受信しました。1週間以内にご回答いたしますので、しばらくお待ち下さい」という自動送信メールを受け取ったきり、どのような対処をしてもらえるのかわからないまま最大1週間を過ごすのとでは、不安度が全く異なることは想像に難くありません。

 もちろん、苦情や問い合わせの窓口をメールに一本化しても、送られてきたメールを即時的にチェックできるような体制を設けておけば、クイックレスポンスは不可能ではないかもしれません。電話と同様の安心感を与えるためには、クレームを行った側も、事業者からの回答メールを即時的にチェックする体制をとっていることが必要となります。それはそれで、いつ来るかわからない事業者からの回答メールを絶えずチェックするというのは、並行して社会生活を営んでいなければいけない一般市民にとってはそれほど容易ではありません。

 また、苦情や問い合わせの窓口をメールに一本化した場合には、苦情等を送る側は、伝えるべき内容を全て含むメールを最初から作成して送らなければならないという問題があります。電話による苦情受付であれば、苦情を受ける側で、不足している情報を相手に質問する等して、即時的に必要な情報を補充することができるにもかかわらず、です。もちろん、事業者からの回答メールの中で、不足している情報について相手に質問をすることは可能ですが、その場合、事業者からの質問メール、申立者からの回答メールという2本のメールが必要となり、それぞれのメールが送られてから相手方に実際に認識されるまでの時間的なギャップを考えると、申立者からの回答メールを事業者が認識した段階では、すでに手遅れとなる事態が生ずる可能性が十分にあります。

 CGM系サービスは、利用者が第三者を傷つけるために用いる危険が常にあるわけですから、これに即時的に対応する体制を整えることは痛切に求められるところであり、その提供するサービスがある程度以上のアクセス数を集めるようになったら、そこに投稿された内容が第三者を危険にさらす度合いが増大するわけですから、即時的な対処を行い得る体制を整える時期に来ているのだと思います。

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13/12/2008

国籍法8条を無視している!?

「連携している事自体を隠す与野党超党派の外資族議員。見えないグループをリスト化、可視化した政治警察ブログ」を自称する「外資族マスゴミ最大のタブー、国籍法第八条」というブログに,次のような記載があります。

最近マスコミが報道し始めたが、相変わらず完全に抜け落ちている情報が一つある。 それは「国籍法第八条でフィリピン人女性の子供は3才で簡易帰化できたのに、それをしないで告訴を仕掛けてきた」
ということ。これについては報道規制が依然としてかかっているようだ。
そこを突っ込まれると、最高裁の違憲判決自体が否定される。
 

 国籍法改正問題での改正反対派の言動を見ていると,「Strawberry Fields Forever」のBメロの1番の歌詞(「Living is ……」で始まる部分)をどうしても思い起こしてしまいます。

 それはさておき,上記記述にはいくつかの間違いがあります。

 まず,国籍法第八条でフィリピン人女性の子供は3才で簡易帰化できたとの点についていえば,国籍法第8条は,次の各号の一に該当する外国人については、法務大臣は、その者が第五条第一項第一号、第二号及び第四号の条件を備えないときでも、帰化を許可することができる。と規定されていますから,同条1号ないし4号のいずれかの要件を具備する者が帰化申請を行ったとしても,これを許可して日本国籍を付与するか否かは法務大臣の裁量に委ねられています。従って,上記子供は,簡易帰化の方法により確実に日本国籍を取得できたわけではありません。

 次に,それをしないで告訴を仕掛けてきたとの点についていえば,行政訴訟を提起することは普通「告訴」とはいいません。

 次に,これについては報道規制が依然としてかかっているようだとの点についていえば,報道規制がかかっているからではなく,そのような陰謀論は常人には思い浮かばないからだと思われます。

 次に,そこを突っ込まれると、最高裁の違憲判決自体が否定されるとの点ですが,国籍法第8条の簡易帰化は結局のところ法務大臣の裁量に委ねられており権利性が弱いので,「国籍法第8条があるのだから,国籍法3条1項での差別的な取り扱いは合理的である」という結論にはなりがたく,結局のところ,最高裁の違憲判決自体が否定されることにはなりそうにありません。

 このブログ主は,

・地裁は何でフィリピン人女性を門前払いして法務省で簡易帰化するように指示しなかったのか?東京地裁は変

とし,さらに,

つまりこの裁判は、地裁に届けられた時点で

「来るとこ違うよ。法務省で簡易帰化の申請して。」

と門前払いになるはずだった。受理してる時点で異常極まりない


とも述べています。しかし,訴訟適格のある者により訴訟が提起されているのに「門前払い」をする権限は地方裁判所にはありません。それに,法務省に簡易帰化申請したとしても確実に許可されるとは限らないわけですから,裁判所としては,簡易許可申請するように原告に指示するわけにはいきません。従って,国籍法第8条があろうが,この訴えを東京地裁が受理して判決を下すというのは特段異常なことではないということになります。

 また,

 もし最高裁に提訴していたのがフィリピン在住のフィリピン人(父親日本人)ら であれば、マスコミも最高裁も違憲判決を正当化することが難しいはずだ。

とも述べているようですが,「血統主義」に基づく国籍取得に関して言えば,その子供がどこに在住しているのかは関係がないので,最高裁に提訴していたのがフィリピン在住のフィリピン人(父親日本人)であったとしても,マスコミも最高裁も違憲判決を正当化するのに特段の支障を感じなかったように思われます。

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11/10/2008

大阪のようになるとは?

 中山成彬・前国土交通相の発言の中でよくわからないものの一つに,

民主党が政権を取れば、日教組、自治労の支援を受けているので、日本が大阪府みたいになる
というものがあります。

 最近の大阪府知事について言えば,橋下知事の前の,太田房江知事は自民、民主、公明の相乗りであり,その前の横山ノックは政党に頼らない無党派,その前の中川和雄は社会・民社・社民連・進歩推薦、自・公支持,その前の岸昌は自・社・公・民・社民連推薦,という流れですので,1979年4月以降に生じたことに関して言えば,特に民主党(あるいはその大半が民主党に流れた旧社会党を含めてもよいですが)のみが大阪府政において主導権を握れていたわけではありませんので,「民主党が政権を取」った結果のものと捉えることは,不合理です。

 また,「大阪府みたいになる」とだけ言われても,それをネガティブに捉えるかポジティブに捉えるかは,その人の大阪府に対するイメージに大きく依存するので,大阪府にそれほどネガティブなイメージを持っていない人にとっては,「大阪府みたいになるって,そんなに問題なの?」ということにしかなりそうにありません。

 もちろん,中山・前大臣は,

中山氏は「大阪府は長年、職員組合と癒着関係にあり、職員の給料が高い。ヤミ手当や裏金もあり、財政破綻(はたん)にひんしている」と述べた
とされているので,職員の給料が高く,財政破綻に貧することの代表例として「大阪府」を持ち出しているとも考えられます。ただ,大阪府のラスパイレス指数は97であり,1959年の二見甚郷知事から2003年に引退した松形祐堯知事まで無所属(自民党推薦)の知事が続いた宮崎県のラスパイレス指数99.2より低かったりはします。まあ,確かに諸手当の支給額については大阪府は東京都に次いで2位なのですが,上位を見てみますと,1位:東京,2位:大阪,3位:神奈川,4位:愛知,5位:京都,6位:兵庫という並びですので,概ね大都市を抱えている自治体において諸手当が高いということは言えるものの,知事の支持母体による差異はないように思われます(なお,教育公務員に支給される諸手当に関して言うと,大阪府は4位に後退し,自民・公明が推薦する神田真秋知事が治める愛知県が2位に躍り出ます。)。

 ヤミ手当や裏金については,その性格上正確な統計データが出来ると言うことは期待できませんが,東国原知事の就任直後に裏金の件でいかなる事件が起こったのかはまだ記憶に新しいところです。

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08/10/2008

ネットサービス企業の反社会性

 昨日のエントリーに対しては,的外れなはてなブックコメントがたくさんついたようです。

 適法性を厳格に審査することなく情報を発信するタイプのネット上のサービスにおいては,多くの場合,ある程度の割合で権利侵害情報を発信することになります。そして,発信する情報の量が増えれば,そのサービスから発信される権利侵害情報の量は増加していきます。

 適法性の事前審査を行わず,被害者等からの削除要請等を受けて削除を行うという方針をとった場合,想定される「被害者」の情報通信スキル等を考慮した上で,被害者等が削除要請をしやすい工夫をしたクレーム受付窓口が必要となります。個人のプライバシーや名誉権が侵害されることが想定されるのであれば,非公開型の通信手段によりクレームを受け付けることがまずは必須でしょうし,想定される「被害者」がITスキルの高い人に限定されない場合には,電子メールやフォームだけではなく,郵便やファックス等でクレームを受け付けることが必要です。また,被害者が安心して削除要請等を行うためには,クレームを受け付ける部署とその担当者に関する情報を明示することが必要です。

 そうではなく,適法性の事前審査を行わず,被害者等からの削除要請等を受けて削除を行うという方針をとりつつ,被害者等が削除要請等をしやすい工夫をしたクレーム受付窓口を設けていない企業(運営主体が法人でなくとも,企業ではあり得ます。)は,本来あるべき姿より大量に権利侵害情報を流通させようとしているといえるわけですから,反社会的であると表現することが出来ます。

 GMO Internet社のWhois Protect Serviceや他社の類似サービスを利用するなどしてドメイン保有者が誰であるのかすら隠している企業はもちろんのこと,内容証明郵便や特別送達すら受け取らない企業,特にネットスキルが高いわけでもない市民さえ被害者となりうるサービスを運用しておきながらメールやフォームでのクレーム受付しかせず,また,電話番号が表示されていても,そこにかけてもテープ録音された音声しか流れない企業等は,その意味で反社会的であるといえます。

 ネットサービスの中で自己の個人情報が流通している場合に,誤りの訂正を申し出たり,これを非公開とするように申し出たりする窓口の設置ならびに責任者の氏名・連絡先の表示をWeb2.0的企業にも義務づけ,これに反した企業には,行政指導を行いこれに従わなかった場合には(行政指導の受付窓口が明示されていない場合には行政指導を行わずにいきなり)刑事罰を科す等の措置が必要なのではないかと思うのです。

 その程度のことすら,受け入れられないのでしょうか。だとしたら,ネットの反社会性に多くを期待しすぎなのではないでしょうか。

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07/10/2008

矢部弁護士と阿比留記者の異同

 矢部善朗弁護士は,私のエントリーについて「印象操作」という言葉で「印象操作」的に対抗することしかできていないようなので,逆に敢えて印象的に語ってみるとするならば,矢部弁護士のブログのコメント欄と,産経新聞の阿比留記者のブログのコメント欄の雰囲気って結構似通っている気がします。

 自分たちだけが物事をよく理解しているのだというある意味選民的な意識とか,自分たちと意見が異なるコメンテーターが現れたときのあしらい方とか,実のところ諸外国はどうなっているのかを十分に調べないで日本の現状を特殊視してしまうところとか,云々。

 両者に大きな違いがあるとすれば,阿比留記者は,社会的には受け入れられにくい主張をする人の一員に自らを列することを回避していないのに対し,矢部弁護士は,「医療ミスをして患者を死なせても医師は不可罰とする」という社会的に受け入れられにくい主張をする人の一員に自らを列することを回避しているという点でしょうか。

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06/10/2008

Twitter

 ひょんなことでYahoo!のNさんから豚しゃぶの飲み会にご招待されて出席した際に,Twinkleを始めることになったついでなので,Twitterも始めてみることにしました。

 ただし,つぶやく頻度はそんなに高くないと思います。

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02/09/2008

鎖国の起点

 「篤姫」をはじめとする幕末ものを見ていて不思議に思うことの一つは,鎖国政策なんて徳川幕府が勝手に決めたことであり,安土・桃山時代には普通にヨーロッパ人も日本を訪れ,貿易等を行っていて,それで特にひどいことは起こらなかったのに,なぜ,孝明天皇はあそこまで頑なに攘夷思想に凝り固まっていたのかということです。

 ロナルド・トビ「『鎖国』という外交」によれば,1791年にロシア船エカテリーナ号が大黒屋光太夫を伴って日本近海に現れ,日本との通商関係を求めた時点でもなお日本は「鎖国」をしているのだとの認識はなく,むしろ,このときエカテリーナ女王からの国書に対する返答を考える中で,通信・通商のことが定めおかれた国以外とは対外関係を結ばないことを,松平定信が「祖法」としてしまったとのことのようです。それは,孝明天皇が生まれるわずか40年前の話です。通信・通商の相手を中国,朝鮮,琉球,オランダの4カ国に限定することを表明したのが,レザノフからの通商要求をはねのけた1805年のことであり,通信の相手を朝鮮・琉球とし,通商の相手を中国・オランダとする旨を対外的に表明したのが1845年のことですから,孝明天皇の側近の中には,幕府が鎖国を「祖法」に仕立て上げていく過程をつぶさに見てきたものがいたのかもしれません。また,後期水戸学の中心である藤田幽谷は1774年生まれで,1789年には水戸藩の修史事業である『大日本史』の編纂に携わっているのですから,攘夷思想が古来のものでないことはわかっていてしかるべきだったのですが,どうして水戸藩が攘夷思想に凝り固まっていくことになったのか,なかなかわかりにくいところです。

 もっとも,膨大な情報に簡単にアクセスできるようになった現代の日本でも,例えば,医学部の定員が減らされたのは,厚生省による医療費削減策の一環だと信じて疑わない人たちが少なからずいる(現実は,こちら)わけですから,仕方がないことなのかもしれませんが。

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A,M,Sは気をつけろ

 ケンブリッジ大学のRichard Clayton博士の研究によれば,メールアドレスが「A」,「M」,「S」のいずれかで始まる場合,平均よりも40%以上多く,スパムメールが送られてくるのだそうです。今後,新しくメールアドレスを取り直す方は気をつけましょう。

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31/08/2008

矢部善朗弁護士がヲチブログの題名を変更した理由

 京都弁護士会の矢部善朗弁護士が私を攻撃するためだけに開設したブログ「モトケンの小倉秀夫ヲッチング」が,「モトケンのヲチブログ」とタイトルを変更したようです。

 その理由として,「ひとつは、最近の2件の la_causette のコメントの空気の変化を感じ取ったことにあります。」ということを掲げていますが,「?」です。矢部弁護士から「ヲチ」(監視)され,逐次いちゃもんをつけられるということが続きましたが,矢部弁護士のブログのコメント欄の常連コメンテータを含む医療系ブロガー・コメンテータのおかしな意見を批判したり,彼らが流すデマをデマと指摘することを何ら躊躇しておらず,この点について,私は何ら態度を変えていません。

 どちらかというと,「モトケンの小倉秀夫ヲッチング」等というタイトルのブログを掲げていることの恥ずかしさに気付いただけではないですかね。

 例えば,fake-jizoさんが,

まずこのタイトル。
「モトケンの小倉秀夫ヲッチング」
なんだこれ。これでは2chのnetwatch板に立てられているのと何ら変わらない。というかセンスが一緒だ。これでは
「☆★☆★☆オグリンうぉっちno.12ミ☆★☆★☆」
というスレッドと何が違うのだ。netwatch板なんて2chの中でもあんまり好印象を持たれていないのにも関わらずそのレベルでid:OguraHideoさんと遣り合おうとしているのなら法曹関係全体のレベルが落ちたとROMからは認識されるので止めた方が宜しいかと思うがどうなんだろう?
指摘しているとおり,こういうタイトルのブログを開設している時点でかなり恥ずかしいのであって,特に現実社会での人格とリンクする状態でこれをやらかしてしまうというのはかなりダメージが大きいはずです(タイトルだけの問題かというと,ヲチブログを開設すること自体相当痛いわけですが。)。まあ,矢部弁護士がアクセス解析をしていれば,fake-jizoさんのこのエントリーを目にした可能性は大分あると思いますし(絶対にこのエントリーを見たとは断言しませんが。)。

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29/08/2008

平成10年から将来の「不当」逮捕を予測して逃げていったとでも?

 「医療施設従事医師・歯科医師数の年次推移,施設の種別・診療科名(主たる)別 」から,産科・産婦人科の医師数の平成10年から平成18年にかけての推移を見ると,11,364人→11,059→11,269→11,034→10,594→10,074というふうに減少傾向にあり,他方で,産婦人科は減少する一方産科は増加していることがわかります(平成10年より前は,複数回答可のデータしかないので,正確な比較ができないですが)。

 このように,医療過誤についての正式起訴が年間3件強(略式起訴が10件弱)であり,それらが主として産科・産婦人科をターゲットにしているわけではない環境下において,特に産婦人科医が減少傾向にあるわけです。また,他の診療科目を見ていると,民事訴訟リスクの低い内科医が減少傾向にある反面,訴訟リスクの比較的高い形成外科・整形外科等は増加傾向にあり,また,産科・産婦人科ほど訴訟リスクが高くない外科の方が産科・産婦人科より減少率が高いことがわかります。

 彼の取り巻きのご機嫌を損ねるデータを出し続ける私個人に対する人格攻撃しかできなくなった方はとりあえず放置して,これらのデータから見ると,産科・産婦人科医の減少という現象は,業務上過失致死罪の適用を免除しないことにより生じているわけではないことが強く推認されます。「こんなことで逮捕・起訴され有罪とされたのではやってられない」ということは医師以外でもたまに語られるわけですが,それが特異な例に留まる限り,実際にそれでその職業を辞めたり,その職業に就くことを回避したりする人は実際には多くないのです。

[追記]

 このエントリーにも矢部弁護士のブログからトラックバックが来ていましたが,エントリーのタイトルが品位を欠くと判断しましたので,非公開とさせていただきました。

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28/08/2008

匿名社会で通用している手法を実名ブロガーが使うことのリスク

 この数日,京都弁護士会の矢部善朗弁護士から,罵倒語ばかりが踊っていて,中身の乏しいエントリーが立て続けにアップロードされ,このブログにトラックバックされています。

 例えば,自分に都合の悪い見解を「印象操作」との語で否定してみたり,自分が望むような結論を導かない資料評価を「捏造」としてみたりというのは,その時々で相手に「勝ったつもり」になって気分的にすっきりさえすればよい匿名さん向きの手法であって,ネット上でそのような手法を使っていることが現実社会での人格の評価にも繋がる実名ブロガーにはお勧めできないのですが,まあ,そういう手法をとっていると匿名さんがいくらでも囃し立ててくれるので,ネットリタラシーが低い方々の中には勘違いする人が生まれてきてしまうのかもしれません。簡単に言ってしまうと,匿名社会特有のレトリックを実名ブロガーが使うことはリスクが高すぎるということです(だからといって,現実社会での人格評価を気にすることなく,その種のレトリックを使って「勝ったつもり」になってすっきりできるから,ネットでは実名を名乗らない自分って賢い!みたいな生き方って,下らないと思いますけど)。

 某大学の法科大学院では次のような授業風景が見られるのだとすると,頭の痛い限りです。


[学生]○○先生は××という教科書の△△頁で「A」という見解を述べられていますが,これは「B」という理由でおかしいと思います。

[実務家教員]君は,○○先生に連絡を取って「A」という記述はどういう意味なのかその真意を確認したのかね

[学生]いいえ。

[実務家教員]それでは,「藁人形叩き」と批判されても仕方がないね。

[学生]でも,○○先生は,ほかでも「C」ということをのべておられますから,これはそのままの意味で受け取って問題がないのではないでしょうか。

[実務家教員]この問題に関しては,「D」という歴史的経緯があるので,私はこの問題に関する主張というのは「E」という文脈の範囲内で述べられていると私は思うのだよ。だから,○○先生の「A」という記述も,「A」という意味で受け取るのではなく,「E」の文脈に反しない「F」という意味で受け取らなければいけないんだ。

[学生]でも,「A」という記述を「E」という意味に受け取るのは国語的に無理ではないですか。

[実務家教員]知的財産権分野を専攻するならともかく,刑事法の分野では,関係者が語ったことをそのまま受け取るのではなく,自分が想定する文脈の範囲内にあるものとして受け取るのが正しいのだよ。わかったな。

[学生]はあ,そうですか。では先に進めさせていただきます。●●省の「G」という資料によれば,「H」については「I」という統計数値が示されています。これは「J」ということを示していると思います。

[実務家教員]君,なんで「K」に関するデータには言及しないのかね。それでは資料の捏造だ!

