15/01/2017

2015年の日韓合意の解釈について

 従軍慰安婦問題については、平成27年12月28日付の日韓両国の外務大臣の共同記者発表をもって、政府間での解決が果たされました。その内容は、こちらのWEBページに掲載されています。しかし、この共同記者会見の解釈については、誤解が多いようです。

 1つは、日本側から韓国側への拠出金の意味についてです。これを、駐韓日本大使館前の少女像の撤去の対価とする見解がまことしやかに流れているようです。しかし、岸田外務大臣の声明(2)によれば、韓国政府が元慰安婦の方々の支援を目的として設立した財団に日本政府の予算で資金を一括で拠出するのは、「今般,日本政府の予算により,全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる」ことの具体的な方策の一旦として位置づけられており、かつ、「全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる」ことの主体は日本政府とされています。尹外交部長官の共同声明(2)にあるとおり、韓国政府は、上記措置の主体ではなく、あくまで「日本政府の実施する措置に協力する」立場にあることになっています。したがって、上記拠出金を、韓国政府による何らかの行為の対価と捉えること自体が間違っていると言えます。

 さらに、尹外交部長官の共同声明を見てみると、(1)では、上記「措置が着実に実施されるとの前提で」韓国政府は「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」こととし、(3)では、上記「措置が着実に実施されるとの前提で」韓国政府は「今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える」としていますが、(2)については上記「措置が着実に実施されるとの前提で」韓国政府が何かをするとは述べられていません。このことから、少女像に関する措置については、拠出金の支払いの実施と対価性を有する韓国政府の行為は何ら想定されていないと見るのが自然です。

 次に、尹外交部長官の共同声明(2)に「(2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し」との文言があることから、上記少女像の設置が外交関係に関するウィーン条約に違反するとの日本側の解釈に従って少女像の撤去等を行う義務を韓国政府が負うことになったとする見解も流されているようです。

 しかし、両外相会談の結果上記少女像の設置がウィーン条約に違反するとの日本政府の解釈を韓国政府が受け容れたのであれば、尹外交部長官の共同声明(2)は、「韓国政府は、在韓国日本大使館の少女像が公館の安寧・威厳を害していることを認知し」というような文言となっていたはずです。しかし、そうなっていないのは、「在韓国日本大使館の少女像が公館の安寧・威厳を害している」との点について韓国政府は納得していないからと見るのが自然です。韓国政府による認知の対象は、日本政府が「公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していること」でしかなく、「公館の安寧・威厳を害していると認知していること」ですらないのです。東京大学(といっても先端研)の玉井克哉教授は、この文言を捉えて、「ウィーン条約は一般的な条約なので文言が曖昧だが、日本政府の主張を『理解』した韓国政府が『努力』するというのは、日本政府の主張に沿った条約の運用を約束したものではないのか。それが、合意は拘束する、ということ」「条約に『一意の解釈』などない、しかし日本政府の解釈はその解釈の幅の中に入っている。そして、それを単なる「言いがかり」だとして排斥するのは、日本政府の解釈が可能な解釈だと認め、その尊重と努力を約束した韓国政府の意思に沿わない、無理な解釈である。」などというアクロバティックな解釈をしてみせているようですが、尹外交部長官の声明文を見る限り、これは日本側の懸念の内容についての韓国側の認識を示したに過ぎず、ウィーン条約に関する日本側の解釈について「解釈の幅の中に入っている」との韓国側の認識を示したものではありません(なにしろ、その懸念が適切なものであるかの評価すら表明していません。)。また、相手方の主張が解釈論としてはあり得る幅にあることを認識することまで合意したところで、自分もまたその解釈に拘束されることまで合意したことにはなりません。あり得る解釈が複数ある場合に、最終的にどの解釈を選択するかまでが法解釈論なので、相手方の見解があり得る「解釈の幅の中に入っている」ことまで認めたところで、「その中でその解釈を選択する」ことまで求められないのは当然のことです。玉井教授は、「ウィーン条約というのはさまざまな状況に適用されるのが予定されているので、抽象的で幅の広い文言を用いているのです。そして、日本政府の立場がその幅の中にあることは、件の合意で韓国政府が認めていることです。条約の解釈上ありえない立場を「認識」した上で、尊重し努力するなど、ありえない。」とも述べていますが、「ソウルにある日本大使館前の少女像の設置がウィーン条約に違反するとの解釈には賛同しないが、日本側がその少女像について公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることについては(会談中に何度も聞かされたので)理解した」というのは十分あり得る話です。

 その上で、尹外交部長官の声明文を読むと、尹外交部長官は、上記日本政府の懸念を解消する方向で努力するとは言っていませんし、ましてその日本政府の懸念解消方法を少女像の撤去に限定していません。上記日本政府の懸念に対して、「可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。」と表明したに留まります。何をもって「適切な解決」とするかの判断は韓国側に委ねられており、「少女像の撤去」のみが努力義務の目標とする立場を取っていません。「適切な解決」を果たすための手段として例示されているのが「可能な対応方向について関連団体との協議を行う」ということですから、それほどの実効性はそもそも想定されていなかったと言うことができます。

 なお、「可能な対応方向について関連団体との協議を行う」というのは日本語訳としてこなれていない感じがします。英文を見ると、「consulting with related organizations about possible ways of addressing this issue」という表現になっており、意味としては「この問題に取り組む方法として可能なものについて関連する団体と協議を行う」程度の話だと思います。いずれにせよ、努力の具体例として挙がっているのが「関連団体との協議」程度である以上、韓国政府として、少女像の撤去のために実力行使をすることまでは想定されていなかったと言えるでしょう。

09/10/2016

荻野浩次郎さんの問いに対する回答

 荻野浩次郎さんという方が、

中東に駐在経験のある知人が面白い問題提起をしていた。いわゆる左巻き…というか、地球市民というかグローバリストに尋ねてみたい、と。
述べています。地球市民でもグローバリストでもありませんが、答えてみましょう。
1.イスラム教徒がイスラム法に従った生活文化を維持するのはいいか?

我々と無関係に暮らしている分には問題がありません。

2.イスラム教徒が日本に移住してくるのはいいか?

出入国管理法に則って移住してくる分には、イスラム教徒であることを理由にこれを拒むのは不合理ですね。

3.イスラム教徒が日本でも彼らの生活文化を守ることはよいか

 日本国の法令に抵触しない限度であれば問題がありません。

4.日本でイスラム教徒が多数派になり、一部地域若しくは全国でイスラム法に基づいた統治を行うことを民主的に決定したら受け容れるか。

 法令の改正のみならず、憲法まで改姓された場合には、受け容れるとか受け容れないとかという状況ではないと思うのですが。選択肢は、一旦これを受け容れて日本に留まるか、日本を離れるかの選択肢しかありませんね(反政府ゲリラとなって戦うのはどうも。)。

5.日本生まれの日本人がイスラム教徒になるのは良いか。

ご自由に。

6.日本人イスラム教徒がイスラム法に基づいた生活文化をもつのは良いか。

 日本の法令に抵触しない限度であればご自由に

7.それが家父長的男尊女卑的でも良いか。

 日本の法令に抵触しない限度であればご自由に

8.非イスラム教徒の日本人が家父長的男尊女卑的生活文化を持つのは良いか

 日本の法令に抵触しない限度であればご自由に

9. 日本のうちの家父長的男尊女卑的生活文化を持つ集団が民主的にそれに基づいた法を施行維持するのは良いか。

 日本国憲法を改正してそのような法令を制定、施行することには賛同しがたいですね。

10.イスラム教徒がオーケーで日本人がだめな場合、その理由は?

