12/10/2017

零からの憲法草案(3)

 人権については、何回かに分けて考えていきましょう。

 日本国憲法において「国民の権利」として規定されているものの中には、主権者たる国民の一員としての権利と、人間であることにより当然に認められるべき権利とが混在しています。ゼロベースで憲法草案を起草するのであれば、国籍等によらずに全ての人が享有できる権利(基本的人権)と主権者たる国民の一員としての権利(国民の権利)とを分けて規定した方が良いように思います。

 そうすると、何を基本的人権とし、何を国民の権利とするのかの切り分けをする必要があります。人格権を基本的人権とするべきことはほぼ異論はないと思います。公務就任権については色々な考え方があるとは思いますが、公務員は全て主権者たる国民の委託を受けて国民のために権力を行使するに過ぎない存在だと考えれば、公務就任権を主権者たる国民の一員としての権利と位置づける必要はないと言えます。特定の公務を委託するのにもっとも有能な人材がたまたま日本国籍を有していない場合に、これを排除するのは合理的ではないと言えます。もっとも、外国で公務に従事している人が同時に日本で公務に従事するとなると利益相反となる危険がありますので、そのような方については例外的に公務に就任する資格がないことにするのが適切ではないかと思います。

第2編 基本的人権
(基本的人権の享有主体)
第13条 この編に定める権利(以下、「基本的人権」という。)は、国籍の有無にかかわらず、全ての人がこれを享有する。
(基本的人権の限界)
第14条 基本的人権は、この憲法に特に定めがある場合の他、他の人の基本的人権との調整のためやむを得ない場合に限り、一定の制約を受ける。
(個人としての尊重)
第15条 全ての人は、個人として尊重され、その人格を貶められない。
2 全ての自然人は、その自律的な判断に基づき、その幸福を追求する権利を有する。
3 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。また、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
(法の下の平等)
第16条 全ての人は、法の下に平等であって、人種、民族、信条、性別、性的指向、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴わない。
(公務就任権)
第17条 全ての成人は、その能力に応じて公務員に就任し、または選挙により公務員に選任される資格を有する。ただし、外国(国際機関を含まない。)において公務に従事しまたは従事していた者についてはこの限りではない。

04/10/2017

零からの憲法草案(2)

 まずは、国民主権の原則と、主権者たる国民に関するルール、そして主権者たる国民の象徴に関するルールを第1編で規定してみることにしましょう。

 現行憲法の問題点の一つとして、主権者たる国民の範囲を、国会が法律によりコントロールできるということがあります。なので、国民たる資格(国籍)を当然に取得できる要件については、憲法で定めることとした方が良いでしょう。

 主権者たる国民の象徴として一定の儀式を担当する役職を、世襲によるものとするべきか、選挙で選ぶべきかについては、様々な議論があると思いますが、それって憲法で一義的に定める必要があるかと言えば疑問なので、デフォルトでは、昭和天皇の子孫が世襲できることとしつつ、その仕組みを国民投票で変えられるようにしてみました。なお、現行憲法の問題点の一つとして、皇位継承権者が全くいなくなったときにどうしようもなくなると言うことがありますので、その場合には、さっさと大統領を選んでしまえるようにしてみました。

 また、現行憲法では、天皇の国事行為は全て内閣の助言と承認に基づいて行うことになっているのですが、どうせ自由裁量の余地はないのですから、それぞれの機関ないしその長が指名なり指示をすればいいということにしました。

 なお、「国会の指名に基づいて、最高裁判所の裁判官及び最高裁判所の長たる裁判官を任命すること」としてあるのは、最高裁の裁判官については、国会承認人事にすべきではないかと考えているからです。

 また、天皇や皇族にも基本的人権があるという考えに立った場合、これを制約する根拠が憲法上に規定されている必要があります。移動の自由、職業選択の自由、営業の自由、政治活動の自由、政治的表現の自由は、象徴としての職務との関係では、制約をされざるを得ないかなと思いました。

第1編 主権
第1章 国民主権
(国民主権)
第1条 日本国の主権は、国民に帰属する。
(権力の信託)
第2条 主権者たる国民は、公共の福祉を増進させるために、この憲法に定める限度で、各国家機関に権力の行使を委託する。
2 主権者たる国民は、地域の自律的な発展を促すために、この憲法に定める限度において、各地方自治体に、当該地域における権力の行使を委託する。
第2章 国民
(国籍の取得)
第3条 出生時において父母の双方またはいずれか一方が日本国籍を有していた者は、当然に日本国籍を取得する。
2 出生時において父母の双方またはいずれか一方が適法な在留権限をもって日本国内に居住していた者は、その当時父母の双方が日本国籍を有していなかった場合であっても、当然に日本国籍を取得する。
3 出生後に生じた事由により日本国籍を取得するための要件は、法律で定める。
(国籍の喪失)
第4条 何人も、その自由意思に基づき、日本国籍を放棄することができる。
2 国民が国籍を放棄するための要件は、法律で定める。
3 何人も、その意思に反して、日本国籍を剥奪されない。ただし、日本国籍を有する者が、その自由意思に基づいて他国の国籍を取得した場合は、この限りではない。
(多重国籍)
第5条 日本国籍を有する者は、他国の国籍を併有することを理由として、法的に不利に取り扱われない。
(有権者団としての国民の権利)
第6条 満18歳以上の国民は、この憲法または法律にて定める選挙および国民投票において、等しく票を投ずる権利を有する。
第3章 主権者たる国民の象徴
(天皇)
第7条 天皇は、主権者たる国民の象徴として、国民のために、この憲法に定める限度において、儀礼的な行為を行う。
2 天皇の地位は、昭和天皇の子孫により世襲される。その継承順位は、法律で定める。
3 天皇は、その職務の一部を、天皇の地位の継承順位の定まっている者に分担させることができる。
(大統領)
第8条 天皇の地位を継承する者が存しなくなった場合または国民投票により天皇を主権者たる国民の象徴としない旨を決定した場合、選挙にて選ばれた大統領が、主権者たる国民の象徴として、国民のために、この憲法に定める限度において、儀礼的な行為を行う。
2 大統領の任期は、5年とする。
3 大統領を選ぶ選挙は、最高裁判所長官がこれを施行する。
(摂政等)
第9条 最高裁判所長官は、天皇がその職務を怠り、または職務を行えなくなったときは、職務を行える者の中で最も天皇の地位の継承順位の高いものを摂政に選任し、天皇の職務を代行させることができる。摂政がその職務を怠り、または職務を行えなくなったときも同様とする。
2 最高裁判所長官は、大統領がその職務を怠り、または職務を行えなくなったときは、大統領を解任し、新たな大統領を選ぶ選挙を行うことができる。この場合、新たな大統領が選任されるまでの間、大統領の職務は、最高裁判所長官が代行する。
(象徴の職務)
第10条 天皇ないし大統領が、主権者たる国民の象徴として行う職務は下記のとおりである。
一 国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命すること。
二 国会の指名に基づいて、最高裁判所の裁判官及び最高裁判所の長たる裁判官を任命すること。
三 衆参両院議長の指示に基づいて、法律及び条約を公布すること。
四 衆議院議長の指示に基づいて、衆議院を解散すること。
五 選挙を行う議院の議長の指示に基づいて、衆議院または参議院の議員の選挙の施行を公示すること。
六 内閣総理大臣の指示に基づいて、国務大臣を任免すること。
七 内閣総理大臣の指示に基づいて、政令を公布すること。
八 内閣総理大臣の指示に基づいて、法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
九 内閣総理大臣の指示に基づいて、批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
十 内閣総理大臣の指示に基づいて、外国の大使及び公使を接受すること。
十一 内閣総理大臣の指示に基づいて、儀式を行うこと。
(人権等の制限)
第11条 天皇または大統領は、内閣総理大臣の指定する居宅に居住し、宿泊を伴う移動をする場合内閣総理大臣の同意を得なければならない。
2 天皇および天皇であった者、天皇の地位の継承順位の定まっている者、大統領、大統領であった者ならびにそれらの者の配偶者は、その職務を行うのに必要な限度においてこの憲法に定められた諸権利を制約されるとともに、以下の権利を制約される。
一 この憲法に定める選挙および国民投票において投票する権利
二 他の公務員に就任する権利
三 政治的に中立的な学術的または公益的団体として法律に定めるものを除く団体の役員または構成員、従業員となる権利
四 その他政治的中立性を欠くものとして法律で定める行為をする権利
(天皇等の報酬)
第12条 天皇または大統領は、その就任期間中、法律で定める額の報酬を国庫から受ける権利を有する。
2 天皇または大統領であった者、ならびに天皇の地位の継承順位の定まっている者は、その地位に相応しい生活をするに十分な金銭給付として法律で定める額を国庫から受ける権利を有する。

