09/11/2009
どうせ次期通常国会で公職選挙法の改正を行うのであれば、選挙運動のための事務に従事する人々に相応の給料を支払うことを禁止する規定も廃止してしまえばいいのに、と思ったりします。
選挙期間中無給で選挙運動を手伝ってくれる人をどこかの企業や団体から派遣してもらうことによって生じうる癒着を排除できるのであれば、選挙運動を手伝うのに通常必要な人数分(そこは法定しても良いように思います。)が「給与」を通じて買収されるリスクがあるにせよ、そこは目を瞑れるような気がするのですが。
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06/11/2009
今度の法とコンピュータ学会の発表ですが,今のところこんな感じで話をしようと思っています。まあ,当日までの間に微調整を入れる可能性がないわけではありませんが。
一 問題の所在
1 なぜ「検索サービス提供者」か?
名誉等毀損情報自体の削除の困難性→次善策としての検索防止
自己の氏名・名称でその名誉等毀損情報が集積されることのダメージの回避
自己の氏名・名称が自己と無関係の情報と紐づけられることにより新規に創出される名誉等毀損状態の解消
2 検索サーバ提供者の名誉等毀損情報拡布への関与形態
二 スニペット・サムネイルによる名誉等毀損情報拡布
1 名誉等毀損情報の発信の主体は誰か。
2 プロバイダ責任制限法3条1項適用の可能性
Metropolitan International Schools vs Googleとの対比
3 送信防止措置請求における対象との特定
ア 電子掲示板内の、名誉等毀損情報を含む発言
→スレッドごとの削除要求の可否
イ 名誉等毀損行為を構成する文字列自体の削除の可否
4 名誉等毀損情報が投稿される蓋然性の高い電子掲示板等をクロールの対象とすること自体が過失を構成するか
5 第三者の提供する検索用サーバを利用して自己の名義で検索サービスを提供する「ヤドカリ事業者」の責任
ア ヤドカリ事業者の共同不法行為責任
イ ヤドカリ事業者に対する削除請求の可否
→東京高判平成19年5月30日判決とその克服
三 名誉等毀損情報掲載ページへのリンクによる名誉等毀損情報拡布
1 名誉等毀損情報掲載ページへのリンクの法的な位置づけ
主体説(ファイルローグ、大阪高裁H21.10.2)
幇助犯説(大阪FLマスク)
2 リンク先ページでの法益侵害への誘因に関する積極性
被害者からの削除要請に対してスニペットの削除にのみ応じた場合
四 検索サービス提供者の刑事責任
1 条理上の削除義務と不真正不作為犯の処罰根拠としての作為義務
2 ヤドカリ事業者が国内にあり、サーバ管理者が国外にある場合の刑法の適法範囲
五 幸福追求権の一態様としての「検索されない権利」
1 プライバシー権? 氏名・肖像権? 自己情報コントロール権?
2 夥しい量の名誉等毀損情報と紐づけられている場合
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04/11/2009
素手で人を殺す人もいる。スプーンを握りしめて銀行強盗を行おうとする人もいる。でも,そのことは治安維持のための銃規制の必要性を何ら否定しない。
しらふで運転しても交通事故を起こす人は少なからずいる。でも,そのことは交通安全のための飲酒運転規制の必要性を何ら否定しない。
ナンバープレートをつけた自動車に乗っていても,速度違反をする人はいるし,ひき逃げをする人もいる。でも,そのことは交通安全のためのナンバープレート設置の義務づけの必要性を何ら否定しない。
実名を用いながら,自分が敵わないと思った人間を中傷し侮辱してやまない大学教授がいたとしても,そのことはネットの秩序を維持するための匿名表現規制の必要性を何ら否定しない。
規制とは,好ましくない結果発生の蓋然性を低下させるものに過ぎないから,規制を設けても,その好ましくない結果がなおも発生することは通常当然に予定されています。だからといって,その規制は必ずしも無駄ではありません。故に,殺人行為を犯罪行為と位置づけてほぼ全面的にこれを規制する法制度をとっている国々においてなおも殺人事件が発生しているにもかかわらず,殺人行為についての法規制の撤廃を求める声は先進国ではあまり見られません。
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03/11/2009
池田信夫さんが,Twitterで次のようにつぶやいているようです。
犬は相手にしないと吠えなくなるので、バカは無視するのが一番。しかし犬以下の知能の人間にはこれも役に立たないので、検索では-hamachan -la_causetteなどとオプションをつけています。向こうは吠え続けているらしいけど(笑)
これは私と濱口先生を「犬以下の知能の人間」と決めつけるもので,法的にいうと明らかに違法です(公的に追い詰めて,これから起こることの責任を押しつけられても不快なので,とりあえず放置しますが。)。よい子はまねしないようにしましょう。っていうか,本当に無視しているのなら言及しなければいいのに。
湯浅誠さんを「知的な権威とは無縁の人物」と言ってしまっている のもやばそうです。東京大学法学部→東京大学大学院法学政治学研究科単位取得退学ですから,東京大学経済学部→(NHK)→慶應義塾大学SFC大学院 政策・メディア研究科修士課程修了→慶應義塾大学博士(政策・メディア)に「知的な権威とは無縁」といわれる筋合いはないと思われます。東大では昔から文Ⅰ>文Ⅱですし。
挙げ句の果てに,湯浅さんたちの活動を「最近の運動にはその程度の思想もないので、社会的なインパクトがない。」とまで言ってしまっているようですが,社会的なインパクトがあったからこそ,政府もまた様々な対策を講ずることにしたのだと考えるのが普通ではないかと思われます。
ところで,私はBLOGOSの編集部から丁重なお誘いを受けているのですが,私がBLOGOSに参加したら,池田さんは検索の際に,-blogos等のオプションを追加するのでしょうか。
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30/10/2009
2ちゃんねるのミラーサイトの開設者って、2ちゃんねるの開設者と異なり、プログラムによって自動的に、ではあれ、自分で積極的にデータを収集して、自社サイトに掲載しているわけですから、プロバイダ責任制限法上は、3条1項による免責を受けられない「発信者」にあたると見ていいのではないかという気がしています。
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12/10/2009
「実名・匿名論争が論じるべきテーマはたった一つ 」です。
無責任に他人を攻撃する自由を認めるのか否かです。
もちろん,ここでいう「責任」には,法的責任と社会的責任の2段階があり,法的責任には刑事責任と民事責任の2種類があります。
そして,ここでいう「他人」は,実名でブログを開設する人に限りません。
ネット上の人格と現実空間での人格は切り離されるべきであり,ネット上の人格が行った違法行為又は非道の行為の責任を現実空間での人格が負わされるべきではないという見解に立てば,ネット上の匿名性は守られるべきということになります。そこでは,匿名で他人を攻撃する分には,実体法上それが違法なものであっても,刑事罰を課されたり賠償金を支払わされたりという不利益を現実空間の人格が事実上負わずに済むことになります。また,その社会的評価が低下するような非道な言動を行ったからといって現実空間での人格の社会的評価をまで低下させられるのはおかしいとの見解に立てば,ネット上での言動と現実空間での人格とは切り離されるべきだということになります。
そういう意味では,固定ハンドルが用いられていても,捜査機関や被害者が容易にその者の実名を知り得るのでなければ,刑事責任又は民事責任との関係では,「匿名」ということになりますし,捜査機関や被害者ならばその者の実名を知り得るシステムが実効的に用意されたとしても,違法ではないが非道な行為との関係では,「匿名」ということになります。
ですから,「2ちゃんねる」について,殺害予告を行えば通報されて逮捕されているからそれでよいのだ,でとどまっている人は,「2ちゃんねる」において殺害予告以外の方法により無責任に他人を攻撃する自由を認めるべきだと言っているのとほぼ同値だと言うことになります。
【追記】
「公的捜査機関」以外は匿名さんに手出しできないようにするという見解を述べる方もおられるようです。その見解は結局,刑事罰が法定されていない違法行為(例えば,プライバシー権侵害行為や肖像権侵害行為)等は,匿名の陰に隠れて事実上無責任にやりたい放題とするということを意味しているように思われます。
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10/10/2009
Winny幇助被告事件に関して,NHKの京都支局に属する記者が弁護妨害をしたことが話題となっています。
NHKはそのような事実があったことを認めて謝罪したとのことですが,これは謝って済む問題ではありません。これは,報道機関と権力(とりわけ捜査権力)との癒着の問題だからです。
このエピソードからは,報道機関が,警察又は検察のいわば下請機関として,被疑者を「自白」に追い込む役割を担っていた可能性が窺えます。実際,報道側の利害からすれば,真っ向から裁判で争ってくれた方が盛り上がってくれて好都合なはずなので,問題の記者は,直接的な職業的利害に反することをしています。また,Winny事件では現役の某検事とおぼしき人が匿名コメントで,壇弁護士に対し,争っても無駄だから恭順策をとるように働きかけていた時期であって,「正規の手続外で,恭順策をとるように働きかける」という検察側のスタンスに合致した行動であるといえそうです。
そういう意味では,NHKとしては,問題の記者を社内調査し,なぜこのような内容の手紙を出したのか,警察・検察からの働きかけはあったのか,等を公表すべきです。他のメディアも,この件に関し,壇先生を追いかけている暇があったら,NHKに対し,この記者の取材をさせろと要求すべきです。
ひょっとしたらNHKはまだ問題の重要さを判っていないのかもしれないですね。警察・検察と癒着した記者の取材になど応じたら,オフレコ情報も警察・検察に筒抜けになる可能性があるし,身元を明らかにしないことを条件に取材に応じても警察・検察には身元が報告されてしまう可能性があるということです。報道機関として,最低限の信頼の問題なのです。
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02/10/2009
今年の11月21日に大妻女子大学で行われる予定の「法とコンピュータ学会」で、パネリストとして発表を行うことになりました。
当初は、「日本での争訟事例の課題」というテーマでどうだという話でしたが、それで話を持たせられるほど日本国内ではネット検索サービス絡みで係争事例がないので、「自動収集された違法コンテンツについての検索サービス提供者の義務および責任」というテーマに変更していただきました(学会のウェブサイト では、まだその変更が反映されていないようです。)。
東京弁護士会で先日行われましたシンポジウムで梓澤先生がYahooに対して債権者に関する情報を検索結果から外せとの仮処分を申し立てた話をされておりましたが、実務レベルでは、掲示板等で誹謗中傷文言が投稿されたときに、とりあえずメジャーな検索サイトでそれを検出されないように裁判手続(保全処分を含む。)をどう利用していくのかということに関心が移っているので、そういう観点から面白い発表ができればいいなあと思っています。
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24/09/2009
法曹養成制度改革が失敗に終わったことは一般メディアでも広く報じられるところとなりました。まあ,単年度合格率が2〜3割程度に収斂していくこと,及び,その結果として必然的に相当数生ずることとなる受験資格喪失者の社会的な受け皿がないこと,需要を無視して水増しされた新規法曹資格取得者の相当数の社会的受け皿もないこと等は,最初からわかっていたことです。なのにどうしてこういう稚拙な制度改革が行われたのか,その過程で不当に利益を貪った者はいないか,民主党政権は十分に検証していただきたいところです。
なお,極端に司法試験合格率の低い法科大学院というのは,「従来の法曹養成制度の下においては前期修習終了時に身につけるべき法的な素養を身につけている」かを検証する新司法試験に合格するレベルに到底達していない学生を大量に卒業させているのであり,法科大学院に課せられた責務を十全に果たしていないということがいえます(今年に関して言えば,法務省は目標数値を大幅に下回る合格者しか出せなかったわけで,「定員が予め定められているために,「従来の法曹養成制度の下においては前期修習終了時に身につけるべき法的な素養を身につけている」ことが確かめられた受験者の一部を不合格とせざるを得なかったわけではないことがはっきりしています。)。
当初入学者の7割程度を新司法試験に合格させられないのは法科大学院の教育能力の欠如の現れと言えますが,卒業生の7割程度を新司法試験に合格させられないのは法科大学院の学位授与過程における怠慢を示すものということができます(青山学院大法科大学院の宮沢節生教授は「定員削減はまだ不十分。現状を放置すれば法曹志望者は今後も減り、特に未修者が遠ざかって、多様な法曹を養成できなくなってしまう」と指摘している とのことですが,新司法試験合格率9%の青山学院大学法科大学院は,「従来の法曹養成制度の下においては前期修習終了時に身につけるべき法的な素養」を身につけていない学生に学位を授与しすぎでしょう。)。
もっとも,ごく一部の秀才のみが「学部4年+前期修習4カ月」で習得できるレベルを,より「幅広い人材」に「法科大学院3年」で習得させる教育手法などないことを知りながら,法科大学院3年で「従来の法曹養成制度の下においては前期修習終了時に身につけるべき法的な素養」を身につけさせることを前提とする法曹養成制度を推進した人々がいるとすれば,より積極的に,それは倫理的・政治的な意味において「詐欺」だということができるでしょう。未習者の司法試験合格率が低いことを問題視するのであれば,まず,未習者コースを用意している法科大学院は,如何にすれば,ごく一部の秀才のみが「学部4年+前期修習4カ月」で習得できるレベルを,より「幅広い人材」に「法科大学院3年」で習得させることができると考えていたのか,そこには教育学的な検討がなされていたのかをまず検証すべきでしょう。
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22/09/2009
池田信夫さんが次のようにつぶやいています 。
消費者信用団体生命保険を廃止して、連帯保証人の自殺が増えた。http://j.mp/1xOJvk RT @mikeexpo: 貸金業者が債務者に保険に入らせていた
11:26 AM Sep 21st Tweenで
しかし,根拠は示されていません。金融庁が 問題視したのは,
債務者が知らないうちに被保険者になっている、比較的少額で短期の貸付債権の回収のために保険が不当に利用されているといった指摘等がなされているところ
であり,これを受けて金融庁が取り組むことにしたのは,
「貸金業者が債務者等に対し保険金による債務の弁済を強要又は示唆するような言動を行うことは、「威迫」に該当することを明確化するため、事務ガイドラインを一部改正すること」
「保険会社等に対し、顧客が保険商品の内容を理解するために必要な「契約概要」と保険会社が顧客に対して注意喚起すべき「注意喚起情報」に整理のうえ、顧客に対しわかりやすく説明することを求めているところです。このような取組みを消費者信用団体生命保険を含む団体保険についても徹底するよう文書により各保険会社に要請」すること
の二つです。これに伴い,社団法人生命保険協会は,「消費者信用団体生命保険の実務運営に関するガイドライン 」を定めたわけですが,そうしたら,ほとんどの消費者金融業者が消費者信用団体生命保険への加入手続きを中止することになりました。「消費者金融業者が借主に無断で借主を被保険者とする消費者信用団体生命保険に加入した上で,その借主が借金を返済できなくなった場合に,貸金業者が債務者等に対し保険金による債務の弁済を強要又は示唆するような言動を行うこと」が禁止されるのであれば,消費者信用団体生命保険に加入する理由はないということだったのかもしれませんし,そこのところはよくわかりません(住宅ローンや事業資金融資などでは,この種の信用団体生命保険はなおも生きているのですが。)。まあ,「消費者金融業者が借主に無断で借主を被保険者とする消費者信用団体生命保険に加入した上で,その借主が借金を返済できなくなった場合に,貸金業者が債務者等に対し保険金による債務の弁済を強要又は示唆するような言動を行うこと」を禁止するのは「一段階論理の正義」であって許されないという方も,経済学者の中にはいらっしゃるかもしれませんが,ごくごく一部の新自由主義者以外には受けが悪いのではないかと思います。
さらにいうと,上記のような消費者信用団体生命保険の運用実態が問題視されたのはいわゆる消費者金融関係ですが,一般に消費者金融系は連帯保証人をとらない場合が多いです。連帯保証人を連れてこないと融資を受けられないということになると,敷居が高くなってしまいますから。連帯保証人をとるのは,商工ローン系や住宅ローン系など,「気軽」に受けるってわけではない融資に多いです。従って,「連帯保証人の自殺が増えた」ことを示す統計があるのか寡聞にして存じませんが,仮にあったとしても,それが,消費者金融において消費者信用団体生命保険が利用されなくなったこととどれほど因果関係があるのかというと,大いに疑問を禁じ得ないところです。
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17/09/2009
弁護士出身の千葉景子参議院議員が法務大臣に選ばれました。
千葉大臣がまず行うべきことは、取調べの全面可視化を中核とする刑事訴訟法の改正作業を行うことでしょう。幸い、冤罪を生む余地を残すことに積極的だった勢力と連立を組む必要がないので、司法取引と交換条件とする必要もなく、録音・録画物の複製物を弁護人に交付しない(見たければ弁護人が自分自身で全部見ろ)などというばかげた付加条件も付けずに済みます。
次に行うべきことは、実務家の意見を聞くことなく推し進められている債権法の改正論議にブレーキを掛けることです。「こういう場合にどうなるのか」という想定問答の「問」の部分を研究者だけで作って研究者だけで「答」を作っても、だいたいうまくいきません。イレギュラーパターンの多くは判例になってませんから、研究者しかしていない人はイレギュラーパーターンの経験値が足りないのです。
さらに、保証制度の改正(特に、金融機関等が、主債務者の親族や(主債務者が法人である場合の)役員又は従業員を(連帯)保証人として徴求することの禁止等)や、サービサー制度の改正(債権買取価格の債務者への開示義務の創設や、買取価格を大きく上回る履行請求の制限等)まで行えればなおよしといえます。頭の悪い新自由主義者ほど、ただただ規制を緩和すれば起業が盛んになると思いがちですが、チャレンジをして失敗をした時に陥る不幸を緩和しなければ、規制を緩和しただけでは、危なくて起業など行えません。極めて下位に位置づけられた比例単独候補が選挙公報に「破産手続中」と明記しなかっただけで詐欺だの業務妨害だのと無責任に糾弾される風土の中では難しいかも知れませんが、起業を盛んにするために再起を容易にする必要があるのです。
次に行うべきことは、法曹養成制度の抜本的な改正です。端的に言えば、旧司法試験制度の復活です(頭が少々悪くても親がお金持ちなら法曹資格を取得できる法科大学院コースが併存されても構いませんが。)。貧しい家庭に生まれたら如何に優秀でも法曹になれない現行制度を改めることは、経済的弱者に優しい社会党マインドを引き継いでいる千葉大臣と親和性が高いはずです。
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15/09/2009
「法務人材などこれっぽっちも欲していないくせに」というエントリーに対し,「企業法務戦士の雑感」のブログ主さんから反論 を頂きました。
だが、現在「採用された人数が絶対的に少ない」ということを、「『実務の側は法務人材を欲しているから司法試験合格者の大幅増員を求めていたのだ』ということが真っ赤な嘘である」という結論に結びつけるのは、あまりに短絡的に過ぎるのではないだろうか。
どんな会社でも、毎年新卒採用を行っているし、法務部門の中途採用の募集も定期・不定期に行っているが、新規に法曹資格を取得した人が数十人単位で応募してきたなんて話は、まず聞かない。
とのことです。しかし,司法研修所卒業見込みの人間を対象とする法務部門の人材募集をやっている企業がどれだけあるというのでしょう。「実務の側は法務人材を欲しているから司法試験合格者の大幅増員を求めていた」のだとすれば,司法研修所を通じて求人票を出すなり,法曹資格新規取得者を法務人材として採用しようとしている会社で集まって司法修習生向けに合同説明会を開いたりと,学部新卒を採用しようとする場合に通常行う活動くらいしそうなものです。しかし,実際には,自社のウェブサイトにおいて,司法研修所卒業見込みの人間を対象とする法務部門の人材募集をやっている企業すら稀です。司法研修所卒業見込みの人間を対象とする法務部門の人材募集をやっているか否かを明らかにしていない企業にまで司法修習生が数十人単位で応募してくるようになって当たり前だということなのかもしれませんが。
現在の制度に基づいて“生産”される大多数の新規法曹資格取得者の目が、“普通の法律事務所に勤務弁護士として雇ってもらうこと”に向いていること(それゆえ、綿密な企業研究や採用手続の確認よりも事務所訪問をまず優先する)や、“大きな会社になればなるほど、就職を希望する人がきちんとした採用ルートに乗っかってくれない限りその人を採用することはできない”という人事の現実を踏まえるならば*3、これもやむを得ないことなのだろうが(少なくともあと数年は)、だからといって「実務の側が法務人材を欲していない」なんてことは全くない
ただでさえ,新司法試験組の修習カリキュラムは1年であり,うち8カ月が実務修習にあてられ,全国各地に飛ばされます。そして,「普通の法律事務所に勤務弁護士として雇ってもら」えるのは,新規資格取得者のうち半分程度になっていきます(つい最近まで2万人程度しか実働メンバーがおらず,その後一気に増やされた人材はしばらく雇う側には回らないので,年1000人採用するのだって大変です。)。このような状況下では,司法研修所卒業見込みの人間を対象とする法務部門の人材募集をやっているか否かを明らかにしていない企業についてまで綿密な企業研究を行い,採用手続の確認を行っている暇はとりあえずありません。本当に「実務の側が法務人材を欲して」いるのであれば,採用のサイクルを彼らに合わせることはできるはずです。他方,彼らには,学部の4年生が大学の授業を欠席するほど自由に修習カリキュラムを欠席して就職活動につぎ込む余裕はないのです。
いずれにせよ,年間数千人単位で新規資格取得者が法務人材として企業に採用される気は全くしていないのですが。
そして、何よりも、“認識のズレ”が一番顕著に現れているのは次のくだりだ。
何であれ新司法試験に合格し、司法修習を経て、新規に法曹資格を実際に取得した新人弁護士すら欲してもいない「実務の側」が、新司法試験にすら合格できないような人間を「法務人材」として「喉から手が出るほど」欲しているわけないではないか、としか言いようがありません。(太字強調筆者)
弁護士の業界の中では、資格を持っているかどうか、ということが決定的な意味を持つのだろうが(そもそも資格がないと業界に参入できないのだから当たり前の話だ)、法務の実務の世界で、「弁護士資格を持っているかどうか」とか、「司法試験に受かったかどうか」ということが、会社の中で仕事をするうえで決定的な意味を持つとまではいえない。
本気でそう思っているのであれば,是非とも三振してしまった法務博士を雇ってあげて下さい。法科大学院制度を始めるときは,法科大学院で一流の教授陣の元で高度の法学教育を受けた者は,たとえ司法試験に合格しなくとも,引く手あまただということになっていたはずなので,三振法務博士が路頭に迷うという事態が生じていること自体裏切られた思いで一杯です。
なお,
これまで学部新卒として採用され、会社の中で実務者として鍛えられてきた上記のような層の学生が、法学部の定員削減や“真面目に法律を勉強した人はとりあえず法科大学院に行く”的現象によって大幅に減少し、採用エントリーの時点でほとんど拾い上げることができなくなってしまっている(あるいは内定を出しても進学を理由に辞退されてしまう)というのが現実なのだ。
との点ですが,学部の教員からみると,認識がずれているような気がします。もちろん,「東大卒にあらざれば人にあらず」みたいな組織では専ら東大の動向に左右されるからあるいはそうなのかもしれないですが,死ぬほど試験が好きな人たちが多い東大を除くと,いまだ法科大学院幻想があった1〜2年目を除けば,優秀な学生ほど法科大学院には行かないというのが現状ではないかと思われます。
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11/09/2009
「企業法務戦士の雑感」に次のような記述 があります。
報われない人間が圧倒的多数になった現状を踏まえるならば、“既卒”にならないと試験そのものを受験できないような現在のシステムは直ちに改められるべきで、最終学年の年度の真ん中あたりで受験機会を与えるようなスケジュールにしないと、当の受験者にとっても、喉から手が出るほど法務人材を欲している実務の側にとっても、どちらにとっても不幸なことになってしまうだろう。
正直な話、「何と白々しい」という気持ちになります。何であれ新司法試験に合格し、司法修習を経て、新規に法曹資格を実際に取得した新人弁護士すら欲してもいない「実務の側」が、新司法試験にすら合格できないような人間を「法務人材」として「喉から手が出るほど」欲しているわけないではないか、としか言いようがありません。「実務の側は法務人材を欲しているから司法試験合格者の大幅増員を求めていたのだ」ということが真っ赤な嘘であることは、新規法曹資格取得者の進路調査で明々白々になっているわけです。
それに、学部を卒業して法科大学院に入学しなければ司法試験を受験できないという時点で、「退路を断」たなければ司法試験を受けることすらできないシステムにしてしまっているわけですから、「最終学年の年度の真ん中あたりで受験機会を与えるようなスケジュール」に代えたところで、五十歩百歩というより他ありません。本当に、出身階層にかかわらず優秀な「法務人材」を実務の側が欲しているというのであれば、学部の3〜4年生でも司法試験を受験できるようなシステムに転換するように、財界を挙げて政府に要求すべきでしょう。どうせ、22歳を過ぎなければ理解できないような授業なんか法科大学院では行われていないのですから、それで何の問題もないはずです。
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02/09/2009
「鳩山氏のNYT論文は捏造? 」というエントリーのコメント欄で池田信夫さんがまたも奇妙な議論を行っているようです。
「寄稿」とは、「原稿を新聞・雑誌などに載せるように送ること」をいいますから、既に別の媒体で掲載されている文章を翻訳等の加工をして別の媒体に掲載したいとの申し出を受け入れたということは、「寄稿」とは似ても似つかないものです。
その際に文意が歪められた場合に誰が責められるべきかというえば、文意を歪めたメディアの側であって、文意を歪められた側ではありません。それは、仮に翻訳加工されたものを事前に送られてこれにOKを出したとしてもです。
そうでないと、自分たちの側でニュアンスを含めてチェックできる言語への翻訳掲載しかOKできなくなってしまいますから。そういうルールができてもっとも損をするのは、欧米の要人にとって謎の言語である日本語を常用する我々日本国民です。
なお、田舎者云々という話についていえば、米国において「小さな政府」路線を標榜する共和党は、むしろ農村部に強いことになっています。
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01/09/2009
4年前大勝した自民党がなぜたった4年間で国民の支持をこれほど失ったのかについては,内外の研究者が様々な研究をすることでしょう。
その要因の一つとしては,ある種の「私物化」に嫌気がさしたというのがあるのではないかという気がします。
小泉政権末期の小泉総理のはしゃぎっぷり,そして,安倍総理によるイデオロギー優先政策,派遣法改正からホワイトカラーエグゼンプション等の財界優遇策,かんぽの宿払い下げ騒動等,そして最後は小泉元首相による後継指名に端を発する世襲問題。これだけ,ごく一握りの人々が社会の富や公的なシステムを私物化するのを4年間見せつけられれば,政権与党に投票する気がなくなるのは当然のことのように思います。
まあ,敗れた自民党に対して新自由主義への回帰を薦めるセンスの悪い人たちもいるようですが,我が国においては,新自由主義路線の結果,輸出産業が稼ぎ出した富は,従業員に給料とした支払われて爾後国内で還流するのではなく,株式配当や金融機関等を介した外国投資等を通じて国外とりわけ米国に流出することとなるため,経済成長を阻害することになるし,それよりなにより,この4年間の間に,「トリクルダウン幻想」を信じる人が大幅に減少してしまったのだから,新自由主義への回帰によっては党勢は回復しないように思われてなりません。
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26/08/2009
週刊ダイヤモンドの弁護士特集ですが、私も、知的財産部門の「らつ腕弁護士」に入れていただきました。
弁護士系ブロガー・ツイッタラーとしては、落合先生 、中山先生 、葉玉先生 も入っています(ツイッタラー率高し。)。
まあ、40期台以降では、高い評価を受けるためにはネット上での情報発信をした方が有利だということもあるのでしょうし、進取の精神に富んでいる方がこの種の職業では好ましいということもあるのかもしれません。
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24/08/2009
小選挙区制の下では、両候補者の政治的なスペクトルの中間にいる有権者を如何に取り込むのかが重要です。だから、この場合、その政治的スペクトルよりもやや中道よりの有権者により訴えるように選挙戦術を組み立てるのが王道です。そのようにしても、自分たちと同様のスペクトルを有する有権者や、より極端なスペクトルを有する有権者は、対立候補に投票することは通常考えられないからです。もちろん、日本の場合、民主党は、あまり中道寄りにスペクトルを寄せてしまうと、社民党や共産党などの老舗政党にやや左寄りの有権者まで取られてしまう危険があるので、あまり中道に寄せきれないということはあるのだと思います。
この観点からすると解せないのは、自民党における選挙活動の右旋回ぶりです。というのも、自民党よりも右寄りのスペクトルで闘っている政党は改革クラブと幸福実現党だけなので、この選挙戦で中道寄りにスペクトルを寄せると彼らに票を奪われるという心配をする必要は事実上ありません。で、日の丸だ日教組だジェンダーフリーだ等というキーワードに反応して自身の投票行動に結びつけてしまう有権者はそもそも民主党に投票しない傾向が高いので、選挙終盤にそのようなことを強調してみても民主党に投票しそうな有権者を自民党に投票させることに結びつきません。
すると、結局、極右的な言動について行かれない中道層(伝統的な自民党の支持者の一部を含みます。自民党は従前極端なイデオロギー政党ではありませんでしたので。)をして自民党に投票することを躊躇させるだけに終わるのではないかという気がします。
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22/08/2009
衆議院議員選挙まであと1週間だというのに,比較的静かな週末です。私のところは東京17区なので,どの候補もまだ当確ラインに達していないはずなのですが。
政治ビラのドアポストするためにマンションの共用通路に立ち入ることが住居侵入罪にあたるのかが争われたのは,我が葛飾区に関する事例だったと思いますが,これを住居侵入罪に当たるとする高裁判決が出た後である今回の選挙期間においても,公明党だけは平然とドアポストをしてきました。共産党がやると逮捕されることでも公明党がやると逮捕されない自信があったということでしょうか。そういう自信がないと,取り調べの可視化に反対する気にはなれないかもしれません。
米国とFTAを締結したら日本の農業が崩壊するかのように宣伝している人たちを見ていると,日本の消費者は値段にしか関心を持っていないと農家の方々に思われているのかと結構がっくりきてしまいます。もちろん,本当に金銭的に余裕がないときは安ければ安いほど助かるのですが,ある程度金銭的に余裕が出てくると,日本では,消費者は食べるものからグレードをあげていく傾向が強いし,この国には国産の食材の質に対するある種の信仰があります(っていいますか,国産小麦って品不足ですし。)。どこかの経済学好きな方のように食糧自給率を高めることが無意味だとは思わないのですが(解雇規制を緩和することにより日本の労働者の所得水準を発展途上国並みに引き下げようというのに,そのような労働者が購入可能な価格水準で食料を必要なだけ輸入し続けられると考えることができる人々は,とても楽観主義者なのだろうと思います。),農産物の価格を一律に高止まりさせる方法以外にも,農業従事者の生活水準を引き上げ,食糧自給率を高めていく方法はあるのではないかという気がします。
選挙終盤になって,とても国粋主義的な発言を繰り返す候補者も現れてきたようです。でも,イデオロギー的な面に着目して投票を行う有権者は元々少ない上にその種の人々は既に誰に投票するかを決めている可能性が高い一方,無党派層と言われる人たちは強力なイデオロギーを発散する候補者に対し引いてしまう傾向が高いので,あまり得策でないような気はします。政治家を志す人の中にはイデオロギーお話だとか,外交・防衛の話とかが好きな人たちが少なくないのでそういう話をしたがるのはわからなくはないのですが,無党派層の支持を得なければいけない小選挙区制選挙には向いていない話題です。
それにしても,「虎退治」「熊退治」「潮干狩り」はきちんと名前をもじっているのでよいのでしょうが,「鮫退治」は失礼の度合いが大きいのではないかという気がします。
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19/08/2009
公職選挙法に関するブログを立ち上げた松本美樹弁護士のインタビュー記事「ネット禁止だけじゃない、ここがヘンだよ公選法」が日経ビジネスオンラインに掲載 されています。
ただ、公職選挙法で一番変だと思うのは、第142条第13号、第142条の2第3項、第143条第16項、第199条の3、第199条の4、第201条の4第8項で「氏名が類推されるような」(事項/方法)という文言が使われていることです。
「類推」というのは「類似点に基づき他の事をおしはかること」(広辞苑)をいいますが、何かと何かが似ているからこの候補者の氏名はきっと○○であろうと推し量るということは通常ないので、普通に考えると、「氏名が類推されるような事項」というのは存在しないように見えます。
一応、解説書等を読むと、候補者の肖像や候補者の経営する会社の名称などを例に挙げているものがあるのですが、例えば、候補者の肖像を見てその氏名が頭に浮かぶのは、その肖像の持主の氏名を予め知っているからであって、その肖像から氏名を類推しているわけではないでしょう。
犯罪捜査規範第11条にあるような(当該被害者等の氏名を)「推知させるような事項」という言葉を用いたのであれば、巷にある解説書に記載されているとおりの解釈をすることもまだ許容範囲内だと思うのですが。
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14/08/2009
世間では,酒井法子さんを芸能界復帰させてはいけないかのような風潮があるようです。
そういうことを声高に叫ぶ人は,出所後の酒井さんにどうなって欲しいのだろうかということを疑問に思ったりします。やくざの女親分になって,覚せい剤取締法違反で何度も刑務所と娑婆を行ったり来たりする人生を送ってくれれば大満足なのでしょうか。
普通に考えたら,両親や配偶者による監督が期待できない事案においては,従前の勤め先の上司の監督に期待するしかないわけだし,そのためには解雇しないでもらった方が良いわけです。一般の勤め人が捕まった場合だって,弁護人は,勤め先の経営者や上司に,何とか解雇しないで欲しいと頼みに行くと思いますよ。で,実際,その頼みを聞き入れて,情状証人として法廷で証言までしてくれる経営者だって結構います。そんな甘いことでは芸能界の覚せい剤汚染は広まるばかりだという人もいるかもしれません。芸能界での覚せい剤の蔓延を防ぐと言うことで言えば,一罰百戒の名の下に一人の芸能人をとことん痛めつけるより,所属タレントやプロデューサーなどの抜き打ち尿検査を定着させた方がよほど意味があります。
もちろん,仕事の種類によっては,禁断症状が現れてしまったりしたらとても困るところもあるので,そういうお仕事だったら雇用し続けるわけに行かないというのはわかるのですが,幸い,芸能界はそのように他人の生命身体財産等に容易に危害を加えられるようなところではありません。
覚せい剤の所持と使用が発覚したのに芸能界に復帰するなど許せないなどといっている人は,芸能界が他の業界よりも上位に位置していると単純に誤解しているだけなのかもしれません。でも,それは大きな誤解ではないかという気がします。
矢部善朗創価大学法科大学院教授が開設する2ちゃんねる型の電子掲示板において、「キメイラ」と名乗る人が、
私ものりピー世代の少し上でファンですけど,彼女の更生を願うなら,懲戒解雇謹慎・普通の社会人として生活……の方が立ち直りが早いと思います。
薬物汚染の人間関係や職場交友関係を禁絶(遮断環境)にしないと,再び「蒼ざめた白い粉の兎」になってしまう可能性が高いので。
と述べているようです 。
彼又は彼女が考えている「普通の社会人の生活」って何なのでしょう。若いころから芸能活動に従事していた酒井さんがどのような仕事に就くこと(逆に言えば、誰がどのような業種、職種で彼女を雇用すること)を想定しているのでしょうか。また、サンミュージックが酒井さんを切り捨てた時に、酒井さんが身を寄せることができる場所として、どこを想定しているのでしょうか。新聞等の報道で見る限り、酒井さんのケースでは、職場を中心とする人間関係の方が遥かに真っ当なのではないかという気がしてなりません(薬物汚染のネットワークは、サンミュージック関係で築かれたものではないようですし。)。
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12/08/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授が開設する2ちゃんねる型の電子掲示板で、そこの常連である自称警察官「感熱紙」さんが次のように 述べています。
事件に関する供述内容や鑑定結果まで被疑者のプライバシーに含むあの論法で行けば、「判決確定前の事件報道は全て禁止」って事になるんですけどね。
もしかして弁護人側での報道はOK的なダブスタなのかな?
普通は、自分の尿がどのような成分で構成されているかという情報はプライバシー情報にあたると考えるし、事件に関する内容であるとはいえ、それは私的領域に関する事実であれば、供述された内容はプライバシー情報にあたると考えるのだと思います(もちろん、検察が起訴するか否かを判断し、あるいは裁判所が有罪とすべきか否か、有罪とする場合量刑をどうするかを判断するのに必要な限度で、警察官又は検察官がこれを収集し、検察又は裁判所に提出することについては、プライバシー権は一定の制約を受けるとは思いますが。)。もちろん、捜査機関による採尿及びその鑑定の目的の一つに、その人物の尿の成分についての国民の知る権利の保障というのが含まれているのであれば、マスメディアにその情報を提供することによりあまねく国民にその情報を提供するということは正当化されるのだとは思いますが、強制採尿の場合はもちろん、尿が任意提出された場合ですら、そこまでは行き過ぎではないかと思われます。
なるほど、警察は捜査によって得た情報を適宜マスメディアに横流ししてもプライバシー権侵害とはならないと現場の警察官は考えているので、著名人の事件になると、捜査過程で得られた情報ががんがんメディアに流されるのですね。
プライバシー保護という観点からは、情報主体の同意を得てプライバシー情報を公開することはもちろん適法なので、弁護人が被疑者本人の了解を得て自己に関する情報を開示することには何の問題もないし、それは「ダブスタ」でも何でもありません。
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紀藤正樹弁護士が、法学セミナーの2009年7月号に「ネット書き込で名誉毀損は成立するか」という文章を載せています。
これは例のグローバルビート事件に関する論考なので標題は大風呂敷を広げすぎだなあと思ったのですが、それはともかく、気になる記述があります。
本件表現は、相当性の立証がわずかに欠如し、結果として相当性立証が認められなかった事案であることである。すなわち、相当性の立証が全くできなかった根も葉もない事案ではなく、東京地裁判決も指摘しているとおり、「個人利用者に対して要求される調査を行った」という事案である。
と紀藤弁護士は仰っています。しかし、東京地裁ですら
とかいうような事実を推論するには少なからず飛躍があって,グローバル・ジャパンからなされ得る反論をも予測した場合,被告人の誤信に相当な理由があったことを通常人をして十分納得させるに足りる資料,根拠があったとまではみられないからである。 と判示しているのであって、「相当性の立証がわずかに欠如し」ている云々という話ではありません。
さらに、紀藤弁護士は、
筆者は、地裁と高裁の判決の違いは、憲法上、明示された人権である「表現の自由」への畏敬と尊重の念の違いだと考える。真実性の立証に最終的に失敗したならば必ず罰せられるとなると、表現の自由は過度に萎縮してしまうことになる。 と仰っているのですが、高裁も又、「真実性の立証に最終的に失敗したならば必ず罰せられる」などといっているわけではありません。摘示事実を真実だと信ずるに相当な理由のあることさえ立証できれば、摘示事実の真実性を立証できなくとも、無罪となるべきことを高裁は否定していません。
インターネットの個人利用者の表現の自由はある程度尊重すべきものであるとはいえ、この事件で問題とされているのは、「貴方が『根岸』で食事をすると,飲食代の4~5%がカルト集団の収入になります。」だの「おいおい,まともな企業のふりしてんじゃねぇよ。この手の就職情報誌には,給料のサバ読みはよくあることですが,ここまで実態とかけ離れているのも珍しい。教祖が宗教法人のブローカーをやっていた右翼系カルト『A天軍』が母体だということも,FC店を開くときに,自宅を無理矢理担保に入れられるなんてことも,この広告には全く書かれず,『店が持てる,店長になれる』と調子のいいことばかり。」だのという一種の営業妨害的なものだったのですから、真実性を信ずるに相当の事由すらないのであれば、そのような発言が自粛されてしかるべきなのではないかという気がします。
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10/08/2009
酒井法子さんの事件では、捜査情報がマスコミに随分と流されているようです。
被疑者のプライバシーを優先して、取調べ状況の弁護人への開示を制限すべきという意見を声高に叫び、それに賛同しない人間を素人扱いするヤメ検さんのブログがどこかにあったかと思いますが、プライバシー情報を流布させる主体が警察・検察であれば構わないというのはどこかおかしくないかなあという気がしてなりません。
虚偽自白による冤罪発生の危険を甘受してでも取調べ時に被疑者が語った内容は(弁護人に対してすら)秘匿されるべきだというのであれば、マスコミに迎合して、その求めに応じて、取調べ時に被疑者が語った内容や尿検査の結果等をべらべらとマスコミに話すことは真っ先に禁止されるべきではないかと思ったりします。
もちろん、被疑者のプライバシーを優先して、云々というのは、取調べ担当官のやり口を弁護人に知られないようにするための方便に過ぎないと考えれば、取調べ担当官がどのような内容をどのように語ったのかが外に流れない限り、どうでもよいことだということになるのでしょう。
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06/08/2009
現在、いくつかの種類の法律相談では、法律相談を担当した弁護士にそのままその事件を受任させることができます(これを一般に「直受」といいます。)。
直受の場合、依頼者から事件の依頼を受けた日から1週間以内に、審査委員の審査を受けなければいけないことになっています(法律相談運営細則第19条)。その審査項目の中には、「法律相談センター弁護士報酬審査基準に照らして相当と認められること」という項目が入っています(法律相談運営細則第20条第1項第4号)。そして、震災委員は、弁護士報酬等の条件が不相当であると認めるときは、事件担当者に対し、当該条件の変更を勧告することができるとされています(法律相談運営細則第23条第1項)。
そして、審査委員は、弁護士報酬の可否を決し難いときは、自らの属する審査部会に当該審査を委託することができます(法律相談運営細則第24条第1項)。この場合、部会長は、委託を受けた審査について結論を得たときは、速やかに事件担当者に対しその結果を通知するとともに(運営細則第24条第4項)、その結果及び理由に関する報告書を法律相談センターに提出するものとされています(運営細則第24条第5項)。なぜか、報酬についての条件を変更するように命じられた(一応、「勧告」となっていますが、受諾しなければその事件を受任できないので、事実上命令です。)事件担当者には、結果だけを通知すればよく、理由を告げなくとも良いことになっています。
ところで、今日は不思議な体験をしました。
私は、直受可能な法律相談として従前より葛飾区民法律相談を担当してきました。今年からは、弁護士会の法律相談を受けたが、インターネット法分野であるため担当弁護士では荷が重かったものについて、弁護士会のあっせんを受けて相談に応ずるお役目を仰せつかりました。今日直受審査を受けにいったのはそういう案件です。
そういう案件なので、その事件の経済的利益の額が算定できないとして取り扱われること自体は、納得しうるものです。法律相談センター弁護士報酬審査基準第16条によれば、そのような場合、経済的利益の額を800万円として、着手金・報酬金の額を定めるものとされています。
すると、訴訟事件等の着手金の標準額は、49万円ということになります(法律相談センター弁護士報酬審査基準第17条)。この金額は事件の内容により30%の範囲内で増減することができます。裁判外の和解交渉の場合、この金額に3分の2を乗ずることになります。すると、約32万6666円が標準額ということになります。
また、仮差押えや仮処分等の保全命令申立事件の場合、訴訟の場合の標準着手金額の2分の1が標準着手金額となりますが、審尋又は口頭弁論を経たときは、訴訟の場合の標準着手金額の3の2が標準着手金額となります。
で、不思議なこととは何かというと、何故か審査部会は、訴訟外の交渉だけでなく、仮処分命令の申立てから、本案訴訟まで全て含めて金30万円で受任せよと命令してきたということです。なにしろ、事件担当者にはその決定理由を告げなくとも良いことになっているので、実際理由は教えてもらっていないのですが、いくら読んでも、訴訟の場合の標準着手金49万円の約4割減である金30万円の着手金で事件を受任するように勧告できる根拠が見あたらないのです。
更にいえば、仮処分申立てと本案訴訟の提起は別個の訴訟活動なので、普通は、仮処分申立てと本案訴訟とを両方手がければ、両方の着手金を請求できるのですが、弁護士会の審査部会が命じてきたのは、裁判外の交渉のみを引き受けた場合の標準着手金よりも低い着手金額で、裁判外の交渉のみならず、仮処分の申立て及び本訴の提起までせよと命令してきたわけです。
報酬基準にはない減額理由を適用されるほど易しい事件かといわれると、類似裁判例は、判例集未登載のものが一つあるだけという難事件ですし、経済的利益の額が算定できないといっても、たわいもない事件ではなく、この請求が通るか否かで、依頼者の運命に劇的な変化をもたらす類のものだったりするので、審査部会が何故このような決定をしたのか全くもって不明です。
強いて挙げるとすれば、昨日審査申出書を提出した際に書類審査を担当された審査委員のW弁護士から、アメリカでの競売に関する質問を不躾にメールで受けて無視したことがある(そんなことは留学経験があったり、米国法弁護士の資格を有していたりする弁護士に聞けばいい話ではないですか。私は、知財・IT系以外では、米国法の動向など押さえていないのですから。)ことくらいしか思い浮かびません。まあ、まさかその程度でそこまで、とは思いますが。
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05/08/2009
オリコンと烏賀陽さんとの訴訟に関して、
ともあれ、電話で軽くコメントしたことを勝手に編集され掲載されたものに関して出版社をすっ飛ばして個人に高額の賠償請求をする、というオリコンのやり方が法廷で通用しなかったのは事実です。SLAPP(大企業や団体など力のある勢力が、反対意見や住民運動を封じ込めるため起こす高額の恫喝的訴訟)は不正義であることが結果として示されたのならよいのではないかなと。
なんて仰る方 がいるところが、日本のWeb環境の裾野の広さを表していそうです。
オリコンがこの訴訟を提起したこと自体が問題か否かという点に関しては、烏賀陽さんの反訴請求 が地裁で棄却され、この和解で反訴請求を放棄させられているわけですから、むしろ、本件訴訟提起に関していえば不正義とは言えないことが結果的に示されたとみる方が素直ではないかという気がします。
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城繁幸 さんは,今日も今日とて「年功序列賃金」攻撃を行っているようです。
ただ,年功序列制度があるからこそ,企業は大学新卒者を比較的低賃金で雇い,社内で必要な教育ないし訓練を施すことができるという意味合いがあるのであって,例えば労働基準法を改正して年齢給を禁止した場合,新卒採用が大いに抑制されるおそれがあります。そうなったからといって,新卒の代わりに,正社員経験のない氷河期世代が正社員採用されるようになるのかといえばおそらくそうはならず(社内で必要な教育ないし訓練を施さないと使い物にならないという意味では,新卒とそう変わらないと認識されていますから。),熟練度の高い高齢者の採用が増えていくことでしょう(もちろん,若い世代が労働者として熟練する機会を与えないのですから,それは中長期的には熟練労働者を減少させることになり,企業の首を絞めていくことになりますが,労働者の流動性が高い社会では,非熟練労働者を熟練させるために費用をかける企業より,他社が熟練させた労働者を,その他社が提示する給与より高い給与額を提示してこれを引き抜くことが効率的ということになりますから,若年労働者に手厚い社員教育を施して労働者として熟練させていく企業は市場において劣位に立たされることになります。)。
若いうちから,年功序列制度のない個人事業主として働いている人間からすれば,一定の経験を積むまでの間は,単価云々以上に,仕事をとってくることが大変だということ(その種の仕事に関しては,顧客もまた,担当者がある程度年をとっていることを望む傾向が高い。)を知っているので(例えば,1年目の弁護士が30年目の弁護士と同じ時間単価で仕事を取りに行っても,30年目の弁護士と同じだけの仕事を依頼されるという事態は通常ありません。),ある程度の年功序列は,却って若年層の利益になっていることを理解しているのだと思いますが。
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04/08/2009
烏賀陽弘道さんのウェブサイト において、オリコンと烏賀陽さんの訴訟に関し、
●2009年8月3日 烏賀陽勝訴しました。
東京高裁でオリコンは判決を待たずに自らが「敗訴」を宣言する「請求放棄」をしました。法的には「自分の請求(提訴)には理由がないので、提訴を放棄する」という宣言です。33ヶ月にわたって争われてきた「オリコン裁判」はオリコンの敗北宣言で終結しました。
訴えは提起してみたが敗色濃厚という場合に、敗訴判決を受けて理由中で自分たちの主張が裁判所により次々排斥されるのを回避するために請求を放棄するという手法はたまに採用されるので、「へぇ。控訴審でよっぽど反撃に成功したのだなあ」と思っていました。しかし、どうも新聞報道を見ると、そうではないようです。
毎日新聞の報道 によると、
和解条項によると、▽サイゾーは烏賀陽さんに対し、了解を得ないまま掲載したことを謝罪し、損害賠償金として500万円を支払う▽サイゾーはオリコンに対し、音楽ヒットチャートの信頼性について、読者に誤解を与えたことを謝罪する▽オリコンは損害賠償請求を放棄し、烏賀陽さんはオリコンに対する反訴請求を放棄する。
とのことです。これだと、和解を行うにあたり、オリコンは、烏賀陽さんによる不正確なコメントがサイゾーに掲載されたことによる被害回復については、そのコメント内容が不正確であることをサイゾーが認めて謝罪したことにより満足することとしたというだけの話に見えます(「原告は、その余の請求を放棄する」というのは、和解条項に記載する定型文言です。)。
そうだとすると、控訴審から訴訟参加してきたサイゾーが責任を引き受けたというだけの話であって、そのコメント内容が読者に誤解を与えた(即ち不正確であった)ことは認めさせられてしまったのですから、ジャーナリズム的には実質的に「負け」なのではないかという気がしてしまいます。
いずれにせよ、この和解条項をもって、「オリコン裁判」はオリコンの敗北宣言で終結しました と表現することによって、烏賀陽さんは、ジャーナリストとしての信頼性を損ねてしまったのではないかと思われてなりません。
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02/08/2009
明治大学法学部で担当している「法・情報・社会A」の採点を終えました。事務局からは書留郵便で送付するようにとの指示がありましたので,提出作業自体は明日行いますが。
いままでゼミは中大で担当していましたが,講義系は初めてだったので,いわば手探りの状態でした。このため,レベル設定をどうしたものかということは授業準備においても悩みの種でしたし,試験問題をつくるにあたっても悩みの種でした(○×問題を作成されている方も多いのは知っているのですが,法学系って,本当に重要な問題には絶対的な正解がないので,○×問題ってちょっと抵抗がありました。)。
で,採点をしてみても感想ですが,旧司法試験もなくなり答案作成のテクニックが伝授されなくなっているせいなのかもしれませんが,淡白に過ぎるなあと思いました。論述系の問題って,何はともあれある程度の分量を書かないと得点を加点しようがないのですから,解答用紙の表面に文字がびっしり詰まるくらいは書いて欲しかったなあとはまず思いました(私とかは,論文試験用の訓練をしていましたから1時間に3000〜3500字くらい手書きで書けましたが,そのような訓練をしていないとはいえ,1000〜1500字くらいは書きましょう。)。また,「問」と「答え」とを形式的に対応させることも,内容以前のテクニックとして重要です。
あと,この問題 であれば,最低限度公職選挙法には言及して欲しかったところです。
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01/08/2009
人材コンサルタントである城繁幸さんは,就職氷河期世代に属し,新卒時に正社員採用されなかった人々向けの教育プログラムを考案するとともに,そのような教育を終了した人材を採用するように直接企業に働きかけることが可能なのだろうと思うのです(といいますか,それこそ人材コンサルタントが行うべき仕事ではないですか。)。新卒採用中心主義なんて法律で決められた話ではないし,整理解雇が規制されていることから直接導き出されるものでもないのだから,現行法の下でも,新卒時に正社員採用されなかった人々を正社員として採用した方が大学新卒を採用するより,低いコストで優秀な人材を集めることができると企業に認識させることができれば,それは,十分可能なのだろうと思います。そして,新卒採用をやめて,新卒時に正社員採用されなかった人々を正社員として採用とすることにした企業から喜びの声が広く寄せられるようになれば,そういう動きが自然と広まってくるのではないかという気がします(法律事務所の事務職員のように,伝統的に,中途採用中心主義がとられている分野も実在することですし。)。
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30/07/2009
Stephen J. Choi, G. Mitu Gulati, Eric A. Posnerによる「ARE JUDGES OVERPAID? A SKEPTICAL RESPONSE TO THE JUDICIAL SALARY DEBATE 」という論文が話題になっているようです。要は、「裁判官は給料をもらいすぎか」というお話しです。
Abstractをみると、
Theory suggests that increasing judicial salaries will improve judicial performance only if judges can be sanctioned for performing inadequately or if the appointments process reliably screens out low-ability candidates.