 設問4は、イスラム法に基づいた統治を行うという決定の当否ではなく、そのような決定がなされた場合にこれを受け容れるかどうかを尋ねるものであるのに対し、設問9はそのような法改正を行うことの当否を尋ねるものなので、次元の違う設問を並べてそのようなことを言われても困ってしまいますね。

 自民党の参議院公認候補オープンエントリーに参加されるような方が、家父長的男尊女卑的生活文化の再現を求めておられるのですかね。

05/10/2016

それは、弁護士会の手に余る

 産経新聞が、「法曹養成 活躍の場増やす努力せよ」と題する社説で以下のように主張されています。

 弁護士や裁判官などの地域的偏在は解決されていない。災害被災地など長期的、組織的な法律家の支援を必要としている場がある。高齢者や子供を守る法曹の支援の重要性は増している。企業や官公庁、国際舞台で法律知識と交渉力を持つ人材が望まれている。
 弁護士会はこうした現状をみつめ、もっと活躍の場を広げ、法曹の仕事の意義や魅力アップの方策を考えてはどうか。

 この社説を書いた論説委員はずっと知識を更新しない人なんじゃないかと心配になります。

 弁護士の「ゼロワン」地域は既に解消されています。過払い金請求が一段落した今、弁護士が足りない地域があるという話を聞きません。裁判官が過疎化した支部に常駐しない問題は、弁護士会ではどうしようもありません。

 「災害被災地など長期的、組織的な法律家の支援を必要としている場」には東京などの大規模会から弁護士が派遣されています。現在都会で構えている事務所を捨ててそのような場に常駐するためには、「長期的、組織的な法律家の支援」が必要となくなった後もそこで開業し続けられる見込みが必要です。高齢者や子どもを守る仕事をする弁護士も普通に存在しています。足りないのは、弁護士の助けを必要とする高齢者や子どもが支払える報酬額と、弁護士が事務所を維持しさらに人並みの生活をするのに必要な報酬額とのギャップを埋める組織です。それも、弁護士会がどうこうできる問題ではありません。

 また、「国際舞台で法律知識と交渉力を持つ人材」を育てるためには、さしたる実績のない若い弁護士にそのような交渉に関与させる企業や官公庁が不可欠です。その種の人材は、法科大学院や弁護士会での研修によって生み出せるものではなく、一定の経験が必要だからです。もちろん、その経験を積む間無給では餓死しますので、きちんと報酬を払って若い弁護士をそのような場に就ける企業や官公庁が必要なのです。弁護士会ではどうしようもできません。

 「俺様が倫理の御旗を振れば、お前らは経済的合理性を無視して国家社会のために行動せざるを得ないはずだ」という甘い考えを持っているメディアは、そういう考え方が、平成の司法改革という史上希に見る「ダメ改革」を引き起こしたのだと言うことを、いい加減理解してほしいと思います。

28/09/2016

重国籍者の被選挙権を制限する公職選挙法改正案について

 日本維新の会が公職選挙法の改正案を国会に提出したそうです。

 同党のウェブサイトによると、国会議員の被選挙権に係る国籍要件について、「日本国民」であることの他に、「外国籍を有する日本国民(国籍選択期間内にあるもの及び国籍選択宣言をした者を除く)は被選挙権を有しない」という要素を付け加えるのだそうです。

 現行公職選挙法は、議員の国籍要件については、10条1項柱書において「日本国民は、左の各号の区分に従い、それぞれ当該議員又は長の被選挙権を有する」と規定するにとどまりますので、立法技術的には、「被選挙権を有しない者」についての規定である同法11条の2に第2項を加えるか、11条の3という規定を新設するかするのでしょう。

 しかし、そのような公職選挙法の改正がなされた場合、憲法違反とはならないのでしょうか。

 まず、被選挙権の憲法上の根拠については見解が分かれています。

 最判昭和43年12月4日刑集22巻13号1425頁によれば、

憲法一五条一項は、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と規定し、選挙権が基本的人権の一つであることを明らかにしているが、被選挙権または立候補の自由については、特に明記するところはない。/ところで、選挙は、本来、自由かつ公正に行なわれるべきものであり、このことは、民主主義の基盤をなす選挙制度の目的を達成するための基本的要請である。この見地から、選挙人は、自由に表明する意思によつてその代表者を選ぶことにより、自ら国家(または地方公共団体等)の意思の形成に参与するのであり、誰を選ぶかも、元来、選挙人の自由であるべきであるが、多数の選挙人の存する選挙においては、これを各選挙人の完全な自由に放任したのでは選挙の目的を達成することが困難であるため、公職選挙法は、自ら代表者になろうとする者が自由な意思で立候補し、選挙人は立候補者の中から自己の希望する代表者を選ぶという立候補制度を採用しているわけである。したがつて、もし、被選挙権を有し、選挙に立候補しようとする者がその立候補について不当に制約を受けるようなことがあれば、そのことは、ひいては、選挙人の自由な意思の表明を阻害することとなり、自由かつ公正な選挙の本旨に反することとならざるを得ない。この意味において、立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要である。このような見地からいえば、憲法一五条一項には、被選挙権者、特にその立候補の自由について、直接には規定していないが、これもまた、同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである

とのことです。

 もちろん、被選挙権とて絶対的な権利ではありませんので、公共の福祉に適合するように、一定の内在的な制約を受けることはあります。とはいえ、被選挙権が他の国民の人権と衝突するという事態は通常ないこと、被選挙権が制約されると言うことはその者の利益が害されるだけではなく、その者への投票を望むその他国民の選挙権を実質的に制約すること、不適格者は国民が選挙権の行使により排除すれば足りること等に鑑みれば、被選挙権の制限は極めて例外的な場合についてのみ認められると言うべきでしょう。

 現行法上、被選挙権が制約されているのは以下の場合に限られています。

  •  一定の年齢に満たない場合(10条1項)
  •  禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者(11条1項2号)
  •  禁錮以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者を除く。)(11条1項3号)
  •  公職にある間に犯した刑法197条 から第197条の4 までの罪又は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律1条 の罪により刑に処せられ、その執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた者でその執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた日から五年を経過しないもの又はその刑の執行猶予中の者(11条1項4号)
  •  法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪により禁錮以上の刑に処せられその刑の執行猶予中の者(11条1項5号)
  •  公職にある間に犯した刑法197条 から第197条の4 までの罪又は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律1条 の罪により刑に処せられ、その執行を終わり又はその執行の免除を受けた者でその執行を終わり又はその執行の免除を受けた日から5年を経過したが10年を経過していない者(11条の2)。

 では、重国籍者が被選挙権を有するということは、これらの者が被選挙権を有することとするのと同様の問題があるのでしょうか。この点に関しては、昭和59年8月2日の参議院法務委員会における飯田忠夫参議院議員(公明党)と枇杷田泰助・法務省民事局長との議論が参考になります。

