Loi

24/07/2008

現行の合格者では質が低下するとするいくつかの理由

 日経新聞社が、社説で、

 「質」の問題は部外者には反論のしようがないが、それが司法試験合格者を増やしたせいで実際に起きているのか検証を経たとは思えない。仮に質の低下が事実だとして、では、どこまで合格者を絞れば質が保たれるというのか。質を問題にするのは、競争激化を心配する増員反対派の本音を覆い隠す方便では、と考えるのは邪推だろうか。

と述べています。

 この問いかけについては、「邪推だ」とはっきり言うことができます。

 現行の法曹養成制度には、新規法曹の「質」を引き下げる次のような要素があります。

  1.  法科大学院を卒業することが司法試験受験の必須要素となっているため、法曹志望一本の人しか、新規法曹となり得ない(国家Ⅰ種と併願することができないし、学部在学中に挑戦するだけしてみて駄目ならば民間企業に行くという選択ができない。)
  2.  法科大学院を卒業することが司法試験受験の必須要素となっているため、東京近郊在住者以外は、一旦会社を辞めなければ、司法試験を受けることすらできない。
  3.  法科大学院を卒業することが司法試験受験の必須要素となっているため、学部卒業後、3〜4年は働かなくとも生活ができる程度に恵まれた経済環境を有する者しか、司法試験を受けることすらできない。
  4.  法科大学院における選抜にあたって法的思考力等以外の要素が重視されるため、様々なバックグランドをもつ人が法科大学院に入学しにくくなっており、過去の過ち故に法科大学院への入学を拒まれた者は、司法試験を受けることすらできない。
  5.  法科大学院における教育の目標やそのための手法等につき、十分なコンセンサスや研修等を経ないままに見切り発車してしまったため、法科大学院における教育の効果があまり上がっていない。
  6.  法科大学院において、単位認定が甘いため、当初予定していた「司法修習における前期修習を終了した者」と同等の法的素養を有しない者も大量に法科大学院を卒業し、司法試験の受験資格を有してしまっている。
  7.  司法試験の目標合格者数が高い値に設定されてしまっているために、当初予定していた「司法修習における前期修習を終了した者」と同等の法的素養を有しない者も大量に司法試験に合格させざるを得なくなっている。
  8.  予算の関係で、司法修習期間が1年に短縮されている。
  9.  司法修習は当初の予定に従って法科大学院における教育で従前の「前期修習終了時の法的素養レベル」に到達していることを前提にカリキュラムが組まれており、現実と齟齬が生じている。
  10.  司法修習は当初の予定に従って法科大学院における教育で従前の「前期修習終了時の法的素養レベル」に到達していることを前提にカリキュラムが組まれており、現実と齟齬が生じている。
  11.  新規法曹資格取得予定者の人数が、新規法曹資格所得予定者に対する需要を大きく超えているため、司法修習期間中のかなりの時間を就職活動に費やさざるを得なくなっている。
  12.  新規法曹資格取得予定者の人数が、新規法曹資格所得予定者に対する需要を大きく超えているため、既存の法律事務所でOJTを受けることなく自宅開業を強いられる新規法曹資格取得者が大量に排出される現実的な危険がある。
  13.  新規法曹資格取得者の就職率が低下し、就職できた場合の処遇も悪化した場合に、学部4年次に好条件で民間企業に就職することが選択可能な学部学生にとって、法科大学院に進学すること自体のインセンティブが低下し、優秀な学部学生ほど、法科大学院には進学しなくなる。
  14.  新規法曹資格取得者の就職率が低下し、就職できた場合の処遇も悪化した場合に、他の分野で相応の実績を収めた社会人が、現在の仕事を辞めて法科大学院に進学すること自体のインセンティブが低下し、優秀な社会人ほど、法科大学院には進学しなくなる。

 で、日経新聞社のどこまで合格者を絞れば質が保たれるというのか。という問いかけに対しては、現在の法曹養成システムを前提とすると、多くとも、旧試験における「前期修習終了時のレベル」に到達していない受験生を排除でき、かつ、新規法曹資格取得者に概ねOJTの機会を付与できる程度の人数ということになります。

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22/07/2008

その「一部」がどのようなポジションの人を含むのかはとても重要

 過失による医療過誤の全部免責を要求しているのなんて医師の一部に過ぎないからそんなものを問題にするのはけしからんみたいな非難を受けているようです。

 もちろん、私にも医師の友人、知人は少なからずいますので、ネットで声高に「俺たちに刑事免責を認めよ。さもなくば逃散だ。それで困るのはお前らだ」みたいな物言いをする医師ばかりでないことくらいは分かっています。

 ただ、その「一部」がどのような人たちなのかというのは注意する必要があります。

 例えば、全国医師連盟の「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟のシンポジウム」で、世話人である黒川衛先生は、

超党派議連の皆さんは、議員立法を真剣に考えてください。
議員立法の内容は、二つです。

■医師に限らず、救命活動における刑事免責を確立してください。
■損害賠償に変えて、無過失保障制度、患者家族救済制度を国は設立して下さい。
と要求しています。

 これは、普通に読めば、医療行為を含めた救命活動における犯罪行為(まあ、過失犯に限定しているのでしょうが)の全面的な刑事免責と、医療行為について不法行為等に基づく損害賠償を医師等に行わせることをやめて、医師に過失があるか否かにかかわらず、患者ないし遺族に対し国が経済的な補償等を行う制度の創設を求めているという風に読めるのであって、それは、医療ミスによって患者を死に至らしめようが、医師には刑事責任も民事責任を負わせるなと要求しているように受け取ることができます(実際、パネリストとして招待されて登壇した国会議員も、リップサービス抜きでこの提案を撥ね付けているのであり、この要求は相当に反倫理的なものと受け止められていることが想像されます。)。

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21/07/2008

飯田弁護士のインタビュー

 私たち弁護士の間で、医療過誤に関する業務上過失致死罪に関して造詣の深い元検事といえば、矢部善郎弁護士ではなく、飯田英男弁護士が真っ先に想起されます。その飯田弁護士のインタビュー記事「医師の刑事免責はあり得ない」が、日経メディカルオンラインに掲載されています。

 飯田先生は、 「医師を刑事免責にしないと、医療は進歩しない」と主張する医療関係者がいますが、未熟や無謀と思われる医療まで罪に問われないのであれば、国民は果たして納得するでしょうか。そもそも、医師という職業だけを刑事免責することは、裁判制度の趣旨に反しており、許されません。と述べておられており、ここでいう「刑事免責」を(未熟や無謀と思われる医療を含めた)全ての医療ミスについて免責を求めるものと理解されているようです(聞き手である日経メディカルの豊川琢氏も、その理解が間違っているとは思っていないのでしょう、さらっと受け流しています。)。

 飯田先生はまた、大野病院事件だけをクローズアップし、「不当起訴が増えている」という人もいますが、そういった人たちは、ほかの起訴事例も不当起訴だと思っているのでしょうか。過去の医療裁判の判決をつぶさに見れば、未熟な医療や無謀な医療が有罪になっていることが分かるはずですとも仰られています。私も、飯田先生の著書・論文から、どのような医療過誤が起訴されるに至ったのかを勉強させていただいたので、業務上過失致死罪で起訴され有罪となった案件のほとんどが起訴されても仕方がないものだったと思っております。

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本当にそう信じているのですか?