[学生]でも,私の今回の発表は,「H」に焦点を絞ったものですから……。

[実務家教員]君はそんな反論しかできないのかね。

[学生]はあ,では先に進めます。結論として,「L」が「M」という行為を行った場合「N」罪が成立すると思います。

[実務家教員]それはひどい印象操作だ。

[学生]先生,批判されるのならちゃんと理由を述べてください。

[実務家教員]うるさい。君は私が「L」をなだめるためどれだけ苦労してきたか知っていてそんなことをいうのかね。それは私に対する許されざる個人攻撃だ。

[追記]

 某法科大学院における実務家教員による刑法の講義では,新過失論が登場する以前は,犯罪結果の発生を予見しながら,これを回避しなかった場合には,回避可能性の有無にかかわらず,過失犯は成立せず,犯罪結果の認容もない場合には故意犯も成立しないため,不可罰だと捉えられていたと教えているのでしょうか。

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25/08/2008

iPhone購入

 今日は(っていいますか、日付が変わってしまいましたが)、上野の国立西洋美術館へコロー展を見に行き、その後上野のヨドバシカメラでiPhoneを買ってきました。

 16GBのiPod Touch(+SoftBank Mobile)と考えると8万円は安くありませんが、e-mobileよりは通話可能地域が広いようであれば、といいますか、Wilcomと同程度の通話可能領域が確保できるのであればPHSカード等を解約できる(e-mobile圏外での泊まりの出張というのは十分あり得ますので、その場合の通信手段を確保しておく必要があります。)。もっとも、都内の場合、e-mobileの通話可能地域がとても広いので、「PHS300 Personal Hotspot」を購入して、D01→PHS300→iPhoneとするかどうかは考慮中です。

 困ったのは、16GBという記憶容量の少なさですね。iPhone用にプレイリストを作ってそこに厳選した楽曲を入れておくことにしないと、溢れてしまいます。まあ、贅沢な話ではあるのですが。

 Appとしては、iPhoneでnetradioを聞けるようにするallRadioをダウンロードしました。パケット代が毎月上限いっぱいとなることを覚悟すれば、通勤中にネットラジオを聞くことができそうです。

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13/08/2008

ストリートビューを巡るうだうだ

 津田大介さんのTwitterでの下記つぶやきに,はてなブックマークで沢山のネガティブコメントがついています。

大体ネットでうだうだ言ってるやつは「日本人的な空気嫁的同調圧力」とか「出る杭は打たれる」的価値観で作られる談合社会に対してネガティブな人が多いのに、ストリートビュー否定するときには典型的な「日本人的な感覚」を理由にしてる感じがするんだよね。結局当事者性の問題なの? っていう。

 津田さんの誤解だと思うのは,大体ネットでうだうだ言ってるやつは「日本人的な空気嫁的同調圧力」とか「出る杭は打たれる」的価値観で作られる談合社会に対してネガティブな人が多いと言う部分ですね。ネットでうだうだ言っている方々には,「日本人的な空気嫁的同調圧力」が大好きな方が多いです。「匿名だと,実名では言えないことが言えるので素晴らしい」と言いつつ,「ネットでは言いづらいこと」を作り出してしまうのが,今の日本のネット環境です。

 それはともかく,ネットでうだうだ言っているだけで終わってしまっては何も事態は改善されないのであって(ネットでのうだうだをGoogleの偉い人が見てくれて自主的にサービスを中止又は修正してくれると考えるのは,水戸の黄門様が自主的に我が町を訪れて悪代官をやっつけてくれると期待するような偉い人頼みって感じがして,私は好きになれません。),成熟した市民社会においては,例えばGoogleのストリートビューのようなサービスが現れたときには,例えば自分や自分の家の表札が写っている場合にはその写真の削除をGoogleに要求したり,あるいは黙ってGoogle相手に訴訟を提起したり,単独で又は有志を集めてGoogleに対しサービスの中止又は具体的な修正を申し入れたりするのが本筋です。まあ,ストリートビューがサービス開始してからまだ間がないので,そこに自分の姿を見つけた日の翌日に法律事務所に駆け込んでも訴訟提起にまではまだ至らないでしょうから訴訟はこれから起こるのかも知れませんが,こういうサービスに不満を持ちきちんとGoogleにサービスの中止又は改善を申し入れしそうなのって高木さん以外に思いつかないのが悲しいです。

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医学部の総定員を、医師の総人口の5%と定めると

 厚生労働省の「医師の需給に関する検討会の報告書」によると、

毎年、約7700人程度の新たな医師が誕生し、退職などを差し引いて、年間3,500〜4,000人程度が増加
」とのことです。このことから、おおざっぱに言うと、毎年約4000人が医師の職を退くと換算できます。

 すると、医師出身の国会議員の方々の尽力により医学部の定員が減少する前の水準である8360人まで医学部の定員を戻すと、概ね4400人程度まで毎年の医師人口を増加されることができます。

 もっとも、この当時の医師の人数は、昭和58年03月30日の参議院文教委員会の高木健太郎議員の発言によれば、16万2880人だったとのことですから、医師全体の約5%くらいの医学部の定員ならば、無理なく養成できるということなのでしょう。すると、厚生労働省の平成18年版「医師・歯科医師・薬剤師調査の概況」によれば、平成18年12月31日現在における全国の届出「医師数」は277,927人とのことですから、それからの2年間で約7500人増加しているとして、約285,000人程度の医師が平成20年末ころにいることになります。従って、養成能力からだけから言えば、平成21年には、医学部の総定員を28500×0.05=14250人にすることが可能です。その後も、医学の総定員を医師の総人口の5%として換算すると、最初の6年間は定員が増加する前に医学部に入学した人が卒業するだけですから3500人程度しか増加しませんが、平成30年で約35万人、平成40年で約48万人まで、医師の数を増やすことができます。それでも、総人口の約1割の新人を受け入れることを強いられている法曹よりは、緩やかなものです。

 前記報告書によれば、医師の勤務時間を週48時間とおいた場合の必要医師数は 医療施設以外の従事者を含めて27.7万人、休憩時問や自己研修、研究といった時間も含む医療施設に滞在する時間を全て勤務時間と考え、これを週48時間までに短縮するには、さらに6.1万人追加の33.8万人と推計されるとのことですから、前者の考え方を採用すれば 平成18年の末には医師不足は解消し、後者の考え方を採用しても平成29年には解消されると言うことになります。

 もちろん、地域による偏在や診療科目による偏在がありますので、医学部の定員増だけでは局所的な医師不足には対応できませんが、比較的楽な診療科が利益率も高いという状況は、健康保険の枠内で行われているものについてはある程度解消可能だとは思います。

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12/08/2008

きくりさんのコメントを紹介

 きくりさんという方からのコメントを紹介します。普段はこういうことはしませんが、福島大野病院事件については、一方的な論調が多かったので、それと異なる意見は貴重だと思い、紹介することとしました。


冤罪に憤る人の多くは刑事実体法の廃止を主張しない」について

小倉弁護士のご意見に賛成する。

確定的故意ありの場合の刑事免責は、

多くの医師も考えては考えないとは思うが、一般的な業務上過失致死傷罪についての刑事免責、不法行為責任(債務不履行責任)からの民事免責は既に当然のように主張されている。行政罰制度の廃止にもやがては言及するだろう。

人の欲望は限りないもの。医療過誤事件の刑事免責ならず、診療報酬、賃金の引き上げ等の要求等も必ず起こしてくる。そうなれば医療費の増大から国民皆保険制度の維持も困難になるだろう。

決して、不当な要求には屈してはならない。

そもそも医師に限って、刑事免責されるべき理由というのは全く見当たらない。医師が刑事免責を主張する際の根拠にあげるのは、①医療の高度・専門性、②医療の不確実性、③萎縮医療を招来のおそれの3点である。

しかし、
①高度・専門的なのは医療に限らない。パイロットなども高度専門的技術を要する職業だが、他の職種では過失があり、死傷との因果関係があれば刑事罰を受けるのに医師だけが免責されるというのはおかしい。むしろ高度専門的だからこそ、より注意義務が課されているとも言える。医師だけを刑事免責してくれというのは子供じみた甘えである。
②確かに、医療には患者の体質等不確定要因が多いが、不確実性があると言っても、それなりに注意すべき事項は数多くある。また、過去の裁判事例を見ても注意義務を尽くせば結果を予見・回避できたと思われる事例は数多くある。
③萎縮医療は刑事訴追の結果ある程度起こるかも知れないが、これはいわば「結果」ないし「効果」であって、刑事免責の根拠にはならない。萎縮医療を回避するのは産婦人科等のリスクの大きい診療科に対する保険報酬の相対的引き上げ等、他の手段によって行うべきである。

福島大野病院事件が不当逮捕だと主張する医師の主たる根拠は、癒着胎盤という疾患が、産婦人科医が一生のうちで1度出会うか否か程度の非常に稀な疾患だからだという。

しかし、それは理由になるのだろうか。「産婦人科医が一生のうちで1度出会うか否か程度」とはどの程度の頻度を指すのかと言うと数万件に1件くらいの程度だという。そう聞くと仕方ないような気もするが、実はそうではない。

例えば、クローン病という消化器疾患がある。この病気は人口対10万人の有病率は5.85であり、約2万人に1人しかない疾患なのだが、実は医師国家試験の頻出問題になっており、毎年出題されている。医師国家試験にそれだけ出題されるのだから当然医師が知っておくべき基本的知識であるし、この疾患を見落としたり適切な処置ができず死傷の結果を招けば業務上過失致死罪に問われても止むを得ない。この他にも特定疾患に指定されている多くの疾患が同程度の頻度だが、全て医師国家試験で実によく出題される。つまり、この手の疾患がきちんと対応できなければ医師失格ということだ。

さらにずっと頻度の少ない疾患に総肺静脈還流異常症という疾患がある。この病気は新生児のできるだけ早い時期に発見し手術を行わなければ手遅れとなり患児は死亡してしまう。そこで、頻度は非常に低い極めて稀な疾患だが、医師国家試験に出題されている。つまり、医師にとって知っておくべき基本的知識とは、単に頻度の問題ではないということである。仮に頻度が低くても、見落とせば重大な結果を招く危険性のある疾患はきちんと履修しておくべきなのである。

癒着胎盤は子宮全摘の適応であって、不用意に剥離を進めれば大出血を招き死亡する恐れがある重大な疾患とされており、特定疾患並みの頻度なのだから、当然熟知しておくべき疾患であると言える。

なお、癒着胎盤は国家試験にあまり出題されなかったかも知れないが、これは医師国家試験が全科共通の試験であり、どうしても内科・外科からの出題が大半を占めるからであって、産婦人科を専攻する者が合格後、産婦人科医としての研修を積む上で当然習得しておかなければならない知識であることは言うまでもない。

つまり、医師らが言う不当逮捕の根拠は欺瞞に満ちたものと言わざるを得ない。数万件に1度という頻度が福島地検の起訴の不当性を主張する根拠になり得ないことを指摘しておきたい。福島地裁の裁判官におかれても医師らの欺瞞に惑わされることなく厳正な判断を望みたい。

医師は自分達の都合の良いようにしか言わない。都合の悪い事は仲間内でかばい合い隠匿しようとする。これは人間である以上、期待可能性がないことかも知れないが、一般社会人が医師の主張を聞くとき、いつも注意しなければならない点だと思う。

また、このようなかばい合い体質は今に始まったものではなく、残念ながらわが国の医師の習性となっている。それ故、刑事訴追は絶対に必要なのである。不当な要求に屈してはいけない。

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一度覚えたキーワードにすがる人々

 ネットリタラシーの低い方は匿名さんに持ち上げられると矢部弁護士には忠告をいたしましたが、もはや忠告を聞く耳はお持ちでないようなので、こちらは粛々とやるべきことをすることにしましょう。

 それにしても、「故意でない診療関連死を刑事事件化しないための、警察と検察介入のガイドライン」との邦文が,「Guidelines for the NHS: In support of the Memorandum of Understanding - Investigating patient safety incidents involving unexpected death or serious untoward harm」という英文の「意訳」の範囲に留まっているか否かって、別に高度な英語力を必要としていませんので

 なお、私は、英語が不自由だと申し上げております。
 ですから、ご指摘の英語文献の読み方については、なんとも申し上げかねます。
なんてのはごまかしにしか聞こえてこないのが残念なところです。原文がもう少し難しい英文だったら、説得力もあったのですが。

 それにしても、私を粘着的に攻撃する人って、「印象操作」だのなんだのという言葉にすがりつくのが好きですね。その実、その方の方が印象操作に必死っぽいのですが。

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11/08/2008

矢部弁護士は,何のために弁護士生命を賭けているのでしょうか。

 矢部善朗弁護士は,何のために,ご自身の弁護士生命を賭けて,私に粘着しておられるのでしょうか。

 特定の弁護士を批判するためだけにブログを一つ立ち上げてしまうだけでも気持ちが悪いですし,そのブログの更新頻度も通常ではありませんし,そこで行われている文章の解釈も一般の弁護士の文章解釈の手法とは質の異なるものであるように思われますし,この一連の粘着行為により矢部先生が失ったものは大きいのではないかという気がしてなりません。

 更にいえば,これは私のブログのコメント欄を匿名の方に解放していたときからそうなのですが,私のアンチが非常に低レベルであることは昔から知られておりましたので,「敵の敵は味方」とばかり,私を批判するコメントを擁護にかかると,ご自身の信用を失うことに繋がっていくので注意が必要です。まあ,私を個人攻撃しているとお追随者がたちまち集まるのですが,彼らは匿名ですから,どんな無茶な論理を押し通そうとしたって,現実社会の自分の評価には影響が及ばないのです。でも,矢部先生は,もう現実社会の人格を自らカミングアウトされているので,彼らと同じわけにはいかないのです。

 もういい加減目を覚ませばいいのに。まさか,「モトケンの小倉秀夫ヲッチング」で語られている論理が正しいものだと本気で思っているわけではないでしょうに(創価大学法学部や,創価大学法科大学院では,外国語の論文を紹介又は引用する場合に,原題と無関係に自由に邦題を付けて良いと教えているわけではないでしょうし,「故意でない診療関連死を刑事事件化しないための、警察と検察介入のガイドライン」との邦文が,「Guidelines for the NHS: In support of the Memorandum of Understanding - Investigating patient safety incidents involving unexpected death or serious untoward harm」という英文の「意訳」の範囲に留まっていると本気で思っているわけではないでしょうに。)。

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09/08/2008

サッチャー政権は1990年に終了しているという常識が通用しないウェブ社会

 イギリスの「医療崩壊」は、一般に、サッチャー政権下でもたらされたと解されています。サッチャー首相の任期は、1979年から1990年です。そして、1997年に就任したブレア首相の下で医療費の大幅増額を柱とする医療改革を行うと、医療における需要と供給のミスマッチは急速に解消していきます(大和総研の年金事業本部である高橋正明氏は、まず、「独仏並みの医療提供には独仏並みの医療費が必要」として、医療費を対GDP比で、2002-03会計年度の7.7%から、2007-08会計年度には9.2%まで増やす計画を継続中である。マンパワー不足解消のために報酬が大幅に増額された(年収25万ポンドのGPが出現したのはこのため)ことや、老朽化した病院の建て替えが進んだことで、待機患者は減少し、供給力不足はほぼ解消された。述べています。 。

 他方、医師に対する致死罪での起訴が急増したのは、サッチャー政権が終焉した1990年からであって、ブレア政権下ではさらにその数が増加します。

 このように見ていけば、イギリスにおける「医療崩壊」の原因が「医療ミスについて刑事罰を科すこと」にはないことは明らかです。「医療ミスに関して刑事罰を科すのは先進国では日本だけ」という主張がデマであることを示すものとして、イギリスでも医療ミスについて刑事罰が科されていることが示されたときに、イギリスは医療崩壊国であるという指摘を受けただけで、イギリスでも医療ミスについて刑事罰が科されているという事実が、「医療ミスについて刑事罰を科すことが医療崩壊を招いている」という一部の医師の主張を補強するものだととらえてしまうもおられるようですが、軽率だとの謗りを免れないでしょう。

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矢部善朗弁護士はどこへ行く。

 私の「不条理な脅しには屈してはいけない」というエントリーでは、まず、冒頭で、

 運動論的にいうと、「俺たちの要求をのまないと、医師たちは逃散するぞ。そうした医療崩壊で困るのは、お前ら愚民たちであって、お医者様は一切困らないんだぜ」という路線で来る限りは、その種の医師たちの要求には一切屈してはいけないということになります。ひとたびその種の脅しに屈して理不尽な要求を受け入れると、要求は次々とエスカレートしていく危険があるからです。

と述べています。これは、時に、民暴を含めた不当要求に対処しなければならない法律実務家にとっては、概ね基本中の基本というような話です。

 その後は、救急時の刑事免責という極めて限定的な要求を飲んだ場合に、要求はどのようにエスカレートしうるかという、「現時点では架空の話」をしています。そのような文脈の中で、

さらには、医療とは離れた犯罪ないし不法行為に関する民事または刑事上の責任の免除を医師たちが求めてきた場合にも、その要求に屈しなければいけなくなるかもしれません。「医師というのはストレスがたまるのだから、女性患者に対するいたずらくらい容認されなければ、到底やっていかれない。医師の大量逃散を防ぐためには、文字通り医師に包括的な免責特権を与えよ」と脅されたとき、一度その種の脅しに屈した社会はずるずると脅しに屈し続けることになるかもしれません。

と述べていますので、この中に含まれる「医師というのはストレスがたまるのだから、女性患者に対するいたずらくらい容認されなければ、到底やっていかれない。医師の大量逃散を防ぐためには、文字通り医師に包括的な免責特権を与えよ」と脅されたときというのが「現時点では架空の話」であることは、普通の日本語読解力を有する人には自明の理であると言えます。


 京都弁護士会の矢部善朗弁護士が、私を攻撃するだけのために立ち上げた「モトケンの小倉秀夫ヲッチング」というブログの「「冤罪に憤る人の多くは刑事実体法の廃止を主張しない」について」というエントリーにおいて、

 もっとも、小倉弁護士は、「医師たちは、故意犯である診察室における強制わいせつ行為についても処罰しないことを求めている。」という独自の理解(通常の用語では誤読または曲解)をされているので、そのような理解に基づけば、適切な例えになるのかも知れませんが、それは小倉弁護士一人にしか妥当しないと思われます。

と仰っています。もし、私の上記エントリーにおける上記言い回しを根拠として、小倉弁護士は、「医師たちは、故意犯である診察室における強制わいせつ行為についても処罰しないことを求めている。」という独自の理解(通常の用語では誤読または曲解)をされていると仰っているのであれば、ひどい曲解です。悪質なデマだと言っても言い過ぎではありません。上記エントリーにリンクを張ったり、あるいは具体的に「医師というのはストレスがたまるのだから、女性患者に対するいたずらくらい容認されなければ、到底やっていかれない。医師の大量逃散を防ぐためには、文字通り医師に包括的な免責特権を与えよ」と脅されたとき、一度その種の脅しに屈した社会はずるずると脅しに屈し続けることになるかもしれません。と言う部分を忠実に引用したりすれば、「現時点で現実化した話」として「医師たちは、故意犯である診察室における強制わいせつ行為についても処罰しないことを求めている。」と私が言っているわけではないことがばれてしまうからでしょうか、上記エントリーにリンクも貼らず、上記言い回しを正確に引用することもしていません。

 矢部弁護士のブログでは、一部の医師の過剰な要求をたしなめる私は、露骨に憎悪の対象とされています(例えば、前記「モトケンの小倉秀夫ヲッチング」では2ちゃんねるでの私に関する中傷スレッドにトップページからリンクが貼ってあります。これは、2ちゃんねるで行われる中傷発言が人々の目に触れる機会を積極的に増大させ、その名誉毀損効果を高めようというものであって、名誉毀損行為の幇助行為とされてもおかしくない行為です。また、コメント欄ではすでにたとえどんな酷いことを書いても、ご自分が病気になられた場合、点滴に雑巾の絞り汁を混注されることは絶対無いと確信なさっていらっしゃるのでしょうから。(笑。との脅しが私に対してなされ、さらにこれを支持する「医療に仇なすもの、および協力者」に対しては全国の医療機関が一致団結して「然るべき報い」をくらわすものである、としたら…誰も訴訟なんか起こせないでしょう恐ろしくて。何実行する必要はありません。そう思わせるだけ、でいいのです。等の発言が公然と語られても放置されているくらいです。)。だからといって、弁護士なんだから、やっていいことと悪いこととがあるように思います。

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デマをばらまく人々はどこに?