 飯田議員は、戦前の旧国籍法の第16条が帰化人、その子、日本人の養子、入夫等が国務大臣とか大審院長、会計検査院長、帝国議会の議員となることを制限していたことを指摘した上でその趣旨を尋ねます。これに対し、批把田局長は「これは国の重要な意思決定あるいは国権の重要な作用を担当する者につきましては、かつて外国人であったという方については適当でないということを考えてこういう規定を設けただろうと思います。そのようなかつて外国人であった者については適当でないという考え方は、まだ十分に日本人になり切っていないのではないかという危惧がある、そういう者が国の意思を決める重要な地位に立つというふうなことは若干危険ではないかというような発想からこのような規定が設けられたというふうに古い書物などには書いておるところでございます。」と答えます。これを受けて、飯田議員は、「現在の我が国の国情から言いまして二重国籍者、これは前は外国人、まあ前は外国人じゃないとしても現在同時に外国人である、そういう人ですね。日本人であると同時に外国人であるという場合に、旧国籍法で心配されたようなことがないと言い得るかどうか、大変疑問が存在すると思いますが、この点についてはいかがお考えですか。」とたたみ掛けます。これに対し、批把田局長は、現行国籍法にそのような規定が敢えて置かれていない理由について「旧国籍法のようなそういう危惧の念というものをこれは持つ必要はないだろう、殊に非常に民主主義というものが強く打ち出されました新憲法下におきましては、そのようなもし他国籍もあわせ持つ者とか、あるいはかつて外国人であった方であっても、これは要するに国民の意思、そういうようなものによって重要な国権の作用を果たす者が選ばれていくということでありますから、そういうところで実質的にチェックできるであろうというふうなことも考慮されているところだと思いますが、現在ではそういうような危惧を法律上とる必要はないという立場にあるものと考えております。」と答えます。

 飯田議員はなおも「二重国籍ということは、御承知のように現在日本人であると同時に外国人だと、こういうことですね。日本人と外国人とが同居しているわけなんですが、人間の心というものはなかなか外からわからないんです。日本人と外国人が同居している場合に、その人の心は日本人なのか外国の方を向いているのかはっきりしないでしょう。そういうはっきりしない人が我が国の総理大臣になる、国会議員になるということでいいのかどうか、日本の政治を左右することになることが、それで日本の国家主権は守られるかという問題に関連するんですが、その点はいかがですか。」と追及しますが、批把田局長は「確かに国の重要な地位に立つということは、国の将来をも決めるようなそういう意思決定をする立場にあるわけでございますので、したがいまして、日本の国というものを考え、そして日本の国民全体が連帯意識を持つ、そういうような考え方の強い方が望ましいことは当然だろうと思います。それを二重国籍者であるからといって、当然にそういう考え方がないだろうというふうに一つのパターンを決めて法律上制限をするということまでは必要ないだろう、それは日本国籍を持っておられる方であっても、場合によっては今申し上げましたような点においては十分でないという方もおられるかもしれません。ですから、それは個々の方の問題であって、法律的に一つのパターンを決めて、そしてある資格を奪うというふうなことはいかがなものであろうかというのが現行法の考え方でございます。」と答えるのです。

 この後、飯田議員は、批把田局長では埒があかないと考えたのか、「二重国籍者に被選挙権を無制限で認めるということは政治上障害が起こらないと合理的に判断させる根拠がありますか、お尋ねします。これは今法務省ばかりお尋ねしましたので、自治省のお方と内閣法制局のお方に御答弁を願います。」と矛先を変えます。これに対し、浅野大三郎・自治省行政局選挙部選挙課長は、日本国籍のほか他の国の国籍を有する二重国籍者が国会議員となるということも現行法上可能ということになっていることを確認した上で、「お尋ねは、一体それで政治上障害が起こらないという合理的理由があるかどうかということでございますが、大変難しい問題でございます。ただ、私どもといたしましては、これまでのところそういう二重国籍者が選挙権を行使する、あるいは選挙によって選ばれる、公職についたことにょりまして何らかの障害が生じたという事例は承知しておらないところでございます。」と答えるのです。結局、この日、飯田議員は、政府委員の賛同を一切受けられずに終わります。

 実は、飯田議員は、昭和59年5月10日の参議院法務委員会でも、重国籍者の被選挙権についての議論を仕掛けています。

 飯田議員は、まず、外国人の基本的人権についての一般論から入ります。「十四条は必ずしも外国人と国民との間の平等をどんな場合でも保障するというのじゃなくて、国に対して余り直接の影響のない分野においては保障する、例えば民事問題などについては保障するが、いわゆる選挙権だとかいったような問題、あるいは兵役の義務でも構いませんが、こういうような問題については日本人と外国人との間にはやはり差別を設けるのだ、設けても憲法違反にはならないのだというふうな受け取り方をしてもよろしいでしょうか。」との確認を行い、関守・内閣法制局第二部長から「ただいま申し上げましたとおり、外国人につきましても法のもとの平等という考え方は押し及ぼされて考えられてしかるべきであるということが最高裁判所の判例などからも言われているわけでございますけれども、その場合に、すべて同じでなくてはいけないということではなくて、合理的な理由があれば個々に合理的な範囲における異なった取り扱いをするということも憲法上許されるということでございまして、御指摘の選挙権等につきましては、これは事柄の性質上、国民が国家の政治に参画するということでございますので、それを外国人に認めないということが憲法上許されないということにならないことは当然だろうと思います。」との答弁を引き出しています。