 矢部先生や他の医療系ブロガーの方々が、医療側から主張されている刑事免責は、医療行為としての妥当性が問題になる程度に専門的な領域における検察の排除を意味するに過ぎず、従前業務上過失致死罪で処罰されてきた医療ミスについてまで不可罰とすることまで求めているものではないと本気でお考えなのであれば、「医療行為(救命活動)についての刑事免責」だとか「業務上過失致死罪の廃止」等の言い回しは誤解を生むだけだからやめるように何度でも呼びかけたらいいのではないかと思うのです。

 全国医師連盟の「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟のシンポジウム」でも、世話人である黒川衛先生により、

超党派議連の皆さんは、議員立法を真剣に考えてください。
議員立法の内容は、二つです。

■医師に限らず、救命活動における刑事免責を確立してく
ださい。
■損害賠償に変えて、無過失保障制度、患者家族救済制度
を国は設立して下さい。

との呼びかけがなされているわけですが、ここでいう「刑事免責」を医療行為としての妥当性が問題になる程度に専門的な領域における検察の排除と理解せよと出席国会議員に要求しても、それは無理というものです。実際、このシンポジウムでパネリストを務めた橋本岳衆議院議員は刑事免責について、「一つの極端な意見と思う。国民全体の理解を得るのは難しいのでは」と述べたとされており、おそらく文字通りに受け止められ、「極端な意見」として撥ね付けられたものと思われます。

 といいますか、矢部先生も法律家なのだから、従前業務上過失致死罪で処罰されてきた医療ミスについては従前通り処罰される一方、医療行為としての妥当性が問題になる程度に専門的な領域における検察の排除を実現するような改正案をお示しになればいいのに、と思わなくもありません。「刑事免責」を声高に主張する一部の医療系ブロガー等が真に望んでいるのがその程度のものだとすれば、それを法律家が正しく法律的な表現に置き換えてあげれば、誤解を生まない要求内容に収斂するはずではないですか。


 なお、Hiroyukiさんという方から、

>一部の医師等は、「すべての医療ミスを免責せよ」と主張していると解する方が素直かと存じます。
そうです。私も医師ですが、そんなことを主張しているのは小倉さんがおっしゃってる通り一部だと思います。どこの世界にでも出来に悪い人がいますからね。
そんなくだらない主張に対するコメントをするのはおやめになって、多くの医師が感じている、「医学的に妥当な手技が行われているにもかかわらず不幸な結果になってしまったケースは刑事という手続きをとるべきではない」という意見に対するコメントが、是非我々医師としても聞いてみたいです。

とのコメントをいただきました。

 刑事という手続きをとるべきではないという言葉がどの程度のことまでを意味するのか不明ですが、「刑事罰を科すべきではない」という意味であるならば、適切なインフォームド・コンセントが得られており、医学的に妥当な手技が行われているという場合には、それが当時の医師の倫理基準を満たしている限り、現行法でも刑事罰の対象とはなっていません。「当時の医師の倫理基準を満たしている限り」という限定は、学内での倫理委員会の承認等を得ずに行われた臓器移植等を想定しています。

 刑事という手続きをとるべきではないという言葉が、そもそも「警察、検察等は捜査を行うべきではない」という意味で用いられているのだとすれば、それは無理だというよりほかありません。「医学的に妥当な手技が行われてい」たか否かは、捜査を行うことで初めてわかることだからです。

 刑事という手続きをとるべきではないという言葉が、刑事裁判手続に乗せるべきではないという意味で用いられているのだとすれば、それを法改正により実現することは不可能ですが、検察官が医師を起訴する前に、医療現場で何が行われたか、そしてそれは医学的に妥当であったのかに関する正確かつ十分な情報を捜査担当検事に提供する仕組みを作り、運用することで、これを相当程度防止することができます。厚労省が創設しようとしている事故調査委員会などはそういう意味で役に立ちそうだと思うのですが、医学的に妥当な手技が行われていなかったとの報告書が作成されたとしても医師を刑事免責するとの保証が得られなければ賛同できないとして、一部の医師の反対を受けているようです。

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The Patient Safety and Quality Improvement Act?

「新小児科医のつぶやき」というブログの、「事故調法案化情報 医師法21条周辺編」というエントリーのhot cardiologistさんという方のコメントとして、
あ〜〜ん、もう、みんな、診療関連死の刑事事件を行わわず医療者を守る法律がちゃんとあるのに〜〜、やんなっちゃう。 ヨーロッパやオセアニア、カナダにも似たような法律(ACT)があるんだよね〜〜。
アメリカ、2005年制定。
The Patient Safety and Quality Improvement Act of 2005
http://www.ahrq.gov/qual/psoact.htm
法律の条文はこっちね ↓
http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=109_cong_public_laws&docid=f:publ041.109
というのがありました。ただ、この法律は、法文やその解説を読む限り、医療機関により「Patient Safety Organizations」に報告された情報等に関し医療機関等をディスカバリ等から保護するというものであって、「診療関連死の刑事事件を行わわず医療者を守る法律」ではないように読めます。

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実務法曹においては、依頼人等を擁護したいあまりに、依頼人等の「言っていること」を、自分の倫理観等にあわせて「善解」しすぎないことが重要

 また、矢部先生から、意味不明の批判を受けています。

 NATROMさんという方から、「相変わらずわら人形。「すべての医療ミスを免責せよ」と主張している人がどこかにいるのなら有効な主張だけど。小倉氏の脳内にはいるんだろうな。」とのはてなブックマークコメントをいただきましたので、「すべての医療ミスを免責せよ」と主張している人がどこかにいるかを見てみたわけです。

 その過程で私は、特に技巧的なテクニックを用いることなく、記載されている文章を最も素直に解釈しています。私が紹介したエントリーを見て、そこで主張されている「刑事免責」という言葉を「医療行為としての妥当性が問題になる程度に専門的な領域における検察の排除」の意味に留まるものと理解することは困難です。