とあるわけですが、日本の裁判官の場合、パフォーマンスが悪くてもせいぜい左遷くらいしかされないし(憲法上特別に身分保障されていますから、当然のですが。)、修習期間が短くなると能力の低い志願者をふるい分けることができなくなっていく危険が増えていくなあ等々と思ってしまうところがないわけではありません。
そうでなくとも、弁護士の所得水準が下がっていくと、裁判官や検察官の給与水準を、他の官庁の国家Ⅰ種組の給与水準よりも高く置いておく理由ってなくなっていくのだろうという感じがしてしまいます。ただ、そこでもたらされる結論って、裁判官の給与水準を引き上げてもそのパフォーマンスは改善されない(だから給与水準を引き上げても無意味)という絶望であって、裁判官の給与水準を低いままに置いておいてもパフォーマンスが改善されるという希望ではないのが、辛いところです。
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29/07/2009
池田信夫さんがアゴラでのご自身のエントリー のコメント欄で次のように述べています。
TBで指摘がありましたが、私もこの岡田発言には驚きました。配偶者控除や扶養控除に問題があり、特に所得制限が主婦の労働意欲を阻害していることは事実ですが、それを子供手当とリンクすると、「子供を産まない(あるいは産めない)主婦は罰金を払え」というのと同じです。
むしろ,この池田さんの発言の方が驚きなのではないでしょうか。配偶者控除が廃止されることによって負担増となるのは主婦ではなくてその夫だということはさておくとしても,特定の控除が受けられなくなることと罰金を科されることとを同視するのは一般的ではありません。それは特定の税控除をいわば「既得権」と捉えることを前提とした考え方であり,日頃の池田さんの御主張とは相容れないのではないかという気もします。更にいえば,民主党案では,子供がいようといまいと配偶者が専業主婦であることでは控除しないこととするというだけで,「子供を産まない(あるいは産めない)主婦」に対してのみ特別な負担を強いるものではありません。
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24/07/2009
一時期、日本のブログ界では、医師が医療行為に関連して患者を死に至らしめたことで刑事責任を問われるのは先進国では日本くらいなものだという言説が散見されたと記憶していますが、Micheal Jacsonの氏に関して、担当医の刑事責任を問えないかということが米国では問題となっており、警察は捜査活動を行っているようです 。
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20/07/2009
「人質司法」というのは「誘導尋問」とは異なり正式な法令用語ではありませんのでどのように定義しようと間違いだとは言えないのかもしれませんが,「人質」という言葉の持つ,「第三者に対し、義務のない行為をすること又は権利を行わないことを要求」するために人の身柄を拘束するという目的指向的な要素を捨象した定義というのは的を外しているような気がしてなりません(なお,法令用語として「人質」との語が用いられている例としては,人質による強要行為等の処罰に関する法律があり,そこでは,第三者に対して義務のない行為をすること又は権利を行わないことを要求するための人質にする目的で行う逮捕・監禁の法定刑を,通常の逮捕監禁罪のそれより引き上げています。)。
「第三者に対し、義務のない行為をすること又は権利を行わないことを要求」するという要素を「人質司法」という概念から除外する目的が,「人質司法」として非難の的になっている一連の行為のうち警察・検察が主としてになっているものを「人質司法」の枠の外に置いてみせることによって,「人質司法は裁判所の問題。人質司法に関して警察・検察を責めるのはお門違い」ということを言いたいということにしかないのだとすれば,とても度量の狭い話のように思います。
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18/07/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授は,次のように 述べています。
検察官や警察官が被疑者を逮捕しようと思えば、普通は、裁判官に逮捕状の発付を請求し、検察官が被疑者を勾留しようと思えば、裁判官に勾留を請求する必要がありますが、裁判官がその請求を認めなければそれまでです。
被疑者を釈放しなければなりません。
つまり、裁判官が身柄拘束を認めなければ、警察官や検察官だけで人質司法などやりようがないのです。
その意味で、ウィキペディアが検察庁を人質司法の主体のように見ているのはやや的外れという感じがします。
脇役の一人ではありますが。
人質司法が裁判官の問題だとしますと、人質司法と取調べ可視化の問題は直接的な関係を持ちません。
取調べの可視化は警察官や検察官による取調べの適正を確保することについては有効ですが、供述の信用性の確保を担保するものではありません。
となると、取調の完全可視化(全面録画)が実施されたとしても、裁判官の意識が変わらない限り、人質司法は依然として残ることになります。
矢部教授は,以前その開設する匿名電子掲示板で
知らないのなら黙っていればいいのだが、刑法と刑事訴訟法くらいは知ってるという思いがあるからか、分かっているつもりになっているらしい。
とりあえず人質司法からいってみようかと考えています。
問題の切り分けができない小倉弁護士は、人質司法が誰の問題なのか分かっていないようです
と仰っていたので,人質司法に関して素晴らしい知見が聞けるのかと期待していましたが,すっかり拍子抜けです。
人質司法の「人質」司法たるゆえんは,被疑者・被告人の身柄が拘束されていることに乗じて被疑者・被告人に対し義務のないことを行いまたは正当な権利を行使しないことを明示的にまたは黙示的に求める点にあります。そして,その主体は,捜査段階では警察・検察であり,公判段階では検察と裁判所ということになります。前者は,自らの見込みに従って作成した自白調書に署名・押印することを求め,後者は,少なくとも検察側立証を早期に終わらせる(そのためにできるだけ多くの供述調書を同意する)ことを求めるわけです。
例えば,西日本新聞は,「開廷を前に 点検・裁判員制度<7>人質司法 否認すれば出られない」という記事 の中で,
「起訴猶予になるような調書を作るから、協力しろ」「約束する。10日間で出してやる」
昨年11月、鹿児島県警に出資法違反容疑で逮捕された女性(48)は、取調官から、身柄拘束からの解放を条件に、自白を促されたという。
と報じています。これなんかは典型的な「人質司法」の悪い面が出た例ですが,それが主として裁判官の問題だといわれても,にわかには納得しがたいところです。起訴後,この女性が起訴事実を認める内容の上申書を提出するまで,再三の保釈請求にもかかわらず保釈を認めなかった(それゆえ,この女性は,意に沿わない内容の上記上申書を提出し,執行猶予つきの有罪判決を甘んじて受けることとなった)点については,罪証隠滅のおそれがあるとして保釈に反対する意見を出し続けた検察官と,その検察官の意見を聞き入れ続けた裁判官とのいわば「共犯」と評価しても良いとは思いますが。
そして,捜査段階での人質司法的な手法を防ぐためには,警察・検察に対し,身柄拘束と絡めて「自白」を促すことを改めて禁止するとともに,取調べ状況を録画したビデオにより,特定の取調べ担当官が身柄拘束と絡める形で「自白」を促していたことが発覚した場合には,当該取調官をしかるべく処分することが必要です。あら,人質司法と取調べ可視化の問題がリンクしてしまいました。
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矢部善朗創価大学法科大学院教授は,その開設する2ちゃんねる型匿名電子掲示板で次のように 述べています。
ところで、刑事事件ばかりやっている検事でも、一応一人前になるには5年程度かかります。
刑事事件の経験密度で言えば、知財関係の事務所の若手弁護士と検事では100倍くらいの違いがあるかも知れません。
要するに、その程度の経験で刑事事件のディープな部分を語られてもな〜という思いを持つのは私だけではないと思います。
謙虚ならまだいいんですが。
刑事事件の経験件数だけでいえば,知財関係の事務所の若手弁護士と検事では100倍くらいの違いがあるかも知れません。ただ,検察官の場合,警察及び裁判官に助けられる度合いが大きい分,1件処理することにより得られる経験密度は弁護士の方が大きいのではないかという気がします。普通の法律事務所だと,検察事務官ほど刑事事件に通暁している事務員も置いていない(まあ,被疑者取り調べの録音録画物のチェックをお願いするとそれを横流ししかねないような事務員も雇っているところもあまりないと思いますが。)ので,各種調査を弁護士自身が行う割合は非常に高いですし。
矢部教授が「刑事事件のディープな部分」を語ったのを拝読したことはないので(まあ,私たちから見ると「ディープな部分」と認識されないことを,矢部教授は「ディープな部分」だと位置づけている可能性がないわけではありませんが。),どうでも良い話ではないかという気もしますが。といいますか,矢部教授のブログは,弁護士を名乗る人のブログでありながら,弁護士としての活躍ぶりを感じさせない希有なブログですので,「刑事事件のディープな部分」など望むべくもないかなという気もしたりなんかします(刑事事件に造詣が深い弁護士のブログの場合,奥村先生にせよ,落合先生にせよ,大崎先生にせよ,刑事弁護人としての活躍の一端がかいま見れるのと,対照的です。)。
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16/07/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授が、その開設する2ちゃんねる型匿名電子掲示板で次のように 述べています。
突っ込みどころが多すぎて、どこから手をつければいいか分からない(^^;
要するに、小倉弁護士は刑事弁護について何も知らない。
知らないのなら黙っていればいいのだが、刑法と刑事訴訟法くらいは知ってるという思いがあるからか、分かっているつもりになっているらしい。
とりあえず人質司法からいってみようかと考えています。
問題の切り分けができない小倉弁護士は、人質司法が誰の問題なのか分かっていないようです。
上記のような発言の方が法的にはやばいのではないかということはさておくとしまして、その前に、刑事弁護について造詣の深い矢部教授には、取調べの可視化を実現するための刑事訴訟法改正案として、どのようなものであれば許容できるのかを、具体的に開陳していただきたいものです。近々行われる衆議院議員選挙の結果公明党が連立与党から外れれば、取調べの可視化を実現するための刑事訴訟法改正が具体的になされる可能性が高くなるのですから。
「人質司法」についても、矢部教授の独自説が拝見できるというのであればそれはそれで楽しみではあるのですが、「誘導尋問」にせよ「人質司法」についても、通説とは異なる定義なり説明なりをされるのであれば、ちゃんと論文にまとめればいいのになあと思ったりはします。
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15/07/2009
saposaposenさんは,「どこまでも陰険なイナゴさんへ」というエントリーについて,
争点関連証拠にモロに該当するのでは?/追記:「諏訪メモ」は「証拠物」(法316条の15第1項1号)で類型的証拠で開示対象では?「取調べメモに該当しないが証拠物として開示対象です。」という訂正を期待したが無駄か。 というはてブコメントをつけてきたようです。
「改正法の最高裁判例と松川事件との関係」はどこに行ってしまったのでしょうか。改正刑事訴訟法に関連した最高裁判例で,「取調べメモに該当しないが証拠物として」開示を命じた例があるのであれば,その判決年月日を紹介して下さい。>saposaposenさん
なお,刑事訴訟法316条の15は,公判前整理手続に関する規定であり,その時点で,「開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項 」を被告人または弁護人が明らかにした上で請求しなければいけないので,松川事件の諏訪メモのようにその存在そのものが隠匿されてしまうと,開示請求をすることすら困難だということになります。
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こちらの法廷傍聴記事 が話題となっているようです。
否認事件とはいえ,主犯が既に執行猶予となっている事案ですから,当該被告人が執行猶予中でもない限り,たとえ有罪認定されても実刑はないだろうということはまあ見えていることですし,これといって証拠が隠滅可能な状態で放置されている事案でもなさそうです。でも,否認していれば長期にわたって身柄を拘束されるのが,我が国の刑事裁判の実情です。
このような人質司法をそのままにしつつ,司法取引が導入されれば,被疑者は実のところ被疑事実を犯していようといまいと,罪を認めて身柄を解放してもらうのが,経済的には合理的だということになります。たとえ被疑者段階で弁護人がついたところで,この点は何ら変わるところがありません。かくして警察・検察は,人質司法をそのままに司法取引が認められれば,無実の人間に刑罰を科すことにつき,弁護人を共犯に引き込むことができることになります。
へえ,あの事件,別の人が真犯人だったのですか。無実の被疑者に司法取引に応じさせた弁護人が悪いんですよね。おれたち警察のせいにしないで下さい。 と責任を弁護人に押しつけることができるわけです。
矢部善朗創価大学法科大学院教授は,即決裁判について,
ともかく即決裁判手続は、必ず弁護人の補佐のもとに被告人が同意するということが大前提になっていますので、制度が適切に運用されるためには弁護人が職責を適切に全うすることが重要です。
と述べています 。人質司法をそのままにしておきつつ,弁護人が職責を適切に全うすることが重要です といわれても,「真実はやっていないのにやったと認めることで早期の身柄解放を目指すのか,長期間身柄拘束を受けることを甘受してでも,やっていないことはやっていないと言い続けるのか」という「究極の選択」を被疑者に強いる役割を弁護人に押しつけるとともに,被疑者が前者を選択し,後に冤罪だったということが判明した場合に,その責任を弁護人に押しつけようというものでしかないように思われます。
警察・検察主導で冤罪をでっち上げて,その責任は弁護人に押しつける。捜査機関側には,誠に好都合の制度のようです。
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saposaposenというIDを用いて,
ならば改正法の最高裁判例と松川事件との関係に言及して。
というはてブコメントを下さった方がいるようです。プロの目から見ると無意味な質問だとわかるわけですが,一般の方はこういう言及がなされていると,私が重要な見落としをしていると誤解されるかもしれません。そこが彼らのねらい目なのでしょう。それに反論するために私が無駄な時間を使えば,それはそれで彼らにとっては好都合なのでしょう。
最判平成19年12月25日,同平成20年06月25日,同平成20年09月30日とも警察官が作成したメモ,備忘録に関するものであるのに対し,松川事件で問題となったのは,共謀がなされたとされている日時に被告人と労使交渉に当たっていた会社側の担当者のメモであって,後者については,倉島記者のスクープがなければ,検察がこれを保管していることすら弁護人にはわからなかったわけで,近時の刑事訴訟法改正は,松川事件のような形で警察・検察が被告人のアリバイ等に関する証拠を隠匿し,握りつぶすことを克服するものとなっていません。
こんなことは,改正刑事訴訟法に関する最高裁判例と,松川事件についての概要を読んでいれば,普通にわかる話だと思うのですよね。でも,矢部教授は,この種の印象操作は問題視しないようです。
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09/07/2009
広告に関する不思議の一つとしては、少なくないレストラン等において、自店の料理人が気まぐれであることをなぜ敢えて公示するのかということがあります。もちろん、形式的には、そのような情報は顧客の誘因に役立つからという回答になるのだと思うのですが、では、その料理店の料理人が一般に又は特定の品目に関して気まぐれであるという情報を得て、そこに何を期待して、その店舗を、またはその品目を選択するのかということが問題となります。
料理人において「気まぐれ」であるということがプラスの要素であるとした場合に、「気まぐれシェフ」と宣伝されている料理長が実は「気まぐれ」でもなんでもなかったときには虚偽広告たり得るのかという問題も生じてきそうです。
でも、「法・情報・社会」の試験問題はもう事務局に送ってしまったので、今年はこの点を聞くことはないですが。
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NHKオンデマンドは苦戦しているようです。
NODは昨年12月のスタート当初、番組購入者を「今年3月に月間8万1000人」と予想(パソコンとテレビの合計)。ところが実際は、3月、4月とも各1万4000人にとどまっている。パソコンでNODを利用するには、無料の会員登録をし、見たい番組を1本105〜315円で選んで購入する(まとめ売りもある)のだが、「会員登録はしても、意外に番組購入のボタンを押してもらえない」(NHKオンデマンド室)という。
とのこと です。ただ,動作環境として,OSがWindows XP かVistaのみ,ブラウザがIE6.0以上,8.0未満のみという時点で,失敗が約束されていたようなものです。これって,アーリーアダプターを端から切り捨てているということですから。この種のサービスって,新しもの好きに飛びつかせて,彼らに布教させるのでないと,だいたいうまくいかないのであって,そう考えると,Win版及びOSX版のFireFoxに対応させるのって,必須だったと思うのです。なんで,GyaOと同じ失敗を繰り返すかなあ。まあ,複数のブラウザに対応させる のって,SEはめんどくさがるので,そこを押し切る人がいなかったのかもしれませんが。
あと,1本105〜315円というのはストリーム配信の値段ではないですね。1時間のコンテンツにこの金額を支払える人は基本忙しいのですから,移動時間や隙間時間に視聴できるように,期間制限があってもいいけれども,可搬型メディアに収蔵できるようにしておくことが必要です。まあ,決定権限のある人の中に,電車通勤している人がいないとわかりにくい発想かもしれませんが。
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08/07/2009
現実空間でのサービスにおいても、顧客の属性にかかわらずそのサービスが提供されるものと、顧客のある種の属性次第でそのサービスが提供されたりされなかったりするものがあります。後者の場合、顧客がその属性を有しているかを何らかの形で確認した上で事業者はその顧客にそのサービスを提供してよいかを判断しているわけですが、各事業者が0からその確認作業を行うケースはそれほど多くはなく、多くの場合、公的機関ないししかるべき規模の民間機関による認証を利用して、その確認作業を行うことになります。例えば、最近はゼミコンパ等をやる際に居酒屋に入ろうとすると、居酒屋側は、学生証の提示によりそのメンバーに未成年者が含まれないことの確認を行うわけですが、これは大学による生年月日の認証を利用して、その顧客が「成年」という属性を有していることの確認をしているわけです。
現実空間で行われているサービスの代替となるサービスが次々とWeb上で提供されるようになれば、その中には、顧客の属性次第で提供したりしなかったりが決定するサービスが含まれていくことは必然的な流れだと思います。しかし、個々のサービス提供者が0からその確認作業を行うのは非効率的です。
そうであるならば、公的機関ないししかるべき規模の民間機関がある種の属性に関して認証を行い、それをWeb上でのサービスの提供者が利用できるようにするということは、0ベースで顧客の属性確認が行える事業者以外にも、その提供の可否が顧客の属性により決定されるサービスの提供を行えるようになるという意味で、Web資本主義の促進にも繋がるのです。
「個人情報を一元管理するサービス」というエントリーについて、「ncc1701」というIDを用いてはてブコメントで恐ろしいことをさらっと言う。目的はともかく、北朝鮮あたりではもう実現してるのでは? と仰る方もおられるのですが、Web資本主義が発達していない北朝鮮ではむしろまだ必要とされていない仕組みだというべきでしょう(政府批判発言を弾圧したいというだけであれば、情報発信者ないし受信者がどこの誰であるかが分かればいいのであって、性別や生年月日などの属性情報は不要だと思いますし。)。
もちろん、Web上ではサービス提供者の属性によりその提供の可否が決定されるサービスなど提供すべきではないというのも一つの考え方だとは思いますが、そうすると、「出会い系」のように、ある一定の年齢以下の顧客に提供することについて社会的な同意が得られていないサービスはWeb上では提供すべきではないという結論へと流れていってしまいます(Web空間での出会い系は、小学生を対象にしたって良いではないかとまでアナーキーな結論って、一部のWeb空間でしか支持されなそうな気がしますし。)。
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07/07/2009
「警察・検察は冤罪をでっち上げないのか」というエントリーについて、
koumet 松川事件・・・昭和24年の事件ですかあ。で、こんな酷い事例に対して警察・検察は未だに何の対策も施してないなんてヒドイ!・・・なわけないでしょうが。
とのはてブコメントがありました。
ただ、基本的には、何の対策も施されていません。米国等とは異なり、わが国では、検察側が手持ち証拠の全てを弁護人に開示していないことが判明しても、被告人は無罪とはなりません。それどころか、弁護側が具体的に検察側手持ち証拠の証拠開示命令の申立てを行っても、裁判所によって却下されることがしばしばです。
また、凶器等の客観証拠のねつ造問題にしても、その証拠物がいつ、どこで発見されたものであるかについては、捜査担当者の報告書に専ら頼っており、嘘をつく気になればいつでも付ける体制になっています。
変わったのは、当時の警察・検察が共産党を敵視したのと同じ程度に現在の警察・検察が敵視している団体等が存在していないという点であって、「冤罪を生み出す余地」については、これといった手は付けられていないというのが実情でしょう。
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読売新聞が、足利事件の初期報道について、検証記事 を公表しています。そこには次のように記載されています。
逮捕を伝える2日朝刊社会面では、「ロリコン趣味の45歳」の見出しで、菅家さんが週末を過ごしていた借家について「少女を扱ったアダルトビデオやポルノ雑誌があるといい、少女趣味を満たすアジトになったらしい」との記事を掲載した。
記事は、県警担当の記者が菅家さん逮捕の約1週間前、県警幹部から取材をした情報がもとになっていた。別の複数の捜査幹部からも「逮捕できるだけの直接証拠ではないが、状況証拠の一つだ」との感触を得ていたことから、菅家さんの逮捕直後に記事にした。
しかし、県警の捜索で少女を扱ったアダルトビデオなどは発見されなかった。このため、翌3日の朝刊社会面の記事で「ロリコン趣味を思わせる内容のものはなかった」と修正したが、菅家さんについての予断や偏見を読者に与えた可能性はある。
このことから分かるのは、当時警察は、世論操作のために、被疑事実とは直接関係のないプライバシー情報に関して、不確かな(という言い方が穏やかすぎるのであれば虚偽の)情報を新聞記者にリークしていたということ、及び、それは現場の一警察官の独断で行われたことではなく、複数の捜査幹部が口裏を合わせていたということです(もちろん、読売の検証記事が真実であれば、という前提でお話しをしています。)。
捜査機関から開示を受けた情報の使用方法について過度の規制がなされる場合、捜査段階でリークされた虚偽情報により被疑者・被告人が毀損された名誉や信用の回復を行うことが難しくなってしまいます。
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警察や検察がどのようにして意図的に冤罪を作り上げるかを知るには,松川事件についての各種ルポを読むと良いでしょう。この事件では,客観証拠(犯行に用いられたとされる器具)自体を警察が作り上げ,また被疑者のアリバイを立証する第三者のメモを検察が長らく隠匿していたわけです。結局,このアリバイメモは,最高裁判決が下される直前に,マスメディアのスクープ報道により隠匿しきれなくなったのですが,そういうことがなければ,検察は被告人らが無実であることを知りながら,彼らを真犯人に仕立てる証拠を作り上げ,また彼らの無実を強く推認させる証拠を隠匿することにより,自分たちと政治的に相容れない被告人を死刑にしてしまうつもりだったわけです。
もちろん,松川事件自体は古い事件ですが,警察・検察が有実を推認させる証拠を捏造しまたは無実を推認させる証拠を隠匿するということは今でも行われています。志布志事件はまだ記憶に新しいところですし,高知白バイ事件等もそのようなものとして広く認識されています。また,警察官三人が飲酒運転のアルコール検知濃度を上げるため口臭防止スプレーを使って検知管を証拠変造・行使した ことが発覚した のは2000年の話です。また,たまたま逮捕される前に真犯人が自供したため事なきを得ましたが,警察が無実の市民を犯罪者に仕立て上げようとした事件として,大阪主婦猫ばば捏造事件 などもあります。これなどは,身内たる真犯人をかばうために,善意の市民を犯人に仕立て上げようとしたわけですが。
【追記】
thermalpaperという方から、 「木を見て森を無視」とのタグと共に、
個別の「捏造があった」という事例は防止策の必要性の根拠にはなるが、「全てが捏造である」根拠にはならない。では弁護士は須く清廉潔白で正義の存在か?
とのはてブコメントを頂いたようです。thermalpaperという方の読解力のもとでは、警察による捜査は「全てが捏造である」と私が主張していたかのように読めたと言うことでしょうか。世の中にはいろいろな方がおられるものです。
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04/07/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授は次のように 述べています。
小倉弁護士は、取調べに対する弁護人の立会権の制度化を支持しています。
立会権を採用した場合には、以下のような因果関係を想定することができます。
立会権の制度化
↓
弁護士が、真犯人に黙秘させたり調書への署名を拒否させる。
↓
真犯人が処罰を免れる。
という因果関係が想定可能であり、これを短絡的にまとめると
立会権の制度化
↓
真犯人が処罰を免れる。
ということになります(あくまでも小倉論法に従えばですよ)。
もちろん,立会権が制度化され,被疑者が捜査機関から暴行脅迫偽計等を受けたことにより自白を余儀なくされることがなくなった場合,自白調書以外の証拠のみからではその被疑者が真犯人である高度の蓋然性があるとまでは言えないときにはその被疑者は処罰を免れることになるでしょう。そのようにして自白を強要されなかったがために処罰を免れた被疑者の中には,真犯人が含まれる可能性があり,その場合においては,立会権の制度化により(そのような制度がなく,捜査機関が思い通りに被疑者を「自白」させることが許されていたとしたら処罰されていたであろう)被疑者が処罰を免れることが生ずることがあり得るとはいいうるでしょう。私は,そのこと自体否定していません(捜査機関の勘が当たっている場合には,「盟神探湯」の結果のみで被疑者を処罰するという仕組みを採用していれば処罰できていた真犯人が,そのような仕組みを採用していないが故に処罰を免れるということだっていえるのです。)
他方,自白調書以外の証拠のみからでは真犯人である高度の蓋然性があるとまでは言えない被疑者が,弁護人の立会いがないが故に捜査機関から暴行脅迫偽計等に屈して捜査機関がその見込みを一人称化して作成した自白調書に署名・捺印してしまい,真犯人として処罰されてしまった場合,通常その被疑者を起訴した段階でその事件についての捜査は終了し,他の者が真犯人ではないか更に捜査を継続することはないので,真犯人が処罰を免れることになります。すなわち,その被疑者が真犯人であるか否かにかかわらず自白調書に署名・捺印してしまう環境をそのまま維持することは,それはそれで真犯人が処罰を免れる余地を生み出すことになります。足利事件は,まさにそうだったわけです。
自白調書以外の証拠のみからではその被疑者が真犯人である高度の蓋然性があるとまでは言えない場合であっても,捜査機関がその被疑者を真犯人であると見込んだのであるからその被疑者はまず真犯人なのだと考えるならば,その被疑者が真犯人であるか否かにかかわらず自白調書に署名・捺印してしまう環境を取り除くことは怪しからんという話になるのでしょうし,そういう場合には真犯人でない蓋然性が低くはないと考える場合は,その被疑者が真犯人であるか否かにかかわらず自白調書に署名・捺印してしまう環境は一日も早く是正すべきだと考えることになるのが普通ですが,その場合でも一般予防を重視して,無実の被疑者に刑に服してもらおうと考える人もいることでしょう。)。
もっとも,前者の考え方を是認するのであれば,むしろ,捜査機関が有罪と見込んだ以上,客観証拠が十分になくとも自白調書抜きで被疑者を処罰することができるとした方が合理的なのではないかと思います。客観証拠が不十分な場合に自白調書がなければ被疑者を処罰できないという制度は,真犯人である被疑者が捜査機関からの暴行脅迫偽計等に耐えてついに自白しなかった場合には,真犯人が処罰を免れる仕組みということになるからです。考えてみれば,捜査機関からの暴行脅迫偽計等に耐えた者のみが処罰を免れ,耐えきれなかった者は処罰されるというのは,およそ合理性を欠く話ですし,むしろ,捜査機関による暴行脅迫偽計等の人権侵害を招来しているという意味で,客観証拠が十分でなくとも捜査機関により真犯人であると見込まれた場合には処罰されるという仕組みの方がまだましだということが言えそうです。
なお,自白調書に署名・押印をしないことにより処罰を免れることができるのは,客観証拠のみではその被疑者が真犯人であるとの高度の蓋然性があるとまではいえない場合だけであり,それはその被疑者が真犯人である場合にはそれほど発生頻度の高いものではないのに対し,その被疑者を真犯人だとする確実な客観証拠がなくとも,その被疑者が真犯人であるか否かにかかわらず自白調書に署名・捺印してしまう環境を維持することにより被疑者を自白に追い込み刑事罰を課すことができる制度の下では,かなり広範な場合について冤罪を生み出すことができます。そのあたりの差異を捨象してしまうあたりが,何とも言えません。
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02/07/2009
やはり、自分の見解を具体的に明示してしまうと批判されやすいのが分かっているからこそ、質問者を人格攻撃することで誤魔化そうとしていたのだなあと思う今日この頃です。
自分に品位を欠く取り巻き(知財・IT畑の弁護士に対してウィグモアの「証拠法」を読まないことをなじってみせる人たちは、ウィグモアの「証拠法」を読んでいない刑事法担当の大学教授をどう見ているのか、分からないのですが。)が複数いて、相手に品位を欠くアンチが複数いるときに可能な手法ですが、そういう手法をとることで具体的な議論から逃げているようでは、どこまでも堕落していくのではないかという気がしてなりません。
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野党共同提案にかかる刑事訴訟法改正案につき,取調べ状況の録音・録画物についての管理方法に問題がある云々としてこれを批判する人もいるようです。
ただ,弁護人としては,その事件に関する他の記録とともに事務所内のロッカーまたは貸倉庫に収蔵するか,刑事事件を多く受任する弁護士の場合別途DVD保管用のケースを用意してそこに保管するかしかないわけで,逆に言うと,それ以上何を望むのだという気がします。
その利用方法にしても,情報主体たる被疑者・被告人の意に反してこれを漏洩させなければ本来とやかく言われる必要がないはずであって,事務員等に命じてその内容を閲覧させて問題となりそうな点をピックアップさせたり,反訳業者に委託してそこで語られたことを正確かつ網羅的にテキスト化したり,心理学者等に委託して取調べ時の被疑者の精神の抑圧状態について鑑定してもらったりすることが禁止されるいわれはないように思います。そういう意味で,弁護活動に必要な範囲内での取調べ録音物の第三者への交付を容認する上記刑事訴訟法改正案は現実的だということができます。
そのような利用のされ方をするのはけしからんとお考えの方は,具体的に,このような利用方法は禁止する,あるいはこのような利用方法(例えば,弁護人のみが,逐一裁判所等の施設に赴いて,その取調べ状況を撮影したDVDの全てを,等速で再生して閲覧する等)しか認めないということを,修正案として提示したらよい話だと思ったりします。具体案が提示されれば,そこまで規制する必要があるのか,そこまで規制すると,せっかくの録音録画物が,不正な方法で自白調書を作成された被告人を救出するために活用できなくなるのではないかとか,そういう議論がそこからできることになります。
もっとも,この辺の話も,結局反対しにくい総論を潰すための各論潰しである可能性が高いので,そういう実のある議論というのはなされないのだろうなあという感じはします。何たって,捜査機関側にとっては,取調室で何を言おうと何をやろうと,公判廷で知らぬ存ぜぬを決め込んでしまえば無問題という現状が永続してくれればよいのですから。
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01/07/2009
mohnoさんが、はてブコメントとして、本質的じゃないんだから、取調べの話に戻りませんかね。 と述べています 。
でも、矢部教授にそれを求めるのって難しいのではないかという気がします。制度論って、話を具体化させればさせるほど、旗幟を鮮明にすることが求められていくからです。そして、冤罪を生み出す余地をどこまで残したいと思っているのかが明らかになってしまうからです。
例えば、取調べの最中に録音録画が中断された場合には、その間に暴行・脅迫・偽計等がなされたことにより虚偽自白を余儀なくされたとしても後にその点を争うことが事実上困難となる(被告人と捜査機関側とで水掛け論になれば職業裁判官は捜査機関側の意見を信頼して自白の任意性を肯定する蓋然性が高い。)という現実を前提にして、そのようなリスクを冒してでも、自分が選任した弁護人に気兼ねなく、捜査機関側の人間と雑談を楽しみたいという被疑者が存在する以上、その希望は叶えられるべきだという議論はありうると思います。ただ、それを、取り調べの全面録画義務化の例外として刑事訴訟法改正案に組み入れるか否かを検討するにあたっては、無実の罪で刑罰を課されるリスクを高めてでも弁護人の目を気にすることなく捜査機関側の人間と雑談を楽しみたい被疑者がどの程度いるのか、そして、そのような雑談好きの被疑者の希望は、捜査機関側が偽計等を用いてまず録画の停止を被疑者に承諾させた上で、録画の停止後、暴行・脅迫・偽計等の方法により虚偽自白を強要するという活路を冤罪好きの捜査官らに与えてまで叶えてあげるべきものなのか等を検討する必要があろうかと思いますし、実装段階では、どのような要件の下で、どのような手続がとられた場合には、その被疑者は、虚偽自白を強要されるリスクを負ってでも捜査機関側の人間との雑談を楽しみたいと真に願っていると考えられ、かつ、その結果まんまと虚偽自白を強要され無実の罪で刑に処せられたとしても自己責任として切って捨てることが是認されるのかを論じていくことが必要となろうかと思います。
でも、矢部教授は、捜査機関側の常連コメンテーターを切り捨てることも出来ない一方、冤罪好きの汚名を着る度量もないから、では具体的にどうするのかという点は、なかなかお答えにならないのではないかという気がします。
【追記】
「 thermalpaper 」という方が、ブクマコメンとで
経験に基づかない独自の妄想は見苦しいので、弁護士なら根拠を示しながら話しましょうね。↑意味不明です。「弁護人に知られたくない話を取調官にする被疑者」は存在しますがね。そのための開示拒否権の主張です。 と述べています。ただ、上記エントリーは、そういう人も中にはいたとしても通用する話なので、これに対する批判としては的が外れています。その希望は、捜査機関により悪用される危険をおしてまで認めてあげるべき話なのかを論じた上で、捜査機関による悪用をなるべく防ぐためにはどのような要件、どのような手続が必要なのかを具体的に提示する必要があるのです(「取調べの最中に、「取調べ状況を録画したDVDの開示を弁護士に少しでも見せたら、お前の家族がどうなっても知らないぞ」と捜査官が脅して一切を見せない運用をすることだって十分あり得るのですから。)。
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29/06/2009
前回のエントリーについて,矢部善朗創価大学法科大学院教授から次のようなコメントを頂きました。
誘導尋問と言うかどうかは本質的な問題ではありません。
あなたの質問が刑事訴訟規則または民事訴訟規則にいうところの誘導尋問でないことは当初から自明です。
まさかそんなレベルで議論していたのですか?
私の「野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?」という質問を矢部教授が「誘導尋問」だといったからそれは誘導尋問ではないと私は反論をした,そうしたら,矢部教授が「「法律家の業界では、証人がYESかNOで答えられる質問」を誘導尋問と言う」だの ,「回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません」だの と言い始めたわけです。
それが,矢部教授の「誘導尋問」についての理解が一般のそれと食い違っていることをいよいよ隠せなくなってきたら,
誘導尋問と言うかどうかは本質的な問題ではありません。
ですか。
もちろん,証人尋問においては証人に意見を求めることはしないわけですが,その点を重視するのであれば,「野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?」という質問について矢部教授が「誘導尋問」という表現を用いたこと自体が失当だと言うことになります。
なお,意見を求める質問についても,証人尋問における「誘導尋問」という語をパラレルに当てはめるのであれば,はやり,敵対的ではない回答者に対し質問者が望む答えを暗示するという要素があることは欠かせないのではないかと思います。
追記
矢部教授のブログって,昔は弁護士等によるコメントもいろいろ投稿されていたのですね。でも,「死に神」論争で死刑反対論者がパージされたあたりからでしょうか,普通の弁護士がコメントを投稿したくなる雰囲気でなくなったのは。
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28/06/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授は、また、「自らの誤読、ねつ造、名誉毀損体質を自分自身で証明している小倉秀夫弁護士 」というタイトルのエントリーをアップロードして、私への中傷に必死です。ひょっとしたら、「誘導尋問」とは何たるやを理解していなかった自分についての弁明なのかも知れませんが。
小倉弁護士が、法廷ではなく、自分のブログに書いた
野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?
という質問が「誘導尋問」かどうかです。
とのことなのですが、「議論における誘導尋問」の内容が「証人尋問における誘導尋問」とは全く別物であるとお考えなのでしたら、「
小倉秀夫弁護士のための誘導尋問講座 」とのエントリーで、「証人尋問における誘導尋問」に関するものであるウィグモアの定義や広島高裁松江支部の定義、あるいは、渡辺直樹弁護士の説明を紹介した上で、
以上の定義から明らかですが という言葉を用いて自説を説明すべきではなかったといわざるを得ません。
さらにいうと、矢部教授が「議論における誘導尋問」と呼ぶものに「誘導尋問」という言葉を用いることの妥当性も問題とされるべきでしょう。通常の「誘導尋問」は、その質問が証人に対して尋問者が欲している特定の答えを示唆しているために,実際の記憶にかかわらずそのような回答がなされてしまう(そのことによって証人の記憶と異なる回答がなされてしまう)ということが問題となるものであり、尋問者と回答者が友好的であるが故に問題が生じうるものであるのに対し、矢部教授が「議論における誘導尋問」と呼ぶものはそれとは正反対のベクトルを持つものだからです。
なお、
○○という改正案に無条件で賛成されますか
という質問に対しては、普通の大人は、
はい。賛成します。
いいえ、無条件では賛成しません
という回答をすることが可能であり、後者については、さらに、
私は、この改正案の「●●」という部分に「▲▲」という問題を見逃すことができませんので、この部分が「◎◎」となったら賛成できます。
とか、
そもそもこの改正案のコア部分である「◆◆」という考え方に賛同できません。
等の理由を付けて答えることができます。といいますか、そういう議論の展開こそが通常想定されるものです。
もちろん、例えばラジオボタンが用意されていて、単に「はい」か「いいえ」かしか答えようがないような仕組みとなっていて、かつ、「いいえ」答えた場合には、改正案のコア部分である「◆◆」という考え方に賛同できないものとラベリングされて一切の弁明の余地が与えられないというのであれば、矢部教授の危惧も分からないではないのですが、「議論」を行うときにそのようなルール設定がなされることは通常ありません(というか、それは議論ではありません。)。
ですから、まず叩き台としての案が提示され、これに無条件で賛成するか否かから入ることを「議論における誘導尋問」などと表現して、これを非難するという行動パターンは、一般にとられていません。従って、矢部教授が「議論における誘導尋問」と呼ぶ概念って、矢部教授とそのお取り巻き以外には通用しない概念なのではないかと思います。
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矢部善朗創価大学法科大学院教授は,「小倉秀夫弁護士のための誘導尋問講座 」というエントリーを立ち上げておられました。そこでは,誘導尋問の定義として,
誘導尋問とは,特定の答えを期待して自由記述方式の質問を回避して押し付けないし暗示を用いる質問。
というウィグモアの定義や,
言語、音声、態度、形式等特殊な発問方法により相手方をして発問者の意図する事実を故意に供述させるような尋問方法
という広島高裁松江支部の定義を紹介されており,また,私が紹介した渡辺直樹弁護士の論考の更に一部を紹介した上で,
つまり、以上の定義から明らかですが、誘導尋問の目的は、質問者の思惑通りの回答を得ることにあるのであり、回答を暗示するということはその典型的な方法ではありますが、別の方法もありますので、回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。
そして、回答を誘導するための具体的な手段がYES・NOに代表される二者択一の質問形式であるわけです。(この点については誘導尋問は、回答範囲を限定する質問によって回答を誘導しようとするものである。を参照)
と述べています。ウィグモアの定義も,広島高裁松江支部の定義も,また渡辺直樹弁護士による解説も,「証人尋問における誘導尋問」に関するものであって,「議論における誘導尋問」に関するものではありません(議論をするにあたってどのような手法が用いられようが,それは法律が本来関与すべきものではありません。)。したがって,それらを参照した上で矢部教授が行った「回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。」等の説明は,「証人尋問における誘導尋問」に関するものだと読むのが通常です。
矢部教授は,誘導尋問の目的は、質問者の思惑通りの回答を得ることにあるのであり、回答を暗示するということはその典型的な方法ではありますが、別の方法もありますので、回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。 との結論を,以上の定義から明らかです と言っているのですから,ウィグモアの定義や,広島高裁松江支部の定義,渡辺弁護士の説明が前提としている,敵対的でない証人に対する主尋問における「誘導尋問」について,矢部教授は,回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。 といっているものと読むのが通常です。
ところが,「証人尋問における誘導尋問と議論における誘導尋問の違いが分からない小倉弁護士 」というエントリーでは,
これに対し、小倉弁護士が引用しているCleveland弁護士の説明も渡辺直樹弁護士の説明も訴訟における証人尋問を前提にしている説明です。
当然、事実を暗示することが誘導尋問の手段になります。
この点において、私も全く同様の理解です。
と述べられています。「えっ!」という感じです。ウィグモアの定義や広島高裁松江支部の定義から明らかだと言い放った「誘導尋問」についての本質論は,「訴訟における証人尋問を前提」とするものではなかったのですか?
誤読だ,曲解だ,捏造だとの人格攻撃を矢部教授から受け続けているのですが,ウィグモアの定義や広島高裁松江支部の定義から明らかだと言い放った「回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。」等の説明を訴訟における証人尋問を前提としたものではないと読めというのは不可能を強いるものであって,その文章が客観的にどのように通常読まれうるものであっても書き手の真意と異なる理解をした場合には誤読,曲解,捏造だ,恥の上塗りだといわれても,「困った人だなあ。ひょっとしたら,本当に,『証人尋問における誘導尋問』の理解を間違えていたのではないかなあ。でも,法科大学院で刑事法を担当する大学教授でそれって普通あり得ないよなあ」という感じにしかなりません。
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27/06/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授が,「証人尋問における誘導尋問と議論における誘導尋問の違いが分からない小倉弁護士 」というエントリーを立ち上げて,私に対する個人攻撃に執着しているようです。つくづく,新興宗教というのは人の心を平穏にしないものだなあ,と思ってしまいます。
矢部教授が「証人尋問」という言葉を従前用いられてきたのと全く別の意味で用いるのはご自由かもしれませんが(まあ,「誘導尋問」のように専門家の間でその意味範囲についてだいたいのコンセンサスが得られている言葉をそれと異なる意味で用いるときは,そのたびごとに鉤括弧でくくるなどして通常の用法とは違いのだということを最低限明示すべきだし,その言葉をその意味で用いることに特に意味があるのでない場合,混乱を回避するために差し控えるべきだとは思います。),矢部教授の一連のエントリーや各所でのコメントを読んだ上で,矢部教授が「誘導尋問」の本来的な意味を誤解していたのではなく,本来的な意味を知った上でそれとは異なる意味で「誘導尋問」という言葉を鉤括弧もつけることなく用いていたということを理解できなかったとして,それがなぜ「恥の上塗り」になるのか,私には理解できないところです。むしろ,彼の「応援団」であるハスカップさんを含めて刑訴規則等でいうところの「誘導尋問」に関する話がなされていて,いざ「回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。」との説明が間違いであるということが文献によって提示された段階になって,「証人尋問における誘導尋問と議論における誘導尋問の違い」なんてことを言い出されても,苦し紛れの弁明にしか見えてきません。
また,矢部教授は,「取調べ可視化の意味について 」というエントリーにおいて,
小倉弁護士は、これまでしきりに捜査官の違法な取調べを強調していますが(まるで捜査官は違法な取調べをするものであるとでも言いそうです)、小倉弁護士は、捜査官が違法な取調べをできなくなることをもって捜査官に不利になると考えているのでしょうか?もしそうなら小倉弁護士は取調べ全面録画反対論を全く理解していないことになります。つまりいつもの藁人形論法になります。
と述べています。まあ,建前論として,「一度捕まえてきた被疑者は,真犯人であろうとなかろうとお構いなしに,これまで通り密室で違法な取調べをして無理矢理にでも自白させて,有罪に持ち込みたいから,取調べ全面録画反対」とはいわないでしょう。だからこそ,「被疑者と取調官の信頼関係」だの「被疑者のプライバシー」だのという,「被疑者が自白に至った後の録画はOKだが,被疑者が自白に至る過程の録画はNGとなる」理由とはなり得ない理由を掲げざるを得ないのでしょう(普通に考えると,被疑者が頑強に否認している状態よりも,被疑者が自白に転じた後の方が,被疑者の口から被疑者や関係者のプライバシー情報等が語られる蓋然性が高いと思います。)。
矢部教授は,
私は、これまで何度も説明しいるのですが、私のいうバランス論は、捜査側と被疑者側のバランスではありません。
小坂井弁護士が引用文の最後で指摘しているように刑事訴訟法1条の理念の問題、すなわち、実体的真実の発見と被疑者被告人の人権保障のバランスを言っているのです。
とも仰っているのですが,その引用文
「捜査構造論として、糺問的捜査観、弾劾的捜査観、訴訟的捜査構造論といった見解が唱えられている。しかし、『取調べ可視化』それ自体は、『価値中立的』であって、いずれの見解とも整合しうる」。「すなわち、可視化は、被疑者を『主体』足りえる環境を整備すると同時に、被疑者を直ちに『客体』にすることをも可能にする」もので、「それ自体は、真実主義に親和し、むしろ『敵に塩を送る』制度だ」といえるくらいである。したがって、「可視化によって、理念としての捜査の構造は、何も変わらない」。「要するに、可視化は『公正・適正・正確』、すなわち、『刑事司法の尊厳』に奉仕するが、それ以上でもそれ以下でもない。可視化は、攻撃と防御の双方にとって等距離・等価値のもので、全体のシステム・機能を‥‥毀損させなどしない」。そしてこのような認識にもとづき、「『理念としての捜査構造』を何ら変えないものは、直ちに実現すべきで、裁判員制度の導入と同時にこれを実現させることに障害があるとは思われない。『取調べ可視化』は、『我が国の刑事司法の使命』、すなわち、刑事訴訟法1条の理念に極めて適合的」
を普通に読むと,小坂井弁護士は,『取調べ可視化』を導入することそれ自体が「刑事訴訟法1条の理念に極めて適合的」としているのであって,「『取調べの可視化』を導入するのであれば,別途実体的真実の発見と被疑者被告人の人権保障のバランスをとるべきである」云々とは述べていないように思われます。
なお,矢部教授においては,
取調べの全てを録画してそれを開示することには到底賛成できません。
その最大の理由は、被疑者及び第三者のプライバシー侵害の危険が大きすぎるからです。
としつつ,
そこで私案ですが、現在、取調べにおいて弁護人の立会いは認められていませんが、調書の作成時においてだけ弁護人の立会いを認め、弁護人が連署した調書の任意性は原則として争うことができなくなることにしてしまうのです。
との提案 をされており,人質司法を利用した虚偽自白取得の構造を維持しつつ,調書作成のときだけ弁護人の立ち会いを認めて,弁護人を冤罪でっち上げの共犯にしてしまおうとしていた過去があります。また,
それでは刑事による厳しい取調べは一概に非難されるべきなのでしょうか。
私はそうは思わないのです。少なくとも現状においては。
といってみたり しているようです。取調べの過程では,弁護人は見せられないような「厳しい取調べ」を行うことを肯定しつつ,(弁護人が帰ったらまた同じような「厳しい取調べ」を受けるため短時間弁護人が同席するだけでは必ずしも「厳しい取調べ」で生じた捜査官と被疑者との間の心理的な「支配ー被支配」という状況が解消されないという状態において,「調書の作成時においてだけ弁護人の立会いを認め、弁護人が連署した調書」については後に任意性を争うことを許さない──そういう制度が導入されていれば,がんがん冤罪を生み出すことができてさぞ捜査機関の士気は上がることでしょう。
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26/06/2009
2004年から2005年にかけてAILA Asylum Committeeの議長を務めたこともあるDavid L. Cleveland弁護士が,「What Is A Leading Question 」という文章を公表して,何をもって誘導尋問とするかについての米国の裁判例を整理しています。そので引用されているUnited States v. Durham, 319 F.2d 590, 592 (4th Cir. 1963)では,Wigmoreの「証拠法」を参照しつつ,
The essential test of a leading question is whether it so suggests to the witness the specific tenor of the reply desired by counsel that such a reply is likely to be given irrespective of an actual memory. The evil to be avoided is that of supplying a false memory for the witness.
と判示しています。すなわち,誘導尋問か否かを判断する上で欠かせない要素として,その質問が証人に対して尋問者が欲している特定の答えを示唆しているために,実際の記憶にかかわらずそのような回答がなされそうか否かということがあげられています。誘導尋問を制限することにより回避されるべき害悪は,「証人に間違った記憶を供給すること」と捉えられているわけです。
さらに,Cleveland弁護士は,State of Maine v. Weese, 424 A.2d 705, 708, 1981 Me. LEXIS 718 (Supreme Court of Maine, 1981)を紹介して,
The court stated that a question is not leading "merely because it calls for the witness to respond with a simple ‘yes’ or ‘no.’" 424 A.2d 705, 709.
The court further explained that a question is leading "when it encourages the witness to adopt as his answer an assertion implicit in the question rather than to state the witness’s own recollection. Every question is leading in the sense that it directs the witness’s attention to a particular event or topic. " 424 A.2d at 709.
と述べています。証人自身の記憶を述べるよりも,質問の中に暗示されている主張を証人の答えとして採用してしまうことを奨励してしまうときに,その質問は誘導尋問になるとしています。
このように見ていくと,特定の法律案に無条件に賛成するかを端的に尋ねる質問が「誘導尋問」にあたらないことは明らかだと思います。
創価大学だけは,その法科大学院の教授で刑事法を担当される矢部善朗教授 が,
誘導尋問の目的は、質問者の思惑通りの回答を得ることにあるのであり、回答を暗示するということはその典型的な方法ではありますが、別の方法もありますので、回答を暗示するということは、誘導尋問の本質的要素ではありません。
との独自説にご執心なので,世界標準とは異なる「誘導尋問」概念がまかり通るのかもしれませんが。
渡辺弁護士は,
このような質問も,前述の質問と同様,尋問者から答えるための情報が提供されていて,証人はこれに対して「はい」「いいえ」を述べるだけである。本来は証人が裁判官に対して情報を提供すべきであるのに,誘導尋問においては,実際には尋問者が情報を提供して,証人には「はい」「いいえ」とのみ答えさせることによって,問答全体としては形式的には証人が答えた情報として裁判官に提供させるものである。
とは言え,誘導尋問になるか否かは微妙であり,言葉の調子,イントネーション,強弱などにより左右されうる。例えば,「あなたは彼を殴りましたか」という質問に対しては「イエス」「ノー」いずれの答えも暗示されていないため誘導尋問とならないが,「あなたは彼を殴りませんでしたよね」という質問は「殴りませんでした」という答えを暗示しているため誘導尋問となるのである。
といっているのに,
誘導尋問においては,実際には尋問者が情報を提供して,証人には「はい」「いいえ」とのみ答えさせることによって,問答全体としては形式的には証人が答えた情報として裁判官に提供させるものである。
という部分のみを引用して,
渡辺弁護士が、「答えた情報として」と述べられていることからしますと、渡辺弁護士も基本的には被質問者の答によって情報操作をしようとするのが誘導尋問と考えておられるものと思われます。
と結論づける矢部教授の手法をどう評価するのかという問題はありそうですが。渡辺弁護士は,
尋問者から答えるための情報が提供されて いることを要素として提示しているのに,そこを敢えて無視してしまうというのは,矢部教授が造詣の深い「印象操作」に他ならないようにも思われます。
法科大学院構想の是非が論じられていた際に,少数孤立説を教えたがる教員をどうするのかという議論があったことが思い出されます。
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25/06/2009
ある提案に「無条件で」賛成するかどうかというのは,「はい」「いいえ」の閾値を高めに設定する機能しか有していないのであって,どちらかに誘導するものではありません。特に,既に縦書きレベルで法案が作成されて議会に上程されている段階で,「理念としては反対はしないが,むにゃむにゃ」みたいな話をされても,なんだかなあという感じがしてなりません。
矢部教授は,
理念としての取調べの可視化に賛成するかどうかの問題とその具体化としての法案に賛成するかどうかの問題は別問題です。
理念としての取調べの可視化は1つの理想ですが、それを制度化するとなると刑事司法の別の制度との矛盾の調整やバランスを取る必要が生じますから、理念としての賛否とその理念をどう制度化するかは区別して考えなければなりません。
と述べる のですが,被疑者段階での取調べの全面録音録画の義務化を推進しようとする人々は,現在捜査機関側に相当有利になっている実情を少し被疑者側に有利に変えていこうという志向を有しているわけですから,被疑者段階での取調べの全面録音録画の義務化を制度化するにあたっては,その分,別の方法で捜査機関側に有利になるような制度を設けることでバランスを取れというのは,一般的な全面録音録画義務化推進論とは異質であるということができます。
個人攻撃をしている暇があったら,野党共同提案にかかる刑事訴訟法改正案のどこをどう直せば賛成できるのかを示せばいいのに,と思ったりはします。とりあえず,私が知る限り,現実に縦書きレベルで起案されているもので最も完成度の高いものが既に参議院を可決している野党共同提案だったから,たたき台として用いただけで,より完成度の高い改正案があるというのであれば,それを提示していただければよいと言うだけのことです。建設的な議論って,そんなものでしょう?「Yes」の閾値を「100%」に引き上げたからって,「No, but」がいえなくなるわけではないことくらいわかっているでしょうに。
まあ,理念としては反対しにくいけれども,そのような制度ができると困ると言うときに,総論としては賛成して見せつつ,些末的な問題を針小棒大に表現することで,全体を押しつぶそうという手法は,古来よりよく用いられるものであるとはいえ,何だかなあと思ったりはします。
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24/06/2009
今年も株主総会が何事もなく終わりましたので,渡辺直樹弁護士による「民事訴訟における誘導尋問の研究」を見に,弁護士会の図書館に行ってきました。
渡辺直樹弁護士による上記連載の第2回「誘導尋問の意義・種類及び誘導尋問がなされる場合」法律のひろば2005年6月号74頁以下には,「『イエス』『ノー』の一言で答えることができる質問」について,次のような記述があります。
このような質問も,前述の質問と同様,尋問者から答えるための情報が提供されていて,証人はこれに対して「はい」「いいえ」を述べるだけである。本来は証人が裁判官に対して情報を提供すべきであるのに,誘導尋問においては,実際には尋問者が情報を提供して,証人には「はい」「いいえ」とのみ答えさせることによって,問答全体としては形式的には証人が答えた情報として裁判官に提供させるものである。
とは言え,誘導尋問になるか否かは微妙であり,言葉の調子,イントネーション,強弱などにより左右されうる。例えば,「あなたは彼を殴りましたか」という質問に対しては「イエス」「ノー」いずれの答えも暗示されていないため誘導尋問とならないが,「あなたは彼を殴りませんでしたよね」という質問は「殴りませんでした」という答えを暗示しているため誘導尋問となるのである。
このように「『イエス』『ノー』の一言で答えることができる質問」が誘導尋問となるか否かは,「イエス」「ノー」以外の答えがあり得るか否かではなく,本来は証人が裁判官に対して提供すべき情報を尋問者が提供してしまっているか否か,言葉の調子,イントネーション,強弱などにより尋問者が特定の答えを暗示しているか否かで判断されます。
渡辺直樹弁護士は,さらに,「二者択一形式ではあるが,質問に答えを暗示する質問」との項目を立てた上で,
二者択一の質問,例えば,「彼はあなたを殴りましたか,殴りませんでしたか」という形式の質問は肯定・否定両方の答えが提示されており,どちらか一方の答えを暗示していないから原則的には誘導尋問にならない。
しかし,このような質問形式をとりながらも質問内容自体に暗示を含んでいるもの,例えば,「彼はそのときあなたの肩を左手で押さえ,右手であなたの左の頬を殴ったのですか,殴らなかったのですか」という質問は,そのような態様で殴ったという答えを暗示しているから誘導尋問と評価すべきである
としています。「彼はあなたを殴りましたか,殴りませんでしたか」という形式の質問は,「彼はあなたに何をしましたか」という質問と比べたときに「彼は私を蹴りました/頭突きしました/包丁で私の腹部を刺しました」等の回答を除外するという意味で回答の範囲を限定しているわけですが(「彼」が尋問者を単に蹴り倒していた場合には,とりあえずの回答は「殴りませんでした」というものになります。すなわち,ここでは,尋問者は,何らかの有形力の行使があったか否かではなく,殴ったかどうかを「閾値」に設定しています。),これは,原則として誘導尋問にはあたらないと評価されているわけです。
このような法律家の間の常識的な考えを前提とするときは,ある提案に「無条件で賛成しますか」という質問は,「はい」「いいえ」の閾値を「その提案に無条件で賛成するか否か」に設定し,回答者が「特定の条件が満たされるならば賛成する(その条件が満たされない限り賛成しない)」という場合には「いいえ」と答えるべきものとしていたとしても,イントネーション,強弱などにより特定の答えを暗示するなどの特定の事情がない限り,誘導尋問にはあたらないと評価することになります。
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23/06/2009
中国政府とGoogleとの間の軋轢は、米国政府をも巻き込んだものとなりそうな雰囲気です。
もちろん、中国政府が、わいせつ規制に名を借りて、より広範な、特に政治的な情報流通規制を行おうとしているのであれば、Googleも米国政府も毅然とした態度をとるべきでしょう。ただ、他方で、Google Imageは、いまや世界での有数のわいせつ画像掲載サイトに成り下がっていることも忘れてはなりません。
特に、著名人等の裸体ないし性交画像が外部に流出し、それが画像掲示板に投稿されて、Googleの検索ロボットに捉えられて、Googleの画像検索データベースに取り込まれると最後、Googleは、被害者から削除要請を受けても、その削除に応じません。当該画像掲示板はもはやその画像を削除してしまっている場合でも、削除しようとしません。
もちろん、Googleは、エログロ系画像を見たくない人がエログロ系画像を見なくとも済む仕組みは採用しています。でも、自分のエログロ系画像を見られたくない人が見られなくとも済む仕組みは採用していません。そりゃ、目先の利益だけを考えれば、エログロ系画像を欲する人々にGoogle画像検索をひいきにしてもらえればアクセス数が稼げるわけですから、そういう営業方針を採用するのは当然だという話になるのかも知れませんが、そうなってきますと、「Don't Be Evil」なんてかけ声は空しく響いてしまいます。
それどころか、わいせつ物公然陳列罪及び名誉毀損罪等の正犯としてGoogleの代表者が処罰されたって不思議ではありません(というか、しない理由は、日本の警察が、米国の、大企業に及び腰であるということ、または、Google Inc.の代表者の身柄を引き渡せと米国政府に要求したとしても犯罪人引渡条約に基づく被疑者の引き渡しを受けられる見込みがないということ以外にはそれほど思いつきません。「Google.co.jp」のドメインを用いて提供されているサービスについては、主に日本在住者を相手にしたサービスなのですから、被害発生地→犯行地として、日本の刑法が適用され、日本の刑事裁判所が裁判管轄を有すると解釈することは、さほどおかしくはないのですから。)。削除要求に応じないということで不真正不作為犯となる虞があるというだけではなく、エログロ系画像を自動的に判別する技術があるにもかかわらずエログロ系画像を検索の対象から外す(または視認して違法ではないかを確認する)ことにその技術を用いるのではなく、たかだかレーティングを行うのにのみ用いているということから、作為の正犯とされる虞だって十分にあるのではないかと思います。
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22/06/2009
労働契約法を改廃して「解雇自由」としたとしても,「整理解雇」が容易になるだけで,不当な解雇がなされることはないと信じている方が,経済学愛好家の中にはおられるようです。何をもって「不当」と考えるかはその人の正義感によるところもあるので,「解雇自由」な米国で実際に報道された解雇例を示すことにより,そこで行われる解雇が「不当」なものかを見てみることにしましょう。
肥満を理由とする解雇
自宅で喫煙したことを理由とする解雇
ゲイであることをカミングアウトしたことによる解雇
「香水の付けすぎ」という理由での解雇
地元の高校で開かれた演説会で、ブッシュ大統領が対イラク戦争と大量破壊兵器の捜索について話している時に「同意出来ない」と叫んだことを理由とする解雇。
『MySpace』で経営者への不満を漏らしたことを理由とする解雇
自分の妻に交際を迫ったが拒絶された上司から,その報復として、「仕事成績が悪い」と上位の管理者に報告されたことに基づく解雇
新興教会の信者だった雇用主から,その新興宗教団体の提供する性格テストを受け、プログラムに参加するよう求められたのにこれを断ったことを理由とする解雇
共和党政治家たちから昨秋の選挙前に対立民主党候補の起訴などを強要されたがこれを拒否したことでの「職務怠慢」を理由とする解雇
アフガニスタン空爆に反対したと理由での米国立平和研究所職員の解雇
大衆に人気のある資料を重視した等の理由での図書館長の解雇
別の部門チームがミーティングを終えた部屋にあった食べ残しのピザを食べたことを理由とする解雇
女性飼育員が,手話で会話すると世界的に有名なゴリラに胸を見せろと強要され、これを拒否したことを理由とする解雇
コカ・コーラを配達していた同社トラック運転手が勤務中にペプシ・コーラを飲んだことを理由とする解雇
負傷した背中の痛みを和らげるために医師の薦めでマリフアナを使用していたことを理由とする解雇
ウエイターが南米からの客にメニューをスペイン語に通訳したことを理由とする解雇
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21/06/2009
000001:捜査官A:甲を殺したのはお前だな
000002:被疑者:いいえ。私ではありません。
000003::捜査官A:嘘をつくな。では誰が殺したというのだ。
000004:被疑者:知りません。でも,私ではありません。
000005::捜査官A:ほら,お前がやったんだろう。
000006:被疑者:いいえ。私ではありません。
000007::捜査官A:嘘をつくな。では誰が殺したというのだ。
000008:被疑者:知りません。でも,私ではありません。
000009::捜査官A:ほら,お前がやったんだろう。
(以下,ループなので省略)
090011::捜査官A:じゃあ,やったのはお前の息子かもしれないな。お前がやっていないと言い張るのであれば,お前の息子を逮捕して取り調べてやる。いいな。
090012:被疑者:やめて下さい。息子は関係ないではないですか。
090013::捜査官A:息子は関係ない?そうか,ということは,お前は関係しているということだな。やっぱり,甲を殺したのはお前だろう。
090014:被疑者:いいえ,私もやっていません。
090015::捜査官A:まだ,言い張るのか。わかった。今から上司に掛け合って,お前を釈放する代わりに,お前の息子をしょっ引いてやる。これでいいだろう。
090016:被疑者:やめて下さい。わ,わかりました。甲を殺したのは私だということにして下さい。
090017:捜査官A:なんだ,その言い方は。息子の身代わりになろうというのか。やはり,上司に掛け合ってくる。
090018:被疑者:待って下さい。私がやりました。甲を殺したのは私です。
090019:捜査官A:最初から,素直に白状すれば,1週間も同じ質問をする必要はなかったのだよ。で,どうやって殺したんだ?
090020:被疑者:わかりません。
090021:捜査官A:わからないはずはないだろう。こうやって首を絞めて殺したのではないか。
090022:被疑者:刑事さんがそう仰るのならそうです。
090023:捜査官A:なんだ,その言い方は!やっぱ,上司に掛け合ってくるぞ!
090024:被疑者:やめて下さい,刑事さん。私は,甲さんの首に,近くにあった電気コードを引っかけて,絞め殺しました。
090025:捜査官A:そのとき,コードを握る手は順手だったか,逆手だったか。
090026:被疑者:・・・・・・順手,だったのではないでしょうか。
090027:捜査官A:そうじゃないだろう。やっぱり,息子の身代わりなのか?