 その上で、飯田議員は、「もう一つ法制局にお尋ねをしたい点、同じく憲法十四条の保障の問題ですが、重国籍者にも無制限に保障が行われるかという問題です。今度の父母両系主義をとりますと重国籍者が出るのですが、この場合に、その重国籍者にも憲法十四条の保障は無制限に差別をしないという保障がなされるのか。重国籍者は日本籍を持っていますからね。お尋ねします。」とたたみ掛けます。これに対し、関部長は「重国籍者というのは、何と申しましょうか、日本の国民であると同時に外国籍を有するという特別の立場に立つ人でございますが、先ほど申し上げましたように、要はそういう異なる取り扱いをするということが合理的であるかどうかということになるかと思います。それによって決せられるべき問題であろうというふうに考えます。」と答えます。これを受けて、飯田議員は、「日本人と外国人との間がはっきり差別が分かれておる場合には、これは合理的だというふうに考える場合も出てくるでしょうね。例えば外国籍の者が日本の総理大臣になるとか国会議員になるなんていうたら困りますからね。これはもうはっきりできると思いますが、日本国籍と外国国籍と両方持つように今後なりますので、その場合に重国籍者に対して憲法十四条は無制限に適用になるか、つまり参政権も制限しないで与えるのか、こういうことなんです。また高級公務員、例えば各省の次官だとかあるいは局長だとか、そういう職につくことを認めるのかどうか。これは行政、政治の問題に密接に関連いたしますので、法制局の御意見がそのまま将来通ることになるから、これ気をつけて御答弁願います。よろしくお願いします。」とさらにたたみ掛けます。しかし、関部長は「重国籍者につきましては日本国民であると同時に外国の国籍を有するという特別の立場の方々でございます。こうした重国籍者の参政権あるいは公務員になる能力の制限の可否の問題につきましても、結局はそれが合理的なものと言えるかどうかという点にかかるわけでございまして、これを判断いたしますには、やはりその制限を必要とする事情あるいはその制限の内容、程度などなどを慎重に考慮いたしまして判断すべき問題である、こういうふうに考えております。」と言ってかわします。で、飯田議員は、「どうも抽象的なお言葉ではっきりしませんので、具体的にお尋ねいたしますが、二重国籍者、これは日本の国籍を与えますと外国の方で国籍の離脱を認めなければ二重国籍になりますからね。そういう人が憲法十四条を盾にとって自分も被選挙権があるのだと、こういうわけで衆議院議員の立候補を届け出たとしましょうね。この場合に、法制局の御意見として恐らくこれは選挙管理委員会の方からどうだと言って聞いてくると思いますが、そのときにどのような御返答になるのかお答えを願います。」と深追いを始めます。しかし、関部長は、「今のような問題につきましても、憲法十四条というのは、先ほども申し上げますように物事の性質に応じて合理的な異なった取り扱いをすることまでを禁じているわけではないということでございますので、今ここでちょっとその点についてどうというふうに申し上げにくいのでございますけれども、そういう制限をすることの可否についても、今申しましたようないろいろなそれを判断するべき要素というものを勘案いたしまして検討を加えるということになると思います。」と言ってなおもかわします。飯田議員はなおも追及の手を緩めません。「今私のお尋ねしたのは、選挙権とか被選挙権を与えるかどうかということなんですよ。それで、これはもう明確にお答えできると思いますが、つまり重国籍者、これは外国の主権に奉仕する義務を有する者でしょう。国籍を持っておる以上はその国の国民ですから、その国の国民は国の主権者です。例えばアメリカの国民はアメリカの主権者でしょう。同時に日本の主権者である。そういう場合に被選挙権を与えるということになりますと、アメリカの国に忠誠義務を尽くすことを要求されておる人が日本の国会議員になる、場合によっては自由民主党に属すれば総理大臣にもなる、こういうことになりましょう。そういう場合に具体的な条件を考えてなんていったようなことで済むかどうか。いかがですか。」と質問をします。関部長は、いよいよかわしきれないと判断したのか、「私どもは先ほど申しましたように憲法十四条というのは合理的な差別を禁止するものではないと考えておりますので、一概にそういう制限ができないものではないというふうには考えておりますけれども、今すぐ選挙権なり被選挙権の制限についてどうかということはなかなか難しい問題だろうということで、さらに検討させていただきたいというふうに考えるわけでございます。」と答弁します。深追いが失敗してしまいました。

 でも、飯田議員はめげません。なおも、「主権国家の立場から考えますと、二重国籍で外国の国籍を持っておる人が日本の憲法を盾にとって主権国家に反するような権利を要求するということは権利の乱用ではないか。権利の乱用であれば、憲法上認める必要はないのではないかと私は考えますが、法制局はどうお考えになりますか。」と追及します。しかし、さすがにこの立論には無理がありすぎるので、関部長に「重国籍者になるということは各国の国籍法の法制の違い等によりまして生じてくるわけでございまして、それによってそれぞれの国の法制のもとにおいて参政権が得られるということになります場合に、その権利があるということになったからといって主張できないということに必ずしもならないのじゃないか。それが権利の乱用になるというふうには私どもは考えておりません。」と答えられてしまいます。

 結局、飯田議員の努力は実を結ばず、重国籍者に被選挙権を認めるべきでないとの見解は政府委員たちの賛同を得られぬまま終わるのです。

 昨今の議論もまた、この飯田議員の議論の繰り返しに過ぎず、重国籍者から一律に被選挙権を奪うことの合理性を根拠づけるものは見当たらないようです。

 そもそも、選挙で選ばれる公務員(議員や自治体の首長など)は、様々な利害ファクターの代弁者としての性質を必然的に有しており、その選出母体や主たる支持者層の利害を全体の利害より優先させる可能性が不可避的にあるわけです。私たち有権者は、各立候補者が、特定の利害ファクターの代弁者であることを十分知りつつ、それを考慮要素に加えた上で、当該利害ファクターの利害を代弁しすぎる場合には対立候補者に投票するなどして、そのチェックを果たすことができるわけです。だからこそ、特定の利害ファクターの代弁者となり得ると言うだけの理由で被選挙権を奪われることはないわけです。そうだとすれば、重国籍者が、もう一つの国籍国という利害ファクターの利害を代弁する傾向にあると言うことが仮に言えるとしても、そのことは一律に被選挙権を奪う合理的な理由とはならないということになります。

 さらに言えば、日本を常居所地として選んでいる重国籍者が、もう一つの国籍国という利害ファクターの利害を代弁する傾向にあると言うことは、全く実証されていないわけです。普通に考えれば、重国籍者であろうと、現実に通常生活している国籍国と、単に籍を抜かずにいるだけの国籍国とで利害が対立する場合には、現実に通常生活している国籍国の利害を優先させた方が、そこで生活している自分にとっても通常有益なわけで、敢えて、通常生活していない国籍国の利害を優先させる必要はないわけです。

 これらの点に鑑みれば、重国籍であると言うことを理由として被選挙権を制限しようという日本維新の会の公職選挙法改正案は憲法違反のそしりを免れないだろうと思います。

19/09/2016

重国籍に関するあれこれ

 蓮舫議員を巡る国籍法関係のあれやこれやについて未だに間違った情報が横行していますので、平均的な高校生でもわかるように解説してみることにしましょう。

 まず、前提事実から見てみましょう。蓮舫議員は台湾人のお父様と日本人のお母様との間に嫡出子(法的に有効な婚姻をした夫婦の間の子)として生まれています。ここで「台湾人」というのが法的にはくせ者です。第二次世界大戦で敗戦し日本が領有権を放棄する前は、台湾も日本の一部だったので、台湾人は日本国民であったのです。しかし、敗戦後は、台湾は蒋介石率いる中華民国政府の支配下におかれます。このため、日本政府は、台湾も中国本土と一緒に「中華民国」を構成するものとして法的に扱うことになり、日本に在留する台湾人を「中華民国」の国民として扱うことになりました。しかし、その後、中華民国政府は中国本土の支配権を中華人民共和国に奪われてしまいます。それでもしばらくは、日本政府は、中華民国を、中国本土及び台湾の正統な政府として扱ってきたのですが、田中角栄首相による日中国交正常化以降、中華人民共和国を中国の正式な政府と承認することになったのです。これが1972年のことです。ではこのとき、中華民国政府が実効支配をしていた台湾についてはどう取り扱うことになったのでしょうか。日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明の第2項及び第3項を見ると次の通りとなっています。

二 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。
三 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

 これによれば、日本政府は、「台湾は中華人民共和国の領土の一部だ」という中華人民共和国政府の立場を尊重することになっています。この結果、日本政府は、中華民国を「国家」としては取り扱わないことになります。とはいえ、台湾島を実効支配しているのは中華民国政府であり、中華人民共和国からビザを受けて台湾等に上陸したのでは捕まってしまいますので、中華民国を国に準ずるものとして扱うことになります。