 「医療ミスで刑事罰が科せられるのは先進国では日本だけ」というデマはどこで語られているのかという質問がありました。そこで、ざっと調べてみました。

 大木隆生医師は、

 殺意や傷害の意図を持って命を奪ったのならともかく、通常の医療行為に警察が介入し、刑事罰により結果責任を問う国は、先進国では日本だけです。しかも、医療のプロではない警察や検察が調べに当たり、犯罪か否かを問うのです。
述べています

 また、日本医療学会はこの記事を参照する形で、

通常の医療事故に警察が介入し、刑事事件として裁く国は、実は日本以外にほとんどない
述べています

 指扇病院副院長・さいたま市議会議員である日下部伸三氏もまた、

 医療ミスがマスコミに取り上げられない日が無い昨今だが、医療過誤で医療従事者が刑事責任を問われるのは先進国では日本だけである。医療過誤に対し刑事罰を課すのは「手術に失敗した外科医の両手を切り落とす」という4000年前のハムラビ法典と変わらない。欧米ではよほど悪質なケースを除きケアレスミスであっても医療過誤で医療従事者が刑事責任を問われる事はない。
されています

 うろうろドクターさんも、

先進国で医療者が刑事罰に問われる国は日本だけです。
述べています。ただし、その下に張られたリンク先には、別のことが書かれています。

 このブログのコメント欄で、鶴亀松五郎氏も、

故意や悪意を除く正当な診療における死亡を刑事事件化しているのは、先進国だけでは日本だけです。
述べています

 佐藤章・福島県立医科人教授は、2007年11月11日号 にて、 「医師に仮にミスがあったとしても、正当な医療行為に業務上過失致死罪を適用するのは、先進国で日本だけではないかと思います。今後のためにも、無罪を勝ち取りたい」と語気を強めたのだそうです(ネット上のコピペを見ただけで、原典に当たっていませんが。)

 また、この記事によれば、高畠由隆千鳥橋病院副院長もまた、

医療過誤事件で刑事罰により結果責任を問う国は先進国では日本だけ
と述べているようです。

 また、日本テレビのNEWS ZEROの「ACTION」ブログの「スタートから半年・・・兆しは出てきた?(第11回)」というエントリーのコメント欄において、 大藪さんという方が、

また、先進国中、医療上の行為に対し業務上過失罪を適用するのは日本だけだということも報道してください。
と述べています。

 「日々のたわごと」ブログにおいても、『我々は福島大野病院事件で逮捕された産婦人科医師の無罪を信じ支援します』というエントリーの中で、

 医師が行政処分じゃなくて刑事罰で裁かれる先進国は日本だけだという事実や(韓国を先進国扱いするなら韓国もそうですが)、現状(あるいはちょっと前の)日本は間違いなく「世界から立ち後れたアメニティしかない病院で、世界最高峰の医療水準だった」のは確かですし。
と述べられています。

 また、Yahoo!Japan知恵袋では、「医療の問題に、「警察や裁判所」が関与するのは、日本だけ?? 」という質問に対して、

おっしゃるように、「医療問題」に、「警察や裁判所」が関与するのは、残念ですが日本だけです。
(アメリカは、訴訟社会ですので、例外!です)
という回答がベストアンサーに選ばれています。

 また、「ドクターのつぶやき」では、「2008.2.15  医療事故調査とメディアの責任」というエントリーにおいて、

 このような混乱の最大の原因は、わが国の医療事故に対する関係者の処罰が、非常に厳しいものになっているという事実に目をそむけて議論が進んでいることによる。世界的に見て医師が過失によって犯罪者とされる文明国は日本だけである。
と述べています。

 これらの皆様は「先進国では」「文明国では」日本だけと言い切る前に何カ国くらいの制度を調べたのかよくわかりませんが、普通、米英独仏くらいの順番で調べないものでしょうか?

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04/08/2008

発言者に直接コンタクトをとって真意を確認せずAという文章をAという意味で理解することを「脳内で作り上げる」と表現しておきながら「提案してみただけ」というのは苦しい言い訳

 矢部先生から、相変わらず不思議な批判がきています。

 

要するに、小倉弁護士が、la_causette の「NATROMさんからみた藁人形って何?」において、医療側ブロガーが「全ての医療ミスを免責せよ」      

と主張しているように思われます。
と主張しているものと受け取るのが普通です。
と主張しているように読めます。

というように、必ずしも明確な根拠無しに医療側ブロガーの主張を推測しているように読めました

とまず言い訳から入っているようです。では、「NATROMさんからみた藁人形って何?」において必ずしも明確な根拠無しに医療側ブロガーの主張を推測しているのか見てみましょう。

例えば、

 「元外科医のブログ」における「医師らの刑事免責確立を」というエントリーをみると、立法による刑事免責は現場の医療人から見れば最低限の要求だろう。とあり、刑事免責の対象について特段の限定は付されていません。そもそも過失犯に対して刑罰を科しても社会に対する予防効果は全くない諸外国では医療事故や航空事故、原子力発電所などの大きなシステム事故は刑罰を科すより当事者に真実を語らせる方が社会にとって遙かに有用なことと考えられている。過誤を犯した人間に対するペナルティは免許停止などの行政罰再教育などの方が適切である。結果が悪ければ個人に刑事責任を追究するのではリスクのある業務が成り立たないと言うことは自明のことであとの文章からすると、少なくとも業務上過失致死罪に関しては「全ての医療ミスを免責せよ」と主張しているように思われます。

という部分を見ていただければわかるとおり、「医師らの刑事免責確立を」という言葉からだけでなく、「元外科医」さんがその主張の裏付けとする文章等を斟酌した上で、その言いたいことを分析しています。どこぞの元検事と違って、自分が設定した「文脈」に沿うように他人の発言の「真意」を勝手に決めつけるような強引なまねをしていません。

 そういう部分は全く無視して、「主張しているように思われます。」という婉曲的表現が用いられているということだけで、必ずしも明確な根拠無しに医療側ブロガーの主張を推測しているように読めると強弁した上で、論者の真意を確かめないで決め付けるのであれば、揚げ足取りとしか言えない主張ですだの確認もせずに決め付けて批判するというのであれば、「私(小倉弁護士)が脳内で作り上げたに過ぎないもののように言われ」たとしても仕方がないように思います云々と言って、「相変わらずわら人形。「すべての医療ミスを免責せよ」と主張している人がどこかにいるのなら有効な主張だけど。小倉氏の脳内にはいるんだろうな。」とのNATROMさんの発言を矢部先生は正当化しようとしたわけです。

 ここにいたって矢部先生は、

 私の主張は、医療側ブロガーが「全ての医療ミスを免責せよ」と言っているのかどうかを判断するにはもう少し根拠がいるのではありませんか、その根拠を得るための(「いくつかある手段のうちの)一つの手段として、発言者の方に真意を確認してみられてはいかがですか、提案してみただけのものです。

等といいわけをしているようですが、「相変わらずわら人形。「すべての医療ミスを免責せよ」と主張している人がどこかにいるのなら有効な主張だけど。小倉氏の脳内にはいるんだろうな。」という発言を確認もせずに決め付けて批判するというのであれば、「私(小倉弁護士)が脳内で作り上げたに過ぎないもののように言われ」たとしても仕方がないように思いますといって支持ないし正当化する発言をしておきながら、その根拠を得るための(「いくつかある手段のうちの)一つの手段として、発言者の方に真意を確認してみられてはいかがですか、提案してみただけのものです。と今更苦しいいいわけをされても、みっともない感じはします。

 「お医者様のよき理解者」として振る舞いたかった矢部先生が、NATROMさんの私に対する非難が根拠のないものであることが白昼に晒されることに耐えられず、思わず、新たな「ルール」をその場で作り出して、「お前はこのルールを守っていないではないか、だからこういう批判を受けても仕方がないのだ。お医者様は悪くない」と言おうとしたが、「そのルールは普遍的なものなのでしょうか。あなた様はそのルールをお守りですか?」と追及されて、「一つの手段として、……提案してみただけ」と突然トーンダウンしたように見えます。

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03/08/2008

「直接真意を確認した上で批判する」という行為はどの程度実践されているのか

 ある人や組織の発言について、これを批判する前に、その発言者等に直接アクセスしてその真意を確認すべきだとお考えの方はまず自ら実践されたらよいのではないかと思います。

 それはともかく、そのようなことを実践しないのは怪しからんという話は、お医者様の発言を批判した今回のケースについて初めていわれたことなので、ひょっとしたら、お医者様は従前よりそのようなことを実践されていたのかもしれません。ということで、お医者様による第三者への批判がどのように行われているのかということを、全国医師連盟の「医療安全調査委員会新設への意見」に対して寄せられた、医療安全調査委員会の新設に関する与党案についてのコメントを見て検討していきたいと思います。

 まず、沖縄に住む30〜39歳の医師の方の発言ですが、 官僚の天下り先を作りたいのでしょう。とのことですが、医療安全調査委員会を設立しようという案を提示した目的が「官僚の天下り先を作りたい」からであるとの点について、与党関係者にコンタクトをとって確認したのでしょうか。

 次に、九州にお住まいの40〜49歳の医師の方の発言ですが、どこまで、医師を貶めればすむのでしょうか?とありますが、与党案の作成者に、医師を貶める意図で与党案を作成したのか確認されたのでしょうか。医療関連死について、闇から闇に葬るのではなくて、調査委員会を設置して、そこで原因を調査し、処罰すべきものは処罰しましょうと提案することは、「医師を貶める」ことになるのでしょうか。ひょっとして交通事故で通行人をひき殺してしまった場合に警察等への通報義務を負わせるとともに、実況見分等の調査活動を警察に行わせ、処罰すべきものを処罰する現行の道路交通法は、自動車運転手を貶めるものなのでしょうか。

 東海地方に住む30〜39歳の小児科医の方ですが、ハムラビ法典の時代、医師は患者が亡くなれば、死刑であったようですが、この制度はそれに類似するものでしょう。とのことですが、今回の制度のどの辺が、「医師は患者が亡くなれば、死刑であった」ハムラビ法典下の制度と似ているのでしょうか。私が知る限り、医師を業務上過失致死罪で処罰するには医師に「過失」があったことを要件とするという基本線を変えようという話はでていないように思うのですが。それとも、大村秀章衆院議員等の「医療紛争処理のあり方検討会」のメンバーに直接コンタクトをとってその真意を確認したところそのようなことを仰っていたということなのでしょうか。

 九州にお住まいの40〜49歳の医師の方ですが、医者=性悪説を前提とするような制度には断固反対であるとのことですが、医療関連事故が起こったときには外部機関でその原因等を調査しましょうというのは「医者=性悪」説とは特段関係がないと思いますがいかがでしょう。自動車事故の時に警察が調査活動等を行うのだって「運転者=性悪」説に基づいているわけではありません。

 海外に在住の30~39歳の内科医師の方ですが、この委員会は,厚生省の,厚生省による,厚生省のための委員会で,医療の進歩を妨げ,日本の医療崩壊を決定的にするものである。とのことですが、厚生省が自己の欲得のために医療安全調査委員会を創設しようとしているということについて厚生省の担当者に直接コンタクトをとって真意を確認したのでしょうか。

 甲信越に住む40〜49歳の医師の方ですが、選挙対策の国民受けする制度を安易に作ろうとする議員や政府のやり方には怒りを感じます。とのことなのですが、医療安全調査委員会を、「選挙対策の国民受けする制度として安易に」創設しようとしているなどの真意を直接確認されたのでしょうか。「選挙対策の国民受けする制度」ということであれば、こんなマニアックなところではなく、もっとわかりやすい部分で作りそうなものだと思いますが。

 関東にお住まいの40〜49歳の医師の方ですが、助けるために行って助けられなかったら殺人罪ではあまりにもひどすぎる。レスキュー隊は助けられなかったら殺人罪ですか?捜索隊は助けられなかったら殺人罪ですか?警察官は守りきれなかったら殺人罪ですか?とのことですが、私が知る限り、「医療紛争処理のあり方検討会」のご提案はそのように大胆に刑事実体法の改正を求めるものではないように思います。大村秀章衆院議員等に真意を確認してのご判断なのでしょうか。

 近畿にお住まいの40〜49歳の医師の方ですが、 産婦人科がいなくなった原因は激務に見合わない過剰な訴訟にある。今度はすべての科の医者をなくす気かとのことですが、直接大村議員にコンタクトをとってその真意を確認したらよいのではないでしょうか。私には、訴訟になる前に、医療ミスにより患者が亡くなったのかどうかがわかる方が訴訟の数は減少するように思いますが。

 近畿にお住まいの20〜29歳の医師の方ですが、自分たちの利益しか考えず、実際の現場のことを理解していないし、しようともしていない。とのことですが、「自分たちの利益しか考え」ていないとか「実際の現場のことを理解」しようともしていないというのは、これも直接コンタクトをとってその真意を確認した上での発言でしょうか。

 近畿にお住まいの40〜49歳の大学病院勤務医師の方のご発言ですが、知識のない警察官にはまかせられないとのことですが、与党案は「知識のない警察官にまかせ」ようというものではなく、知識のある方々からなる調査委員会でまず調べましょうというものではないかと思います。それとも、この方は、直接コンタクトをとって、「今回提案した制度は、知識のない警察官に医療事故の処理を任せることを目指したものだよ」と聞き出したということなのでしょうか。

 北陸に住む30〜39歳の医師の方ですが、第一線の臨床の場で働く医師で、このような組織の設立に賛成する人が居るとは思えません。とのことですが、そんな「第一線の臨床の場で働く医師」の意見を十把一絡げで表現するのは危険すぎます。ブログ持ちなら医療系ネットイナゴの餌食です。

 近畿にお住まいの大学教員の方ですが、 不幸な事故の再発を防止することと、責任者を吊るし上げることは別の枠組みでやっていただきたいです。とのことですが、与党案では、医療安全調査委員会で「責任者を吊るし上げること」を予定しているとの情報はどこから入手されたのでしょうか。原案を見る限り、責任者を糾弾する場として活用されるとはにわかに信じがたいのですが

 関東にお住まいの50〜59歳の内科医の方ですが、 実際に現場で働いている人間の意見も聞かずに何が医療の安全か.たわけたことを.とのことですが、「医療紛争処理のあり方検討会」のメンバーが実際に現場で働いている人間の意見も聞かずに医療安全調査委員会を作ろうという案を作ったとの情報はどこから仕入れたのでしょうか。一般論としていえば、与党も野党も、法案を作り上げるに当たって、現場で働いている方々を呼び出してヒヤリングをしていることが多いですが。

 北陸にお住まいの40〜49歳の医師の方ですが、司法や警察やメディアの一部は医療の結果を医療関係者のみに責を負わせ、罰すれば医療の質が改善すると考えているように見えるとのことですが、医師に結果責任を負わせれて医師を罰すれば医療の質が改善すると考えている人はいないと思いますが、直接これらの職業の方にコンタクトをとって確認をされればいいのではないでしょうか。

 東北にお住まいの40〜49歳の医師の方ですが、 「悪の黒幕を倒せば、正義と平和が訪れる。」「正しく呪文やアイテムを使えば、怪我も病気も、死んだ人さえもすぐに回復する。」というドラクエ脳のまん延が医療を滅ぼします。とのことですが、今回の与党案がそのような「ドラクエ脳」に基づいて作成されたものとはにわかに信じがたいです。これも大村議員らに直接コンタクトをとってその真意を確認した上での発言でしょうか。

 四国にお住まいの30〜39歳の医師の方のご意見ですが、私たちは患者を殺すために医療をしていません。それがわからないのでしょうか。とのことですが、殺すために医療行為を行っていると判断したら、業務上過失致死罪ではなく、殺人罪を適用します。すなわち、業務上過失致死罪の成否を問題とするというのは、医師達は「患者を殺すために医療をしてい」ないということは一応認めた上のことです。

 中国地方にお住まいの50〜59歳の私立大学教員の方のご意見ですが、 処罰感情や敵討ちは世の中を悪くするだけです。そういう感情が沸き起こることは仕方がありませんが、安易に外へ吐き出して満足し、向き合って克服しようとする努力を怠るのは、人格の幼稚さの現われです。ましてや規範の根底に据えようとは、そんな国に未来はありません。とのことですが、刑罰制度自体を否定されるのでしょうか。

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甲のAという発言を批判するときには、甲に直接コンタクトをとって、前もって、Aという発言の真意を確認する覚悟はできているのか。

 「甲のAという発言を批判するときには、甲に直接コンタクトをとって、Aという発言の真意を確認しなければいけない。」という矢部先生の私に対する批判を支える論理というのは、ネット上での批評行為のほぼ全てを否定するもの(さらに言えば、ネット上のものに限らず、批評活動自体を事実上否定するもの)なのですが、矢部先生に同調されているブロガーやはてなブックマッカーの方々は、自己の過去を全否定し、今後は矢部先生のご言いつけを守って「甲のAという発言を批判するときには、甲に直接コンタクトをとって、前もって、Aという発言の真意を確認」する覚悟ができているのでしょうか。

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Aという発言の真意をAと理解するには個別にコンタクトをとって確認する必要があるが、Bと理解するにはそのような確認は不要だということなのでしょうか。

 全国医師連盟(正確には、全国医師連盟設立準備委員会執行部によるものですが「現在でも通用します。」とされています。)の「医療安全調査委員会新設への意見」には、

巷では、新設される医療調査委員会は、社会保険庁が解体されることによって生じる余剰公務員の受け皿、又は、年金官僚の受け皿であると噂されている。国民のこのような 懸念が払拭できていない現状では、莫大な予算を伴う政府機関の新設には反対である。
との記載があります。しかし、そのような話は、一部の医療関係者が言っているだけで「巷の噂」にすらなっていません。

 例えば、うろうろドクターさんは、

そういえば昨日も、「『医療安全調査委員会』は厚労省の中に置く」と言っていました。
社保庁解体後の天下り先確保の為に、日本の医療を破壊しようとしている連中を私は許せません。
していますが、「『医療安全調査委員会』は厚労省の中に置く」目的が「社保庁解体後の天下り先確保の為」なのかどうか厚労省に確認をとったのでしょうか(たぶん、肯定しないと思うのですが。)。ひょっとしたら、矢部先生や矢部先生に賛同されている方は、「Aと主張されている人の真意をAと理解してこれを批判するには前もって発言者に直接コンタクトをとってその真意を確認する必要があるが、Aと主張されている人の真意をBと理解してこれを批判するには前もって発言者に直接コンタクトをとってその真意を確認する必要はないし、Aという発言の真意がBであると理解するにつき特段の根拠も必要ではない」ということなのかもしれません。

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30/07/2008

「文脈」を勝手に設定してこれに反する主張をなかったことにしてしまうことの功罪

 「A」という文章の通常の意味範囲を「a」とします。


 甲がその主張として「A」という文章を公表したときに,
甲が「a」という主張をしているとの認識のもとに,甲による「a」という主張を批判するのと,
「文脈」なるものを勝手に設定して,甲はその主張として「A」という文章を公表しているが,「文脈」から判断するに,甲が真に主張しているのは「b」であると解釈するのと,
では,後者の方がやっていることが酷いのではないかと私は思ったりします。

 後者の場合,甲として「a」という主張をするつもりで「A」という文章を公表した場合であっても,甲が「a」という主張をしたという事実をなかったことにしてしまうからです。

 乙が,甲が「a」という主張をしているとの認識のもとに,甲による「a」という主張を批判しているときに,これに対抗する言論として,甲に同情的な丙により,「甲は,『A』と言っているが,その真意は『b』であることは明らかだ。甲が『a』のような非常識な主張をするわけがないではないか」なんてことをいわれてしまうと,「いえいえ,私は,『a』という主張をしたくて『A』と言ったのです」とは言いにくくなります。甲が真実「b」という主張をしたかった場合に,乙に対して,「私は,『A』といいましたが,これによって主張したかったのは『a』ではなく『b』です。」と反論する方が心理的な抵抗は少なさそうです。それに,そうなれば,今後は,通常「b」という意味範囲を有する『B』という文章をその主張を表すのに使えばいいのではないか,という話もできるので,より生産的です。

 なお,後者のような解釈が許されるのは,甲が丙の設定する「文脈」の枠内でその主張を行っていることが前提となるわけですが,大抵の場合,それは丙の勝手な思いこみだったりします。

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29/07/2008

あなたが積んでいる本はそんなに定義だらけなのですか?

 bewaadさんのブログのコメント欄でのことですが、

 

皆さんはもしかして現在の医療が完全なもので、お医者さんは全知全能の存在だと、勘違いをしていませんか?