(続く)

零からの憲法草案(1)

 現在の政治情勢を見るに、日本国憲法はもはや風前の灯火のようです。

 早かれ遅かれ、右派の側から、為政者目線での憲法改正案が提示され、発議に回されることでしょう。

 それに反対だけしていると守旧派だ何だと罵られるだけに終わることは目に見えています。失敗が目に見えていた平成の司法改革論議で、司法試験合格者の大幅増員論やロースクール構想に反対したときも同じように罵られましたから。

 なので、逆に、庶民目線での憲法案を一から作ってみることにしましょう。

 まずは、全体の構成から考えていきましょう。

 国家権力の正当化根拠をどこに置くのかということから、いろいろな見解がありうると思います。ここでは、「主権者たる国民が、その権利や利益を守るために、強制力を有する組織体としての国家との間で、憲法という名の社会契約を締結した」ことに国家権力の正当化根拠を置いてみることにしましょう。すると、まず、主権者が国民に帰属することの宣言ならびにここでいう「国民」の範囲に関する規定が冒頭に置かれるのが素直です。

 もっとも、主権者たる国民というのは、可視的な実体が存在しませんので、投票行動を通じて「主権者たる国民」の意思を擬似的に可視化する存在としての「有権者団」と、儀式を通じて「主権者たる国民」の意思を擬似的に可視化する存在としての「象徴」を置くことは合理的です。したがって、有権者団と象徴に関する規定を前の方に置くことは合理的と言えそうです。

 この次に人権に関する規定を置くか、統治機構に関する規定を置くかは、起草者の趣味の問題でしょう。国家に委ねる権力の内容及び範囲を「人権」という形で示すのだと考えれば、統治機構に関する規定の前に人権に関する規定を置くことも十分に合理的です。

 統治機構に関する規定の後には、地方自治に関する規定を置くのが素直かなという感じがします。地方自治に関する規定は統治機構に関する規定に含まれるのではないかという疑問もあるかも知れませんが、「自治」である以上、当該地方の運営に関して一定の決定権限を有する「住民」という概念を規定する必要があるので、統治機構の一翼ということでは収まりきれないと思います。

 最後に、改正に関する規定を置くことになります。

 安全保障に関する規定をどうするかという疑問があるかも知れませんが、専守防衛に徹する限り、「自国の主権の及ぶ範囲内で、自国の法令に従わない人または団体に対し、有形力を行使して、自国の法令に従わせる」と言うだけの話ですので、それはあくまで「行政」の一環ということが言え、統治機構に関する規定に織り込めば済むように思われます。

(続く)

11/09/2017

外国会社の日本における代表者──あるいはTwitter社に要求すべきもの

 会社法817条1項は、以下のとおり定めています。

外国会社は、日本において取引を継続してしようとするときは、日本における代表者を定めなければならない。この場合において、その日本における代表者のうち一人以上は、日本に住所を有する者でなければならない。

 外国会社が日本における代表者を定めているとどのような良いことがあるのでしょうか。それは、同条2項に定められています。

2  外国会社の日本における代表者は、当該外国会社の日本における業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。

 つまり、外国会社の日本における代表者は、当該外国会社の日本における業務に関する一切の裁判上の権限を有していますので、当該外国会社に対し訴訟を提起し、または仮処分の申立てをしようとする場合、訴状ないし申立書の送達先を、日本国内にある、日本における代表者の住所地に指定すれば足りるのです(民事訴訟法37条により準用される102条1項)。

 つまり、当該外国会社が日本に住所を有する者を日本における代表者と定めていれば、当該外国会社の日本における業務に関して当該外国会社に対して権利を取得した者がこれを行使する際に、訴状等を国外に送達する際の種々の負担から解放されるわけです。訴状等を送達先の国の言語に翻訳しなくともよいという経済的な負担や、訴状等を領事送達等しなくてもよいという時間的な負担から解放されるわけです。

 では、どのような取引が「日本における継続的な取引」となるでしょうか。  海外にある本社から直接日本国内にいる顧客に商品を送付する取引がこれに当たることは分かりやすい話です。また、海外にあるサーバから直接日本国内にいる顧客にデジタルデータ(コンテンツ)を送信する取引がこれに当たることも、それほど違和感はないと思います(例えば、江頭憲治郎=中村直人編著「論点体系 会社法6」69頁(金子圭子=石川祐)は「日本に営業所を設けず、専ら電子的な手法を通じた取引のみを行っている場合であっても、日本の顧客を対象に集団的・継続的に行われる場合には、継続取引に該当し得ると解されるべきである」としています。)。

 そうであるならば、海外にあるサーバから日本国内にいる顧客に対してSNSサービスを提供することも、日本における継続的な取引ということができます。無償のSNSであっても、個人情報や著作物の利用権限等と引き替えに投稿資格を付与しているわけですから、金銭授受を介しないというだけで、取引を行っていることに変わりはないからです。実際、Twitter社等外国のSNSサービス業者に対して発信者情報開示仮処分を申し立てるときの国際裁判管轄の根拠条文は、民事訴訟法第3条の3第5号