 では、日本に在留する中国人の扱いはどうなっていったのでしょうか。ちゃんと調べていないのでわかりませんが、日本政府との関係では、彼らの本国が中華民国から中華人民共和国に変わったので、彼らの国籍は中華民国籍から中華人民共和国籍へと当然に変わったと考えるのが自然です。ただし、中華民国の中でも台湾省に本籍がある人々については、中華人民共和国籍にして実務が回るのかという問題が生じます。そこで日本政府は苦肉の策として、彼らを「中国台湾省」の国民として扱うことにしたのです。

 蓮舫は1967年生まれですから、日中国交正常化前に生まれています。蓮舫のお父様は中華民国籍、お母様は日本国籍でした。当時の国籍法は、嫡出子については「父親が日本国籍を有していればそれだけで日本国籍が付与されるが、母親だけが日本人である場合には日本国籍は付与されない」という「父系主義」を採用していました。このため、蓮舫は、出生時には日本国籍は与えられておらず、「中華民国」の国籍のみが付与されました。その後、日中国交正常化により、日本政府が、中華人民共和国を中国の唯一の正統な政府と認め、「台湾は中華人民共和国の領土の一部だ」という中華人民共和国政府の立場を尊重することになり、蓮舫は、「中国台湾省」の国民という微妙な立場におかれることになります。

 ところで、この「父親が日本国籍を有していればそれだけで日本国籍が付与されるが、母親だけが日本人である場合には日本国籍は付与されない」という「父系主義」は、憲法第14条で禁止された「女性差別」にあたるのではないかという疑問がわき起こり、訴訟等も提起されるようになります。さらに、日本は、1985年に「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」に批准したため、日本国内にある「女性に対し差別的な制度」を改める国際法上の義務を負うことになりました。そこで、日本政府は、嫡出子については、父親か母親の一方が日本国籍を有すれば当然に日本国籍が付与される「両系主義」を採用することとする国籍法改正案を国会に提出し、この改正案は1984年に可決され、1985年から効力を生ずることになりました。

 その際に、改正国籍法が発効する前に外国籍の父親、日本国籍の母親との間に生まれた子について、わずかな生まれ年の違いで日本国籍が与えられないとするのは不合理なので、救済措置を設定することにしました。これが、昭和59年改正の附則5条です。同条の第1項と第4号を見てみましょう。

昭和四十年一月一日からこの法律の施行の日(以下「施行日」という。)の前日までに生まれた者(日本国民であつた者を除く。)でその出生の時に母が日本国民であつたものは、母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときは、施行日から三年以内に、法務省令で定めるところにより法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。
4  第一項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。

 蓮舫議員は、この規定に基づく届出を行うことにより、日本国籍を取得したのです。

 この方法で日本国籍を取得した場合に、それまで有していた国籍はどうなるのでしょうか。それは、その国籍国の法律によって定まるのであって、日本国政府の関与するところではありません。意図的に他国の国籍を取得したとして当然に国籍を喪失するという制度を採用している国もあれば、そうではない国もあります。そうではない国の国籍を有していた場合には、日本国籍を取得してもなお元の国籍を保有し続けることになります。このように二つ以上の国の国籍を同時に有している状態のことを「重国籍」といいます。日本を含む多くの国では、一定の場合に重国籍状態が生ずることをわかった上で国籍の得喪に関するルールを定めていますので、そのルールの範囲内で重国籍となっていること自体は違法でもなければまして「国籍法違反」ということにはなりません。

 では、蓮舫の場合はどうなのでしょう。在留台湾人である蓮舫さんについて、日本政府との関係において、中華人民共和国法が適用されるのか中華民国法が適用されるかによることになります。中華人民共和国法ですと、「外国に定住している中国公民で、自己の意思によって外国の国籍に入籍し又は取得した者は自動的に中国国籍を失う。」(9条)とありますので、附則5条の届出により日本国籍を取得すると同時に中国国籍を失います。中華民国の国籍法にはそのような内容の明文上の規定はありません。したがって、判例法で中華民国の国籍を当然に失う場合が認められていない限り、附則5条の届出により日本国籍を取得しても中国国籍はなお残るということになります。

 日本の国籍法は、重国籍者となった者に対し、重国籍となったのが二十歳に達する以前であるときは二十二歳に達するまでに、その時が二十歳に達した後であるときはその時から二年以内に、どちらか一つの国籍を選択することを義務づけています(14条1項)。もっとも、国籍の選択というのは、「父親の母国を取るか母親の母国を取るか」という決断を迫るものとなりますから、二十歳を少し過ぎたばかりの若者たちには重すぎる決断です。このため、国籍法は、重国籍者が上記選択を怠ったからとして、これを違法状態とすることを避け、法務大臣から国籍選択の催告がなされた後1ヶ月が経過するもなお国籍を選択しない場合には日本国籍を喪失させるというし制度を採用するに留めました。

 なお、現在のところは、重国籍であると思われる人に対して法務省から国籍の選択をしたかの確認を促すパンフレット等が送られるに留まり、法務大臣が国籍選択の催告を行った例はないとのことです。

 日本国籍を選択する方法としては、① 外国の国籍を離脱するという方法、② 戸籍法 の定めるところにより、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣言をするという方法、の2通りがあります(14条2項)。①と②は互いに独立していますので、②の方法により日本国籍を選択する場合には、先行して外国の国籍を離脱している必要はありません。蓮舫議員の発言を聞く限り、②の手続をとったようです(当時、蓮舫議員は高校生であり、お父様の指示に従って手続をしただけなので、何をしたのかの詳細は理解していないようですが。)。

 ②の方法で日本国籍を選択した場合に、もう一つの国籍はどうなるでしょうか。もう一つの国籍国が日本の国籍法と同様の規定を有している場合には、日本国籍選択と同時にその国の国籍は失われることとなります。しかし、もう一つの国籍国がそのような制度を採用していない場合には、なお重国籍状態が継続することとなります。日本の国籍法は、そのような重国籍状態が継続することを制度的に予定していますので、これは違法状態ではありません。中華民国の国籍法を見ると、重国籍者が外国国籍を選択した場合についての規定が見当たりません。特別法か判例に基づいて処理している可能性もあるので、何とも言いがたいところです。なお、重国籍者による外国国籍の選択と、外国への帰化とは別概念ですので、「帰化の際に台湾国籍を喪失する場合にはこういう手続が必要だった」という話は、「日本国籍を選択した後台湾国籍を離脱するための手続」がどのようなものであるかを知る手がかりにはなりません。長期滞在国に帰化する場合はそれまでの間自国の有効なパスポートを有しているのが通常ですが、重国籍者が一方の国籍国で生活する分には、他方の国籍国のパスポートを取得しないのが原則なので、「自国の有効なパスポートを有していない限り、他国の国籍選択に伴う国籍の離脱を認めない」とする制度を採用することは合理性を欠くからです。

 ところで、国籍法16条1項は、「選択の宣言をした日本国民は、外国の国籍の離脱に努めなければならない。」という規定を置いており、この規定を根拠として、外国国籍の離脱手続をせずに重国籍状態を継続することを違法だとする人がネット上ではあとを絶たないようです。しかし、国籍法に関する解説書や論文を読めば、この規定は、法的拘束力のない訓示規定であると解されていることがわかります。したがって、日本国籍を選択した後、外国の国籍を離脱せずに放置しておいても、違法ではありません。