090028:被疑者:ああああ。間違えました。逆手でした。逆手でした。
090029:捜査官A:そうだろう,そうだろう。気が動転していたのはわかるが,きちんと思い出してもらわないと困るぞ。
(中略)
100125:捜査官A:では,お前が供述をこんなふうにまとめてみたから読み聞かせるぞ。いいな
(中略)
100131:捜査官A:では,この末尾に署名して指印を押すんだ。
上記のような例を想定した場合,従前の供述調書は,被疑者がずっと犯行を否認してきた事実すら記録しなかったし,ましては,被疑者を自白に転向させるために捜査官が何を語ったのか,また,「自白」に転向してから,被疑者が犯行状況等を最初から「客観証拠」に合致した形で供述できていたのか等は記録してこなかったのです。
最近,一部で実験施行されている「自白後の録音録画」では,上記の例でいうと,
100125:捜査官A:では,お前が供述をこんなふうにまとめてみたから読み聞かせるぞ。いいな
(中略)
100131:捜査官A:では,復唱してみろ。
(中略)
100151:捜査官A:よくできた。いいか,今口に出したことを忘れるな。では,ビデオの録画スイッチを押すから,これから俺がする質問に対し,今述べたとおりに答えるのだぞ。いいな。
みたいなことを行うことができます。
捜査機関側とすれば,
090011::捜査官A:じゃあ,やったのはお前の息子かもしれないな。お前がやっていないと言い張るのであれば,お前の息子を逮捕して取り調べてやる。いいな。
090012:被疑者:やめて下さい。息子は関係ないではないですか。
090013::捜査官A:息子は関係ない?そうか,ということは,お前は関係しているということだな。やっぱり,甲を殺したのはお前だろう。
090014:被疑者:いいえ,私もやっていません。
090015::捜査官A:まだ,言い張るのか。わかった。今から上司に掛け合って,お前を釈放する代わりに,お前の息子をしょっ引いてやる。これでいいだろう。
090016:被疑者:やめて下さい。わ,わかりました。甲を殺したのは私だということにして下さい。
090017:捜査官A:なんだ,その言い方は。息子の身代わりになろうというのか。やはり,上司に掛け合ってくる。
090018:被疑者:待って下さい。私がやりました。甲を殺したのは私です。
みたいな雑談が録音されて弁護人に聞かれてしまうと,被疑者との間の「信頼関係」が築き上げられなくなってしまうと恐れているわけです。
自分が上位に君臨する上下関係と信頼関係とを同一視する人たちって,一定数いるようですし。
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20/06/2009
野党共同提案にかかる刑事訴訟法改正案について,矢部善朗創価大学法科大学院教授は,結局,些末的な部分を大げさに取り上げてすませようとしているあたりが何とも残念です。
矢部教授のそのブログでの論調からすれば,取調べの可視化を推し進めることで虚偽自白が得られにくくなった分「バランス」をとるための,捜査機関の見込み通りに被疑者を処罰する仕組み(例,司法取引)の導入を条件とするか否か等が問題となるかと思っていたのですが,録音録画物の封印手続等を手直しすれば,司法取引等が導入されなくとも,取調べ状況の全面的録音録画の義務づけに賛同いただけるということでしょうか。
いやはや,ブログ等における通常の議論で特定の法案についての賛否をお伺いして「誘導尋問だ!」と反発する方がおられるとは勉強になりました(来週の株主総会で,各号議案への賛否を諮ったときに「誘導尋問だ!」と騒ぐ方が出てこないことを祈るばかりです。取締役を務められる人材はたくさんいるにもかかわらず,特定の候補者を選任することについて是非しか伺いませんし,「基本的に賛成」とか「条件付きで賛成」という選択肢も付していません。)。私も依拠性の有無が争点となっている訴訟をいくつか抱えているので,証人尋問の際に,「あなたは,この曲を聴いたことがありましたか。」という質問をした際に「誘導尋問だ!」との異議が出ないことを祈るとしましょう(「あなたは,どんな曲を聴いたことがありましたか」とすればよいのかもしれませんが,プロの作曲家に対してそのような質問をしたら,これについての答えだけで何時間も費やしそうです。「あなたは,この曲に何かしましたか」だといかにも間抜けだし,「何の手も加えていません」って普通なら答えてしまいそうです。)。
矢部教授におかれましては,創価大学法科大学院の学生に対しても,Webで語ったことと同じ内容で「誘導尋問」とは何かをご教授いただきたいと思います。残念ながら,私は訴訟法の講義を持っていないので,別の学生に対抗的に標準的な「誘導尋問」の講義を行うことができないのですが。
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19/06/2009
法律家は、定義及びその趣旨から、ある概念の射程範囲を考えていきます。どこまでを「誘導尋問」とするのかについても同様です。
刑事訴訟規則は原則として主尋問において「誘導尋問」を行うことを禁止しています。主尋問の場合、尋問者と回答者との間は好意的である場合が通常なので、尋問者が欲する回答を暗示すると、暗示された尋問者の希望に添った回答を回答者がしてしまい、回答内容と回答者の記憶との間に齟齬が生ずる虞が高まります。
また、「Yes/No Question」においては、尋問者が認識している事実等を質問文の中に含めることになりがちです。そして、それが主尋問において行われるときは、回答者は、尋問者が質問文の中で提示する事実は正しい(あるいは自分たちにとって好ましい)ものだと認識しがちです(質問時の声の発し方によっては、その真逆の暗示をすることも可能です。)。すると、回答者は、回答者が認識していなかった事実をその質問文によって認識した上で、これを以前から認識していた前提で回答を行う危険が十分にあります。
主尋問において「誘導尋問」が原則禁止される根拠は、上記のような尋問が行われた場合、このようにして回答者の真の認識に反する回答がなされてしまう虞が高まるからです。
主尋問で行うことが許されない誘導尋問の典型例として、
You were at Duffy's bar on the night of July 15, weren't you?
という文が例示されることが多いですが、これは「Duffyのbarにいた」という質問者が望む「答え」を疑問文の中に盛り込んでいるからこそ問題なのです。従って、やはり、「Duffyのbarにいた」という質問者が望む「答え」を疑問文の中に盛り込んでいる場合には、答えが限定されていなかったとしても、やはり主尋問で行うことが許されない誘導尋問となります。例えば、
7月15日の午後7時にDuffyのバーで見かけたという人がいますが、もしそうだとしたらあなたにはこの犯行は不可能です。7月15日の午後7時ころ、あなたはどこにいましたか?
という質問は、open-endではありますが、主尋問で行うことが許されない「誘導尋問」にあたるとするのが一般的です。
他方、そのような回答者の認識を歪める虞が定型的に存在しない質問については、「Yes/No Question」であっても、「誘導尋問」にはあたらないと考えるのが一般的です。特に、ある提案についての賛否を問う質問というのは、そもそも「正しい」ものが存在しないのですから、歪められるべき認識が存在しないので、「誘導尋問」という概念自体が成立しません。それは、その質問が、閾値を明確にしたものであって、曖昧な、あるいは中間的な回答を許さないものであっても同様です。
回答者のこれまでの言動から「AかBか」という二者択一の質問をした場合に回答者はAという回答をする蓋然性の高いことを知りつつ、回答者が「A」という回答をした場合にはCという批判をする目的で、「AかBか」という二者択一の質問をすることまで「誘導尋問」に含めようとしている人がいるようです。しかし、その場合には、回答者がもともとの認識に反してAと回答するという類のものではありませんので、定義を拡張してまで、主尋問では行い得ない「誘導尋問」にこれを含める合理的な理由はありません。
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18/06/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授が野党提出にかかる刑事訴訟法改正案のごく一部について意見 を述べられています。
第百九十八条の二
1 前条第一項の取調べに際しては、被疑者の供述及び取調べの状況のすべてについて、その映像及び音声を記録媒体に記録しなければならない。この場合においては、同時に、同一の方法により二以上の記録媒体に記録するものとする。
捜査機関による編集を防ぐために複数の媒体に記録することを求めているようです。
2 前項の規定により記録をした記録媒体の一については、取調べを終了したときは、速やかに、被疑者の面前において封印をしなければならない。この場合においては、当該記録媒体が同項の規定により記録をしたものであることについて、被疑者に確認を求めることができる。
「被疑者に確認を求めることができる。」とありますが、どのようにして確認を求めるのかがよくわかりません。
まさか、レコーダーからDVDメディアを取り出して、「これに記録したからね。」と言えば足りるとは思えません。
取調べの一部始終が記録されているかどうかを確認するためには、厳密に言えば、その場で全てを再生して被疑者に確認させるということが必要だと思いますが(供述調書の場合は、いかに長文でも全て読んで聞かせた上で署名押印(または指印)を求めます。)、そんなことをすると一日8時間取り調べたら8時間再生してそれを被疑者に見せるということになりますから、それは非現実的な話だろうと思います。
詳細は刑事訴訟規則で定めると言うのかも知れませんが、意味のある確認をどうしたらできるのかよくわかりません。
供述調書の場合,取調べにあたって被疑者が述べたことのごく一部を,ときには取調べ担当者の問題意識にあわせて適宜内容を修正した上で,取調べ担当官の紡ぎ出した言葉によって表されるものですから,被疑者としては,読んで聞かせてもらえなければ,そこにどういう言葉が記載されているのか見当がつきません。従って,「いかに長文でも全て読んで聞かせ」るのは当然です。しかし,取調べ状況を全面的に録音録画したものの場合,すくなくとも取調べ開始時にメディアが新規に挿入され,取り調べ終了後に排出されて,そのまま封印されるのであれば,通常は,その日取調担当官が語ったことと被疑者が語ったことのみがそこに記録されていることを期待できます(上記のようにした場合に,即座に内容の一部を捜査側に都合がよいように書き換える手法は,現時点ではないように思われます。)。従って,録音・録画にあたってトラブルがなかったことを確認できれば足りるのであって,被疑者としては全部を再生して確認する必要はないように思われます。従って,上記批判は,取調べ状況の全面録音録画義務づけに反対するための,ためにする批判ではないかと思われます。
3 前項の確認がされたときは、同項の封印に被疑者の署名押印を求めることができる。ただし、被疑者がこれを拒絶した場合は、この限りでない。
被疑者がこれを拒絶したらどうなるんでしょう?
封印は、記録内容の改変を防止するための措置だと思いますが、被疑者の署名押印がない場合に、後で、捜査官が勝手に封印を破って内容を改変したという主張が出たらどうするのでしょう?
あまり徹底していない印象があります。
現行法でも,被疑者は,供述調書への署名押印を拒否することができるのですから,それほど大きな話ではないように思われます。
ここでは、封印に対する被疑者の署名押印の拒否を問題にしていますが、それを考えるならば、被疑者が録画自体を拒否した場合についても考えておくべきだと思います。
被疑者が録画自体を拒否した場合には取調べ状況が録画されていなくとも自白調書の証拠能力を肯定できるということにすると,捜査機関としては,まず被疑者に取調べ状況の録画を拒否させた上で,あとは今まで通りやりたい放題の取調べを行うということが予想されますので,被疑者による録画の拒否は認めないと言うことでよいのではないかと思い割れます。
あと、録画したDVDなどの取調べの方法についても、取調べの録画という特殊性を考慮した検討が必要だと思います。
録画したDVDの取調べ方法などは,刑事訴訟規則等で定めるべきものではないかと思いますが,取調べ状況を全面的に録画しているにもかかわらず任意性が疑われるような取調べがなされた場合には,争点となっている部分について,法廷で再生して取り調べるのではないかと思われます。
細かく見れば、ほかにも検討の余地はあるはずです。
つまり、無条件に賛成することはできません。
でも、ほとんどの法律家は無条件には賛成しないと思います。
可視化反対の意見もあれば、この法案では可視化実現のために不十分だという意見まであるでしょうし、その理由や根拠もそれぞれ一つだけとは限りません。
実際には,法曹出身者が相当数存する民主党と社民党の主導で提案され,野党の賛成多数で参議院を通過しています(まさに,参議院議員の過半数が「無条件で」賛成したのです。)。また,この案について,上記のような観点から批判したものは日弁連を含む実務法曹側から語られておらず,与党による反対も上記のような理由に基づくものではありません。
4 被疑者又はその弁護人は、第一項の規定により記録をした記録媒体(第二項の規定により封印をした記録媒体以外のものに限る。)を閲覧し、若しくは聴取し、又はその複製を作成することができる。
被告人又はその弁護人についても、同様とする。
末尾の「被告人又はその弁護人についても、同様とする。」という文章と対比して読むと、「被疑者又はその弁護人」は、被疑者又はその弁護人である時点、つまり起訴前の捜査段階において、取調べ状況を記録した記録媒体を見てその複製まで作成できるように読めます。
そう言う意味の法案であるならば、これは相当議論になりそうです。
弁護士としては、弁護人が見る分には反対する理由はありませんが、捜査側の情報管理的には最もシビアなタイミングの話ですから、情報管理がどこまでできるかがポイントのように思います。
今でも、被疑者を通じて取調べ状況はある程度把握してますから、それを数歩前進させたものと言えますが、否認事件(場合によっては自白事件でも)の弁護人にとっては、「見ることができる」は「見る必要がある」と事実上同じになりますから、弁護士(ないし弁護士会)としてもそれなりの覚悟がいる改正案です。
とのことですが,被疑者が取調べにあたって何を語ったのか,その際取調担当者による暴行,脅迫,偽計等はなかった等の情報を捜査側が管理する,別の言い方をすれば,どの情報を開示し,どの情報を隠匿するかを捜査側が恣意的に決定することを許す合理的な理由はありませんので,今まで通り捜査機関には冤罪を生み出す余地を残しておいてあげようという人々以外の間では,それほど議論になる点ではないように思います。
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池田信夫さんは、そのブログ のコメント欄で、
日本で整理解雇が裁判で認められるのは企業が倒産するような場合に限られ、大企業ではまずありえない。
と述べておられます。
しかし、東洋水産川崎工場事件(横浜地裁川崎支部平成14年12月27日労働判例847号58頁では、川崎工場閉鎖に伴う整理解雇を認めているわけで、何を根拠に上記のようなことをいっているのか不思議です(東洋水産って、大企業だと思うのですが。)。工場の閉鎖に伴う整理解雇が解雇権の濫用とされた裁判例もありますが、(全て見たわけではないですが)他部門への移動をきちんと検討していない等解雇回避義務を全うしていないことが問題とされているのであって、「工場の閉鎖」という経営上の判断に関する部分で企業側の判断を否定した例って、あまり記憶がないです(網羅的に調べているわけではないので、そういう裁判例があるなら示していただければよいかと思いますが。)。
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誘導尋問か否かというのは,聞き方の問題であって,聞く内容の問題ではないので,質問の文言を違えて「あれは誘導尋問だ!」と言ってみてもミスリーディングです。
野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?
は誘導尋問ではないといっている私に対して,
おそらく「誘導尋問」の定義を小倉弁護士先生は知らないんでしょう(笑。
旧修習の前期や刑裁修習で習うはずですけどね。
としつつ,例として,
全面可視化に賛成なのに民主党案に無条件に賛成しないのですか?
と引用すれば,原典に当たらない読者は,私が
全面可視化に賛成なのに民主党案に無条件に賛成しないのですか?
という質問をしつつ,それを誘導尋問にあたらないといっているかのように誤解しかねません。
全面可視化に賛成なのに民主党案に無条件に賛成しないのですか?
という質問の仕方は,「民主党案に無条件で賛成する」という回答を質問者が希望していることが暗示されていますが,
野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?
という質問の仕方は,「無条件で賛成する」「無条件では賛成しない」どちらの回答を質問者が希望しているか暗示されていません。従って,「誘導尋問か否か」という文脈では,この二つの文章は全くの別物です。
野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?
は誘導尋問ではないといっている論者について,
おそらく「誘導尋問」の定義を○○先生は知らないんでしょう
といいつつ,
全面可視化に賛成なのに民主党案に無条件に賛成しないのですか?
という例のみを挙げて,肝心の
野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?
が「誘導尋問」に当たるということの説明を具体的にしないというのは,それが明るみになった場合には,研究者としての評価は大いに失いそうです。
【追記】
なお、The Free Dictionary では、「leading question」とは、
a question asked of a witness by an attorney during a trial or a deposition (questioning under oath outside of court), suggesting an answer or putting words in the mouth of the witness. Thus, the attorney may help his own witness to tell a pre-planned story.
と定義されています。
野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?
という質問は、そのどちらにも当らないように思われます。
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17/06/2009
「誘導尋問」の「誘導」とは何かを意識することなく「誘導尋問」とは何かを自己流に判断して分かった気になっている人が多いようです。基本的には、①発問者がその望む回答を回答者に明示又は暗示する、②回答者が発問者の意を酌んで発問者の望むとおりに回答することを発問者が期待できる、という2つの要素が必要です。
「Yes/No Question」の場合に誘導尋問になりやすいというのは、疑問詞を用いた質問がなされた場合には疑問詞に対応するものとして回答者が回答すべき要素を、発問者が疑問文の中に折り込んでしまう(そのため、疑問詞に対応するものとして回答されることを発問者が期待している要素を回答者が知らなかったとしても、回答者が発問者の意に沿った回答をできてしまう。)からです。
従って、そのような構造のない「Yes/No Question」は誘導尋問にはあたらないと考えるのが一般的です。「Yes/No Question」には、特定の回答へと回答者を導くこと以外に様々な機能があるのです。
例えば、
もしもし。こちらは佐藤というものですが。田中様のお宅でしょうか。
という場合には、発問者は、「田中」家のものとして設置された固定電話に架電しようとしているのだということを示すと共に、発問者の架電先が「田中」家のものとして設置された固定電話であるとの自己の認識が正しいか否かの確認を回答者に求めているということを示しています。この場合、発問者としては、発問者の架電先が「田中」家のものとして設置された固定電話であることを期待してはいるものの、「田中」家のものとして設置された固定電話ではない場合には、自分の意を酌んで「はい」と言ってもらうのではなく、「いいえ、違います」と答えてもらおうことを期待していますし、また、架電先が「田中」家のものとして設置された固定電話でない場合にも回答者が自分の意を酌んで「はい、そうです」と答えてくれることをそもそも期待していません。こういう質問は、発問者が示したその意向に沿って回答者が回答することが予定されていないのですから、回答は何ら発問者によって「誘導」されないのであって、一般に「誘導尋問」とはいいません。
なお、この場合、疑問詞を用いて、
もしもし。こちらは佐藤というものですが。どちらのお宅でしょうか。 と質問した場合には、答えてもらえない可能性が高まります。
また、
Aという法案にあなたは賛成しますか。
という質問については、疑問詞を用いて「Aという法案についてどう思いますか。」と尋ねた場合に疑問詞に対応する要素となる「賛成する」あるいは「賛成しない」という評価方法があることを、回答者が知らない可能性はありません。従って、古典的な意味における「Yes/No Question」における誘導の事例とは異なるということになります。
「無条件で」という言葉にこだわっている人もいるようですが、「Yes/No Question」には、回答の範囲を絞るという機能があります。
今月号のゲームラボ、在庫ありますか。
という場合は、在庫の有無を確認する対象を「今月号のゲームラボ」に限定しているわけです。この場合、回答者としては、ないなら「ない」、あるなら「ある」との回答を得ることを期待しており、特定の回答を誘導してはいません。これを、疑問詞を用いて、
どのような雑誌が、在庫ありますか。
では、回答の範囲が広すぎてしまうのです。
そして、提案の内容を示した上で、その提案に対する賛否を求めるということはしばしば行われますが、その多くは、「無条件で」という言葉を敢えて付すかどうかはともかくとして、「特に修正したり条件を付したりすることなく、そのままの状態でその提案に賛成するのか否か」について回答を求めるものです。その意味で、回答の範囲を限定はしていますが、質問者は、加藤者がその提案に丸ごと賛成であれば「賛成」と、一部賛同できない点があるのであれば「反対」と回答することを期待しているので、「Yes/No Question」であってもやはり「誘導尋問」ではないということになります。
【追記】
世の中には、回答の範囲を限定することと、特定の回答へと誘導することとの差が理解できない人がいるみたいですね。ひょっとしたら、主尋問において何故に誘導尋問が原則禁止されるのか理解できていないかも知れません。
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「被疑者が希望すれば録音・録画を停止させることができる」という仕組みを採用した場合,取調べ担当官としてはまず,手練手管を弄して録音・録画の停止を承諾させた上で,従前通りの虚偽自白取得手法を用いることで,冤罪を生み出すことができることになります。
ですから,被疑者のプライバシー権が対弁護人の関係で保護されることよりも虚偽自白の強要により無実の罪で処罰されることを防止することの方が被疑者にとって有益だと考える大部分の法律家は,「被疑者が希望すれば録音・録画を停止させることができる」という仕組みを採用しようとは考えていないように思います。取調べ段階の全面録音・録画が義務づけられている諸国において,「被疑者が希望すれば録音・録画を停止させることができる」という仕組みを採用しているところってあるのでしょうか?
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池田信夫さんは,次のように 述べています。
ところが日本では、この原則と例外の関係が法的に明確でなく、解雇権濫用法理などによって事実上すべての整理解雇が違法ということになっている。
しかし,整理解雇を有効とした最近の裁判例として,さいたま地判平成19年11月16日,東京高判平成18年12月26日労働判例931号30頁,仙台地判平成17年12月15日労働判例915号152頁,東京地判平成17年5月26日労働判例899号61頁,静岡地判平成16年5月20日労働判例877号24頁等があり,「事実上すべての整理解雇が違法ということになっている」というのは誤りです。
解雇法制を論ずるにあたってマルクスを読んでおく必要があるとは思いませんが(判例の解雇権濫用法理も,マルクス主義とは無関係ですし。),定評のある(労働法学者による)教科書と関連裁判例を読んでいき,「現在の日本の解雇法制がどのように運用されているのか」を知っておく必要があるように思います。
【追記】
池田さんは,そのコメント欄で,
説明するのもばかばかしいけど、私はわざわざ「事実上」と強調してるんだから、整理解雇が1件もないといっているわけではない。何万件もある労使紛争の中で数件、整理解雇があったところで何の反証にもならない。さらに問題は「整理解雇は不可能だ」というのが経営者の常識になっているため、希望退職にすることです。これだと企業戦略に沿った人員整理はできず、優秀な社員が辞めてノンワーキング・リッチは残ってしまう。
と述べています。ただし,解雇者数は,2000年以降40万〜100万人の範囲で推移しており,これに対し出訴率は0.1〜0.2%であり,最終的に決定・判決で解決した案件のうち第一審労働者勝訴率が6割前後です。「何万件もある労使紛争の中で数件、整理解雇があ」るというレベルではありません。また,整理解雇を行う前に希望退職を募るのは当然のことであって,そりゃ,希望退職を募ることなく整理解雇を行えば,整理解雇の必要性以前に,手続要件の不具備を理由に会社側は敗訴します。
なお,原則解雇自由な米国ですら,整理解雇の際に,「企業戦略に沿っ」て解雇する人員を決めようとすると敗訴する危険が高いです(米国の状況については,こちら を参照)。
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いずれにせよ,批判されることが怖くて自分の意見を明確に述べようとしない人間というのは研究者には向いていないような気がします。また,自分に対して好意的な人たちが,自分がその意見を明確にしないであることをかばい立てしてくれている,すなわち,そのような人たちからも自分は信用されていないというのは,研究者としては致命的ではないかという気がします。
私が研究会等でご一緒させていただく大学教授って論文生産量が半端でない人が多いですし,学生時代のゼミの担当教員(2年次:鎌田薫教授,3〜5年次:川端博教授)も論文生産量が半端でないですから,批判されることが怖くて自分の意見を明確に述べられない大学教授が存在するということ自体信じがたいのですが。
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16/06/2009
以下の発問は、いずれも回答者に二者択一を迫るものです。うち、「誘導尋問」と思われるものはいくつあるでしょうか。
(定食屋にて)「コーヒーは先にお持ちしましょうか、それとも食後にお持ちしましょうか。」
(定食屋にて、客の注文が「焼き肉定食」か「焼き鮭定食」か聞き取りにくかったので、「焼き肉定食で宜しかったでしょうか?」
(学会の受付時に)「懇親会には出席されますか?」
(帰宅した夫を迎える妻が)「あなた、先に食事にする?それともお風呂にする?」
(矢部弁護士の事務所に電話を架けた人が)「もしもし、矢部先生はいらっしゃいますでしょうか?」
(矢部弁護士から電話で言付けを頼まれた者が)「矢部様の「べ」は「部長」の「部」で宜しかったでしょうか?」
(ガールフレンドをデートに誘おうとして)「今度の日曜日に『天使と悪魔』見に行かない?」
(聖書を小脇に抱えた人が突然)「あなたは神を信じますか?」
(書店にて)「今月号のゲームラボ、置いてありますか?」
(雑誌の編集者が作家に)「今度うちの雑誌にも連載をもってもらえませんか?」
(国会にて)「この法案に賛成の諸君はご起立をお願いします」
(ホームステイにやってくる学生を空港に出迎えに来たホストファミリーが)「山田太郎さんですか?」
(夏休みに旅行に行こうと友人を誘ったところごちゃごちゃと言い始めたので)「結局、行きたくないってこと?」
(電話による世論調査の際に)「あなたは、麻生内閣を支持しますか?」
(靴屋にて)「もう一回り大きなサイズを試してもよいですか?」
(床屋にて)「前髪、もう少し切りますか?」
(誘拐犯からの電話に出た被害者家族が)「うちの子は無事ですか?」
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A: これはあなたのペンですか?
B: 異議あり!誘導尋問です!
C: 異議を認めます。質問の方法を変えて下さい。
A: これは、基本的にあなたのペンですか?あるいは条件付きであなたのペンですか?
既に、野党案が、法律案として整った形で作成されている場合に、その法律案自体に賛成するか否かをまず質問することは、別に特異なことではないように思われます。この段階で「野党案に条件付きで賛成ですか?」って聞く方が変だと思います。
そして、その一部について不満がある場合に、そのままでは賛同できない。しかし、ここをこのように修正すれば賛同できる、と答えるのは、別に難しくないことだと思います。私は、矢部教授がその程度のこともできない人であると思っているわけではありません。
なお、矢部教授は、私のブログへのコメント欄で、
形式等特殊な発問方法の典型としてイエス・ノーなどの二者択一的な答え方になる質問方法があげられます。あなたの質問方法のようにです。
と仰っているのですが、疑問詞を用いない単純疑問文は、誘導尋問にあたる「特殊な発問方法の典型」であるとは、少なくとも私が司法修習生の時は教わらなかったですし、主尋問で単純疑問文を用いたときに「疑問詞を用いない単純疑問文を用いることは、主尋問では許されていない誘導尋問にあたる」として異議を申し立てられたことはないです。もちろん、疑問文の中に供述者の記憶を喚起するような言葉を交ぜる形で単純疑問文を組み立てた場合にそれが誘導だとされる余地はありますが、
野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?
がそのようなものでないことは明らかです。
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矢部教授が開設する匿名電子掲示板 において,「ハスカップ」さんが次のように述べています。
おそらく「誘導尋問」の定義を小倉弁護士先生は知らないんでしょう(笑。
旧修習の前期や刑裁修習で習うはずですけどね。
誘導尋問とは,特定の答えを期待して自由記述方式の質問を回避して押し付けないし暗示を用いる質問。
例:被告人が到着したのは午後5時ですね。(被告人は何時に到着しましたか?)
例:全面可視化に賛成なのに民主党案に無条件に賛成しないのですか?
(全面可視化に反対ですか賛成ですか中間で条件付きですか?)
で,矢部教授が「質問者の意図がミエミエの姑息な誘導尋問ですね。」といって回答を避けている私の質問は,
野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案には無条件で賛成されますか?
というものなので,これは「ハスカップ」さんの定義する「誘導尋問」にはあたらないといえます。それとも,最近の司法研修所では,「はい,いいえ」で答えるように求める質問は概ね「誘導尋問」にあたると教えているのでしょうか>ハスカップさん。
別に「『はい』か,『うん』としか答えるな」といっているわけではないので,「はい」と答えてもいいですし,「いいえ」と答えてもいいわけです。そして,「いいえ」と答えた場合には,「ここをこう直せば賛同できる」ということを理由として付することもできます。既に,野党の側が,おそらくは参議院法制局の助けを借りて,法律案という形に既にまとめているのですから,仮にも法科大学院教授である矢部氏がそのような答え方ができないとは考えがたいところです。
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取調べ状況の全面的な録音・録画を義務づけた場合,弁護人は,その録音・録画物をどのように利用することが許されるべきでしょうか。
事務所の事務員にまず閲覧させて,問題のありそうな部分をチェックさせる。
上記作業を短時間で行うために,大量にアルバイトを雇って,同時並行的にチェックさせる。
弁護士協同組合推薦の専門業者に,上記チェックを行わせる。
弁護士協同組合推薦の反訳業者に,取調中に捜査官及び被疑者が語ったことを反訳させる。
心理学者や精神科医等に取調中の被疑者の姿を閲覧させて,その自白が任意でなされたものとはいえない旨の鑑定書を書いてもらう。
被疑者を被告とする損害賠償請求事件において,自白調書が原告側から提出されたときに,これを弾劾する証拠として,録音・録画物を提出する。
実際には被疑者が取調官に語っていないことを被疑者が語ったかのようなリークが捜査機関から流されたために(例えば被疑者が「組織」を売ったかのように誤解されて「組織」から命を狙われるなど)被疑者が一定の不利益を受けたときに,被疑者がそのようなことを語っていないことの証明するため,被疑者の同意を得て録音・録画物を,「誤解して怒っている人」に提示する。
被疑者が取調べ中に顔面を拳銃で撃ち抜かれて瀕死の重傷となったが,警察からは「取調官がぼんやりしている隙に,たまたま机の上に置いてあった拳銃を被疑者が手にとって自分の顔めがけてこれを撃って自殺しようとした」との発表がなされた場合において,国賠訴訟を提起した際に,取調官が自ら被疑者に向けて銃を撃ち放つ状況が映っている部分を証拠として提出する。
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15/06/2009
矢部教授から次のようなコメントを頂きました。
>不思議なことに,プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人々の大部分は,捜査機関による恣意的な被疑者のプライバシー情報の開示については,特段の問題を感じない傾向があるようです。
と言っていますが、
小倉先生の理解では、野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案に無条件で賛成しない人は、「捜査機関による恣意的な被疑者のプライバシー情報の開示については,特段の問題を感じない傾向がある」ということになるのですか?
言わずもがななことですが,野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案に無条件で賛成しない人⊃プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人ですので,上記論理が正しくないことは明らかです。
その上で言うと,これまで,リークや記者会見等により捜査機関が恣意的に被疑者のプライバシー情報をマスコミに開示するということがしばしば行われてきました(注)。捜査段階で捜査機関が入手した被疑者のプライバシー情報が被疑者の許諾なくしてマスメディア等に開示されることを従前から問題視し,捜査機関が被疑者の許諾無しにそのプライバシー情報を開示した公務員を処分することを求めるなどしてきた人が,被疑者のプライバシーを重視して,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に反対するというのであれば,態度は一貫しています(被疑者のプライバシーを守るためであれば,被疑者が虚偽自白を強要されても仕方がないというのは,物事の優先度を間違えているように思いますが。)。
しかし,プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人々の大部分は,捜査機関による被疑者のプライバシー情報の開示について,特に問題視してこなかったと認識しています。なお,こちら を拝見する限り,矢部教授は,「確実な事実(少なくともリーク時点では確実と思われた事実)」については捜査機関がこれを開示することを特段問題視していないように見えます。
例えば,ある著名な証券取引法違反被疑事件に関して報知新聞が「また、特捜部が16日の強制捜査の際、押収したパソコンから、H容疑者とAV系女優との“乱交写真”が見つかったとの情報もある」と報じたことがありますが,報知新聞の記者が全くのでたらめをゼロベースで作り上げたのでない限り,被疑事実とすら無関係の,被疑者のプライバシー情報を捜査機関はマスコミに開示したというべきでしょう。
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池田信夫さんがそのブログのコメント欄 で次のように述べています。
私が「スウェーデンてのは基本的に解雇自由なんです」と言ったことを、天下り学者がまた鬼の首でも取ったように騒いでいるが、これは意味論的な問題にすぎない。たとえば週刊東洋経済でも北欧モデルを「解雇しやすい柔軟な労働市場」と書いているように、私のような用語法はごく普通です:
http://www.toyokeizai.net/business/international/detail/AC/46b495508efcce5bb693cacbc9529b4e/
しかし,「解雇しやすい」ということをいうのに「解雇自由」という言葉を用いたとしたら,その用語法はとても特殊だと思います。少なくともリンク先の東洋経済の記事では,「解雇自由」との語をそのような意味では用いていません(というか,「解雇自由」という言葉を用いてすらいません。)。
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14/06/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授のブログを読んで,矢部教授が,被疑者の取調べ過程の全面的な録音録画の義務化に無条件で賛同していると言うことを読み取ることは通常困難ではないかと思うのです。もっとも,あそこのブログでは,単にウェブ上に記載されているものを素直に読み取った上で反論することすら「藁人形叩き」にあたってしまいかねない(本人に直接連絡を取ってその真意を確認することなく,文章化されているものをそのまま理解して批判した場合には,読み手が「脳内で作り上げたに過ぎないもののように言われ」たとしても仕方がない,とのお考えの持主 のようですし。)のですが。
そういう意味では,こういう聞き方をした方がいいのかもしれません。
野党の共同提案にかかる刑事訴訟法改正案 には無条件で賛成されますか?
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矢部善朗創価大学法科大学院教授のブログで「法務業の末席」さんが次のように述べています 。
ただし、取り調べの全録画を再生して法廷で争うならば、例えば裁判の長期化、すなわち無罪なのか有罪なのか、その有罪としてもどのような量刑で裁判が確定するまで、現行より長期間を要する現象が起こり得ると想像できます。裁判が長引けば長期間「被疑者被告人」として社会生活に悪影響(例えば毎月何回か出廷したり弁護士と打合せするだけでも時間と費用をロスします)があります。これは被告人にとってデメリットになります。
取り調べの全面録画による自白の任意性への疑義が減少するメリットは、モトケンさんも私も更に他の多くの投稿者も認めています。
ただ全面録画導入によって司法制度全体としては、メリットだけでなくデメリットも想定されるので、そのデメリットを打ち消すような制度改善策、すなわち制度全体としてバランスを取るためのカウンターシステムをも同時に導入することも考えておかないと制度論としては片手落ちである。このように主張しています。
そして、そうしたバランス取りのカウンターシステムとして考えられる一つの例が「司法取引制度」だと、モトケンさんは終始一貫して主張されていると私には読めます。決して全面録画そのものを否定したり、メリットが無いと主張しているように主張してるとは読み取れません。
被疑者の取調べ状況の全面録音・録画を義務化しても,録音・録画した音声・映像を全部法廷で再生するということは予定されていません。実際に被疑者の取調べ状況の全面録音・録画が義務化されている諸外国でも,そのような運用はされていません。実際には,自白の任意性が問題となった場合に,被疑者がその意に沿わない自白をするに至った近辺の取調べ状況を抜き出して再生したり,それまでの間どのような取り調べがなされていたのかを報告書にまとめるなどして,裁判所に提出するなどの運用がなされるのではないかと思います。したがって,自白の任意性が問題となった場合に裁判所で通常行われている手続──被告人と当時の取調べ担当者とを,当時の取調べ状況について尋問する──と比べたときに裁判を長期化することに繋がる可能性は低く,むしろ,短縮する可能性が低いといえます。
矢部教授側がいっている「デメリット」というのは,被疑者が自白しなくなる可能性が高くなる(その結果,自白がなければ有罪判決を下すことが困難な事件で被疑者を無罪放免としてしまう蓋然性が高まる)ということと,捜査機関が調書に記載しなかった被疑者の取調べ時の発言が弁護士を通じて外部に漏れる危険があるということの2点でしょう(矢部教授が司法取引があると被疑者にも有利と言いたくて出した例は,被疑者の取調べ状況の全面録音・録画の義務化問題とは何の関係もありません。)。
ただ,前者については,もともと被疑者が意に沿わない自白をしなくとも済むように被疑者の取調べ状況の全面録音・録画を義務化していこうというわけですから,被疑者の取調べ状況の全面録音・録画が義務化されて取り調べにあたって脅迫や偽計等の手段が用いれなくなってもなお被疑者にその意に沿わない自白をさせる仕組みを代わりに導入して「バランスをとる」というのは,およそ筋違いというものです。確かに,被疑事実が罰金相当の場合に「お前がこの通りの犯罪を行ったものとして司法取引に応ずるのであればすぐにでも釈放するが,応じないのであれば勾留延長請求までして20日間みっちり捜査するつもりだ。そして,起訴後も被疑事実を争うようであれば,保釈不相当との意見をつけ続けるつもりだ。そうなると,よほどのことがない限り,検察側の立証が終わるまでは保釈は認められないだろう。その結果,無罪と認められても,お前は会社を首になるなど,その生活基盤は破壊されているだろう。で,ここで司法取引に応ずるか否か,よく弁護人と相談して決めてくれ」というような形で持ちかけられれば,無実であっても,司法取引に応ずる被疑者は少なくないでしょう。執行猶予相当の場合も同様です。このような,被疑者が当初被疑事実を否認しており,表には出せない手法を用いずには白に追い込めないという事案において,客観証拠だけでは被疑者が当該被疑事実を犯したとはいえない場合について,被疑者の身柄を人質にして,これを処罰する別の手法として「司法取引制度」を「バランスをとって」導入せよというのは,救いようがない提案ではないかと思います。
むしろ,捜査の長期化による被疑者の不利益,裁判の長期化による被告人の不利益を解消するためには,逃亡のおそれが乏しく,かつ,客観証拠の収集が概ね終了し罪証を隠滅する恐れ(ここでは,被疑者が自白を覆すかもしれないとか,供述証拠を不同意とし,かつ当該供述者を証人として呼んだときに反対尋問が功を奏し,その信用性が弾劾されてしまうかもしれない,ということは罪証隠滅の恐れに含まれないものとします。)がほぼなくなった場合には,速やかに被疑者の身柄を解放するような仕組みを作っていくことこそが筋というものです。
後者については,取調べの過程で捜査官と被疑者とが語ったことの何を(調書の記載,マスメディアへのリーク等を通じて)外部に公表するのかの決定権限が現状捜査機関側にあり,捜査機関側にとって有利に働かない事実については秘匿されることが多かったのに対し,被疑者の取調べ状況の全面録音・録画が義務化されると,捜査機関側が公開したくないと考えたことについても被疑者・弁護人側が公開できてしまう,ということで捜査機関が情報を完全にはコントロールできなくなるということを意味するわけですが,そのことをネガティブに考えるか否かというのは,その論者が捜査機関側にどれほどシンパシーを持っているのかに依存するように思われます。弁護人は依頼者たる被疑者に対して守秘義務等を負っているので,被疑者の意思に反して,被疑者が秘匿したいと考える事実を公表することは許されないし,実際,一般の弁護人はそこの一線は守っています。少なくとも,捜査機関側よりはそこは守っているわけです(マスコミに何を語っていいかについて,捜査機関側が被疑者の了解を得るという運用にはなっていないはずですし)。そういう意味では,「捜査機関の人間は信頼するに値するが弁護人は信頼するにあたらない」ということを前提とする「弁護人に知らせたらこれを外部に漏らすかもしれないから,取調べの過程で捜査官と被疑者とが語ったことのうち捜査機関が特に選んだものしか,弁護人には教えない」ということは,偏に弁護士を馬鹿に仕切った議論だということができます。いずれにせよ,この問題の解決に,「司法取引」制度の導入は全く無意味です。
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12/06/2009
相変わらず,矢部善朗創価大学法科大学院教授による中傷 が続いているようです。我が地元選出の政治家,竹入義勝がかの宗教団体から受けた中傷の執拗さを思えばさもありなんといったところなのでしょうが。
一々反論している時間はないのですが,例えば,取調べの録音・録画の義務づけの可否に対して,録音録画物が一般公開されるものと誤解して反対している人がいたのでそのようなことはないと認識を正したエントリーに対し,矢部教授が,
小倉秀夫弁護士は、この問題について、「取調べを録画したビデオは一般公開されるわけではない。」において
だって,取調べの全面録音録画の義務化論者だって,録音録画したものを一般に(あるいはマスメディアに)公開することまでは主張していませんから。
と言ってプライバシー侵害の心配がないかのように主張しています。
たしかに手続上は、一般公開など予定されていません。
しかし、一般公開されていないはずの情報が一般(例えばマスコミ)に流出することなど珍しくもなんともありません。
全面録画した情報をどのようにして誰が用いるのかについても議論の余地があります。
弁護人に複製を渡すというのであれば、弁護士事務所の情報管理体制が問われます。
信頼できる弁護士ばかりとは限りません。
と批判してきたので,
取調べの際に被疑者が語った内容が外部に流出する危険に関していえば,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況が録音・録画されることによって格段に高まるわけではありません。プライバシー情報に関していえば,被疑者が自白に転じた後も被疑者の口から語られ得るものですし,現在の運用では被疑者の供述調書に被疑者やその周囲の人物に関するプライバシー情報が多数掲載されています。そして,それらの調書については,その謄写を申請する権利が弁護人に認められており,よほど節約好きの弁護人以外は謄写した調書を事務所に持ち帰って訴訟準備にあたります。しかし,「弁護士が調書を横流しする危険があるから,被疑者を取調べた結果を調書化するのはやめよう」という意見はとんと聞きません。
それなのに,プライバシー侵害の危険を,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況が録音・録画された場合の固有の問題のように誤解させるような発言をするのはいかがなものかなあという気がします。今日パソコンで作成され,パソコン内に原文が蔵置される供述調書の方が,テープ上に録音・録画される過程の取調べ状況の音声・影像より,よほど流出する危険が高いのですが。
という反論 を行いました。
これに対して,矢部教授は,
まず、私のエントリの文章を「正確に」引用した上で、私が言ってもいないことをさも私が言っているかのように書いて、それを批判するという代物です。
しかし,「弁護士が調書を横流しする危険があるから,被疑者を取調べた結果を調書化するのはやめよう」という意見はとんと聞きません。
こういう意見をいったい誰が言っていると言うのでしょうか?
と仰るのですが,「という意見はとんと聞きません。」といっているのに「こういう意見をいったい誰が言っていると言うのでしょうか?」といわれても,答えようがありません。上記文章を読んで,矢部教授が「弁護士が調書を横流しする危険があるから,被疑者を取調べた結果を調書化するのはやめよう」という意見を言っていると読む人はほぼいないのではないかと思います。私は,読み手に普通の読解力があることを期待しています。
それなのに,プライバシー侵害の危険を,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況が録音・録画された場合の固有の問題のように誤解させるような発言をするのはいかがなものかなあという気がします。
誤解させるような発言を、誰が発言したというのでしょうか?
との点に関していえば,取調べ状況を全面的録音・録画を義務づけることの可否という論点との関係で,
全面録画した情報をどのようにして誰が用いるのかについても議論の余地があります。
弁護人に複製を渡すというのであれば、弁護士事務所の情報管理体制が問われます。
信頼できる弁護士ばかりとは限りません。
ということを言い出せば,そのように受け取られても仕方がないでしょう。取調べ状況を全面的録音・録画の義務化の可否と,捜査記録の管理の問題は本来別問題です。
不思議なことに,プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人々の大部分は,捜査機関による恣意的な被疑者のプライバシー情報の開示については,特段の問題を感じない傾向があるようです。
小倉弁護士は、私が「録音・録画に躊躇してみせる人々の大部分」に入っていると言うのでしょうか?
そりゃ,「録音・録画に躊躇してみせる人」には入っているでしょう。「プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人」への批判に,「信頼できる弁護士ばかりとは限りません」等といって,「一般公開されていないはずの情報が一般(例えばマスコミ)に流出すること」の可能性が低くないことを示して批判してきたのですから。
「捏造」っていうのは,「内部調査により、委員長在職中に自分の妻へ送った指輪の購入代金を党の会計から支出し着服横領した」との虚偽の事実を並べ立てて,公党の元委員長を執拗に中傷するような行為に対して用いる言葉ではないでしょうか。
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11/06/2009
取調室で語られたことのうち,何が調書に記載され何が記載されないかについて,必ずしも被疑者にコントロール権がない以上,取調べ過程の全面録音録画の義務化によって調書に記載されていないことを弁護人に知られることが,調書に記載されている内容が捜査官経由でマスメディアにリークされて全国報道されることとと比べて,被疑者のプライバシー権侵害の度合いが大きいとはいえないように私には思えます。
尤も,捜査機関側が恐れているのは,取調室で被疑者が何を語ったのかではなく,取調官が,どのような口調で,どのような表情で,どのような身振りを交えて,何を語ったのかが弁護人に知られてしまうことでしょう。だから,被疑者が希望すれば「雑談中」は被疑者の声だけ記録されないシステムを採用するなんてことに仮になったら,それはそれで何らかの理由をつけて反対するのだろうなあと思ったりします。
また,被疑者=真犯人であることを前提に,「司法取引」が認められれば,捜査機関側としても被疑者が後に罪体を争うことを想定しなくとも良いので捜査を簡便にすますことができるようになりその結果実刑が想定されない事案では早期の身柄釈放が可能となる(「司法取引」が認められないと,実刑が想定されない事案でも,勾留延長してまでの長期の身柄勾留をせざるを得ない)みたいなことを言って,「司法取引は被疑者のためにも有利な制度だ,これに反対する弁護士どもは怪しからん」みたいなことを言う人もいるようですが,その被疑者が真犯人でないときにそれがどう機能するのかを想定しない議論って,刑事訴訟手続に関する議論としては,そもそも失格なのではないかという気がします。その提案というのは,被疑者が無実の場合にはこのような弊害が生じますね,みたいな反論をされると,俺はそんなことはいっていない,誤解だ,誤読だ,捏造だ!と言い出す人もいるようなのですが,その被疑者が真に有実なのかそうでないのかを確実に判別して前者に対してのみ「司法取引」を持ちかけるということはあり得ないわけですから(そもそも,罪体が成立するかどうかを慎重に捜査する手間を省くために「司法取引」を行うというのだから,その時点で有実/無実を確実に見抜けているはずがありません),その提案は,被疑者が無実の場合にも当然適用されるものとして反論をするのは「藁人形叩き」でも何でもない,というのが普通の感覚かなあと思います。
といいますか,その人が所属する弁護士会で,「司法取引を認めれば,軽微な犯罪の被疑者の身柄が早期に釈放されることを見込めるのだから,うちの会としても,刑事訴訟法を改正して,身柄を保釈する代わりに罪体について争う権利を放棄してもらう司法取引制度の早期導入を求める決議をしよう」と働きかけても,同じように,「で,被疑者が無実の場合どうするの?」っていう反論が来るのではないかと思ったりします。
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10/06/2009
前回のエントリーですら「目が点」になってしまう人があの小宇宙にはいるのだなあ,というのは一つの驚きです。
捜査が未了だからって被疑者の身柄を拘束しておかなければいけないわけではないし,といいますか,住所不定ではない被疑者についていえば,罪証隠滅の虞や逃亡の虞が乏しい場合には,捜査未了であっても,被疑者の身柄を勾留していてはいけないのですが,もはやその原則論が忘れ去られているということなのでしょう。
そういう原則を忘れた人たちが「司法取引」を行えるようになるとどうなるのか,概ね見当がつきます。「身柄を早期に解放して欲しければ,司法取引に応じろ」という要求がなされることになるのでしょう。被疑者は,身柄を早期に解放して欲しければ,捜査官の「見込み」が真実ではないことを法廷で争う権利を放棄しなければならなくなる。そういう運用がなされることが容易に想像できます。特に,冤罪率が高く,近年公判で犯行を否認されることが多い痴漢系では,冤罪のケースを含めて,司法取引が広く活用されることになりそうです。
「司法取引は弁護人が認めた場合に限る」としたって,冤罪ケースでは,「身柄拘束が長期化して生活基盤が破壊されること」と「やってもいない罪に関して法廷で無罪を主張する権利を放棄すること」のどちらかを選べという「究極の選択」になるわけですから,弁護人だって困ってしまいます。まあ,痴漢等でしたら,たいていの場合被告人の弁明など聞き入れる気もなく,被害者の証言が支離滅裂でも客観証拠に反しても意に介さず有罪判決を下す人の割合が高い職業裁判官による裁判を引き続き受けなければいけないので,「ここで司法取引を拒否しても,公判で無罪判決が下される可能性は低いから,私もあなたがやっていないということを確信しているけど,司法取引に応じた方が利口だと思うよ」みたいなアドバイスをせざるを得ないところでしょうか。
かくして,「被疑者の身柄を拘束している」という状況を利用して,身柄解放後争う余地のない形で,無実の人にも罪を認めさせるシステムが,「司法取引」という形でできあがってくる。いまは弁護士である矢部教授は,そのような司法取引制度の導入に積極的だということのようです。
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矢部善朗創価大学法科大学院教授がそのブログ で次のように述べています。
傷害事件の例でわかりやすそうな例え話を言えば、AがBを殴って全治2週間くらいの怪我を負わせたという事案で、初犯でかつ被害弁償も済んでいるということであれば罰金刑でいいような事案なのですが、Aが正式裁判を請求してその場で、「Bが先に手を出したから殴られないようにするために殴ったんだ。」と一言いえば、直ちに正当防衛で無罪という可能性が出てきます。
そうすると、検察官としては、正式裁判を請求されて無罪の主張をされてもそれに対する反論ができるように、正当防衛などの無罪の理由になりそうな事実がないことを含めて捜査することになります。
そうすると、到底2〜3日の捜査では終わらず、場合によっては勾留延長をして20日間目一杯勾留してから略式裁判の手続に入ることになってしまう場合が多くなります。
矢部教授は,検察官時代,そのような案件でも勾留延長請求までしていたのでしょうか。
被疑者からはなぜ殴るに至ったのかを含めて供述調書を取っておく(初犯でかつ被害弁償も済んでいるということであれば,脅迫や偽計等を行う余地を与えなくともその程度の供述調書は取れるのではないかと思います。),被害者からもなぜ殴られるに至ったのかを含めて供述調書を取っておき,また目撃者がいれば目撃者からも供述調書を取っておく,もちろん,医師の診断書や,実況見分調書などの諸々の書類を作成する必要があるとはいえ,これらはいずれも被疑者を勾留しておかなければできないってものではないので,そもそも最初の勾留さえいらないくらいです。
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09/06/2009
警察等による不適切な取調べにより虚偽自白が引き出されこれにより無実の者が刑に処せられるというリスクよりも被疑者等のプライバシーを重視して被疑者が自白に転ずるまでの取調べ過程を録音録画することを断念したとしても、植草元教授の事件の時のように、捜査の過程で入手したプライバシー情報──とりわけ、通常公開されたくないであろう個人の性癖に関する情報等──が意図的に公開されて、しかも誰も責任をとらないというのでは、被疑者等のプライバシーという点ではどうしようもないように思います。
しかも、捜査機関経由でマスコミが取得した情報の中には、意図的に嘘が混ぜられることがあることは、小沢氏秘書逮捕事件などでも明らかになってきたのではないかという気がします(捜査機関側からのリークも受けていないのに、記者がゼロベースでねつ造した可能性も論理的にはありますけど、蓋然性は低いように思いますし。)。
そういう意味では、被疑者等のプライバシーを重視するのであれば、冤罪を生み出す可能性を放置して被疑者が自白に転ずるまでの取調べ過程の録音録画を断念するという消極的な方法をとるのではなく、取調べ過程で得た情報をリークその他本来的でない用法に用いた公務員に対する処分を毅然と行うといった積極的な方法をとるべきではないかと思ったりします。
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矢部善朗創価大学法科大学院教授は次のように 述べています。
小倉秀夫弁護士は、この問題について、「取調べを録画したビデオは一般公開されるわけではない。」において
だって,取調べの全面録音録画の義務化論者だって,録音録画したものを一般に(あるいはマスメディアに)公開することまでは主張していませんから。
と言ってプライバシー侵害の心配がないかのように主張しています。
たしかに手続上は、一般公開など予定されていません。
しかし、一般公開されていないはずの情報が一般(例えばマスコミ)に流出することなど珍しくもなんともありません。
全面録画した情報をどのようにして誰が用いるのかについても議論の余地があります。
弁護人に複製を渡すというのであれば、弁護士事務所の情報管理体制が問われます。
信頼できる弁護士ばかりとは限りません。
取調べの際に被疑者が語った内容が外部に流出する危険に関していえば,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況が録音・録画されることによって格段に高まるわけではありません。プライバシー情報に関していえば,被疑者が自白に転じた後も被疑者の口から語られ得るものですし,現在の運用では被疑者の供述調書に被疑者やその周囲の人物に関するプライバシー情報が多数掲載されています。そして,それらの調書については,その謄写を申請する権利が弁護人に認められており,よほど節約好きの弁護人以外は謄写した調書を事務所に持ち帰って訴訟準備にあたります。しかし,「弁護士が調書を横流しする危険があるから,被疑者を取調べた結果を調書化するのはやめよう」という意見はとんと聞きません。
それなのに,プライバシー侵害の危険を,被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況が録音・録画された場合の固有の問題のように誤解させるような発言をするのはいかがなものかなあという気がします。今日パソコンで作成され,パソコン内に原文が蔵置される供述調書の方が,テープ上に録音・録画される過程の取調べ状況の音声・影像より,よほど流出する危険が高いの ですが。
それらの調書に記載されている一般公開されていないはずの情報をもっとも意図的に流出されているのは,捜査機関側です。公式の記者会見で発表されたものであれ,非公式にリークされたものであれ,プライバシー権を侵害していることには代わりがありません。不思議なことに,プライバシーの問題を強調して被疑者が自白に転じるまでの過程の取調べ状況の録音・録画に躊躇してみせる人々の大部分は,捜査機関による恣意的な被疑者のプライバシー情報の開示については,特段の問題を感じない傾向があるようです。
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08/06/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授のブログ のコメント欄で、「キメイラ」さんといういろいろなところで私についてネガティブなコメントを投稿される方が、「それではネット検索できる著名な民事事件と過去の刑事事件を見てみましょう。(検索にひっかからないのは掲載できませんが)」として私の敗訴判決だけを選ってこれが掲載されている文書のURLを投稿されているようです。やはり私についてネガティブなコメントを付けるのがお好きなハスカップさんがこれをサポートされています。
ある程度訴訟をこなしているとどうしてもそれなりに敗訴することは避けがたいのです。もちろん、勝率を高めるために、確実に勝てると踏まない限り引き受けないまたは判決まで持ち込まないというポリシーの方もいるとは思うのですが、それは私のポリシーではありません。
だからそれはそれでかまわないのですが、ネット検索できる有名な民事事件のうち私が勝訴した者を紹介しないというのもとても印象操作的で面白いですね。もちろん、私の場合敗訴事件に著名事件が多いのですが、勝訴事件でも著名事件は多いのですけど(mp3.co.jp事件にしても、まねきTV事件にしても、中古ゲーム訴訟にしても、ネット検索で引っかからないということはないように思うのですが。)。
そうそう、中古ゲーム訴訟については、唯一販売店側が敗訴した大阪訴訟地裁判決だけが紹介されているようですが、この件については結局高裁で逆転し、東京訴訟と共に販売店側が勝訴したことは結構世の中に知られていたかと思うのですけど、キメイラさんはご存じなかったのでしょうか(どういう検索の仕方をしたら、中古ゲーム訴訟の関連で、大阪訴訟地裁判決しか検索で引っかからないということがあるのかわかりませんが。)。また、住基ネット訴訟も、私が訴訟代理人になっている事件で数少ない原告が勝訴した事件のみを紹介されているようですが、これが高裁で逆転され、結局、住基ネット訴訟についていえば最終的に原告敗訴で終わっていることも結構知られているかと思ったのですが、そうでもなかったのでしょうか。
あと詰めが甘いと思ったのは、クレイジーレーサー事件を紹介するのならば、中間判決の方を紹介した方が、誤解を生じやすかったのではないかということですね。終局判決についていうと、114条各項の適否について私の主張がほぼ通っているので(著作権法関係では初判断だったと思います。)、損害賠償請求については9割方勝訴という事案ですから(原告の請求額と実際の認容額との差に注目!)、紹介した意図に合致していないのではないかと思ったりします。
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司法取引制度の導入に積極的な弁護士というのも世の中にはいるようです。まあ、内部における言論の多様性が大きいのが弁護士会の特徴の一つですから、それはそれで構わないのですが。
もちろん、司法取引制度は、刑事裁判にかかるコストを削減するという意味では特に犯罪大国アメリカなどでは必要悪的な側面があるのですが、わが国のように、そうはいっても治安がよい国で導入するのは如何なものかという気がしなくはありません。
というのも、司法取引制度は、無実の人間を刑事処罰することに繋がる、一種の「冤罪を生み出すシステム」となりうるからです。例えば、共犯として複数の人が逮捕され取り調べられている場合には、まさに「囚人のパラドックス」が生ずるため、被疑事実に全く身に覚えが無くとも我先に司法取引に応ずるのが合理的だということになりますし、単独犯として逮捕された場合でも、職業裁判官や裁判員に対する信用がおけなければ、筋を通してやっていないことはやっていないとして司法取引に応ずることを拒否するのは大博打となってしまいます。
私のように刑事弁護をやらない弁護士にすら、司法取引制度が無実の人間の処罰に繋がりやすいことは知られています。
情報の非対称性ないし不確実性を梃として無実の人間に刑事罰を科すことを可能とする司法取引制度を導入するのであれば、暴行・脅迫・偽計等により自白を引き出すことにより冤罪を生み出す危険を狭める被疑者取調べへの弁護人の立会いを認めても構わないみたいな話って、私にはにわかに賛同しがたいところです。
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07/06/2009
取調べの全面録音録画の義務化への反対論の多くは,荒唐無稽な誤解に基づいているように見えます。
例えば,こちら では,
取調べの可視化=
被疑者のプライバシーの侵害
である
ことは、ほとんど報道されてない気がする。
そりゃ,そんなこと報道されていません。だって,取調べの全面録音録画の義務化論者だって,録音録画したものを一般に(あるいはマスメディアに)公開することまでは主張していませんから。
いじめっ子ABC、いじめられっ子D
Dは、ABCの命令で、万引きしました
Dは、ビデオの前で、「ABCに命令されました」
言えるでしょうか?