というコメント(by 大学教員 さん)に対して、

現実に有罪となっている例は、神でなくとも回避が可能だったものです。

という返答をした場合、ここでの「神」という表現は、「全知全能の存在」という程度の意味であることは普通見当がつきます。「ここでいう『神』とは、カグツチのことだろうか、それともツクヨミのことだろうかと本気で迷う人はほぼいないように思います。また、この文脈で「神」を「死に神」という意味で使うことがあり得ないと言うことは、ごく少数の方以外には自明の理かと思います。医療系コメンテーター等が用いる「刑事免責」が「過失犯についての全面的刑事免責」を意味しないかどうかは、「過失犯についての全面的刑事免責」論についての論者の評価および医療系コメンテーターについての論者の評価によって見解が変わりうるかもしれませんが、上記表現における「神」がカグツチや死に神ではないことは、「全知全能」という言葉を受けての発言であるだけになおいっそう明らかです(「全知全能」という言葉を受けての発言でなくとも、「神でなくとも回避が可能だった」というときの「神」がカグツチや死に神でないことは明らかだと思いますが。)。

 そういう流れの時に、

新規に言葉を出すならば、定義を書いてからにしてください
ここでの「神」は、一神強教えでの「The GOD」ですか?多神教での神ですか?比喩的な外科の神ですか?朝日新聞曰くの死に神ですか?
言葉と論理をもって商売している以上、他者に通じない言葉の使用は控えてください
誰にも理解できないモノはゴミですから

(by sakimiさん)というコメントを敢えて挟む精神構造というのが私には理解できません。冗句としての面白みはありませんし、本気だとしたら、この人にご理解いただく文章を書くのは非常に困難かと思います。

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22/07/2008

お気の毒に。

 ネット上では、特定の人物を非難するためだったら、ネット上のどこへでも赴き、どのような主張についても与して見せるみたいな人がたまにいます。で、この種の人々に乗せられて、その特定の人物について公然と悪口をだらだらと語るようになってしまう人々っていうのもたまにいたりします。そのときは、その種の人から、その特定の人物よりも上に立っているかのごとくおだてられるので、とりあえずいい気になってしまうようです。

 とはいえ、ネットの悪弊に深く毒された方々以外の目から見ると、特定の人物の悪口をだらだらと言い合っている姿というのははっきり言って醜いものですから、その人は今後はそういう人物として広く認識されることになるので大変です。特に、現実社会での人格とひも付けをしてブログ等を開設している人が、その種の罠に陥ってしまうと、現実社会での人格もそのように把握されることになりかねないので、難儀な話になります。その種の人々は、現実社会での人格とひも付かないように匿名を用いていることはもちろん、自分ではブログを開設しない根無し草状態だったり、そのハンドル名でブログを開設していたとしてもそのブログではその程度の人格であるという位置づけをすでにしてあったりするので、特定の人物の悪口をだらだらと言い続けている醜い人物だと認識されてもいまさら痛くもかゆくもないのでしょうが、その種の人物に引っかかってしまった人は災難です。

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19/07/2008

書き手の「言いたいこと」を認識するに当たって、直接書き手と連絡をとってその真意を確認しなければならないのでしょうか。

 前回のエントリーについて、矢部先生から不思議な反論がきています。

 記載された文章を通常の用法に従って読みくどくことによって、書き手の「言いたいこと」を認識する、というのは、当たり前のことだと認識していました。書き手の「言いたいこと」を認識するに当たって、直接書き手と連絡をとってその真意を確認するというのは一般的ではないし、そこまでしなければその「書き手」がその文章で何を言わんとしているのかを認識してはならないとの規範は我々の社会には存在しないものと思っていました。

 矢部先生は、

確認もせずに決め付けて批判するというのであれば、「私(小倉弁護士)が脳内で作り上げたに過ぎないもののように言われ」たとしても仕方がないように思います。
と仰っています。それが、「書き手」が医師ないし医療系ブロガーに限定されず、読み手ないし批判者が私である場合に限定されない一般論として仰られているのだとすると、矢部先生はもはや「批評」ないし「文章の解釈」ということ自体を否定されているということになります。「書き手」が医師ないし医療系ブロガーに限定され、かつ、読み手ないし批判者が私である場合に限定される話だとするならば、それはいわば「言いがかり」ということができます。

 さらにいえば、矢部先生は、

 刑事免責を主張する医療側の論者も、小倉弁護士の指摘した事案についても刑事免責を主張するかどうかは必ずしも明確ではありません。たぶん、しないでしょう。
ということを、それぞれの書き手に「確認もせずに決めつけて」擁護しているともいえます。さらにいえば、前回のエントリーで紹介した文章から、医療側から主張されている刑事免責は、医療行為としての妥当性が問題になる程度に専門的な領域における検察の排除と理解せよと言われてもそれは無理というものです。

 医師ないし医療系コメンテーターのそれまでの主張を前提として解釈すると、話はより悲惨です。例えば、「Doctor Takechan」という医師の「医療事故調第3次試案の闇」というエントリーのコメント欄で、鶴亀松五郎さんという方は、

(1)第一に駄目な点、先進国では故意や悪意の医療、すなわち最初から殺人または加害目的の医療行為(以前、イギリスで起きたようにGPの医師が患者を次々と毒殺して財産を横取りした事件、オーストリアでナースと医師がケアハウス入所中の高齢の患者に過量のインスリンを注射して大量殺害した事件など)以外は、刑事罰にとってはいません。

故意や悪意ではない診療関連死を刑事罰にしていたら、医療そのものが成立しなくなりますし、医療専門職のなり手もなくなります。

そうしないために、先進国は故意と悪意の医療行為以外は刑事罰を課さないのです。

と述べ、
とどのつまり、診療関連死を業務上過失致死にしないように法律を改正すれば済むだけです。
としています。この文章を読んだときに、「この書き手が望んでいるのは、『医療行為としての妥当性が問題になる程度に専門的な領域における検察の排除』である」と読み取ることは不可能でしょう。そして、このコメントについて、ブログ主は、 私より何倍も論理的で的確だな〜、と感心しきりです。と述べているわけで、医療系ブロガー等の要求は、医療行為については、故意がない限り、一律に刑事免責をするという点にあると見るよりほかにありません。

 なお、医療ミスに関して業務上過失致死罪が適用されて有罪となったケースのほとんどがこのような「医療行為の不確実性」とは無関係な事案なのですから、これらを、医療行為を業務上過失致死罪の対象とすべきか否かを論ずるに当たって念頭に置くことが難しいほどの例外事例であるかのようにいうのはごまかしだと思います。

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17/07/2008

首を晒すか否かって重要?

  「日本での日本語での報道自体が外国の報道機関に把握されている今の時代に」というエントリーに対し、guldeenさんから、こんなもん、毎日がライアン・コネルの首を晒せばそれで済む話。というはてなブックマークコメントをいただきました。

  「日本人に対する間違った見方を修正したい」ということが「達成すべき課題」だとすれば、「毎日がライアン・コネルの首を晒」したかどうかなんてものは些末的な話だし、晒したからってそれで何かが済むのかというと何も済まないように思えてなりません。それで済むと考えているのは、結局、WaiWaiの記事によって日本人がどのように見られるようになったのかなんていうのは、本当はどうでもよくて、マスメディアを攻撃するネタに使いたいだけだからではないかとの疑問が生じてしまいます。

 「Anger over Mainichi WaiWai column continues…」という記事のコメント欄などを見ていると、日本人に変態が多いみたいな偏見はむしろ日本のAV等がYouTube等で世界中から視聴されることにより生み出されているのではないかみたいな意見があって、それはそれで結構当たっているなという気がします。その種の記事を読んでそれを信じてしまう程度の人たちって、そんなに文字Only情報を読みたがる人たちなのかいな、それより映像メディアに影響を受ける人たちなのではないかいな的な話だったりします。

 これに対しては、毎日新聞のような一般紙を出している会社が英文Onlyの別働隊とはいえそういう記事を出すことが問題なんだみたいなみたいな反論もあるのですが、日本の実情に無知な人たちが日本国内における毎日新聞社の立ち位置なんか理解しているのだろうかということを疑問に思ったりします。海外のホテルで日本語の新聞を部屋に届けてもらうサービスを受けるに際して毎日新聞を選択できるケースって私は体験したことがありませんし。

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16/07/2008

「医療行為はartだから、ミスをしたとして医師を糾弾するのはおかしい」という意見について

 矢部先生のブログのコメント欄によれば、医学は学問でも,我々臨床医の行なう「医療」はartです.そしてartに「ミス」と「ミスでないもの」の線引きができないのはある意味では当然のことだと思います.(by Level3さんの269番発言)なのだそうです。

 しかし、本来死ぬような病状ではなかった家族が医療行為の結果死亡してしまった場合に、

 我々臨床医の行う「医療」はartです.そしてartに「ミス」と「ミスでないもの」の線引きができないのです。例えば、イチローでも毎回確実にヒットが打てないのは仕方が無いと考えるでしょう?例えばイチローがド真ん中の直球を空振りしたら「ミス」でしょうか?それは糾弾すべきことでしょうか?それは糾弾すべきことでしょうか?ちがうでしょう? 同様に、多くの医師が普通に治療できるであろう患者について普通の治療をできずに患者を死に至らしめたとしても、これを「ミス」として糾弾するのは間違っているのです。

みたいな説明を万が一された場合、納得できないことは予想するに難くありません。

 どうも、一部の医療系コメンテーターさんたちは、患者やその家族の側が「医療の真の姿を理解」していないから、そのように考えてくれないのだとお考えのようなのですが、それも如何なものかと思います。むしろ、イチローがド真ん中の直球を空振りした場合も「ミス」として認識されうるが、それによりもたらされる害悪の程度が小さいために、さほど糾弾されないというのが実際に近いのではないでしょうか(「この一打でワールドシリーズ出場が決まる」という打席で、ド真ん中の直球を空振りしてチャンスをつぶせば、それなりに糾弾される可能性はあると思いますが。)。

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日本での日本語での報道自体が外国の報道機関に把握されている今の時代に

 WAIWAI問題で執拗に毎日新聞を攻撃している人々のコメントを見ていると、対韓国等に対する毎日新聞社の姿勢に絡めようとしている人々と、医療問題に関する毎日新聞社の姿勢に絡めようとしている人々がやたら頑張っているようです。

 この人たちは、結局、もともと毎日新聞の報道姿勢が気に食わなかったのであり、WAIWAI問題というのは、その気に食わない毎日新聞を倒産に追い込むためのネタに使おうとしているだけのように見えます。なるほど、ネタ元への責任追及に発展したり、英文で対抗言論を作成し発表しようという方向に流れないわけです。

 いまは外国の報道機関等も、日本語のできるスタッフが日本語で日本国内で出版されている雑誌等を読んで本社に報告することが普通に行われている時代ですから(WaiWai問題は、外国の報道機関が行うことを、日本の報道機関の英文誌セクションが行ったというにすぎないのです。)、日本を誤解されないようにするためには、日本語で掲載された雑誌のエロネタセクション自体をどうにかしないとならないはずです。ただ、そうなると糾弾の対象を、保守系メディアに広げないといけなくなりそうではあるのですが。

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業務妨害行為者と「言葉の戦争」をすることは無意味ではないか。

 essaさんが次のように述べています。

何度裏切られてもまた期待してしまうのですが、暴力団ではないんだから、最低限、社会と言葉のやりとりをしてほしいと思います。どんなに食い違っててもいいから、「新聞とはこういうもんだ」と言って、言葉で戦争してほしい。言葉を抑えこむような戦争はしないでほしい。

 しかし、相手の言動が気にくわないからといってその広告主に働きかけて広告の出稿を取りやめさせて相手を兵糧攻めするがごときは、「言葉の戦争」ではありません。単なる「業務妨害」です。業務妨害を行うことで言論を弾圧しようという輩を相手に語る言葉など、新聞社とて持ち合わせていないでしょう。それに、どんなに言葉を紡いだどころで、特定の目標を設定し、それに向かって着々と業務妨害行為を行っている人たちの心には響かないでしょう。

 事ここに至っては、毎日新聞としては、インターネット部門からの収入を当面あきらめてでも、毅然とした態度をとるしかないはずであり、ここで妙な妥協(毎日新聞に対する攻撃を煽っている人たちの声を代弁する新聞へと思想を右展開させることとしたり、彼らをとりまとめてくれる人物に利益を供与したり等々)をすることがあれば、それこそ報道機関としては終わったというべきでしょう。毎日新聞が終わるだけならばいいですが、彼らがこれに味を占めてしまうと、彼らの意に沿わない報道をするとまた同じ目に遭ってしまうと言うことで、日本の広告ベースの商用メディアのほとんどが「国威発揚」に沿わない報道を自粛せざるを得なくなるかもしれず、その弊害は図りしれません。

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13/07/2008

理系白書ブログへのコメントスクラムについて

 毎日新聞の記者が解説する「理系白書ブログ」が、匿名さん集団に荒らされているようです。ブログ主に何の問題もなくとも、匿名さんによるコメントスクラムに晒される、という一つの例です。

 この場合、匿名のコメンテーターさんを満足させるためには、ブログ主は、自分の勤め先が発行する新聞を廃刊するなど勤め先の経営方針を左右できる存在になるか、または、勤め先を辞めざるを得なくなりそうです。まあ、常識的に考えて、前者は実現が容易ではありませんし、後者は経済的な合理性を欠きます。つまり、言うだけ無駄なことを言っていることは明らかに認識しうることであって、単に嫌がらせをして喜んでいると言ったところでしょう。

 普段から「言論には言論で対抗すべき」と言っている人たちが、言論に対し嫌がらせや業務妨害で対抗している人々を容認してしまっている点に、私はある意味ご都合主義を感じてしまいます。そういうことを言っているとまた「空気が読めていない」と非難されてしまいそうなんですが、「空気を読んで、不正に対し『見ざる、言わざる、聞かざる』を決め込む」っていうのも窮屈でいやだなあと思ってしまうので仕方がありません。

 WaiWai問題について言えば、そこでの記事の内容が誤報であると言うことを英文で作成してネット等に掲載する(それが世界中の読者に注目されるように情報を一カ所に集約するとか、自分たちの反論の信頼性を増すために、実名およびポジションを明示する等の工夫は必要かもしれませんが。)ことこそが「言論には言論で対抗」するということであって、ブログ主が毎日新聞社の記者でありその旨を表明していると言うだけでそのブログのコメント欄に無茶な要求を突きつけたり、攻撃的なコメントを投稿したりするというのでは、「言論には言論で対抗」しているとは到底言い難いです。

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12/07/2008

憎しみをはき出すコメントがいくら多くても……

 ブログのコメント欄を繁盛させる一つの手法として、匿名の陰に隠れて第三者の悪口をいう舞台として開放してあげるというものがあり得ます。ここでいう第三者には、特定の「人物」だけでなく、特定の団体、法人、集団、属性、民族等が含まれ得ます。

 同じ第三者に憎しみを持つ人々がネット上の一つの「場所」に集まって当該第三者をこき下ろすというのは、特に匿名でないと強いことが言えない程度の精神構造の持ち主には快感らしく(まあ、匿名であっても、ある程度「仲間」と一緒でないと不安なのでしょう。)、そういう場所を用意してくれるブログ主のもとには、その種のコメンテーターがわんさかと集まってきます。そして、そのような場所を提供してくれるブログ主は、その種の人々から賛辞の声を浴びるわけです。

 ブログ主のネットリタラシーが十分でない場合、それで舞い上がって勘違いしてしまうことがしばしばあるわけですが、その種の場所って、その第三者に対する憎しみを共有していない人間から見ると、非常にカルトチックで、醜悪なものでしかありません(特に右寄りでない人は、嫌韓でエントリおよびコメント欄が盛り上がっているブログを想像してみてください。)。

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10/07/2008

不快感は、理屈っぽさに対するものではなく、反論を禁止した上で個人攻撃を続ける卑怯っぷりに対するものだ

 矢部先生のブログでは、今度はponさんというコメンテーターが陰湿な集中攻撃を受けているようです。なお、ponさんのご意見は、例の素粒子・鳩山論争に関するオルタナティブな見方として十分あり得るものであって、その説明も決してわかりにくいものではなかったとは思いますが、なにせ、「空気を読む」ことが過度に要求されるブログですので、少数派への個人攻撃や揚げ足取り等が執拗に繰り返される不毛なものとなってしまいます。

 で、ブログ主が、

 ponさん

 もうやめましょう。

 うんざりです。
といい、ponさんも
「止めましょう」との事、了解しました。

止めます。
長らくご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

それでは。
としています。

 このような流れを尊重するなら、その後にponさんを批判するようなコメントは投稿すべきではないし、ponさんを非難するような投稿がなされたらブログ主としてはこれを削除する等の措置を講ずるのが通常です。さもなくば、ponさんは、矢部先生のブログのコメント欄で一方的に非難されて反論をなしえない状況に置かれるからです。

 しかし、さすが矢部先生のブログは違います。ブログ主自ら私が問題にしているのは、あなたの発言の内容よりも、そのような発言の姿勢です。としてponさん個人の人格攻撃を行うとともに、ponさんの発言を「これは名誉毀損に値します」と評するコメントがその後に投稿されても放置しています(それが名誉毀損に当たらないことは法律家である以上判っているとは思いますが。)。