(日本において事業を行う者(日本において取引を継続してする外国会社(会社法 (平成十七年法律第八十六号)第二条第二号 に規定する外国会社をいう。)を含む。)に対する訴え 当該訴えがその者の日本における業務に関するものであるとき。 )

を援用しています。

 会社法818条1項は、次のように定めます。

外国会社は、外国会社の登記をするまでは、日本において取引を継続してすることができない。

 外国会社が、外国会社の登記をしていれば、日本における代表者の氏名及び住所は必要的登記事項ですので(会社法933条2項2号)、その日本における取引によって当該外国会社に権利を取得した者は、その登記を見ることによって、その日本における代表者の氏名及び住所を知ることができるわけです。

 問題は、日本で大量の顧客を抱えている外国のコンテンツ事業者やSNSサービス提供者の多くが、外国会社の登記をせず、日本における代表者を定めていないことです。その多くが、日本に子会社を設立していますから、日本国内で取引をする気は満々で、実際、国内企業を凌駕するほどの取引を日本国在住者との間にしているのですが、一向に外国会社の登記をしないのです。そして、日本国内の子会社を送達先として訴状等を送達しようとすると、法人格が異なるからという理由で、訴状等の受領を拒むのです。

 このため、外国会社の日本における取引に関して損害を被った日本国在住者が当該外国会社に損害賠償請求を訴訟を行使しようとしたり、外国会社が運営するSNSサービス等に関して発信者情報開示仮処分を申し立てようとすると、本来必要がないはずの時間やコストがかかってしまい、泣き寝入りしやすくなってしまいます。

 こんな不正義が罷り通り、日本在住者が不当に扱われている状態がなぜ放置されているのか、私は不思議でなりません。

15/01/2017

2015年の日韓合意の解釈について

 従軍慰安婦問題については、平成27年12月28日付の日韓両国の外務大臣の共同記者発表をもって、政府間での解決が果たされました。その内容は、こちらのWEBページに掲載されています。しかし、この共同記者会見の解釈については、誤解が多いようです。

 1つは、日本側から韓国側への拠出金の意味についてです。これを、駐韓日本大使館前の少女像の撤去の対価とする見解がまことしやかに流れているようです。しかし、岸田外務大臣の声明(2)によれば、韓国政府が元慰安婦の方々の支援を目的として設立した財団に日本政府の予算で資金を一括で拠出するのは、「今般,日本政府の予算により,全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる」ことの具体的な方策の一旦として位置づけられており、かつ、「全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる」ことの主体は日本政府とされています。尹外交部長官の共同声明(2)にあるとおり、韓国政府は、上記措置の主体ではなく、あくまで「日本政府の実施する措置に協力する」立場にあることになっています。したがって、上記拠出金を、韓国政府による何らかの行為の対価と捉えること自体が間違っていると言えます。

 さらに、尹外交部長官の共同声明を見てみると、(1)では、上記「措置が着実に実施されるとの前提で」韓国政府は「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」こととし、(3)では、上記「措置が着実に実施されるとの前提で」韓国政府は「今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える」としていますが、(2)については上記「措置が着実に実施されるとの前提で」韓国政府が何かをするとは述べられていません。このことから、少女像に関する措置については、拠出金の支払いの実施と対価性を有する韓国政府の行為は何ら想定されていないと見るのが自然です。

 次に、尹外交部長官の共同声明(2)に「(2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し」との文言があることから、上記少女像の設置が外交関係に関するウィーン条約に違反するとの日本側の解釈に従って少女像の撤去等を行う義務を韓国政府が負うことになったとする見解も流されているようです。

 しかし、両外相会談の結果上記少女像の設置がウィーン条約に違反するとの日本政府の解釈を韓国政府が受け容れたのであれば、尹外交部長官の共同声明(2)は、「韓国政府は、在韓国日本大使館の少女像が公館の安寧・威厳を害していることを認知し」というような文言となっていたはずです。しかし、そうなっていないのは、「在韓国日本大使館の少女像が公館の安寧・威厳を害している」との点について韓国政府は納得していないからと見るのが自然です。韓国政府による認知の対象は、日本政府が「公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していること」でしかなく、「公館の安寧・威厳を害していると認知していること」ですらないのです。東京大学(といっても先端研)の玉井克哉教授は、この文言を捉えて、「ウィーン条約は一般的な条約なので文言が曖昧だが、日本政府の主張を『理解』した韓国政府が『努力』するというのは、日本政府の主張に沿った条約の運用を約束したものではないのか。それが、合意は拘束する、ということ」「条約に『一意の解釈』などない、しかし日本政府の解釈はその解釈の幅の中に入っている。そして、それを単なる「言いがかり」だとして排斥するのは、日本政府の解釈が可能な解釈だと認め、その尊重と努力を約束した韓国政府の意思に沿わない、無理な解釈である。」などというアクロバティックな解釈をしてみせているようですが、尹外交部長官の声明文を見る限り、これは日本側の懸念の内容についての韓国側の認識を示したに過ぎず、ウィーン条約に関する日本側の解釈について「解釈の幅の中に入っている」との韓国側の認識を示したものではありません(なにしろ、その懸念が適切なものであるかの評価すら表明していません。)。また、相手方の主張が解釈論としてはあり得る幅にあることを認識することまで合意したところで、自分もまたその解釈に拘束されることまで合意したことにはなりません。あり得る解釈が複数ある場合に、最終的にどの解釈を選択するかまでが法解釈論なので、相手方の見解があり得る「解釈の幅の中に入っている」ことまで認めたところで、「その中でその解釈を選択する」ことまで求められないのは当然のことです。玉井教授は、「ウィーン条約というのはさまざまな状況に適用されるのが予定されているので、抽象的で幅の広い文言を用いているのです。そして、日本政府の立場がその幅の中にあることは、件の合意で韓国政府が認めていることです。条約の解釈上ありえない立場を「認識」した上で、尊重し努力するなど、ありえない。」とも述べていますが、「ソウルにある日本大使館前の少女像の設置がウィーン条約に違反するとの解釈には賛同しないが、日本側がその少女像について公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることについては(会談中に何度も聞かされたので)理解した」というのは十分あり得る話です。

 その上で、尹外交部長官の声明文を読むと、尹外交部長官は、上記日本政府の懸念を解消する方向で努力するとは言っていませんし、ましてその日本政府の懸念解消方法を少女像の撤去に限定していません。上記日本政府の懸念に対して、「可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。」と表明したに留まります。何をもって「適切な解決」とするかの判断は韓国側に委ねられており、「少女像の撤去」のみが努力義務の目標とする立場を取っていません。「適切な解決」を果たすための手段として例示されているのが「可能な対応方向について関連団体との協議を行う」ということですから、それほどの実効性はそもそも想定されていなかったと言うことができます。