とのことですが,「ビデオの前だと」いえない理由は乏しいですね。ビデオがまわっていようといまいと,その後,ABCに捜査の手が及ぶことがあれば,Dが取調官に対して,「ABCに命令されました」といっていたことが普通にわかるわけですから。
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06/06/2009
足利事件に関しては,裁判官らは,どの段階で菅家さんが無実であることに気がついていたのでしょうか。
再審請求審を担当した宇都宮地裁の裁判官は気がつかれていたのではないか,と思います。だからこそ,より精度の高い方式での再鑑定を行うことを回避せざるを得なかったのでしょう。他方,彼らとしても,自分が関わらない形で菅家さんが無罪になることを拒む理由はないので,DNA鑑定資料(被害者の半袖下着)の冷凍保存を自治医大に委託したのではないか,という感じがします(鑑定資料の冷凍保存を委託しておきながら再鑑定を行わない合理的な理由が,あまり見あたりませんし。)。
その抗告審である東京高裁は,飯塚事件の被告人が森英介法務大臣(工学博士)の指示により処刑された平成20年10月に「裁判所が再鑑定を行うのなら敢えて反対しない」という内容の意見書の提出を受けて,すなわち,この事件については再審→無罪もやむ無しとの合図を受けて,漸く再鑑定を行うことを了承したのです。
では,それに先立つ公判を担当した裁判官はどうだったのでしょう。もともと当時のDNA鑑定は精度が高いものではなく「真犯人と型が一致≒被告人が真犯人」とできるような類のものではなかったわけですし,自白調書の記載には矛盾が多々あることが二審の弁護人により指摘されていたわけですから,これは怪しいと気がついていたのではないかという気がしないではありません。右陪席だった岡村稔判事(当時)も,左陪席であった長谷川憲一判事もまだご存命のようなので,このようなことを繰り返さないためにも,国会等で,特別に守秘義務を解除して,そのときの合議の状況等を語らせる等してみたらよいのでは,と思わなくはありません。
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05/06/2009
なお,同じように精度の低いDNA鑑定で有罪認定がなされた例としては,飯塚事件があります。
こちらは,被告人は一貫して犯行を否認し,DNA鑑定も,科捜研と大学に鑑定を依頼し,科捜研のみが「一致」との結論を下したにすぎないものでした。それでも,裁判所はそれに飛びついて有罪認定をし,一貫して犯行を否認した点を重視して死刑判決を下してしまいました。まあ,御上の手を煩わせるやつは許せないと言うことです。被害者が一人ですから,やっていなかったこともやったと早期に認めて,「恭順」の方針でいっていれば,死刑は回避できた可能性が高いとは思います。
こちらは,受刑者側が再審請求を準備する中,昨年10月,死刑が執行されてしまいました。
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足利事件については,とかくDNA鑑定の進歩という点が語られがちですが,この年表からも わかるとおり,そもそも筋が悪い事件です。
そもそも客観的な証拠がないのに菅家さんを犯人性が高いと考えたのは,
「子供を見る目が怪しかった」という証言があった
軽い障害があった
血液型は犯人と同じB型であった
パチンコ好きだった。
という程度のものでした。
この程度の根拠でも,捜査官らの豊穣な認識の下では,「客観的証拠の有無と犯人性の高低は必ずしも相関しない」(by 感熱紙さん)ということだそうなので、ここでも,上記程度の客観証拠でも,捜査対象をほぼ菅谷さんに絞り込み,捜査令状無しで室内を調査したり,勤務先へ聞き込みを行ったり,逮捕まで約1年間も尾行し続けたりし,菅家さんが解雇される要因を作ったりしたのです。その後も,早朝に令状無しで菅家さんを警察署へ連行し夜中まで取り調べて自白に追い込むなど,被疑者の手続的権利を無視し続けたわけです。いくら刑罰法規の一般予防機能を守るためだとはいえ,ひどすぎると言ってしまうと,また某所で集中的な個人攻撃をされそうです。
警察は,先行する同種事件についても,客観証拠に乏しいながらも,「厳しい取調べ」によって菅家さんを自白に追い込んだわけです。「客観的証拠の有無と犯人性の高低は必ずしも相関しない」(by 感熱紙さん)という認識を有している捜査官らは,その被害児童が午後2時過ぎに同い年くらいの男の子と渡良瀬川の方へ向かって走り去って行くのを目撃したという供述をした近所の食堂の店員に対し,その供述を変更するより強く求め,その記憶と異なる員面調書,検面調書を作成させたわけです。さすが,「第三者の目撃証言」との矛盾と犯人性の高低は必ずしも相関しないというわけです。
この先行事件については結局起訴されなかったのですが,同一地域の同種事件について,同様に自白が得られたにもかかわらず,アリバイが成立してしまっているのですから,(その先行事件を含めて真犯人が別にいる蓋然性の高さを考慮して)本来はここで引き返すべきだったわけですが,もう1年も菅家さんが真犯人であるという前提で捜査態勢を組んでしまったので,今更引き返せなかったのでしょう。まあ,この程度の証拠資料だけで起訴しても,最新のDNA鑑定で菅家さんがほぼ100%無実であるということが示されるまでは,裁判官は「自白も信用できる」としてあっさり有罪判決してくれるわけですから,起訴を躊躇する理由なんて何一つなかったわけです。
ただ,これだけのことをしても,高裁判決の約2カ月後に,また隣接地で同種の犯行が行われてしまったので,折角被疑者の手続的権利を奪って自白調書を作成し起訴→有罪に追い込んだというのに,一般予防機能は果たせなかったのではないかという気がします。
【追記】
矢部教授は,そのブログ のコメント欄で,
本件は、小倉弁護士が言っている「ヤマ勘捜査」の対極にある事件です。
当時のDNA鑑定を絶対視していた警察・検察・裁判所は、たとえ自白がなくても、客観証拠が極めて強固な事件として確信をもって起訴し、有罪判決を宣告したことが想像されます。
と仰っているようです。「100人に1〜2人はいる」程度の当時のDNA鑑定に飛びついたのは,「ヤマ勘捜査」の賜物のように思われますが。
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04/06/2009
矢部教授が開設する2ちゃんねる型の匿名電子掲示板 は,今日も今日とて中傷文言で一杯です。その中に,次のようなコメントがありました。
1294 名前:感熱紙 投稿日: 2009/06/03(水) 20:01:03 ID:Fb.AVuDUC
話が逸れますが…
取調べや自白に関して、モトケン先生とオグラ弁護士とで話が全く噛み合わない理由が分かりました。
オグラ弁護士は「厳しい取調べ」と「拷問?脅迫」の区別が理解できない、あるいは区別したくないんですね。
つまり「確実な証拠がなく、頑強に否認する被疑者にはなすすべなく手を拱け」ということになる。
そりゃあ実際に数多くの被疑者と対峙してきたモトケン先生とは話が噛み合わないわけですな。
この投稿者は警察にお勤めのようなのですが,この発言の中に,なぜ未だ虚偽自白に頼った結果の冤罪が絶えないのかが見え隠れしているようです。
つまり,この人の信念としては,「拷問?脅迫」として特に禁止された手段さえ用いなければ,被疑者の真意に反して,捜査機関の見込みに沿った自白調書を作成し署名・捺印させることは,「善」なのでしょう。「自白調書がなければ有罪に持ち込めない危険が高い」ということは,「客観証拠を見る限りその被疑者が真犯人である可能性はさほど高くない」ということであるわけで,そのようなケースで,「厳しい取調べ」により捜査官の「見込み」に沿う自白調書を作り上げ,検察官もこれに乗っかって不十分な客観証拠の元で被疑者を起訴し,裁判官もこれに乗っかって不十分な客観証拠の元で有罪判決を下すということが冤罪の温床となっているということを理解できないのでしょう。
もっとわかりやすくいうと,真犯人でなくとも自白調書に署名・捺印をしてしまうような状況で「自白調書」が作成されたとしても,それが被疑者の記憶に合致したものである蓋然性は,捜査官のそのときの認識が被疑者の認識と合致している蓋然性と大差ないのであって,そのような「自白調書」は,捜査官のその時点での認識を「報告書」という形で文書化したものと,本来の証明力において大差はありません。
客観的な証拠が乏しい事案で。捜査官が自身の認識を自己の名義で記載した「報告書」を主たる証拠として被告人を有罪とするのが正しくないことは概ね合意が得られると思うのですが,被疑者の認識として自発的に語られるものを撥ね付けて,「厳しい取調べ」によって捜査官自身の認識を被疑者名義の「自白調書」という形で作成してしまえばそれを主たる証拠として被告人を有罪とするのが正しいというのは、普通に考えておかしい話です。
(実際、米国でも、弁護人の立会いがない状況で作成された自白調書には無茶苦茶なものが少なからずある(例えば、殺人を犯したと自白したが「被害者」は生きていたとか、「犯行」が行われたとされる日時には被疑者が服役していたとか。)と、米国の研究者が来日していたときに仰っていた かと思います。)
矢部教授は,被疑者の手続権利を重視せよと主張した「パブ弁!」さんにはその氏名等の公開を求めましたが,このような認識を有している警察官の氏名等の開示を求めた方が,冤罪を少なくする役に立つのでは?とも思ったりします。
【追記】
感熱紙さんは、その掲示板で次のように述べているようです。
客観的証拠の有無と犯人性の高低は必ずしも相関しない、という現実が分かっていない貧弱な認識ですね。
しかし、「客観的な証拠は十分ではなくとも、自分には、あいつが真犯人であることがはっきりと分かっている。だから、『厳しい取調べ』によりあいつを自白に追い込むのだ」という捜査官は、冤罪を生み出す危険が高いと言わざるを得ません。
被疑事実を否認している被疑者に関して、「客観的な証拠はない」が「犯人性が高い」場合としてどのようなものを想定しているのかよく分かりませんが、「犯人性が高い」とする根拠が「ヤマ勘」以上のものであるならば、その捜査官以外も同じ論理で犯人性を認定することができるのでしょうから、「厳しい取調べ」により自白調書を押しつけなくとも、その被疑者を起訴し、有罪に導くことができるはずです。
しかし、実際には、その被疑者が真犯人であると考える根拠は万人を納得させられるようなものでないことが分かっているが故に、捜査官は、真犯人でなくとも自白をしてしまうような手法を用いて、自白を取りに来るのです。
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03/06/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授が次のように 述べています。
そして最終的には「中立的です。」とだけ言っているのですが、結局、私の
そのような弁護人の対応に照らして、少なくとも、自白は原則として強要されたものである、という指摘は正しくないと思われます。
という主張の当否については、何も批判していません。
しかし,矢部教授が批判の対象としている私の,
客観証拠がそろっていれば,自白を強要しなくとも被疑者を起訴し,有罪に持ち込むことが可能です。
という発言に対して,
この記述において最初に指摘すべきことは、小倉弁護士が「自白を強要しなくとも」と言っている点です。 自白は、常に強要によって得られるものとは限りません。 これは取調べ全面録画が行われれば疑義無く明らかになることですが、誰が見ても自発的になされている自白、捜査官の説得によってする自白、強要される自白などいろいろありますが、小倉弁護士の論調によると、自白は強要されて得られるのが原則であるという印象を持つ人がいるかもしれませんので、そういうわけではないということは指摘しておきます。
とつなげているその流れ自体が,特定の新興宗教を信仰していない私とは相容れないものです。「自白を強要しなくとも被疑者を起訴することが可能だ」という文は,一般人の言語感覚では,「現状において,自白は、常に強要によって得られるものである」との意味を含有していません。「自発的に,あるいは捜査官による穏やかな説得によって自白にいたる被疑者が大部分であるが,中にはそのような手段では自白に至らない被疑者もいるので,『刑罰法規の一般予防機能』を守り将来の被害者を出さないようにするために,自白を強要する余地を残すべきだ」として「被疑者が自白に至までの取調べ過程の録音・録画に反対し,取調べ過程への弁護人の立ち会いを求める弁護士に対し「お前は,将来の犯罪被害者を増やす気か!」という訳のわからないすごみ方をする人に対して,
客観証拠がそろっていれば,自白を強要しなくとも被疑者を起訴し,有罪に持ち込むことが可能です。
との反論は,「自発的に,あるいは捜査官による穏やかな説得によって自白にいたる被疑者」と「録音・録画されたら後で問題となる取り調べがなされた結果自白にいたる被疑者」との比率がどうであるという認識を話者が持っていようとも同様に成立します。
なお,逮捕当時被疑事実の全部または一部を否認していた被疑者が取調べ過程で自白に転じた例のうち,真に自発的に自白に転じた例,あるいは,捜査官による穏やかな説得によって自白に転じた例がどの程度あるのかについては,これといった統計資料はなかったように思うのですが,矢部教授はこの点に関する調査研究を行っているのでしょうか。また,例えば,被疑者がその記憶するとおりに語ってもそれが捜査官の「見込み」と一致しない限り「嘘をつくな」といわれて何度も同じことを聞かれるという状況が朝から夜まで続くということについに根負けをして捜査官の「見込み」に合致する「自白」をしてしまった場合,これは「捜査官の説得によってする自白」に含まれるのでしょうか,それとも「強要される自白」にふくまれるのでしょうか。それ次第によっては「強要される自白」の比率は大いに違ってきそうな気がします。
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02/06/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授が次のように 述べています。
検事は、常に辣腕弁護士ならどのような弁護活動をするだろうかということを考えて仕事をしています。
多くの弁護士は「ご冗談を」と思ってしまうのではないでしょうか。あるいは,検察の主張立証の甘さを救済する判決を下すことを余儀なくされている刑事裁判官も「ご冗談を」と思っているかもしれません。
判決言い渡し直前に真犯人が明らかになったために無罪判決が言い渡された宇和島事件(松山地方裁判所宇和島支部平成12年5月26日判時1731号153頁)では,
平成一一年一月八日午後零時一四分ころ、愛媛県宇和島市栄町港三丁目三〇三番地所在のえひめ南農業協同組合本所において、犯人が、ボールペンを用いて、同所備え付けの貯金払戻請求書用紙の口座番号欄に「2243952」、金額欄に「500000」、おなまえ欄に「甲野N子」と記入し、そのお届印欄に「甲野」と刻した印鑑を押捺した上、同組合本所の窓口係員丙山M子に対し、普通貯金通帳とともに提出して普通貯金の払戻しを請求し、丙山から現金五〇万円の交付を受けたという事実
関係の下で,「貯金払戻請求書の口座番号欄、金額欄及びおなまえ欄の各記載」が被告人の筆跡によるものとの鑑定結果も得られず,「犯人が五〇万円の払戻しを受けた当時の店内の様子は防犯ビデオに録画され、その画像中に犯人の姿が撮影されているが、その画像は不鮮明であるため、これらの証拠のみから、撮影された犯人が被告人と同一人物であるかどうか、判断することができない」等の事情があっても,警察官が、机を叩くなどしつつ、「証拠があるんやけん、早く白状したらどうなんや。実家の方に捜しに行かんといけんようになるけん迷惑がかかるぞ.会社とか従業員のみんなにも迷惑が掛かるけん早よ認めた方がええぞ。長くなるとだんだん罪が重くなるぞ。」等と述べるなどして勝ち取った自白調書を頼りに,検察官は起訴をしてしまったわけです。
犯人が書き入れたことが明らかな記載についてその筆跡が被告人のものであるとの鑑定結果がないというときに,どんな敏腕弁護士でも,そんなことには気がつかないと考えて仕事をしていたのでしょうか。
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01/06/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授が「およそあり得ない弁護士像 」というエントリーを書いています。
私も,「刑罰法規の一般予防機能に配慮して被疑者の手続的権利の行使を躊躇する弁護人」なんて現実にはほとんどいないと思います。ただし,その理由は,被疑者の手続的権利が十分に保障され,意に沿わない自白を強要されないように弁護人が活動すると,将来の犯罪被害者を増やすことになるという感覚を持ち合わせていないということにあります。起訴前弁護を担当する弁護士のほとんどは,警察官が無理矢理被疑者を「自白」に追い込むことを阻止するために活動することにより「ああ,おれは将来の犯罪被害者を増やす活動をしているのだなあ」と葛藤することなどないのです。すなわち,被疑者の手続的権利の保障と刑罰法規の一般予防機能とを対立関係に置く見解を支持している弁護士を探すことがまず困難なのです。
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31/05/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授 は,
客観証拠がそろっていれば,自白を強要しなくとも被疑者を起訴し,有罪に持ち込むことが可能です。
という発言を取り上げて,
そのような弁護人の対応に照らして、少なくとも、自白は原則として強要されたものである、という指摘は正しくないと思われます。
と小括しています。しかし,「客観証拠がそろっていれば,自白を強要しなくとも被疑者を起訴し,有罪に持ち込むことが可能です。」という文は,捜査段階での自白における自発的になされるものと強要されてなされるものの各割合等については中立的です。
また,
事件によっては、被疑者が犯人であることが被疑者の自白を待つまでもなく明々白々な事案であっても、被疑者の自供によって犯行動機を解明しないと、被疑者の責任能力に問題が生じるという事案もあります。責任能力を否定されますと無罪になります。
とのことですが,被疑者が完全黙秘を貫き動機がついに明らかにされなかった事案で責任能力を否定され無罪となった事案があるのであれば,それをまず提示したら良いのではないかと思います。
また,
犯罪によって自白がないと罪名の決定(被疑者は何罪を犯そうとしたのか?)の問題について困難を来す場合があります。これは、刑法の規定の仕方によって生じる問題です。 とも述べられています。これは,捜査段階での自白を証拠とすることに積極的な方がよく行う反論です。
ただし,行為当時の主観的事情は,多くの場合,行為の外形等から推認していくものであって,必ずしも「自白」を得る必要はありません。例えば,児童ポルノ法違反被疑事件で被害児童が10歳くらいであった場合に「18歳未満だとは知らなかった」との主張を被疑者が貫いたとしても,被害児童が18歳未満であったことを知っていたと認定して起訴をすることが可能です。他方,被害児童が17歳くらいの場合は,行為の外形等から推認しにくいところですが,このような場合に,「真犯人でなくとも自白してしまいかねない手法」での取調べを容認すると,本来(法的には)処罰されるべきではない人々を処罰することになります。警察が逮捕した以上,無実であっても処罰することが,一般予防に資するという人もいるかもしれませんが。
また,主観的事情を認定するにあたって被疑者にこれを問い糺すことが有益だとしても,それは,犯人性が主たる争点となっている事案において被告人の捜査段階での自白調書を中核たる証拠として被疑者を起訴し被告人を処罰することの問題点がなくなるわけではありません。
そして、強要された自白の信用性に問題が生じることは、捜査機関を含めて刑事司法に携わる全ての者のコンセンサスです(どんな場合にも大多数に同意しない一部の人がいることは否定しません。)
とのことですが,強要された自白が客観証拠から見て自然なものとなっているのかについては,調書の作成を担当する取調担当官が当時どこまで正確に事案を把握していたかによるところが大きいです。とはいえ,この点に問題があり,自白調書の記載が,後に判明した客観的事実と食い違っていても,平然と有罪判決を下すのが我が国の刑事裁判所です。
「蓋然性が高いとは認められない」というのも不適切です。ここでは「客観証拠だけでは真犯人であると証明できるとは認められない」と言うべきでしょう。
刑事裁判では「蓋然性が高い」という程度では有罪認定しないからです。
とのことですが,制度論と現実論を混同されているようです。建前上は,「蓋然性が高い」という程度では有罪認定しないことになっていますが,現実には,被告人が真犯人であるとしてもあながち不合理とはいえないという程度でも,有罪認定がなされる場合が少なからずあります。その典型例は一連の「痴漢冤罪」関係ですが,かならずしもそれに限られません。御殿場事件などを見れば,
「一生刑務所から出られなくしてやる」
「お前は人間として扱わない」 等と脅して自白調書を取ってしまえば,被疑者及び被害者の足取りについて裏付け捜査をしなくとも,着衣等に被疑者の体液等が付着していないかどうか検証しなくとも強姦の容疑で訴追することが可能だし,被疑者から,「門限を過ぎていて、親に怒られるのが怖くてウソをついた」と供述を得ても,「犯行日時」を前倒しする訴因変更を行えば,裁判所はこれ幸いと有罪認定してくれます。
いずれにせよ,弁護人がきちんと起訴前弁護を行い被疑者が意に沿わない自白をしないようにすることは将来の犯罪被害者を生み出す行為であると考えている弁護士に弁護される無実の被疑者は大変だなあと思います。
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「この被疑者について,黙秘権の行使その他の手続的権利が保障されるように弁護活動をすると,この被疑者が不起訴となり,あるいは起訴されても,「自白調書」がないために,裁判官は無罪判決を下さざるを得ないかもしれない。そうなると,「悪いことをしたら処罰される」という脅しが利かなくなり,新たな犯罪を誘発することになるかもしれない」と思い悩んで,被疑者が手続的権利を行使することの手助けをすることを差し控えるような弁護士がいるとしたらとても不幸なことです。
ただ,今でも刑事弁護を熱心にやっている生粋系の弁護士からは,一部のヤメ検さんによる起訴前弁護活動の惨状についてはいろいろな話を聞く機会があります。今までは「単なる手抜き」だと思っていたのですが,ひょっとしたら,刑罰法規の一般予防機能を害することがないよう,敢えて,被疑者が「自白調書」にサインするようにし向けていたのかもしれません。
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30/05/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授からまた不思議な批判 を受けているようです。
私の
「真犯人を適正に処罰すべし」という理想は、つまるところ、その事件の被害者および将来的に発生するかも知れない被害者の人権保障の問題なんですけど、パブ弁!さんの発想の中には、そういう観点が完全に欠落しているように思われます。 つまり、人権保障対人権保障の緊張関係が存在するということなんですけど、パブ弁!さんは刑事政策というものを考えたことがないのでしょうか?
というコメントは、全くの素人の方には説明不足だったかも知れませんが、刑法の教科書ならどの教科書にも載っている刑法の法益保護機能、その中でも特に一般予防機能(つまり、悪いことをしたら処罰されるぞ、ということを国民全般に周知させることによって、犯罪を予防しようという威嚇効果。ひらったく言えば脅し)を指摘したものであり法学部の学生程度の知識があれば当然分かると思っていました。
小倉弁護士には、「将来的に発生するかも知れない被害者」という言葉が理解できなかったようです。
被害者が発生すると言うことは、命や財産を奪われる人が生じるということです。命や財産は「被害者の人権」です。
そして一般予防のための威嚇効果を十分発揮させるためには、理想的には真犯人が必ず検挙され処罰されるという事実が必要だという、刑事司法に携わるものにとって常識的と言えることを述べたものです。
逆に言いますと、言い逃れなどによって罪を免れる真犯人が増えてくれば、犯罪防止のための威嚇力が失われるということです。
客観証拠がそろっていれば,自白を強要しなくとも被疑者を起訴し,有罪に持ち込むことが可能です(パブ弁!さんを含む取調べへ弁護人の立会い権を求める論者もまた,客観証拠がそろっている案件で被疑者を起訴し,処罰することを否定していないようにみえます。)。従って,被疑者・被告人の手続的権利と緊張関係に立つのは,「客観証拠だけでは真犯人である蓋然性が高いとは認められない被疑者・被告人を,それでも起訴し,有罪に持ち込むこと」によって得られる利益ということになります。
そこでは,「悪いことをしなくとも(捜査機関ににらまれたら)処罰され,その分,悪いことをしても処罰されない人が発生する」わけですから,そのような運用がなされていることが周知されることによりもたらされる「教訓」は,「捜査機関ににらまれたら処罰されるぞ」ということであり,そこで予防されるものは,「国家機関,とりわけ捜査機関の不興を買う行為」ということになります。
あるいは,被告人及び弁護人に犯人性を争うことを禁止し,情報統制を行うことによって,「捜査機関により真犯人であると見込まれた人=真犯人」との誤った情報を国民全般に周知させることができれば,「悪いことをしたら処罰されるぞ」という脅しを国民に対し行うことができるということかもしれません。しかし,自公連立政権で衆参3分の2の議席をとるにはいたらずそのような後ろ向きの憲法改正がなされる危険が遠のいた今,それはさすがに無理でしょう。
創価大学の法科大学院では,被疑者・被告人の手続的権利を保障することは刑法の一般予防機能を害するから抑制されて然るべきだと教えているのかもしれませんが,かなりマイナーな見解ではないかと思います。
小倉弁護士は、
被疑者・被告人の手続的権利を十分に保障することなく引き出された「自白調書」に頼らなければ有罪判決を下せないような案件は,もともと冤罪である蓋然性が高い
と言っていますが、法律家的にはとても違和感のある文章です。
小倉弁護士は、単なる「自白調書」ではなく、「被疑者・被告人の手続的権利を十分に保障することなく引き出された『自白調書』」と言っています。
どうしてそういう限定をつけて論じるのか疑問ですがそれはともかく。
とのことですが,パブ弁!さんを含む取調べへ弁護人の立会い権を求める論者もまた,被疑者・被告人の手続的権利を十分に保障された状況でなされた自白調書に証拠能力・証拠価値を認めることまで否定されていないように見えます(補強証拠は必要ですが。)。
法律家は、自白調書については証拠能力と信用性を問題にします。
証拠能力とは証拠として使えるかどうかの問題で、具体的には、任意性に疑いがある場合とそれより広く自白調書の成立経緯について手続的な違法がある場合が考えられます。
「手続的権利を十分に保障することなく引き出された」というのは、そういう意識のもとに書かれた文章なのか不明瞭ですが、証拠能力に問題がある場合という意味であるならば、そんな「自白調書」はそもそも頼ることができません。
手続的権利が十分に保障されておらず,したがって,「真犯人でなくとも,捜査官の『見込み』に沿った自白をしてしまう環境」で作成された自白調書についても,日本の裁判所が証拠能力を認め,これに頼った有罪判決を下してきたことは,法律家の間では常識ではないかと思います。
小倉弁護士は証拠能力に問題がある「自白調書」に頼って有罪判決を下すことを認めるのでしょうか?
そのようなことは許されるべきではないが,現実には横行しているというべきでしょう。
まさかそんなことはないと思いますので、最大限善解すれば、警察や検察官は「「手続的権利を十分に保障することなく」自白調書を作成するが、裁判官はそれを見抜けない、ということが言いたいのかも知れません。
しかし、そうであるとすると、検事は、任意性に疑いのある自白調書に頼って、裁判官がそれを見逃してくれること期待して起訴していることになります。
小倉弁護士の同期にも検事や刑事裁判官が何人かいると思いますが、その人たちが小倉弁護士のエントリを読んで小倉弁護士をどう評価するかは、ある程度確実に予測できます。
小倉弁護士は、私に対する批判が私に対する批判にとどまらないところがあることを自覚されているのだろうか?
我が国において,その作成過程に問題のある自白調書に頼った起訴がなされていないか,裁判所が,そのような自白調書に証拠能力を認めてそれに頼った有罪判決を下すことがないか,同じ創価大学法科大学院で刑事法を教えている山下弁護士と意見交換されてみてはいかがでしょうか。
「自白調書」には、「任意性や信用性に全く問題がない自白調書」、「任意性には問題がないが信用性に問題がある自白調書」、「任意性に疑いがある自白調書」があります。
小倉弁護士は、このうち「任意性に疑いがある自白調書」だけを問題にしたいみたいですが、それだけでは制度を的確に評価したり批判したりすることはできません。
とのことですが,被疑者の取調べへの弁護人の立会い権や取調べ過程の全面録音・録画等,公明党が必死に反対する「可視化政策」は,任意性のない自白調書が作成されることを防止することを目的とするものですから,この論点に関して「自白の信用性」に触れないのは当然です。
それとも小倉弁護士は、およそ自白調書というものは任意性がないとでも言うのでしょうか。もしそうなら、それは刑事弁護実務からもかけ離れた認識です。
さすが印象操作に造詣の深い矢部教授だと感心はしますが,意図的な誤読でないとすれば,むしろいろいろと心配になります。
客観証拠がなくとも,怪しげな人間を捜してしょっぴいてきて,「真犯人であろうとなかろうと自白せざるを得なくなる」方法を用いて被疑者を「自白」させて,被疑者を起訴して,無罪判決嫌いの刑事裁判官に有罪判決を下してもらっていっちょ上がり,という流れ
という文章は法律家の文章とは思えません。
まだ、パブ弁!さんの文章のほうが弁護士的です(そうかな、という声も聞こえてきそうですが)。
たぶん、文章の目的が法律的議論をするというものではないのだろうと思います。
まあ、弁護士が実名で自分のブログで何を書こうと(法令に反したり懲戒事由にあたらない限り)自由ですし(私も同じ^^;)、特定の誰かに対して粘着攻撃をしてもその相手がスルーしてしまえばいいのですが、裁判員制度が施行された現在、弁護士が実名で刑事裁判実務について誤った認識や偏った考えを繰り返し述べるというのは困ったものだと思っています。
もちろん,準備書面や論文を書くときとブログを書くときとでは文体を違えています。格調高く書こうと思えば,小田中聰樹先生 による下記のような文章 のようになるのではないでしょうか。
犯人を特定できる証拠がみつからないと、捜査当局はあやしいと思う人を逮捕し、強引で狡猾な手段を使って糾問的に取り調べる。あやしいとにらむ根拠は、アリバイがはっきりしないとか、日頃の素行が悪いとかいった程度のものであることが多い。取り調べは頭から犯人視するやり方で、アリバイなど確実な無罪証拠を出さないかぎり犯人だという前提で自白を迫る。被疑者がそれに耐えきれず、その場しのぎに虚偽の自白をすると、それにあわせて証拠固めがおこなわれ、起訴される。裁判で自白は嘘だったと主張しても、裁判所は耳を傾けず、自白をもとに有罪を言い渡す。
実際,犯人性がない種類の冤罪または日弁連として冤罪の疑いが高いとしているケースでは,なぜその被疑者を真犯人と考えたのか,不可解なものが大部分ではないかと思われます。
小倉弁護士は、
で,日本の裁判実務では,多くの場合,保釈のために面接に訪れた弁護人に対し,公判では起訴事実を全部認めるのか,供述証拠を全部同意するのかを尋ね,これらを全部約束しないと保釈決定をしないという運用が行われます。
と書いていますが、実際は、裁判官はそんなことを尋ねてきませんし、弁護人のほうから一方的に約束したとしても、裁判官は約束してくれたから保釈を認めましょうなどと言いません。約束したってだめなものはだめとけんもほろろです。
とのことですが,少なくとも私は聞かれたことあります。また,私がブックマークをしたページのうち,伊東良徳弁護士のページ は無視されているようですが,こちらでは,
弁護人が、保釈のために裁判官との面接に行きますと、裁判官から、公判で事実を争うのか、検察官の提出する証拠書類に同意する予定かどうかを聞かれます。ここで争うと言うと、ほとんどの場合、保釈は認められません。これは被告人にとっては、早期に釈放されたければ、起訴された事実を全面的に認めろという圧力になります。弁護士会は、このような裁判所の運用は、人質司法(ひとじちしほう)だと強く批判してきました。
と明記されています。
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29/05/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授が、次のように 述べています。
小倉弁護士は、引用しない理由として「高裁判決については,矢部教授がサイテーションをつけていないので,引用できません」と書いています。
サイテーションというのは、判決を特定するための判決年月日等の情報のことだと思いますが、小倉弁護士は、私が判決年月日を明示しないと高裁判決を検索できないのでしょうか?
法律専門家の間では、裁判例に言及する場合、言及する側が、判決裁判所名、判決年月日、掲載誌・号・頁を明記するのが当然の作法です(公刊された判例集、判例雑誌に未だ収録されていない場合は、「判例集未登載」等と記載するのが一般的であり、特定の判例データベースの独自収集裁判例の場合その旨明記することもしばしば行われています。)。創価大学での学内ルールがどうなっているのかは知りませんが、一般的にはそうです。
サイテーションがなされていないことを指摘されて、「私が判決年月日を明示しないと高裁判決を検索できないのでしょうか?」などと文句を付けてくる法律専門家がいるという事実は、ある意味新鮮です。でも、よい子の皆様は真似しないで下さいね。
で、矢部教授が引用した判決文を読む限りにおいては、高裁判決は説得力がないと思いました。少なくとも、被告人の供述が絶対に作り話であると思わせるような理由付けはできていないように思いました。まあ、無罪判決を書きたくない、被告人よりも捜査機関を常に信用していたい裁判官にあたってしまうとこのように判示されてしまうので、取調中捜査官が何を被疑者に語ったのかを確実に証拠化する「取調べ過程の全面録音・録画」は絶対に必要だとの思いを新たにしました。公明党(≒創価学会)は、今年に入ってもまだ、「取調べ過程の全面録音・録画」に反対し続けているようですが。
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矢部善朗創価大学法科大学院教授から,
引用されている京都地裁の決定は大阪高裁でひっくり返されています。どっちを信用するかは皆さんのご自由ですが、法制度上は上級審の判断が尊重されます。 とのはてなブックマークコメントを頂きました。どちらを信用するか読者の皆様に判断していただくため,地裁決定の該当箇所を,少々長いですが,このエントリーの末尾に引用しておきました。高裁判決については,矢部教授がサイテーションをつけていないので,引用できません(そもそも,公刊されているのでしょうか。)。
ここでのポイントは,国立療養所宇多野病院の内科医長だった被告人との信頼関係を築くために自己の職務内容を説明する中で,暴力団の話や「ポン中極道」という言葉をつかったり,被告人が釈放される際に他の被疑者の連絡役に利用されてはいけないという意味で「ハトを飛ばす」という言葉を用いたというA刑事の供述を,地裁の裁判官は疑い,高裁の裁判官は信じたということです。私には,医師である被疑者との「信頼関係」を築くのにどうして暴力団の話をしたりやくざ系の隠語を用いたりするのか理解しがたいのですが,この程度の弁解でも警察官は裁判官から信じてもらえ,脅迫をしてなかったと認めてもらえるのだとすると,取調べ状況の全面可視化が実現しない限り,取調べ担当の警察官は,被疑者を脅迫し放題で後に咎められることはないということになりそうです。元検察官である矢部教授も,この程度の弁解を取調べ担当警察官から受ければ,被疑者がいっているような脅迫は取調べの際にはなかったと信じるような方なのでしょうか。
ア 被告人の供述(公判供述及び公判調書中の供述部分を含む。)の内容は大要、平成一二年三月一八日から二〇日ころ、被告人け、警察官A(以下「A刑事」という。)から、「(被告人の居住地の近くに甲野組という暴力団があり、その構成員である)Bというポン中極道のすごいやつがいる。お前とこの近くにおるんやぞ。(本件犯行を)やってへんとか、そんな眠たいような話を続けていると、お前のとこには小学生の子供がおるわな。取り返しのつかないようなことになる。」との趣旨のことを言われ、更に「(A刑事は)警察の中で影響力があって、暴対や生安にも顔がきく。暴走族をやっていたこともあるし、そのつてもある。ポン中極道にハトを飛ばすことは朝飯前や。」「(警察官がそんな無茶はできないのではないかとの被告人の質問に対して)普通のやつはでけへんけれども、おれらは権力を持っている。京都府警三万人という味方もいるし、後ろには検察庁もついていて、正検も専任が六人もいる。いわばお前は自転車で、わしらのダンプカーと衝突するみたいなもんや。所詮勝ち目はないし即死や。」という表現で、暴力団構成員を意のままに用いて被告人の家族に危害を加える旨申し向けられた結果、恐怖感を覚え、同月一九日以降自白するに至った、というものである。
被告人の供述内容は、特異な状況を極めて詳細かつ具体的に描写している上、刑事司法に関する知識に乏しく、勾留中は独居房に収容され、他の在監者からの情報を入手できなかった被告人が通常知り得ない内容を多く含み、迫真性に富むものである。A刑事から申し向けられたと被告人が供述する内容には、京都府警察官の数やBなる暴力団員が起こしたとされる事件など客観的事実と齟齬する部分もあり、その細部については被告人の記憶違いが存する疑いもあるが、上記供述全体を被告人の創作、ねつ造ということはできない。
なお、被告人は、弁護人が連日接見していたにもかかわらず、起訴から約五か月後にはじめて、上記脅迫の事実を弁護人に申告しており、この点で上記供述の信用性に疑問を投げかける立場もありうるところである。しかしながら、被告人は、A刑事において、被告人が同人に関する話を弁護人にした内容を知っていたため、上記事実を弁護人に伝えると、これがA刑事に伝わり報復等をされるのをおそれていたこと、A刑事から、他の事件の例を挙げて、弁護人に告げ口したら弁護人にも不利益が生ずる旨申し向けられていたこと、上記申告当時のころ、子供と面会してその無事を直接確認して安心し、本当のことを言おうと考えて、弁護人に申告するに至ったという事情等に照らすと、不合理とはいえず、上記認定を左右するものではない。
イ 他方、A刑事の供述(公判供述及び公判調書中の供述部分を含む。)の内容は大要、暴力団の話や「ポン中極道」という言葉は、被告人から参考人として事情聴取した際、被告人との信頼関係を築くために自己の職務内容を説明する中で話をした、「ハトを飛ばす」という言葉は、被告人から参考人として事情聴取した時点、及び、被告人の逮捕後の早い時点で、被告人が釈放される際に他の被疑者の連絡役に利用されてはいけないという意味で言ったなどと、脅迫の事実等を否定するものである。
A刑事の供述は、被告人との信頼関係を築くための話題として暴力団についての話を子細にしたという点で、それ自体不自然な内容を含む上、同じく参考人としての事情聴取をしたC医師に対しても同様に自己の職務内容につき話をしたとするものであるが、この点は同医師の証言で裏付けられなかった。また、A刑事は、被告人が自白に至る重要な契機となったのは、本件発生当日、製薬会社の営業社員と会っていたことが明らかになった関係で、被告人にはコーヒーを飲む時間がなかったのではないかと追及され、その説明に窮したためである旨供述するが、被告人が同営業社員から貰った名刺は同年三月七日に押収されており、これには被告人が名刺を受領したと思料される日付が記載されているところ、これを前提とした取調べは同月一九日以前になされていたことは明らかであるから、A刑事の言う上記の追及が自白の契機となったといえるのか疑問である。そうすると、A刑事の供述は信用性が低いといわざるを得ない。
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28/05/2009
ともかくも現在は弁護士であり,創価大学法科大学院で刑事法を教えている矢部善朗氏ですら,未だ,
「真犯人を適正に処罰すべし」という理想は、つまるところ、その事件の被害者および将来的に発生するかも知れない被害者の人権保障の問題なんですけど、パブ弁!さんの発想の中には、そういう観点が完全に欠落しているように思われます。
つまり、人権保障対人権保障の緊張関係が存在するということなんですけど、パブ弁!さんは刑事政策というものを考えたことがないのでしょうか?
なんてことを述べている のを見て暗澹たる思いに駆られます。
被疑者・被告人の手続的権利を保障することは,被害者の人権を損なうことはないし,犯罪発生率を高めることもない。被疑者・被告人の人権と,被害者の人権とは,決して対立しない。これは,多くの弁護士の共通理解と言えるでしょう。被疑者・被告人の手続的権利を十分に保障することなく引き出された「自白調書」に頼らなければ有罪判決を下せないような案件は,もともと冤罪である蓋然性が高いのであって,捜査機関はともかく,被害者またはその遺族としては,「真犯人がわからないのであれば,誰かがいわば生け贄となって,代わりに処罰されて欲しい」とまでは思っていないでしょう(仮にそのように考える遺族がいたとしても,その期待は「人権」として法的保護に値するものではないでしょう。)。客観証拠がなくとも,怪しげな人間を捜してしょっぴいてきて,「真犯人であろうとなかろうと自白せざるを得なくなる」方法を用いて被疑者を「自白」させて,被疑者を起訴して,無罪判決嫌いの刑事裁判官に有罪判決を下してもらっていっちょ上がり,という流れの中で,一体いかなる「被害者の人権」が擁護されたというのでしょうか。
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27/05/2009
こちらに ,京都地決平13・11・8判時1768号159頁の解説が掲載されています。これによれば,担当の警察官は,犯行を否認する被疑者に対して,次のようなことを述べて自白を迫ったのだそうです。
「・・・Bというポン中極道のすごいやつがいる。お前とこの近くにおるんやぞ。やってへんとか、そんな眠たいような話を続けていると、お前のとこには小学生の子供がおるわな。取り返しのつかないようなことになる」。「自分は警察の中で影響力があって、暴対や生安にも顔がきく。暴走族をやっていたこともあるし、そのつてもある。ポン中極道にハトを飛ばすことは朝飯前や」。「・・・おれらは権力を持っている。京都府警三万人という味方もいるし、後ろには検察庁もついていて、正検も専任が六人もいる。いわばお前は自転車で、わしらのダンプカーと衝突するみたいなもんや。所詮勝ち目はないし即死や」。
このような方法を用いてまで自白を強要とする精神の中には,「真犯人(のみ)を処罰したい」というのではなく,「自分が逮捕した被疑者を処罰したい」というものがはっきりと現れています。そこまでしないと「自白」が取れない場合,その者が真犯人でない蓋然性が高い(特に,自白調書がなければさすがに有罪の判決が書きにくいだろう程客観証拠に乏しいのであれば,なおさらです。)のにもかかわらず,たとえ真犯人でなくとも自白調書にサインせざるを得なくなる方法を使ってまで,既に逮捕した被疑者を処罰しようとしたのです。
そして,この事件は担当裁判官がたまたま被告人の証言に聞く耳を持つ人だったからこそ,自白調書の任意性が否定されたわけですが,取調べ状況の全面録音・録画が義務づけられていない現状では,取調べ段階で警察官からそのようなことを言われたことを客観的に立証する術はありませんから,取調べ状況に関し被告人と警察官との間で「言った,言わない」の水掛け論になったら公務員たる警察官の意見をより信用する裁判官にあたった場合には,そのような脅迫を受けてなされた自白であるということは闇の彼方に葬り去られてしまい,真犯人でなくとも処罰される状態が維持されることになります。
取調べ状況はその一部を録音・録画すればよく,全面録音・録画を義務づけることは妥当ではない,と公明党は頑強に主張するのですが,なるほど,
「・・・Bというポン中極道のすごいやつがいる。お前とこの近くにおるんやぞ。やってへんとか、そんな眠たいような話を続けていると、お前のとこには小学生の子供がおるわな。取り返しのつかないようなことになる」。「自分は警察の中で影響力があって、暴対や生安にも顔がきく。暴走族をやっていたこともあるし、そのつてもある。ポン中極道にハトを飛ばすことは朝飯前や」。「・・・おれらは権力を持っている。京都府警三万人という味方もいるし、後ろには検察庁もついていて、正検も専任が六人もいる。いわばお前は自転車で、わしらのダンプカーと衝突するみたいなもんや。所詮勝ち目はないし即死や」。
等と言って被疑者を脅して,(被疑者が真犯人であろうとなかろうと)捜査官の組み立てたストーリーに沿って「自白」を行う精神状態に追い込み終わってから録音・録画することにすれば,「冤罪を生み出す余地」はなお維持できるわけです。
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矢部善朗創価大学法科大学院教授がそのブログ のコメント欄で次のようなことを述べています。
私は、私のブログで覆面をしながらアジ演説をすることを認めません。
匿名で特定の人間の悪口を言うことはOKだけど,匿名で警察等の国家権力を批判することはNGだという価値序列には首をかしげざるを得ません。
なお,矢部教授は,
>そして、取調べから弁護人の立会いを排除しようとする捜査機関の主張は、「真犯人の処罰」ではなく、「自分たちが捕まえた者の処罰」を目的にしているに過ぎません。
なるほど。
恐ろしく人をバカにした主張ですね。
あなたはそういうことを小中学生に教えているわけですね。
自分の言っていることの弊害に気づかないんですかね。
あなたの主張によれば、警察組織というのは社会に存在すべきでない悪の組織という感じですね。
矢部教授の目には,この程度の主張ですら人をバカにした主張に見えるようです。「真犯人であろうとなかろうと,自白調書にサインしてしまう」環境を固守せんという主張は,「自分たちが捕まえた者」について,それが真犯人であるか否かにかかわらず,自白調書を作り上げて有罪にしてしまえる環境を維持することを目的にしているといって何の差し支えがあるのでしょうか。実際,日本の捜査機関は,被疑者・被告人の無実を推認させる証拠の開示を頑強に拒んだり,自白調書にサインをしないと家族に害が及ぶことを告知して自白調書へのサインを強要したり(生駒市汚職事件のように,自白調書にサインをしなければ家族を逮捕する旨示して自白を強要する例は,何例も明るみになっています。),嘘をついてまで妥協的な自白を得ようとしたりしているわけで,そこには「真犯人のみを処罰の対象としよう」という謙抑的な精神は見あたらないのですが。
社会秩序の維持というのは、とても大きな社会的要請ですよ。
とのことですが,警察ににらまれたら,無実でも自白を強要されて刑を科されてしまう社会って,そんなに治安がよい社会なのでしょうか。
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26/05/2009
矢部教授のブログのコメント欄 で,「ハスカップ」さんが次のように述べています。
某自称検事(比較法の学識や実務判例の細部まで精通した書きぶりなので多分本物でしょう)が
しかし,検察官を含む実務法曹は一般に比較法の知識はさほどない(司法試験では比較法的知識は要求されないし,司法研修所でも比較法に関する研修はほぼありません。)ので,その「自称検事」が本物かどうかを判断する上で,比較法の学識を有しているかということが第一の手がかりになるということはないように思います。それに,「ハスカップ」さんがどのようなキャラクター設定をしているのかわからないのですが,「自称検事」が「比較法の学識」を豊かに有していると評価できるほど比較法の学識を有していることになっていたのか,記憶が定かでじゃありません。
その自称検事の見解を「ハスカップ」さんが要約した
取調べの全面可視化は導入しても、むしろ問題がないどころか、被疑者の取調べの反省の度合いが裁判官に可視化されて弁護活動が楽になるけれど、反面、検察官にも、被疑者の荒唐無稽な弁解、次々変遷を重ねる弁解、被害者誹謗や検察官罵倒のふてぶてしい態度も証拠化されて、悪情状立証が楽になる。
については,そういうことをいいそうな検事さんに思い当たる節はないわけではないのですが。
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25/05/2009
捜査機関による被疑者の取調べ状況の全面録画や,捜査機関による被疑者の取調べへの弁護人の立ち会いを認めよという見解に対して,「そのようなことをしたら,真犯人を取り逃がしてしまうが,それでもよいのか」という反論がなされることがあります。
確かに,捜査手法のいかなる改善であっても,真犯人でない被疑者のみについてその処罰可能性を軽減するものでない限り,それにより「真犯人を取り逃がす」可能性を内包します。より端的にいえば,捜査機関の「ヤマ勘」があたっている限り,その「ヤマ勘」を排除する全てのシステムは「真犯人を取り逃がしてしまう」可能性を包含するものとなります。例えば,現行憲法下では,自白のみを唯一の証拠として被告人を有罪とすること,並びに,自白をとるために被疑者を拷問することは禁止されています。従って,拷問の結果得られた自白調書のみに基づいて被告人を有罪とすることは許されていないのですが,これとて,「証拠はないが,こいつが真犯人に違いない」という捜査機関の「ヤマ勘」があたっていた場合には,「真犯人を取り逃がしてしまう」ことに繋がります。捜査機関の「ヤマ勘」があっている限りにおいて,「『盟神探湯』を行い被告人がやけどを負ったら有罪」というシステムだって,真犯人を処罰するシステムたり得ます。
もっとも,それは「All or Nothing」の議論をすればそうだということであって,「真犯人であろうとなかろうと,捜査機関の筋書き通りに『自白』をしてしまう」システムが採用されている限りにおいては「自白調書」があることにより有罪に持ち込めるが,そのようなシステムが排除されてしまえば「自白調書」を作成することができず,このために有罪に持ち込めなくなってしまう被疑者が,実は真犯人である蓋然性がそれほど高いのかというと,それはそうでもないのではないかという気がします。そのようなシステムが排除されても,客観証拠のみで被告人を有罪に導ける場合も少なくありませんし,また,自分が真犯人であることを吐露して精神的に早く楽になりたいと思う被疑者も少なくないからです。その結果,そのようなシステムが採用されていれば有罪に持ち込めたはずだがそのようなシステムを排除してしまったがために有罪に持ち込めなかった人の中における真犯人の割合は,捜査機関の「ヤマ勘」の的中率よりも相当低くなることが予想されます。
なお,取り調べの可視化を行うのであれば,司法取引を認めよ,とか,刑事免責を付与して獲得された供述を事実認定の証拠とすることを許容せよなどという意見が提出されることがあります。しかし,これらは,情報の非対称性・不完全性により,被疑者が真犯人であるか否かにかかわらず「罪を認める」動機を与えようというものに過ぎませんから,取り調べの可視化に対する交換条件としては不適格ではないかと思われます。もちろん,捜査機関側としては,常に「冤罪を生み出す余地」を残しておいた方が望ましいということかもしれませんが。
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23/05/2009
誰にも制止されることなく被疑者に対してやりたい放題のことをする事実上の権限を捜査機関に与え,かつ,取調べの際に捜査機関が被疑者に対してどのような「働きかけ」を行ったのかを録音・録画するなどして客観的に証拠化することもしないことにより,その被疑者が実際に真犯人であるか否かにかかわらず,捜査官がその推測を被疑者による一人称形式で文章化した書類に署名・押印せざるを得ない状況を作り出した上で,そこに記載されている内容が自分の記憶内容と異なるということを被告人が主張した場合には,取調べの際に捜査機関が被疑者に対してどのような「働きかけ」を行ったのかについて,公開の法廷において,被告人及び担当取調官の証人尋問を行い,どちらの証言がより信用できるのかを裁判官に判断させる現行方式では,その証人尋問のために,裁判官,裁判員,書記官,廷吏,護送官,検察官,弁護人,被告人,当該捜査官等の時間が費消されることになります(さらに,検察官,弁護人,当該捜査官については,その証人尋問の準備のためにも相当の時間を費消するのが通常です。)。そして,それは,裁判官等の「人件費」という「経済的なコスト」に転換されていきます。また,虚偽内容の自白を強いられた被疑者がその自白調書に大いに依存した起訴をされて身柄を拘束され続けることの社会的なコストだって無視できません。そのことと比較したときに,捜査機関による被疑者の取調べに弁護人を立ち会わせることのコストというのはそれほど大きいといえるかどうか疑問です。
また,捜査機関による被疑者の取調べへの弁護人の立会い権限が認められた場合に,被疑者公選の場合にも,実際に立ち会った弁護人に立会時間に応じた正当な報酬が支払われることは望ましいですが,「そのような報酬支払いが認められそうにないから,捜査機関による被疑者の取調べへの弁護人の立会い権限を認めるべきではない」というのはいわば本末転倒です。被疑者国公選制度が創設される見込みがなかった当時,「のような報酬支払いが認められそうにないから,捜査段階での弁護士による刑事弁護なんて非現実的なことは認めるべきではない」というのとパラレルな暴論です。実際には,捜査機関による被疑者の取調べへの弁護人の立会い権限を認めるべきではない私選弁護を選任できる被疑者だってそれなりに存在するわけですし(20日×5時間×2万円=200万円と模式的に計算してみるとして,その金額って,例えば裁判員対象事件で虚偽自白を強いられて起訴された場合の経済的損失と比べたら,多くの人にとって,十分に「ペイ」する金額です。また,捜査機関が資金力の乏しい人物をねらい打ちにして犯人に仕立て上げようとしている場合には,弁護士会として,複数の弁護人を委員会派遣することだって可能です。そういう意味では,裁判所が,「捜査段階で弁護人の立ち会い無しに被疑者の取調べが行われた場合,『真犯人でなければ自白しない』という環境が整っていないから,公判においてその証拠能力が争われた場合には,その自白調書に証拠能力は認めない」と判示してしまえば,捜査機関による被疑者の取り調べに立ち会えるように弁護士側が体制を組むことは,十分に可能でしょう。
被疑者の取調べ段階における弁護人の立会権を含む「取調べの可視化」問題は,民主党が中心となってこれを実現するための刑事訴訟法改正法案を議員立法として提出し,自民党と公明党がこれに反対してこれを潰すということがこの数年繰り返されています (2007年以降は,「取り調べ可視化と全証拠リスト開示」を柱とし,「弁護人の立会権」を落とした改正案とすることで,自民党・公明党の理解を得ようとしているようですが,公明党は,そのような譲歩された提案にすら反対し続けているようです。)。永年権力を握っていた側からすると,「冤罪を生み出す余地」を残しておくことはそれなりに有益なのだろうと思ってしまいます。
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22/05/2009
捜査機関により被疑者の取調べに立ち会う権限を弁護士に与えよというのが日弁連の公式見解なので,これを荒唐無稽な要求であるかのように言いつのる弁護士というのも何だかなとは思いますが,日弁連は会員が異論を唱えることに寛大な組織ですし,いわゆる「ヤメ検」の中には「意識は未だ検察官」という方も少なくはないので,まあやむを得ないといったところでしょうか。
ところで,矢部善朗・創価大学法科大学院教授は,そのブログのコメント 欄の中で,次のように述べています。
パブ弁!さんのように警察は何をするかわからないという認識を前提とし、また現在可能な接見では弁護人として被疑者の自供の任意性の有無を確認することが困難な場合が多いということであれば、「任意性が完全に担保されている」と言えるためには、全ての取り調べに立ち会ってその状況を認識している必要があると思われます(実は、警察不信を前提にすればこれでも十分ではありません。)
パブ弁!さんは、20日間の勾留期間中の取り調べの全てに立ち会うことが可能ですか。
「モトケンブログ」らしい「論理」展開だとは思いますが,一般的には「難癖」と表現しても良い類のものだと思います。
まず,20日間の勾留期間中,毎日十数時間も被疑者を取り調べるということを捜査機関に認める必要はありません。もちろん,捜査機関の見込み通りと異なる供述を当初行う被疑者について何が何でも捜査機関の見込み通りの供述をさせようと思えば,捜査機関は同じ内容を(被疑者が自分たちの見込み通りの供述をするまで)何度も何度も繰り返すことになりますので,これでも時間は足りないかもしれませんが,捜査機関の見込みに被疑者の供述調書を無理にでもあわせるという手法自体が問題です。被疑事実やその周辺事情に関する被疑者の「認識」を問いただし,それを書面化するということに「取調べ」の機能を限定すれば,取調べに要する時間はそれほど長時間である必要はありません。
また,被疑者弁護は,弁護人一人で行う必要はありません。むしろ,複数人で行う体制を早期に組むことが望まれます。複数人で弁護団を組めば,一人あたりの時間的な負担は当然のことながら少なくなります。また,被疑者公選及び国選弁護人の報酬水準が,それを専業で行ったとしても事務所の維持費用を捻出した上でなおも同世代の大卒男子の平均所得程度の所得水準を確保できる程度にまで引き上げられれば,刑事弁護専業の弁護士が被疑者の事情聴取に立ち会うことは何ら「負担」ではなくなります。「国からの受注をフルにこなしていたら事業所を維持できない」という不自然な現状を改善の見込みのない所与の前提としてしまうのはいかがなものかと思います。