 このような状況を見かねた「層化きらい」さん(矢部先生のプロフィールを知った上でそのハンドル名を使うのはどうかと思いますが。)、

これで最後と言われた方に罵声を浴びせつづけるコメントは見たくないのですが、ここはそうゆう場所だったのですか。とても残念です。
というコメントを投稿したところ、矢部先生は、
まあ、そういう場所でしょうね。

 ここはかなり熾烈な議論を経験してきてますから、皆さん議論の進め方については厳しいですよ。
と回答しています。

 「層化きらい」さんが問題としているのは、ブログ主からの要請に応じてそのブログのコメント欄にもう投稿しないと表明しているコメンテーターに対してさらに罵声を浴びせ続ける卑怯っぷりであって、本当に「議論の進め方について厳しい」皆さんが集まっているのであれば、内輪でストップが掛かってしかるべき行為についてです。

 矢部先生はブログ主をはじめ理屈っぽい人が多いですから、感情論ベースの人にとっては居心地がよくないと思います。と仰っていますが、「もうコメントを投稿するな」と言って相手にこれを承諾させた後に安心して相手に罵声を浴びせかける人々に対する不快感というのは、感情ベースの人が理屈っぽい人に対して感ずる居心地の悪さとは全く性質の違うものです。

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03/07/2008

「中傷にはスルーが原則」は今は昔のお話

 nov1975さんはさて、泣き寝入りをしなくて済む方法は。こと世の中の評判に対しては、自分の正当性を高らかに歌い上げればよいんじゃないでしょうか。後ろ暗いところがなければ、ちゃんと見ている人はわかってくれるでしょう。仰っています

 私たちの領域でも、ネット上での中傷は放置しておくのが一番だと、10年くらい前は、そうアドバイスをしていたのです。しかし、それも昔の話です。

 最近は、組織的な中傷も多いので放置していても中傷がやまないという事態が増えてきました(流されているネタからするとどうもライバル業者がやっているのではないかという事例は結構多いです。)。また、ネットで匿名で語られていることの方を信じる人も増えてきました。やはり衝撃はライナス学園事件であって、ネット上での誹謗中傷により生徒の大幅減少にまで追い詰められたわけです。

 そのようなときに「自分の正当性を高らかに歌い上げ」ても焼け石に水って場合は少なくありません。「内部告発もどき」の投稿が執拗になされているときに、「あれは事実無根です」ということをいくら高らかに謳い上げようが、ネットで匿名で語られていることの方を信じる人には全く効果がありません。中傷に対しては、対抗言論は成立しません。リタラシーの高い人々のみを相手にしていればよい業界はよいのですが、リタラシーの必ずしも高くない人をも顧客としなければならない業種も少なくないのです。

 また、絶え間のない悪意に晒され、それがネットの匿名集団により囃されることに精神的に耐えられない人々も結構います。といいますか、それが人間としては普通なのであって、ネットでの集中的かつ継続的な中傷を「スルー」できる方が特殊です。

 逆に言えば、匿名さんたちからすると、だからこそ、集中的かつ継続的に中傷を行って相手を精神的に追い詰めてあわよくば自殺に追い込んだり、ライバル業者の営業を妨害しあわよくば倒産に追い込んだりする手段として、ネットの匿名性は保障されなければならないということになるのだとは思います。ただ、そういう手段を保障しなければならないというのは、表現の自由が憲法上保障されているということを加味しても、法的にも倫理的にも正しくないように思います。

 我が国において、ネットの匿名性を手にしたときに自制心を保てなくなってしまった人が少なくなく、しかも、ネットの匿名社会はこれを自立的に排斥する意図がないことが事実として明らかになっています。このような環境の下では、ネット表現の匿名性の保障というのは、日本国民は未だこれを持つに値しないのではないかと思います。

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18/06/2008

発信者情報開示の運用の見直しの必要性

 発信者情報開示の手続に関しては,そろそろ,開示請求者側の代理人として,主たるアクセスプロバイダやレンタルサーバ業者(商用ブログ事業者やレンタルサーバ事業者を含む。),巨大電子掲示板管理者等に,運用の改善を求めた方が良いかなという気にはなっています。壇先生や久保先生などもお誘いした方が良いかもしれません。

 とりあえず,弁護士が代理人についているのに本人の写真付き身分証明書の写しの交付を要求するのはやめてもらいたいし(本人から委任を受けていないのに委任状を偽造してまで発信者情報の開示請求をするなんてリスク犯しませんよ),投稿者のメールアドレスとして捨てアドが登録されていて意見照会ができない場合や,意見照会の結果真実性の抗弁の存在を基礎づける資料の提出がなかった場合には,速やかに発信者情報の開示に応じていただきたいものです。意見照会の結果のコメントが「申し訳ありません。発信者情報だけは開示しないで下さい」なのに,「当該犯罪を犯していないとの公的な証明書が提出されない限り,権利侵害が明白とは言えないので,開示には応じられません」という回答はもう止めてもらいたいものです。

 また,IPアドレスと投稿時間しか把握できていないレンタルサーバ業者等について言えば,発信者情報の開示請求を受けたら,当該投稿に用いられたIPアドレスからアクセスプロバイダを探し出して,当該投稿にかかるアクセスログを消去せずに保管しておくようにアクセスプロバイダに連絡し,そのような連絡を受けたアクセスプロバイダは当該投稿のなされた時間帯に当該IPアドレスの割り当てを受けていた人物を特定するのに必要な限度でアクセスログを切り分けて保管するようにしてもらいたいものです。

 ブログ事業者等には,匿名プロキシサーバを経由してのコメント投稿を禁止するようなシステムを採用してもらいたいものです。ブログのコメント欄で名誉又は名誉感情を毀損されるのはブログ主だけとは限らず,むしろ第三者の名誉又は名誉感情がコメント欄で毀損される例も少なからずあるので,匿名プロキシサーバ経由のコメントの投稿を認めるか否かをブログ主の選択に委ねるのも如何なものかという気がしつつあります。

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FireFox3.0

 さきほどFireFox3.0(OSX用)をダウンロードして試しに使ってみているところですが,体感速度がSafari3.1.1より大分速いような気がします。Flock1.0も速いと思いましたが,それ以上に速さを感じます。

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15/06/2008

医療事故の実態を知りたければまず俺たちを免責せよという要求について

 全国医師連盟の意見表明は、その公式サイトにおいて、「iken1.html」から「iken6.html」まで6本、公表されています。同連盟の正式な発足はつい最近のことなので、各意見書の名義は、「全国医師連盟 設立準備委員会 執行部」というような形になっていますが(「執行部」名義ではなく、単に「会員の声」となっているものもある)、iken1.htmlではわざわざ「*これは設立準備委員会のものですが、現在でも通用します。」と注意書きが記載されていますし、「全国医師連盟」のロゴとともに「ikenX.html」(Xには数字が入る)というファイル名の元に同連盟の公式ウェブサイトに掲載されているのですから、今月になって正式に発足した「全国医師連盟」の意見を基本的に反映していると見てよいのでしょう。これらのウェブページからメニュー部分に表示されている「解説・オピニオン」という文字列をクリックしても、それ以外の解説・オピニオンというのは今日現在表示されませんし。

 全国医師連盟の公式サイトに掲載されているご意見のうち、半分(1,3,6)が「医療安全調査委員会」の新設に反対するものです。具体的にいうと、調査の結果、民事または刑事上の責任が医師にあることが判明した場合に法に則った責任を医師がおわされるような調査が行われることには反対だということです。

 民事にせよ刑事にせよ、医師に対して「結果責任」を負わせる法体系とはなっていないので、医療関連死に対して正しい事実認定がなされ、現在の医療水準に則った注意義務の設定がなされれば、現在の医療水準に則って医療活動を行っている医師が法的責任を負わされることはありません。もちろん、判断者が人間である以上間違えることもあるでしょうが、「医療安全調査委員会」の新設というのは、できるだけ間違った判断がなされないような工夫の一環であるというべきでしょう。

 しかし、これに反対する全国医師連盟の主張を敷衍すると、医師として期待される注意義務を満たしていなかったこと、言い換えれば、刑事法から見れば犯罪行為が行われていたこと、民事法から見れば不法行為または債務不履行が行われていたことが調査により明らかになった場合に、実体法的に発生している法的責任を医師に対し問わないことが保証されない限り、「医療安全調査委員会」において、医療関連死に対して正しい事実認定がなされ、現在の医療水準に則って注意義務の具体的内容が設定されることには受け入れがたいということになるのではないかと思います。医師の方々は、医師の責任が問われるべきでないとする例として、(医師の事実認識を前提とすると)過失がなかったと考えられる例を持ち出して医師に法的責任を問うことを問題視するのですが、実際には、患者の取り違えや点滴の作り置きのように、「医療の不確実性」云々の問題ではないミスで患者が死に至る場合もあるわけです。しかし、これを見る限り、全国医師連盟としては、そのような例だということが調査により明らかになった場合であっても、事故の再発防止に役立てばそれで患者側は満足すべきであって、医師が「医師免許の停止や剥奪などの行政処分というペナルティや罰金刑や禁固刑といった刑罰」を課されることはもちろん、「患者さんやそのご家族が医師を訴えて損害賠償金を払わせるということ」も断念せよということを要求しているように読めます。

 閑話休題。全国医師連盟では、「国際的に評価の高い日本の医療は、先進国最低の医療費に よって賄われている」としています。これは、ネット上でも医師とおぼしき人々からしばしば語られることですが、本当でしょうか。

 世界保健機構の公式ページにアクセスすると、NHA Ratios and Per capita levels というデータを、Excel形式またはpdf形式でダウンロードすることができます。そのデータには、国ごとの「Total expenditure on health as % of Gross domestic product」も掲載されています。これによれば、日本の健康関連総支出はGDP比で8.2%(2005年)です。では、これは先進国の中で最低なのかというと、何をもって「先進国」というかによるということになりそうです。というのも、このGDP比が日本よりも小さい国として、ロシア、フィンランド、ルクセンブルグ、メキシコ等があり、またほぼスペイン、英国、アイルランドとほぼ同レベルだからです(以上の国々は、ロシアをのぞき、OECD加盟国です。)。むしろ、米国(マーシャル諸島についで世界2位)が特殊としかいいようがありません。このように、実際のデータを見ると、日本の医療は、先進国最低の医療費に よって賄われている」とは言い難いように思えてきます。

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14/06/2008

患者の権利は重んじていない

 全国医師連盟というのが結成されていたのですね。

 患者と医療従事者の権利を重んじ、医療の質の向上と診療環境を改善するために活動しますというお題目は立派です。でも、実際のところ、医療行為に関して医師に法的責任を問うなという話に重点が置かれすぎていて、少しも「患者……の権利を重んじ」ているようには見えません。

 例えば、「産科崩壊阻止のための対策要望書」では、第1に、医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい。これは全ての科に必要です。出産には産婦人科、麻酔科、外科、小児科、内科が関わり合いますから、産科だけでは無意味です。 最近は外科、救急医療が崩壊中ですから、必ず必要です。という要求から始まります。しかし、横浜市立大学病院事件のように、肺の手術予定だった男性患者と心臓の手術予定の男性患者を取 り違えて執刀してしまった例や、慈恵医大青砥病院事件のように、医師に経験を積ませるために、腹腔鏡下手術の十分な経験のない医師3名が、指導医無しで執刀し、大量出血による脳死で死亡させたような例まで含めて刑事免責とすることに国民的な合意が得られるようには到底思えません。ある意味正直といえばそうなのかもしれませんが、このような国民が受け入れがたい要求を第1番目にもってくる時点で、アピール文書としては最低です。

 ついで、民事訴訟での上限設定が必要です。分娩保険も支払わない場合だと、1000万円まででしょう。或いは分娩保険を支払う場合は、更に上乗せしても良いでしょう。例えば妊婦死亡の場合損害賠償額2000万円なら分娩費50万円。妊婦死亡の場合損害賠償額1億円なら分娩費500万円とか。支払い可能な額を計算して決めれば良いです。という要求が続きます。国民に対してけんかを売っているのでしょうか。「分娩費500万円を先に払ったら、妊婦が死亡したときには賠償額として1億円払ってやるぜ。そんなに払えないのなら、上限1000万円でせいぜい我慢するのだな」ってことをいっているわけです。産婦人科では、20人に1人の割合で妊婦を死亡させるおつもりなんですかって話ですよね、これは。何で1事故あたりの上限1億円の医師賠責保険の保険料100年分を妊婦が1回の分娩に際して支払わない場合には賠償額として1億円も払う必要がない、保険料10年分を妊婦が1回の分娩に際して支払った場合でも上限2000万円でよいという話がどこから出てくるのか不思議です。

 次に、3 検察審査会の起訴は医療事故には適応されないことにすべきです。感情は医学的判断に影響すべきではありません。あくまで科学的分析すべきです。との要求がなされています。しかし、検察審査会には起訴権限はありません。検察審査会の不起訴不相当ないし起訴相当の議決があった場合に、検察官がこの議決を参考にして事件を再検討するにすぎません。

 一つとばして、病死は異状死でないと定義すべきです。医療関連死は異状死でないと定義して下さい。医療関連死をどうするかは、今後話し合えば良いでしょう。医療関連死は届出義務がないとして下さい。診療行為に関連した予期しない死亡は異状死だという法律上の定義はどこにもありません。法医学会の声明など意見に過ぎません。何ら届け出を法的に拘束するものではありません。診療行為に関連した予期しない死亡が業務上過失致死罪に相当するという法律は存在しません。最高裁が言い出したことは立法権の侵害と思います。法律は国会 が決めることです。との要求がなされています。しかし、「医療関連死」とは、「医療に関する有害事象発生と死との因果関係が疑われうる事例」であり、「遺族が、医療行為、または、不作為との因果関係を疑う可能性のある死亡」である定義されている以上、「医療関連死は病死であって異常死ではない」と定義することは不可能です。例えば、都立広尾病院事件のように、看護師が点滴薬を取り違えて準備し、他の看護師がそれを患者に注入した結果患者が死亡するに至った場合に、これを単なる病死として右から左に処理をしてしまうことに、私は強い違和感を感じます。

 次に、福島県大野病院の産婦人科医加藤先生逮捕事件は不当逮捕不当起訴だったと宣言して下さい。直ちに起訴取り下げして、裁判を終了して下さい。2度と国、政府、厚生労働省、法務省、警察、検察が、この事件の様な不当逮捕、不当起訴事件は起こしませんと宣言して下さい。その宣言がなければ、恐ろしくて産科や外科医療など出来ません。その宣言がなければ、医療冤罪で逮捕起訴される医師が必ず出るからです。何故なら、妊婦は一定の確率で必ず死ぬからです。その度に産科医が逮捕起訴されるのであれば、産科など出来ません。警察は告発あれば、必ず、書類送検します。検察は遺族マスコミの感情に流され、起訴してくる可能性が高いからです。そこに科学的分析の概念はありません。今回の大野病院の刑事裁判で明らかとなりました。と要求しています。しかし、この事件での起訴が正しかったかどうかは、第一審判決も下されていない現段階では未だ明らかではありません。さらにいえば、この事件の前後においても、妊婦が死ぬたびごとに産科医が逮捕起訴されているという事実はありません。日本の刑事司法は、起訴された場合の有罪率は高いですが、起訴率は高くありません。

 一つとばして、陣痛促進剤被害者の会で、「無過失保険で得た保証金で訴訟の準備もありえる」、「産科訴訟に無過失はない全て過失だ。」と公然と宣言されました。だから、無過失保証制度は無意味です。効果はありません。この制度で産科医療崩壊阻止は出来ません。この制度では年間数百億から、数千億円使うことになりますが、この金は無駄なことに使うのではなく、 周産期医療施設の建設や維持に使用すべきです。との要求がなされています。「陣痛促進剤被害者の会」がそう述べたからといって、「産科訴訟に無過失はない全て過失だ」ということになるわけではありません。また、産科関連の無過失補償制度としては、これなどが報道されていますが、その一人あたりの総額は「総額は3000万円弱になる見通し」とされており、また、日本医療機能評価機構の「第12回「産科医療補償制度運営組織準備委員会」次第」では、調査報告書にもとづく推計では、補償の対象となる者は概ね500人〜800人程度と見込まれるとされていますから、必要な予算は、200億円前後です。さらにいえば、出産時の事故により子供が脳性麻痺になってしまうというのは大変なことであって、そのような家庭を経済的に支援するために3000万円程度の給付を行うことを「無駄なこと」と言い切ってしまうセンスにはついていけません。この連盟は「患者と医療従事者の権利を重ん」ずる旨標榜しているものの、患者の権利を軽視し、むしろ憎しんでいるようにすら感じられます。

 こんな独善的な意見書を公表する前に、ちゃんと弁護士にチェックしてもらえばいいのに。

【追記】

 心臓外科医の南淵明宏先生は、政府案に反対し「医療従事者に刑事責任を問うべきではない」との主張があるが。との質問に対してどのような職業でもリスクはある。良かれと思って一生懸命やったことで人が死んだ場合に、医師だけが刑事責任を免じられる理由はないだろう。と答え、司法の介入は「医療崩壊」につながるとの指摘もある。との指摘に対しては、日本の医師社会は個々の医師に関する質の管理を放棄し、見せ掛けを良くする努力ばかりしてきた。その総本山が大学病院であり、ばかばかしさに気付いた若い世代の医師が新たな価値体系を求め迷走している。それが『医療崩壊』と表現される現象だ。事故への司法介入とは次元が違う問題で、刑事責任と医療崩壊を結び付けた議論は、医師社会の幼稚さや秩序の無さを露呈させている。医療は既に根本から崩壊しており、今後は再構築の段階と言えると答えています。矢部先生のブログのコメント欄でとぐろを巻いている方々の意見のみが医師の意見だと思うと他の医師の方に失礼に当たるのだなあということを改めて実感させられる次第です。

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13/06/2008

時間をとるか給与を取るか。

 「労働時間の短縮」という問題を考えた場合には、常に突きつけられる問題があります。給与を取るか時短をとるかという問題です。そして、これは、勤務医の勤務条件に関しても当てはまります。

 例えば、公立病院において、勤務医の人件費として年間1億6000万円の予算が付いたとした場合に、勤務医一人あたりの平均年収を1400万円程度に維持しようと思ったら、11人しか勤務医を雇用することができません。しかし、勤務医一人あたりの平均年収を米国の家庭医並みの水準(800万円程度)にとどめることで医師たちが納得するのであれば、その病院は20人の勤務医を雇用できることになります。すると、勤務医が11人の時には医師が週72時間働かなければこなせなかった仕事が、単純計算で言えば、勤務医が20人の時には週40時間働けば済むということになります。

 勤務医たちの間で「給料が減少してもいいから労働時間を短縮してほしい」という考えが広く共有されているのに、病院の方が「労働時間はともかく、高給を用意しないと、勤務医を確保できない」との意識が強い場合、医師と病院との間のコミュニケーションギャップに基づくミスマッチがあるということになります。そのミスマッチの解消は、ネットで匿名でマスコミや法曹や患者を罵ることによっては解消しません。

 また、給与の面についても、勤務医の平均給与を一定水準に維持する中で、勤務医間の給与格差をどうするのか(実績が乏しい間は低い給与水準に甘んずるが相当の実績を積んだ後は相当の高給を期待するのか、むしろ年功を加味せず労働時間ベースないし出来高ベースで給与を算定するのか等)という問題はあるのですが、これは医師内部での世代間対立をどうするのかという問題であって、医師内部でのコンセンサス作りをしてもらうよりありません。そして、それは、ネットで匿名でぐちぐちと愚痴をこぼしているだけでは不可能です。

 ネット上の医療系コメンテーターはすぐ米国での労働環境を羨むような言い回しをするわけですが、米国では、Committee of Interns and Residentsのようなものを結成してちゃんと戦うわけではないですか。処遇の改善って、そこからがスタートであって、それなしにネットで匿名で不満をぶちまけていても何ら改善はなされないわけで、それは「医師」だって変わりやしません。要求の100%を聞き届けることなんて客観状況が許さないのだから、結局、どの点を重点的に譲歩するのかを探っていかなければならないときに、交渉窓口がはっきりしない勢力と譲歩交渉なんてできないのですから。

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11/06/2008

現状の改善に現実につながる議論がきちんと行われない場を「レベルが高い」と評価することにとても違和感あり

 某ブログのコメント欄では日長一日私に対する個人攻撃、人格攻撃でとても盛り上がっていたようです。ああ、しょうもない人たちだこと!