 なお、「可能な対応方向について関連団体との協議を行う」というのは日本語訳としてこなれていない感じがします。英文を見ると、「consulting with related organizations about possible ways of addressing this issue」という表現になっており、意味としては「この問題に取り組む方法として可能なものについて関連する団体と協議を行う」程度の話だと思います。いずれにせよ、努力の具体例として挙がっているのが「関連団体との協議」程度である以上、韓国政府として、少女像の撤去のために実力行使をすることまでは想定されていなかったと言えるでしょう。

09/10/2016

荻野浩次郎さんの問いに対する回答

 荻野浩次郎さんという方が、

中東に駐在経験のある知人が面白い問題提起をしていた。いわゆる左巻き…というか、地球市民というかグローバリストに尋ねてみたい、と。
述べています。地球市民でもグローバリストでもありませんが、答えてみましょう。
1.イスラム教徒がイスラム法に従った生活文化を維持するのはいいか?

我々と無関係に暮らしている分には問題がありません。

2.イスラム教徒が日本に移住してくるのはいいか?

出入国管理法に則って移住してくる分には、イスラム教徒であることを理由にこれを拒むのは不合理ですね。

3.イスラム教徒が日本でも彼らの生活文化を守ることはよいか

 日本国の法令に抵触しない限度であれば問題がありません。

4.日本でイスラム教徒が多数派になり、一部地域若しくは全国でイスラム法に基づいた統治を行うことを民主的に決定したら受け容れるか。

 法令の改正のみならず、憲法まで改姓された場合には、受け容れるとか受け容れないとかという状況ではないと思うのですが。選択肢は、一旦これを受け容れて日本に留まるか、日本を離れるかの選択肢しかありませんね(反政府ゲリラとなって戦うのはどうも。)。

5.日本生まれの日本人がイスラム教徒になるのは良いか。

ご自由に。

6.日本人イスラム教徒がイスラム法に基づいた生活文化をもつのは良いか。

 日本の法令に抵触しない限度であればご自由に

7.それが家父長的男尊女卑的でも良いか。

 日本の法令に抵触しない限度であればご自由に

8.非イスラム教徒の日本人が家父長的男尊女卑的生活文化を持つのは良いか

 日本の法令に抵触しない限度であればご自由に

9. 日本のうちの家父長的男尊女卑的生活文化を持つ集団が民主的にそれに基づいた法を施行維持するのは良いか。

 日本国憲法を改正してそのような法令を制定、施行することには賛同しがたいですね。

10.イスラム教徒がオーケーで日本人がだめな場合、その理由は?

 設問4は、イスラム法に基づいた統治を行うという決定の当否ではなく、そのような決定がなされた場合にこれを受け容れるかどうかを尋ねるものであるのに対し、設問9はそのような法改正を行うことの当否を尋ねるものなので、次元の違う設問を並べてそのようなことを言われても困ってしまいますね。

 自民党の参議院公認候補オープンエントリーに参加されるような方が、家父長的男尊女卑的生活文化の再現を求めておられるのですかね。

05/10/2016

それは、弁護士会の手に余る

 産経新聞が、「法曹養成 活躍の場増やす努力せよ」と題する社説で以下のように主張されています。

 弁護士や裁判官などの地域的偏在は解決されていない。災害被災地など長期的、組織的な法律家の支援を必要としている場がある。高齢者や子供を守る法曹の支援の重要性は増している。企業や官公庁、国際舞台で法律知識と交渉力を持つ人材が望まれている。
 弁護士会はこうした現状をみつめ、もっと活躍の場を広げ、法曹の仕事の意義や魅力アップの方策を考えてはどうか。

 この社説を書いた論説委員はずっと知識を更新しない人なんじゃないかと心配になります。

 弁護士の「ゼロワン」地域は既に解消されています。過払い金請求が一段落した今、弁護士が足りない地域があるという話を聞きません。裁判官が過疎化した支部に常駐しない問題は、弁護士会ではどうしようもありません。

 「災害被災地など長期的、組織的な法律家の支援を必要としている場」には東京などの大規模会から弁護士が派遣されています。現在都会で構えている事務所を捨ててそのような場に常駐するためには、「長期的、組織的な法律家の支援」が必要となくなった後もそこで開業し続けられる見込みが必要です。高齢者や子どもを守る仕事をする弁護士も普通に存在しています。足りないのは、弁護士の助けを必要とする高齢者や子どもが支払える報酬額と、弁護士が事務所を維持しさらに人並みの生活をするのに必要な報酬額とのギャップを埋める組織です。それも、弁護士会がどうこうできる問題ではありません。

 また、「国際舞台で法律知識と交渉力を持つ人材」を育てるためには、さしたる実績のない若い弁護士にそのような交渉に関与させる企業や官公庁が不可欠です。その種の人材は、法科大学院や弁護士会での研修によって生み出せるものではなく、一定の経験が必要だからです。もちろん、その経験を積む間無給では餓死しますので、きちんと報酬を払って若い弁護士をそのような場に就ける企業や官公庁が必要なのです。弁護士会ではどうしようもできません。

 「俺様が倫理の御旗を振れば、お前らは経済的合理性を無視して国家社会のために行動せざるを得ないはずだ」という甘い考えを持っているメディアは、そういう考え方が、平成の司法改革という史上希に見る「ダメ改革」を引き起こしたのだと言うことを、いい加減理解してほしいと思います。

28/09/2016

重国籍者の被選挙権を制限する公職選挙法改正案について

 日本維新の会が公職選挙法の改正案を国会に提出したそうです。

 同党のウェブサイトによると、国会議員の被選挙権に係る国籍要件について、「日本国民」であることの他に、「外国籍を有する日本国民(国籍選択期間内にあるもの及び国籍選択宣言をした者を除く)は被選挙権を有しない」という要素を付け加えるのだそうです。

 現行公職選挙法は、議員の国籍要件については、10条1項柱書において「日本国民は、左の各号の区分に従い、それぞれ当該議員又は長の被選挙権を有する」と規定するにとどまりますので、立法技術的には、「被選挙権を有しない者」についての規定である同法11条の2に第2項を加えるか、11条の3という規定を新設するかするのでしょう。