もちろん,このあたりは費用対効果をどう捉えるのかという問題であり,「間違った見込み捜査にあわせて虚偽自白を強いられて,無実の罪で死刑にされたり長期にわたり身体の自由を奪われる羽目に陥ったりして人生をぼろぼろにされる人の割合は全体からすればごく少数なので,その人たちには「運が悪かった」と諦めてもらうことにして,これまで通り「とても安上がりの司法」を維持していこう」という考え方もあり得なくはないでしょう。ある種の保険だと思って,被疑者公選及び国選弁護専業の弁護士が存続しうる程度にその報酬水準を引き上げて,被疑者取り調べにフルに立ち会えるようにした方がよいと私は思いますが。
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21/05/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授のブログ のコメント欄で、「感熱紙(刑事)」さんが次のように述べているようです。
弁護人の立会により得られるものが、単に被疑者の防御権の拡大でしかなく、事件の真相究明に何ら寄与する事がないからですよ。
何か勘違いをされているようですが、取調べの一部あるいは全部の録画が取調べの任意性や正当性の担保となりうるのは、任意性の有無の判断が裁判官によって為されるからなのです。
どれだけ綺麗事を並べ立て捜査機関を非難しようとも、被疑者被告人の代理人たる弁護人に、「取調べの任意性の有無」を判断するに必要な公正中立な視点があるとは認められないでしょう。
しかし、捜査官のヤマ勘に沿った自白が得られてしまうと、捜査官としては、その被疑者以外の者が真犯人であることを前提とする捜査を打ち切る等してしまう蓋然性が高いので、被疑者が捜査段階で意に沿わない自白をしないようなシステムを採用することは、消極的な意味で事件の真相究明に寄与することになります。
また、取調べに弁護人が立ち会うことにより、捜査官が有している疑問点が弁護人に正しく伝われば、この疑問を解消するのに有益な資料を弁護人が収集して捜査官に提出することだってあり得るわけです。
もちろん、取調べ状況の可視化により任意性を欠く自白調書の証拠能力が否定され、被告人に無罪判決が下されれば、その被告人が無実であるという限度での真相はある程度明らかにされるわけですが、多くの場合、その段階で改めて真犯人を追及することは困難です。
捜査側の方々がとかく結論ありきで、自分たちのヤマ勘に沿ったストーリーを基礎づける資料(自白調書を含む。)のみを「真相究明」と評価しがちですが、そのヤマ勘の間違いに気がつくこともまた「真相究明」なのです。
【追記】
同じエントリーについてのコメント欄で、矢部教授は次のように述べています。
>必要に応じて被疑者に助言をし、又は相談を受けることに加えて、捜査官による違法な取調べがなされないように監視することになります
あなたの考え方によれば、被疑者が被疑事実を認めそうになったら直ちに制止することになるのでしょうね。
そして、自白調書には絶対署名させない、ということになりますよね。
捜査機関による被疑者の取調べについて弁護人の立会い権を認めよという見解を述べる人は少なくありませんし、実際そのような権限が認められている国もあるわけですが、では、弁護士立会いの下で行われた取調べにおいて被疑者が自白を始めた際に、矢部教授がいうような行動を弁護人がとることが当然に予定されているのか、あるいは、実際に弁護人は概ねそのような行動をとっているのかというと、そうではないように思われます。もちろん、接見の段階では「自分はやっていない」と自分に語っていた被疑者が突然犯行を自白しはじめた場合に、あるいは捜査官に一旦席を外してもらいながら、その真意を確認することはあるかも知れませんが、その結果、真に悔悟の念から、あるいは、これ以上は言い逃れできないと覚悟した等の理由で、犯行を自白する意思が明らかになったときは、弁護人として、これに特に反対する理由はないので、その場合には、その自白調書の正確性に問題がなければ、被疑者がこれに署名することを絶対に阻止するようなことを弁護人はしないであろうと予想されます。
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池田さんは,アゴラでのエントリー で次のように述べています。
したがって経済政策としては、正社員と非正社員の格差を是正するには、解雇規制を緩和(特に整理解雇規制を撤廃)して労働市場を柔軟にすることが望ましいというのが、OECDの勧告やNIRAの緊急提言などに共通の結論です。この点について、経済学者の中ではあまり論争はありません。
OECDの勧告 をざっと読んだ感想として,「整理解雇規制を撤廃」にあたる部分はなかったように思うのですが,OECDはヨーロッパ諸国でも実現していないことを日本に勧告するようになったのでしょうか。
なお,ヨーロッパでの整理解雇に関しては,世界的なビッグローファームであるフレッシュフィールズがこんな解説文書(PDF) を出しているようです。
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池田さんの解雇権についての一連のご発言を拝見して感ずるのは,論理が粗すぎるということです。
整理解雇規制が「厳しすぎる」ことが問題だというのであれば,現行法(裁判所における現行の運用を含む。)では無効とされる可能性が高い整理解雇のうちどのようなものについてはこれを有効とするのが望ましく,どのようなものについては依然としてこれを無効としておいて構わないのか,どのようなものについては依然としてこれを無効としておくことが望ましいのかをまず具体的に抽出して提示することから始めるべきなのです。どこを変え,どこを変えないかについて概ねコンセンサスができたときに,それを実現するために,大きすぎず,小さすぎない手法として何を選択するのかを検討することが初めて可能となります。そういう知的な作業をとばして,運用面での一部の不都合を針小棒大に取り上げて根本ルール自体の変革を求める議論が好ましくないことは,明らかです。
そうやって分析的に考慮していくと,おそらく解雇権濫用法理自体,あるいは整理解雇規制自体を廃止しろという結論には達しないのが普通だと思うのです。「整理解雇の4要件」というミドルレンジのサブルールですら,極めて当たり前のことをいっていますから。実際の争点は,更にそのサブルールをどうするのかという問題です。それは,判例の推移を見守るのが吉だと思いますが,どうしても裁判所を信頼できないのであれば,整理解雇の4要件自体を,どうしても改廃したいサブルールを織り込んだ形で明文化していくのが常道だとは思います。それにしても,どこを変え,どこを変えないかについて,労働者を含めた広範なコンセンサスを得ることが必要となります。
でも,自分の考えに従わない人間をちゃんとした名前で呼ぶことができない人にそのようなコンセンサス作りは難しいような気がします。
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20/05/2009
池田信夫さんが、解雇権濫用の法理と整理解雇の制限について、そのブログのコメント欄 で何か言っているようです。
いずれにせよ、
しかし判例を撤廃することは不可能なので、労働基準法を改正して解雇自由の原則を明記し、解雇できない条件を具体的に列挙して、判例で過剰保護が行なわれないようにすべきだ、というのが私の(というか多くの労働経済学者の)意見です。
とのことですが、立法技法からすると、上記のようなご意見はおそらく尤も稚拙なものといわざるをえないでしょう。すなわち、このような方針で立法を行う場合、「このような理由に基づく解雇は社会通念上許されない」と立法府が考えるものを、発生頻度の多寡を問わず、大量に列挙することが必要となりますし、それだけのことをしてみたところで、会社側としては、具体的に列挙されている事由にあてはまらない事由を名目にしてしまえば、自由に特定の労働者を狙い撃ちで解雇することができることになるからです。もちろん、労働者の側で会社の真の狙いを立証できれば解雇が無効になることはあり得るのでしょうが、その立証責任を労働者側に負わせるのは極めて酷な結果を生み出しかねません。
例えば、「太陽が眩しかったので、君を解雇することにした。予告手当は支払うので、明日から出社するに及ばない。今すぐ、荷物をまとめて出て行き給え」ということに備えて、解雇できない条件として「太陽光が眩しかったことを理由とする解雇」を列挙事項の中に加えるというのは、立法論としてはどうかと思ったりするのです。
すると、結局、「合理性」等の抽象的な基準を導入せざるを得ないし、そうすると、整理解雇については従前の基準で運用されることになろうと思われます(裁判所は、従業員を解雇することによって浮いた経費を、役員報酬や株式配当に回すことは、やはり「不合理」と考えるでしょう。)。
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16/05/2009
日本の刑事訴訟法では,起訴前の保釈という制度はなく,保釈は起訴後に申請されることになります。ただ,この段階では,当該被告人についての公判を担当する裁判官は,起訴状以外の資料を見ることができないので,保釈の可否は別の裁判官がこれを決定することになります。
で,日本の裁判実務では,多くの場合,保釈のために面接に訪れた弁護人に対し,公判では起訴事実を全部認めるのか,供述証拠を全部同意するのかを尋ね,これらを全部約束しないと保釈決定をしないという運用が行われます。要するに,「早く自由になりたければ,つべこべ言うな」ということです。
起訴事実を争うからといって罪証隠滅の虞があるとは直ちにいえないし,供述証拠を不同意とするということはその供述者に対し反対尋問をしたいということに過ぎないのでそれも罪証隠滅の虞とは関係がありません。従って,弁護人にこのようなことを尋ね,それについての回答を保釈決定をするか否かの重要な判断要素とすること自体が本来許されないことであり,このような運用自体が「人質司法」を構成しています。
このような違法な運用を肯定した上で,「保釈面接の際には,『起訴事実は争わず,供述証拠も全部同意する予定だ』と回答して保釈決定を受けておきながら,公判においてその約束を守らない弁護人を非難する弁護士ないし法科大学院教授(刑事法担当)がおられるようですが,身柄を解放するかそのまま拘束し続けるかを決定しうる立場にあることを奇貨として,『起訴事実は争わず,供述証拠も全部同意する」ことを約束させること自体が違法なのですから,そのような違法状態で強いられた「約束」を遵守しないことを非難するのはいかがなものかという気がします。
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15/05/2009
雇用契約に関して,解雇権濫用の法理を適用することを法律で禁止するとどうなるでしょうか。
特別ルールの適用がなくなるわけですから,民法上の「雇用」に関する規定が適用されることになります。
(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
第六百二十七条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
2 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
3 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければならない。
(やむを得ない事由による雇用の解除)
第六百二十八条 当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。 ということなので,「セクハラの責任を追及したのが怪しからん」だの「MLでの投稿内容が怪しからん」だの,「あいつの息子は,俺の息子が落ちた中学に合格した,許せん」だの,いかなる理由であれ,雇用者はいつでも雇用契約について解約の申し入れができるということになり,解約の申入れの日から二週間を経過すると雇用契約は終了するということになります。
整理解雇の制限が解雇権濫用の法理の一態様であることは普通の労働法の教科書を読めば普通に書いてあることであり,解雇権濫用法理が労働契約法16条という形態で明文化されている今,(現行法に対応している教科書であれば)整理解雇の制限は労働契約法16条の解釈として論じられています。
現行の法制度を批判する場合は,現行法がどのような組み立てとなっているのかについて,その分野について法律学者によって書かれた定評のある教科書を読んで確認するくらいのことは,他分野の研究者にも望みたいところです。
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14/05/2009
労働基準法第18条の2(現:労働契約法第16条)が制定されるまでは、民法上の「雇用」に関する解約申入れ自由の原則(627条)を制限する規定を労働基準法は置いていなかったので、条文を文理解釈する限りにおいては、解雇は自由でした。しかし、それはあまりに正義に反するので、裁判所は、解雇権濫用の法理を編み出してこれを発展させ、昭和50年の日本食塩製造事件最高裁判決でこれが判例となりました。
解雇権の行使が客観的に合理的と認められる場合として裁判例において概ね認められているのは、次の4つの場合です。
労働者の労務提供の不能や労働能力または適格性の欠如喪失
労働者の規律違反の行為
経営上の必要性に基づく理由
ユニオン・ショップ協定に基づく組合の解雇要求
です(以上、菅野和夫「労働法[第7版]」421〜422頁)。
この3の理由の一つに含まれるのが「経営不振による人員整理のための解雇」、いわゆる「整理解雇」です。
整理解雇が合理的か否かを判断するにあたって、裁判所は、次の4つの事項に着目されてきたといわれています。これが、一般に「整理解雇の4要件」といわれているものです(菅野・前掲429〜430頁)。
人員削減の必要性
人員削減の手段として整理解雇(指名解雇)を選択することの必要性
被解雇者選定の妥当性
手続の妥当性
そして、多くの裁判例では、上記の「人員削減の必要性」について、「当該人員削減措置を実施しなければ当該企業が『倒産必至』の状況にあること」までは必要ではなく、「高度の経営上の困難から当該措置が要請されるという程度で足りる」としており、「結論として大部分の事件ではその要件の具備を認めている」とされています(菅野・前掲430頁)。
さらに、近時の裁判例は、上記4つの要件を全て具備しなければ解雇が認められないというのではなく、上記4つの要素に関する諸事情を総合考慮して、当該解雇の合理性を判断しているとされています(菅野・前掲430〜432頁)。
なお、池田さんはそのブログ のコメント欄で、
嘘つき弁護士は、解雇規制を撤廃したら「不当解雇が野放しになる」などといっているが、これは「解雇権濫用」と「整理解雇」を混同するものです。私のケースは、国際大学の教授会で発令された辞令を公文が「存在しない」といって裁判所に否定されたので、純然たる契約上の不備です。
OECDやNIRAの報告が問題にしているのは、そういう「不当解雇」ではなく、企業の経営が苦しくなったとき解雇する条件が非常にきびしい「整理解雇」です。契約上の問題がなくても企業がつぶれるまで解雇できないという判例が、企業の雇用コストを高めて過少雇用をもたらしているのです。これを混同して「セクハラを追及したら解雇されるようになる」などと主張するのが弁護士なんだから救いがたい。
と述べています。
まず、前段に関していえば、整理解雇の制限も解雇権濫用規制の一環という位置づけがなされていますので、 「『解雇権濫用』と『整理解雇』を混同するもの」という論理自体がおかしいと言えます。「整理解雇」の自由に行えるようにするために、現労働契約法第16条の規定を改定して、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合であっても、その権利を濫用したものとして無効としてはならない」という風にしてしまえば、「セクハラを追及したから解雇された」という例でも、これを無効とすることはできなくなります。
また、「契約上の問題がなくても」というのが何をいいたいのかは分かりませんが、整理解雇に関する判例が「企業がつぶれるまで解雇できない」というものであるとの点は事実に反します。
雇用について何か語りたかったら、現行の法規制が運用面を含めてどうなっているのか、労働法に関する定評のある書籍をまず読めばいいのに、という気がしてなりません。
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実務感覚という点でいうと,草なぎさんの例の事件で,「自分が受任したら無罪主張していく」という弁護士の方がいかがなものかという気がします。
「公園で全裸になったとの事実自体捏造だ」というのであれば話は変わってきますが,実際に行った行為は「犯罪かどうか」という以前に「いかがなものか」と思わせる行為であり,それでいて前科前歴がなければおそらく起訴猶予であろうということが見込まれるときに,公判請求がなされるリスクを負ってまで「嫌疑無し」での不起訴を勝ち取るに行くというのは,ハイリスク・ローリターンだからです。起訴されてしまうと,第一審で無罪判決が無事出るまでは,芸能人としては活動自粛に追い込まれる危険が高いし,そこの法解釈で無罪となっても,アイドルとしての復帰は難しくなりそうです。
もちろん,「萎縮効果」を防ぐために,争わなければ起訴猶予が見え見えでも争わなければならない事案というのもあるとは思いますが,わいせつな意図がない場合に「公園で全裸になる権利」を警察権力が妨げるのは怪しからん,みたいなアナーキーなことをいってみても始まらないように思います。泥酔ということで保護するのは構わないが逮捕するのは怪しからんという人は,しらふで同じことをする人が現れた場合,警察はそれを放置すべしという結論になるのだろうと思いますが,それはそれではた迷惑な話だし,そういうものを取り締まるためにも公然わいせつ罪は存在するのではないかという疑問をぬぐうことはできません。
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12/05/2009
ある小宇宙 では、科捜研が検体資料を全て使い切って行った鑑定結果の信用性を弁護人が問題視することを、「(大して実行のない)イヤミ」だという意見がまかり通っているようです。
しかし、再検証の可能性がないデータの信用性を問題視するというのは、一般には「イヤミ」以上の意味があるものです。(検体を全量費消することで)再検証の可能性を封じたデータが高い証拠価値を有するということになれば、捜査機関は、これぞという人物を罪に陥れるために、データをねつ造した鑑定報告書を作成することが可能となります(覚醒剤を服用した人物の尿検査の結果概ねどのような数値となるのかは捜査機関にいれば分かっているので、データをねつ造した鑑定報告書を作成することは難しいことではありません。)。再検証の可能性がないデータに証拠能力を与え、さらに高度の信用性をそこに見るとき、捜査機関にデータねつ造の誘惑を与えることになります。
従って、再検証可能な程度に検体を保存しておくという実務運用がなされるようになった場合、そのようなデータねつ造を行えば後の再検証によりそれが明るみに晒されるリスクを負うわけですから、データねつ造を行って被疑者を罪に陥れてやれという誘惑は軽減されるわけです。そのような威嚇効果だけだって十分に意味があります(それは、取調べの全面録音録画問題と共通している話です。取調べ状況を全面的に録音したからと行って、現在の国選報酬でそれを全部視聴していたら完全に赤字ですから、全ての弁護士が録音された取り調べ状況を全部視聴するかといえば多分に疑問ですが、不当な誘導や脅迫を取り調べ過程で行えばそのことが公にされる危険があるというだけで、それらの行為をしないようにしようという方向に働くわけで、それ自体に有効性があるということができます。)。さらにいえば、再検証可能な程度に検体を残しておけば、過失によって科捜研が鑑定ミスを犯したときに、再検証を行うことによって、被告人を無実の罪で処罰する危険を軽減することだってできるわけです。
そういう意味では、再検証可能な程度に尿検査の検体を保存しておくということのために一定の予算を用いることは、「弁護士に(大して実行の無い)イヤミを言わせないだけが目的の負担」(by MultiSyncさん)とはいえないということになります。
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06/05/2009
「モトケン」とのハンドルで元検察官であることを強調する矢部善朗弁護士創価大学法科大学院教授のブログのコメント欄 は,相変わらず,陰湿な集中攻撃が行われているようです。
さすがに,白紙礼状を事務官に預けて「良きに計らえ」とやっている裁判官が多いとは思いませんが,とはいえ令状の発布が非常に緩やかに行われていることは否定しがたいように思われますが,あそこではブログ主と異なる意見を投稿すると,逐一対応するのが量的に困難になる程度には集中攻撃が行われますし,その際に個人の人格を攻撃する言い回しが多用されてもブログ主は基本放置ですから,どんどん別世界ができあがっていきます。
実際にところは,御殿場事件でも,9月16日の強姦既遂の容疑で少年たちに逮捕状が発布され,少年たちは逮捕・勾留され,そこで自白が強要されることになります。で,この事件は,公判において被告少年の9月16日のアリバイが証明されるや,9月9日の強姦未遂に訴因変更されたわけで,9月16日の強姦既遂が冤罪であることは明らかになっているわけですが,裁判所は,この少年たちを,9月16日の強姦既遂を犯したと疑うに足りる合理的な理由があるとして,逮捕状を発令したわけです。しかも,告訴者たる女子高生が強姦の被害にあったことを裏付ける客観証拠がないのに,裁判所は逮捕状を発布してしまっているのです。痴漢事件なら「物証がない」ということもあり得るし,強姦事件でも,被害時と被害届時とが時間的に隔絶していれば「物証が風化してしまった」ということはあり得なくはないと思いますが,「被害日」の翌日に被害届がなされている事案において,被害に関する客観証拠を捜査機関が収集し,疎明資料として提出することができないということは通常考えがたいのです。しかし,実際には,裁判所は,強姦の被害に関する客観証拠が疎明資料として提出されていなくとも,逮捕令を発布してしまうというのが現状です。
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05/05/2009
たぶん,大野さんと私の認識の違いは,裁判官の能力に対する信頼の高低にあるのだと思うのです。
高知白バイ衝突死事件にしても,御殿場事件 にしても,裁判官たちは被告人が無実である可能性が高いことを十分知っているし,福井女子中学生殺人事件にしても,当然出ているはずの証拠の開示を検察が拒むのはそれが被告人の無実を推認させるものだからなのだろうということは裁判官たちは十分わかっている,わかっていながらも己の立身出世のために真実に目を瞑って有罪判決を下しているのだ,と私は考えています。だから,裁判員だって,同じ証拠を見て,同じ証言を聞き,何が不自然かについて弁護人の説明を受ければ,被告人が真犯人であると信ずるには十分な疑いがあるのだという認識に至ることは十分にあり得ると思っています。
「2001年9月16日の深夜に女子高校生(当時)が帰宅。母親に、遅くなった理由を「強姦された」と説明したため、静岡県警察御殿場警察署に被害届が提出され,逮捕された被告人少年らは連日の取り調べの結果16日の夜の犯行を「自白」したが,その後,被告人らの当日のアリバイが判明するや,その女子高生は同年9月9日に被害に遭ったと主張を変更した」という御殿場事件について,職業裁判官が,この女子高生の変更後の供述が間違いなく信頼できるものであると本心から信じていたとは,私は思わないのです。そこまで,日本の裁判官は無能ではないと思うのです。そして,上記のような事実関係の元で,この女子高生の変更後の供述の信用性を疑わないほど,一般市民が無能だとも私は思っていなかったりします。
(なお,この事件は2002年の事件であり,当初は「強姦」被害にあったとされた日の直後に被害届がなされているのに,「被害者」の身体や着衣等についた体液その他のDNA鑑定の結果すら証拠として提出されていません。)
そういう意味では,この御殿場事件などでは,裁判員制度のもとで,被告人を有罪とすべく裁判員を説得しようと思ったら,職業裁判官も骨が折れると思うのです。
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04/05/2009
総合研究開発機構(NIRA)の「緊急提言 終身雇用という幻想を捨てよ —産業構造変化に合った雇用システムに転換をー」の柳川範之座長による「幻想としての終身雇用制」を読んで,「珍しく,ネタもと自体がやばい」と思ってしまいました。
図表1をみて,
たとえば、図表1 は平成18 年における従業員の勤続年数を調べたものである。もしも、終身雇用なのであれば、大学卒業後に就職したとしても、50〜54 歳でおよそ30年、54〜59 歳でおよそ35 年の勤続年数になるはずである。しかし表をみると、これらに近い数字なのは、大企業の製造業に勤める男性従業員(50〜54 歳で30.2 年、54〜59 歳で33.7 年)のみである。たとえ製造業に従事する男性従業員でも、小企業になると勤続年数は17 年に過ぎない(50〜54 歳)。中企業のサービス業に勤める女性従業員にいたっては、勤続年数は10 年以下(50~54 歳)である。つまり、そもそも終身雇用と呼べるような長い勤続年数を経験しているのは、せいぜい大企業の製造業に勤めている男性従業員だけである。
と結論づけてしまっています。しかし,図表1の数値はあくまで平均値に過ぎません。しかもそれは,50〜54歳,あるいは54〜59 歳で特定の企業に勤めている人の勤続年数,すなわち彼らは今所属する企業にいつころ雇われたのかということを示しているに過ぎません。製造業・小企業男子50〜54 歳の平均勤続年数が17年だからといって,これらの企業群においては通常35歳前後の人材が雇用されているということを示しているわけではありません。
これらのグループにおいて終身雇用をベースとしていたとしても,男子50〜54 歳の勤続年数の平均値を引き下げる要因は多々あります。例えば,その会社自体が設立されたり,急激に規模を拡大するようになってから30年経っていない企業が含まれていれば,勤続年数の平均値を引き下げることになります。また,中途採用を広く受け入れている企業もまた,男子50〜54 歳の勤続年数の平均値を引き下げます。親会社や元請会社からの出向者ないし天下りを受け入れても,勤続年数の平均値を引き下げる可能性があります。したがって,上記図表からそもそも終身雇用と呼べるような長い勤続年数を経験しているのは、せいぜい大企業の製造業に勤めている男性従業員だけである との結論を導くことは困難です。
実際図表3を見ると,「学卒後すぐに就職した企業に勤め続けている雇用者の割合」は男性で一貫して30%前後というラインを維持しているわけで,これをみれば,図表1から「そもそも終身雇用と呼べるような長い勤続年数を経験しているのは、せいぜい大企業の製造業に勤めている男性従業員だけである」との結論を導いたのは軽率に過ぎたのではないかと引き返してみて然るべきだったように思います。
なお,一部の「神頼み」系評論家の中にはこれらのデータを自説を補強するものとして喜々として図表を引用されている方もおられるようですが,これらのデータって,現行程度の解雇規制の下でも,中企業を中心に,中途採用市場がそれなりに存在するということを意味しているので,,むしろ彼らの従前の主張にマイナスになるものなのではないかという気がします。
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New York大学ロースクールのRichard Matasar学長が,あるパネルディスカッションの際に聴衆から,
You're producing a product that very few people want. Firms have hiring freezes. Why not stop producing the product—or create new markets for what you're producing? You're like the auto manufacturers who produce a product for which there is no demand.
(あなた方は,ごく少数の人しか求めていない製品をせっせと作っている。事務所は雇用を凍結させている。なぜ,製品の生産を中止しないのか──あるいはあなた方せっせと作っているもののための新たな市場を創造しないのか。あなた方は,需要のない製品を生産している自動車製造会社みたいだ)
と問われたようです 。
これに対しては,Matasar学長は,いくつかのロースクールは倒産するだろうし,残ったところも学費を下げざるを得ないだろうと答えるにとどめたようです。まあ,学費が下がれば採算ラインも下がるので,BIG LAW FIRMに就職することにこだわる必要がなくなり,New York大学のような一流のロースクールの場合は,卒業生の就職活動の幅が広くなる分,「新たな市場が創造」されると全く言い得ないわけではないですが,それって,上の下くらいのロースクールの卒業生の就職先をはじき飛ばすだけに終わるのではと心配になってしまいます。
しかし,「ロースクールは学生を搾取している」ことを真っ向から認めている分,日本の法科大学院の偉い人よりはましかもしれません。日本の経営側弁護士の数を考慮すれば,勤務弁護士の需要は当面はせいぜい1000人くらいしかないのだから,任官者,任検者がいることを考慮しても新司法試験合格者を1200人程度にとどめるか,それを超える部分の市場の開拓を(法科大学院から高額の授業料を徴収している)法科大学院側で開拓すべきなのに,日本の法科大学院は,そのあたりのことに全く無頓着です。
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大野さんが次のように 述べています。
高い有罪率については、職業裁判官が無思慮に有罪認定しているというよりも、検察側に「とりあえず起訴して、裁判所の判断を仰ぐ」という考えがないという面があると思う。実際、「あいつの発言は名誉棄損だ」と警察に相談したところで、すぐに起訴してくれるわけではない。色々証拠固めができて罪を問えそうになってはじめて起訴してくれるというのが現状ではないだろうか。
検察・裁判所寄りの人たちがしばしばそのようなことをいうので,法律の専門家ではない大野さんがそれを真に受けたとしても不思議ではないのですが,それは,必ずしも現実に沿ってはいません。実際には,たいした証拠がなくても起訴がなされ,たいした証拠もないのにアドホックな経験則を作り出してまで裁判官が無罪判決を回避する例は後を絶ちません。そのことが一般に知られるようになったのはいわゆる「痴漢冤罪」のケースですが,検察は,痴漢関係のみ冒険的に振る舞っているのではありません。最近の例で言えば,舞鶴女子高生殺害事件だって,証拠固めが十分にできた上での起訴だとは言い難いところです。
さらにいえば,先日のサンデープロジェクトで特集していたような「検察による証拠隠し」がなぜ行われるのかといえば,その証拠が提出されたとしたら裁判所とて有罪判決を下すのが困難となる証拠を収集していたとしても,すなわち,検察としてはその被疑者が無罪ではないかと疑うに足りる証拠を保有していたとしても,それらの証拠を隠蔽してまで被疑者を起訴し有罪に持ち込みたいという意欲があるからです。そして,弁護側からの再三の証拠開示請求を裁判所が却下し続けるのは,そこまでして検察が開示を拒む資料が証拠として法廷に提出されてしまうと自分たちとしても無罪判決を下さざるを得ないところに追い込まれる危険があることを感じ取っているからでしょう。
そういう意味で,裁判員制度に反対する人たちに対しては,「では,これまで通り,無実であろうとなかろうと,ひとたび起訴されてしまえば,職業裁判官によりベルトコンベヤー式に有罪判決が下され,無実を主張すると自分たちの手を煩わせてことに対する制裁として重い刑が科される,そういう刑事司法を甘んじて甘受するということですね。」と念を押してみたくはなります。
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02/05/2009
「特段の事情がない限り『定年』までは労働者は解雇されない」という法制度が採用されているからといって,実際に労働者の多くが「最初に正社員として採用された企業に『定年』まで就業し続ける」ということにはかならずしもならないということは,労働者のイニシアチブで退職または転職する例が相当数存在する以上当たり前の話です。だからといってそのことは,「特段の事情がない限り『定年』までは労働者は解雇されない」というルールが不要であることを意味していません。それは,「女性労働者は,結婚または出産を理由に解雇されない」という法制度の下で,実際には労働者のイニシアチブで結婚または出産を機に退職または転職する例が相当数存在するとしても「女性労働者は,結婚または出産を理由に解雇されない」というルールが不要でないことと同様です。
それは,研究者の世界を見たってわかることだと思うのです。研究者の世界では,「(客員ではなく)助教授にまでなれば,特段の事情がない限り『定年』までは解雇されない」というルールを多くの大学が有しているにも関わらず,業績が認められれば,より格の高い教育機関,研究機関から招聘されて転籍することは珍しいことではありません(転籍するたびにダウングレードする方は珍しいですが。)。
まあ,「終身雇用(制)」が幻想かどうかということは,何をもって「終身雇用(制)」というのかという定義問題に帰する面はありますし,「特段の事情がない限り『定年』までは労働者は解雇されない」という法制度が採用されていても実際には中途退社,中途転籍をする労働者が相当数いる以上そのような者が特段の不利益を負わないように社会保障制度等を構築しようということは有意義な議論だと思いますが。
なお,中企業につとめる50〜54歳の勤続年数の平均値が製造業男子で24.3年ということは,この規模の製造業においても相当数の従業員が一つの企業に30年前後勤めていること(すなわち,製造業においては「終身雇用」の実態があること)を図らずも示しているように思えますし,サービス業でも,大企業,中企業を含め,その企業に30年前後勤め続けている労働者が相当数存在することを推測させるように思うのですけど(平均値を引き上げる人々が相当数いないと,この数値にはならないので。),世の中にはこのデータを見て,「終身雇用と呼べるような実態は従業員1000人以上の大企業の男性社員に限られて 」いると見てしまう人も存在するようです。なお,女性労働者については,雇用均等法第1世代はまだこの年齢に達していないこと,及び,「結婚,出産を機会にいったん退職して,子供が大きくなったときに再度就職する」というライフスタイルを採用する女性が少なからずおり,それが「50〜54歳の勤続年数」の平均値を大いに引き下げる要因になるということを考慮してデータを見ないといけないかなと思ったりはします。
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裁判員制度の施行を目前にしてその中止を求める声が大きくなっていますが,今更裁判員制度を中止したところで,公判前整理手続などの制度は残るでしょうから,そこで残るのは,とにかく検察に迎合することが出世の必要条件だとばかりに,職業裁判官が,ベルトコンベアーのように自動的に有罪判決を下す,悪夢のような刑事裁判でしかないのではないか,という気がしてなりません。
もちろん,裁判員裁判とするか,職業裁判官のみによる裁判とするか,弁護人が選択できる程度の制度改正ならいいと思います。被告人も罪を認めて反省している,というのであれば,量刑感覚が概ね想像できる職業裁判官による裁判を当面選ぶでしょう(「裁判員の方が情状立証が利きやすいなどの実践的な報告が上がってくれば別ですが。)。しかし,冤罪の疑いが相当濃くあると思ったら,裁判員制度に反対している弁護士ですら,裁判員裁判を選択するのではないかと思います。職業裁判官と違って,「我が身の出世のためには無罪判決は回避したい」というバイアスのない裁判員は,アドホック的な「経験則」を作り上げてまで被告人を有罪とするインセンティブを有していませんし,職業裁判官とて,裁判員を説得できそうにないアドホック的な「経験則」を作り上げてこれをその事件に適用しようとすることには躊躇せざるを得なくなるのではないかと思われるからです。
私などは,職業裁判官による冤罪が相次いでいるように思われる「痴漢」系についても,その法定刑を問わず,裁判員裁判を選択できるようにすべきではないかと思っているくらいです。
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28/04/2009
池田信夫さんが次のように 述べています。
山口氏は一応、政治学者だろう。小泉元首相が「私は新自由主義者です」といったことは一度もないのに、こういうレッテルを一方的に貼って「小泉・竹中の新自由主義が格差を生んだ」などと何の根拠もなく攻撃するのは、学者として恥ずかしくないか。
一般に,本人が「私は○○主義者です」と一度は言ったことがなければ,その人を「○○主義者」にカテゴライズしてはいけないというルールはないので,それは学者としても恥ずかしいことではないように思われます。といいますか,「○○主義」という思想のカテゴライズは,多くの場合,本人が行うものではなく,第三者が行うものです。
もちろん,一般に「○○主義」とカテゴライズされる考え方の範疇に属しない考え方を「○○主義」とカテゴライズしてしまうのは,学者としては致命的です。ただ,このようなミスカテゴライズは,むしろ,単に極端な新自由主義からは賛同できない経済政策を提唱しまたは賛同しただけで,ののしりないし侮蔑の意味を込めて,「社会主義」「共産主義」などとカテゴライズされる形で行われることが多いようです。なお,英語版wikipediaのneoliberalism の例として小泉政権があげられていますので,小泉元首相を「新自由主義」者にカテゴライズするのは,むしろ問題がなさそうです。
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26/04/2009
池田信夫さんが,また独自の世界を突き進んでいます。
いいかえると、社会主義は一種のモラルハザードなのです。モラルハザードとは「行動のコストを負担しないで自己の利益を追求すること」です。たとえば派遣村に集まった浮浪者に役所が無差別に生活保護を与えることはマスコミに賞賛されるが、そのコストは税金だから広く分散されて見えない。このように個別の(事後的な)利益が見えやすく、全体の不利益が見えにくい構造は公共的意思決定にはありがちです。個別には大きくない無駄づかいが集積すると、経済全体が非効率になり、社会が崩壊してしまうのです。
と
アゴラの方 で述べていますが,wikipediaの英語版を見ても,コストの話ではなく,リスクの話をしています。学生の皆様は,池田流のモラルハザードの定義はまねしない方がよいと思います。
むしろ,モラルハザードというのは,例えば,妻の実家から莫大な遺産を受け継いだために仮に失業しても経済的に困らない人が,そのような遺産等の支えがない人であれば自らが長期的に失業することになった場合のことを考えて現在の失業者に対して失業給付や生活保護等の名目で給付することに賛成するであろう公的資金についても,その給付に反対するような場合をいうというべきでしょう。そういう意味では,「財産所有」という既得権益に守られている人々が,生活保護等のリスク分散プログラムの発動を否定してかかることこそモラルハザード的と言うべきであり,むしろ新自由主義者たちこそモラルハザードの固まりということができます。
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25/04/2009
小沢一郎氏の秘書については政治資金をアドホック的に拡張的に解釈して逮捕することは当然に許されるとする矢部善朗・創価大学法科大学院教授(元検事)が,深夜酒によって公園で全裸になって騒いでいた若者を警察が逮捕したことについて疑問だとしているようです。
近隣住民の通報により駆けつけた警官において,「裸で何が悪い」と居直る若者を前にして,「悪くありません。どうぞ,全裸で解放された状態を,このままお楽しみ下さい。」と引き下がって交番に帰ると言うことは考えがたいです。また,六本木(住居表示上は「赤坂」かもしれませんが,あのあたりは文化的には「六本木」です。)において,深夜若者が奇声を発しているとなれば,警察としては,麻薬・覚醒剤等の使用を疑いますから,現行犯逮捕して身柄を確保した上で,尿検査等を行うというのも,手続法的には素直でないとは思いますが,まあ,やっておかねばという範疇のことでしょう。
なお,特に女性に何かを見せつけるというのでなく全裸になった人がとりあえず現行犯逮捕されるというのは別に珍しいことではありません(前科・前歴がなければ通常起訴猶予なのでので,特に判例という形では残りませんが。)。
報道されているだけでも,
「服がなかった」のでコンビニへ全裸で買い物
「彼女とけんかして」全裸でバイクを運転
「トイレに行くために」全裸で車から路上へ
「『蘇民祭』を思うあまりの郷土愛によって」商店街を全裸でテレサ・テンの名曲『つぐない』を歌いながら練り歩く
「ジョギングをしていたら気持ちいいので」全裸でジョギング
などの事例があり,そのような逮捕は不当だとの声は上がっていないようです。
【追記】
矢部教授は,こちらのエントリー で,本文で
草なぎ君のほうに恥ずかしい思いをさせようという気持ちがなければ、公然わいせつ罪の犯情としてはかなり軽くなるのかな、と思います。(追記 公然わいせつ罪の成立そのものを争う余地もあると思います。)
警察の恣意的な逮捕によって、一人の人気タレントのタレント生命を奪ったかも知れない可能性もでてきます。
と述べた後,そのコメント欄で,
本文で判例にいう「わいせつ」の意義を書いていますが、今回裸になった行為が「いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、」という性格を持つものであったかどうかかなり問題だと思っています。
彼の今後の供述にもよりますが、仮に彼が公然わいせつ罪で起訴された場合において私が弁護を依頼されたら、引き受けて無罪を主張することになるだろうと予想しています。
と述べておられるようです。
【追記】
最近は、強制わいせつ罪だけではなく、公然わいせつ罪まで傾向犯にしてしまうのが流行なのでしょうか?(最近、刑法各論の本を読んでいないので、今の流行を存じ上げないのですが。)。また、公園において全裸でいる青年が、警察に対して「裸で何が悪い」と開き直って見せたときに、公然わいせつ罪で現行犯逮捕する必要性が認められないと一般に解されているほど、現行犯逮捕の必要性が厳格に解釈されるようになったのでしょうか。尤も、某小宇宙で語られることをまともに相手にしても仕方ないのですが。
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17/04/2009
町村先生のブログ にもあるとおり、今日は、東京工業大学の大岡山キャンパスでのStephen MASON弁護士の講演を聞きに行きました。私にとって、東工大の「お初」ということになります。
全編英語で同時通訳なしとはいえ、ロサンゼルスでの先日のシンポジウムとは異なり、あくまで日本人を相手とする前提でいたためか、日本人にもわかりやすく話して下さったので、助かりました。
もっとも、電子証拠法の話になると、日本では、民事訴訟に関していうと、証拠能力が非常に緩やかだし、機械式コピーが普及してからは「原本が提出されない」ことによる証明力の低下は特段の事情がない限り無視できるほどだし、ディスカバリー制度はないし、ということであまり争点化する要素がないのだなあとは思いました。一度、ウェブページを印刷したものとして提出された相手方の書証において、フッタとしてプリントされているURL表示が「file:///」以下で始まっていたとき(知財訴訟だったのですが)は、元のサイトのURLを特定するように要求したことはありますが、日本の民事訴訟の現状って未だその程度ということなのでしょう。
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このブログエントリー によると、このブログ主は、
クルーグマンさんという人は、経済学者の池田信夫さんのブログによると支離滅裂な発言でも有名な人らしい。だから日本のメディアが過剰反応すべきではないと。朝日新聞はクルーグマンさんを信奉しているようです(笑)
と認識されているようです。
普通に考えれば、「支離滅裂な発言でも有名な人」がノーベル経済学賞を取るわけもないのですが、とにかく池田さんのせいで、クルーグマンさんは、「支離滅裂な発言でも有名な人」というありがたくない評価を獲得してしまっているようです。
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14/04/2009
こちらのブログのコメント欄は,現実社会におけるどこの誰であるのかを私が確認できる人物からのコメントしか掲載しないこととしています(確認できる人物からのコメントでも,単に嘲笑する意味しかないものは載せないことがありますが,それってほぼ特定の人からのものに限られますので,体制に影響はありません。)。それは,匿名のくせに自分のハンドルを冒用するコメントを消せ,どれが冒用コメントかはお前の方で特定せよと言う,半ば私に時間だけを使わせようとする方がいて,うんざりしたからです。
そんなことで掲載できるコメントの数は激減したわけですが,その副次的な効果としては,お追随コメントに囲まれて独自の小宇宙を形成してしまうことを回避できているようです。現在,私に対する人格攻撃を行っている,ブログ主の実名が知られているブログが2つほどあるのですが,そのいずれも,お追随コメントに囲まれて独自の小宇宙を作り上げてしまっているようです。
独自の小宇宙を作り上げているブログの特徴としては,その世界の価値観と相容れない投稿がなされると常連コメンテーターらにより一斉攻撃を受けたり,一般社会ではそれなりに受け入れられている考え方を開陳する人についてブログ主や常連コメンテーターにより不可解なほどの人格攻撃が行われるというものがあります。
独自の小宇宙の中心に君臨する生き方というのもありかもしれませんが,私は,そこまではしたくないなあ,と考えてしまいます。
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12/04/2009
池田信夫さんが次のように 述べています。
消費者金融に限れば、このリスクは貸金業法が改正されれば減るでしょう。しかしこれによって日本の司法は事後的に温情的な判決を出して実質的に法を改正する(そして立法が後追いする)という評判ができると、他の問題にも影響が出ます(企業買収でもその兆候がある)。特に海外からの日本への投資は減るでしょう。世界の投資家に影響の大きいEconomist誌は、sarakinをめぐる混乱について冷笑的な記事を書き、上のような図を掲げました。その元編集長ビル・エモット氏は、この改正で喜ぶのは闇金融(gangsters)だろうと書いています:
実際には,この改正で悲しむのは,大手消費者金融に投資して,大手消費者金融がかき集めてきた制限超過利息から巨額の配当を得てきた外資系金融機関であったのであり,むしろ「消費者金融に毎月の元利金を支払うために,闇金融に手を出す」という需要サイクルがこの改正により相当程度消滅した闇金融はむしろ悲しんだのではないかと思います。
実際,「過払い金請求訴訟が一般化するようになってから,消費者金融からの融資を受けられなくなった一般市民がいきなり遊興や生活費のために闇金融から高利の融資を受けるようになったという事例が頻発するようになった」という報告は,いまのところ私のところには届いていません。むしろ,「表の」消費者金融から遊興費や生活費に用いるために融資を受けた消費者が,元利金を返済する必要に迫られて闇金融に手を出す前に,弁護士や司法書士に相談し,利息制限法に沿った再計算の上での債務整理やその延長としての過払金請求,あるいは自己破産や特定調停の申立等を行うようになったこともあって,闇金融に手を出す債務者は減少しているともいわれています。もちろん,司法部門も闇金融に関して手をこまねいているわけではなく,警察による取締まりを強化して闇金融を次々と検挙していくほか,闇金融による貸付けは不法原因給付にあたるので元本すら返還義務を負わないと最高裁が判示するなどして,民事的にも「採算が取れない」ものにしていこうとしています。
もちろん,日本政府が高利貸し優遇政策に転じ,高利貸しに出資すると,高利貸しを経由して一般市民から搾り取ったお金を原資とした高配当が得られるということになれば,海外投資家は日本の高利貸しに投資を行おうとするかもしれません。しかし,それは,本来国内市場で消費されるべきお金が「利息」として高利貸しに集められて,その一部が「配当」として国外に流出するという結果をもたらすので,日本市場における「需要不足」に拍車をかけることになりそうです。
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池田信夫さんが,いわゆる過払金返還請求訴訟について,次のように 述べています。
日本のサラ金規制は、きわめてアドホックで不透明なかたちで行なわれてきました。その最たるものが「グレーゾーン金利」です。これについて2006年に最高裁が「みなし弁済」を認めない判決を出して実質的に上限金利を下げ、今年1月にその時効を大幅に延長する判決を出したため、過払い金の返還を求める訴訟が激増しています。
いわゆるサラ金規制について普通に文献を読んでいればとてもではないけれども到達しない認識であるように私には思えてなりません。
金銭消費貸借契約における利息の上限は,昭和29年に現行利息制限法制定以来基本的に変更されていません(元本が十万円未満の場合 年二割,元本が十万円以上百万円未満の場合 年一割八分元本が百万円以上の場合 年一割五分)。なお,それ以前の,明治10年制定の太政官布告としての利息制限法(いわゆる旧利息制限法)では,利息の上限は現行法よりも低かったりします。
利息制限法においては,「金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約は、その利息が左の利率により計算した金額をこえるときは、その超過部分につき無効とする」という規定になっています。したがって,上限利率を超える利息分については,借主は貸主に対して法律上の支払い義務を負いません。ここまでは,昭和29年制定の利息制限法の条文より疑問の余地なく導き出される結論です。
もっとも,利息制限法があっても現実社会の高利貸しは利息制限法の上限を超える金利で融資を行いますし,多くの借主は,利息制限法の存在を知らなかったり,知っていたとしても高利貸しによる取り立ては厳しいので,利息制限法の上限を超える金利まで支払ってしまいます。この上限利率を超えた分というのは,利息制限法により無効とされた条項に基づいて支払われたものであり,法律上の原因なくして借主から貸主に金銭が移転したということになります。従って,この制限超過部分については,借主から貸主への不当利得返還請求権が発生します。ここもまた,昭和29年制定の利息制限法からほぼ一義的に導き出される結論です。
制限超過部分について,これを残元本に充当することができるのか否かについては昭和30年代後半に判例の変遷はありましたが,昭和39年の最高裁判決で,制限超過部分を残元本に充当できる旨判示されて以来,この問題は実務上解決しています(そして,この結論は,相殺の効力が相殺適状時に遡って効力を生ずる現行民法下においては,素直なものであるということができます。)。制限超過部分が元本に充当されるということになると,当然,分割弁済期間の途中で元本が消滅し,それ以降は元本の支払い義務すらなくなってしまうことになります。しかし,現実には,借主はそのことを知らなかったり言い出せなかったりということで,しばしば元利金を支払い続けるということになりがちです。この,計算上元本が消滅した後に元利金として支払われた金銭については,法律上の原因なくして借主から貸主に移転したということになりますので,借主から貸主への不当利得返還請求権が発生します。これは,昭和30年代に制限超過部分を残元本に充当できるとする判例が確定した以上,当然の帰結であり,これが是とされることは,昭和40年代前半で判例として確立します。
これに対し,昭和50年代後半にはいると,貸金業者によるロビー活動の結果,貸金業等規制法が制定され,所定の金利までであれば,借主が本当に任意にそれを支払った場合には,制限超過部分についても,これを有効な利息の支払いと見なし,不当利得返還請求権を発生させないこととすることに成功しました。ただし,制限超過部分は本来支払う法的義務がないのに借主が任意に超過部分まで支払おうとするというのは通常あることではないので,制限超過部分を借主が任意に支払ったものとして取り扱うためには,所定の方法での情報開示を含めた厳格な手続が履践されることが要求されました。
池田さんが敵視する平成18年の最高裁判決は,どのような環境で制限超過部分を支払ったら任意の弁済と認めるのかに関するものであり,「債務者が利息制限法所定の制限を超える約定利息の支払を遅滞したときには当然に期限の利益を喪失する旨の特約」が契約書上に記載されているときは,借主は,約定利息をそのまま支払わなければ期限の利益を喪失する,すなわち,残元本を一括して返還しなければならないものと考え,そうならないように制限超過部分を含む約定元利金を支払い続けることを心理的に強制されることになるから,そのような場合における制限超過分の支払いは任意になされたものにはあたらないとするものです。これもまた昭和58年制定の貸金業等規制法上の「利息として任意に支払った」との文言の解釈としては理にかなっているのであり,「かわいそうな債務者を救済するために」アドホックにアクロバティックな解釈を最高裁が創出したものと見ることは難しそうです。まして,この最高裁判例をもって「2006年に最高裁が「みなし弁済」を認めない判決を出して実質的に上限金利を下げ」たというがごときは,全くの的外れということができます。法律上強制力のある上限金利は,利息制限法施行以降は,貸金業等規制法の施行の前後を問わず,一貫して一定(元本が十万円未満の場合 年二割,元本が十万円以上百万円未満の場合 年一割八分元本が百万円以上の場合 年一割五分)だったのです。
同じく池田さんに批判されている今年の1月の最高裁判例ですが,これは,継続的に借入れと返済を繰り返す金銭消費貸借取引が行われている場合に,制限超過部分についての不当利得返還請求権の消滅時効の起算点を,各過払金の発生時ではなく,当該継続的な金銭消費貸借取引の終了時であるとするものであり,時効期間を大幅に延長するものではありません。これによって返還額に大きな変更が発生するのは,既に元本が消滅しているにもかかわらず,10年以上もの間当該高利貸しからお金を借りては返すということを繰り返してきたような例にほぼ限定されるのであり,量的な意味でのインパクトはそれほど大きくはありません。したがって,この最高裁判決を機に,「過払い金の返還を求める訴訟が激増」したとの事実はありません。
過払い金返還請求訴訟の激増は,上記の2つの近時の最高裁判例の出現に先行して生じています。一つは,司法改革の一環としての弁護士広告の解禁に伴い,電車等の広告によりそのような手法が取り得ることが多重債務者に知られるようになったという点に起因しているということができます。もう一つは,パソコンの法律事務所における普及により,算術が不得手な弁護士でも,利息制限法の上限での金利の再計算を容易にできるようになったということがその要因としてあげられます。そのような再計算を電卓片手にやっていた時代と,取引履歴をスプレッドシートや専用ソフトに入力すれば再計算結果が自動的に算出される時代とでは,過払い金返還請求を行うのにかかる時間コストが圧倒的に違います。更に一つあげると,金融監督庁の指導等により,弁護士が代理人として取引履歴の開示を請求すれば,貸金業者は基本的にこれに応じざるを得なくなったということもまた,過払い金返還請求訴訟の激増に貢献していると思います。
上述の最高裁判決は,いずれも最高裁のウェブサイト等で公開されており,かつ,日本語で書かれていますので,これを批判する前にまず読んでみればいいのに,と思わなくはありません。
【追記】
このエントリーをアップロードした際に,アゴラの該当エントリーにトラックバックを送り,実際トラックバックされているのを確認したのですが,さっきアゴラを覗いたら,トラックバックは削除されていたようです。池田さん個人のブログについて池田さんに都合の悪いトラックバックを削除するのは自由だと思うのですが,アゴラで同じ事をやるというのはいかがなものかなあという気がしないではありません。まあ,livedoorの営業方針の範囲内だといえばそうだと思いますが。
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11/04/2009
産経新聞の報道 によれば,舞鶴女子高生殺害事件に関して,弁護人が京都府警に取り調べの可視化(全過程の録画・録音)を求める申入書を提出した のに対して,
府警は「適正な捜査をしており、可視化の必要はない」と主張。京都地検も「準抗告が出るのは想定の範囲内。今まで通り、自白した場合の録音・録画は行うが、全過程は考えていない」とし、「可視化の申し入れははやっているので、そういう戦略の一つだろう」と弁護人の動きを牽制するとともに、「刑務所から手紙を出して(証拠を)消すこともできるし、勾留請求でその辺りは盛り込んでいる」と反論した 。
今後も「適正な捜査」をするかどうか疑わしいので可視化が求められているのに「適正な捜査をしており、可視化の必要はない」という反論は的を外しているとしかいいようがありません。そのような弁解が認められるのであれば,「これまでこの件に関してありのままの事実を語ってきましたので,これ以上の取り調べは必要ありません」という被疑者側の弁解も認めて,即刻取り調べを中止すべきではないかと思います。そうではなくて,あとでその状況が裁判官に知れたら任意性が飛ぶような取り調べを予定しているからこそ,可視化せよという要求は受け入れられないということなのでしょう。
京都地検のコメントも,ばかばかしいの一言に尽きます。自白の任意性が争われるときにもっとも焦点となるのは,当初犯行を否認していた被疑者が自白に転ずる過程でどのようなことが行われたのかという点にあるのですから,自白に転じた後のみ録音・録画を行ってみてもたいした意味はありません。まあ,地検自身,警察による捜査が,とりわけ否認している被疑者を自白に追い込む過程では,適正に行われているとは信じていないので,このような回答になるのでしょう。