 それはともかく、医療系コメンテーターたちの問題点をさらに挙げるとするならば、現実社会が対応可能なレベルの要求でとどめておくと言うことを知らないということでしょう。医師という属性と、匿名であると属性故に、ダブルパンチで神様気取りなので、「妥協の余地を探る」という精神構造を持ち得ないのかもしれません。最近のエントリーで医療系コメントスクラムに襲われた法律家系ブログの例を2つ挙げましたが、どちらの例にしても、医療系コメントスクラムの要求というのは、とても現実社会の人間が受け入れることのできないものだったわけです。

 また、医療系コメントスクラムに襲われた団藤保晴さんの例についていえば、団藤さんはジャーナリズムの側ではもっとも彼らの問題意識に近い問題意識を持っている人物の一人であり、それ故、共通する問題意識に基づいてマスメディアと医師側のいわば共闘を呼びかけたわけですが、共闘に伴う一定のリスク負担を求めた(といっても、実名を示して前面に出てくることを求めただけですが)だけで、医療系コメンテーターたちからは総スカンに近い扱いを受けたわけです。

 もちろん、医師たちは単に現実社会での戦い方を知らないだけかもしれません。それならば、法律実務家が戦い方を教えてあげればいいのにと思わなくもありません。そこに何人もいるのですから。現状を少しでもよい方向に「現実に」導くことこそ、法律実務家の本領ではないですか!私は、知財・IT系ですので、その分野ではそれなりにその能力を活用し、それなりに貢献はしてきたつもりです。現状に不満を持つ人々のために不満をぶちまける場を設け、それを褒めそやすだけというお気楽で無意味なことはしてこなかったつもりです。

 これは人生観の違いに由来しているのかもしれませんが、私には、現状の改善に現実につながる議論がきちんと行われない場を、とてもではないですが「レベルが高い」と評価する気になれません。

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矢部先生に期待しても…ってことだったようです。

 矢部先生からコメントを頂きました。本来は,メールで直接にやりとりするべき内容なのですが,最近3回にわたり矢部先生にコメントを投稿いただいた際に,矢部先生は1回1回異なる文字列をメールアドレス欄にご入力されていますし,最初にご入力いただいたアドレスに宛ててメールを送信したところ,そんなアドレスはないとしてMail Delivery Subsystemからの突き返しを食らってしまいましたので,こちらで言及させていただきます。

 矢部先生のコメントの内容は下記のとおりです。

私のブログのコメント欄にあなたに対する人格攻撃があるというのであれば、あなたがコメント欄でお書きになった

>矢部先生のブログのコメント欄の「空気」が、「日本の医師は無条件にすばらしい。それなのに、マスコミも、官僚も、法曹も、患者たちも、おのが欲望のために、不当に医師たちに言いがかりをふっかけてくる。医師の行動にこれらの輩が文句を言うことは許さないぞ!」という類のものであることは理解していますが、

これは、私および私のブログへの投稿者に対する虚構の事実に基づく人格攻撃です。
私に矜持を求めるのであれば、まずあなたが示すべきでしょう。

 矢部先生が私に読めと仰った「空気」についての理解が矢部先生のものと異なっているということをもって「挙行の事実」だの「人格攻撃」だのと捉えることもどうかしていると思いますし,矢部先生のブログのコメント欄の「空気」を素晴らしいものと褒め称えなければ,そこで行われている個人攻撃に対してしかるべき措置を講じないと宣言するのも如何なものかと思われます。といいますか,「空気」に対する評価が人格攻撃なんでしょうか。

 実体面でいうと,矢部先生のブログの,特に医療問題に関するエントリーのコメント欄についていえば,日本の医師を,世界一質が高く,しかも自己犠牲の精神に満ちた素晴らしい存在であると自画自賛する書き込みが多く投稿される一方,そのような医師たちの意に沿わない行動をする法曹,マスコミ,厚労省等の官僚,患者たちについては,酷い言われ様をしており(あそこでの患者側訴訟代理人を務める弁護士の言われ様は,患者側を引き受けない私から見ても酷いと思いますし。),それがブログ主により容認されているわけですから,そこでの「空気」を上記のように要約することがあながち外れていないことは明らかであります。

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労働環境に関する問題は労使関係の問題と考えるのが筋

 自分のブログのコメント欄のレベルが高いなんて真顔でいえる人がいるというのはある意味驚きです。コメントの質の低さというのは我が国のブロガーの共通の悩みかと思っていました。

 それはともかく医療系コメンテーターの最大の問題は、自分たちが不正不満をぶちまけて、「俺たちの要求を丸呑みしなければ俺たちが逃散するだけだ。それで困るのはお前らであって俺たちではない」という捨て台詞を吐くことしかしていない点でしょう。で、自分たちは政治的に行動して要求を実現させていくことは何も考えていない、といいますか、そのように行動しない自分たちを恥じるどころか、むしろ誇ってみせるところでしょうか。

 でも、勤務時間や勤務シフトの問題なんて純粋な労使問題ですから、法曹や報道に悪態ついてみたって何も変わらないのであって、労働組合を作って団交し労働者としての権利を一つ一つ実現していく等の泥臭い手法を使っていった方がよほど効果的です。「雑用」として従前医師が行ってきたことをどれだけ補助職に行わせるかという意味での業務体制の再構成にしてもそうです。「中規模の公立病院で働く勤務医の年収は、1427万円」だそうですが、勤務医の年収を1000万円程度に引き下げる代わりに年間400万円の人件費を使って補助職を雇って「雑務」の多くから解放された方が医師にとっても幸せなのではないかという気がします(年収なんて、一定の臨界点を超えると、あとは記号的な意味しか持たなくなりますし。)。「雑務」を補助職に委ねることに法的な障害があるのであれば、それをどうやったら取り除けるのかについての議論をした方が生産的です。まあ、こううことをいうと、補助職を雇えるほどの収入がない云々という言い方がされる可能性はありますが、補助職って、より生産性の高い仕事をできる人をそのような仕事に集中させるために雇うものなのですから、むしろ厳しい経営環境に晒されていればこそ補助職の使用が検討されるべきだというべきでしょう(もちろん、医師の側の意識として、自分たちの収入が減らされるぐらいであれば、補助職なんぞ雇わずに自分たちですべての雑務をこなした方がましだという声の方が大きいのであれば仕方がない話ですが。)。

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10/06/2008

矢部先生の矜恃に期待する

 矢部先生のブログのコメント欄は私の人格自体を攻撃する書き込みが大分投稿されているようです。これに対してきちんとした処理をなされるのか,あるいは,これを放置する道を選ぶのか,お手並みを拝見することにしたいと思います。

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検証可能性のない「体験談」がそのまま垂れ流されることの弊害

 匿名発言の問題点を指摘すると,相変わらず内部告発はどうだ云々という話が出てきます。

 しかし,内部告発に関していえば,通常は,「一定の期間がこれを受け付けても,裏がとれるまでは,これを開示しない」というルールの下で運用されているはずです。内部告発の様相をまとったデマが内部告発として公表されることの弊害は大きいからです。実際,私は,公益通報制度のある国や地方公共団体等において,内部告発の受付を,投稿結果がすぐに公表される「電子掲示板」で行っているという例があることを知りません。

 私は大分前に,「Aさん」の体験として,ある医療機関にて違法行為が繰り返されているがごとき報道を週刊誌にされた事案を扱ったことがあります。そこで記載されている「体験」に類似するエピソードすらなく「Aさん」が誰なのか皆目見当がつかない(記者が架空の存在として「Aさん」という人物像を作り上げたか,又は,虚言癖のある「Aさん」からの「内部告発」を十分な検証もせずに記事にしたのでしょう。)ので,具体的に反論するきっかけすら摑めない事案だったのですが(発信者情報開示請求訴訟と違い,名誉毀損に基づく損害賠償請求事件では報道機関側が摘示事実が真実であることの証明をしないといけないのでまあ助かりましたが),そのような報道でも少なくない人がその記事を真実だと信じてしまい,被害者はずいぶんと酷い目にあったものです(心当たりがないので,「あの件は実はこういうことだったのですよ」という説明すらできず,「あれは全くのでたらめなんですよ」という話しかできないので,マスコミの報道を信じてしまった人に対して説得力を持つ弁解ができないのです。)。

 矢部先生がそのブログにおいてやろうとしていることは,情報の出所を明示せず,また,その真実性を検証する手がかりとなる情報も明示しない状態で,特定の人々(この場合「患者やその家族等」です)を糾弾するためのエピソードを公表していこうということであって,上記週刊誌がやったことを大々的に行おうということです。おそらくは,そこで公表されてことは真実として受け取られることを前提にしているのであって,誰もそれを真実だとは受け取らないことを前提としているわけではないでしょう。検証可能性のないエピソードをさも真の内部告発かのように祭り上げて特定の人々を貶めていこうということをやろうとしているわけです(実際,既に投稿されている「体験談」について,その真実性を吟味しようという動きは全くないようです。)。

 マスコミのあり方について批判的なネット言論がマスコミの悪い部分をまねて拡大再生産しているという事実は,誠に滑稽なものといいうるでしょう。

【追記】

 別の弁護士が,そのブログのコメント欄を利用して,「医師からパワハラ,セクハラを受けたという体験談」を募集し,匿名で投稿されたものを検証もせずに掲載した場合に,匿名の自称医師軍団は何一つ文句をたれないのでしょうか,それが例えば,診療拒否をちらつかせながら不当な金品等の要求をされたとか,子供をちゃんと直して欲しければ黙っていろといわれて胸を触られたとか,真実とは思えない投稿が「匿名による告発」として掲載されていても,そのようなことを行ったとされる医師の氏名等が特定さえされていなければ,文句を言わないのでしょうか。

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09/06/2008

「量」だけが頼り

 一人のコメンテーターに対して多数のコメンテーターが襲いかかってきている状態では、そのうちの数人に対して反論をするか、または、それらの集団の見解のエッセンスを抽出してこれに反論するかしないと、時間的・体力的に持たないであろうことは容易に想像が可能です。そのような現実的な対応についてこれを「藁人形論法」扱いして批判するというのはアンフェアだと思います。

 もちろん、一人の人間に対し多数人で襲いかからないと不安でたまらない人々(自称医師たちの所業について、例えば、ここここ等を参照。)に「フェア」の精神を期待しても仕方がないわけですが。

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08/06/2008

出所のわからない一次情報を収集し公表することの意味

 矢部弁護士がその開設するブログにおいて、「患者の暴力・暴言で退職した医療関係者、東京では273人」との記事を引用しつつ、医師または病院関係者からの実情報告等をいただければ、多くの人に問題の所在を認識してもらうのに有益だと思います。と言い始めました。

 しかし、その種の「実情報告等」をネットの匿名さんから集めてみたところで、「被害の主体」兼「一次情報の出所」がわからず、従って、情報の真実性の検証をしようがないわけですから、さほど意味がある話だとも思えません。医師たちに有利な方向に向けて世論を歪めるために一部の医師たちが全くの虚偽の事例を作り上げたり大げさな表現をしたりするモラルハザードの可能性も否定できません。特に、複数の匿名さんが「共通の敵」を見いだした場合、この「共通の敵」に関しては何を言ってもよい(といいますか、どんどん話をエスカレートさせることが望ましい)と言うことになりがちであり、「患者」を「共通の敵」とする医療系匿名コメンテーターさんたちがまことしやかな「ほら合戦」を始める危険性だって十分にあるのですが、そのような場合これを制御することは大変です(だって、嘘か本当か、検証のしようがないのですから。)。矢部先生にその覚悟があるのか、疑問です。

 矢部弁護士のブログのコメント欄は、出所のわからない一次情報の信頼性に問題があることを指摘することすら許容される状況ではないようですので、もはや言うだけ無駄という気はしますが。

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05/06/2008

他人の死を望むメッセージ

 自分の死を望む旨のメッセージを集団から突きつけられることの精神的な衝撃というのは結構大きなものです。富士見中学いじめ自殺事件や三輪中学いじめ自殺事件,上福岡いじめ自殺事件等でも,それだけではないにせよ,人を自殺にまで追い込む一つの要素となっています。

 また,匿名集団が特定の人や集団に向ける執拗な憎悪というのも人間の精神に衝撃を与えます。憎悪を向けられる個人だけでなく,第三者として見るだけでも相当の衝撃を与えます。例えば,お仕事の関係で,依頼者が「祭られ」ているスレッドの中から名誉毀損ないし侮辱にあたる発言を抜き出す作業は,一度事務員さんにお願いをして,このような書き込みを読んでいるだけでもとても精神的に辛くなると愁訴されて以来,私のみで行うことにしています。法律事務所の事務員って人間のいやな部分を見る機会が多い職業ですが,そのような人でも耐え難い気持ちになるような存在なのです,2ちゃんねらーは。まして,ライナス学園において,当初「2ちゃんねる担当」とされた職員が、半年後に鬱病(うつびょう)になって退職に追い込まれるというのは仕方がないことです。

 はてなは,はてなブックマークを用いて「死ねばいいのに」とのメッセージを集団で特定の人間に突きつけることを容認することにしたのだそうです。まあ,以前から野放しですけど。他人を不幸にするサービスを目指すということなのでしょうか。

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26/05/2008

「別の観点からのデータ」が必要であるというのであれば、これをもっている人が提示して議論を先に進める方が、それを出さないことを非難して議論を押しつぶそうとするより、効率的である。

 自分のブログのエントリーを批判しているエントリーにコメント欄を投稿したところ、これに批判的なコメントやら揚げ足取りなコメントや些末的なデータの提出を求めるコメントやらがわあっと送られてきたのでその一部についてコメントを付けたところ、その全てに回答を付さなかったことについて非難をされると同時に、その多くをカバーするようにコメントを付したことについて非難されたりするわけですが、両方の要請を同時に満たすことはあり得ないので、まあ、結局のところ、匿名さんたちによるいちゃもんについては「ご無理ごもっとも」で平身低頭する以外はネット上では許されないのだということが言いたいのでしょう。

 平均と平均を比較することに意味がないということは現実の社会では存在しないのであり、単に、メジアンとメジアンを比べたり、両者の正規分布表を比べたりできればより有益だというのにすぎないのであって、平均と平均を比較するよりも、このようなデータ同士を比較した方が実態がより鮮明に浮き上がるというのであれば、そのように思う方がそのようなデータを提示したらよいのであって、平均と平均を比較した人が標準偏差を出さないのはけしからんという話には一般的にはならないのです。まあ、ネット上では匿名さんは自分たちは対実名ブロガーとの関係では一種の「神様」として取り扱われるべき存在であると思っておられるので、匿名さんが望むデータは全て実名ブロガーがどこかから調達して(あるいは時間とコストをかけて自分で調査等を繰り広げて)提示しなければけしからんという話になりがちなのですが、それは結局のところ、都合の悪い議論を押しつぶす結果にしかなり得ないということができます。

 あくまで趣味の範疇として議論を行うことがブロガーに許されている以上は、より詳細なデータや観点の異なるデータはそれをもっている人が提示をすれば良いだけのことであって、相手が特定のデータを提示しないことをもって「あいつはソースを出さない」云々と執着するのは、いわば「為にする議論」であるというべきでしょう。

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25/05/2008

医療系匿名さんの言い草に関するとりあえずの一まとめ

 国民1人あたりの医師の数を計算してそれが諸外国と比べて少ないから医師不足なんだ、みたいな議論って、意味が乏しいですね。そんなことを言い出したら、日本は未だに弁護士不足なはずなんだけど、実際には今年新たに資格を取得する新人さんの働き口が大量に不足している!と会内で問題となるくらい、現実には既に供給過多状態にあるわけですし(偏在があるが故に不足している分野はありますが。)。

 実際のところ、歯科医師が既に供給過剰状態にあることは既に知られているし、皆保険制度がない獣医業界も大変ですし、開業医の倒産件数も徐々に増えています。病院の勤務医や一部の診察科目については医師不足が問題となっていますが、それは医師内部の待遇格差等に基づく偏在の問題であって、医師全体の数が不足しているということの裏付けにはなっていません(これも、弁護士過疎地が存在するということが、弁護士全体の数が不足していることの証拠にならないのと同様に考えることができます。)。また、医師の需要自体は、医師でなければ行い得ない「医行為」の範囲をどうするかによっても変ってきます。例えば、「Doctor of Optometry」のような制度を導入すれば、「使い捨てコンタクトレンズの処方」等の需要を満たすために医師資源を消費せずに済むようになります。あるいは、病院内での雑務を医師以外の者が行うようにすることでも、医師の需要を減らすことができます。

 医師の所得についての国際比較をすると、米国・英国の勤務医こそ日本の勤務医よりも平均値において所得水準が高いものの(ただし、物価高のイギリスにおいて購買力平価で計算するとどっこいどっこいになります。)、仏・独等の欧州諸国においてはこの円安・ユーロ高の現状でも日本より相当低く、米国でも家庭医の所得水準は日本の開業医よりも相当に低いというのが、ネットで手に入る統計から見て分かる事実です。もちろん、皆保険制度が崩壊したときに日本の医師の多くが米国の大病院から勤務医として迎え入れてもらえる状況にあるのならばいいのですが、言葉の壁がある分、かなり腕が良い方以外は難しいのではないかという気がします(そんなに大量の医師が米国の勤務医市場に参入すると、その給与水準も低下するでしょうし。)。

 皆保険制度が崩壊し、価格設定が自由になると、皆保険制度に基づく国庫助成の消失に伴う需要の減少を補えるほどの価格の上昇を見込めるのかということについては、実際にその診療を受けなければ命が危ないことになるが保険の適用はなく高額の治療費が自己負担となるケースである「子供についての海外での臓器移植」に関して、募金等によりその費用が概ね捻出できた後でなければほとんどの親はこれに踏み切れていない現実を前にすると、かなり絶望的なのではないかという気がします。

 臓器移植ではなく美容整形等を例に考えろという方もいますが、あれは不要不急の贅沢サービスであって、生活に余裕がある人が受けるものですから、皆保険制度が崩壊した場合に医師たちが患者の弱みにつけ込んでどんどんと報酬額を引き上げていった場合資力の十分ではない中間層等がどのように行動するのかを考える上での資料にはならないように思ったりします。

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19/05/2008

炎上させるための基地を提供するiza!のネット戦略

 何はともあれ,自分とは相容れない意見を封殺するために特定のブログを「炎上」させるように呼び掛けることは表現の自由の濫用だと思うので,このエントリーは問題ではないかと,iza!のスタッフにはメールで連絡しておいたのですが,一向に善処されていないところを見ると,他のブログを炎上させるように呼び掛けることは,少なくとも右から左方向へのものである場合には,iza!としてはOKということなのだろうと判断せざるを得ません。

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もちろん,政治家は個別事案について責任を負えるものではないが

 楠さんは,そのエントリーの中で次のように述べています。

個々の保護者の判断が正しいかは本人にも分からないだろうが、仮に首相や教育再生会議の面々が個々の保護者よりも適切な判断ができると考えているとすれば随分と傲慢な話ではないか。保護者は子どもの行く末に対してそれなりの責任を負うが、政治家であれ官僚であれ有識者であれ、何ら個々の児童に対して責任を負える立場にはない。