 しかし、そのような公職選挙法の改正がなされた場合、憲法違反とはならないのでしょうか。

 まず、被選挙権の憲法上の根拠については見解が分かれています。

 最判昭和43年12月4日刑集22巻13号1425頁によれば、

憲法一五条一項は、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と規定し、選挙権が基本的人権の一つであることを明らかにしているが、被選挙権または立候補の自由については、特に明記するところはない。/ところで、選挙は、本来、自由かつ公正に行なわれるべきものであり、このことは、民主主義の基盤をなす選挙制度の目的を達成するための基本的要請である。この見地から、選挙人は、自由に表明する意思によつてその代表者を選ぶことにより、自ら国家(または地方公共団体等)の意思の形成に参与するのであり、誰を選ぶかも、元来、選挙人の自由であるべきであるが、多数の選挙人の存する選挙においては、これを各選挙人の完全な自由に放任したのでは選挙の目的を達成することが困難であるため、公職選挙法は、自ら代表者になろうとする者が自由な意思で立候補し、選挙人は立候補者の中から自己の希望する代表者を選ぶという立候補制度を採用しているわけである。したがつて、もし、被選挙権を有し、選挙に立候補しようとする者がその立候補について不当に制約を受けるようなことがあれば、そのことは、ひいては、選挙人の自由な意思の表明を阻害することとなり、自由かつ公正な選挙の本旨に反することとならざるを得ない。この意味において、立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要である。このような見地からいえば、憲法一五条一項には、被選挙権者、特にその立候補の自由について、直接には規定していないが、これもまた、同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである

とのことです。

 もちろん、被選挙権とて絶対的な権利ではありませんので、公共の福祉に適合するように、一定の内在的な制約を受けることはあります。とはいえ、被選挙権が他の国民の人権と衝突するという事態は通常ないこと、被選挙権が制約されると言うことはその者の利益が害されるだけではなく、その者への投票を望むその他国民の選挙権を実質的に制約すること、不適格者は国民が選挙権の行使により排除すれば足りること等に鑑みれば、被選挙権の制限は極めて例外的な場合についてのみ認められると言うべきでしょう。

 現行法上、被選挙権が制約されているのは以下の場合に限られています。

  •  一定の年齢に満たない場合(10条1項)
  •  禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者(11条1項2号)
  •  禁錮以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者を除く。)(11条1項3号)
  •  公職にある間に犯した刑法197条 から第197条の4 までの罪又は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律1条 の罪により刑に処せられ、その執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた者でその執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた日から五年を経過しないもの又はその刑の執行猶予中の者(11条1項4号)
  •  法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪により禁錮以上の刑に処せられその刑の執行猶予中の者(11条1項5号)
  •  公職にある間に犯した刑法197条 から第197条の4 までの罪又は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律1条 の罪により刑に処せられ、その執行を終わり又はその執行の免除を受けた者でその執行を終わり又はその執行の免除を受けた日から5年を経過したが10年を経過していない者(11条の2)。

 では、重国籍者が被選挙権を有するということは、これらの者が被選挙権を有することとするのと同様の問題があるのでしょうか。この点に関しては、昭和59年8月2日の参議院法務委員会における飯田忠夫参議院議員(公明党)と枇杷田泰助・法務省民事局長との議論が参考になります。

 飯田議員は、戦前の旧国籍法の第16条が帰化人、その子、日本人の養子、入夫等が国務大臣とか大審院長、会計検査院長、帝国議会の議員となることを制限していたことを指摘した上でその趣旨を尋ねます。これに対し、批把田局長は「これは国の重要な意思決定あるいは国権の重要な作用を担当する者につきましては、かつて外国人であったという方については適当でないということを考えてこういう規定を設けただろうと思います。そのようなかつて外国人であった者については適当でないという考え方は、まだ十分に日本人になり切っていないのではないかという危惧がある、そういう者が国の意思を決める重要な地位に立つというふうなことは若干危険ではないかというような発想からこのような規定が設けられたというふうに古い書物などには書いておるところでございます。」と答えます。これを受けて、飯田議員は、「現在の我が国の国情から言いまして二重国籍者、これは前は外国人、まあ前は外国人じゃないとしても現在同時に外国人である、そういう人ですね。日本人であると同時に外国人であるという場合に、旧国籍法で心配されたようなことがないと言い得るかどうか、大変疑問が存在すると思いますが、この点についてはいかがお考えですか。」とたたみ掛けます。これに対し、批把田局長は、現行国籍法にそのような規定が敢えて置かれていない理由について「旧国籍法のようなそういう危惧の念というものをこれは持つ必要はないだろう、殊に非常に民主主義というものが強く打ち出されました新憲法下におきましては、そのようなもし他国籍もあわせ持つ者とか、あるいはかつて外国人であった方であっても、これは要するに国民の意思、そういうようなものによって重要な国権の作用を果たす者が選ばれていくということでありますから、そういうところで実質的にチェックできるであろうというふうなことも考慮されているところだと思いますが、現在ではそういうような危惧を法律上とる必要はないという立場にあるものと考えております。」と答えます。

 飯田議員はなおも「二重国籍ということは、御承知のように現在日本人であると同時に外国人だと、こういうことですね。日本人と外国人とが同居しているわけなんですが、人間の心というものはなかなか外からわからないんです。日本人と外国人が同居している場合に、その人の心は日本人なのか外国の方を向いているのかはっきりしないでしょう。そういうはっきりしない人が我が国の総理大臣になる、国会議員になるということでいいのかどうか、日本の政治を左右することになることが、それで日本の国家主権は守られるかという問題に関連するんですが、その点はいかがですか。」と追及しますが、批把田局長は「確かに国の重要な地位に立つということは、国の将来をも決めるようなそういう意思決定をする立場にあるわけでございますので、したがいまして、日本の国というものを考え、そして日本の国民全体が連帯意識を持つ、そういうような考え方の強い方が望ましいことは当然だろうと思います。それを二重国籍者であるからといって、当然にそういう考え方がないだろうというふうに一つのパターンを決めて法律上制限をするということまでは必要ないだろう、それは日本国籍を持っておられる方であっても、場合によっては今申し上げましたような点においては十分でないという方もおられるかもしれません。ですから、それは個々の方の問題であって、法律的に一つのパターンを決めて、そしてある資格を奪うというふうなことはいかがなものであろうかというのが現行法の考え方でございます。」と答えるのです。

 この後、飯田議員は、批把田局長では埒があかないと考えたのか、「二重国籍者に被選挙権を無制限で認めるということは政治上障害が起こらないと合理的に判断させる根拠がありますか、お尋ねします。これは今法務省ばかりお尋ねしましたので、自治省のお方と内閣法制局のお方に御答弁を願います。」と矛先を変えます。これに対し、浅野大三郎・自治省行政局選挙部選挙課長は、日本国籍のほか他の国の国籍を有する二重国籍者が国会議員となるということも現行法上可能ということになっていることを確認した上で、「お尋ねは、一体それで政治上障害が起こらないという合理的理由があるかどうかということでございますが、大変難しい問題でございます。ただ、私どもといたしましては、これまでのところそういう二重国籍者が選挙権を行使する、あるいは選挙によって選ばれる、公職についたことにょりまして何らかの障害が生じたという事例は承知しておらないところでございます。」と答えるのです。結局、この日、飯田議員は、政府委員の賛同を一切受けられずに終わります。