「刑務所から手紙を出して(証拠を)消すこともできる」たって,あれだけ家宅捜索を行って,なおも刑務所からの手紙を受け取った人が隠滅できるようなところに証拠が残っている蓋然性がそんなにあるようには思われません。誰がどう見たってそんなことを気にして勾留請求をしているわけではなくて,府警が裁判官にはお見せできないような方法で取り調べを行って被疑者を自白に追い込んでくれることに期待していることが見え見えではないかと思われてなりません。
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08/04/2009
矢部善朗創価大学法科大学院教授 とは、捜査の在り方について、根本的な考え方が異なるようです。すでに被疑者の供述を得ることなく収集可能な状況証拠はすでに集めつくしてい て、自供なしでも起訴が可能な程度 に至っていないときに、自供獲得に起訴の成否をかけたギャンブル捜査 を行うということは、前例があるという意味では「異例」ではありませんが、いきおい無理にでも自白を引き出そうという取調べ手法に陥りがちであり、回避すべきことのように私には思えます。
法科大学院では、旧司法試験制度下における前期修習終了時のレベルにまで学生を引き上げていただくことになっているのに、そこで「自供獲得に起訴の成否をかけたギャンブル捜査」は問題がないかのような教育が行われていたのでは、そのような教育を受けた新人検事にギャンブル的取調べを受ける被疑者はお気の毒です。
山形マット死事件の教訓は活かされていないようです。
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矢部善朗創価大学法科大学院教授が次のように 述べています。
状況証拠による犯行認定の考え方の一つに「近接所持」という考え方があります。
窃盗の被害日時に近接する日時場所において盗品を所持している者は窃盗犯人である蓋然性が高い→有罪認定が可能、という考え方です。
これを本件に適用しますと、
(1)殺害被害の日時場所において被疑者が被害者に接触している。(2)被害者の死因は他殺である。(3)殺害被害の日時場所において被害者に接触していたのは被疑者だけであり、他の人物が接触していた蓋然性は極めて低い。
ということになりますと、被疑者が殺害犯人だという認定が可能になります。(可能というだけで認定が慎重であるべきなのは当然です)
窃盗における近接所持の理論は,盗品を盗難事故と近接する日時・場所において所持する者が,その物の入手経路について合理的な弁解ができなかったときは,その者を窃盗の犯人と認定して構わないとするものです。この理論自体立証責任を被告人側に転換するもので許されないのではないか,黙秘権の保障をないがしろにするのではないかという批判もあるのですが,実務の世界では定着しています。この近接所持の理論は,(a)窃盗犯が盗品を犯行直後に全くの第三者に売りさばくことは困難であるという経験則と,(b)盗品を所持しているということは,自らが窃盗犯であるか,または窃盗犯から(直接に又は第三者を経由して)盗品の譲渡を受けたかの2通りしかなく,後者であれば盗品の所持者はその間の事情を把握しているということに支えられています。
しかし,「被疑者が被害者と殺害行為に近接した日時場所で接触した」という事実からは上記(a)に相当する経験則を見出すことはできません。また,「被疑者が被害者と接触した」ということからは,そのときに被疑者が被害者を殺害したか,その後に第三者が被害者を殺害したのかの2通りしかないと一応いいうるのですが,仮に後者だった場合に,「被害者と殺害行為に近接した日時場所で接触した」被疑者は,その後被害者がいつどこで誰にあったかを把握しておらず,この点について合理的な弁解を行うことはできません。したがって,(b)に相当する,合理的な弁解がないことを犯人性の補強資料とする事項がこの場合には存在していません。
「殺害被害の日時場所において被害者に接触していたのは被疑者だけ」だということが証明されれば被疑者以外の人間が殺害したことはあり得ない→被疑者が殺害したと認定できるではないかという意見もあるかもしれませんが,被疑者が被害者の元を去る場面が目撃され,まさにその秒単位という意味での「直後に」被害者が殺害されていたという特殊なケースならともかく,被害者が被疑者と接触していたことが明らかにわかっている日時と殺害行為との間に分単位での間隔がある場合に,「殺害被害の日時場所において被害者に接触していたのは被疑者だけ」という立証が出来ることというのは通常考えがたいです。「被疑者が被害者と接触した後に被害者と接触した第三者を捜査機関が把握できない」ということは十分あり得るとは思いますが,誰もが立ち入ることができる場所に被害者が居続けたのであれば「他の人物が接触していた蓋然性は極めて低い」ということは通常あり得ないというべきでしょう。
したがって,(1)殺害被害の日時場所において被疑者が被害者に接触している。(2)被害者の死因は他殺である。(3)殺害被害の日時場所において被害者に接触していたのが被疑者以外には把握されていない,との点から,被疑者を殺害犯人と認定するのは無茶苦茶であるといえるように思います。
【追記】
私を含む数人からの批判を受けてぐだぐだと弁解に走っているようです。
ただ、矢部教授は、 例えば、出入り口が一つしかいない部屋に被害者一人だけがいて、その部屋に被疑者が入っていくのが目撃されて、数分後に被疑者が出てくるのが目撃されて、その後にその部屋に誰も出入りしていないことが確認できる状況において、その部屋から自殺ではあり得ない死因の被害者の死体が発見された場合には、被疑者を殺人犯人と認めることができる、というような場合 ではない「本件」(舞鶴市女子高生殺害事件)に近接所持の理論を適用して見せたわけですし、それは、 しかし、防犯カメラの映像が本人であったとしても、それは「2人が一緒にいた」ことを示すに過ぎず、その後の殺害に至る経緯や動機は明らかになっていない との産経新聞の報道に対して、すでに被疑者の供述を得ることなく収集可能な状況証拠はすでに集めつくしていると見るべきです との立場から反駁するという文脈でなされているわけですから、元のエントリーをアップロードした当時、矢部教授は上記のような極端事例以外でも、具体的にいえば、「本件」のような場合であっても、近接所持の理論を適用して、主観的立証責任を被疑者側に転換できると考えていたのではないかと合理的に推測できます(まあ、批判を受けると「誤読」とか「印象操作」とかというレッテル貼りで対抗するのが好きな方ですから、まあ似たような「反論」がくるのかもしれませんが。)。
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07/04/2009
法科大学院において,罪刑法定主義を軽視したり,党派的に偏らず公平・公正に司法が運用されるということに特段の価値を見出さないという人が刑事系の教科を教えるというのは,私は適切ではないと思っていたりします。そういう考え方を植え付けられた法科大学院生が法曹資格を取得し,検察官や裁判官になったときに,社会に与える害悪はとても大きいからです。
「検察官等の捜査機関はアドホック的に刑罰法規を拡張解釈して市民を逮捕・起訴してよく,しかも,その捜査権は政治的に中立的に行使する必要はない」ということを認めてしまうと,捜査機関にその構成員を相当数送り込んだ組織は,その組織にとって都合の悪い者を警察・検察権力を用いて社会的に葬り去ることが合法的にできるようになってしまいます。捜査機関が如何にアドホック的に刑罰法規を拡張しても自分には逮捕される要素は一切ないというほど綺麗に生きている人間などほとんど存在しませんから。多くの実務法曹は,司法がそのような政治的な手段として活用されることをとても嫌います。それ故,多くの実務法曹は,今回の小沢一郎秘書逮捕事件については批判的です。
さらに,検察が,野党第一党の党首を追い詰めるために,被疑事実と直接関係のないことを含めてマスメディアに情報を「リーク」するということは,多くの実務法曹はこれを許されないことだと考えます。捜査機関が公的資金と公的権力の元で収集した情報は,誰を起訴しまたは起訴しないかを適切に判断し,起訴した場合に適切な広範活動を行うためにのみ活用されるべきであって,政権与党の援護射撃等,その他の政治的な目的に活用されるべきではないと考えるのが,実務法曹の間では一般的だと思います。捜査機関はそれが虚偽でない限りマスメディアに捜査情報をリークすることは何ら問題はなく,これを取り上げて報道するマスメディアのみを批判すれば足りるとか,どこまでが捜査機関のリークによる報道かについて正確な情報を有しない一般市民どもは捜査機関によるリーク云々を批判する資格はない等と嘯く人々が,法科大学院の刑事法分野の教員として後進の指導をしているということは,彼らの指導を受けた人間がその教えに従って検察権限を政治的な目的で濫用する危険が高まるという意味で,私たちをぞっとさせるものです。
検察権力が,アドホック的に刑罰法規を拡張解釈して,自分たちに都合の悪い法改正を指向する政党を追い詰めるために,総選挙に近い時期を見計らって,野党第一党の党首の側近のみを逮捕・起訴し,被疑事実と直接関係のないことを含めてマスメディアに情報を「リーク」するということの問題点を指摘し,この点について検察の首脳がどのような認識でいるのかを問いただし,検察がそのように政治的な権限の濫用を行えないような仕組みを講ずることというのは,まさに立法機関でありかつ政府の行動についての監視機関でもある国会がまさになすべきことです。現実に検察権力の恣意的な行使を受けた野党第一党がそのような行動をとろうとしたことを逆手にとって,当該政党が政権を取ったら大変なことになると煽り立て,検察権力が如何に恣意的に濫用されようとも何人も(国会であっても)これを制御すべきではなく,検察にはその権力を恣意的に濫用するフリーハンドを未来永劫与え続けるべきと主張される方というのは,実務法曹の中では極めて特殊だと思われます。そういう方に,それが正しいこととして教え込まれる法科大学院の学生というのは,彼らが検察官や裁判官になった暁には,末恐ろしい存在になるなあと危惧してやみません。
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06/04/2009
一部に誤解されている方々がいるようですが、特定の大学教授を名指しして、研究者としての業績又は実務家としての実績が乏しい故に大学教授としては不適格であると評するのは、正当な批判です。仮に、文科省が様々な思惑の元審査した結果その者を教授とすることを認可したとしてもです。教授たる要件は学校教育法に規定されており、当該教授の所属大学および文科相の判断が間違っていたというだけの話だからです。
とりわけ、法科大学院については、その卒業生のみ司法試験を受けることができるという特権が付与されていること、それでいながら、いわゆる「下位校」が我も我もとその設置を望み、文科省も、司法試験予備校との縁を絶ちきったところについてはかなり緩やかにこれを認めたが故に、分不相応な教員資格を取得するに至ったものが少なからずいるからです。
実務家教員には著書・論文等の業績は不要であるという見解の方もおられるかも知れませんが、「理論」からは導き出されない実務特有の事項を教えることを担当するのならばともかく、具体的な実定法の担当として教鞭に立つのであれば、著書・論文等を見て、その人が当該実定法につきどの程度理論的に把握しているのかを見た上で教員資格を付与すべきだったのではないかと思ったりはします。もちろん、そのように教員資格のハードルをあげると、必要とされる教員数を集められないところは出てくるとは思うのですが、そういうところは潔く法科大学院の設置を諦めるべきだったのではないかと思うのです。
【追記】
私は、学校教育法の規定ぶりからいっても、大学教授って原則誰を指名しても良く例外的に指名してはならないものがいるという類いのものではなく、業績や実績が顕著なもののみのみが指名される資格を有していると考えています。だからこそ、そのような顕著な業績や実績が明らかでないということ自体が批判の根拠となりうるのであって、その批判は妥当ではないと考える者がその教員の業績や実績が顕著であることを示していく必要があると考えています。
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04/04/2009
平成20年6月3日の参議院法務委員会で公明党の木庭健太郎議員は次のように述べていました。
今回、民主党から全面可視化を目指す、目指すというか全面可視化の刑事訴訟法の一部改正案が今回出されたわけでございます。私どもも将来的な全面可視化の方向性ということについては共通するものがあると思っております、あると思っております。ただ現段階で、先ほども御指摘がありましたが、日本の捜査方法の問題、そして今の捜査の現状を考えたときに、直ちに全面可視化ということが果たして本当に我が国の司法の中で正しい判断であろうかどうかということについては、いささか疑問を持っているというのが今の我が党のスタンスでございまして、まず検察、警察もそれぞれ可視化の方向で取組を始めたばかりであり、我々は、これらの施策、可視化だけでなく、その他の適正化で警察、検察が今歩み始めたその施策の十分な検証を行う必要もあると、こういうふうに認識もしておる次第でございまして、まず法務省、警察庁にそれぞれ、様々な問題を抱えた上でどう取調べの適正化を図っていこうとしているのか。概要を簡潔にそれぞれまずお聞きしておきたいと思います。
その一方で、やはり全面可視化については、先ほど自民党の先生からも意見があり、また警察庁も意見を申し述べておりましたが、やはり全面的可視化、すべてを可視化ということになってしまうと、取調べの最中に言及したような被害者のプライバシーという問題について、それが後に公になってプライバシー侵害という問題が起きるのではないかという指摘はいつもなされます。このプライバシー侵害という問題についてどうお考えになっていらっしゃるのかというのがまず一点、確認をしておきたいことであり、もう一つは、やはり可視化という問題、もう映るという問題、これも先ほどから大臣もおっしゃっていましたが、そうなると、やっぱり被疑者が供述をためらってみたり、かえってそのことが、犯罪動機を含めた事実の詳細の解明が不可能になってしまって、可視化によって真実から遠のくというおそれがないのか。事件の真相をきちんとするというのがまさに捜査の基本であり、ある意味では被害者やその遺族に対してこたえられない結果になってしまうのではないかという指摘があるのも事実であって、この二点、プライバシーの侵害という問題、そして全面可視化が真実から遠ざける、この二点について、それぞれ民主党として、法案提出者としてどう考えているか、申し述べていただきたいと思います。
取調べの全面可視化を義務づける刑事訴訟法改正案を提出し参議院で可決させてしまう民主党と,否認する被疑者を「自白」に転じさせる過程を依然として秘匿させることに協力的な公明党とを比べたときに,検察庁として次の総選挙でどちらに勝利して欲しいかということは見えやすい話です。特に,公明党≒創価学会は,虚偽自白により無実の人が有罪となる危険を甘受してまで「取調べの最中に言及したような被害者のプライバシーという問題」を重視して取り調べの全面可視化には反対するのに,取調べの最中に被疑者等が語ったことが捜査機関により公式又は非公式に公開されて被害者等のプライバシーが侵害されるという問題はさほど重視しないときているわけです。
今回の小沢一郎氏の秘書の政治資金規正法違反被疑事件のように,自白をとるために無理な取り調べが行われる危険が高いものについては,取調べ状況をテレビカメラで撮影して,インターネット回線を経由して,各単位弁護士会に設けられた然るべき部屋で,弁護人がリアルタイムで取調べ状況をチェックできるようにすべきなのではないかとすら私は思ってしまいます(画質が素晴らしい必要はないので,技術的には,そんなに困難ではないでしょう。)。もちろん,国策捜査を受けたくなければ刑罰法規をアドホック的に拡張適用されて逮捕されないようにせいぜい身ぎれいに生きていくことだなと嘯く人たちからすれば,表には出せないような方法をつかってでもあいつから「自白」をもぎ取ってやろうと思われた時点で自業自得ということになるのかもしれませんが,それはそれでいかがなものかなあという気がします。でも,今回の件で民主党が総選挙で敗北した場合,捜査機関が虚実交えてリークを行うことを可能とする取調べの密室化を公明党は維持し続けるような気がします。
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02/04/2009
犯罪を実質犯と形式犯に分けた上で,実質犯については,それが守ろうとする法益を実質的に侵害する行為については,刑罰法規の文言を無視して,これを適用として処罰しても良いとする奇妙な解釈をする方がおられるようです。しかも,この方の見解によると,実質犯か形式犯か,すなわち,刑罰法規の文言を無視してこれを適用して良いかどうかは司法・準司法部門が解釈によって自由に決めることができるとのことのようです。
一般には,実質犯というのは,犯罪が成立するためには法益の侵害または侵害の危険の発生が必要である犯罪をいうのであって,刑罰法規により明確に禁止された行為が行われなくとも,法益の侵害または侵害の危険の発生させる行為に拡張的に適用させることが許される犯罪をいうのではありません。私が刑法を学んでいたころは,「実質犯においては,犯罪が成立するためには法益の侵害または侵害の危険の発生が必要である」という命題から,「実質犯については,その法益の侵害または侵害の危険の発生させる行為に対しては,その刑罰法規による明確に禁止された行為以外の行為に対しても拡張的に適用して良い」とする見解はほぼ存在していなかったのですが,最近は,某法科大学院の一部では違う教え方をしているのかもしれません。
この考え方にたった場合,例えば,著作権侵害罪のような保護法益がはっきりしている犯罪については,著作物等の新たな利活用について著作権者等の許諾なくしてこれを行うことを禁止する新規立法を国会が行わなくとも,捜査機関が法律を拡張的に解釈して(明文の規定では禁止されていない)新たな方法での著作物の利活用を行うものを逮捕起訴し,裁判所が有罪認定することが許されるということになります。普通に考えれば,そんな馬鹿な話があっていいものか!ということになるのですが,その方の見解を批判すると,事務所にまで電話をかけられ,高圧的に削除せよと迫られますので(「その考えは間違っている」という指摘を「お前は嘘をついている」という攻撃と同視されてしまうくらいですし),まあ難儀なことだなあと思います。
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01/04/2009
iPhone用のアプリで注目すべきものの一つは,辞書アプリです。
辞書なら従前の電子辞書でいいではないかと言えそうな気がしますが,従前の電子辞書と,一つ大きな違いがあります。従前の電子辞書だと,各プラットフォームと組んだ特定の辞書しか利用できないのに対し,iPhoneの場合,おびただしい種類の辞書の一つまた複数をユーザーが自由に選択することができます。そして,それ故に,かなりニッチな辞書を流通させることができます(先ほど見た限りでは,ラテン語や,ポルトガル語の辞書などもありました。)。
また,従来の電子辞書ではユーザーインターフェースはプラットフォームごとにほぼ統一されているのですが,iPhone用の辞書の場合は,辞書開発会社の方で相当自由にユーザーインターフェースを組み立てることができます。これは,競争の激しい,国語系と英語系では,相当の切磋琢磨が期待できるところです。
とりあえず気に入っているのは,i英辞郎で,英熟語をそのまま検索できる機能です。すなわち,従前の電子辞書では,例えば,「get off」という英熟語の意味を調べるには,「get」を引いて,その上でその「成語」を検索するという手順を踏む必要があったのですが,i英辞郎では,検索窓に直接「get off」と入力すれば足りるのです。
また,イギリス英語で書かれた文献を読む機会が多い場合,電子辞書で折角目的の単語を引き当てても,これに対応するアメリカ英語の単語が表示されているだけで,改めて当該米単語を検索窓に入力しなければならなかったのですが,i英辞郎等では表示されている米単語をプッシュするとその米単語の説明部分に飛んでくれるので,大分無駄な時間を省ける感じがします。
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30/03/2009
某宗教団体の発行する雑誌って,電車の吊り広告等で見出しを見る限り,特定の個人等を口汚く罵る記事が執拗に掲載されるという特徴があります。常々末端の信者はああいうのを見て却って引いてしまうのではないかと不思議に思っていました。
それはともかく,学校教育法第92条第6項は,
教授は、専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の特に優れた知識、能力及び実績を有する者であつて、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する。 と規定しているのですが,法科大学院を濫立させる中で,これといった著書・論文等がなく(法学系だと,紀要論文を含めた法学系の雑誌に論文が掲載されると,判例データベース運営者が提供する法律文献情報データベースで検索可能となるので,パソコン雑誌等畑違いの雑誌への掲載でない限りは論文の有無・ありかは分かりますし,畑違いの雑誌へのエッセイ等は普通「実績」に含めないようには思います(私も,ゲームラボへのコラム連載は実績に含めていませんし。)。),また実務家として特に優れた実績を有するわけでもない人を「教授」としているところもあるようです。法科大学院自体,政策的に「(法務)博士」号を濫発することが予定されているのだからそこでの「教授」号も他の教育機関と同視しなければ良いではないかという考え方もあり得るのですが,それでは「教授」たるに相応しい「研究上又は実務上の特に優れた知識、能力及び実績」があって法科大学院において「教授」に任命された人が(法科大学院の「教授」の価値が他の研究機関における「教授」よりもレベルの低いものとみなされかねないという意味で)お気の毒だという気も,一方でしてしまいます。
もちろん,法文上は「研究上又は実務上の特に優れた……実績」となっていますから,研究上の実績が皆無であっても,実務上の実績が特に優れていれば問題がないとはいいうるわけですが,単に裁判官や検察官としての経験が十数年あるというだけでは,法律実務家としては当たり前の実績であって,「特に優れた……実績」とは言えないように思われます。「研究上又は実務上の特に優れた……実績」を有する実務経験者を集めるのは(特に,法曹養成機関としての実績がそれほど大したことがなかった)法科大学院にとっては大変だという事情はわからないではないですが,逆に言うと,そういうところまで無理をして法科大学院を創り,維持する必要はないのではないかと思ったりします。
【追記】
当初のエントリーについて,自分が個人攻撃をされていると思いこんで,わざわざ事務所に電話をかけてこれを削除するように求めて来た方がおられましたので,より抽象度の高いエントリーに変更することと致しました。たぶん,著書・論文等の実績がない人を「教授」とすることが問題であると指摘すること自体を禁圧したかったのではないと善解させていただきましたが,「誤読」でしたらメールでご連絡下さい。>その方
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29/03/2009
矢部善朗・創価大学法科大学院教授は,次のように 述べています。
ここまで想像力が働くのであれば、もし、大久保被告人が任意性に疑問が生じるような無理な取り調べを受けたというのであれば、自白の有無にかかわらず、弁護団は検察に対して強硬な抗議を行うことくらいは容易に想像できるだろうと思われます。
「任意性に疑問が生じるような無理な取り調べを受け」なければ被疑者は虚偽自白に転ずることはない,との前提に立って空想を巡らされても,何だかなあという気がします。虚偽自白のメカニズムについては,浜田寿美男先生の「自白の研究」くらいは踏まえておいて欲しいものです。
また,矢部教授は,次のようにも述べています。
しかし、産経の記事によれば、大久保被告人は
勾(こう)留(りゆう)期限が迫った最近になって、「献金が西松からだと認識していた」と供述したという。
つまり、勾留期限前に事実を認める供述をしていることになります。
そして、この産経の言う「供述」と小倉弁護士が引用した日刊スポーツのいう
25日までに、同社から違法な企業献金を受領しながら虚偽の報告をしていたなどとする政治資金規正法違反罪での起訴内容を大筋で認めた。
という供述が同じものであるならば(ニュースソースがいくつもあるとは思えませんので同じである蓋然性が極めて高いと見るのが自然でしょう)、それだけで小倉弁護士の「25日までに!?」は的外れになる、というのが私の反論エントリの前半部分です。
矢部教授の目にはこの二つは同じに見えるようですが,法律的にはこの2つは同じではありません。特定の政治団体からの政治献金につき,その原資が西松建設からでており,会計担当者がそのことを認識していたとしても,それだけでは政治資金規正法違反(虚偽記載)は成立しないからです(こちらのエントリー で既に述べたことなので繰り返しませんが。)。まあ,同じ「元検事」といっても,東京地検特捜部でばりばりに働いていた郷原先生のような方と,「筋書き・自白ありきの強引な捜査、高圧的な取り調べ、証拠を積み重ねる緻密な捜査の欠如 」とも評される山形マット死事件を担当された矢部教授との差かもしれません。
私が、自白の経緯について触れたのは、あくまでも起訴日(24日)から25日までの長くても30数時間(取り調べ時間とすればせいぜい10数時間、仮に取り調べがあったとしてもですよ)程度の間のことです。
しかも、大久保被告人は強力な弁護団の弁護を受けています。
私は、このような大久保被告人に特有の状況を前提にして意見を述べています。
とも矢部教授は述べておられるのですが,この時期にさらに10数時間同じような取り調べを繰り返されたら被疑者が受ける精神的なダメージは大きいことは想像に難くありません(だから,「起訴後の取り調べといっても,10数時間程度なら問題なし!」みたいな話は,おそらく創価大学の法科大学院以外では教わることはないでしょうし,創価大学の法科大学院でも,山下先生の授業をとるとそのように教わることはないでしょう。)。そして,そこでは,「強力な弁護団」とて為す術はありません。日本では,取調べへの弁護人の立ち会いは認められていないのです(自公連立政権は,取調べへの弁護人の立ち会いを認めるなどの,国策捜査を困難とする刑事訴訟法の改正には消極的なのです。)。
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27/03/2009
某一部上場企業に関して,前期の営業利益を上回る額の金銭支払を命ずる判決が午前1時台に下されても,夕刊は勿論ネットニュースにも掲載されないし,その日の株価にも影響はしないものなのですね。
上場企業相手に大勝ちしたその日のうちにその株を先物売りすると,そこそこ儲かるのではないかという気がしてきました(やりませんが。)。
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矢部善朗創価大学法科大学院教授(刑事法)は次のように 述べています。
このような大久保被告人が、20日間以上の検事の取り調べに耐えて否認していたにもかかわらず、起訴の翌日に「検事に自白させられる」なんてのは「寝言は寝て言え」のレベルです。
のみならず、そのような弁護団がついているのに起訴の翌日に虚偽の自白させられたとすると、それは弁護団の大失態を意味します。
つまり、小倉弁護士のこのエントリは、誰よりもまず大久保被告人の弁護団に対する侮辱を意味しています。
矢部教授は,この種の論理がお好きなようです(検察の捜査の国策性を批判することは裁判所を批判することだと言ってみたり。)。
しかし,どんなに優秀な弁護団が就いていたとしても,わが国では取調べへの弁護人の立ち会いが認められていませんし,接見だって四六時中やっているわけにもいきません。被疑者を孤立させたり絶望させたりすることにより,「中世の魔女裁判のような拷問を加えたり」しなくとも被疑者が虚偽内容の自白をしばしばしてしまうことは様々な研究結果等により既に明らかになっている(創価大学法科大学院でも,山下先生に刑事訴訟法を教えてもらえればそういうことは教えてもらえるのではないでしょうか。)わけで,勾留期限まで頑張れば厳しい取り調べから解放されると信じていたのに勾留期限後も同様の取り調べが続いたとなれば(この時点で,弁護人からの説明は実際上空理空論となってしまっているわけですから),被疑者としては検察官に迎合して検察官が要求するストーリーを是認するまでは厳しい取り調べが際限なく続くことが想定されるため,耐えられなくなって虚偽の自白に応じてしまうことは十分に考えられます。
もちろん,そのような取り調べによってなされた自白はさすがに任意性を欠くものとして調書が却下されることは十分に考えられるわけですが,検察の目的が次の総選挙で民主党を大勝させないことにあるとすれば,総選挙後に上記自白の任意性が覆されても,痛くもかゆくもないわけです。
なお,矢部教授は,スポニチの記事において「25日まで」となっていて「25日に」となっていない点を過大視しているようですが,24日の時点で大久保容疑者の自白調書が作成されており,25日以降は取調べ等が行われていないのであれば,起訴の際の記者会見でその旨の説明があるのではないか(25日以降にリークする意味って何なの?)という気がしないわけではありません。
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日刊スポーツ によると,
西松建設の巨額献金事件で、小沢一郎民主党代表の公設第1秘書で資金管理団体「陸山会」の会計責任者大久保隆規被告(47)が25日までに、同社から違法な企業献金を受領しながら虚偽の報告をしていたなどとする政治資金規正法違反罪での起訴内容を大筋で認めた。
とのことです。
しかし,拘置期限が24日であり,実際24日に起訴がなされ,それ以外の容疑に関して逮捕がなされていない案件で,25日に「起訴内容を大筋で認め」させたら,まずいのではないかという気がします。もちろん,このことにより,民主党の大勝が回避され,公明党が連立与党にとどまることができれば,あとで自白調書の任意性がとんで大久保被告が無罪になろうがどうでもよいという人たちも多少はいるのかもしれないのですが,でも,法律家たるもの,起訴後の自白はまずいというくらいの感覚は失いたくないものです。
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25/03/2009
ある論点に関して一定のバイアスがかかる立場にいることを指摘することは,一般には「属人論法」とはいわないのではないかと思います。例えば,野党第1党が政権を取ることについての危機感を煽るエントリーを書いた人が,連立与党の一角を占める政党をコントロールする宗教団体の運営する学校を卒業しかつ現在もその学校で「教授」という重大な地位を占める者であるということは,当該エントリーが,当該宗教政党を次期総選挙で少しでも有利な状態にしておこうという一種のポジショントークにより出たものである蓋然性が高いことを示す情報であって,それは情報の受け手にとっては,参考となる情報です。
「あんなカルト宗教を信じるようなやつのいうことなんか信頼できるものか」ということでその発言の価値を貶めているのであれば悪しき「属人論法」だとは思いますが,そういう意味での属人論法が用いられていないにも関わらず,「属人論法」「属人論法」と繰り返して他人を批判するということは,その発言がポジショントークに過ぎないことが明るみにされてよほど悔しかったか焦っているのかそんなところなのではないかという気がしてしまいます。
【追記】
彼が通う法科大学院の学生であるnisshiey_s1さんから,「モトケンさんが誰が見ても「ねーよwwww」って発言してるならごもっともなんだろうけど、そうじゃないとは思う。」とのはてなブックマークコメントをいただいました。ただ,この問題に関する矢部教授のご意見というのは,検察OBによるもの(例えば,郷原先生や落合先生,佐々木先生等々)のなかさえ特異であったことは注目されて良いでしょうし,「リーク」に関する彼の言及もかなり特異なものであったことは注目されて然るべきです。
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読売新聞は,次のように 報道しています。
捜査関係者などによると、大久保容疑者は起訴事実の一部を認めているという。小沢代表からの事情聴取については、大久保容疑者らの起訴には不必要として、当面、見送ることにした。特捜部は西松建設から自民党の政治家側に提供された資金について、捜査を継続する。
これを読んだ読者は,大久保容疑者が「半落ち」状態にあるように受け取るのではないでしょうか。しかし,注意しなければならないのは,この記事には,起訴事実のうちどの部分を大久保容疑者が認めているかについて何ら言及されていないということです。
全くのでっち上げないし完全な人違いというのでない限り,被疑者と捜査機関との間の認識ギャップは,起訴事実(法律的に正しい言い方としては「公訴事実」ということになります。)の一部に限定されることになります。そして,その一部が裁判所に認定されるか否かによって,被告人が有罪となるか否か,結論が変わってくるということはしばしばあります。更にいえば,刑罰法規の解釈が争点となっている事件においては,起訴事実自体については被疑者と捜査機関との間に全く認識ギャップがない場合だって十分あり得ます。
この件についていえば,大久保容疑者としては,「政治団体「新政治問題研究会」や「未来産業研究会」から受けた計2100万円の献金について、陸山会の収支報告書に両団体からの献金だと記入をした」という点についてはおそらく認識ギャップはなく,あるいはそれらの政治団体の代表を西松建設のOBが務めていたことやそのことを知っていたこと,あるいはこれらの団体に西松建設から資金が提供されていたこと及びそのことを知っていたことについても認識ギャップがないことも十分に考えられます。小沢氏側の主張は,それらの事情があったとしても,収支報告書には,それらの団体を献金主として記載するのが正しい(ないしそのように考えていた)ということだからです。
従って,「起訴事実の一部を認めている」といっても,捜査機関に対し上記事実についてこれを認める供述をしていたに過ぎない場合,大久保容疑者は,「半落ち」状態などではなく,ばりばりに否認している状態だということになります。
このように「起訴事実の一部を認めている」と一口に言っても,どの事実を認めているのかによって実際のニュアンスは全く異なります。にもかかわらず,「捜査関係者」から「大久保容疑者は起訴事実の一部を認めている」と聞かされて,「どの事実を認め,どの事実については依然否認しているのか」を確認することなく,記事を作成して掲載してしまう読売新聞は,マスメディアとしての基本的な資質に欠くのではないかという気がいたします。
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24/03/2009
元検察官である矢部善朗創価大学法科大学院教授(刑事法)が次にように 述べています。
刑罰法規の解釈における立場にはいろいろありますし、自説をプロパガンダ的表現で述べるのも自由とは思いますが、少なくとも刑事弁護士の立場で考える限り、裁判官はどういう解釈をするだろうか、という予測、推測または洞察というものが最も重要です。
検察官も当然、裁判官の立場で考えています。
裁判官の判断を全く度外視して自説を前提に防御方針を立てることは単なる自己満足であり、依頼者の利益にもなりません。
「裁判官はどういう解釈をするだろうか、という予測」ということについていえば,刑事弁護士の多くは,裁判所は,かなりの確度で,無罪判決を下さなくとも済むように,必要とあらばかなり無理目の拡張解釈をしてくるだろうなと予測していると思います(それでも,自分がこんな罪で処罰されるのは納得がいかないので精一杯闘ってくれと頼まれれば,精一杯のことをして闘う,というのが多くの刑事弁護人の生き様でしょう。)。そして,多くの刑事弁護人は,その哀しい予測が的中し,刑罰法規の文言からは想像も付かないような行為について被告人に有罪判決が下されていく空しさを味わってきています。
「検察官も当然、裁判官の立場で考えています」というのは,かなり実態から乖離しているお話しのように思われます。実態は,検察官が制定法の文言やそれまでの裁判例を無視して無茶な起訴をした場合にそれでも被告人を無罪としないために裁判官がその無茶に付き合い,また新たな裁判例が生み出されるといったところです。私たち旧試験組は,択一試験を突破するために,特に刑法各論についてこういう事例についてはこれを○○罪にあたるとして有罪とした裁判例があるということを(そんなばかな,と思いつつ)頑張って覚えたわけですが,それぞれの事件について検察官が「裁判官の立場で考えて」これを起訴していたのだとは到底考えがたいというべきでしょう(例えば,他人の池の鯉を流出させる行為は動物を傷害する行為にあたるとして器物損壊罪を適用した判例があるのですが,これなどは,担当検事が「裁判官の立場で考えて」起訴を決めたものとは到底考えがたいように思います。)。
「検察官が一旦起訴をすれば,裁判所は無茶な『経験則』を持ち出したり,無茶な拡張解釈をしてでも,被告人を有罪とする蓋然性が高い」という現実があるからといって,当該適用法令の文言からはそれが適用されることが想定しがたい行為に関して被疑者が逮捕されることとなってもこれを不当逮捕と非難することが許されないのか,野党第1党の党首の第一政策秘書等「国策捜査」を受ける危険がある人物は,無茶な拡張解釈をすれば検察を救済して有罪判決を導くことができなくもない行為などすべきではなく,そのような行為をしたが故に果たして「国策捜査」を受けて逮捕され長期間勾留されることとなった場合それは自業自得であるというべきなのか,といえば,私はそういう見解には与しません。
現実の刑事裁判官の中には罪刑法定主義をかなぐり捨ててでも検察官の救済にあたらんとするものが少なからず存在する現実があるとしても,矢部教授が提唱されるような人民裁判的実質的犯罪論が邪道であることに変わりはありません。
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23/03/2009
矢部善朗・創価大学法科大学院教授(刑事法)がまた,「印象操作」という言葉を用いることによって ,自説への批判をクリアした気になっているようです。
ただ,刑罰法規を文言に忠実に解釈することについて,
既に書いていますが、小倉秀夫弁護士の解釈(というか単なる主張)に従えば、政治資金規正法が禁止する企業献金がやりたい放題になるわけですが、国民はそのようなことを支持するのでしょうか?
という批判を行えば,「ああ,この人は,『国民の支持』ということを御旗に掲げて,刑罰法規をアドホック的に拡張して適用していくことに賛成しているのだなあ」と受け取られることは当然のことです。矢部教授は,口先では自分も罪刑法定主義を支持しているかのごとく述べていますが,罪刑法定主義を支持するということは,その解釈を採用することによって特定の行為類型が犯罪とはならなくなることについて国民から如何に批判を受けようともその解釈を維持するという矜恃を必要とします。従って,刑罰法規に対する特定の解釈に対して,その解釈の結果特定の行為類型が犯罪とはならなくなることについて国民の支持が得られないということをもってこれを批判するという発想自体が,罪刑法定主義とは相容れないものというべきです。
なお,前田雅英教授らが唱えている実質的犯罪論ですが,これは刑罰法規の行為規範性よりも裁判規範性を重視するものであり,刑罰法規の行為規範性を重視する罪刑法定主義とは本来相容れないものです。特に,矢部教授のように,刑罰法規の具体的な文言を離れて,「そのような行為がやりたい放題になることを国民が支持するか否か」という観点から刑罰法規の解釈の妥当性を考える,人民裁判的実質的犯罪論においては,検察官や裁判官が国民の規範意識をどのようなものとして認識するかを正確に予測できなければ,何人も,逮捕されたり刑罰を課されたりすることを心配せずに社会活動を行うことができなくなり,刑法の自由保障機能は著しく害されることになります。
矢部教授は,
自分たちのいう国策捜査の対象になりたくなかったら、法律をきちんと守ってればいいんですよ。 と
述べていた のですが,それは何をしなければ刑罰法規に違反したことにならないかが明確であればこそ初めて言えることであって,それが自由に行われるようになることを国民は支持しないと裁判官が考える行為を犯罪行為とする人民裁判的実質的犯罪論を前提とした場合には,国策捜査の対象になることを回避するために「法律をきちんと守る」こと自体が困難となります。
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矢部善朗・創価大学法科大学院教授(刑事法)が次のように 述べています。
既に書いていますが、小倉弁護士の解釈(というか単なる主張)に従えば、政治資金規正法が禁止する企業献金がやりたい放題になるわけですが、国民はそのようなことを支持するのでしょうか?
国民がそれを支持するか否かに関わらず,それを行った場合に特定の刑罰を科すことが法律により明確に定められている行為を行った者に対してのみ刑事罰を科すのが,わが国も採用しているはずの罪刑法定主義の基本です。こと刑事罰に関していえば,「抜け道」を塞ぐのは「立法府」の仕事であり,裁判所や検察が「抜け道」をアドホック的に塞ぐことは基本的にあってはいけないことです。
実質的に企業Cが政治資金団体Aに寄付するのと実質的に変わらないとして,企業Cが団体Bに寄付をし,団体Bが国会議員の政治資金団体Aに寄付することを禁止することを多くの国民が支持しているのであれば,例えば,企業から政治献金を受けている団体から国会議員の政治資金団体が寄付を受けることを政治資金規正法違反とするような新規立法することによりこれに応えるのが筋なのです。そのような新規立法もないのに,企業Cから寄付を受けている団体Bからその情を知って政治献金を受け付けた政治団体Aの会計責任者を,収支報告書に寄付者をCではなくBと記載したのは虚偽記載だと難癖を付けて逮捕することにより応えようとするのは,「罪刑法定主義」という基本原則を重視する立場からいえば,邪道というより他ありません。
「こんなことをやりたい放題とすることを,国民は支持するのでしょうか?」との一言で刑罰法規が際限なく拡張的に適用され,政権政党に批判的な人物が逮捕され,刑事罰が科される──私はそういう社会は望ましくないと考える者です。
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22/03/2009
政治資金団体の収入って,一般にどのように掲載されているのでしょう。試しに,公明党の政治資金団体である財団法人公明文化協会のそれを見てみました。
これ によると,平成19年度は,当該年度収入約3.2億円のうち,不動産売買代金が約2.7億円で,不動産売買利息が約0.3億円,あとは機関誌の発行等の事業収入と新春賀詞交換会収入,預金利息,基本財産利息等があるのみです。これ によると,平成18年度は,当該年度収入約3.2億円のうち,不動産売買代金が約2.7億円で,不動産売買利息が約0.3億円,あとは機関誌の発行等の事業収入と新春賀詞交換会収入があるのみです(この年は,預金利息,基本財産利息はなかったようです。)。
これ によると,平成17年度は,当該年度収入約3.2億円のうち,不動産売買代金が約2.6億円で,不動産売買利息が約0.4億円,あとは機関誌の発行等の事業収入と新春賀詞交換会収入,政治団体(全国不動産政治連盟のようです。)からの寄付が300万円ほどあるのみです(この年も,預金利息,基本財産利息はなかったようです。)。これ によると,平成16年度は,当該年度収入約3.1億円のうち,不動産売買代金が約2.6億円で,不動産売買利息が約0.4億円,あとは機関誌の発行等の事業収入と新春賀詞交換会収入があるのみです(この年も,預金利息,基本財産利息はなかったようです。)。
これ によると,平成15年度は,当該年度収入約4億円のうち,不動産売買代金が約3.0億円で,不動産売買利息が約0.04億円で,この年は預金利息,基本財産利息もない上に,機関誌の発行等の事業収入と新春賀詞交換会収入もなかったようです。その代わり,振替金が約1億円計上されているようです。
5年間の間に合計約13億円にも上る不動産売却益が得られるほど土地持ちの政治資金団体というのもうらやましい限りですが,それぞれの土地について売却するまでの間の賃料収入等が計上されていないのは不思議です。売却するまで更地にしていて放置していた可能性もありますので,「国民を欺いていた」とまで断言するつもりはありませんが,平成19年度になって突然預金利息,基本財産利息等が計上されるなど,会計的には不思議な感じがします。
さらにいうと,政治資金団体って政治献金の窓口として設けられるものなのに,公明党の政治資金団体である財団法人公明文化協会についてはほぼ政治献金の窓口になっていないわけで,いったい何のための団体なのかなあととても不思議な感じがします。
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20/03/2009
矢部善朗・創価大学法科大学院教授は次のように 述べています。
このエントリについて、小倉秀夫弁護士は
といいますか,政治資金規正法との関係でいえば,企業が直接国会議員の政治資金団体に寄付をするのではなく,一旦特定の政治団体に寄付をしてそこから国会議員の政治資金団体に寄付をするという形をとる際に,寄付者として大本のお金の出し手を記載しなければならないのはどういう場合なのか,という多分に法律解釈の問題だったりするので,この時期に突然「ネタ」が手に入るという性質のものではないようにも思えたりします。
このような指摘をしていますが、本件が虚偽記載と言えるかどうかについては、「多分に法律解釈の問題」という以前に、献金の経緯はどうであったか、その経緯について西松建設側の誰と小沢氏側の誰との間でどのような接触があったのか、何回くらいあったのか、それぞれの機会においてどのようなやりとりがあったのかなどなどの具体的な事実関係の解明なしに法律解釈の問題は論じることができません。
しかし,「政治資金団体Aが団体Bから献金を受けた際に,団体Bへの資金の提供元が企業Cであることを政治資金団体Aの会計責任者Dが知っていた場合,Dとしては収支報告書に献金元として,団体Bの名称を記載すべきか,団体Cの名称を記載すべきか,団体Bの名称を記載しつつ団体Cを資金元ととして注記すべきか」という点は,「その経緯について西松建設側の誰と小沢氏側の誰との間でどのような接触があったのか、何回くらいあったのか、それぞれの機会においてどのようなやりとりがあったのかなどなどの具体的な事実関係の解明なし」に論ずることができます。また,上記論点について,団体Cの名称を記載すべき,あるいは団体Bの名称を記載しつつ団体Cを資金元ととして注記すべきという見解に立った場合,団体Bの資金元が団体Cであることの資料としてどのようなものを政治資金団体Aの会計責任者Dは控えておけばいいのか(逆に言うと,政治資金団体Aの会計責任者Dは,どのような資料がある場合に,団体Bから送金を受けた献金を,団体Cからの献金として収支報告書に記載することが許され,かつ,義務づけられるのか)ということは,「献金の経緯はどうであったか、その経緯について西松建設側の誰と小沢氏側の誰との間でどのような接触があったのか、何回くらいあったのか、それぞれの機会においてどのようなやりとりがあったのかなどなどの具体的な事実関係の解明なしに」議論することが可能です。
矢部善朗氏は,
自分たちのいう国策捜査の対象になりたくなかったら、法律をきちんと守ってればいいんですよ。
と述べているようですが,「政治資金団体Aが団体Bから献金を受けた際に,団体Bへの資金の提供元が企業Cであることを政治資金団体Aの会計責任者Dが知っていた場合」収支報告書にどのように記載すればよいのかということは,政治資金団体の会計担当者としてはそんなに単純ではありません。団体Bから送られてきた献金の献金元を団体Cと記載した収支報告書を提出すれば,それはそれで虚偽記載に問われそうな気もします(公明党の太田代表と同じ選挙区に出馬されると噂されていた大物政治家をつぶすために何としても秘書を逮捕してやろうという気に捜査機関がなっていたとすればなおさらです。)。
普通に考えると,金銭については形式的な占有者の所有物として取り扱うのが通常なので,上記の例についていえば,団体Bの資金元がCであったとしても,団体Bの口座から金銭が献金として送金されている以上,団体Bが企業Cから送金手続の代行を委託されてこれを行ったに過ぎないなどの特段の事情がない限り,団体Bを献金元として収支報告書に記載するのは,会計責任者の立場からすれば,やむを得ないのではないかという気がします。矢部善朗氏は,このような場合に団体Bを献金元として収支報告書に記載することは国民を欺くことであり、民主主義の根幹を揺るがすものであると考えるべきではないのか とまで 言っている わけですが,「企業Cが団体Bに資金を提供していた」という事実を知っていたとしても,「実際に献金を送金してきたのは団体Bであった」という現実がある以上,政治資金団体Aの会計責任者がその献金の献金元を団体Bと収支報告に記載することが,「国民を欺く」ものであるとまでいいうるのかは大いに疑問です。
もちろん,このような場合には収支報告書には献金元として企業Cを記載すべきだというのであれば,献金元として団体Bを収支報告書に記載した会計責任者をいきなり逮捕して見せしめにするのではなく,国会議員等の政治資金団体の会計責任者宛に,「政治資金団体Aが団体Bから献金を受けた際に,団体Bへの資金の提供元が企業Cであることを政治資金団体Aの会計責任者Dが知っていた場合に,団体Bを献金元として収支報告書に記載する運用が広く行われているようですが,企業Cを献金元として記載するのが正しい運用です。○○年度以降,団体Bを献金元として収支報告書に記載した場合には政治資金規正法上の虚偽記載の罪に問われる場合がありますので,ご注意下さい」というアナウンスを事前にしておけばよかった話だと思うのです。そのアナウンスにおいて,必要な添付書類の例示なんかもしておけばなおも親切だと思うのです。実際,官庁の解釈とは異なる解釈に基づく法の運用が広く行われている場合に,官庁が公権的解釈を示した上で,一定の猶予期間を設け,その間に公権的解釈に沿った運用に切り替えたときには過去分について刑事・行政的責任を問わないという運用がなされることはあるので,今回のケースでもそれでよかった話だとは思ったりします。
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18/03/2009
シンガポールでの弁護士資格を有している日本人って結構たくさんいるようです。
某掲示板関係の訴訟については,実質的な管理の主体には変動がないとして従前どおりNさんを被告として日本で訴訟を提起するのが常道だとは思いますが,掲示板の管理人の法的保護がシンガポールの方が弱いようであれば(あちらの方が政治的表現の自由の保障の程度は低かったように記憶しているのですが),シンガポールで開業している日本人弁護士と提携して,シンガポールの裁判所でがんがん訴訟を提起するという方法もあり得るのだなあと思ったりはしました。
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16/03/2009
ブログを通じて刑事手続を学ぼうと思ったら,ちゃんと刑事弁護人としての実績を積み重ねている落合先生や奥村先生のブログを見た方がよいということなのでしょう(もちろん,法律系ブロガーの中では明らかに格が違う中山研一先生のブログも必見なのですが。)。
創価大学法科大学院の刑事法の教員でも山下幸夫先生のブログは,内容的にはなかなかなのですが,いかんせん更新頻度が低いのと旬の話題についての解説がないのが残念です。
信頼に足りる元検事系のブロガーとしては,落合先生の他に,葉玉先生もいるのですが,葉玉先生の場合,どうしても会社法に関する話題が主ですから,刑事手続に関する旬のネタを負うという点では,落合先生や奥村先生の方が上かなあという気がします。
最近どこぞの信者とおぼしき人たちから下らないコメントが相当数投稿されるので先に言っておきますと,私は刑事弁護をしなくなって10年近くが経過しますから,刑事手続に関する私の見解は多分に教科書的なものです。一応2回試験は通っていますし,登録した手のころは無罪主張事件を含めそれなりに件数をこなしましたから,素人の発言よりは信頼していただいてよいですが,上記諸先生方の実績を伴った発言と比べるとどうしても見劣りしてしまいます。
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城繁幸さんについてもっとも不思議なことの一つは,彼が代表を務めているらしい「Joe's Labo」のウェブサイトが全然見つからないことです。
城さんがこれだけ有名になれば,城さんが代表を務めている「Joe's Labo」では人事コンサルとしてどのようなサービスをしているのだろう,どのような実績があるのだろうという関心を持つ人も増えてくるでしょうし,「Joe's Labo」に人事コンサルをお願いしたいという人も出てくるでしょうに,もったいないなあ,という気がしなくはありません(「Joe's Labo」の本店がどこにあるのかすら,検索できませんでした。)。
もっとも,サービスとしての人事コンサルに求められるのは,現実の経営環境のもとでの人事に関する最適解の提示なので,組合敵視論や労使対立から世代間対立への争点の再設定等を繰り返されても,経営者や人事担当としては,実際の行動の参考にはなりにくそうな気もします。「賃金体系はプロ野球に学べ」なんていわれて納得する労働者がそうそういるようにも思えないし,経営側だって,個々の労働者の毎年の賃金を決めるのにプロ野球の年俸交渉と同様の手続コストなんてかけてられないだろうなあと思ってしまうので,さすがに本業ではもう少し地に足のついた提案をしているのだろうと信じたいところではあるのですが,実のところどうなのでしょう。
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15/03/2009
矢部善朗弁護士・創価大学法科大学院教授(刑事法)が次のように 述べています。
ついに小倉秀夫弁護士も「創価カード」を切るようになってしまいました。
小倉弁護士も、昔は創価カードを切って悦に入っている輩に対しては批判的だったんですけどね。
「彼らが政権を取った暁には」という,野党第一党たる民主党が政権を取ったときには大変なことになるという非常に党派的なエントリーを掲げておきながら,現政権与党との密接な関係を指摘されることは気に食わないというのは虫が良すぎるのではないかと思います。この問題に関していえば,矢部弁護士のポジションに関する情報は,民主党に厳しく,それ故,民主党に不利益となる行動をとる検察に甘くなるバイアスがかかりやすいことを示すものとなっており,情報として意味があります。わかりやすく言えば,検察によるリークが来たる総選挙において民主党に不利に働くということは,矢部弁護士が所属する組織の母体にとってむしろ望ましいことであり,従って,ポジショントークとして,今回の検察の行動を擁護し,これを批判する民主党を攻撃することは十分にあり得るということです。
なお,
小倉弁護士は、検察が公明党に借りがあるとでも思っているのでしょうか?
それとも、検察が公明党に貸しを作ると何かいいことがあると思っているのでしょうか?
私には、両方とも思い当たる節がありません。
との点についていえば,一般論として,官僚組織においては,政権与党に貸しを作ると,自組織に不利な改革を避け,むしろ自組織に有利な改革がなされる可能性が高まるわけですから,「何かいいことがある」と思うのは当然のことでしょう。そんなことまで否定してみせるのは,却って白々しさを強調してしまいそうな気がします。
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14/03/2009
先ほどのエントリーに対して,矢部善朗弁護士・創価大学法科大学院教授(刑事法)が次のように 述べています。
小倉弁護士が、「検察が,捜査過程に関する情報を,虚実交えてマスメディアに『リーク』すること自体が「法に基づかない」行動です。」(強調はモトケン)と述べていることからしますと、確実な情報をリークすることも虚偽の情報をリークすることも同列においておられるようですけど、私は同列に論じていいものかどうか決めかねています。
虚偽情報のリークは問題なしにアウト(つまり違法)でしょう。
不確実情報のリークもアウトだと思います。
では、確実な事実(少なくともリーク時点では確実と思われた事実)についてはどうでしょうか。
警察や検察等の捜査機関が国家権力を用いて情報収集を行うことが認められている理由を考えれば,少なくともリークした時点では確実であると思っていたとしても,そのようにして収集した情報を非公式に漏洩することは許されるべきではありません。それは,公的に収集した情報の目的外使用に他なりません。しかも,そのようにして収集され,漏洩される情報の多くは,個人のプライバシー情報であったり,企業の営業機密だったりするわけです。もちろん,それらの情報が裁判手続の中で証拠等として公判廷に提出されることにより公衆のするところとなることは,公訴事実との関係で必要やむを得ない限度にとどまる限りは,裁判制度が存在する以上我々はそれを甘受せざるを得ないわけですが,「リーク」というのは裁判制度とは無関係のところで行われるわけですから,我々がそれを甘受しなければならない理由はありません。また,証拠等として裁判所に提出するつもりのない情報を,「リーク」という形でマスメディアを通じて裁判官に予めインプットしてしまうことも,捜査機関のあり方として適切さを欠いているように思います。
また,矢部弁護士は,次のように述べています。
民主党が政権を取った場合にそのような非公式の「リーク」を規制するということであれば,それはそれで望ましいのではないかと思われます。
ここの重大な疑問が生じます。
なぜ、「民主党が政権を取った場合に」という条件がつくのでしょうか?
小倉弁護士自身が指摘した情報リークの弊害は、民主党の政権奪取となにか関係があるのでしょうか?
どの政党が政権に就こうが、等しく問題になるのではないでしょうか?