 しかも、矢部先生が、これは誰が見ても医師または看護師の過失だ、というような事例に対して刑事免責を主張しているわけではなく、医療側から主張されている刑事免責は、医療行為としての妥当性が問題になる程度に専門的な領域における検察の排除と理解することもできますとしている根拠は、医療側から刑事免責という主張が出てきた経緯、すなわち、青戸病院事件で検察の起訴判断に疑問を投げかける意見が散見され(この件では医療側の大勢も起訴を不当とは見ていないと思いますが)、割り箸事件では検察の起訴判断に対する批判の声が大きくなり(地裁では無罪になっています)、大野病院事件において検察批判は決定的な検察不信にまで高まい、また、近時のいくつかの医療過誤民事訴訟の裁判例によって裁判所不信も生じていることも窺われるという流れで医療側からの刑事免責の主張が出ているとの点のみで、医療側から主張されている刑事免責は、医療行為としての妥当性が問題になる程度に専門的な領域における検察の排除と理解することもできるとされています。それだけの根拠からそのような技巧的な解釈をすることが「できる」のかも問題だと思いますが、そのような技巧的な解釈をせずに日本語の通常の理解に沿って解釈することを平然と脳内で作り上げたに過ぎないもののように言われ」たとしても仕方がないだの印象操作をしているだの言ってしまうのはいかがなものかと思うのです。

 私はさらに一部の医師が、「医師に重過失がある場合であっても、刑事手続に移行すべきではない」との意思を表明している例や、医療ミスにより患者が死亡した疑いがある場合に警察が詳しい死因を調べることすら医学も医療もわかっていない警察がこういった事件に介入すべきではありませんとして非難している例を紹介しています。また、一部の医療系コメンテーター等は「医療ミスに刑事罰を科すのは先進国では日本だけ」等と称して我が国において医療ミスに刑事罰が科されていること自体を非難しています。

 さらにいえば、一部の医師や医療系コメンテーター等は、「医療事故調査委員会」を設立して医療事故の原因調査等を医師等を交えて行うこととしようという厚労省の計画について、医師の刑事免責が得られない限り反対だといっています。「医療事故調査委員会」による報告書というのは必ずしも医師の医療行為に問題があったと報告するものとは限らず、むしろ専門の医師が原因調査に早期の段階で相当程度関与することにより医師の医療行為に問題がなければそのことがその報告書を通じて早い段階で検察等に伝わるわけですから、同業者から見ても医師または看護師の過失だというような事例に対して刑事免責を主張しないというのであれば、積極的に賛同されても良さそうなものです。これらの諸事情を勘案するならば、むしろ、一部の医師等は、「すべての医療ミスを免責せよ」と主張していると解する方が素直かと存じます。

 矢部先生からは 

特に、実務法曹は、依頼人や相手方の「言っていること」だけを考えればいいのではなく、「言わんとすること」または「言いたいこと」を汲み取るということがとても重要であると考えています。

とのお言葉をいただいておりますが、むしろ、実務法曹においては、依頼人等を擁護したいあまりに、依頼人等の「言っていること」を、自分の倫理観等にあわせて「善解」しすぎないことが重要です。

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20/07/2008

日弁連は、新規法曹取得者の就職問題への関与をやめよう。

 法曹人口問題に関して言えば、現在のペースで司法試験合格者を増やしても、多額の奨学金を抱えた失業者を増やすことにしかなりません。法科大学院の先生方や町村信孝元文部大臣(現官房長官)がいかに弁護士会を非難しようとも、そこまでの需要はなかったのですから、仕方がありません。

 現在はなぜか、この失業者問題について日弁連が勝手に責任を負っており、それゆえ、法科大学院関係者や文教族の議員さんから攻勢を受けています。しかし、これはおかしな話です。

 日弁連としては、新規法曹資格取得者の就職問題については一切コミットしない、新規法曹資格取得予定者の就職問題については、各出身法科大学院の側で対処してもらいたい、と宣言すべきではないかと私などは思ってしまいます。日弁連は、新規資格取得者を雇用した場合はその出身法科大学院と雇用条件の報告を会員に対し求め、各法科大学院ごとの就職状況を情報として公表していくことくらいにとどめておいたらいいのではないかという気がします。また、新規資格取得者のうち、最初から事務所を開業した者の、出身法科大学院ごとの数も、公表したらよいのではないかと思います。

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医師に重過失があった場合でも刑事罰を科すべきでないとする一部の医師は、ウログラフィン注射液を患者の脊髄に注射する医師に刑事罰を科すことには賛同するのでしょうか。

 医療介護CBニュースの「医師の過失を処罰すべきか」という記事によれば、厚生労働省が「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」にて、事故調査委員会から捜査機関に通知すべきケースを「重大な過失」に限定し、軽過失を刑事手続きに移行させないことを明確にしたが、医療界や一部の法律関係者などの間では、医師の過失を処罰する考え方に反対する意見もあると報じられています。確かに、重大な過失のある行為で患者を死亡させた場合にも「正当な業務行為」とするのは、国民の理解を得にくいとしたあとに、では、「許された危険の法理」によって違法性は阻却されないか。医療行為は人の死に直結する危険性を持っているが、それは患者の生命を守ろうとする善意の行為であるから、「社会的に有用な行為」として正当化されないだろうかとの話が続いていますから、ここでは、医師に重過失がある場合にも医師が刑事罰を科されないようにすることが要求されていると読むのが通常です。

 そして、ひとりの医師として、そして父として、最愛の我がこどもたちのため、日本が、そして医療が荒廃していく記録を残しておこうと思う。とされる天夜叉日記の「医師の過失を処罰すべきか 狂った厚労省「死因究明の在り方に関する検討会」というエントリーでは、この記事を受けて、私は、現在のように医療の専門家でもない裁判官が医療訴訟の判断を下していることは、日本社会の未熟さだと思っています。と述べた上で、

>厚労省の「死因究明の在り方に関する検討会」では、「重過失の場合に刑事手続きに移行するのは当然だ」という考えで合意している。

極めて異常な医師数抑制政策や医療費抑制政策を改めることなく、『ミスをした医師に厳罰を与えれば、国民の恨みは解消され、医療はよくなるのだ』といった考え方をする日本の医療事故調査委員会構想。