 また、同条2項は次のような規定を置いています。

法務大臣は、選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失つていないものが自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であつても就任することができる職を除く。)に就任した場合において、その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著しく反すると認めるときは、その者に対し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる。

 この規定を反対解釈すれば、日本国籍を選択後外国の国籍を離脱せずに放置しているに過ぎず、上記のような外国公務員の職に就任していない場合には、法務大臣と手日本国籍の喪失宣言はできないということになります。

11/06/2016

ヘイトスピーチとセクハラの違い

 札幌の猪野亨弁護士が連日不思議な見解を述べています。

 たとえば、

 私たちがすべきことは、権力の力でヘイトスピーチを取り締まらせたり、実力で阻止することではありません。
 このようなヘイトスピーチを生み出す社会の歪みを考え、正していくことです。

とか

 ヘイトスピーチが社会の歪み、政治の右傾化と格差社会(もっとたくさんの社会的要因はありますけれど)の中で登場してきたものであることは常識レベルだと思っていたのですが、ネット界では、個人の資質だと全てを個人の資質の問題に矮小化してしまうツイートが流れていたことには驚きました。だから、そのヘイトデモを叩き潰せば問題が解決するなんて短絡的に考えているのでしょう。
とかです。

 私たち実務法曹は、基本的に、現実に存在する人権侵害等の諸問題が、仮に「社会の歪み」の中で登場してきたものであろうとも、とりあえず目の前にある諸問題を解決することにエネルギーを注いできました。私たちは、現に発生している諸問題を放置して、その社会悪を生み出す「社会の歪み」が正すことにうつつを抜かすようなことはしてきませんでした。例えば、セクハラやDVが、「男性優位社会」という「社会の歪み」により生み出されたものであるからと言って、「男性優位社会」を正すことに注力し、その間現に発生しているセクハラやDVを放置する、という方針を採用してきませんでした。

 それは当然のことであって、「社会の歪み」なんて一朝一夕に正せるものではありませんし、その間、その「社会の歪み」から生ずる人権侵害等を放置していれば、その被害者たちに耐えがたい苦痛を与えてしまうからです。

 もちろん、猪野弁護士にしても、「セクハラやDVが、『男性優位社会』という『社会の歪み』により生み出されたものであるから、その対策としては専ら『男性優位社会』という『社会の歪み』を正していくことによるべきであって、個々のセクハラやDVを働く人を問題視して、強制的にこれをやめさせようとするべきではない。まして、警察と協力してこれをやめさせようとするなんて許せない」とは言わないと思うのです。結局、そこには、在日朝鮮人たちに対するヘイトスピーチ、ヘイトデモとセクハラ・DV等との間に、無意識に、優先順位を付けているからなのではないかと思ってしまいます。

23/05/2016

害虫の駆除

 池田信夫さんが、このようなツイートをしています。

Ikedanob1605230044_2

 伊藤和子弁護士が池田信夫さんに対して名誉毀損訴訟を提起したという文脈の中でこのツイートがなされていますので、ここでいう「伊藤某」が伊藤和子弁護士のことを指しているのは明らかです。すると、池田信夫さんは、伊藤和子弁護士を「害虫」と呼んだ上で、そのツイートの読者に向けて、「法廷内外で協力して、害虫を駆除しよう」と呼びかけたことになります。

 法廷内の活動としては、池田さんのツイートが、一般人の通常の読み方を基準とした場合にどのような事実摘示がなされたと受け取られるようなものなのか、池田さんのツイートによって摘示されたと受け取られる事実が真実であるか又は真実であると信ずる相当の証拠が池田さんの側にあったか否かを巡って立証活動が行われることになりますが、はっきり言って池田さんのツイートを読んだ第三者が何かできるとも思えません。

 すると、上記ツイートによる池田さんの呼びかけは、法廷外で協力して伊藤和子弁護士を「駆除」することに主眼が置かれたものと見るのが自然です。

 では、池田さんのツイートに賛同した一般の市民の方々が「協力して」、同じく一般市民である伊藤和子弁護士を「駆除」する方法としてどのようなものがあるでしょうか。正直な話、非合法なものならいくらでも思い浮かびますが、合法的なものとしてはいくら考えても思い浮かびません。

 「駆除」というのは一般に「害になるものを追い払い、また殺して取り除くこと。」を指しますが、自民党による改正前の日本国憲法の下では「池田信夫さんの呼びかけに応じた複数の市民」が伊藤弁護士をその生活拠点・活動拠点から恒常的に「追い払」うのは物理的に不可能でしょう。物理的な可能性だけから言えば、池田さんの呼びかけに応じた複数の市民が協力して伊藤弁護士を殺して取り除く方がよくよく容易です。そういう意味では、池田さんの上記ツイートに池田さんの支持者たちが応じて伊藤弁護士を「駆除」しようと思ったら、やることは一つと言うことになりそうです。

 池田信夫さんとは相互フォロー中の大学教授が複数人にて、その一部は法学系です。このような、明らかに不穏当なツイートがなされているのに、誰も池田さんを注意しないんですかね。T先生、N先生、そんなに池田さんにブロックされるのが怖いんですか?ほとんどの、まともな法学系クラスタは、既に池田さんにはブロックされていて、いくらたしなめるツイートをしても届かないんですよ。Ikedanob1605230044

06/05/2016

空想に基づく言論

 私たちは、どこまで池田信夫さんの「空想に基づく言論」に配慮する必要があるのでしょうか。

 池田さんは、「人権派弁護士って何?」というエントリーの中で次のように述べています。

去年、ブッキーニという「国連特別報告者」が「女子学生の30%が援助交際をしている」と記者会見で発表して大騒ぎになった問題の仕掛け人が、伊藤和子という弁護士です。
昔の福島瑞穂ほどスケールは大きくないが、やっていることは同じです。さすがに「30%が売春」という報告には外務省も怒り、国連広報センターに問い合わせたところ「13%の間違いだ」というが、その根拠は不明です。伊藤和子を中心とする「人権活動家」のだれかが吹き込んだ嘘としか考えられない。

 ここでの摘示事実は、

  1. ブッキーニという「国連特別報告者」が「女子学生の30%が援助交際をしている」と記者会見で発表して大騒ぎになった問題は伊藤和子という弁護士が仕掛けたものである。
  2. ブッキーニに女子学生の13%が売春という嘘を吹き込んだのは、伊藤和子を中心とする『人権活動家』のだれかである

 しかし、どうも確たる根拠はないようです。それどころか、この二つは相互に矛盾します。ブッキーニに女子学生の13%が売春という嘘を吹き込んだのが「伊藤和子を中心とする『人権活動家』のだれか」であるという程度の情報しか有していないのであれば、「問題の仕掛け人が、伊藤和子という弁護士です」などという個人を特定した断定などできるはずがないからです。