 それは,楠さんの周りにいる「標準よりは相当賢い大人たち」しか視野に入っていないご意見なのではないかという気がします。それは,楠さんに限らず,MIAUの方のご意見について,おしなべてそう感じたりします。

 でも,実際には,そういう特別に賢い人たちだけが子供を育ているわけではありません。首相や教育再生会議の面々が保護者たる楠さんよりも適切な判断ができると考えているとすれば随分と傲慢な話かもしれないですが,ある一定数の保護者よりは適切な判断ができると考える分には現状認識として特に間違っているわけではありません。政治家であれ官僚であれ有識者であれ、何ら個々の児童に対して責任を負える立場にはないにせよ,親たちの判断の過ちから子供を救うことに責任を果たすことはできるはずです。実際,様々な虐待等から子供たちを救うべく様々な規制が既に設けられ,また今後も設けられようとしています。

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17/05/2008

ロビー活動する上ではマスコミの協力は有益

 団藤晴保さんがそのブログ

 ブログ側の問題としては、これほど林立し、読者を多数獲得している医師ブログを現実を変える力にすることです。医師ブログ側にあるマスコミ不信は強烈です。しかし、ブログの世界だけに止まって議論していて、行政まで変えられるはずがありません。メディアの力も借りてでも動かして行かねばならないことに早く気付いて欲しいと思っています。そして、その段階では匿名から実名に切り替わらねばなりません。私が扱っているオピニオンのページなど、新聞メディアで行政の無様さに対し真っ正面から発言をしていただくためには実名で登場してもらうしかないのです。

と書いたところ,医療系コメントスクラムが発生しました。

 レコード輸入権問題以来著作権法の改正等に関してちょこちょこロビー活動をしている私としては,如何にしてマスメディアにこちらの主張を載せてもらうのかということにどうしたって腐心せざるを得なかったし,そのためには仮想空間の人格ではなく現実社会の人格としてマスメディアの人間等と交流することが必要とされるのは当たり前ではないかという気がしてなりません。政策決定過程の要所にいる人々が何から情報を得ているのか,そして彼らは情報がどのような状態になっていることを好むのかということを考えれば,テレビや全国紙に掲載されるということはどうしたって重要になります。それらの人々が日々ネットサーフィンをして匿名さんの意見を吸い上げてくれるということは現実問題として期待しがたいし,敵意と侮蔑に満ちた大量の文章がメール等で投稿されても,彼らにはそれを丹念に読む時間はありません。

 そしてそのためには,自分はその意見を全国紙等に掲載されてしかるべき人物であることをアピールしていく必要があります。それを,現実社会での人格を隠蔽したまま行うのは,これを晒しつつ行うのと比べて,ハードルが高いということができます。匿名の陰に隠れた抽象的な人格の発言より,具体性をもった人格の発言の方が,アピールする力が強いのです(エイズ問題におけるフレディ・マーキュリー氏,薬害エイズ問題における川田龍平氏,薬害肝炎問題における福田衣里子氏の言葉の力を考えれば,そのことは明らかです。)。



【追記】

 その後,上記エントリーのコメント欄に,

 しかし大方の医者にしてみれば、本業はあくまでも目の前の患者を診ることであり、「言論」なんていうものは余分、世の中を変えるなんて世迷い言。
「藪医者はよくしゃべる」という諺があります(今作りました。多くの医者が頷くと思います)。
諺はウソとしても、弁護士と違って「テレビや全国紙に掲載される」医者は、決して尊敬されてこなかったのです。「そんなことしてる間に、ちゃんと患者を診ろよ」というのが医者の職業倫理からくる反応であります。

との投稿がなされました。しかし,医師に対して批判的なエントリーや,意思の責任を追及する立場の人のブログ等に,一斉に攻撃的なコメントを投稿して,コメント欄をいわば量的に「乗っ取って」しまうことの方が尊敬を失う度合いが高いし,それを匿名で行っていると,その悪いイメージは医師一般に跳ね返ってくるのではないかという危惧がないわけではありません。実際,弁護士系ブログが炎上しないためのポイントとしては,「政治について語らない」とか「芸能人の悪口を言わない」以前に,「医療過誤訴訟で原告側(患者側)に立っていることを表明しない」という暗黙の「ルール」が事実上成立してしまっていますし。

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16/05/2008

DeNA方式

 ネットでの誹謗中傷規制のもう一つのあり方としては,モバゲータウンに関してDeNAがやろうとしているIT・人海戦術MIX方式というのがあり得ます(こちらを参照)。人海戦術だけですと,1000万会員を450名のスタッフで監視することは困難ですが,誹謗中傷等の人格権侵害行為で用いられる言葉はある程度共通性があるので,一定の条件に合致する文字列が含まれる投稿を機械的にピックアップしてこれを人海戦術的に目視することで,違法・有害なコンテンツを速やかに探し出して削除することが可能となります。加えて,ランダムな巡回を頻繁に行うことによって人格権侵害に用いられる新たな文字列の組み合わせを見つけ出し,ピックアッププログラムの中に取り入れることができます。

 では,それは膨大なコストがかかるのかというと,スタッフ1人あたりの人件費を年600万円としても,450人体制で27億円。利用者1000万人として,1人あたり年270円。IT部分のコストを計算に入れても,1人あたり年500円程度で済みそうです。利用者あたりの監視スタッフ数を倍にしても,1人あたり年1000円程度で済みそうです。

 監視スタッフに現実に目視されるまでは名誉毀損投稿等が残ってしまうという難点があるので,匿名性を制限することによる抑止力を用いるのと比べて被害者には優しくないですが,それでも,名誉毀損投稿等が放置される現状よりは遥かにましです。

 他人を誹謗中傷するために匿名性を利用している奴らと一緒にされたくないという匿名主義者さんたちこそ,ブログ事業者等にこのような監視システムの導入するように求めたらいいと思うのですが,実際には,そういう動きはないようです。

 このように著名人のブログを炎上させることを呼び掛けるエントリーを公開しても特に非難の対象とはならないことからも分かるとおり,「あいつらと一緒にするな」といいつつ,ネットの匿名性が現実社会の人間を不愉快にするために用いられることを,本音のところでは好ましく思っている方が匿名主義者さんには多いのではないかと思われます。

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15/05/2008

オタクであるということは手段ではない

 novtanさんは,次のように述べています。

たとえば、オタク集団がアキバでコスプレして暴れたりパンツ撮ったり撮られたりして目に余るから規制される、というのはわかります。だって当事者ですものね。でも、それをもって「オタクすなわち悪、オタクという存在そのものが規制されるべき。世の中にオタクがいなければアキバは無条件に平和!」とか考えちゃう人はバカだと思われますよね。

 「オタクである」というのは,パンツを撮ったり撮られたりするための手段ではないから,「オタクである」ということを規制しても仕方がないですね。「オタク」であれば,パンツを撮ったり撮られたりしても摘発される危険が軽減されるということもありませんし。

 これに対し,ネット利用者に関していえば「匿名である」というのは,誹謗中傷を行うための手段としてしばしば用いられているわけです。この場合に,「誹謗中傷」を行うために手段である「匿名性」をネット利用者から排除することは,「誹謗中傷」を減少させる有力な方法となり得ます。

 この種の法規制って極めて一般的に行われているのであって,それが全てけしからんということになると,ある種の犯罪なり不法行為なりを未然に抑止する法制度というのがおおよそ維持できなくなります。もちろん,実際に犯罪なり不法行為を行った人に対してのみ制裁を加えればよいのであって,犯罪なり不法行為のみに用いられるというのでなければ,しばしば犯罪や不法行為に利用されるものや手段について一切の事前規制を行うべきではないという考え方もあり得なくはないのですが,しかし,それを貫くとなると,個人が匿名で青酸カリを購入し保有することすら規制できなくなるわけで,それが殺人等に用いられたときにはそれを用いた犯人が摘発された場合には死刑を含む重い制裁が下されるということがあるにせよ,非常に危険な社会になってしまうような気がします。

 ネット上で匿名でやりたい放題のことをしていたい,自分がそんな言動を行っていると現実社会の知り合いに知られたら恥ずかしい言動を思う存分行っていたいというだけのために,そのような危険な社会を将来することもやむなしというのも如何なものかなあと思います。

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13/05/2008

攻撃的言辞による弊害って,被害者の側が「情報の取捨選択が出来」ても,何にも解決しない

 novtanさんは,

匿名言論が限界なんて言ってしまえるのは情報の取捨選択が出来ない人の言い訳ですよ。

仰るのですが,攻撃的言辞による弊害って,被害者の側が「情報の取捨選択が出来」ても,何にも解決しないのです。そういう訳の分からない啖呵って,匿名主義者さんたちからは喝采を浴びるかもしれないけれども,匿名言論により不当な攻撃を受けている人々から相談を受けている私たちからすると,全く無意味なリアクションです。

 それと,現実社会に様々な弊害をもたらすある行為を批判しそれを規制していこうとする行動のほとんどは,その種の行為をしない自分を相対的に偉くすることを狙ったものではなく,それはネット上での匿名言論に対する批判についても同様に言えることです。

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12/05/2008

あらまほしき「寂しくないネット社会」

 hrkt0115311さんからトラックバックをいただきました。

「議論の限界」「寂しい生き方」ということですけれども、小倉さんが繰り返しエントリをお書きになっても「届かない」方たちが、全員読解力が低いはずないですよね。いったい何がネックになって理解しあえないのでしょうか?

とのご質問についてですが,「匿名の陰に隠れることで手に入れた,現実社会の人間や組織を一方的に攻撃できる地位」を一種の既得権と捉えているとすれば(ここでいう「攻撃」は,あからさまな「誹謗中傷」に限らず,自分のことを棚に上げて他人にやたら倫理的な負担を強いるものや,「上から目線」で他人を非難し又は他人に命令を下してみせるものを含むものとします。),その「既得権」を撤廃しようという意見はもちろん,その「既得権」による弊害の大きさを指摘する見解に対しても,感情的にこれを受け入れられないというのは,「よくある話」の部類にあたるように思います。また,ネット上の人格と現実社会での人格が結びつくことに対するある種の恐怖感は,現実社会での自分に自信がなくかつ現実社会に怯えて生きていることだけでなく,ネット上での自分にも自信がないことが伺わせます(ネット上の別人格で誹謗中傷ライフを満喫しているというわけでもない方々ですら,ネット上での人格と現実社会での人格とが結びついたら現実社会での自分やその周囲にネガティブな影響が及ぶのではないか,と気に病んでいるわけですから。)。

 

小倉さんが感じられている「限界」をとりはらい、「寂しい生き方」ではないネットでの振る舞い方を実現した場合、具体的にはどのようなネット社会になるのでしょうか?

とのことですが,「何を成し遂げ,何を語ったか」によって人が(ネット空間でのみならず現実空間でも)評価される「フラットな社会」が実現し,高く評価されるために,各人が比較優位をもっている領域について質の高い情報を提供するようになるのではないかと期待しています。誰でも,検閲を受けることなく,即時に,全世界に向けて,情報を発信できるというウェブという仕組みは,それが現実社会と結びつくときに最も,その才能を発掘し,照らし出す機能を発揮します。

 ekkenさんの比喩に即していうならば,上司が部下に注意しているシーンの後、注意された部下がアフター5にネット上で匿名でその上司や会社または全くの第三者を攻撃して憂さを晴らしているのが,ネットでの匿名言論の実情です。「アフター5に英会話教室で仲良くしている」姿を理想とするのであれば,ネット上で英語でチャットをする二人が現実社会では上司と部下の関係にあることをお互いに知りつつ,それでいて上司は部下を見下さず,部下も上司を敵視したり,自分の方が英語が上手であることを笠に着ない姿勢をとることが必要となることでしょう。

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09/05/2008

適法な行為を圧殺する「淘汰圧」に価値はあるのか。

「これはやらない方がいい,ということをわきまえていればいじめは起きない。そういった情報をもっとみんなで共有するといいんじゃないか。例えばリーダー格の生徒の命令に逆らう,いじめられている子をかばうとか。そういうことをしちゃいけいないというわけじゃなく,そういうことをする自由はあるんだけど,やるのなら覚悟したほうがいい。」ということをいじめを放置している学校の教頭先生が公言している場合,それは,その学校の姿勢として,リーダー格の生徒の命令には従え,いじめられている子はかばうな,といっているのとほぼ同意義なのではないでしょうか。その結果,多くの生徒が,いじめられたくないばかりに,リーダー格の生徒の命令には,それが如何に理不尽なものであっても従わざるを得なくなり,また,目の前で他の生徒がいじめられているのを見かけても見て無ぬふりをするようになったとしても,それは「淘汰圧」の結果であって,好ましいものと見るべきなのでしょうか。

その学校で「いじめられたくない人のためのいじめられないためのガイドライン」をつくって,
「一,リーダー格の生徒の命令には,それがどんな者であっても逆らわないこと
 一つ,いじめられている子を見つけても決してかばわないこと」
とやれば,それはその学校のポリシーとして,リーダー格の生徒の命令には全て従うこと,いじめられている生徒を見つけても決してかばわないことを命じているものと見るべきであって,単に命令に違反した場合の制裁を学校として直接下すのではなく,いじめ集団を通じて間接的に下すこととしているにすぎないと見るべきでしょう。

そしてそれは,その「いじめ」が物理的な有形力を伴わない集団的な誹謗中傷や人格攻撃であっても同様でしょう。そしてそれは,学校という子供たちの集団に限った話ではありません。

「これはやらない方がいい,ということをわきまえていれば社内いじめは起きない。そういった情報をもっとみんなで共有するといいんじゃないか。例えば,社長からのホテルへのお誘いを拒むとか,上司から胸を触られたくらいで騒ぐとか。そういうことをしちゃいけいないというわけじゃなく,そういうことをする自由はあるんだけど,やるのなら覚悟したほうがいい。」「覚悟して戦う強さを自分が持っていると思えば,拒めばいい。そうではなく自分が傷つきたくない,批判されたくないという人は,社長からのお誘いは受け入れれば良いんじゃないかな」ということを取締役が公言する会社においては,従業員の性的自己決定権は制約されていると言うべきだと思うのです。実際にそのようなことをすると,社内で執拗に攻撃され,それについて上司が見て見ぬふりをする環境ではなおさらです。その結果,この会社においてどのような人間が淘汰されるのかは,法が介入しなければ,予想するに難くありませんが,Lhankor_Mhyさんにとっては,「社長からのホテルへのお誘いは断ってはいけない」というコンセンサスがその会社内でできあがることは人類にとって価値があることということになるのでしょう。

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08/05/2008

中国共産党と梅田望夫さんが考える表現の自由

 「政治や宗教の話をしなければ制裁が加えられることはない」という現状を,「制裁が加えられるのがいやであれば政治や宗教の話をしなければ良いだけなので,何の問題もない」と考えるのが,おそらく中国共産党と梅田望夫さんなのでしょう。

 まあ,制裁の主体が国か私人か,そのこととの関係で制裁のレベルがどの程度のものであるのかに違いはあるにしても,です。

 「梅田望夫×まつもとゆきひろ対談 第2弾「ネットのエネルギーと個の幸福」(前編)」より,梅田さんの発言

これはやらない方がいい,ということをわきまえていれば炎上は起きない。そういった情報をもっとみんなで共有するといいんじゃないか。例えば政治について語る,イデオロギー,宗教について語る,アイドルをけなす,つまり誰かが信奉している人を批判するとか。そういうことをしちゃいけいないというわけじゃなく,そういうことをする自由はあるんだけど,やるのなら覚悟したほうがいい。

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07/05/2008

はてブは今日も必死に実名等を表示できない自分を正当化するコメントで一杯

 昨日のエントリーに対するはてなブックマークコメントですが,匿名の問題を指摘し,あるいは実名の価値を肯定的に評価するエントリーに対してはネットの人はこれを貶めるのに必死すぎますね。

 「誰が言ったかではなく何を言ったかが重要だ」として匿名である自分を肯定してきた人々こそ,「誰が言ったか」を過剰に重視する「職場電凸」に抗議の声を上げるべきだったと思うのですが,そういう方は少なくて,実際には,要約すると「実名や肩書きを明示する奴らは邪な意図を持っているのだから,肩書きを明示したことに対する私的制裁を加えられるのは自業自得だ」というあたりで落ち着いてしまうところが,日本のネットの匿名さんたちの議論の限界かなという感じがします。まあ,匿名さんたちが職場電凸により実名・肩書きを明らかにすることのリスクを高めてくれれば「実名を明らかにできない」自分を自分の中で正当化するのに役立つのだから,この風潮に反対する理由などないと言われればそれまでなんでしょうけど,それも寂しい生き方です。

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06/05/2008

発言者が氏名と肩書きを名乗るのって現実社会では常識なのですが

 novtanさんが,こんなことを仰っています。

 実名での,あるいは所属を明らかにした上での,組織の活動の一環としてではない言動について,これに怒った第三者が組織に嫌がらせをすることによってその言動者に思い懲罰を課すように仕向けることを肯定し,それはいやなのであれば,実名や所属は第三者に明らかにすべきではないというお話なのだと思うのですが,そんな現実社会では通用しないルールを押しつけられても困ってしまいます。

 書籍を執筆したり,雑誌に原稿を載せてもらったり,テレビのインタビューに応じたりする場合,通常は,実名と肩書きを明らかにすることが求められます。求められます,というより,そのようなものを載せることは当然の前提として,どのような肩書きを載せるかの確認をされるというのが実態です。

 その際,所属している組織の一員として執筆ないし発言しているという側面が強い場合を除けば,そこでの肩書きを明示するというのはその執筆者の人となりを示す表示の一つにすぎず,その執筆内容との距離を測る上での指標にすぎないということになります(そこに肩書きがあれば世間がみるのは肩書きですっていうけど,池田先生のご発言を「上武大学教授の発言だから」信用できるとか,mohnoさんの発言を「マイクロソフト(株)の従業員の発言だから」信用できるという人なんていないのではないですかね。ガ島の藤代さんにしたって,雑種路線の楠さんにしたって,所属組織の信頼性とは全く別個の信頼性を勝ち得ているではないですか。所属を明記している実名ブロガーの多くは,その所属組織の信頼度とは別個の信頼を勝ち得ており,または,その所属組織の信頼度とは無関係に信頼を失っているのではないかと思います。)。そして,そこでの言動が肩書きで表示された組織の公式見解とならないことはもちろんのことであり,それ故,多くの組織では,その構成員なり従業員なりが,私的に書籍を発行したりインタビューに応じたりすることについて,事前の承諾を要求していなかったりします。

 novtanルールに従うならば,書籍や雑誌等を発行するにあたっても,執筆者の氏名及び肩書きは伏せるべきであり,これを掲載したが為に,その記載内容に不満を持つ一群の人々によってその所属組織が執拗な嫌がらせを受けた場合にその責任は書籍・雑誌等にその氏名・肩書き等を掲載した執筆者の側にあるということになるのでしょう(まさか,ネットでの発言に限定した俺様ルールではないですよね。)。「第62代横綱・大乃国の全国スイーツ巡業」なんて許されざる所業であって,「名無しさんによるスイーツ巡り」とでもせよ,もしこの本の記述に怒って日本相撲協会に執拗に抗議の電話を架けてくる人が現れたらその責任はひとえに芝田山親方にあるということになるのかもしれません。

 novtanルールの先にあるのは,何とも無味乾燥な,殺伐とした世界です。

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現実社会を敵視するネット利用者

 マスメディアに代表される既得権者がネットを敵視している云々という言い方をするとネットでは受けが良いのだと思いますが,実際のところ,マスメディアやコンテンツ産業のライツ部門以外の人々でネットを特に敵視している人というのは,実際にはそうそう見かけるものではありません。