 実は、飯田議員は、昭和59年5月10日の参議院法務委員会でも、重国籍者の被選挙権についての議論を仕掛けています。

 飯田議員は、まず、外国人の基本的人権についての一般論から入ります。「十四条は必ずしも外国人と国民との間の平等をどんな場合でも保障するというのじゃなくて、国に対して余り直接の影響のない分野においては保障する、例えば民事問題などについては保障するが、いわゆる選挙権だとかいったような問題、あるいは兵役の義務でも構いませんが、こういうような問題については日本人と外国人との間にはやはり差別を設けるのだ、設けても憲法違反にはならないのだというふうな受け取り方をしてもよろしいでしょうか。」との確認を行い、関守・内閣法制局第二部長から「ただいま申し上げましたとおり、外国人につきましても法のもとの平等という考え方は押し及ぼされて考えられてしかるべきであるということが最高裁判所の判例などからも言われているわけでございますけれども、その場合に、すべて同じでなくてはいけないということではなくて、合理的な理由があれば個々に合理的な範囲における異なった取り扱いをするということも憲法上許されるということでございまして、御指摘の選挙権等につきましては、これは事柄の性質上、国民が国家の政治に参画するということでございますので、それを外国人に認めないということが憲法上許されないということにならないことは当然だろうと思います。」との答弁を引き出しています。

 その上で、飯田議員は、「もう一つ法制局にお尋ねをしたい点、同じく憲法十四条の保障の問題ですが、重国籍者にも無制限に保障が行われるかという問題です。今度の父母両系主義をとりますと重国籍者が出るのですが、この場合に、その重国籍者にも憲法十四条の保障は無制限に差別をしないという保障がなされるのか。重国籍者は日本籍を持っていますからね。お尋ねします。」とたたみ掛けます。これに対し、関部長は「重国籍者というのは、何と申しましょうか、日本の国民であると同時に外国籍を有するという特別の立場に立つ人でございますが、先ほど申し上げましたように、要はそういう異なる取り扱いをするということが合理的であるかどうかということになるかと思います。それによって決せられるべき問題であろうというふうに考えます。」と答えます。これを受けて、飯田議員は、「日本人と外国人との間がはっきり差別が分かれておる場合には、これは合理的だというふうに考える場合も出てくるでしょうね。例えば外国籍の者が日本の総理大臣になるとか国会議員になるなんていうたら困りますからね。これはもうはっきりできると思いますが、日本国籍と外国国籍と両方持つように今後なりますので、その場合に重国籍者に対して憲法十四条は無制限に適用になるか、つまり参政権も制限しないで与えるのか、こういうことなんです。また高級公務員、例えば各省の次官だとかあるいは局長だとか、そういう職につくことを認めるのかどうか。これは行政、政治の問題に密接に関連いたしますので、法制局の御意見がそのまま将来通ることになるから、これ気をつけて御答弁願います。よろしくお願いします。」とさらにたたみ掛けます。しかし、関部長は「重国籍者につきましては日本国民であると同時に外国の国籍を有するという特別の立場の方々でございます。こうした重国籍者の参政権あるいは公務員になる能力の制限の可否の問題につきましても、結局はそれが合理的なものと言えるかどうかという点にかかるわけでございまして、これを判断いたしますには、やはりその制限を必要とする事情あるいはその制限の内容、程度などなどを慎重に考慮いたしまして判断すべき問題である、こういうふうに考えております。」と言ってかわします。で、飯田議員は、「どうも抽象的なお言葉ではっきりしませんので、具体的にお尋ねいたしますが、二重国籍者、これは日本の国籍を与えますと外国の方で国籍の離脱を認めなければ二重国籍になりますからね。そういう人が憲法十四条を盾にとって自分も被選挙権があるのだと、こういうわけで衆議院議員の立候補を届け出たとしましょうね。この場合に、法制局の御意見として恐らくこれは選挙管理委員会の方からどうだと言って聞いてくると思いますが、そのときにどのような御返答になるのかお答えを願います。」と深追いを始めます。しかし、関部長は、「今のような問題につきましても、憲法十四条というのは、先ほども申し上げますように物事の性質に応じて合理的な異なった取り扱いをすることまでを禁じているわけではないということでございますので、今ここでちょっとその点についてどうというふうに申し上げにくいのでございますけれども、そういう制限をすることの可否についても、今申しましたようないろいろなそれを判断するべき要素というものを勘案いたしまして検討を加えるということになると思います。」と言ってなおもかわします。飯田議員はなおも追及の手を緩めません。「今私のお尋ねしたのは、選挙権とか被選挙権を与えるかどうかということなんですよ。それで、これはもう明確にお答えできると思いますが、つまり重国籍者、これは外国の主権に奉仕する義務を有する者でしょう。国籍を持っておる以上はその国の国民ですから、その国の国民は国の主権者です。例えばアメリカの国民はアメリカの主権者でしょう。同時に日本の主権者である。そういう場合に被選挙権を与えるということになりますと、アメリカの国に忠誠義務を尽くすことを要求されておる人が日本の国会議員になる、場合によっては自由民主党に属すれば総理大臣にもなる、こういうことになりましょう。そういう場合に具体的な条件を考えてなんていったようなことで済むかどうか。いかがですか。」と質問をします。関部長は、いよいよかわしきれないと判断したのか、「私どもは先ほど申しましたように憲法十四条というのは合理的な差別を禁止するものではないと考えておりますので、一概にそういう制限ができないものではないというふうには考えておりますけれども、今すぐ選挙権なり被選挙権の制限についてどうかということはなかなか難しい問題だろうということで、さらに検討させていただきたいというふうに考えるわけでございます。」と答弁します。深追いが失敗してしまいました。

 でも、飯田議員はめげません。なおも、「主権国家の立場から考えますと、二重国籍で外国の国籍を持っておる人が日本の憲法を盾にとって主権国家に反するような権利を要求するということは権利の乱用ではないか。権利の乱用であれば、憲法上認める必要はないのではないかと私は考えますが、法制局はどうお考えになりますか。」と追及します。しかし、さすがにこの立論には無理がありすぎるので、関部長に「重国籍者になるということは各国の国籍法の法制の違い等によりまして生じてくるわけでございまして、それによってそれぞれの国の法制のもとにおいて参政権が得られるということになります場合に、その権利があるということになったからといって主張できないということに必ずしもならないのじゃないか。それが権利の乱用になるというふうには私どもは考えておりません。」と答えられてしまいます。