海外からみていて、医療の現状を無視した「狂った考え」に基づいて暴走しているようにしかみえません。

と述べていますので、「医師に重過失がある場合であっても、刑事手続に移行すべきではない」と考えていると読み取るのが普通かと思います。

 このように、医師に重過失がある場合であっても医師に刑事罰を科すべきではないと考えている方々が、医療行為としての妥当性が問題になる程度に専門的な領域における検察の排除だけで満足するようには私には思えませんし、「かつてウログラフィン注射液を間接造影検査に使用したことがあったことから脊髄造影検査にも使用できると誤信して、脊髄造影検査を行うにあたり、ウログラフィン注射液を患者の脊髄に注射して死亡させたという事案」について医師に刑事罰を科すことには賛成してくださるようにも思えません。

 さらにいうと、天夜叉日記のブログ主は、「医療を守り、医療過誤の再発を防止するために、『医療過誤には、警察が介入するな!!』」とのエントリーにおいて、内科に入院していた高校1年の男性患者に対し、女性看護師が誤って静脈に抗てんかん薬を注射し、患者が死亡した事例について、業務上過失致死の疑いもあるとみて、警察が詳しい死因などを調べているとのニュースについて、

医学も医療もわかっていない警察がこういった事件に介入すべきではありません。
と主張されています。このエントリーを読む限り、「臀部(でんぶ)などに筋肉注射すべきだった抗てんかん薬「フェノバルビタール」300ミリグラムを、患者の左腕につながれていた管を通して静脈に注射」することを「医療行為としての妥当性が問題になる程度に専門的な領域」とこのブログ主自身とらえているようには読めないのですが、それでも警察がこういった事件に介入すべきではないと主張しています。このブログ主であれば、「脊髄造影検査を行うにあたり、ウログラフィン注射液を患者の脊髄に注射して死亡させたという事案」についても「医学も医療もわかっていない警察がこういった事件に介入すべきではありません」と言ったとしても何の不思議もありません。

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19/07/2008

NATROMさんからみた藁人形って何?

 前回のエントリーに対し、NATROMさんという方から、「相変わらずわら人形。「すべての医療ミスを免責せよ」と主張している人がどこかにいるのなら有効な主張だけど。小倉氏の脳内にはいるんだろうな。」とのはてなブックマークコメントをいただきました。

 そこで、「すべての医療ミスを免責せよ」と主張している人がどこかにいるかを見てみることとしましょう。

 「元外科医のブログ」における「医師らの刑事免責確立を」というエントリーをみると、立法による刑事免責は現場の医療人から見れば最低限の要求だろう。とあり、刑事免責の対象について特段の限定は付されていません。そもそも過失犯に対して刑罰を科しても社会に対する予防効果は全くない諸外国では医療事故や航空事故、原子力発電所などの大きなシステム事故は刑罰を科すより当事者に真実を語らせる方が社会にとって遙かに有用なことと考えられている。過誤を犯した人間に対するペナルティは免許停止などの行政罰再教育などの方が適切である。結果が悪ければ個人に刑事責任を追究するのではリスクのある業務が成り立たないと言うことは自明のことであとの文章からすると、少なくとも業務上過失致死罪に関しては「全ての医療ミスを免責せよ」と主張しているように思われます。

 うろうろドクターさんの「ボールペン作戦で『医師の刑事免責確立を』 」というエントリーでも、産科を始めとする急性期医療を守るためには、刑事免責は絶対条件です。とされています。刑事免責を受けるべき場面は「急性期医療」に限られるのかもしれませんが(善解すればそうだというだけで、文面からは、「急性期医療」をダシにして、全ての医療活動の全ての医療ミスの刑事免責を求めているとも読むことができます。)、内容としては、不確実性の高い合併症に限定して刑事免責を求めているというわけではなさそうです。実際、うろうろドクターさんは、こちらのエントリーでは、われわれは別に、私文書偽造や詐欺、殺人や障害罪などを免責しろといっている訳ではないのです。業務上過失致死傷罪を廃止して欲しいのです。と述べています。これは、「すべての医療ミスを免責せよ」と主張している ものと受け取るのが普通です。

 ssd's Diaryの「経済行為としての医療紛争の考察2」というエントリーでは、故意犯以外は、刑事にするのは、論外です。と述べられています。これもまた、「すべての医療ミスを免責せよ」との主張だと思われます。この記載に引き続いて、医療関係者を刑事免責をしろという主張に対して、「医療関係者を特別扱いするわけにはいかない」という反論があります。しかし、よく考えてみると、中学生あたりに説教しているときに「なんで、こんなことしたんだ。」 「みんなやってるじゃん」並に頭の悪そうな言明です。とありますので、医療関係者を特別扱いしようとしない人を中学生並みに頭の悪い人だと思っているのでしょう。

 また、以前ご紹介した、全国医師連盟が現在の医師達の気持ちを代弁する声として紹介している準備委員会会員による「産科崩壊阻止のための対策要望書」では、医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい。これは全ての科に必要です。出産には産婦人科、麻酔科、外科、小児科、内科が関わり合いますから、産科だけでは無意味です。 最近は外科、救急医療が崩壊中ですから、必ず必要です。としています。これは、そのような医療の結果を引き起こした原因がどのようなものであるのかを問わず、一律に、 刑事免責を求めているように読めます。そして、それは現在の医師達の気持ちを代弁していると、全国医師連盟では考えているということのように思われます。

 また、医療介護CBニュースの記事によれば、日本脳神経外科学会は、「犯罪」以外の医療行為への刑事免責を確立するよう、「検察庁、警察庁と文書を交わしてほしい。と要望したとのことです。現行法では業務上過失致死罪も立派な犯罪なので上記要望はトートロジーではないかと思うのですが、ここでいう「犯罪」を「故意犯を指すもの」と善解した場合には、(過失による)「すべての医療ミスを免責せよ」と主張しているように読めます。

 また、特定非営利活動法人医療制度研究会の中澤堅次さんは、「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案―第三次試案―」の感想」という文章の中で、故意で無い限り救命の意図の中で起きる 医療事故の刑事免責は臨床側には譲れない一線です。 と述べておられます。医療活動にかこつけて故意に患者を死なせるというのはもはや「医療ミス」ではありませんから、中澤さんのご意見もまた、「すべての医療ミスを免責せよ」と主張しているように読めます。

 「ACTION 日本を動かすプロジェクト|テーマ2・医者不足の真相|とても大事な「制度作り」です。大いに注目しましょう。(第8回)」というページのコメント欄に寄せられた「ある内科医」さんの医療事故での「医療者の刑事免責」は、「国民の安全」を守る為に必要な事です。それが医療事故の減少につながるのです。というコメントも、 「すべての医療ミスを免責せよ」と主張しているように読めます。