不思議なけちの付け方をする人もいるものです。自公連立政権において捜査機関による非公式の「リーク」を規制する立法が行われるのであればそれはそれで望ましいことだと思います。ただ,公明党には弁護士資格を有する議員も多く,捜査機関による恣意的な「リーク」に問題があることを十分知っていながら,これまでこの問題を放置してきたわけですから,このまま自公連立政権が続いた場合にこの問題が適切に対処されることをあまり期待できないと考えるのは自然なことでしょう。また,検察による恣意的な「リーク」が功を奏して自公連立政権が次の選挙で勝利することがあれば,自公連立政権は検察にいわば「借りを作る」わけですから,そのような自公連立政権下で捜査機関による恣意的な「リーク」を規制する立法がなされる可能性は著しく低いと言わざるを得ません。
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元検事で,かつそのことを強調すべく「モトケン」と名乗っている矢部善朗弁護士が次のように 述べています。
民主党は、最近の報道内容は検察のリークによるものだとして検察を強く批判していますが、報道内容(つまり検察のリーク内容)が虚偽であるとかでっち上げであるという批判は見あたりません。
検察のあり方を批判するのであれば、検察が法に基づかないで行動していることを根拠に批判すべきです。
しかし,検察が,捜査過程に関する情報を,虚実交えてマスメディアに「リーク」すること自体が「法に基づかない」行動です。矢部弁護士が検察官時代どのような法の理解の元にどのような行動をとっていたのか知るよしもないのですが,我が国の制定法の下では,検察庁ないし検察官には,被疑者又はその関係者について,捜査活動によって新たに知った情報もしくはそのような情報に見せかけた虚偽又は真否不確定の情報を非公式に特定の記者に提供してマスメディアを通じて流布させ,特定の世論形成を図る権限は与えられていません。
その意味で,一定の政治的な意図に基づいて捜査過程に関する情報を虚実交えてマスメディアに「リーク」する検察の行動を,それにより支持率低下の危険がある民主党が問題視するのは正当なことであると言えます。そして,このような「リーク」は被疑者が政治家又はその関係者でない場合にもしばしばなされ,これにより公訴事実とは無関係な情報が流布されて必要以上に被疑者又はその関係者の名誉が毀損されるという事態が生じていますので,民主党が政権を取った場合にそのような非公式の「リーク」を規制するということであれば,それはそれで望ましいのではないかと思われます。
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10/03/2009
これまでも中央大学の法学部で3・4年生対象のゼミをもってきたわけですが,今年は明治大学の法学部で1・2年生向けに「法・情報・社会」という講義ももつことになりました。
で,今日,2009年度の法学部(和泉校舎)の授業時間割がとどきました。和泉校舎なので並行して行われるのは語学と一般教養科目が中心なので(法律科目は,津田重憲先生の刑法総論くらいでしょうか),ちょっと新鮮です。
とはいえ,4月なんてすぐに到来してしまいますので,確定申告の書類を作り上げたら,すぐにでも教材の作成に取りかからなければいけないのが辛いところです。
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27/02/2009
判決言渡期日の10日前に裁判長が玉突き人事で交代になり,判決言渡期日の2日前に新裁判長が急逝してしまった場合,判決言渡しはどうなるのでしょうか。
いまのところ,言渡期日を変更する云々という連絡はないのですが。
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24/02/2009
思えば,ネット上では,「手抜きをせよ,依頼者を裏切れ,サボタージュせよ」という要求に絶えず弁護士は晒されています。
光市母子殺害事件では,刑事弁護人としての職務を全うした弁護人たちが囂々たる非難を受けました。医療問題では,患者側代理人として難事件を勝訴に持ち込んだ弁護士のブログがコメントスクラムに襲われ,その後も矢部弁護士のブログの常連コメンテーターを中心に,法律家どもは医療問題から手をひけとの要求が盛んに突きつけられました。また,池田信夫氏のブログでは,高利貸しからの借金の返済に苦しむ消費者を救うために頑張ってきた弁護士たちが,「一段階論理の正義」云々と揶揄されて攻撃を受けました。新自由主義者たちの「二段階論理の正義」に従って利息制限法の上限での再計算やその結果としての過払い金請求を拒否しつづけなかった実務法曹は,新自由主義者から,「官製不況」の戦犯にさせられました。
これは,現代の日本にのみ見られる希有な現象です。権力にたてつく弁護士を権力の側が弾圧する,という図式なら古今東西いくらでもあるのですが,弁護士を攻撃する主体がそれとは異なります。例えば4大公害病訴訟の結果,企業が有害物質の河川等への垂れ流しができなくなり,有害物質除去装置の装備等のコスト増を余儀なくされたときは,公害病患者のために闘った弁護士たちを経済学者たちが「一段階論理の正義」などと揶揄することはありませんでした。
平成の司法改革は「法化社会」の実現を目指して始まったわけですが,ここではむしろ,「法律は引っ込め,弱者は強者に跪け」ということが公然と要求されル用になってきています。そして,弁護士がその職務を全うして弱者を救ってしまったことに対するいわば「制裁」として,弁護士資格を無意味化していこうという提言がなされたりするようになっているのです。
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21/02/2009
新自由主義者に高く評価される司法というのは,一体どういうものなのでしょうか。
利息制限法上の上限金利を超える金利のもとでお金を借りて,瞬く間にふくらんでいく金利の呆然となっている相談者に対し,「あなたはその金利をつけてお金を返す約束でお金を借りたのだから,利息を含めてきっちりそれを返さなければなりません。」と言って,生きている間は利息を返すだけの人生を過ごすことを覚悟させるのが,経済学者から望まれる司法ということでしょうか。あるいは,臓器斡旋コーディネーターや風俗産業等と提携して元金を返す機会を提供するのが,新自由主義者のお眼鏡にかなう司法のあり方ということになるのでしょうか。
もちろん,「借りたお金が返せなくなった場合,貸し主に迷惑をかけないように,生命保険をかけてから自殺すること」とのアドバイスを全国のクレサラ相談センターで行うようにすれば,新自由主義者からは,「そうあってこそ,金融機関は安心して無審査で高利のお金を融資できるのだ。」とのお褒めの言葉をいただけるかもしれません(ただ,その場合,生保会社は約款を改正して,クレサラ業者等からの借入状況を告知義務の対象に含めるような気はしますが。)。できるだけ,経済に悪影響を与えない自殺方法なんかもアドバイスすると,「日本の法曹も,ようやく,『一段階論理の正義』を乗り越えて,何が経済学的に望ましいのかを考えて業務を遂行できるようになった」と高く評価いただけそうな気がします。
ただ問題は,司法の側には,いわば鬼・悪魔の状態になりさがってまで,新自由主義者たちのお褒めにあずかるインセンティブがないということです。弁護士業務を一般に開放すれば,競争原理が働くではないかって?しかし,利息制限法上の上限金利を超える金利のもとでお金を借りて,瞬く間にふくらんでいく金利の呆然となっている相談者に対して,利息制限法の上限金利での再計算による債務額の圧縮や過払金請求等を行わずに,生命保険をかけてからの自殺を勧めるような弁護士って,いくら立派な大学院で経済学を教えておられる経済学博士らからお褒めの言葉を預かっても,繁盛しないように思えるのです。
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20/02/2009
池田先生が相変わらずおかしなこと を述べています。
日本経済の沈没は止まらない。輸出が落ち込み、消費が低迷し、さらに企業が「コンプライアンス」で萎縮しているからだ。本書も指摘しているように、国会の参考人質問にまで発展した「耐震偽装」事件は結局、姉歯元建築士の個人的な犯罪だった。国交省がそれに過剰反応して建築基準法を改悪した結果、住宅着工が半減してGDPにも影響を及ぼした損害は計り知れない。
とのことですが,建築基準法の改正によりこれに対応するために住宅の着工が遅れるという事態は生じたかも知れません。しかし,これは一時的な話であって(改正建築基準法の施行日である2007年6月20日の直後である2007年8月及び9月こそ,前年同月比-43.3%,-44%と大幅に減少していますが,2008年に入ってからは前年同月比で,-5.7%,-5.0%,-15.6%,-8.7%,-6.5%,-16.7%と減少幅が小さくなっており,2008年7月以降はむしろ前年同月比+19.0%,+53.6%,+54.2%,+19.8%と大幅に増加しており,建築基準法の改正により新規着工が遅れた分は概ね元に戻っているということができます。
また,ではあのときに建築基準法を改正せず,「粗悪な建築がなされ,大震災のときにはあっさり崩壊するような建物が建つかも知れないけど,それって自己責任だよね」ってことで放置しておいた場合に,「よくわかんないけど,地震で倒れたらその時に考えればいいや。数千万円から数億円の買い物で色々考えるのは面倒くさいから,買っちゃえ!」という消費者がそんなにたくさんいただろうかと考えると,それも楽観的にすぎるのではないかという気がします。
その後,池田先生は,いくつかのお気に召さない裁判例を挙げて,「さらに深刻なのは、司法のレベルの低さである。」と述べています。しかし,裁判制度って,いくつかはおかしな判決が下されることを当然の前提としており(だから,上訴制度があります。),いくつかお気に召さない裁判例があるからって,「さらに深刻なのは、司法のレベルの低さである」とされても,司法の側は困ってしまいます。
しかも,その対策として,
私は弁護士免許を廃止して司法試験を資格認定にするというフリードマンの提案のほうが大きな効果があると思う。
というのだから,目も当てられません。だって,池田先生のお気に召さない判断を下したのは「裁判官」であって「弁護士」ではないのです。「弁護士免許を廃止して司法試験を資格認定に」したからといって,新自由主義者のお気に召さない判断を下すような裁判官が法廷から排除されるようになるわけではありませんし,新自由主義者たちのお褒めに預かるために,制定法を無視した判決を書きまくるインセンティブも発生しません。
経済学って,つくづく,実現しようという「目標」と全く関係のない「手段」を提案してしらっとしていられる学問領域なのだなあと思いました。
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16/02/2009
今月27日に判決言渡し予定の某事件について,司法記者クラブ幹事社としてH新聞の記者さんから,「当日の判決が出た後に被告側のコメントを頂きた」いとしてお願いのファックスをいただきました。
ただ,私は,判決言渡期日には法廷に出頭しないのがデフォルトなので(全部勝訴できなかった場合に,控訴期限の関係で意味があります。っていいますか,その後すぐに記者会見をするつもりがないのであれば,わざわざ言渡し期日に出頭する意味はありません。),結構こういう要請って困りものだったりします。記者クラブに配布される「判決の要旨」をいただけるのであれば,また話は変わってくるわけですが。
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15/02/2009
この動画なんですけど, このタイトルを「司法の聖域を解体せよ」というのはセンスが悪いのではないかという気がします。前半というか,半分以上は,司法とは関係のない話ですし,「司法の聖域」云々という時の具体的なエピソードとしては,裁判所を一等地から追い出して合同庁舎の一番上に移転させようと提案したら三権分立を盾に反論されたということしかないですし。
野村先生はそれが「世界の趨勢」だって仰っているけど,果たしてそうなのでしょうか。私たちの仲間内では,海外旅行等をすると現地の裁判所に行って記念撮影をしてくるのが流行っていますが,行政機関の合同庁舎の一番上に裁判所があるっていうところは正直見たことがないし,ましてそれが「世界の趨勢」とまでは言い難いように思うのです。裁判所って,法廷やら待合室やらを用意しておかないといけないので,意外と場所をとりますから,「合同庁舎の一部を間借りする」くらいでは間に合わないという事情もあるのでしょうが(まあ,あまり法廷に行かない商法学者には理解できないことかもしれません。)。
それと,刑事裁判はもちろん,行政訴訟や国賠訴訟とかだと,国等の公的機関が相手方ですから,それを行政機関が入っている合同庁舎で執り行う(さらにいれば,裁判官は,ひごろ合同調査で,検事さんや行政機関の偉いさんと同じ屋根の下で執務している)っていうのは,あまり気持ちがいいものではないように思ったりはします。裁判所って,中立性に対する信頼が結構重要ですから,そういう感覚的な部分って否定しがたいと思うのです。
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14/02/2009
エイベックス取締役で,竹中平蔵大臣の元秘書官であった岸博幸さんが次のように 述べています。
皆さんもグーグルやヤフーで“かんぽの宿”を検索してみてください。検索結果の最初の数ページを開いてみると、驚くまでに同じような内容、具体的にはオリックス政商論、小泉—竹中—宮内陰謀論、日本郵政不正論のオンパレードです。それも、評論家と称する一部の人たちの意見の引用と礼賛ばかりが目につきます。もちろん、丹念に探せばそれと反対の意見もネット上に出ているのでしょう。しかし、検索の上位に来なければ埋もれるだけです。
さっそく,グーグルで“かんぽの宿”を検索してみました。
「かんぽの宿のニュース検索結果」として,「かんぽの宿 一括譲渡の白紙撤回は当然だ(2月14日付・読売社説)」が一番上位に表示されていました。これは,仕方がないですね。日本で一番発行部数が多い新聞の社説ですから。
次に表示されたのは「かんぽの宿 | HOME」です。まあ,「かんぽの宿」は今でも営業しているわけですから,そのウェブサイトが上位に表示されるのも当然です。その次の「かんぽの宿 | 宿をさがす」も同類です。
その次に表示されているのは,「かんぽの宿 - Wikipedia」です。Wikipediaはすっかり百科事典代わりとして定着してしまいましたから,これも仕方のないところです。
その次が「全国のかんぽの宿/公共の宿 [旅行と宿のクリップ]」です。これも,「かんぽの宿」は今でも営業しているわけですから,上位に表示されないと困ってしまいますね。
その次が,産経-msnネットの記事で,「【かんぽの宿譲渡問題】鳩山総務相が「竹中論文」に猛反論 (1/2ページ ...」と「【竹中平蔵 ポリシー・ウオッチ】かんぽの宿は“不良債権” - MSN産経 ...」とがセットになっています。その次が朝日新聞社のサイトで,「asahi.com(朝日新聞社):かんぽの宿買うてもええ 有馬温泉観光協が ...」と「asahi.com(朝日新聞社):かんぽの宿、売却白紙 日本郵政、オリックス ...」がセットになっています。
その次が「かんぽの宿をまた~り利用してみませんか?かんぽ宿情報」というかんぽの宿に泊まりたい人向けの情報です。その次が,「かんぽの宿譲渡問題 - Yahoo!ニュース」,その次が,「簡保の宿関係リンク」というかんぽの宿に泊まりたい人向けの情報です。その次の「石和温泉 かんぽの宿石和」もそうです。
次の「「ラフレさいたま」は「かんぽの宿」ではなかった(視察速報) - 保坂展 ...」でようやく,日本郵政不正論を唱える個人ブログに到達します。とはいえ,このブログのブログ主は,現職の国会議員です。
さらに「【楽天トラベル】かんぽの宿 柳川 詳細情報」(これも,かんぽの宿に泊まりたい人向けの情報です。)が掲載され,つづけて「J-CASTニュース : 「かんぽの宿」オリックス売却問題 竹中平蔵氏と鳩山 ...」というニュースサイトの記事が表示されます。つづけて,「週刊!木村剛 powered by ココログ: [ゴーログ]かんぽの宿は鳩山大臣 ...」が表示されていますが,木村さんはむしろ,「反対の意見」を述べているように思われます。この後の「ネットゲリラ: 「かんぽの宿」が赤字という大嘘」でようやく,岸さんが述べるようなエントリーに近くなってきますが,でも,「オリックス政商論、小泉—竹中—宮内陰謀論、日本郵政不正論のオンパレード」とまではいえなさそうです。その後,TBSの動画ニュース ,読売新聞社のニュースサイトとつなぎ,やっと「かんぽの宿・4 - codemaniaxの脱・公務員宣言」ではてな住民のエントリーにぶつかります。ただ,これも岸さんがいう「反対の意見」サイドのものです。
さらに,「鳥取「かんぽの宿」で嫌儲はやめてくれ - 不動産屋のラノベ読み」が表示されていますが,これも「反対の意見」サイドのものです。さらに,毎日新聞社のニュース記事が掲載され,その次に「「かんぽの宿」への政治対応はモラルハザードの塊|岸博幸の ...」という岸さん自身の記事が掲載されています。
このようにみると,検索上位についてみれば,「オリックス政商論、小泉—竹中—宮内陰謀論、日本郵政不正論のオンパレード」なんてことは全然ないということができます。にもかかわらず,「オリックス政商論、小泉—竹中—宮内陰謀論、日本郵政不正論のオンパレード」であることを前提に,
私は個人的に、“かんぽの宿”騒ぎを通じてその答えが明確になったと思っています。日本のネットはゴミの山であり、ジャーナリズムの担い手になり得ないことはもちろん、民主主義の強化に何の貢献もしていないと確信しています。 といってしまっている岸さんは思いこみが激しすぎるように思います。
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06/02/2009
落合先生が次のように 述べています。
捜査の表裏を熟知し、という点は、私の場合も、敢えて否定はしませんが、捜査当局への影響力と言っても、できることとできないことがあるのは当然のことで、黒いものを白にする、といったことを期待する人がいれば、それは誤った期待でしょう。
そうはいっても、ヤメ検さんに期待されているのは、「捜査の表裏を熟知し」ていることというよりは、検事時代のコネでうまいようにしてくれることだったりするので(実際に、そういうコネが聞いているのかというとそういうことはほとんどないようですが)、そこまでいってしまうのはどうかなあという気もします。私自身刑事弁護から足を洗っているので、友人の弁護士がその依頼者から聞いた話としてしか知らないのですが、「黒いものを白にする、といったことを期待する」のでなければとてもではないが払う気にならないような高額の着手金を要求する例は実在するようです。
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05/02/2009
新自由主義的な改革って、ピノチェト政権下のチリを含め、複数の国で導入された事例はあるようです。しかし、強烈なインフレを沈静化する効果はあったものの、程なくして、失業率の急上昇や社会インフラの崩壊等、金融業の肥大化およびバブル崩壊による国府の壊滅的消滅などの副作用があからさまになってつぶれていく運命にあるようですね、その耐用期間たるや、社会主義以下というのがすごいところです(しかも、社会主義国家と異なり、新自由主義を採用する国家に干渉戦争を行う国はなかったというのに!)。
他国で失敗していることを「こうすれば同じ過ちは繰り返さない」という見込みも無しに自国でも繰り返そうという人々が少なからずいるのは驚きです。新自由主義って、机上の空論としては、といいますか過度に単純化されたモデルで説明する上では綺麗っぽいのですが、しかし理論を美しく見せるために捨象した雑多な条件というのは、理論を現実に適用した場合には捨象できないので、それらの雑多な条件が足を引っ張って理論通りの結論をもたらさないことになってしまいます。
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02/02/2009
池田先生 は、日本の所得格差(ジニ係数)は図のようにOECD諸国の平均よりやや高い程度で、最近は低下している。 とおっしゃっているようですが、厚労省の所得再配分調査によれば、2005年調査分のジニ係数は再分配前で0.5263、再分配後で0.3873であって、いずれも2000年調査より上昇しています。
非正規労働の範囲拡大で若年労働者を中心に給与水準が低下した反面、株式配当率が上昇した(中高年正規労働者の所得がその分上昇したわけではありません。)わけですから、所得再分配前の不平等が大幅に拡大するのは避けられないことです。そのあたりの事実から目を背けてみても仕方がないように思います。
そのことを肯定的に捉えるか否かは人によって違いがあるとは思います。純粋に経済学的見地から見れば、生存に必要なだけの所得を得られない人が(餓死するなり自殺するなりして)市場において淘汰されることは資源の最適分配をもたらすということになるのでしょうし、貧困家庭において生き延びるために娘を売春宿に売り飛ばすことは「性的魅力」という比較優位性を市場に投入することであって経済学的には好ましく、実際19世紀以前の日本の伝統に沿っているということにもなるのでしょうし。私は、経済学的に正しければ、人道的な観点など捨象しても良いとは考えませんが。
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01/02/2009
落合先生が 次のように述べています。
「コミュニケーション」と呼ばれている、いわゆるコミュニティ系のサイトは、コミュニティへの参加者(利用者)によって、刻一刻と様々な情報が大量に書き込まれて行くもので、いくら24時間、365日パトロールを行っても、常に、必ず違法な情報、有害な情報が存在するものです。18歳未満の青少年を本当にそういった情報から完全に遮断したいのであれば、その種のサイトに接すること自体を禁止すべきであり、「健全」サイトならアクセスできる、といった構造は、健全サイトなら安心、安全といった、間違った幻想を人々に抱かせかねず、危険なことだと思います。
落合先生の論理でいくと、「健全サイトなら安心、安全といった、間違った幻想を人々に抱かせ」ないためには、違法な情報や有害な情報を完全に事前排除できない限り、違法な情報や有害な情報を極力排除して利用者の安全性を高めたとしても、そのことを利用者に伝えるべきではなく、違法な情報や有害な情報を野放図に放置しているサービスと同じように取り扱われるべきだということになりそうです。そうなると、落合先生が仰るとおり「その種のサイトに接すること自体を禁止す」るか、または、いずこのサイトも違法な情報や有害な情報を野放図に放置するか、どちらかということになるのでしょう(折角コストをかけて極力違法な情報や有害な情報を排除したとしても、そのことを利用者に伝えることが許されないということになれば、それは費用倒れに終わりますから、結局、違法な情報や有害な情報は野放図に放置するのが合理的だということになります。)。
落合先生の論理は、商品・サービスの安全性を適切に判断することが困難な需用者のために公的に又は私的に広く行われている「品質保証」というシステム自体を否定するものであって、需用者に過度の負担をかけることになるのではないかという気がします。実際、落合先生はこの問題で公権力や利権に群がる人々が主導権を握るべきではなく、親の指導監督機能が十分に発揮されることにより青少年保護が図られるべきであ ると仰るのですが、現実問題としていえば、コミュニティ系のサイトにおいて違法な情報や有害な情報は野放図に放置された上で、「子供が危険な目に遭わないようにしたければ親がきちんと指導監督しなさい」と言われたって、親としてはいかんともしがたいように思われてなりません。
安全性に関する規制って、どうしたって蓋然性の程度の問題に帰着せざるを得ないのであって、そこに「100か0か」的な論理を持ち出されると、現実にはうまく機能しないように思われます。そして、ネット産業も、大分定着し成熟してきたのですから、そのサービスが引き起こす害悪をどのみち完全には除去できないのであるから全くそれを除去しないという子供じみた開き直りからそろそろ卒業する時期に来ているのではないかと思います。
【追記】
落合先生が下記のような追記をされています。
上記のようなスキームが、「健全」認定する認定者による、一種の「品質保証」であるならば、そういった保証を信じたが裏切られた、被害を受けたという人が出た場合、相応の「補償」も行います、というものでなければ、単なる気休めであり、それだけでなく、その欺瞞性は際立つと言っても過言ではないでしょう。
落合先生は、ずいぶんとアバンギャルドですね。事実上、民間の企業や団体による安全性認証を否定する論理ですから。落合先生は、その姿勢を、CGMサービスにおける違法・有害情報関係以外の分野でも貫くのでしょうか。
でも、それって、利用者を危険にさらすことで一儲けを企む悪質な事業者の利益にしかならないですね。違法・有害情報関係でも、これを野放しにすることで、「ここにいけば、本人・親共々リタラシーの低い女子小中学生をがんがん引っかけることができる」との評価を口コミで広めてそのような欲望をもった児童性愛嗜好の利用者からの多大なアクセス数で一儲けを企むサイトの経営者などは、違法・有害情報を野放しにしているサイトときちんと対策しているサイトとを、リタラシーの低い親でもチェックでき、リタラシーの低い親でもそういうサイトへの子供のアクセスを機械的に遮断できるシステムが、「そういった保証を信じたが裏切られた、被害を受けたという人が出た場合、相応の「補償」」を行わせるとすることにより実施され得なくなれば、密かにほくそ笑むことでしょう。
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28/01/2009
また、昨今の派遣労働論議に関して一つ不思議なのは、製造業への労働者派遣の禁止を批判する側は、それが製造業には(雇用期間の定めのない)正規労働しか認めないということを意味するものと勝手に断定した上で、これを批判しているところです。
しかし、現在の労働基準法においても、「期間の定めのある」雇用は認められています。「いつでも自由に解雇できる」雇用が禁止されているだけです。製造業への労働者派遣の禁止を主張する人々の多くは、製造業において「期間の定めのある」雇用を行うことまで禁止することを主張していない点が無視されるべきではありません。
労働者派遣の場合、派遣事業者が中間搾取を行うこと、労働者と実質的な使用者とが直接交渉する機会が乏しいこと、等の問題点があり、昨今の「派遣切り」で特に後者の特徴が露骨に悪い方に働いてしまったため、一定の制度改正が求められるのは仕方のないことであり、派遣事業者の側において、突然の「派遣切り」から労働者を守るための改善提案がほぼなされなかった以上、製造業への労働者派遣の禁止という声が上がってくるのはやむを得ないでしょう。この通常国会で製造業への労働者派遣の禁止が法制化されたとして、それは労働者派遣事業者の戦略ミスに大きく依っています。
「調整弁」として「解雇しやすい」非正規労働者は必要だというのであれば、その労働者の「解雇されやすさ」は一種の公益性を有しているのだから、正規労働者とは異なる条件で失業手当や生活保護、あるいは公的な居住空間の提供等の福祉サービスを受けられるような提案を同時にすべきだったと思うのですが、「勝ち組」へのシンパシーのみが強い論者は、「負け組」がとことん不幸になることを望む傾向が強くて、結局のところ、19世紀的な暗黒社会への回帰を求めることになってしまうようです。
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27/01/2009
今年は東京弁護士会の会長選挙があるせいか、昨日くらいから特定の候補に投票を呼び掛ける電話が入り始めています。昨日は、依頼者から携帯電話経由でかかってきた電話が一旦ぷつっと切れた直後であり、程なくして再度依頼者から電話がかかってくることが当然に予想された時間に投票を依頼する電話がかかってきたので、非常に突慳貪な態度をとってしまいました。
弁護士会の選挙は、東弁、日弁連含めて何度も経験しているのですが、ほとんどの運動員の先生方が、自分が支持する候補者が会長になったら何をして欲しいのかについて会員から話を聞こうとしないことには、少々あきれています。今や、派閥活動に熱心になれる弁護士というのは、それだけ時間に余裕のある、恵まれた弁護士に限定されているわけですから、そういう人たちの間でだけ盛り上がっているイシューのみを公約に掲げていると、一般会員との間で意識の齟齬が生じてしまうように思ったりします。
とりあえず、私は、法律相談からの直受に際しての弁護士会の報酬審査制度を抜本的に改正することを公約とするか否かで、その候補に投票する気になるかどうかが大きく変わってくることを予め宣言します。
これは部外者には分かりにくい話なので、説明します。現在、自治体等で行われている市民法律相談の一部では、相談者が望めば、相談された案件について、その相談を担当した弁護士に、事件処理をそのまま依頼できる制度(直受制度)が採用されています。当該弁護士が当該事件を受任するにあたっては、弁護士会の法律相談センターで、その相談者との間で取り決めた報酬が妥当であるかを審査することになっています。
ただ、この審査がひどくて、どうせ自分が受任するわけでないからか、俺様ルール、俺様解釈で、着手金・報酬の引き下げを求めてくる例が多発しています(私の経験では75%程度の発生確率)。そもそも、報酬規定がなくなった以上、着手金・報酬額をいくらに設定するかは弁護士と依頼者との協議で自由に決められるはずなのに、旧報酬基準に概ね準じた相談センター基準を遵守することを要求してくるだけでも理に適っていないわけですが、さらに、相談センター基準をねじ曲げて解釈したり、相談センター基準に明記されていない俺様基準を押しつけてくる審査担当が後を絶たないわけです。
「いくら何でもその報酬は取りすぎだ」という場合には紛議調停という制度が用意されているわけですから、直受だからといって、報酬額について事前審査をする必要はないし、審査基準にしても、紛議調停では問題とされないであろう金額を問題視する必要はないはずです。弁護士会館の一室で「今時の弁護士は、時間単価2000円で事件を受任してしかるべき」と偉そうに意見を述べるのは簡単ですが、そのレベルで仕事をしていたら、ビラブルアワー年2000時間で年間売上げ400万円ですから、少なくともOfficeless Lawyerにしかなれません。
こういう弁護士の足を引っ張る報酬審査担当は有害無益ですから、こういう人たちの審査を得なければ直受事件を受任できないシステムは一日も早く撤廃して欲しいものです。ということで、この報酬審査制度の撤廃を公約に含めることを、投票行動を決める際の第一順位にしたいと思います。
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19/01/2009
tamago先生のブログ は,弁護士が業務停止命令を受けた場合に何をしなければならないのかということに関する貴重な記録となりつつあります(「懲戒処分関係」というタグを作ってしまうあたり,覚悟を決めている感があります。)。
もっとも,tamago先生の行為が守秘義務違反として懲戒に値するのかという点に関しては,疑問の余地なしとしません。関係者名を匿名にした上でのあの程度の具体的なケースの提示は,書籍や講演等で弁護士としてのノウハウや実績を開示するにあたって,しばしば行われているからです。
もちろん,訴訟となっている事案について一般に閲覧可能な資料から知りうる範囲内のことを語っている分には語っている内容に「秘密」性がないので守秘義務の問題を生じないということはいいうるのですが,そこのところでtamago先生とは違うのだみたいなことを言っていると,訴訟記録等が原則非公開な家事事件や刑事事件についての実体験を全く開示できないということになってしまうので,それはそれで如何なものかという気がします。
ただ,自分の依頼者についてああいう言い方を公然としてしまうというのは如何なものかとも思いますので,その点について戒告程度の処分をするのであればやむを得ないかなとは思いましたが。
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15/01/2009
Sponichi Annexに次のようなニュース が掲載されています。
未公開株の譲渡をめぐり3億7000万円の詐欺と恐喝未遂罪に問われたタレント羽賀研二(本名・当真美喜男)被告(47)の公判で偽証した疑いがあるとして、大阪地検が被告側証人だった元歯科医宅を家宅捜索し、任意で事情聴取したことが15日、分かった。
羽賀被告の公判において上記元歯科医師の証言が信用できないとして排斥されたのであればまだしも,羽賀被告の公判では第1審裁判官によりその証言が排斥されなかった証人について,偽証の疑いで捜査を進める必要性があったようには思われません。また,第1審で被告人に有利な証言をした証人が,偽証の疑いで家宅捜索を受けたり何度も「任意」の事情聴取を受けるなどしたあげくに「あれは記憶違いでした。実は……」という前言を翻した場合に,高裁でこれが採用されて逆転有罪になったりなどしたら,日本の刑事裁判の暗黒ぶりにクラクラきてしまいそうです。
従って,この件についてはそもそも順序が逆なのであって,当該証言の内容が真実とは異なることを元の刑事裁判の控訴審で裁判所に認定してもらえた場合に初めて,第1審で被告人に有利な証言を行った証人についての捜査を行うことが許されるとすべきです。
さらにいえば,本件では,元の刑事裁判は第1審判決は被告人を無罪としていますから,訴追側に有利な証言をした証人(被害者を含む。)の方が第1審裁判所認定の事実とは異なる内容の証言をしているわけであって,「偽証」の可能性が高いわけです。訴追側に有利な証言をしておけばそれと異なる事実が認定されても偽証の疑いで捜査を受けることはないが,被告人に有利な証言をした場合には偽証の疑いで捜査を受けるリスクがあるということになれば,面倒なことにできるだけ巻き込まれたくない場合には,なるべく訴追側に有利に証言をし,被告人側に有利な事実を記憶していたとしても決してそのような事実は尋問の際には語らないことこそ合理的ということになります。そのような「合理的」な選択をする証人が増えた場合には,被告人に有利な証言は法廷に顕出されにくくなり,本来無罪となるべき被告人が有罪となる危険性を高めることになります。
この件について捜索・差押え令状を発した裁判官は,反省して二度とこのようなことをしないで頂きたいものです。
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07/01/2009
池田先生のことですから,きっと分かっていながら,議論を盛り上げるために過度の単純化をしているのでしょう。
池田先生がこのエントリー で提示されているグラフが成立するためには,その市場における労働者の賃金曲線が下方に移動しても,需要曲線が変動しないことが必要です。
そして,労働需要というのは,技術革新による労働者1人あたりの生産量が一定だと仮定した場合,労働により生産される商品・役務の需要に従属します。そして,専ら当該労働市場に属しない者を対象とした商品・役務については賃金水準の低下により直接的に需要が低下することはないとしても,当該市場に属する労働者に支払われる賃金の総体が減少する場合には,当該労働市場に属する者により消費されることが予定されている商品・役務については賃金水準の低下により需要自体が低下し,これに伴い労働需要自体が低下します。したがって,単純化されたモデルで考えてみても,賃金水準が下がれば雇用が増加するとはいえないということになります。
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04/01/2009
池田信夫先生が、次のように 述べています。
事実としては人が遺伝的に人権を持って生まれてこないことは明らかなので、これは「政府が人々に人権を与えるべきだ」という価値判断だろう。しかし生まれた瞬間に、すべての人に同じ権利を政府が賦与すべきだという根拠はどこにあるのだろうか。
人が遺伝的に持って生まれているか否かを問題とするのであれば、「私有財産」自体、人が遺伝的に持って生まれているものではありません。「所有権」という有体物に対する観念的な支配関係が「権力」により守られることを前提とする「私有財産」自体、「法」があって初めて存在するものです。同様に、「契約」もまた、他人との関係性が「権力」により守られることを前提としており、「法」があって初めて存在します。したがって、少なくとも近代以降の経済学は、「法」の存在を前提としています。そういう意味で、「基本的人権」についてのみ、事実として人が遺伝的に持って生まれてこないことをことさらクローズアップするのはいかがものかと思います。
さらにいうと、社会契約論的な理解でいうならば、「政府が人々に人権を与える」のではなく、「主権者たる我々は、我々の基本的人権を不当に侵害するような態様で『権力』を行使する権限までをも政府に与えたわけではない」ということになります。そこでは、一方当事者の基本的人権を不当に損なうような契約条項の履行を「権力」が強制すべきではないし、契約条項の如何に関わらず、基本的人権を不当に害しようとする者の排除を「権力」に対して求めることができますし、実際に基本的人権を不当に害した者に対して制裁を加えるように「権力」に対して求めることができます。ですから、例えば、再び新卒の就職状況が買い手市場に転じたのに乗じて、雇用契約において、性交渉の相手方を指定する権利を会社側に付与する条項を盛り込んだところで、その条項の履行を国家権力が強制することは許されないし、女性従業員がその会社の経営者に強姦されようとしているところに遭遇した警察官は、雇用契約においてその従業員の性交渉の相手方を指定する権利が会社側に付与されており、会社の意思決定としてその従業員の性交渉の相手方としてその経営者を指定したのだとの説明を受けても、その説明を一笑に付して、その女性従業員の身を守ることができます。
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2ch.netのドメイン名の保有者がPacket Monster Inc.になっていることについてネット上で話題となっています。
ただ、従前のRegistrantは──whoisデータベース上は──新宿区新宿5丁目に所在する「Monsters Inc.」ということになっていました(*)から、名称としては、「Monster」が単数になり、前に「Packet」が付いただけということになります。
町村先生からは、
削除請求訴訟に関しては、削除権限が西村氏になくなった以上、請求棄却とならざるを得ないであろう。改めて譲り受け企業とされるPacket Monster社を被告として訴えるか、あるいは訴訟引受(民訴50条)を申し立てて引き込むということになろうか。
とのご指摘を受けていますが、削除権限を失ったことの主張・立証がなされるまでは、そのことを理由として請求棄却となることはないのではないかと思ったりはします。
(*) ただし、そのような名称の会社は、登記簿上、新宿区内には見あたらなかったのですが。
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31/12/2008
年明け早々風雲急を告げそうなのは、家庭用薬品のオンライン販売規制問題でしょうか。
この問題については、規制を求める側の大義名分もそれなりにご立派なので、単純な「規制撤廃は善、規制強化は悪」論を振りかざしても、おそらく功を奏しません。
むしろ、この問題を考えるにあたっては、家庭用薬品を販売する際に(オンライン販売であろうとオフライン販売であろうと)遵守すべきプロトコルは何なのかを再検討することが肝要だと思います。もちろん、オンライン販売とオフライン販売とでは異なる部分がありますから、オフライン販売ならば遵守しうる手続をそのまま遵守できない場合も十分あるでしょう。その場合は、オンライン販売でも遵守できる手続で当該手続を代替させても、当該手続を履践しないことによる弊害が無視できる範囲内にとどまるのかを検討していくというのが筋なのだろうと思います。
それは、これまで他の商品と同様のプロトコルで家庭用薬品を販売してきた事業者にとってはコスト増に繋がることになるかもしれません。特に、他の商品と同じプロトコルで家庭用薬品を販売してきた大手薬局チェーンの方が、新たなプロトコルに対応するためのコストはかかるかもしれません。しかし、それは、「消費者の保護」を掲げて規制強化を訴えた以上、仕方がないことです。オフライン販売であれば消費者保護はいい加減で良いという話にはなり得ないのですから。
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28/12/2008
先ほどのエントリーについて、RAMさんから反論のコメントをいただきました。
その前部分で、第5条を引用されるのなら、何故、第4条を抜かされるのでしょうか?そこに該当しない者のみ、と言う第5条要件でしょう?さらに、「そのために裁判官を何人確保しておけばよいのでしょう。」と言う部分も含めて、あなたの論の張り方は、実はほとんど揉めないケースばかりなのに、それがいかにも数万あるように誘導されていませんか?
とのことです。
ただ、RAMさんの案は、第4条の各号のいずれかに要件に該当するか否かの一次審査を裁判所が行わなければなりませんので、在外公館や、国内の法務局・地方法務局が行ってきた国籍取得届出受理業務の一切を裁判所に移管することと等しいわけです。しかも、その審査は、書記官や調査官レベルではなくて、裁判官自身に行わせなければいけないわけです。ご自身の案は「揉めないケース」を含めて全て裁判官に「裁可」させようというものであるのに、「そのために裁判官を何人確保しておけばよいのでしょう。」と言う部分も含めて、あなたの論の張り方は、実はほとんど揉めないケースばかりなのに、それがいかにも数万あるように誘導されていませんか? というのはおかしいのではないかと思います。
さらにいえば、第4条に該当する場合というのはおそらくはそれほど多くはありません。というのも、3号以外は、国籍取得申請の時に子が無国籍であることを要件としているからです。したがって、出生主義を採用している国で出生した場合、父母の一方が父母両系主義を採用している場合(但し、日本国民たる父の嫡出子(準正による嫡出子を除く。)を除く。)は4条は適用されず、5条により、裁判所は個々の事情を調査し、裁可の判断をしなければならないとされることになります。そして、日本における国際結婚の相手方の国籍国上位4つは、いずれも父母両系主義を採用しています。
また、
あなたご自身が、第8条について書かれた事とも、このエントリの主張が矛盾していますよね。法務大臣に申請するより裁判の方がよいと、書かれていたはずです。
とのご反論をいただいています。私が国籍法第8条に関する議論に言及したのは、「
国籍法8条を無視している!? 」というエントリーくらいだと思いますが、このエントリーを普通に読むと、現行法の下では、要件を具備しても国籍取得が認められるか否かが法務大臣の自由裁量に委ねられている簡易帰化の申請をするのではなく、訴訟を提起するのは別におかしなことではないということをいっているに過ぎないのであって、従来法務局や在外公館等で処理してきた国籍取得届受理業務を裁判所に移管した方がよいということをいっているようには読めないのではないかと思います。
最後に、
で、結局、何が言いたいのですか?
とのことですが、結局のところ、RAMさんの試案には問題点が多いということです。
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27/12/2008
RAMさんという方が国籍法改正試案をアップロード されていますので、検討してみることとしましょう。
まず、
(出生による国籍の取得)
第二条 子は、次の場合には、日本国民とする。
一 出生の時に父及び母が日本国民であるとき。
二 出生の時に母が日本国民であり、
出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとき。
三 日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、
又は国籍を有しないとき。
とされているところが目を引きます。
この案ですと、
国際結婚の夫婦の子全般(但し、日本で出生し、かつ、父又は母の母国が父母両系主義を採用せず、血との母国が父系主義を採用していない場合を除く。)
出生地主義を採用している国で出生した非嫡出子(但し、母が日本国民であって、かつ、日本国民である父が出生前に認知した場合を除く。)
がごっそり出生による国籍取得ができないということになります。日本国内で出生した日本人男女間の非嫡出子については、かろうじて「日本で生まれた場合において……国籍を有しないとき」で救われることになるのでしょうが、それも気持ちの良くない話です。
この試案では、出生により国籍を取得できない場合に、「裁判所の裁可によって、日本の国籍を取得することができる。」としています。なぜ現行法でほぼ使用されていない「裁可」という言葉を使ったのか理解できませんが(「裁可」とは一般に「裁決し、許可すること。特に、君主が臣下の奏上する案を自ら裁決し許可すること」(大辞林)をいいます。)、国際結婚の夫婦の子全般の国籍取得の審査を押しつけられるだけで裁判所は一杯一杯になってしまいそうな気がします。日本において出生した子のうち、父又は母の一方が日本国民であるものの数は、概ね年間3万〜3万5000人の範囲で推移しています。また、両親のうち少なくともいずれかが日本国籍を有する子であって日本国外で出生したものが年間1万4000人前後います。年間3万5000人程度の国籍取得申請についての「裁可」を裁判官に行わせるとして、そのために裁判官を何人確保しておけばよいのでしょう。
また現行法では、国籍取得申請者が外国に住所を有するときはその国に駐在する領事官(領事官の職務を行う大使館若しくは公使館の長又はその事務を代理する者を含む。以下同じ。)を経由して申請を行えば済むのですが(国籍法施行規則第1条)、RAMさんの試案では、外国在住者が日本国籍取得の「裁可」を求める場合、どこのどの裁判所に申請を行えばよいのでしょうか。また、その審理のために一々帰国して係属裁判所に出廷することを求めるというのも、非現実的かと思います。
また、この試案では、
第五条 第三条に該当する子で、第四条の各項に該当しない子の国籍取得については、裁判所は個々の事情を調査し、裁可の判断をしなければならない。
とされていますが、裁可するか否かの判断基準を示さずに、ただ「個々の事情を調査して裁可の判断をせよ」といわれても裁判所だって困ってしまうことでしょう。また、裁判所が「裁可の判断」の基礎となる資料をどのようにして調査するのだということも問題となりそうです。
さらに、
2 この場合において、外国籍を取得している子は、戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより日本の国籍を留保する意思を表示しなければ、日本国籍の取得は認められない。
ともされているのですが、日本国籍を未だ取得していない段階で「日本の国籍を留保する旨を届け出る」って論理的におかしいように思われます。現行国籍法12条を参考にされたのかもしれませんが、こちらは、名宛人が、「出生により外国の国籍を取得した
日本国民 」となっており、留保する国籍をすでに留保している者にのみ留保を要求しています。。
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21/12/2008
Googleのストリート・ビューに対してはこれに反対する動きが続々と生じているようです。
ただ,ストリート・ビューの場合,網羅的であるというだけで,プライバシー権等の市民的自由を侵害する度合いは,これまでCGM系サービスが行っていたものと比べると,相当低いものです。それなのに,地方議会を含め,ストリート・ビューについてのみ文句をつける人たちって,私とは感覚が違うように思います。田島泰彦さんや斉藤貴男さんは,「(画像をネットに掲載することにより)プライバシー情報が容易に、かつ広範、大量、永久的に流布され、深刻な権利侵害をもたらす」と言っている そうですが,個人情報って,ピンポイント的に,ある種の憎悪を伴って流される方が,よくよく深刻な権利侵害をもたらします(そういう意味では,新聞・雑誌・メディア等が,個人の肖像や自宅等の写真を撮り,掲載することを即刻中止させることの方が先だと思います。被害者やら容疑者やらの本人又は家族の肖像や自宅の写真など,「読者の下世話な興味・関心に応える」という以上にはこれを掲載する意味などそもそもないのですから。)。
これはMIAU主催のストビューシンポの際に2次会会場に行く途中で津田さんと話したことなのですが,従前「祭り」が発生するとターゲットを個人情報を洗いざらい調べ上げ,時には自宅付近まで押しかけ,場合によっては自宅の写真まで撮って,ブログやら電子掲示板やらにアップロードされてきたわけで,それについてCGMサービスの提供者は自主的にこれを削除したり,そういうものがアップロードされないようにフィルターをかけたりしてこなかったわけではないですか。そして,そういう事業者の謙抑的な姿勢を,むしろ大方のネットユーザーは支持してきたわけではないですか。
落合先生は,ストリート・ビューについてのGoogle社の対応についてサービス提供者が「文句があったら削除してやるから言ってこい」とうそぶいている状況 と表現 しているわけですが,これってはてな等のCGM事業者がこれまでやってきたことと変わることはないし,2ちゃんねるにいたっては「オープンな場で言ってきたら削除してやるかもしれない」というレベルではないですか。もちろん,ストリート・ビューは,Google社自らスタッフを雇い機材を用意して情報を積極的に収集しているのに対して,匿名性を保証してあげることにより利用者にこれを行わせているという差はあるにしても,「祭り→個人情報晒し」の際にしばしば用いられるキーワードを含む投稿を自動的にピックアップしてこれを視認し,個人情報晒し投稿を見つけたら即刻削除するとともに,投稿者のアクセスプロバイダに通知する等の措置を講じたりなどせず(画像データしかないストリートビューより,テキストデータがある従前のCGMサービスの方が,問題箇所のピックアップは容易です。),「文句があったら削除してやるから言ってこい」とうそぶいている 状況というのは,やはり同等かそれ以上に非難されてしかるべきなのではないかという気がします。
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19/12/2008
「労働者派遣」という法的な枠組みが,労働者を使い捨てるための単なる装置に成り下がらないためには当面どうしたらよいでしょうか。
一つの緊急避難的な方法としては,派遣先から契約を解除されたことを理由として派遣会社が派遣労働者を解雇することを原則禁止するという方法があるのではないかと思います。すなわち,派遣先から契約を解除されたとしても,派遣労働者に対して所定の給与等を支払い続ける義務を派遣事業者に負わせるということです。労働者派遣の建前的な法律構成並びに実際の収益構造からすれば,それほど法技術的には難しい話ではありません。人材紹介業者と異なり,派遣契約が継続している最中は,派遣労働者による労働の対価の一部を搾取し続けるわけですから,派遣事業者は,人材紹介業者よりも多くの危険を負担すべきだということができます。
さらにいえば,労働者派遣契約の解約は,もっぱら派遣事業者と派遣先企業との合意のみで行われるのですから,これによる不利益は,派遣事業者か派遣先企業かのいずれか(又はその双方)が負担すべきであって,契約の解約合意に関与していない派遣労働者に不利益を押しつけるのはバランスを欠くということができます。意思決定に関与する者(派遣事業者と派遣先企業)と,その結果不利益を被る者(派遣労働者)が分離している制度の下では,特定の者(派遣労働者)に主たる不利益を押しつけることになる契約解除という意思表示を回避するインセンティブが意思決定権者に十分に生じません。
そもそも,「労働者派遣」という法的枠組みを貫くならば,派遣労働者は,派遣事業者に対して労働基本権等を行使することができるし,派遣事業者から一定の福祉サービスを受けることができるというのが筋だといえます。派遣労働者は,当該派遣事業者との契約期間に応じて有給休暇等の行使をなし得るとすべきだし,各種保険も派遣事業者が雇用者として負担するものとするのが筋であるといえます。
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18/12/2008
国籍法改正反対論者はしばしば,日本の認知法制は意思主義だという言い方をします。ただ,「意思主義」という言葉の捉え方は,一般の親族法の教科書のそれとは大きく異なるようです。
婚外子の法的な取扱については,大きく,事実主義(血縁主義)と意思主義(認知主義)とに大別されます。前者は,婚外子であろうと,生物的な親子関係が認められれば直ちに法的にも親子関係を認める立場であり,後者は,生物的な親子関係が認められようとも「認知」という形で法的な親子関係を発生させる意思を当事者が表示しなければ法的な親子関係の発生させないとする立場です(意思主義(認知主義)を貫徹されると,法的な母子関係を発生させる際にも認知が必要とされます。といいますか,日本においても,法的な母子関係を発生させるには母の認知は不要であることが実務的に確定するには,昭和37年4月27日の最高裁判例を待たなければならなかったのです。)。
中華人民共和国民法のように事実主義一本で行く法制度は少なくありませんが,今日では,意思主義(認知主義)一本で行く法制度は少ないのではないかと思われます。日本法も,意思主義(認知主義)をベースにしているとはいうものの,強制認知制度がありますから,完全な意思主義(認知主義)であるとまではいえないようです。
で,婚外子の親子関係について意思主義(認知主義)を採用する法制度の下でも,誰でも彼でも認知をすれば法的な親子関係が発生するという法制度を採用している例はほとんどありません。ドイツ法では,必ずしも生物的な父子関係がなくとも任意認知を行い得るのですが,その場合,社会的な親子関係が存することが必要です。日本法においても,当該子と生物的な父子関係を有する者のみが認知権者であると,注釈書等には記載されており,実際,生物的な父子関係を有しない者による認知は無効であると一般に解されています(現在の学説の争いは,認知無効判決が確定して初めて認知が無効となるのか,認知無効判決の確定を待たずして誰でも認知無効の効果を援用できるのかという点についてなされています。)。
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今回の国籍法改正に反対する人々(ブロガー,コメンテーター並びに評論家,政治家(現役の国会議員のみならず,元国会議員も含む。)の発言を拝見させていただき,「愛国心」というものが斯くも人々から,品位と知性,人間性と論理性を奪うものであるとするならば,むしろ学校教育で「愛国心」などというものを教えてはいけないのではないか,という感想すら抱きました。
少なくとも現在の日本の言論環境では,「国を愛する」という言葉が自分について向けられるときには,その人が有している,自分とは異なる母集団に属する者に対する懼れや憎しみ,嫉妬や侮蔑などのネガティブな感情を正当化するために広く用いられているのだなあと,強く感じました(これは,「国を愛する」ということが他人(とりわけ自分より立場の弱い人々)に向けられる場合に,不合理を甘受させるためのマジックワードとして用いられているのと比べると,まさにベクトルが正反対であるようにも思われます。)。
もちろん,それは「愛国心」の用法として間違っているのだ,学校教育に組み入れる以上正しい「愛国心」を教えるから心配には及ばないとの反論もあり得るのですが,しかし,「愛国心」という概念の現実社会での実際の用法から独立した,「正しい『愛国心』」なんてものを学校教育で教えることができるのだろうかということは,大きな疑問として残ったままです。さらにいえば,学校教育を通じて子供たちに「愛国心」を無理矢理植え付けようと声高に叫ぶ人々って,得てして「間違った」愛国心の持ち主だったりするので,学校教育で「正しい」愛国心を教えようとすると,「日教組の手先」だの「伝統を破壊する気か」云々という不当な圧力を教育現場が受けてしまうのではないかという気がしないでもありません。
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17/12/2008
池田先生 と小飼さん との間で,横書き・縦書き論争が勃発しているようです(っていうほど激しいものではないですが)。
英文や数式,URL等横書きでこそ表現しやすいものが混じる場合は横書きの方が見た目がきれいですが,純粋日本文であれば,横書きであろうと縦書きであろうとどちらでもよいように私は思っています。むしろ,読みやすさという点で重要なのは一行の物理的な長さではないかというのが,私の正直な思いです。
そういう意味では,裁判所関連の書類がB4縦書き袋とじからA4横書き単票に移行した際の失望感を思い起こします。もちろん,A4横書き単票に移行すること自体は,使用するプリンターの単価もワープロソフトの単価も安くなりますし,袋とじで印刷したものを二つ折りにしてホチキスで留める手間も省略できるので大歓迎であったのです。問題は,A4横書単票なのに,段組をしないことが標準 とされたということです。A4横書きで段組もせず12ポイントの明朝体で,数十頁の書類を作成し提出するというのは,私の美意識からはやや反していますし(講演会のレジュメやテキストをそのまま冊子にしたかのようなチープ感が漂いますし),読みやすさを追及するという点からも問題があるように思ってはいます。
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14/12/2008
最近のジャーナリストは,基本的な事実関係を調べることもしないのでしょうか。
櫻井よし子さんは,
日本国籍を取りたい外国人女性と、いくばくかの収入を得たい日本人男性の偽装結婚を斡旋する犯罪が後を絶たないように、日本国籍取得のための偽装認知の斡旋ビジネスが罷り通りかねないという指摘だ。現に、国籍取得の基準を緩和し、トルコ人を主とする多数の外国人を受け入れたドイツは深刻な問題を抱えるに至っている。
と述べています 。
しかし,いわゆる「偽装結婚」を行う外国人女性の目的は「就労可能な在留資格を得ること」であって,国籍を取得することではありません。
また,ドイツにおいてはトルコ人労働者を大量に受け入れたことを問題とする向きもありますが,別に,国籍取得の基準を緩和することによりトルコ人を主とする多数の外国人を受け入れたわけではありません。トルコ人の大量受け入れが先であり,国籍取得基準の緩和が後になっています。さらにいえば,ドイツにおいて,父親のみがドイツ国籍を有する場合に父親の認知のみで子にドイツ国籍を与えることとした1993年の国籍法改正を悔やむ声は聞こえてきません(ドイツでも,認知の要件としてDNA鑑定による父子関係の証明は義務づけられていませんが)。
他国の失敗の前例があるにもかかわらず、日本はなぜ、失敗事例をまねるのか。 という以上,その前提として,父親のみがその国の国籍を有する場合に父親の認知のみで子にその国の国籍を与えることとする法制度を採用し,かつ,認知の際にDNA鑑定による生物的父子関係の証明を義務づけていない国において,どのような問題点が生じたのかを調べて報道するのが「ジャーナリスト」としての使命であり,それを怠って一部のゼノフォビアの妄想を真に受けるのは,ジャーナリストとしてあまりに怠慢なのではないかという気がします。
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13/12/2008
勝谷誠彦さんが,こんなこと を言っていたのだそうです(関東人なので,本放送を聴けたわけではないのですが)。
勝谷誠彦
「何にもしてないで。時々テレビ同行させて、何かホステス刈り込んで、やってるだけでしょ。全然これ、この国と同じで、法律が機能してない。僕ね、月曜日の朝、いっつも日テレの番組に行く時にですね、車で行く時に、自民党本部の横のコンビニで、●●●●(警告音。コンビニ名?)で新聞買って行くんですよ。これが全部外国人やねん、店員がね。自民党本部の真横のコンビニが」
一同
「はあーー(驚きと笑)」
勝谷誠彦
「ほら、礼儀知らん、札とか、釣りとか平気で投げよんねん。『あーひた、あーひた(ありがとうございました)』って。自民党の先生たちはあそこに行って何も感じないのかと思うよ」
しかし,私は,自民党本部の真横のコンビによく行きますが(何たって,事務所が自民党本部の裏にありますから),あそこは中国人アルバイトも1人くらいいることが多いですが,日本人スタッフもだいたい入っていますので,店員が全部外国人ということはないです。しかも,あそこの中国人店員は結構優秀で,少なくとも私は札とか釣りとかを投げられた経験はありません。
国籍法改正に反対したい人たちって,そこまでして日本にいる外国人を貶めないと気が済まないのでしょうか。
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産経新聞以外のメディアが国籍法改正問題を報じていないという誤解はいつころから流布されたのでしょうか。未だにそんな話をしている人は,少しは検証してみようという気はないのでしょうか。
例えば,朝日新聞が国籍法改正問題をどう報じているのか見てみましょう。
6月5日付夕刊には,「国籍法3条「改正を検討」 鳩山法相 」という記事が掲載され,翌6日朝刊にも「法改正前も国籍容認 違憲判決受け、法務省が方針 」という記事が掲載されています。6月13日には,1015字も使って,「(ニュースがわからん!)国籍って何を基準に認めてるの? 日本は血のつながり重視」という記事を掲載しています。
その後,7月23日には,「国籍法改正案、婚姻要件外す 婚外子、03年以降救済 」との記事を掲載し,11月4日には「国籍法改正案を決定」という記事を掲載し,11月13日には「5法案、今国会成立へ ダガーナイフ規制・国籍法改正… 」という記事を掲載しています。なお,朝日新聞は,11月6日付で「「子に日本国籍」ビジネス 中国人の女、ブローカーに成功料」という記事(出産前に偽装結婚するというタイプのものなので,今回の国籍法改正でどうのというものではありませんが。)も掲載しています。
その後も,11月26日には「国籍法改正「慎重に」 民主党の平田健二参院幹事長」という記事を掲載し,27日には「国籍法改正案、月内採決せず 与野党合意」という記事を掲載し,28日には「国籍法改正案、3日にも成立 付帯決議案固まる」という記事を掲載しています。ここでは,「新党日本の田中康夫代表は27日の質疑で、「『人身売買促進法』と呼びうる危険性をはらむ」としてDNA鑑定を法案修正で義務づけるよう求めた」ということについても報じています。12月2日には「国籍法案、採決見送り 参院法務委員会」という記事を掲載しています。
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10/12/2008
千葉大学の森田博志教授が,そのブログ の中で,
今般のマスコミも(産経新聞以外?)沈黙して,国会議員も直前まで知らないような形で,ジュリストの11月1日号でも関係する諸点の検討の必要が説かれているにもかかわらず,(だからこそ?)気付かれない内に潜行して法改正してしまおうというような某衆議院議員を中心とする動きは,民主主義を根底から破壊しかねないと危惧するものです。今後の世論の動向を注視します。
と述べておられます。
しかし,国籍法3条1項の違憲判決は広く報道されていますので,違憲状態を解消するための改正案がそう遠くない時期に提出されるであろうことは議員であれば通常想定可能なことです。さらに,国籍法改正については,法制審議会にかけられて法務省案が了承されています(その結果は広く公表されています。)。そして,自民党法務部会の承認を得て閣議決定されています。また,その旨は,共同通信 等が報じています。
そして,今国会はもともと解散含みだったこともあって提出法案が少ないので,法務委員会ないし自民党の法務部会に属する国会議員が法務省の国籍法改正案に気がつかないということは,通常想定しがたいといえます。「某衆議院議員」とはどなたのことかわかりませんが(ネット上に蠢いているあららな方と同じ文脈だと河野太郎議員のことなのでしょうが,仮にも国立大学の法学研究科の教授があららな方の陰謀論に乗っかっているとは信じがたいです。),現在内閣の一員でない1衆議院議員が閣僚の知らない間にどうこうできる話ではありません。
で,森田教授が仰っている大法廷判決が短期間のうちに変更される可能性ですが,この国籍法3条1項についていえば,非常に低いように思われます。というのも,過去の大法廷判決を覆してでも日本国籍を与えてはいけないと最高裁判事らに思わせるような子が国籍確認訴訟を提起してくる可能性は低いこと,自分たちの下した法令違憲判決を立法府が無視ないし軽視することを容認するような判断は最高裁判事らとしては行いがたいことです(この点,立法府が最高裁判決に対応した特段の措置を講ずることが要求されない応利息制限法の解釈について過去の判例を変更したにすぎない場合とは大きく異なります。)。人事の面でも,国籍法3条1項違憲論者が退官したときに,合憲論者を選んで最高裁判事として補充することは期待できません(そのようなシングル・イシューに焦点を当てて最高裁人事に介入することは,政治的に危険すぎます。)。
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森林法違憲判決は昭和62年4月22日に最高裁で下されたのですが,その後これに沿った法改正がなされるまで,どれだけの時間が係ったのでしょうか。
森林法改正案は,違憲判決が下されてから1カ月も経たない昭和62年5月15日に衆議院農林水産委員会にまず提出されました。
そこでは,塩川正十郎大臣が
次に、森林法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び主要な内容を御説明申し上げます。
森林法第百八十六条の規定は、共有林について、その経営の安定を図るため、持ち分価額が二分の一以下の共有者からの分割請求を禁止しているものであります。
しかしながら、本年四月二十二日、私人間の訴訟に関連し、最高裁判所は、森林が共有であることと森林の共同経営とは直接関連するものではなく、共有林の共有者間の権利義務についての規制と森林経営の安定という立法目的との間に合理的関連性があるとはいえないこと等を理由とし、この規定が財産権の内容を公共の福祉に適合するように法律で定める旨をうたった憲法第二十九条第二項に違反し無効であると判示したところであります。
このように最高裁判所において違憲無効の判決が行われた以上、違憲状態を早急に是正する必要がありますので、森林法第百八十六条の規定を削除することとし、この法律案を提出した次第であります。
以上が、この法律案の提案の理由及び主要な内容であります。 と趣旨説明しています。
これに対しては,共産党の寺前巖議員が
まず、違憲判決が出て、それに基づくところの森林法の一部改正について聞きたいと思います。
五十三年の一審及び五十九年の二審の判決では、森林法第百八十六条の規定について、森林経営の零細化防止という国家の政策的視点から共有森林の分割を禁止したもので、公益規定であるとして合憲となっています。今回の最高裁の判決においても、細分化を防止し、森林経営の安定化を図るという立法目的については公共福祉に合致すると認めている。しかし、法百八十六条の立法目的達成のための手段として、持ち分の二分の一以下の共有者に分割請求権を否定しているのは合理性及び必要性に欠けるとして違憲だ、こういうふうに判決は出しています。
そこでちょっとお聞きしたいのですが、森林経営の零細化を防止するという政策的歯どめがなくなるということが百八十六条を削除することによって起こってくるのじゃないだろうか。これに対して今後どのような対処を考えておられるのですか、お聞きしたいと思います。 との質問をしているくらいで,この日のうちに委員会を通過します。
衆議院本会議においては,昭和62年5月20日に法案が提出され,特に質疑のないまま,同日法案は可決されます。
参議院農水水産委員会においては,昭和62年5月26日に法案が提出され,なぜ議員立法ではなく閣法扱いなのかという質問がなされただけであっさり可決します。そして,翌27日,同法案は参議院本会議に送られ,国有林野事業改善特別措置法改正法案,集落地域整備法案とともに一括審議され,森林法については,特段の審理がなされることもなく,全会一致で可決法案されています。
違憲判決が下されてから改正までわずか1カ月あまり,法案提出からは2週間足らずで,違憲判決に対応した法改正が行われています。
郵便法については違憲判決がくだされたのが平成14年9月11日,改正法案が可決・成立したのが11月27日です。この間,わずか2カ月と半分です。
最高裁での法令違憲判決に対応する法改正の審理なんて,基本的にその程度のものなのであって,今回の国籍法改正だけが特別迅速であったり審議時間が少なかったりしているかのごとき言動をしている人たちは,通常どうなっているのかについての検証を怠っているというべきかと思います。
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09/12/2008
今回の国籍法改正の関係で,旧国籍法3条1項を違憲と判断した最高裁判事について,弾劾裁判の訴追請求の請願を行うという動きがあるそうです。
なんでも,
平たく言うと「あなた方国会議員は、裁判官から無能扱いされました。
我々国民が選んだ議員を、選ばれてもいない判事が馬鹿にすることは
民主主義原則から言っておかしいのではないですか?
このまま放置すると、あなた方国会議員は司法より下位になりますよ。
国民は、それを望んでいないから、善処してね。」と言うことになります。
そこで、今回「出過ぎたまね」をした最高裁判事を
国民の権利に基づき、懲罰にかけることを求めるのです。
という
趣旨 なんだそうです。
しかし,日本国憲法は,三権分立によるチェックアンドバランス機能を十全なものとする仕組みの一つとして,最高裁判所に違憲立法審査権を与えたということは,今日小学校の高学年でも習うことであります。そして,憲法上違憲立法審査権が与えられている以上,国会が制定した法律が憲法に反していればこれを違憲と判断し,その違憲状態を解消した上で導かれる結論を具体的な事件の判決として下すことは,まさに最高裁が行うべき職務であって,「出過ぎたまね」では全然ありません。また,職務上求められているチェック機能を果たすことが相手方を「無能扱い」し「馬鹿にする」こととならないことは,チェックアンドバランス機能の中で日々仕事を行っている社会人の多くは理解しているのではないかと思います。
普通に考えても,最高裁判所が,憲法上の規定に従って,法令について違憲立法審査権を行使して違憲判決を下しことを理由に議会の多数派が最高裁判事を弾劾裁判にかけて罷免するということになったら,最高裁の違憲立法審査権なんて「絵に描いた餅」に終わりかねず,近代的な立憲民主主義が終焉してしまいかねません。
まあ,G8のうち少なくとも7カ国の首脳から「日本は我々とは違う価値観を有しているようだ。むしろ,中華人民共和国のそれに近いに違いない」と思わせるような行動をとる国会議員は実際には少ないとは思いますが,中国政府首脳と類似する価値観を有する人々による大量のファックス等による業務妨害にうんざりしている議員も多いでしょうから,ちょっぴり心配がないわけではありません。
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06/12/2008
国籍法改正法案が可決・成立しました。ネット上で流布されるデマに惑わされる国会議員が少ないながらも存在していることは大変不幸なことですが,あくまで少数に留まったことは不幸中の幸いといえそうです。
今回の一連の騒動の中で一つ教訓を残すとすれば,法律の制定に携わる国会議員たちは,それぞれに,イデオロギッシュでない法律専門家をブレーンに持つべきではないかということです。国会議員である以上,いろいろな国民から,いろいろな要請や,いろいろな改正法案に対するいろいろな危惧の声が寄せられることはあるでしょう。そして,それらの声を聞かずに捨て置くことが国会議員のあり方として正しいとは思いません。
とはいえ,それらの声にただ流されるのも能のない話です。国会議員であるならば,それらの危惧はどれほど実際に合致しているのかを検討した上で,必要に応じて,そのような心配をする必要がない旨国民に説明をすることが望ましいですし,あるいは,それらの要請を実現した場合にどのような不都合が生じうるのかを検討した上で,必要に応じて,その要請を聞き入れた場合にはどのような弊害が生じ,それは見過ごすことができない旨を国民に説明することが望ましいといえます。そして,ある法改正を行った場合にどのような事態がどの程度の蓋然性をもって生じうるのかについては,法令がどのように適用されて運用されるのかを熟知している法律実務家に尋ねていただくのが便宜です。
今回の国籍法改正問題についていえば,弁護士であれば,よほど家族法に疎い人でもない限り(そういえば,牧原議員は,研修所卒業後にすぐに大手渉外事務所に入ったのでしたっけ。稲田議員については………謎です。),「認知」と聞けば,死後認知や強制認知を思い浮かべたでしょうし,それらの場合にDNA鑑定を義務づけることが困難であることは,すぐに想像できたはずです。そして,認知請求訴訟で父子関係の存在を認定するために,どのような間接事実が用いられているのかを知っているか又はすぐに調べて知ることができたはずです。そして,ある程度窓口系の仕事をこなしていれば,窓口系の役人がいかに形式的審査を精緻に行う人たちなのかも想像することができたはずです。
今回,一部の議員は,そのような確認を怠ってしまったがために,うっかりデマに乗っかってしまい,とんだ恥をかいてしまったわけです。それは,選挙区事情にもよりますが,よくよく右派ばりばりな選挙区以外では,ライバルの活動方針次第で致命傷になりかねません(「人権」や「平等」が嫌いな自称「日本が好きな」人たちとは異なり,多くの有権者は,基本的人権が絶えず危機にさらされ,また,不条理な差別が横行する社会に我が国を変えていくことに賛同していないのです。)。もちろん,ある種の人種ないし民族差別に乗っかってしまえばその種の差別意識を共有する人々の支持を得ることはできるかもしれませんが,その種の差別的言辞ってその意識を共有していない人々にはとても醜悪に映るので,中道どころか,さほど不健全ではない保守層の支持だって失いかねません。
それはともかくとして,国籍法改正問題で恥をさらしてしまった国会議員の先生方には,間違いを諫めてくれる弁護士の友人・支持者はいなかったのでしょうか。
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05/12/2008
国籍法改正案ですが,無事に参議院法務委員会も通過したようです。
さて,「化けの皮」と名乗る方から2通のコメントをいただいています。一つ目は,
大体認知しようとする男性が血液の採取をなぜ否定すのでしょうか?それほど、もし自分が親でなかったら困ることでもあるのでしょうか?
結局は、DNA鑑定を表向き義務ずけたほうが、男性も、虚位の認知をさせられないで助かるのではないでしょうか?だって、認知したら、民法により扶養義務が出てくるんですよねえ。
でもその民法にも、子供の母親が養育費要らないといったら、それでOKではないのですか?なにも強制的に払えーと国ができるものなのですか?
どこかの市役所で、外国の方が”仕事がなくて生活できないのですが生活保護受けれますか?”という質問に、”日本人の子供を養っているので生活保護がその子に対して支給されます”と回答してありました。
というものなのですが,この種の方々の読解力につける薬って何かないものだろうかというのが最初の感想です。
私の一連の国籍法関係のエントリーを普通の読解力を持って読んでいただければ,日本国籍を有しない,妻ではない女性を妊娠させる男性の中には,可能な限り生まれてくる子の面倒など見たくないというものが相当程度存在すること,そして,そのような男性でも,認知請求訴訟でその場合,DNA鑑定が行われなくとも,他の間接事実により生物的な父子関係が証明されて,敗訴して認知させられる場合があること,また,認知請求訴訟の途中であるいは認知請求訴訟を起こすことを告げられてやむなく任意認知をする場合があること,そして,それらの場合に,「DNA鑑定のための血液の採取等を拒めば,子供とその母親が強制送還される」ということになれば,その種の無責任な男性は,子供とその母親を強制送還してもらうために,頑として血液の採取等を拒むことが予想されること等をご理解いただけるのではないかと思います。
それほど、もし自分が親でなかったら困ることでもあるのでしょうか? との点に関して言えば,その種の男性は,DNA鑑定により自分が親でないことが判明したらとても喜ぶと思うのですが,自分が親であることが明らかになると嫌だから,DNA鑑定等をこれまでも拒んできたし,ゼノフォビアな人たちが望むように「DNA鑑定のための血液の採取等を拒めば,子供とその母親が強制送還される」ということになれば,相当の罰金を支払ってでもDNA鑑定への協力を拒むことでしょう。その民法にも、子供の母親が養育費要らないといったら、それでOKではないのですか?なにも強制的に払えーと国ができるものなのですか? との点に関して言えば,件の違憲判決が下されたような事案を想定していただければ,そこで「子供の母親が養育費要らないとい」う合理的な理由がないとしか言いようがありません。
また,生活保護の点についていえば,実務的にいえば,認知をした父の養育を受けられないことを立証しないと生活保護はおりません。しかも,日本の生活保護の受給額は,健康で文化的な最低限の生活を送るのに,本当に最低限度の生活をできる程度しか支払われませんので,ブローカーに大金を支払ってその程度の生活しか送れないのでは,全く元が取れません。
次に,
フランスでもDNA鑑定が義務ずけされたそうですが、フランスもやっぱり強制的に嫌がる父の血液を取って、DNA鑑定するのですか?