 むしろ,ネットの側からの現実社会への敵意があまりに強いので,現実社会は,これとどう付き合っていこうか考えあぐねているというのが実情に近いように思います。

 瀬尾准教授の一件だって,実名と所属を明らかにしていたが故に「現実社会の側の人間」と認識されたが故に,「打ち倒すべき敵」扱いをされてしまったわけであって,あの程度の不謹慎な発言が匿名掲示板や匿名ブログに投稿されていたとすれば,むしろその削除等を申請したりする側が攻撃されかねないのが実情でしょう(といいますか,実際,2ちゃんねるの投稿に関して侮辱ないし名誉毀損として訴訟が提起されたケースではあれよりも更に酷い言い方がされていたわけですが,被害者側が訴訟等の手段に出たことで更にバッシングを受けることが横行していたわけですから。)。

 有害情報規制にしたところで,まじめにやっている楠さんには申し訳ないですけど,「ネットは現実社会に配慮したりなどしない。現実社会がネットに跪けばいいのだ」という話の方が圧倒的に盛り上がるじゃないですか(「受け手が情報リタラシーを身につければいい」云々という表現は要はそういうことでしょう。)。

 でも,現実社会は,ある程度はネットの側に配慮するにしても,ネットに跪いて現実社会の人々の暮らしや幸せを犠牲にするわけにはいかないわけですから,ネットの側も現実社会を敵視することをやめて,もう少し妥協的な振る舞いをしたらいいと思うのです。

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04/05/2008

WIDEの声明に対して

WIDEの声明について,逐語的にコメントを付けていくことにします。

1 政府が何が有害な情報であるかの基準を設け、行政命令権を持つことの問題

情報の意味は、情報の受け手との相互作用により決まります。政府が一意に情報の意味を決定し、一様にアクセス手段を制限するという法案は、情報空間における多様な可能性を排除することに繋がり、情報社会の健全な発展を阻みます。

 例えば,女子小中学生に対する,裸の写真を送るように要求したり,援助交際の申し入れをするような情報を考えたときに,これを単なる「ゴミ」として受け流すか,この要求に応じてしまうかは,「受け手との相互作用により」決まるとは思うのですが,何パーセントかの,あるいはコンマ何パーセントかの小中学生はこれに応えてくれるという可能性を排除することが「情報社会の健全な発展を阻」むといわれると,私には違和感があります。

2 「有害情報」の削除義務を設けることの問題

情報の共有や交換の場を管理する者に、政府基準に基づく「有害情報」を削除する義務があるとすれば、有害と言われる情報に関して、国民が例をあげて議論することさえままならない状況を生むでしょう。それは国民の主権を揺るがす事態であるとさえ言えます。

 少なくとも,アクセスできる人の範囲を「18歳以上」に限定すれば削除義務の対象としない今回の法案等に関していえば,その心配はありません。

また、セキュリティ管理の観点からは、新たな攻撃手段を攻撃者に与えることにもなります。攻撃の対象となるサイトに、執拗に「有害情報」を書き込めば、管理者がその対応に追われたり、対応を怠った場合には罰則が適用されることにより、攻撃者が当該サイトの運営や管理者の生活の自由を奪うことが可能になるためです。

 それは,「どのような情報につき」削除義務を負わせるかではなく,「どのような内容の」削除義務を負わせるのかによって決まってきます。現在だって,著作権を侵害する内容の投稿や児童ポルノ写真等が多数投稿されれば,管理者はその対応に負われることになりますし,対応を行った場合には罰則が適用されることになります。

3 サービスプロバイダにフィルタリングが義務づけられることの問題

 我々が経験から学んでいることですが、フィルタリングに対しては、ユーザによる柔軟な操作を可能にしなければなりません。

 現在、広く活用されているフィルタリング技術に、迷惑メールをふるい分けるスパムフィルタがあります。

 日本語や英語などの自然言語には多義性がありますが、現在のフィルタリング技術は、言語のこの性質に完全に対応できるほどには高度ではなく、日々、大量の有益な情報がスパムフィルタによりフィルタリングされ、必要としている相手に届かないという問題が発生しています。

 法案が、携帯電話会社にフィルタリングサービスを義務づけることは、この種の問題の拡大を招く恐れがあります。

 スパムフィルタの場合,大量かつ瞬時に判断しなければならずかつその判断は1回的なものであるという特徴故に,テキストに特定の文字列が含まれるということがスパムチェックの大きな要素となっているとは思いますが,青少年保護のための有害コンテンツフィルタの場合は,ホワイトリスト方式を採用するにせよ,ブラックリスト方式を採用するにせよ,人海戦術的な要素を相当入れなければならないわけで,それは高市私案が可決されたとしても,これを遵守するための作業についても同様に言えることです。

 情報の取捨選択を自動化し、人間個人の生産性を向上させる上でフィルタリングは重要かつ有用な技術ですが、ユーザの手元でフィルタリングの有無を状況に応じて切り換えたり、フィルタリングされた情報に適宜アクセスすることを許さなければ、いざ問題が起こったときに適切に対応することができず、生産性はかえって低下するのです。

 フィルタリングの有無を状況に応じて切り換えたり、フィルタリングされた情報に適宜アクセスしていざ問題が起こったときに適切に対応できるようにせよ,といってみても,そんな大それたことを小中学生に期待する方が間違っているように思います。

デジタル技術の健全な社会応用に向けて

インターネットは、デジタル技術の基盤性をフルに活用し、多くのコンピュータや種々の機器が接続できることに加え、様々な個人や団体が主体として参加できる、工学的にも社会的にも分散したシステムとして発展してきました。この分散システムにおける様々な問題には、分散的に取り組むのがよく、もし、中央が一様なやり方で事に当たるとすれば、デジタル技術や分散システムの利点自体が失われることに繋がりかねません。

 どのような情報については受け手の年齢を問わず違法とし,どのような情報については未成年者に届けることのみを違法とするのかの基準は,ある程度中央で決まる方が健全だと思いますが,そのような基準作りすら「分散的に取り組む」というのはどういうことを想定しているのでしょうか。

青少年の身の回りで起こる問題は、その現場で解決していかなければ、青少年自身が成長することも望めません。

 これまで現場が解決してこなかったから,法律による解決が求められているのです。

 中央が情報を遮断することにより、青少年へのインプットを方向づけ、それにより健全な育成が行われると考えるのなら、それは、家庭の力を、教育の力を、そして産業の力を、軽視あるいは無視していると言えるでしょう。そのようなことが現実に行われれば、日本の家庭や教育、産業の力は失われていく一方でしょう。

 家庭の力を、教育の力を、そして産業の力を「直視している」というべきでしょう。ネット事業者たちが,「もっと儲けたい,そのためには青少年がどうなろうと知ったことか」とばかりに問題を放置し続け,それどころか,他人に害を為すような利用をしてきたユーザーをかばい続けてきたからこそ,現在の日本のネット社会がこんなものになってしまったわけではないですか。

 ネットいじめを放置しなければ,学校裏サイトを放置しなければ,小児性愛者がSNS等で子供たちに援助交際やら何やらを持ちかけることを放置しなければ,「日本の家庭や教育、産業の力は失われていく」のですか。子供たちが訪れるサイトに,性風俗産業へのバナーリンクを貼ることを放置しなければ,「日本の家庭や教育、産業の力は失われていく」のですか。どれだけ,日本のネット産業は,青少年の安全と引き替えでなければ維持できない構造を作り上げてしまったのですか。

問題は、問題が生じる現場で解決していく。

このことが徹底される以外に、21世紀の、目まぐるしく変化する地球環境の中で、日本国の国民が問題解決能力を育て、世界の中で競争力をもって、生き延びていくことはできません。

 そういうのは問題が生ずる現場で問題を解決することにネット事業者たちがきちんと協力し,現場で問題を解決できるようになってからいってもらいたいものです。ネットを用いた犯罪や不法行為の被害者から助けを求められた法律実務家であれば,ネット事業者たちが如何に「問題が生ずる現場で問題を解決する」ことに消極的かを肌で知っています。違法な情報を流通させている連中を精一杯隠し続けているくせに,「現場で解決せよ!」ですって!偉そうなことはいっても,結局,悪いやつにネットを自由に使わせることでその利益のおこぼれをもらい続けたいだけなのではないでしょうか。

 それに,問題を自分で解決する力を付けることを小中学生に求めるのは酷というものではないですか。日々有害情報を悪い大人たちから送りつけられて,それに適切に対処できずに悪い大人たちの餌食になってしまったら,その子供たちにはそもそも21世紀を生き延びる資格がなかったのだといって,馬鹿にして終わりですか。

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01/05/2008

「ネット」による弾圧から表現の自由を守る

 産経新聞の記事によれば

学内での言論が脅迫などの対象となったことについて、デューク大学のデービッド・パレッツ教授(政治学)は、「大学で言論の自由が得られないなら、一体どこで得られるというのか。インターネットの登場によって、言論の自由に対する対価は高くつき始めている」と懸念を示した。

とのことです。

 昨今の青山学院大学の件を見ても,日本でも「インターネットの登場によって、言論の自由に対する対価は高くつき始めている」ように思います。「有害情報」を青少年に送りつけることを「表現の自由」の名の下にこれを保護すべきだという声を上げる団体はMIAUを含めて少なからずあるのですが,「ネット」による「弾圧」から「表現の自由」を守れという声はなかなか上がらないのが残念なところです。

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28/04/2008

それぞれができることをやる

 マイクロソフト(株)の従業員としての仕事の一環として事に当たっている方から,「現象面の改善では小倉さんより僕の方が手を動かしてるんだけど」といわれてしまうと,「それはそうでしょうね」としか言いようがありません。もっとも,私の場合,仮に陰で関与していたとしてもその場合は関与していたこと自体公言することがはばかられる立場にはいるわけですけど(この点,訴訟代理人という表の舞台で実際の事件に関与している場合とは大きく異なります。)。

 それはともかくとして,特定の法律案についてネット上で流布されている誤解を,「それは誤解だ」とはっきり言うことは,法律家がネット上でできる社会貢献の一つだとは思っています.

 

どちらかというと小倉先生こそネット規制反対にの声に対して個別に反対しているだけで、政府が、民間が、何をすべきかについて何も語っていないんじゃないの。

楠さんは仰っているわけですが,法律や法律案が不当に誤解されて非難されているのを放置するというのは,法律家としては非常に気持ちが悪いことなのだから仕方がないではないかと言わざるを得ません。

 楠さんですら,

高市案の問題点は前にも書いているけれども、政府に広範な裁量権を付与し、極めて高い行政コストがかかる一方で、効果が全くはっきりしないことだ。もっと法的輪郭がはっきりしていて、政府による濫用の虞が小さく、費用対効果の高い政策を考えなきゃならない。あの法案の問題は、子どもを護ることを口実に特定の考えを誰もに押し付けようとしていたり、保護法益を曖昧にして濫用の余地を大きく残しているところにある。

なんてことを未だにいっている段階でしょう?高市私案が通ったとして,どうやったら,統一協会的な純潔概念を私や楠さんに押しつけることができるとでもいうのですか?国会承認人事で,特定の宗教勢力から過半数の委員を選任することが実際にあり得るとお考えなのでしょうか。そういうところから,ほそぼそと,無給でやっているが現状です。

問題は、そういうコンマ数%の子たちを救うために何ができて、何はすべきではないかということだ。ネットで人生を誤る人の2桁、3桁以上の数、ネットで人生の幅を広げた子たちもいる訳で、そういう可能性を摘まずに済むようにしなきゃならない。

とのことですが,「ネットで人生を誤る人の2桁、3桁以上の数、ネットで人生の幅を広げた子たちもいる」ったって,それは,高市私案で排除される危険のある「有害情報」に触れることで「人生の幅を広げた子たち」が「ネットで人生を誤る人の2桁、3桁以上の数」いるということではないでしょう。更にいえば,ネット企業はこれまでもずっと「コンマ数%の人間」を犠牲にして稼いできたわけで,いつまで「コンマ数%の人間」を犠牲にすることで稼ぐビジネスを続けるのかということが,さすがに最近問われ始めてきているというだけのことでしょう。

高市案に反対することと、ネット規制そのものに反対することとは全く別の議論であって、多くの事業者が違法情報対策を強化するネット規制そのものに反対している訳ではないし、有害情報を子どもにみせないために投資している。

と言ってみても,MIAU自身,WIDEとの共同声明において,

規制は青少年の成長にとってもマイナスと指摘。「青少年が『有害な』情報に全くアクセスできない状態で成人すると、情報の取捨選択や主体的な判断といったリテラシーを学ぶ機会が失われる。興味本位で『有害情報』サイトを作成する青少年や、成人してから多くの犯罪に巻き込まれる“情報弱者”の18歳が生まれるだけではないか」と危ぐ

と表明しているわけで,むしろ,積極的に,青少年が自由に有害情報にアクセスする仕組み作りを目指すべきとしているわけではないですか。

 それだけだと不親切すぎるきらいがあるので多少のアイディアを述べるとすると,CGMに関して言えば,年齢を問わずアクセスすることができる領域に有害情報が投稿された場合の対処方法をマニュアル化して,これをしかるべき機関が審査し,その審査に合格した場合に限りホワイトリストに加え,運用面でそのマニュアルが適切に運用されていなかったりした場合にはその機関が警告を与え,その警告に従わなかった場合にはそこをホワイトリストから外すということであれば,十分に実現可能だとは思います。ブログやSNSに関して言えば,各登録利用者ごとに,18歳未満にもオープンにする代わりに随時監視・有害情報削除を甘受するか,18歳未満からアクセスされることに拘らない代わりに,違法ではない有害情報の投稿は大目に見てもらうのかを選択できるようにすればよいのではないかと思います。

 これならば,DeNAのように,18歳未満にCGMを提供していきたいところは,有害情報を除去するための実効的な手段をマニュアル化した上で,それを実践していけばいいわけです。その方法としては,頻繁な巡回による有害情報投稿の早期発見,有害情報を含む投稿の送信防止措置の発動並びに投稿者に対する警告,有害情報を含む投稿を繰り返すものに対する投稿資格の停止又は剥奪等が考えられるのではないかと思います。

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27/04/2008

「根本原因が改善されない」ことを理由に現象面の改善を拒む議論

 楠さんからトラックバックをいただきました。

いや彼らも僕らと同じ人間だろうけれども、彼らの為に世の中を不自由にしたって無意味だよね、ということですよ。援助交際が問題だから子どもの渋谷駅下車を規制しようとか、麻薬やドラッグの売人がたむろするから渋谷センター街を封鎖しようなんて話は誰もしないでしょう。それはリアルな街に山ほど普通のひとが出入りしていることは一目みれば分かるし、それはネットも事情は同じなのに、極端な例ばかり報道されていて話がおかしくなっている訳ですよ。

 青少年によるネット利用自体を禁止しようということは,少なくとも国会議員レベルでは1人もいないのだから,上記楠さんの例というのは明らかに過剰ですね。

 ただ,例えば,カラオケボックス等が少女売春や飲酒・喫煙の場所として広く活用されるようになれば,国又は地方公共団体の政策として,カラオケボックスの経営者にカラオケボックス内で顧客の行動を監視し,顧客がボックス内で一定の行動を行うことを制止する義務を負わせることはあり得るし,コストの問題や利用者のプライバシーを重視してそのような監視行動をとりたくないとするカラオケボックスについては青少年の利用を制限することは十分あり得るでしょう。

 

だいたい問題はネットよりも、彼らが埋められない心の隙間を抱えていたり、終わりなき日常に心を満たされていなかったり、暇を持て余していたりすることであって、彼らからネットを取り上げたところで街角で声かけられるのを待つようになるだけでしょう。

と仰っているけど,ネットを媒介として少女売春に踏み切るのはもともとそういう傾向をもった連中だという偏見がそこにはあるように思います。「私とは異質の世界に住んでいる連中のために,何でネット企業がコストをかけなければならないのだ」といらだちを感じます。

 

だから必要なのはネット規制ではなく、彼らをそこまで追いつめないための福祉政策であり、情報リテラシー教育であり、買春犯や売人に対する行為規制ですよね。

と仰いますけど,そんなことで少女売春や麻薬・ドラッグの蔓延を防ぐことができていない現状で,そして,そのような対策を今まだ以上に有効に行う方法が見つからない現状で,そんなことをいわれても,結局,今までどおり,少女売春や麻薬・ドラッグを蔓延させるためにネットが活用されることを邪魔しないでもらいたいというメッセージにしか受け取られないですね。

 もちろん,教育機関でが,少女売春や麻薬・ドラッグに手を染めないことの教育にもっと時間とコストを費やすべきでしょうし,警察だって今以上に売人等の摘発に力を入れるべきでしょう。でも,どんなにそれらの部門が頑張ったって,放課後に携帯電話をみれば,少女売春で楽してお小遣いを手に入れましょうというお誘いや,麻薬やドラッグの気持ちの良さを伝えるメッセージが書き連ねてあり,また,少女売春を持ちかけるメッセージや麻薬・ドラッグを売りますというメッセージが書き連ねられており,CGMサービスを利用したが最後そのようなメッセージが毎日大量に送られてくるという状況を放置しておけば,誘惑に負ける子供たちは少なからず出てきてしまいます。

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26/04/2008

ネット事業者の説明義務

 フィルタリングのオン・オフは親が選択できるようにすべきだといっている人の多くは,情報リタラシーの低い親は子供からせがまれると簡単にフィルタリングを外してしまうことを知っているところが何ともいえません。もちろん,「価値観の多様性」「社会の多様性」を標榜する方々が,そのような親の下にいる小中学生の裸の写真がネット上に流通しまくったり,そのような子供たちが誘われるがままに売春でお小遣い稼ぎをするようになったり,小中学生のうちから18禁の刺激の強い動画を日常的に楽しむようになりそこに描かれているような行為を特に問題となる行為ではないと考えるようになったりすることを歓迎していることは想像するに難くありません。

 ただ,リスクのある商品やサービスを提供するにあたっては,そのリスクの内容を消費者にわかりやすく説明する義務を事業者に課すのが近年の消費者保護の流れです。そういう意味では,フィルタリングのオン・オフを親が選択できる現在,ネット事業者は概ね失格ということができそうな気がします。

 やはり,フィルタリングをオフにすると子供たちをどのような情報に晒すことになるのかを示すとともに,特にCGM系のサービスについて言えば,そこに参加したことによって子供たちがどのようなトラブルに巻き込まれるようになったのかをわかりやすく図解入りで示したパンフレットを携帯電話事業者やISP等は消費者に無償で提供した上で,フィルタリングを外す選択をしようとする消費者に対しては,「フィルタリングを外した状態で子供たちにネットを利用させた場合には,子供たちは,殺害又はレイプされたり,児童売春に手を染めたり,自分の裸の写真を見ず知らずに人に送ってしまったり,ネットいじめの加害者又は被害者となったり,有害指定されたコンテンツを視聴するようになったりする可能性が高まります。それでもフィルタリングを外しますか?□はい,□いいえ」と記載された書面を送って,親から「はい」欄にチェックし,これに署名・押印をしてもらった上で書面を送り返してもらったときに初めてフィルタリングを外してもらうようにすべきなのではないかという気がします。

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23/04/2008

そこまでいうのなら学校の図書館に有害指定図書を置いて児童に自由に閲覧させるべきだし,学校のコンピュータルームのパソコンにはフィルタリングソフトを入れるべきではない

 MIAUとWIDEプロジェクトは共同声明として次のように述べています。

規制は青少年の成長にとってもマイナスと指摘。「青少年が『有害な』情報に全くアクセスできない状態で成人すると、情報の取捨選択や主体的な判断といっ