 ちょっとGoogleで検索しただけでわんさか出てくるものを、あたかも実際には存在せず、私が脳内で作り上げたに過ぎないもののように言われても困ってしまいます。

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過ちは繰り返される、表示は無視される。

 引き続き医療過誤で医療従事者が刑事罰を科されるのはどういう場合かを見てみましょう。

 まず前提として、尿路血管等用の造影剤を脊髄硬膜外腔に注入して患者を死亡させた事案は昭和30年代に確認されており、さらに、尿路血管用造影剤ウログラフィンを脊髄造影用に脊髄に注入して患者を死亡させたことにより第一審で医師が実刑判決を受けるという事案が平成元年にあり、このため、平成3月11月には、ウログラフィンの添付文書に「本剤を脳・脊髄腔内に投与すると重篤な副作用が発現するおそれがあるので、脳槽・脊髄造影には使用しないこと」との表示がなされ、さらに、容器にも「尿路・血管用」と表示され、外箱にも、「脊髄造影禁止」との表示を赤枠で囲んで表示されていたということがあります。

 甲府地裁平成6年6月3日は、それにもかかわらず、医師が看護婦が差し出した尿路血管造影剤であるウログラフィンを脊髄造影剤であるイソビストと誤信して患者の脊髄腔にに注入して死亡させた事案です。

 沼津簡裁平成9年10月9日は、かつてウログラフィン注射液を間接造影検査に使用したことがあったことから脊髄造影検査にも使用できると誤信して、脊髄造影検査を行うにあたり、ウログラフィン注射液を患者の脊髄に注射して死亡させたという事案です。

 福島簡裁平成10年3月24日もまた、脊髄造影検査を行うにあたり、ウログラフィン注射液を脊髄腔内に注入して患者を死亡させたという事案です。

 ここで気がつくのは、ウログラフィンを脊髄腔内に注入したことにより患者を死亡させたという事例がすでに多発しており、「本剤を脳・脊髄腔内に投与すると重篤な副作用が発現するおそれがあるので、脳槽・脊髄造影には使用しないこと」という表示を製薬会社が目立つように行っていたとしても、これらの医師たちはなおもウログラフィンを脊髄腔内に注入し続けたという点です。

 で、これらの医師をも免責する刑事免責制度を導入すべきなのでしょうか。

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18/07/2008

「極論」といえば反論した気になれる。

 業務上過失致死罪に関する刑法第211条を削除する、あるいは、211条に第3項を設けて医療行為により人を死傷させた者については業務上過失致死罪の適用を排除するということになれば、患者の血液型を確かめもせずに勘で「こいつはA型に違いない」と決めつけてA型の血液を輸血して実はB型であった患者を死に至らしめる行為も不可罰となります。これは極論ではなく、そのような法改正を行えば当然そうなるけれどもそれは妥当なのかとして、当然行われるべき検証の一つです。ネットの匿名さんは、極論とか藁人形とかというどこかで覚えた単語を使えば反論ができた気になる傾向があるようですが、立法論や法の解釈論を行うにあたっては、相手が提案したルールを、想定可能な他の事例に当てはめた場合にも結論の妥当性があるのかを検証するのは、極論でも藁人形論法でもありません。

 といいますか、現行刑法の下で、業務上過失致死罪で処罰されている例はそのまま処罰して構わないと言うことであれば、敢えて「刑事免責」など求める必要はないわけであって、それにも関わらず医療系コメンテーターがことさらに「刑事免責」を求めるということは、これまで業務上過失致死罪で処罰されてきた事例でも刑事罰を科されないようにしたいということを意味します。で、実際、医師が刑事罰を科せられた裁判例を調べていくと、この種の初歩的なミスが山のように出てきます。

 なお、novtanさん例えば、特定の医療行為に免責が認められたとしても、その行為全てに適用されるわけではなく、ある一定の基準を満たしている場合、免責される、ということになるべきってのはそこそこ統一された見解だと思うのですけどね。といっているようですが、どこを見たらそんなことが言えるのか不思議でたまりません。mohnoさんの助け船に医療系の方々は誰も乗らなかったことから分かるとおり、彼らは上記のような例でも医師は免責されるべきだと考えているのです

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匿名至上主義者さんの勝ち誇ったような顔が目に浮かぶようなニュース

 この記事によれば、匿名さんによる誹謗中傷は、被害者から仕事を奪うツールとして着実にその影響力を築き上げているようです。事実無根であることが判っていても、その種の連中の執拗さを相手にしていられないということで、被害者は仕事を干されてしまうわけですから、たまりません。「匿名でなければ言えないこと」を匿名で言いたい放題言える社会を作り上げた末路なんて所詮こんなものです。まあ。この程度で「末路」なんていっていると、実際に発生している、もっと陰湿な事案をどう表現したらいいのか判らなくなるのですが。

 こうやって匿名による暴力に屈する大人たちがいる限り、匿名の陰に隠れて安全なところから特定の他人を不幸にしようと日々精進する陰湿な連中が社会でのさばるのでしょうね。そして、そういう連中がもたらす巨大な「アクセス数」をお金に換えて利益をむさぼる連中やその周囲にいてそのおこぼれに預かろうとする太鼓持ちたちが、「匿名表現の自由は守らなければならない」なんてきれい事をはき続けるのでしょうね。顕名表現に対してすら国家権力による不当な干渉がほぼ存在しない現代の我が国では、もはや「匿名表現の自由」は、「私的制裁の自由」「匿名による違法行為の自由」とほぼ同義となっていることを重々承知しているでしょうに。

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17/07/2008

医療崩壊を防ぐため、どの型の血液を輸血するか勘に頼ってもよいということにすべきか。

 医療従事者に刑事免責が認められると、刑事訴追される心配をせずに、どのようなArtfulな医療行為を行うことができるようになるのかは、実際に医師が刑事罰を科された裁判例を見ることにより予測することができるでしょう。幸い、法律家の世界では、医師に刑事罰が科せられた事件について、まとめて類型化した文献がいくつかあります。

 例えば、輸血を行うに当たって、看護婦も医師も診療録を見て患者の血液型を確認せず、凝集溶血反応を十分に視認観察を行うことなく、異種の血液型の血液を輸血し患者を死に至らしめた羽曳野簡裁平成2年1月9日では、看護婦は、その患者は同室に入院していた他の患者と同じ血液型であるに違いないと決め打ちして、A型の血液を取り寄せるというArtfulな行為を行ったわけです。医療従事者に刑事免責が認められると、どの血液型の血液を患者に輸血するかは、看護婦の勘に頼ることができることになります。