 さらに池田さんは、「空想で他者を罵る」という芸を続けます。

こういう人々は、今は「人権」を売り物にしているが、昔は「左翼」を自称していました。その元祖は、1960年代の学園紛争で逮捕されたり退学になったりして、まともな人生を歩めなくなった人々です。当時は大学中退で受けられるのは司法試験ぐらいだったので、こうしたドロップアウトの人が大量に司法試験を受け、弁護士になりました。
彼らが今でも各地の弁護士会のボスになり、総本山の日弁連を支配しているため、その会長声明も「安保法制は、集団的自衛権の行使を容認するなど恒久平和主義に反するとともに、立憲主義及び国民主権に反するものであり、当連合会は、その廃止・改正を求めている」といった左翼のアジビラみたいなものばかりです。

とした上で、中本・日弁連会長の声明文にリンクを貼っています。

 これを普通の人が読むと、現会長である中本弁護士も、「1960年代の学園紛争で逮捕されたり退学になったりして」「司法試験を受け、弁護士にな」った人のように誤解されてしまいかねません。しかし、こちらをみれば分かるとおり、中本弁護士は、京大工学部→京大工学研究科修了という経歴であって、池田さんの空想はかすってすらいないようです。

 さらに池田さんの空想は続きます。

こういう団塊の世代の落ちこぼれには「大学をちゃんと卒業していれば役所や大企業に入れたのに…」というルサンチマン(うらみ)があるので、国や企業を悪者にするのが大好きです。その代表が福島瑞穂で、多くの「弱者」を集めて多額の弁護士報酬をとるビジネスモデルは大したものです。おかげで、彼女の金融資産は2億5000万円もあります。

 これを素直に読むと、福島瑞穂先生もまた、「1960年代の学園紛争で逮捕されたり退学になったりし」た「団塊の世代の落ちこぼれ」の一員であるかのように読めます。しかし、福島瑞穂先生は1955年生まれですから、「1960年代の学園紛争で逮捕されたり退学になったり」はしていなかったでしょう。実際、福島先生は、東京大学法学部をちゃんと卒業しています。

 また、これを素直に読むと、福島瑞穂先生が、弁護士時代に、「多くの『弱者』を集めて多額の弁護士報酬をとるビジネスモデル」を採用していたと読めますが、それがどのような「ビジネスモデル」なのかは明らかでなく、また、そのような「ビジネスモデル」を福島先生が採用していたことを裏付ける資料は提示されていません。

 これをみると、福島先生は弁護士時代に「医者の離婚訴訟に関与する事も多」かったそうなので、1987年の弁護士登録から1998年の参議院議員就任までの間に2億円程度の蓄財をなすのに特別に「ビジネスモデル」は不要だったのではないかと思うのです(だって、この間、バブル経済のまっただ中だったのですよ。そして、離婚訴訟の成功報酬は、慰謝料と財産分与の額に応じて上がっていくのですよ。)。

 池田さんの空想はさらに続きます。

こういう左翼系の弁護士が派手な事件を引き受けるのは売名のためで、総会屋と組んだ河合弘之弁護士や、朝鮮総連と組んで「強制連行」の嘘を売り込んだ高木健一弁護士のように、他に大きな資金源があることが多い。最近では、サラ金の「過払い訴訟」や福島原発事故の東電に対する訴訟が大きな資金源です。

 これを素直に読むと、高木健一弁護士が強制連行問題を引き受けた際の資金源が朝鮮総連であったように読めますが、高木弁護士が強制連行問題を取り上げるにあたって朝鮮総連から資金提供を受けていたことを示す資料は何ら示されておりません。

 また、上記文章からは、サラ金の「過払い訴訟」が派手な事件を引き受ける左翼系弁護士の資金源になっているかのように読めます。しかし、宇都宮弁護士などの「左翼系」弁護士がクレサラ対策に奔走していた頃は、むしろクレサラ対策は効率の良い業務ではなかったのであり、その後の新判例等でクレサラ相手の過払い金請求訴訟が簡単にできるようになって以降は、むしろノンポリの専業事務所(司法書士を含む。)が需要をさらっていったのであり、サラ金の「過払い訴訟」が派手な事件を引き受ける左翼系事件の資金源となっていたとは信じがたいところです。福島原発事故の東電に対する訴訟にしても、< a href = "http://ghb-law.net/?page_id=123">これを見る限り、「資金源」といわれるほど儲かる気がしません。

 さらに、池田さんは続けます。

要するに、彼らのいう「人権」とは自分の金づるになる依頼人の権利であり、それをダシにして国から金を巻き上げる口実にすぎないのです。その証拠に、「伊藤弁護士の活動はAV女優への差別だ」という当のAV女優との話し合いを、伊藤は拒否しました。

 私たち弁護士は、「要するに」という言葉が使われていると、その語の前に書かれているものから導かれる結論がその語のあとに記載されていることを期待してしまいますが、慶應義塾で博士号をお取りになった方は「要するに」の用法も私たちとは異なるようです。「派手な事件を引き受ける左翼系弁護士」の資金源が別にあるというのであれば、彼らがその人権を守れと主張する依頼人を「金づる」にする必要もなければ、それを出しにして国から金を巻き上げる必要もないように思われます。

 また、「伊藤弁護士の活動はAV女優への差別だ」という当のAV女優との話し合いを、伊藤は拒否し」たとして、そのことが、「彼らのいう「人権」とは自分の金づるになる依頼人の権利であり、それをダシにして国から金を巻き上げる口実にすぎない」ことの証拠になるのかがよく分かりません。池田さんが様々な人をブロックして話し合いを拒否していることは、いかなることの証拠になるのでしょうか。

 そもそもの話をすると、伊藤弁護士のAV業界関係の活動としては、この件が思い浮かびますが、所属プロダクションからのAV出演要請を断った女性に対する2460万円の違約金請求訴訟で女性の側に立つことがどうして「AV女優への差別」と言うことになるのか不明です。

 また、AV女優との話し合いを伊藤弁護士が拒否したという件についても、ここを見る限り、「4日の午後にこんなイベントがあります。」としてイベントへの参加を誘ったのは今一生さん(@conisshow)というライターさんであってAV女優の方ではありません。そもそも今一生とこのイベントの主催者との関係も分かりません。さらに誘った日時が「2016-05-03 23:14:27」で「4日の午後」のイベントに誘われたって、普通はいかんともしがたいところです。どうしても、伊藤弁護士をイベントに呼びたければ、場所と日時について、まず伊藤弁護士の都合を聞くのが常識というものですよね。

 伊藤弁護士が池田さんに対し名誉毀損訴訟を提起しただけでやれスラップだと騒ぎ立てた方々が少なからずおられるようですが、弁護士たちは、池田さんの空想に基づく批判をあとどれくらい甘受し続けなければならないのでしょうか。

30/04/2016

妥協可能な改憲論

 今年も憲法記念日が近づいてきました。現行の日本国憲法はミニマミズムに徹した、極めてスタイリッシュな現代的な憲法で、基本的に気に入っています。とはいえ、安倍首相を初めとして、とにかく改変したいという人たちも多いようなので、こういう改正案なら、というのを具体的に提示していこうと思います。

                                               
現行法改正案
第十条  日本国民たる要件は、法律でこれを定める。第十条  日本国民たる要件は、法律でこれを定める。ただし、父若しくは母が日本国民である子、又は母が適法な在留資格に基づき日本に滞在中に出生した子は、当然に日本国民となる権利を取得する。日本国民たる資格は、本人の意思によらずして奪われない。