との点ですが,当該法律の条文 を見ていただけると,今回の国籍法改正との関係でゼノフォビアな方々が要求したものとは全く性質が異なることを理解していただけると思います(普通の日本語読解力のない方には難しいかもしれませんが)。
第13条第1項
外国人の入国及び滞在並びに庇護権に関する法典L.第111-6条に次の9項を加える。「民事的身分の証明に欠陥のある国の者で、外国人の入国及び滞在並びに庇護権に関する法典L.第411-1条及びL.第411-2条に規定され、又は難民の身分を得、若しくは補充的保護(laprotection subsidiaire)を受けている両親の一方に合流する、若しくは付き添われて入国することを望む、3か月を超える滞在のためのビザを申請する者又はその法定代理人は、身分証書(l’acte de l ’etat civil)が存在しない場合又は民法典L.第311-1条に規定されるような身分の保有によっても解消することのできない、身分証書の真正性に関する深刻な疑いがあると外務省職員又は領事館職員から知らされた場合には、ビザ申請者の母との間に、明白な親子関係の証拠となるデータを得るために、DNAによるビザ申請者の身分証明を調査することを求めることができる。身分証明をそのようにして調査される者の同意は、事前に、かつ、明確に得られなければならない。この措置の適用範囲及び結果に関する適切な情報は、その者に提供される。
つまり,これは難民等の資格でフランス国内に滞在する資格を有している者がその子供を呼び寄せる際のものですから,ここでは,親自身がその子供にフランスに来てもらいたがっている場合のみを想定することができ,「いやがる父親」云々ということを想定する必要がありません。さらにいえば,そのような制度の下でも,DNA鑑定がなされるのは,身分証書(l’acte de l ’etat civil)が存在しない場合又は民法典L.第311-1条に規定されるような身分の保有によっても解消することのできない、身分証書の真正性に関する深刻な疑いがあると外務省職員又は領事館職員から知らされた場合 に限定されるのであって,日本のゼノフォビアな方々が国籍法改正の際に要求したような,「全件DNA鑑定」のようなばかげた話はされていません。
なお,このような法改正であっても,上下両院60名以上の野党議員から違憲ではないかとの意見が出され、憲法院に付託された。憲法院は、DNA鑑定以外の、親子関係を明らかにするあらゆる手段を尽くした上で、最後の手段としてDNA鑑定に頼るという条件付きで、第13条は合憲であると判断した というのが実情 です。
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04/12/2008
「Retriever Legend's blog」というブログの「直接行動 その2 」というエントリーは,
厚生労働省高級官僚の殺傷事件は、市井人に知られたくない国籍法改正案の議決に向けて絶妙なタイミングで起きた(起された)と、見ることができます。
という書き出しから始まります。
しかし,最高裁の大法廷での違憲判決を受けての今回の国籍法改正は「市井人に知られたくない」という類のものではありません。
実際,普通に法制審議会に通されている(その結果はウェブ上で公開されている)わけですし,この法案が閣議決定された旨の報道も,産経新聞以外の報道機関によってもなされています(例えば,朝日新聞の記事 )。ただ,一般紙の場合,ゼノフォビアに基づく陰謀論までは一々報道しないというだけの話です。
また,このエントリーでは,
ネット上では、東南アジアでは今回の改正を見込んで、子供の斡旋ブローカーが蠢いている(子供1人120万円)等が散見されます。
「偽装認知」で、大量の子供が陵辱、性搾取の「商品」として輸入されます。
とあるのですが,ネット上のデマをあっさり真実だと思いこんでいる時点で,思慮が足りないように思います。売春目的の人身売買を行うような人々は,今回の国籍法改正など最初から眼中にありません。といいますか,その種の人身売買は,現行国籍法の下ですでに行われている話です。
従って,仮にそのような人身売買を防止したいということを本心から願っていたとしても,その実現方法として,日本国籍を有する男性の非嫡出子として国籍を取得する際にその「男性」との生物的な父子関係の存在をDNA鑑定により証明することを要件とする(その結果,「父親」がDNA鑑定を頑として拒んでいる場合や,そもそも「父親」が生存していない場合には,日本国籍の取得を認めず,母親の本国へ一律に強制送還する)というのはいかにも迂遠かつ実効性に乏しいように思われます。むしろ,DNA鑑定を義務づけることにより余計に支出される公的資金を,売春宿の摘発の強化等に充てる方がより目的を達成できるのではないか,と普通に思ったりはします。
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03/12/2008
いしけりあそびさんの「ほんとうは人身売買のことなんてどうでもいいくせに〜“No pude quitarte las espinas” 」というエントリー(スペイン語の副題,格好良いなあ。私も,学生時代第1外国語がスペイン語でしたから,真似したいなあ,と思いつつ,それはもう20年前の話だからなあと思い直したところです。)は,国籍法改正問題に関心のある人はみな読むべきものでしょう。
まあ,普通に考えれば想像できる話ではあるのですが,ただ,国籍法改正問題で吹き上がってしまう人たちって,往々にして,「自分は,性善説に立たない,覚醒した市民である」との自負を強く抱いている反面,性悪な人の行動原理についての理解が足りないので,話が明後日の方向に向かいがちなのだろうと思われます。
もちろん,「排外思想」という薬物的な刺激で「覚醒」することに慣れてしまうと,妄想に囚われるようになっていくという側面もあるとは思うのですが。
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02/12/2008
最近の一連の国籍法関連エントリーに寄せられたコメントに一部答えてみることとしましょう。
galaxyexpress_4@hotmail.comさんは,「国籍法3条1項の改正に反対することはエネルギーの無駄である」に,
あなたの意見は法律論的にはもっともですが妊娠させて逃げた男性に対してあまりに寛容すぎやしませんか?今回の国籍法改正案は日本国籍を持つ父親の血を引く無国籍状態の児童を救済する目的のはずです。確かに無責任な日本人の父親がいるのは事実ですが逃げる男性がいるならそれを逃がさないようにするように知恵を巡らせるのが真に逃げられた母親と無国籍児童の保護に繋がるのではないでしょうか?もし扶養義務が父親の逃げる理由になるのな母親が外国国籍に限り扶養義務を外せば良いのです。日本国内の民法と合わないかも知れませんが民法は日本国籍を持つ者に適用されるので問題ないとかんがえます。法律を守るのは法治国家として確かに必要ですがあなたの主張には法律が絶対であり人間は絶対服従すべき問題点を改善する努力すらしてはいけないという法律ファシズムみたいな危険すら感じます。最初に申し上げた逃げた男性に対してあなたはどういう風に認知裁判に出廷するようにするかあらゆる方法でもかまいません返事を下さい
とのコメントを寄せておられます。しかし,DNA鑑定さえ拒めば,日本国籍を有しない女性に生ませた子供が日本国民として日本国内に永住することを回避できるとする「DNA鑑定必須論」者の方が妊娠させて逃げた男性に対して寛容なのだろうと思います。また,妻ではない外国籍の女性に子供を産ませた場合にはその子供に対して扶養義務を負わないこととすべきとするgalaxyexpress_4@hotmail.comさんの方が妊娠させて逃げた男性に対して寛容であるように見えます。なお,民法は日本国籍を持つ者に適用されるので問題ない とのことですが,扶養義務は親子間の法律関係にあたりますから,法の適用に関する通則法32条によれば,「子の本国法が父又は母の本国法(父母の一方が死亡し、又は知れない場合にあっては、他の一方の本国法)と同一である場合には子の本国法により、その他の場合には子の常居所地法による。」ことになります。ただし,父は非嫡出子に対しては認知後も扶養義務を負わないとする法制度はいまどきほとんどないように思われます。
また,最初に申し上げた逃げた男性に対してあなたはどういう風に認知裁判に出廷するようにするか との点に関しては,認知請求訴訟に関していえば,被告たる男性が裁判所に出頭しなくとも,生物的鑑定以外の間接事実等から父子関係の存在を認定できれば,むりやり被告たる男性を出廷させる必要はないということになります(なお,認知請求訴訟は,人事訴訟法の適用を受けますので,職権探知主義が採用されます。)。
次に,Opというハンドル名を名乗る方から,「三権分立を理解できないベテラン記者がいることの方が理解しがたい」というエントリーと「「国籍法改正に反対する緊急国民集会(11/27)における決議文」について」というエントリーに対して,全く同文の,
「二重国籍は議論に上がってない」とか、衆議院の付帯決議も知らないのかな?w
「一部のゼノフォビアにとらわれた方々の妄想」不法入国者や偽装結婚して日本にいつこうとする犯罪者が実際にいるのに、どこの理想国家に住んでるんだ?、君はw
自分が正論言ってると思うなら、こんなとこでコソコソしてないで、堂々と反論しに行きなさいよw
とのことなのですが,私は,氏名や所属等を明らかにしていわば堂々としているのですが,このOpさんはどこのどなたかわかりません(コメント投稿時に入力されたメールアドレスは「posted888@yahoo.co.jp」ですし。)ので,どちらかというと,Opさんの方が,堂々としておらず,コソコソしていると評価できそうに思われます。
また,「二重国籍は議論に上がってない」というのは,ひょっとしたら,「「国籍法改正に反対する緊急国民集会(11/27)における決議文」について」というエントリーにおける「そもそも今回の国籍法改正法案は,二重国籍云々は議題に含めていません。」との発言を指しているのかもしれません。しかし,「議題に含まれる」ということと「議論に上がる」ということとの間には大きな違いがあります。
さらにいうと,平成20年11月28日の衆議院法務委員会にてなされた自由民主党、民主党・無所属クラブ、公明党及び社会民主党・市民連合の共同提案による附帯決議の内容は,
政府は、本法の施行に当たり、次の事項について格段の配慮をすべきである。
一 日本国民から認知された外国人の子が届出により我が国の国籍を取得することができることとなることにかんがみ、国外に居住している者に対しても、本法の趣旨について十分な周知徹底に努めること。
二 我が国の国籍を取得することを目的とする虚偽の認知が行われるおそれがあることを踏まえ、国籍取得の届出に疑義がある場合に調査を行うに当たっては、その認知が真正なものであることを十分に確認するため、調査の方法を通達で定めること等により出入国記録の調査を行う等万全な措置を講ずるよう努めるとともに、本法の施行後の状況を踏まえ、父子関係の科学的な確認方法を導入することの要否及び当否について検討すること。
三 ブローカー等が介在し組織的に虚偽の認知の届出を行うことによって日本国籍を取得する事案が発生するおそれがあることを踏まえ、入国管理局、警察等関係当局が緊密に連携し、情報収集体制の構築に努めるとともに、適切な捜査を行い、虚偽の届出を行った者に対する制裁が実効的なものとなるよう努めること。
四 本改正により重国籍者が増加することにかんがみ、重国籍に関する諸外国の動向を注視するとともに、我が国における在り方について検討を行うこと。
というものです。重国籍については,第4号で触れているのですが,これは,従前より国籍法3条1項に基づき日本国籍を取得した者は,母親の母国法において当該国の国籍を有する女性の実子に国籍を付与する旨の規定がある場合には,我が国の国籍法14条に基づく国籍の選択を行うまでの間は二重国籍状態に置かれることとされていたところ,今回の国籍法の改正により,国籍法3条1項により日本国籍を取得できる範囲が拡大されるので,重国籍について今後どういう制度を採用するか諸外国の動向を見ながら検討しましょうね,という話でしかなく,「多重国籍を容認する」という話ではありません。
また,不法入国者や偽装結婚して日本にいつこうとする犯罪者が実際にいる にせよ(日本の場合,多くは不法入国というより不法残留者なのですが,その数も平成5年をピークに減少の一途をたどっており,19年1月1日現在17万839人程度しかいません(ピーク時の6割程度)。),そのことは,今回の国籍法改正案に対する反対論が一種のゼノフォビアに基づくものであることを否定するものではありません。
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30/11/2008
産経新聞社の花岡記者が「国籍法改正は政治の知性の欠如 」というエントリーをアップロードしています。
まず冒頭から,だれもその意味合いを理解していない法律改正が実現しようとしている。 ととばしています。しかし,この問題に関心の薄い人は多いと思いますが,少し関心を持って調べれば,「国籍法第3条1項を文言通りに解釈して,日本国籍を有しない母から出生した子が出生後に日本国籍を有する父から認知を受けた場合に,その母と父とが結婚しない限り,同項により日本国籍を取得できないとするのは,憲法第14条に反し違憲である」との最高裁判所大法廷判決を受けて,最高裁判所が採用した同項の憲法適合的な解釈に法律の文言を合わせようという意味合いをもっていることがわかるかと思います。
法務省にいかがわしい「人権スクール」が存在するのではないか。そうとでも考えないと、この異常事態は理解できない。
とのことですが,最高裁の違憲判決に合わせてその法令の所管官庁が改正案を起草することは普通のことであり,記者歴30年を謳う新聞記者がその程度のことを理解できないことの方が異常事態です。
最高裁の違憲判決があったからといって、法律改正は、政治の責任において行われなければならない。これは当然過ぎるほど当たり前のことだ。
物は言い様なのですが,最高裁の憲法判断に対応した法改正を政治が怠れば,裁判所は最高裁判例に沿った判決をし続けるということです。最高裁判決に沿った法改正が速やかに行われなかったことにより,本来訴訟を提起せずとも実現できたはずの権利が実現できなかった場合には,本来不要な訴訟費用を負担させられた場合には,立法不作為として,国賠の対象になるかもしれませんが。
国籍法改正の「穴」は、カネで国籍が売買される危険性を残してしまったことだ。日本国民が不正な手段で生み出される道をつくってしまったことだ。
とのことですが,実際の戸籍実務等を無視して妄想をふくらませてやっと「危険性を残してしまった」というのがせいぜいというレベルの話です。
改正案を考えるのは、法務省の役人たちである。最高裁の言うとおりに、法の不備をただそうとして何が悪いか、というのが彼らの立場だろう。なんらの疑念も抱かず、いいことをやっているという意識しかない。「法匪」というのは、こういう人たちのことを言う。
とのことですが,法務省は,本来自分の所管法令が違憲とされたことは快く思っていないはずであり,しかしながら最高裁判所の大法廷判決で違憲とされた以上,その職務に忠実にあろうとして,最高裁判決に対応した改正案を起草したにすぎないのであり,それを「法匪」とは,なんたる侮辱なのでしょう。
役人がどう考えようとも、常識と理性で、これを食い止めるのが政治家の本来の役割だ。
とのことですが,法令の憲法適合性に関する最終的判断を行う権限は最高裁判所にあり,かつ,国会議員には憲法尊重擁護義務がありますから,最高裁の憲法判断に合致した法改正を行うことは,「常識と理性」がある国会議員としては当然のことであります。
国籍法改正は、国家を形成する国民のあり方そのものにかかわるのである。その重大な意味合いに政治家が気付かない。というよりも気付かせないまま改正作業を進めてしまおうという役人の矮小化された知恵が勝ってしまう。
とのことですが,一部のゼノフォビアにとらわれた方々の妄想まで予測して国会議員に報告することまで官僚に要求するのは酷というものです。
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29/11/2008
「国籍法改正に反対する緊急国民集会(11/27)における決議文」というのがアップロードされています。例によって一つ一つ検証してみましょう。
一、国籍法「改正」案は、憲法違反である
憲法前文は「日本国民」は「われらとわれらの子孫のために」「この憲法を確定する」と述べている。国籍は国民たるための不可欠の条件であるから、憲法を定める権利の根拠をなすものである。それを「われらとわれらの子孫」であることが証明できない者に与えることは、憲法違反である。
とのことですが,まず,「日本国民」が「われらとわれらの子孫のために」「この憲法を確定する」ということからは,現行憲法制定時の日本国民の生物的な意味における子孫であることがDNA鑑定の手法により証明された者についてのみ日本国籍を付与すべきという結論は論理的に導かれません(現行法でも「帰化」制度は存在しますし,国籍法を抜本改正して全面的に出生地主義を採用し,またはドイツ法のように一部出生地主義的な修正を加えることも立法裁量の範囲内です。)。
国籍法「改正」案は、最高裁判決を逸脱・歪曲している
六月四日のいわゆる「婚外子国籍訴訟」最高裁判決が国籍法「改正」案の根拠とされている。しかしながら、本判決は、子の国籍付与にあたり、父母の婚姻を条件とすることを違憲としたに過ぎず、「子の国籍保有資格の真実性」を無視すること、多重国籍を認めることを求めたものではない。しかるに国籍法「改正」案は、子が真実にその親の子であることを証明する有効かつ確実な手続きを定めていない。これは偽装申請を容認するに等しい。本人確認の手段として、既に刑事裁判でも証拠採用されているDNA鑑定をなぜ行わないのか。それが人権侵害と言うなら、偽装申請をどのようにして証明するのか、或いはわが子でない子をわが子とさせられることは人権侵害ではないのか。
とのことですが,まず,今回の国籍法改正法案は,二重国籍を認める旨の法改正を含んでいません。また,DNA鑑定は生物的な父子関係を証明する有力な手段の一つではあるものの唯一の手段ではありません。松倉耕作「血統訴訟論──親子確認の新たな法理を探る──」178頁によれば,
今日の確立した判例理論によれば,父子関係の認定は自由心証の対象に属することを前提として,①母親と被告男性との性的関係の存在,②他男との性的関係の不存在(たとえば被告男性がこの存在を証明すれば,後述する「複数交渉」の問題となる),③子と被告男性との間に血液型の背馳がないこと,④不正の存在を推測させる被告男性の言動(扶養・出産費の支弁,この世話,子の母を妻としたい旨の申入れなど),などの間接事実の総合判断から,父子関係の存在を認定する
としつつ,他の事実を加えた「総合判断」をするうえで,間接事実③が場合によりかけてもよい とされているものとし,その理由として,
③要件が欠落すれば,原告敗訴となるのであれば,被告男性は,常に採血等への協力を拒む道を容認することになる。それは結果的には,原告に勝ち目がないとの意味では,大審院時代へと逆行することに通ずる
とされています(松倉・前掲179頁)。すなわち,DNA鑑定等を抜きに父子関係を立証するという手法は,認知請求訴訟における裁判所による父子関係の認定でも用いられている手法であるということができます。改正国籍法3条1項に基づく国籍の取得に際してDNA鑑定による生物的な父子関係の存在の立証を絶対的な手続的要件とした場合,DNA鑑定を拒むことにより,海外で生み捨てた子供の入国を阻害し,もって扶養義務から事実上逃れる道を父親に認めることになります。
国籍法「改正」案は、国民侮辱法である
国籍は、日本国憲法に定める国民権利を有することの根拠である。この権利は過去・現在の国民が血涙をもって築き上げてきたものである。それを安易に付与することは、過去そして現在、国家・国民のために奮闘し或いは犠牲を払った国民とその子孫を侮辱するものである。
とのことですが,この法案に反対している人の多くは「押しつけ憲法論」者だったのではないでしょうか。それはともかく,現在日本国憲法に規定された国民の権利を享有する者の多くは,単に日本国籍を有する男女の間に生まれたというだけで日本国籍を取得し,憲法上の権利を享有しているのであり,その権利を享有できる条件が緩和されたからといってとやかく言える立場にはないように思います。
国籍法「改正」案は、税金浪費法である。
偽装申請を犯罪としながらそれを防ぐ手続きを定めない国籍法「改正」案は、偽装摘発・処罰のために警察・検察・裁判所の業務を増大させる。また偽装による国籍付与者に対する生活保護を含む社会保障、教育・住宅施策を行わせられる地方自治体の事務を増大させることで、本来の地方行政に支障をきたす。これは立法府の不作為による税金の浪費である。
とのことですが,認知の手続要件としてDNA鑑定による父子関係の存在を証明することをあまねく義務づける方がコストが掛かります。
国籍法「改正」案は、犯罪促進、国家解体法である
中国、北朝鮮、韓国等から見れば、我が国は社会資本、社会保障等国家・社会・経済のあらゆる面で垂涎の的である。ここに居住し政治的権利を行使する資格を得られる日本国籍は、いま世界でも数少ない優良「投資物件」である。しかも多重国籍を容認するのであるから、意図すれば我が国の一部地方を占拠し自治区化することも可能である。そのような者達が我が国の国法とその前提たるコモンセンスを遵守するなど空論でしかない。しかるにその取得にあたり、日本国家が不正を排除する意思を示さないことは、国民に犠牲を強いる、国家による犯罪誘致促進行為である。
とのことですが,「我が国の一部地方を占拠し自治区化すること」が可能となるほど,公正証書不実原本記載罪で処罰されるリスクを押し,かつ,家庭崩壊のリスクを負ってまでお金を積まれて身に覚えのない子供を認知する用意がある日本国籍を有する男性であって,十数年前に中国、北朝鮮、韓国等に滞在していたという人材を捜し出すのは大変だと思います。それに,そもそも今回の国籍法改正法案は,二重国籍云々は議題に含めていません。
なお,国籍法改正反対派の方が現在の日本の法制度をどのようなものと認識されているのかはわからないのですが,現実的なことをいえば,その人が日本国籍を取得した経緯がどのようなものであろうとも,我が国の刑罰法規を遵守しないと,者に対して,さらにいうと,「社会資本、社会保障等国家・社会・経済」等に鑑みて日本国籍を取得して堂々と日本に滞在したいと思う人々が,敢えて,日本国の刑罰法規を犯して裏社会で生きていこうとする合理的理由はないように思えるのですが,いかがなものでしょうか。
一、国籍法「改正」案の衆議院審議は、だまし討ち的であり、法の重要性に相応しない。
憲法制定権の根拠であり、憲法的権利の根拠である国籍の付与は、十分慎重に審議しなければならない。しかるに、与野党内で公正かつ慎重な検討もなされず、衆議院審議が一日、それも僅か三時間というのは拙速に過ぎる。
とのことですが,最高裁判所での違憲判決を受けての法改正について衆議院で3時間も審議時間をとるというのはむしろ長い方ではないでしょうか(何といっても,「改正する」という結論は決まっているのですから。)。なお,国籍法について違憲判決が出たということは当然新聞等でも大きく報じられていますし,法律についての違憲判決が最高裁でなされればこれに対応した法改正が近々行われることは少なくとも国会議員であれば当然知っていて然るべきことですし,この法案は9月3日の法制審議会にて報告がなされ,その旨はネット上でも公開されているわけですから,国籍の取得要件について重大な関心を有しているにもかかわらず,政府がこの法案を提出し,その審議日程が決まるまで内容を知らなかったとすれば,それは単にその議員の怠慢なのではないかという気がします。
なお,もし最高裁の違憲判決を言うなら、国政選挙における一票の格差の是正はどうなのか という点に関しては,「それも早急に対応すべき」という答えにしかならないのであって,「公職選挙法の改正が滞っているのだから,国籍法改正もだらだらすべき」という結論には普通はならないです。
また,
しかも衆議院の付帯決議は、父子関係の「科学的」確認方法の導入の要否・当否の検討、「組織的に虚偽の認知の届出」を行う惧れの指摘、「多重国籍者」が増加するため対策をとることを求めている。これらは本来法律の中で解決されるべきものであって、こうした付帯決議の存在自体が法の不備を証明するものである。良識の府である参議院が衆議院のカーボンコピーと言われて久しい。もしこのような不備かつ不当で違憲の法律を可決するならば、参議院の存在意義は、ますますもって疑われることになる
とのことですが,父子関係の確認方法というのは国籍法で定めるものではありませんし,「虚偽の届出」が行われる虞があるということは当該届出制度を否定する理由にはならないと考えるのが一般的です(例えば,「組織的に虚偽の婚姻の届出」を行う虞があると指摘されたからといって,婚姻制度を廃止したり,(夫婦となろうとするものの一方が日本国籍を有しない場合に)DNA鑑定等によりその男女間に継続的な性的関係が存在することを証明することを法律婚の手続的要件としよう云々という話にはなっていないのです。)。なお,参議院で雇うが過半数を握っている現在,参議院が衆議院のカーボンコピーであると未だ言い続けている人は少ないのではないかと思います。
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28/11/2008
国籍法改正案まとめWIKI によると,『国籍法改正案を検証する会合』に賛同する議員の会というのが急遽立ち上がったとのことです。
これによれば,この議連は,案内文の中で,国籍法改正によって 「想定される偽装認知」 についての例示を行ったそうです。国会議員たるものがこのようなデマを同僚に対して流布しているとはにわかに信じがたいところです。
一応,このwikiの記載を前提に検証をしていくこととします。
第三国の女性を、国内の犯罪組織に所属している男性が大量認知して、売春等犯罪に悪用。(国際的に「性奴隷」と批判される)
まさか,愛国心に溢れている方の愛する日本というのは,法律上の父子関係が認められれば,親が子に対し売春等を強いることも許されるという共通理解があるのではないでしょうね。普通に考えれば,「大量認知」しようとする段階ですでに戸籍窓口でストップが掛かると思いますし,また,売春等が摘発された段階で偽装認知も発覚します(警察には売春婦たる女性の在留資格を捜査する権限がありますし,その過程で戸籍謄本を取り寄せることも可能です。偽装結婚であることを疑うに足りる事実があれば,令状を取ってDNA検査することも可能です。)が,その場合,公正証書不実原本記載罪を含めた罪が加算されますから,「犯罪組織に所属している男性」としては,観光ビザで連れてきて売春させるのと比較して,おいしい部分はないです。
国際テロリスト及びその子孫を認知することも可能になる。仮に、正規の日本国籍を取得した「日本人」がテロ事件を起こした時に損なう国の名誉は甚大である。(国際的にテロ国家と批判される)
どこの国にもテロ事件を起こすような人は存在しうるし,日本も従前例外ではなかった(日本赤軍は,国際的にはかなり知られた存在です。)が,特定のテロリストの国籍国であるということを理由に国際的に「テロ国家」と批判されている例を寡聞にして知りません(とりあえず,ビンラディン氏の国籍国であるサウジアラビアですら,そのことを理由として,国際的にテロ国家と批判されることはないように思います。)。
三、現在、日本の国籍が高額で売買されている現状では、日本国内に長期滞在することを目的として、犯罪組織の男性でなくても、経済的に困窮している男性に高額な報酬で「偽装認知犯罪」が一般的に行われるであろう。
まず,「現在,日本国籍が高額で売買されている現状」という認識が間違っています。また,「偽装認知」というのは認知の対象となる子供が妊娠したと想定される時機にその子供の母親が独身であって,かつ,認知者たる男性と性的関係を結ぶような間柄であったことが必要なので,経済的に困窮している男性が軽々しく行えるものではありません(国外で生まれた子について認知するためには,その出生当時,その母がいた国や地域にいたことが証明できなければなりません。)。
第三国で生活している女性が、日本の「社会福祉制度」の悪用を意図して、「特別在留許可」等の目的で第三国で生まれ生活している第三国人の子供を、日本人男性に「認知」してもらい日本入国を果たす。「改正案」には扶養の義務がないので、入国後は「育児手当」「生活保護費」など税金が使われる。
とのことですが,国籍法はいかなる場合に日本国籍を付与するのかを定める法律ですので,国籍法に扶養義務についての規定を置かないのは当然です(各国の国籍法もそうしています。)。認知により父子関係が認められれば,民法上の規定により,「父」に扶養義務が発生しますし,「父」がいる以上,簡単に生活保護は受給できません。
扶養の義務が無いことで、国内に短期滞在している第三国人女性が「特別在留許可」取得を目的として、「大金」を支払って日本人男性の子供を妊娠する可能性もある。これは「偽装認知」としての犯罪ではないので、「DNA鑑定」しても防ぐことはできない
とのことですが,「想定される偽装認知」の例として,「偽装認知」ではないことが明らかなものを提示するのはいかがなものでしょうか。
ところでこの議連には牧原ひでき衆議院議員も名を連ねているようですが,この程度の法解釈能力しか有していない弁護士に仕事をさせていたことが白日の下に晒された旧あさひ法律事務所は,お気の毒な限りです。
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27/11/2008
前回のエントリーについて,「鉄牛」さんという方からコメント欄を通じて質問がありましたので,一部をご回答します。
仮に認知させたい側(たぶん母親)が居るとして、そして認知したくない側(たぶん父親)が居るとして、この場合は、そもそもDNA鑑定するしないに関わらず認知されないのですから、子供が日本国籍を取得することは出来ないのではないでしょうか?
とのことですが,民法787条は子、その直系卑属又はこれらの者の法定代理人は、認知の訴えを提起することができる。ただし、父又は母の死亡の日から三年を経過したときは、この限りでない。 と規定しており,父親が認知したくないといっても認知請求訴訟で敗訴すれば認知がなされ,この父と子との間には法律上の親子関係が成立します。今度の国籍法改正法案によれば,認知請求訴訟に勝訴した結果日本国籍を有する男性の「子」となった者も,日本国籍を取得することができることになります。
そこで訴訟が起きた場合、被告側である「認知したくない側」はその正当性を証明するために、DNA鑑定は当然受けるのではないでしょうか?
とのことですが,身に覚えがなくて認知を拒んでいる場合はそうかもしれませんが,身に覚えがあるのに認知をしたくないと考えている場合にはDNA鑑定を受けることは却ってやぶ蛇になりますので,DNA鑑定を頑として回避することが少なからずあります。特に,配偶者がおり,それなりにうまくいっていた場合や様々な理由で現在の配偶者と離婚したくないという場合には,だめだとうすうすわかっていてもじたばたしたがるというのは,人間の性なのではないかと思います。
で,認知請求訴訟というのは,DNA鑑定なんて技術が発達する前から存在しますので,DNA鑑定を行うまでもなく,父子関係が認められています。典型的な例としては,被告たる男性と,原告たる子の母親が,原告たる子を妊娠したと目される期間内に被告たる男性と性的関係を結んだことが立証され,かつ,そのころ他の男性と性的関係を結んだことが立証されなかった場合には,被告たる男性がDNA鑑定を拒んだところで,かなりの確率で父子関係の存在が認定されます。また,原告たる子を妊娠したころにその母親と性的関係を結んだとの事実を否認したのち,原告からのDNA鑑定の申立に対して,被告が鑑定資料の提出を拒んだ場合,父子関係の存在について法律上の事実推定を行う立法例もあるやに聞いていますが,そのような立法例がない我が国においても,そのような被告の態度から,原告たる子を妊娠したころにその母親と性的関係を結んだとの事実の存在を推認することは十分に可能です。
むしろ「警察がその子の「父」(と目される男性)の居場所を探し出して~」というのは、いくばかのお金をもらって偽装認知した後に、行方をくらましてしまう父親のほうが多いのではないかと、私は考えてしまうのです。
とのことですが,「行方をくらます」と現在の社会的関係をいったん捨てて新たな土地で新たな社会的関係を構築し治さなければいけないので,「いくばくかのお金をもらっ」たくらいでこれを行うのでは元が取れません。かといって,それで元が取れるほどのお金を支払った場合,今度はお金を支払う側が元が取れません。というのも,それだけのお金があれば,母の本国に残ってそのお金を使って生活した方が,日本国内で生活保護を受けて生活するよりも豊かな消費生活を送ることができます(日本は,周辺諸国と比べて日常生活に必要なコストが格段に高いですし,生活保護の受給額はさほど高くありません。)。従って,そのような例は,国籍法改正後であっても,ほとんど起こらないかと思います。実際,偽装結婚の例でいえば,婚姻届を行った後日本国民たる男性の側が「行方をくらま」すという例は,私は聞いたことがありません。
嫡出否認の訴えや親子関係不存在確認訴訟,そして認知請求訴訟などの裁判例をじっくり読んでいくと,親子関係を巡る様々な人間模様を学ぶことができ,国籍法改正反対論にしばしば見られる薄っぺらな人間観を脱することができるのではないかという気もします。
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26/11/2008
改正国籍法3条1項による国籍取得にあたってDNA鑑定を義務づけよとの主張は,認知による法律上の親子関係創設の隠れたる要件である「認知者と被認知者との間の生物的な親子関係の存在」の立証方法をDNA鑑定に限定せよという主張,すなわち,一種の「証拠方法の法律による制限」を設けよとの主張と理解することができます。
しかし,この種の「証拠方法の法律による制限」が,実体的真実に合致した法的な効果の発生の妨げにならないためには,法律により証拠方法が制限されている立証命題が「真」である場合には当該証拠が容易に入手可能であることが必要となります。さもなくば,当該立証命題が「真」である蓋然性の高いことが他の資料から明らかに窺われるのに,当該証拠方法が入手できないために,当該立証命題が「真」であることを前提とする法的効果の発生がなされないことになるからです。
従って,認知による法律上の親子関係創設の隠れたる要件である「認知者と被認知者との間の生物的な親子関係の存在」の立証方法をDNA鑑定に限定するためには,認知という効果を発生させたいと望む側が容易にDNA鑑定を受けられるようにすることが必要となります。DNA鑑定を行うためには,鑑定のための資料として認知者の血液を採取する必要がありますので,認知という効果を発生させたいと望む側が容易にDNA鑑定を受けられるようにするためには,認知という効果を発生させたいと望む側が申立てを行えば,警察等が確実に特定の男性を勾引し,DNA鑑定のための血液採取を行ってくれる等の法制度が整備されることが必要となります。
誠天調書のブログ主は,ハードルが高いから すぐにはできなくても
現状に合わせてDNA鑑定を可能とさせて法的根拠も持たせられるように全法体系の全てを改正する、まさに大改定が必要だが それでも必ずすると何故付帯条項で明記できないのか? と気軽に仰る のですが,認知請求訴訟に際して,またはすでに任意認知された子が国籍取得申請するにあたって,子の側の申立てにより,警察がその子の「父」(と目される男性)の居場所を探し出して,場合によっては扉をこじ開け警棒等で殴りつけるなどしてその者の身柄を拘束し,場合によっては暴れるその男性を押さえつけてその者の血液を採取する制度を必ず作り上げるなんてことを,付帯事項に盛り込めるわけなかろうと思ったりするのです。ゼノフォビアな方々を少し安心させるというさほど意味がないことのために払う犠牲としてはあまりに大きすぎるのです。しかも,それだけの無茶をしても,死後認知には対応できないのです。
なお,一部の方々は,偽装結婚と偽装認知とを同列に扱っているようなのですが,この2つは大分性質が違います。偽装認知の場合,認知者と被認知者との間に生物的な親子関係が存在しないことを知りつつこれが存在するものとして認知届をするという意味で立証命題が明確なのですが,偽装結婚の場合,どのような要素を欠く場合に「偽装」結婚となるのかは実のところそれほど明らかではないし,それ故市町村役場の窓口では不受理としがたいのです。一応,通説判例は,実質的婚姻意思必要説に立っているのですが,では,実質的婚姻意思とは何なのかというのはそれほど明らかではないのです。
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24/11/2008
国籍法改正に反対されている方のご意見を拝見させていただいて共通して感じられることは,男:日本国籍,女:外国籍,という未婚の男女間で子供が生まれた場合に,男の側がとる行動パターンについての想像力が乏しいということです。
現行国籍法で問題となるのは,妊娠発覚後男が出生前認知をしてくれない場合であるということは頭に入れておく必要があります。そのような男が,認知した子供とその母親を日本国内にとどめるためにわざわざDNA鑑定に必ず協力するものだろうか,と考えてみたらよいことです。認知した子供が日本国籍を取得しようとしまいと扶養義務は発生するにせよ,認知した子供が日本国籍を有せず,日本国から強制退去をさせられたが故に当面日本国内に入ってくることはないということになれば,扶養義務を果たさずにすますことが事実上可能となります。「日本男児たるもの,見覚えがある以上は,そのようなことを考えず,正々堂々とDNA鑑定を受けるはずだ」と考えることこそ,非現実的な性善説にとらわれているように思われます。
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国籍法改正問題についての19日の自民党の参院政審勉強会での議論内容を産経新聞の阿比留記者がブログで公開 していますが,もし本当だとすると,ゆゆしき事態です。
某議員A 最高裁の判決自体が疑問だ。原告の中には父親がどこかに行ってしまっていない子供がいた。そういうケースでも国籍を付与するとなると、事実上、防止策も機能しなくなる。憲法14条違反というが、そもそも憲法10条では、国籍については別の法律で定めると書いてある。日本人であることを証明することが大事であって、行政府は厳格に対応するべきだ。DNA鑑定を導入すると問題が出てくるというが、犯罪捜査では使っている。主権者の権利を付与することなので、主権者の地位を簡単に渡してしまうことになる。子供たちは帰化申請すればいい。ところが申請せずに憲法判断にもってきた原告の政治的意図がある。衆院では可決されてしまったが、良識の府である参院では徹底的に審議をしないと汚点になる。
とのことですが,法令の合憲性に関する最終的な判断を下す権限は最高裁判所にあり,立法府も行政府もこの判断に従わなければいけないことは小学6年生くらいで知っていて然るべきことであり,法令を違憲とする最高裁判決が下された後に立法府が「最高裁の判決自体が疑問だ」といってみても無意味です。
また,原告の中には父親がどこかに行ってしまっていない子供がいた とのことですが,現行民法では,遺言により認知を行ったり,父親の死後検察官を被告として認知請求をするなどして,父親がそもそもこの世に存在しない状態で認知が行われることだってあるのであり,そのような場合に国籍を付与するのに何の問題があるのか,私には理解が不可能です。
また,憲法第10条は「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」とありますが,そのことは,この「法律」が憲法第14条に反する差別的なものであってもよいということを意味していません。法律を作る国会議員が,そのような憲法論の基礎の部分を理解されていないようでは困ってしまいます。
さらに,「DNA鑑定を導入すると問題が出てくるというが、犯罪捜査では使っている」とありますが,犯罪捜査においては,被疑者が嫌だといっても,令状を取ってくれば強制的にDNA鑑定のための資料として体細胞を採取できますが,認知請求訴訟では現行法上そんなことはできませんし,それをできるようにする法改正を行うハードルはかなり高いです。
子供たちは帰化申請すればいい。ところが申請せずに憲法判断にもってきた原告の政治的意図がある 云々との件についていえば,当該事件の代理人が,
子どもと母に命じられた強制送還を阻止するために、なにかいい方法ないかな、と考えてはじめた裁判でした。国籍法3条の届出用紙は「父母の婚姻及び父の認知により嫡出子の身分を取得した。」にチェックを入れる形式になっているのだけど、ある日、ふと思いついて、用紙に手書きで「国籍法3条は憲法違反だから」という項目を書き足して、そこにチェックをいれて、スタッフに「とにかく法務局に行って出してこいよ」といいました。その届出は、あたりまえですが、不受理となって、退去強制令書取消訴訟に追加するかたちで、国籍裁判が始まったのでした。
とし,
もしも、この事件の裁判中に国が「国籍訴訟の取下げと在特、バーターで」ともちかけてきたら、迷うことなくのっていたでしょうね。
としている とおりの話であって,政治的意図なんて特段内容に思われます。
また,
佐藤正久氏 国籍は非常に重要だ。しっかり議論してほしい。偽装(認知)をやろう、商売でやろうという人たちの偽装をどう見破るか。届け出の窓口は市町村役場と法務局だが見破れるかどうか疑問だ。役場は人が少なくて忙しい。法務局も大きなところもあれば、小さいところもある。
とのことですが,渡航歴からみて,当該子を妊娠したと想定される期間内にその子の母親と認知者たる男性とが同一国・地域内にいたことが公的な書類で証明されなければ,役場は基本的に認知届を受理しないのではないかと思います(心配なら,法務省から,そのような場合は原則認知届を受理しないように通達を出せばよいことです。)。
有村治子氏 歴史の評価に耐えうるのか。DNA鑑定は万能薬ではないという意見が出たが、それ以外に偽装を見抜く手だてはない。家族関係の絆を証明する手だてとしてDNA鑑定は選択肢に入るのではないか。外国人に対する差別だというが、国家の出入国で区別するのは当たり前なんだから、国籍でも区別があっていい。
とのことですが,むしろ妄想に近いゼノフォビアに屈して立法府が最高裁の違憲判決を完全と無視することの方が歴史の評価に耐えうるのでしょうか。なお,渉外関係ですと,偽装結婚よりも,偽装認知の方が,形式的な書類を整えるのは大変だと思うのですけどね。また,外国人に対する差別だというが、国家の出入国で区別するのは当たり前なんだから、国籍でも区別があっていい。 とのことですが,この問題は何をもって日本国民となすのかという問題なのですから,「国籍でも区別があっていい」というのはトートロジーです。
山谷氏 衆院ではたった3時間しか審議していない。虚偽かどうか調査する方法を通達で定めるとあるが、これでは私たちに見えないところで決められてしまう。付帯決議して修正に持ち込まなければ、とても国民の願いに答えられない。審議入りする前にもんでもらいたい。
とのことです。ただ,薬事法について最高裁の違憲判決が下された後の薬事法改正については,昭和50年05月29日の衆議院社会労働委員会において,質問が6個なされただけで委員会を通過していますし,同日の衆議院本会議では質疑すら行われることなく可決されています。最高裁で違憲と判示された部分を修正するための法改正って,そんなものではないでしょうか。
また,虚偽かどうか調査する方法を通達で定めるとあるが、これでは私たちに見えないところで決められてしまう との点については,法律で大枠を決めて,その実施のための詳細を政令等で決めるという立法手法自体を今後否定され,法律一本主義に変更されるお覚悟なのか,興味のあるところです。
また,
付帯決議して修正に持ち込まなければ、とても国民の願いに答えられないとの点についていえば,そのような修正を望んでいるのは,国民のうちのごく一部です。それを「国民の願い」と表現するのはオーバーなのではないでしょうか。
某議員B 罰則が厳しくても偽装結婚は相当ある。男性は暴力団員が多く、刑罰を科しても何とも思っていない。DNA鑑定を使うのは当然だ。我々も選挙でいっぱい、いっぱいになって知らなかった。反省しているが、法務省はどういう手を使ったのか分からないが、3時間で衆院を通すやり方に失望している。
とのことですが,偽装結婚の一方当事者たる男性の側で暴力団員ってあまり聞かないように思うのですが,いかがなものでしょうか。
なお,法務省はどういう手を使ったのか分からないが、3時間で衆院を通すやり方に失望している。 とのことですが,最高裁で違憲と判示された部分を修正するための法改正で,衆議院だけで3時間も確保するというのは,むしろ長い方ではないでしょうか。
衛藤晟一氏 日本の家族は完全に血統主義ではない。文化概念としての家族という考え方がある。しかし、国籍ではハッキリした方がいい。新しい時代の変化の中でDNA鑑定が可能になったから、使えばいいじゃないか。
とのことですが,民法上の実子概念と,国籍法上の実子概念とに齟齬を生じさせるのってまずくないでしょうか。それとも,フィリピンなどで現地の女性を孕ませて逃げてきた男は,DNA鑑定のための血液採取などを拒み続ければ,強制認知をさせられることもなく,扶養義務も果たさず逃げおおせるという「卑怯な国,日本」を作り上げようという算段なのでしょうか。
戸井田氏 「後で気が付く寝小便」という言葉があるが、国籍法をずっとみていてそう思う。この中で国籍法の一部を改正する法律案を全部理解している人手を挙げて下さい(約30人の出席者、誰も手を挙げず)。あらあらは分かっていると思うが「最高裁の判決が出たのだからそれ以上追及する余地はない」と思考停止になっていると思う。これをよく調べると、将来日本人の血を引いてなくとも日本人になれる。そういう状況が出来上がってくる。偽装結婚もあり得る。その可能性を探っていったらある意味恐ろしい部分がある。
使用することわざの選択として,普通に「後の祭り」ではいけなかったのでしょうか(国会議員なのだから,「品位」というものを考えた方がいいのではないでしょうか。)。それはともかくとして,今回の国籍法改正法案を読んで,戸井田議員が主張しているように理解できる人は,それは少ないと思います。何しろ,市町村役場の戸籍係は概ね無能であり,かつ,日本国籍を有する男性はお金を積まれればほいほいと偽装認知を引き受けてしまうという前提でお話をされているようなので。将来日本人の血を引いてなくとも日本人になれる 可能性を完全に排除したいのであれば,日本国籍を有する男女間の嫡出子についても,DNA鑑定を行う必要があります(日本国籍を有しない男女間に生まれた子供を「藁の上の養子」とする方法があるからです。)し,分娩を行った者を母とする運用を替えなければなりません(日本国籍を有しない男女の卵子と精子から作った受精卵を日本国籍を有する女性に受胎させて出産させた場合,現行法では,生まれてきた子供は「母」が日本国籍を有するので,日本国籍を取得できます。また,夫が日本国籍を有し,妻が日本国籍を有しないという夫婦において,妻が日本国籍を有しない男性との不倫の結果として授かった子供についても,夫が嫡出否認の訴え等を起こさなければ,日本国籍を取得することになります。)。
また,「偽装結婚もあり得る」とのことですが,今回の国籍法改正は,婚姻をしていない男女間の子の国籍取得を可能とするものですから,偽装結婚はとりあえず関係のない話です。
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23/11/2008
ブログが炎上するのはブログ主に問題があるからだという意見が,匿名のブロガーやコメンテーターを中心としてあるのはご存じのとおりです。私は,ことあるごとにそうではないといっているわけですが,匿名で語られる言葉には庶民の本音や真実が現れているから現実社会はこれを尊重すべきなのだという声は根強くあるようです。
ところで,近時,河野太郎衆議院議員のブログが連日炎上しています。
11月21日のエントリーは,
自民党無駄撲滅プロジェクトチームは中央省庁が持っている仕事をゼロベースで見直す「政策棚卸し」を文科省、環境省、財務省と続けて実施してきました。
第4弾は外務省とODA予算です。NGOや企業の経験も参考にして外交活動やODAのあり方自体も検証していきたいと思います。
というものです。
これに対しまず飛び込んできたコメントが,
私は誇りある日本人としてお前と戦うぞ
法案を取り下げよ河野座長
日本の品位を貶めてよいのか考えてみよ
エントリーとは無関係にただブログ主への戦闘宣言をする日本人がいるということの方が日本の品位を貶めうるように思います。まあ,どこの世界にもおかしな人はいるという程度のことは,どこの国の人も理解してくれるのではないかと思いますが。なお,内閣提出法案を取り下げる権限は河野議員にはありません。
次に飛び込んできたのが,
日本国民の意見を聞いてください
というものです。自分のブログにコメント欄を設け,コメント欄への投稿を踏まえたエントリーを時にアップロードする河野議員は,日本国民の意見をかなり聞いてくれる政治家の一人だと思います。
その次が,
ODAって外国に援助金として渡すやつですよね?ODA要らない国にODAを渡すのはどうかと思います。特に中国なんかは宇宙へ有人ロケット飛ばせるようになったのですし、今年は五輪を開催しました。ぜひODA予算の見直しをしていただきたいと思います。
というものです。元エントリーは,まさにODA予算の見直しをこれからしていきますよというものです。
次はメタなコメントなのでとばして,5番目のコメントが,
今度は中国に更に税金を投入するための悪行で すか?
日本人のために仕事しろよ。
というものです。「自民党無駄撲滅プロジェクトチーム」でODA予算を取り上げるといっているわけですから,ODA予算の削減を目指す方向で動くのだろうなと普通は考えると思うのですが,それを「今度は中国に更に税金を投入するための悪行」と認識される方に掛ける言葉というのは,きれいな言葉としては見あたりません。6,7番コメントも,エントリーの趣旨を理解されていない気がします。
8番コメントは,
国籍法改正に対してこれだけの批判が集まっているんだ。しっかり対応しろ。
というもので,またエントリーを無視したコメントです。この直前のエントリーで「国籍法 Q&A その2」を公表している河野議員は,しっかり対応している議員の一人だと思います。国籍法改正に反対している城内実元議員が反対論への懐疑論者に対して取っている行動と比べてもよほど立派です。
9番コメントは,前半は二重国籍の話であり,これまたエントリーと関係がありません。後半は,
ODAの無駄を省くことより、アジア開発銀行からの中国融資を止めてください。
ODAは注目されるから、議論になりやすいですがアジア開発銀行は国民はほとんどしりません。
この第2のODAの中国融資は必要ありません。
とのことで,ようやくエントリーと対応したないようになりました。ただ,ODAに関心のある人には知られている話であり,「自民党無駄撲滅プロジェクトチーム」においてODA問題を取り上げようという方は当然知っているのではないかと思いますが。
次はまた,
いったい君は外国人に国籍あげるとか
中国にいくらお金をばら撒くとか
そんなことするために政治家になったのか?
いい加減にしたまえ
というものです。しかし,このエントリーは「自民党無駄撲滅プロジェクトチーム」としてODAを取り上げるというものです。
11番コメントは,
外務省とODA予算…ですか?
「あの」河野洋平の子供の河野太郎様が宣伝する…ですか?
寝言は寝てから言った方がいいですよ。
寝言を起きながら言うから、血税が韓国に大量投入されたわけです。
…って、これは「お父様」の河野洋平への意見でした。
間違えました、あなたは河野太郎大先生でしたね。
ただ、言論封殺はよく似てますよ。
証拠さえなければ、好きなことをやっていいというリベラリズムもよく似てますよ。
というものです。コメントを書いている途中でブログ主以外の者への意見になってしまっていることに気がついたらその投稿を回避するというのがまともな大人の行動だと思うのです。また,この方は,どこでリベラリズムの定義を上記のようなものと認識するに至ったのか不思議です。リベラリズムは一般に,他人に危害を加えないことであれば,堂々と,好きなことをやってもよいとする思想であって,「証拠さえなければ」云々というものではありません(だって,それでは,「証拠を突きつけられたら弾圧されても仕方がない」ってこと担ってしまうではないですか。)。
次は,
とりあえず、誤解とか言うんならテレビで、わかりやすく、かつ包み隠さず放送して見せてくださいよ^^
できないとは言わせませんよ^^
いっぱい金もらってるんでしょ?
買収でも何でもして番組枠買いとって放送してください^^
とのコメントですが,何を放送するかは各テレビ局が判断することであって,河野太郎議員がどうこうできる話ではありません(そして,いわゆる「産経ネタ」は,これに強く関心を示す層が量的に少なく,またスポンサー的にもおいしくないので,系列のフジテレビを含めて,あまり取り上げたがらないのも事実です。)。また,特定の政治家が番組枠を買い取るということは,放送法上の問題がありますし,実際どこのテレビ局も売ってくれないように思います(アメリカとは違うのです。)。「できないとは言わせませんよ^^」といわれても,「できない」としかいいようがありません。
ここまで約35分といったところです。で,河野太郎議員はそのブログの炎上を回避する方法があったのかというと,これらのコメントはそもそもエントリーを読みそして正しく理解した上のものではありませんから。コメント欄を閉鎖する以外にはなかったように思われます。しかし,それは,河野議員の本意ではないでしょう。
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22/11/2008
日本の認知制度は血統主義ではなく「意思主義」
「真実自分の子ではない(たとえば二股女性とつきあってた別の男性の子)と知っているが、それでもかまわない。自分の子にしたい」というのを広く認めるのが判例・通説(血統主義・真実主義は学説でもほとんど皆無)
との嘘を垂れ流しているエントリー があります。
しかし,最判昭和53年4月14日判時894号65頁は,認知者の妻及び子の被認知者を相手方としてする認知無効確認請求が、たとえ被認知者の実母である右妻において認知後五十数年の間、認知者と被認知者との不真実の親子関係を放置しており、かつ、認知者の死亡後になされたものであるとしても、右請求権の行使は信義に反せず、したがつて権利の濫用に当たらないとした原審の判断 を是認しており,生物的父子関係のない相手を認知してもその認知は無効であるとするのが判例です。
このブログ主は,日本の認知制度が「意思主義」であるとする根拠として「平成18年07月07日 最高裁判所第二小法廷」を引用します。しかし,この判例の事案は,嫡出子に関するものであって,「認知」は関係がありません(嫡出子についての親子関係不存在確認請求については,嫡出否認訴訟の出訴期間が,夫がこの出生を知ったときから1年以内とされている(民法777条)こととの関係で,いろいろな考え方があり得ます。)。
なお,このブログ主は,自身が引用された最高裁判例の判決文 を読みさえすれば,そこでは,
実親子関係不存在確認訴訟は,実親子関係という基本的親族関係の存否について関係者間に紛争がある場合に対世的効力を有する判決をもって画一的確定を図り,これにより実親子関係を公証する戸籍の記載の正確性を確保する機能を有するものであるから,真実の実親子関係と戸籍の記載が異なる場合には,実親子関係が存在しないことの確認を求めることができるのが原則である。
とした上で,
真実の親子関係と異なる出生の届出に基づき戸籍上甲乙夫婦の嫡出子として記載されている丙が,甲乙夫婦との間で長期間にわたり実の親子と同様に生活し,関係者もこれを前提として社会生活上の関係を形成してきた場合において,実親子関係が存在しないことを判決で確定するときは,虚偽の届出について何ら帰責事由のない丙に軽視し得ない精神的苦痛,経済的不利益を強いることになるばかりか,関係者間に形成された社会的秩序が一挙に破壊されることにもなりかねない。そして,甲乙夫婦が既に死亡しているときには,丙は甲乙夫婦と改めて養子縁組の届出をする手続を採って同夫婦の嫡出子の身分を取得することもできない。そこで,戸籍上の両親以外の第三者である丁が甲乙夫婦とその戸籍上の子である丙との間の実親子関係が存在しないことの確認を求めている場合においては,甲乙夫婦と丙との間に実の親子と同様の生活の実体があった期間の長さ,判決をもって実親子関係の不存在を確定することにより丙及びその関係者の被る精神的苦痛,経済的不利益,改めて養子縁組の届出をすることにより丙が甲乙夫婦の嫡出子としての身分を取得する可能性の有無,丁が実親子関係の不存在確認請求をするに至った経緯及び請求をする動機,目的,実親子関係が存在しないことが確定されないとした場合に丁以外に著しい不利益を受ける者の有無等の諸般の事情を考慮し,実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえるときには,当該確認請求は権利の濫用に当たり許されないものというべきである。 と判示されており,事実主義を貫くことが当事者に非常に酷となる場合の救済的な意味合いをもった裁判例であることが理解できるのではないかと思います。
なお,このブログ主は,
2008年 国籍法改正施行。施行と同時に毎日数十万人単位で認知。
父親と名乗るホームレス・多重債務者が区役所に押しかける。認知は意思主義のため取締り断念。
中国人満載のフェリーで続々来日。乗員全員が「19歳11か月」との公証を携えて来た。新日本人となる
と想定されているのですが,出生時に母親が既婚であれば,当時の母親の配偶者との間に親子関係が存在しないことを確定しなければいけませんので,すぐに認知届を受け取ることは難しそうですし,中国は戸籍制度がありますので,「『19歳11か月』との公証を携え」てもそれだけで「19歳11カ月」として扱ってくれるかっていうと多分に疑問です。また,役所というのは一般に形式的審査は得意なので,出入国記録等から,当該子の母親と当該子を認知しようとする者が当該子の出生時から推測される妊娠時に同一国・地域に所在していたことが明らかになっていなければ,書面審査だけで認知届をはねのけるのではないかと思います。そうすると,「ホームレス・多重債務者」では荷が重そうです。
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産経新聞が次のような報道 をしています。
国会図書館によるとドイツでは1998年、父親の認知と母親の同意だけで国籍を取得できるようにしたが、これが悪用された。滞在許可期限が切れた外国人女性が、ドイツ国籍のホームレスにカネを払い、自分の子供を認知してもらってドイツ国籍を取得させ、それにより、自分のドイツ滞在も可能にする-などの事例がみられた。
このため今年3月、父子間に社会的・家族的関係がないのに認知によって子や母親の入国・滞在が認められているケースに限り、認知無効を求める権利が、管轄官庁に与えられた。
ただ,この記述は不正確であって,1998年に行われたのは国籍法の改正ではなく(父親のみがドイツ国籍を有する場合に父親の認知のみで子にドイツ国籍を与える旨の法改正がなされたのは1993年),父子間に生物的な親子関係がなくとも社会的・家族的関係があれば父親がこれを認知し,法的な意味で親子として認める家族法の改正です(国会図書館調査及び立法考査局発行の「外国の立法」2008年4月号に掲載された齋藤純子「【ドイツ】 偽装父子関係の認知無効を可能にする法律 」にはちゃんとそう書かれています。もっとも,ここで紹介されている「2008 年3 月13 日制定の「父子関係の認知無効のための権利を補足する法律」の具体的な条文が日本文又は英文で見あたらないし,そのような法律が制定されたことを示す資料自体,他に見あたらないのですが。)。で,今年3月の法改正も,上記記述による限り,この枠組み自体は壊すことを意図していないので,認知に際してDNA鑑定を必須とすることは想定されていないように思います。
ドイツでも,父親のみがドイツ国籍を有する場合に父親の認知のみで子にドイツ国籍を与える旨の法改正を行った際には日本と同じような異論があったようなのですが,結局,二宮周平「国籍法における婚外子の平等処遇 」によれば,ドイツへの移民を目的として濫用される危険性についても、「国籍法における父子関係の確認について、家族法と異なった基準を用いることは、ほとんど考えられない。嫡出子の血縁による国籍取得も、家族法上の規定にもとづいて規律されているのである」と述べ、家族法における父子関係の成立の基準に従うことを明言し たようです。そして,この考え方は,2008年3月の法改正後も変わりません。
なお,生物学的な父子関係の有無を証明するためにDNA鑑定を行う際になすべき配慮については,「外国の立法」2008年5月号に掲載されている,「【ドイツ】 父子関係確認の新たな手続―民法改正 」という報告書が参考になります。当該の子又はその法定代理人の認識及び承諾のないまま行われたDNA鑑定は、子の有する情報の自己決定権(一般的人格権の内容として基本法第2条第1項、第1条第1項で保障される)を侵害するものであり、その結果を嫡出否認の裁判手続において証拠として用いることはできない との連邦憲法裁判所の判断がまずあり,これを受けて,.法律上の父、子及び母の三者は、それぞれ他の二者に対して、嫡出否認の手続とは別個に、遺伝子上の血縁関係の調査を行うことを承諾し、当該調査にとってふさわしい遺伝子上の検体の採取を受忍することを求めることができる。承諾が拒否された場合には、家庭裁判所は承諾に代わる裁判を行い、検体採取の受忍を命ずることができる ということと,ただし、上記請求を行った者の利益を考慮してもなお、父子関係を争うことの結果が期待可能な限度を超えて年少の子の福祉に著しい害をもたらす場合には、当該請求は認められない ということを中核とする家族法の改正を行ったということです。
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20/11/2008
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