 結局、飯田議員の努力は実を結ばず、重国籍者に被選挙権を認めるべきでないとの見解は政府委員たちの賛同を得られぬまま終わるのです。

 昨今の議論もまた、この飯田議員の議論の繰り返しに過ぎず、重国籍者から一律に被選挙権を奪うことの合理性を根拠づけるものは見当たらないようです。

 そもそも、選挙で選ばれる公務員(議員や自治体の首長など)は、様々な利害ファクターの代弁者としての性質を必然的に有しており、その選出母体や主たる支持者層の利害を全体の利害より優先させる可能性が不可避的にあるわけです。私たち有権者は、各立候補者が、特定の利害ファクターの代弁者であることを十分知りつつ、それを考慮要素に加えた上で、当該利害ファクターの利害を代弁しすぎる場合には対立候補者に投票するなどして、そのチェックを果たすことができるわけです。だからこそ、特定の利害ファクターの代弁者となり得ると言うだけの理由で被選挙権を奪われることはないわけです。そうだとすれば、重国籍者が、もう一つの国籍国という利害ファクターの利害を代弁する傾向にあると言うことが仮に言えるとしても、そのことは一律に被選挙権を奪う合理的な理由とはならないということになります。

 さらに言えば、日本を常居所地として選んでいる重国籍者が、もう一つの国籍国という利害ファクターの利害を代弁する傾向にあると言うことは、全く実証されていないわけです。普通に考えれば、重国籍者であろうと、現実に通常生活している国籍国と、単に籍を抜かずにいるだけの国籍国とで利害が対立する場合には、現実に通常生活している国籍国の利害を優先させた方が、そこで生活している自分にとっても通常有益なわけで、敢えて、通常生活していない国籍国の利害を優先させる必要はないわけです。

 これらの点に鑑みれば、重国籍であると言うことを理由として被選挙権を制限しようという日本維新の会の公職選挙法改正案は憲法違反のそしりを免れないだろうと思います。

19/09/2016

重国籍に関するあれこれ

 蓮舫議員を巡る国籍法関係のあれやこれやについて未だに間違った情報が横行していますので、平均的な高校生でもわかるように解説してみることにしましょう。

 まず、前提事実から見てみましょう。蓮舫議員は台湾人のお父様と日本人のお母様との間に嫡出子(法的に有効な婚姻をした夫婦の間の子)として生まれています。ここで「台湾人」というのが法的にはくせ者です。第二次世界大戦で敗戦し日本が領有権を放棄する前は、台湾も日本の一部だったので、台湾人は日本国民であったのです。しかし、敗戦後は、台湾は蒋介石率いる中華民国政府の支配下におかれます。このため、日本政府は、台湾も中国本土と一緒に「中華民国」を構成するものとして法的に扱うことになり、日本に在留する台湾人を「中華民国」の国民として扱うことになりました。しかし、その後、中華民国政府は中国本土の支配権を中華人民共和国に奪われてしまいます。それでもしばらくは、日本政府は、中華民国を、中国本土及び台湾の正統な政府として扱ってきたのですが、田中角栄首相による日中国交正常化以降、中華人民共和国を中国の正式な政府と承認することになったのです。これが1972年のことです。ではこのとき、中華民国政府が実効支配をしていた台湾についてはどう取り扱うことになったのでしょうか。日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明の第2項及び第3項を見ると次の通りとなっています。

二 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。
三 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

 これによれば、日本政府は、「台湾は中華人民共和国の領土の一部だ」という中華人民共和国政府の立場を尊重することになっています。この結果、日本政府は、中華民国を「国家」としては取り扱わないことになります。とはいえ、台湾島を実効支配しているのは中華民国政府であり、中華人民共和国からビザを受けて台湾等に上陸したのでは捕まってしまいますので、中華民国を国に準ずるものとして扱うことになります。

 では、日本に在留する中国人の扱いはどうなっていったのでしょうか。ちゃんと調べていないのでわかりませんが、日本政府との関係では、彼らの本国が中華民国から中華人民共和国に変わったので、彼らの国籍は中華民国籍から中華人民共和国籍へと当然に変わったと考えるのが自然です。ただし、中華民国の中でも台湾省に本籍がある人々については、中華人民共和国籍にして実務が回るのかという問題が生じます。そこで日本政府は苦肉の策として、彼らを「中国台湾省」の国民として扱うことにしたのです。

 蓮舫は1967年生まれですから、日中国交正常化前に生まれています。蓮舫のお父様は中華民国籍、お母様は日本国籍でした。当時の国籍法は、嫡出子については「父親が日本国籍を有していればそれだけで日本国籍が付与されるが、母親だけが日本人である場合には日本国籍は付与されない」という「父系主義」を採用していました。このため、蓮舫は、出生時には日本国籍は与えられておらず、「中華民国」の国籍のみが付与されました。その後、日中国交正常化により、日本政府が、中華人民共和国を中国の唯一の正統な政府と認め、「台湾は中華人民共和国の領土の一部だ」という中華人民共和国政府の立場を尊重することになり、蓮舫は、「中国台湾省」の国民という微妙な立場におかれることになります。

 ところで、この「父親が日本国籍を有していればそれだけで日本国籍が付与されるが、母親だけが日本人である場合には日本国籍は付与されない」という「父系主義」は、憲法第14条で禁止された「女性差別」にあたるのではないかという疑問がわき起こり、訴訟等も提起されるようになります。さらに、日本は、1985年に「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」に批准したため、日本国内にある「女性に対し差別的な制度」を改める国際法上の義務を負うことになりました。そこで、日本政府は、嫡出子については、父親か母親の一方が日本国籍を有すれば当然に日本国籍が付与される「両系主義」を採用することとする国籍法改正案を国会に提出し、この改正案は1984年に可決され、1985年から効力を生ずることになりました。

 その際に、改正国籍法が発効する前に外国籍の父親、日本国籍の母親との間に生まれた子について、わずかな生まれ年の違いで日本国籍が与えられないとするのは不合理なので、救済措置を設定することにしました。これが、昭和59年改正の附則5条です。同条の第1項と第4号を見てみましょう。

昭和四十年一月一日からこの法律の施行の日(以下「施行日」という。)の前日までに生まれた者(日本国民であつた者を除く。)でその出生の時に母が日本国民であつたものは、母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときは、施行日から三年以内に、法務省令で定めるところにより法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。
4  第一項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。

 蓮舫議員は、この規定に基づく届出を行うことにより、日本国籍を取得したのです。

 この方法で日本国籍を取得した場合に、それまで有していた国籍はどうなるのでしょうか。それは、その国籍国の法律によって定まるのであって、日本国政府の関与するところではありません。意図的に他国の国籍を取得したとして当然に国籍を喪失するという制度を採用している国もあれば、そうではない国もあります。そうではない国の国籍を有していた場合には、日本国籍を取得してもなお元の国籍を保有し続けることになります。このように二つ以上の国の国籍を同時に有している状態のことを「重国籍」といいます。日本を含む多くの国では、一定の場合に重国籍状態が生ずることをわかった上で国籍の得喪に関するルールを定めていますので、そのルールの範囲内で重国籍となっていること自体は違法でもなければまして「国籍法違反」ということにはなりません。