 主権者たる国民を構成する「日本国民」の資格については、完全に立法府の裁量に委ねるよりは、中核部分を憲法で定めておき、帰化による国籍の取得等の例外についてのみ立法府の裁量に委ねる方が良いのではないかと言うことです。

                                               
現行法改正案
第十六条  何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。第十六条  何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
○2  財産権を新たに設定し若しくは廃止し、その内容を変更し又は罰則を廃止し若しくはその内容を変更することを求める請願が、普通選挙権を有する全国民の1割を超えるものによりなされたときは、国会は一年以内に請願の内容を審議しなければならない。

 国政選挙以外に、有権者の声が立法に反映される仕組みはあった方がよいです。

                                               
現行法改正案
第十九条  思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。第十九条  思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
○2  何人も、日本国若しくは国歌、国旗、又は天皇若しくは摂政、国務大臣若しくは国会議員、裁判官その他の公務員に対し特定の感情を有すること並びにそのような感情を有することの表明を要求されない。

 主権在民の日本に、個人崇拝や愛国心の押しつけはふさわしくありません。現行憲法でもそのような押しつけに抵抗する権利は保障されていると思いますが、改めて明文化しておくと言うことで。

                                               
現行法改正案
第二十四条  婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。第二十四条  婚姻は、両当事者の合意のみに基いて成立し、両当事者が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

 同性婚を法律婚に取り込むことが憲法に反しないことを明確化すると言うことです。

                                               
現行法改正案
第三十七条  すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
○2  刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
○3  刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。
第三十七条  すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
○2  刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
○3  刑事被告人及び被疑者は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人及び被疑者が自らこれを依頼することができないときは、国で通常の報酬を負担してこれを附する。

 弁護人を付する権利を被疑者段階にも拡張するとともに、国選弁護人の報酬基準が不当に低廉なものとならないようにするものです。

                                                                    
現行法改正案
第四十一条  国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
第四十一条  国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
○2  前項に拘わらず、財産権を新たに設定し若しくは廃止し、その内容を変更し又は罰則を新たに設定し若しくは廃止し、その内容を変更する法律案については、各議院の総議員の十分の一以上の賛成があるときは、普通選挙権を有する国民による国民投票にこれを付する。
新設
第五十九条の二  国民投票に付された法律案は、有効投票数の過半数の賛成票を得て可決したときに、法律となる。国会は、可決の日から一年を超えない範囲でこれに施行日を設定する。

 国政選挙において主たる争点とならなかった事項について不当に国民の自由が制限される法律が制定されないように、少数会派に、そのような法案の議決を国民投票に委ねるように求める権限を付与したものです。

19/04/2016

原子力発電所の自主的な稼働停止の可否

 東京大学の玉井克哉教授が次のようにツイートしています。

(法律の学生向け)原子力発電所の運転を電気事業者が「自発的に」停止することなどできないということについて。電気事業法6条2項4号イ、同9条1項、同3項、同法施行規則10条1項ロ。こういう条文を10分以内に探し当てることができれば、セミプロ級といえる。

 本当でしょうか。

 まず、玉井教授が示した条文を見てみましょう。

 電気事業法6条は以下のような規定です。

(許可証)
第六条  経済産業大臣は、第三条第一項の許可をしたときは、許可証を交付する。
2  許可証には、次の事項を記載しなければならない。
一  許可の年月日及び許可の番号
二  氏名又は名称及び住所
三  供給区域、供給の相手方たる一般電気事業者又は供給地点
四  電気事業の用に供する電気工作物に関する次の事項
イ 発電用のものにあつては、その設置の場所、原動力の種類、周波数及び出力
ロ 変電用のものにあつては、その設置の場所、周波数及び出力
ハ 送電用のものにあつては、その設置の場所、電気方式、設置の方法、回線数、周波数及び電圧
ニ 配電用のものにあつては、その電気方式、周波数及び電圧

 ここでいう「第三条第一項の許可」とは、電気事業を営むことについての許可です。

 次に、同法第9条第1項ないし第3項は以下のような規定です。

(電気工作物等の変更)
第九条  電気事業者は、第六条第二項第四号の事項について経済産業省令で定める重要な変更をしようとするときは、経済産業大臣に届け出なければならない。
2  電気事業者は、第六条第二項第二号の事項に変更があつたとき、又は同項第四号の事項の変更(前項に規定するものを除く。)をしたときは、遅滞なく、その旨を経済産業大臣に届け出なければならない。
3  第一項の規定による届出をした電気事業者は、その届出が受理された日から二十日を経過した後でなければ、その届出に係る変更をしてはならない。

 最後に、電気事業法施行規則第10条第1項第1号の条文を見てみましょう。

(電気工作物の重要な変更)
第十条  法第九条第一項 の経済産業省令で定める重要な変更は、次のとおりとする。
一  発電用のものに係る変更であって、次のいずれかに該当するもの
イ 設置の場所、原動力の種類又は周波数の変更
ロ 出力の変更であって、その変更する出力が十五万キロワット以上又はその者の電気事業の用に供する発電所の出力の合計の二十パーセント以上のもの

 このように、玉井先生が提示した条文を見ても、電気事業者が「自発的に」原子力発電所の運転を停止することを禁止していることを示すものはないように見えます。

 電気事業法に基づく許可証に「出力」として記載された発電量を常に発電する義務を電気事業者は有しており、発電量を減少させるためには経済産業大臣に届出をすることが必要になると考えた上で、発電量減少の最たるものである「自主的な運転停止」を事前届出なしに行うことは許されないのだと誤解する人はいるのかも知れません。法律の素人さんが頑張って条文を読んだというのであればやむを得ないかと思います。

 しかし、電気事業法が電気事業者に「出力」(変更)の届出義務を負わせた趣旨は、「需要に対し電気の供給能力が不足しないことを国が把握する」ことにあり、届出の対象となる「出力」とは、「年間を通じて発生可能な最大電気出力(定格電気出力)」のことをいうとされています(ここ参照)。したがって、電気事業者は、電力需要とは無関係に常に「出力」として届け出た発電量を発電する義務を負っておらず、需要に合わせて発電量を減らすことができます。したがって、特定の発電設備による発電を「自主的に」停止させることもできるのです。

 東日本大震災以降原子力発電所を再稼働できない状態が続く中真夏の電力消費量ピーク時ですら電力需要に応じた発電を行うことができた九州電力において、比較的電力需要の小さいこの時期に、原子力発電所の稼働を継続しなければ電力需要を満たすことができないということは通常ないと思われますので、九州電力におかれましては、東京大学教授の驚きの見解に惑わされず、「川内原発の自主的な稼働停止」も視野に入れて、ベストな選択をしていただきたいと思います。

 なお、学部学生には、「自分にとって有利な結論をもたらすことができそうな条文を見つけたときに、自分にとって有利な結論を導くキーとなりそうな用語の意味を、既存文献などにより再確認する」ということを徹底してもらえたらと思います。常識的に考えれば、電力需要は日々変動するので、各発電設備について届出してある「出力」どおりに発電し続ける義務なんてものが電気事業者に負わされているはずがないと疑ってかかるのが「リーガルマインド」というやつであって、あとは、既存文献を調べて確認するという作業をするだけですが。

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