 大阪簡裁平成3年6月14日や、坂田簡裁平成8年10月29日は、いずれも、看護婦が血液の入った容器の表示を確認せずに、輸血すべきでない血液を輸血して患者を死亡させた事案です。医療従事者の刑事免責が認められると、看護婦は、輸血用の血液が入った容器を適当につかんで医師に手渡すことが許されます。それで、患者が死ぬか否かは、まさに「医療行為の不確実性」ということになるのでしょうか。

 あるいは、国民が医療にかけるお金が少なすぎるので、医療従事者としては、輸血を受けようとする患者の血液型などいちいち注意している余裕がない、診療録も、容器に記載された表示も、見ている暇がないと言うことなのかもしれません。

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14/07/2008

「多少の医療ミスがあったとしても目をつぶるべき」とのコメントが容認されているブログって、どこがレベルが高いのだろう。

 mohnoさんがいかに助け船を出そうが、結局、矢部先生のブログのコメント欄に投稿する医療系コメンテーターって、多少の医療ミスがあったとしても目をつぶるべき(by うらぶれ内科 さん)とか、医療訴訟で多額の賠償金をもらって喜ぶのはごく一部の患者家族だけです。損をするのは現場の医師というより、同じ治療を受けられなくなる後続の患者さん達なのですとして刑事免責と民事免責(同等のもの)を要求するもの(by uchitama さん)が横行するのですね。医療系コメンテーターを批判する私にいちゃもんをつけてくる一部の匿名さんは、「多少のミス」をして患者を死に至らしめることまで「まともな医療行為」に含めるのかもしれませんが。なお、「医療訴訟で多額の賠償金をもらって喜ぶのはごく一部の患者家族だけ」との表現は、医療過誤訴訟の原告たる患者の遺族をずいぶんと馬鹿にした表現だと思いますが、この種の表現はあそこのブログ主によって容認されているようですね。

 なお、人命に関わるような物の設計ミスは、やる気さえあれば確実に防止できます。やらないのは味噌も糞も一緒くたに扱う昼寝さんのような思考形態の持ち主か、人名などそっちのけで費用と効果をはかりにかける金儲け優先主義者が製造会社に多いせいでしょう。(by 福田恒存をやっつける会会長 さん)なんていう、他のコメンテーターさんや、他の業界を不当に貶めるような表現でも、お医者様を批判するものでないからでしょうか、容認されているようです。

 私の目から見るときに,医療ミスを設計ミスと同じように扱うのはいかがなものかと思います.むしろ,製品の歩留まりと同じようなものと考えるべきではないでしょうか?歩留まりが100%でないことを理由として,刑事罰を受ける業界がありますか?(by タカ派の麻酔科医 さん)との発言からすると、医療ミスにより患者を死に至らしめる程度のことは「製品の歩留まり」と同じようなものであると、あのブログに投稿するような医療系の方はお考えのようです。怖い話です。この考えのもとでは、医療ミスによる患者の死をどの程度減少させるかは、歩留まり率を上げることによる利益とそのために要するコストとを対比して、医療機関側が自由に決定しうるということになります。しかも、医療ミスなんて所詮歩留まりのようなものだから法的責任を医師に負わせることはおかしいということになると、医療機関としては、医療ミスによる患者の死を防止するメリットは「評判の向上」しかないわけですから、医師人口が過剰となって医師の間の競争が激化しない限り、コストをかけてまで医療ミスによる患者の死を防止しようというのは経済合理性を欠くということになりそうです。

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12/07/2008

一回的な不倫に対する処分について

 タレントの山本モナさんが、読売の二岡智宏選手と不倫をしたとして、レギュラー番組の降板・謹慎等の重い処分を科せられる旨報道されています。

 しかし、不倫というのは、当事者の配偶者との関係で不法行為となるに過ぎず、基本的には私的領域に関することであって、現代の日本では犯罪行為ではありません。そのようなことで職業上の地位が大いに損なわれるというのは、私は妥当性を欠くように思います。もちろん、妻子ある男子労働者が同じ職場の未成年の女子労働者と長期間にわたり不倫な関係を結び、その同僚を姙娠させ退職のやむなきに至らしめた等の事情がある場合には、「著しく風紀・秩序を乱して会社の体面を汚し、損害を与えた」(東京高判昭和41年7月30日判時457号60頁)として一定の処分を科すというのは判らないでもありません。しかし、報道されている限り、上記両者の関係は一回的なものに過ぎず、しかも肉体関係にまで至ったことを当事者は否認しています。

 山本モナさんが細野豪志議員と不倫をしたときには、報道関係者と政治家との「距離」云々という話から、報道部門への出演を遠慮してもらうという配慮があり得るかもしれません(ただし、その場合、不倫かどうかではなく、政治家と特別の関係を有しているかが問題となるはずですから、例えば、小渕優子議員と結婚した瀬戸口克陽さんを報道部門に回すことは遠慮するという配慮も同様にすべきと言うことになります。)。しかし、今回の相手はプロ野球選手に過ぎませんから、「報道の中立性」という観点からの配慮は不要です。

 また、清純なイメージを売りにしているタレントについては、不倫の発覚により、そのイメージが損なわれる結果、その商品価値が失われ、結果、人気が下落し、番組降板を余儀なくされると言うことはあり得るとは思います。しかし、細野豪志議員との不倫問題で一度失脚し、その後ある意味「奔放」なキャラを売りにしてきた山本さんは、そもそも清純なイメージを売りにしているわけではありません。

 相手の二岡選手は、やや1軍復帰が先送りにはなったものの、あまたを丸めた程度で禊ぎが済んだようで、スポニチの記事によれば、15日の中日戦には復帰してくるようです。読売の滝鼻オーナーが言ったとされる「時間が解決してくれる。」という場合の「時間」とはわずか1週間足らずの時間でよかったようです。男の側は所詮はその程度の扱いで済んでいるのに、なぜ女性の側のみなぜそんなに重い制裁を科せられなければならないのか。そこにはある種の性差別が潜んでいるように思います。

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10/07/2008

死刑存置論者の覚悟はいかほど?