 では、蓮舫の場合はどうなのでしょう。在留台湾人である蓮舫さんについて、日本政府との関係において、中華人民共和国法が適用されるのか中華民国法が適用されるかによることになります。中華人民共和国法ですと、「外国に定住している中国公民で、自己の意思によって外国の国籍に入籍し又は取得した者は自動的に中国国籍を失う。」(9条)とありますので、附則5条の届出により日本国籍を取得すると同時に中国国籍を失います。中華民国の国籍法にはそのような内容の明文上の規定はありません。したがって、判例法で中華民国の国籍を当然に失う場合が認められていない限り、附則5条の届出により日本国籍を取得しても中国国籍はなお残るということになります。

 日本の国籍法は、重国籍者となった者に対し、重国籍となったのが二十歳に達する以前であるときは二十二歳に達するまでに、その時が二十歳に達した後であるときはその時から二年以内に、どちらか一つの国籍を選択することを義務づけています(14条1項)。もっとも、国籍の選択というのは、「父親の母国を取るか母親の母国を取るか」という決断を迫るものとなりますから、二十歳を少し過ぎたばかりの若者たちには重すぎる決断です。このため、国籍法は、重国籍者が上記選択を怠ったからとして、これを違法状態とすることを避け、法務大臣から国籍選択の催告がなされた後1ヶ月が経過するもなお国籍を選択しない場合には日本国籍を喪失させるというし制度を採用するに留めました。

 なお、現在のところは、重国籍であると思われる人に対して法務省から国籍の選択をしたかの確認を促すパンフレット等が送られるに留まり、法務大臣が国籍選択の催告を行った例はないとのことです。

 日本国籍を選択する方法としては、① 外国の国籍を離脱するという方法、② 戸籍法 の定めるところにより、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣言をするという方法、の2通りがあります(14条2項)。①と②は互いに独立していますので、②の方法により日本国籍を選択する場合には、先行して外国の国籍を離脱している必要はありません。蓮舫議員の発言を聞く限り、②の手続をとったようです(当時、蓮舫議員は高校生であり、お父様の指示に従って手続をしただけなので、何をしたのかの詳細は理解していないようですが。)。

 ②の方法で日本国籍を選択した場合に、もう一つの国籍はどうなるでしょうか。もう一つの国籍国が日本の国籍法と同様の規定を有している場合には、日本国籍選択と同時にその国の国籍は失われることとなります。しかし、もう一つの国籍国がそのような制度を採用していない場合には、なお重国籍状態が継続することとなります。日本の国籍法は、そのような重国籍状態が継続することを制度的に予定していますので、これは違法状態ではありません。中華民国の国籍法を見ると、重国籍者が外国国籍を選択した場合についての規定が見当たりません。特別法か判例に基づいて処理している可能性もあるので、何とも言いがたいところです。なお、重国籍者による外国国籍の選択と、外国への帰化とは別概念ですので、「帰化の際に台湾国籍を喪失する場合にはこういう手続が必要だった」という話は、「日本国籍を選択した後台湾国籍を離脱するための手続」がどのようなものであるかを知る手がかりにはなりません。長期滞在国に帰化する場合はそれまでの間自国の有効なパスポートを有しているのが通常ですが、重国籍者が一方の国籍国で生活する分には、他方の国籍国のパスポートを取得しないのが原則なので、「自国の有効なパスポートを有していない限り、他国の国籍選択に伴う国籍の離脱を認めない」とする制度を採用することは合理性を欠くからです。

 ところで、国籍法16条1項は、「選択の宣言をした日本国民は、外国の国籍の離脱に努めなければならない。」という規定を置いており、この規定を根拠として、外国国籍の離脱手続をせずに重国籍状態を継続することを違法だとする人がネット上ではあとを絶たないようです。しかし、国籍法に関する解説書や論文を読めば、この規定は、法的拘束力のない訓示規定であると解されていることがわかります。したがって、日本国籍を選択した後、外国の国籍を離脱せずに放置しておいても、違法ではありません。

 また、同条2項は次のような規定を置いています。

法務大臣は、選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失つていないものが自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であつても就任することができる職を除く。)に就任した場合において、その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著しく反すると認めるときは、その者に対し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる。

 この規定を反対解釈すれば、日本国籍を選択後外国の国籍を離脱せずに放置しているに過ぎず、上記のような外国公務員の職に就任していない場合には、法務大臣と手日本国籍の喪失宣言はできないということになります。

11/06/2016

ヘイトスピーチとセクハラの違い

 札幌の猪野亨弁護士が連日不思議な見解を述べています。

 たとえば、

 私たちがすべきことは、権力の力でヘイトスピーチを取り締まらせたり、実力で阻止することではありません。
 このようなヘイトスピーチを生み出す社会の歪みを考え、正していくことです。

とか

 ヘイトスピーチが社会の歪み、政治の右傾化と格差社会(もっとたくさんの社会的要因はありますけれど)の中で登場してきたものであることは常識レベルだと思っていたのですが、ネット界では、個人の資質だと全てを個人の資質の問題に矮小化してしまうツイートが流れていたことには驚きました。だから、そのヘイトデモを叩き潰せば問題が解決するなんて短絡的に考えているのでしょう。
とかです。

 私たち実務法曹は、基本的に、現実に存在する人権侵害等の諸問題が、仮に「社会の歪み」の中で登場してきたものであろうとも、とりあえず目の前にある諸問題を解決することにエネルギーを注いできました。私たちは、現に発生している諸問題を放置して、その社会悪を生み出す「社会の歪み」が正すことにうつつを抜かすようなことはしてきませんでした。例えば、セクハラやDVが、「男性優位社会」という「社会の歪み」により生み出されたものであるからと言って、「男性優位社会」を正すことに注力し、その間現に発生しているセクハラやDVを放置する、という方針を採用してきませんでした。

 それは当然のことであって、「社会の歪み」なんて一朝一夕に正せるものではありませんし、その間、その「社会の歪み」から生ずる人権侵害等を放置していれば、その被害者たちに耐えがたい苦痛を与えてしまうからです。

 もちろん、猪野弁護士にしても、「セクハラやDVが、『男性優位社会』という『社会の歪み』により生み出されたものであるから、その対策としては専ら『男性優位社会』という『社会の歪み』を正していくことによるべきであって、個々のセクハラやDVを働く人を問題視して、強制的にこれをやめさせようとするべきではない。まして、警察と協力してこれをやめさせようとするなんて許せない」とは言わないと思うのです。結局、そこには、在日朝鮮人たちに対するヘイトスピーチ、ヘイトデモとセクハラ・DV等との間に、無意識に、優先順位を付けているからなのではないかと思ってしまいます。

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