 米国で連邦レベルで死刑制度自体が廃止されてこれがある程度定着し、その反動で、死刑存置国に対し圧力をかけるようになったときにも、日本の死刑存置論者はその主張を貫く覚悟があるのかということを、常々疑問に思っています。

 今後10年の間に米国で死刑制度が廃止される可能性って、大統領選でマケイン氏が勝った場合であっても、そんなに低くないように思っていたりはしますので。それは、米国でも冤罪の多さがクローズアップされて、それが死刑制度への疑問として徐々に浸透しているからです。

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09/07/2008

そのような解釈が裁判所で「絶対に」採用されないことの証明

 私たち法律家は、特定の条文が特定の事実関係に適用されるか否かについて常に問われ、これに対し回答をしています。その際、条文の文言、関連条文の存在、立法趣旨、判例・裁判例の蓄積、学説の状況などを考慮に入れてこれを判断するわけですが、その中で、裁判所がひょっとしたら採用するかもしれない解釈と、裁判所がまず採用しないであろう解釈とは、概ね峻別ができます。とはいえ、「裁判所がまず採用しないであろう解釈」について「裁判所が絶対にその解釈を採用しないということを証明してみろ」といわれても、証明のしようはありません。それは、「裁判官は、少なくとも司法試験に合格し、研修所の二階試験を合格するに足りる法的素養を持っている」という信頼感および「裁判官は法的安定性を害するような過激な法解釈はしないものである」という経験則にのみ基づいているからです。

 そういうことなので、「そういう解釈が『絶対に』採用されないということを証明できていないではないか」という批判については、まともに相手にしてはいられないというよりほかないということができます。例えば、現行刑法では、過失により人を殺した場合には過失致死罪の適用がありますが、過失により動物を殺した場合についての刑事罰はありません。

 従って、例えば、「運転操作を間違ってうっかり猿をひき殺してしまった場合、犯罪となりますか」と聞かれれば、条例等に特段の規定がない限り、刑事罰は科されないという回答をすることになります。私たちは、殺人罪における「人」を「霊長類一般」に拡張する解釈を裁判所が採用することはないだろうという信頼のもとにそのような回答をするわけです。そこで、「殺人罪における「人」を「霊長類一般」に拡張する解釈を裁判所が採用することが絶対にないということが証明されていないではないか」と批判されても、そういう批判をしてくる人が納得するような証明を行うことはおそらく不可能です(制度的には、検察官は、そのような解釈をもとに、うっかり猿をひき殺した運転手を殺人既遂の疑いで起訴することもできますし、裁判官は、そのような被告人に対し殺人既遂罪ということで死刑を言い渡すことも可能です。)。

 では、「猿をひき殺したとしても殺人罪で有罪となることはない」と言い切ることは許されないのかというと、そうなってしまうと、法律に関するQ&Aで「断言」をすることは一切できなくなってしまうので、それはそれで面倒な話です。

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07/07/2008

富山での人権擁護大会

 今年の10月に富山で開かれる予定の日弁連人権擁護大会の第2分科会は「安全で質の高い医療を実現するために  ──医療事故の防止と被害の救済のあり方を考える──」というテーマなのですね。

 矢部先生が,矢部先生のブログの常連コメンテーターさんの意見を代弁しに言ってあげれば面白いのになあと,ちょっと思ってしまいました。

 なお,今年の9月末には,東京弁護士会の弁護士業務妨害対策特別委員会の発足10周年を記念し,「弁護士が狙われる時代に!」というテーマでシンポジウムが開かれるのだそうです。

もし,暴力団関係者から,執拗に脅迫を受けたら。
もし,人格障害の相手方から,執拗に面談を強要されたら。
もし,懲戒請求や紛議調停などを乱発されたら。
もし,インターネットに誹謗中傷の書き込みをされたら。
あなたは,冷静的確に対処できますか?
とのキャッチコピーが付けられています。

 後ろの2つは極めて現代的ですね。

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06/07/2008

「よって」という接続詞こそ誤用

 澤田石順鶴巻温泉病院医師は、次のように述べているようです。

現在、医師は過酷な労働環境にさらされているが、医師の労働環境は無法状態に置かれている。労働基準法も適用されていないし、例えば医師が過労や飲酒状態で診察した場合、罰則が定められていない。よって、医療行為による有害事象に対しては、医師は堂々と刑事・民事ともに免責を要求すべきだ。

 私には、なぜこの第1文、第2文と第3文とが「よって」という接続詞で繋がるのかが理解できなかったりします。医師に関して、労働基準法が守られておらず(勤務医に関して労働基準法は適用されています。それを守らない雇用主と、それが守られていないのにしかるべき法的権利を行使しない労働者がいるだけの話です。)、それ故、医師が過労や飲酒状態で診察しているという実態にあるのであれば、その実態の改善を求めるのが筋であり、「よって」という接続詞に続いて述べられるべき要求は、そのような実態の改善を図るものが来るべきです。

 澤田石医師の要求は、端的に言えば、雇用主が医師について労働基準法を守らないのであるから、医師が医療ミスによって患者を死傷させたとしても、患者やその遺族はこれを甘受せよとするものであって、概ね筋違いのものであるといえます。

 さらに澤田石医師は、

 刑法211条第1項、民法719条は医師の適用を除外するべきだ。必要な法改正なしに医療事故調を創設しても、調査書それ自体が訴訟を誘発する。開業医、勤務医が一致団結して、免責なしの医療事故調創設に反対すべきである。医師自身の権利だけでなく、同時に患者が医療を受ける権利があることを主張することが必要だ
と続けますが、医療安全調査委員会が設立されてそこで調査が行われ、その過程で、適切な医療水準に関する医師の声が相当程度反映した報告書等が作成されるのであれば、不適切な医療訴訟はむしろ沈静化の方向に向かうことが予想されます。もちろん、調査の結果、医療行為に際して過失があったことが判明した場合には、損害賠償請求等を受ける蓋然性が高くなるわけですが、医療安全調査委員会の報告を損害保険会社が重視して任意に保険金を支払う方向での運用が広く行われるようになれば、医療過誤訴訟は減少していくように思います。

 澤田石医師の代理人を務めているらしい井上清成弁護士が、

 「遺族の願い」である「反省・謝罪、責任追及」など「全ての基礎にあるのが原因究明」だというのだから、その「原因究明」の中核は、前記(3)の「責任追及への誤用―医療過誤」にほかならない。つまり、医療事故調査委員会を新設する目的である「原因究明・再発防止」にいう「原因究明」は、実は「責任追及」だったのである。
述べているので、それに呼応しているのかもしれません。しかし、原因が究明された結果医師に責任があることが明らかとなった場合に医師の責任が法的に追及されることを問題視される理由というのは不明です。それは「誤用」ではありません(責任追及以外の目的で作成された報告書を民事訴訟または刑事訴訟において証拠として用いることはしばしば行われており、それを「誤用」とする考え方は一般的ではありません。)。黙秘権の保障が問題となるのであれば、医療事故調査委員会における執刀医等からの事情聴取に関して、自己の刑事責任に関連する事実に関する供述拒絶権を認めれば済む話です。

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04/07/2008

労働時間の短縮と免責の関係

 「医療崩壊」問題の根幹が医師の労働時間問題だとすると,なぜ医療系ブロガー・コメンテーターが,医療過誤に関する民事・刑事上の責任の免責に拘るのか不可解です。感謝の気持ちがあればこそ云々というきれいごとを言われても,法律上医師が免責されていれば,医療ミスで家族が死んだ場合に医師に感謝するようになるのかといえば,そうはならないだろう(むしろ,正規の方法で医師の責任を追及する手段がなくなれば,医師に対する恨みは余計強くなるだろう)ということは普通に予測がつくことです。

 医師に民事・刑事上の免責を与えることが医師の労働時間問題の解決に寄与するとすれば,それは,医師が,患者の安全性は高いが時間のかかる手法より,患者の安全性は低いが短時間で終わる手法を採用することができる,ということはあり得るかもしれません。象徴的にいうならば,特定の類型の患者について,生存率は90%だが5人の医師が平均3時間かけて行う手術を止めて,生存率は30%だが3人の医師が平均30分かけて行う手術を採用すれば,医師の労働時間は大幅に短縮でき,医師不足が解消するかもしれません。あるいは,患者の安全のために従前入念に行ってきたチェック(患者を取り違えていないか,点滴する薬剤は間違えていないか,消毒はしっかり行ったか等々)を省略することができるということかもしれません。しかし,それらは,患者にとっては決してありがたくない話です。

 医師の労働時間を短縮するための方策を模索するのはよいことだと思いますが,決して患者の安全をないがしろにしない方法を採用してもらいたいものです。

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01/07/2008

やっぱり,為にする「デマ」だったのでしょうか。

 それにしても,「医療過誤について医療従事者を刑事処罰するのは先進国では日本だけ」という言い回しの真否を検証してみると,これと反する資料ばかりが見つかります。

 やはりこれは,真実とは無縁の,為にする「デマ」だったということなのでしょうか。

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30/06/2008

ドイツは先進国に含まれるか。

 ヴォルフガング・アイゼンメンガー他「医療過誤──ドイツにおける医学的・法的側面に関する論評」判例タイムズ1267号55頁以下によれば,ドイツにおいても,医療過誤は刑事罰の対象となるそうです。

 しかも,ドイツ法においては,あらゆる医療行為は傷害罪の構成要件に該当するとされた上で,

  1. 当該治療が医学的に適応とされている。
  2. 患者からインフォームドコンセントを得ている
  3. 当該治療が医学的規則に従っている
  4. 当該医療行為が倫理規範及び規則に反していない

(以上,翻訳は黒木尚永=寺尾壽幸氏による)
の4要件を満たす場合に違法性が阻却されるとのことです。

 上記論文によれば,刑事訴訟になったのは170件であり,うち43件で判決が下されたが,そのほとんどは罰金刑であり,自由刑はわずかに3件であったとのことです。一部の医療系ブロガー等にとっては,ドイツは先進国ではないようです。

 なお,上記論文では,170,000件の医療過誤及び17,000件もの避けられた死亡が現実にあるという推計値から考えるのであれば,医療過誤による民事訴訟が約30,000件しかないというのは,比較的少ないとされています。医療過誤訴訟が年間1000件前後しかないわが国において民事訴訟を起こされるとやる気を失う,医療崩壊だ!などと宣っている一部の医療系ブロガー等には勤まりそうにない世界ですね(なお,ここによれば,ドイツの医師の平均就労時間は約55時間であり,一般の労働者の平均就労時間37.5時間の約1.5倍です。)。

【追記】

novtan1975さんから「ドイツで違法性が阻却されるとしている要件にあたるところが揺るがされている問題でしょ、日本のは。」とのはてなブックマークコメントを頂きましたが,そうではありません。医療系ブロガー・コメンテーターさんたちが主張されているのは,「医療ミスで医療従事者が刑事責任を問われるのは先進国では日本だけ」との標語のもとに,ドイツ法でも違法性が阻却され得ない医療ミスについてまで包括的に刑事免責すべきということであり,例えば,患者の取り違え等の場合でも刑事免責を主張されます。少し反論されると大野病院事件を引き合いに出すので誤魔化されやすい人は誤魔化されてしまうかもしれませんが(某自称レベルが高いブログのコメント欄でも,早速誤魔化しに入っているようです),個別の案件について不当な起訴がなされたことが問題だというのであれば,不当な起訴を受けた被告人と同じ職種の人全員に特定の犯罪類型についての刑事免責を与えよという議論にはならないはずです。,

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International Electronic Evidence

 Stephen Mason編の「International Electronic Evidence」が出版されました。

 これは,世界各国の電子証拠法について概説したもので,私と東工大の金子宏直先生とで,日本法に関する部分を担当させていただきました(ただし,私は英作文能力を欠くので,私が日本語で作成した文章を英訳していただきました。)。

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20/06/2008

不条理な脅しには屈してはいけない

 運動論的にいうと、「俺たちの要求をのまないと、医師たちは逃散するぞ。そうした医療崩壊で困るのは、お前ら愚民たちであって、お医者様は一切困らないんだぜ」という路線で来る限りは、その種の医師たちの要求には一切屈してはいけないということになります。ひとたびその種の脅しに屈して理不尽な要求を受け入れると、要求は次々とエスカレートしていく危険があるからです。

 最初は、救急時の刑事免責だけかもしれないけど、次は一般的な業務上過失致死傷罪についての刑事免責、未必の故意ありの場合の刑事免責、確定的故意ありの場合の刑事免責、不法行為責任(債務不履行責任)からの民事免責、行政罰制度の廃止等へ要求をエスカレートさせていく危険はあります。最初の時に脅しに屈して、「個々の患者の生命<<<医療を受けられることによる国民全体の利益」ということで刑事免責を認めてしまえば、これらの免責を全部受け入れないという理由はなくなってしまいます。

 さらには、医療とは離れた犯罪ないし不法行為に関する民事または刑事上の責任の免除を医師たちが求めてきた場合にも、その要求に屈しなければいけなくなるかもしれません。「医師というのはストレスがたまるのだから、女性患者に対するいたずらくらい容認されなければ、到底やっていかれない。医師の大量逃散を防ぐためには、文字通り医師に包括的な免責特権を与えよ」と脅されたとき、一度その種の脅しに屈した社会はずるずると脅しに屈し続けることになるかもしれません。

 医師が不当な起訴をされないようにやるべきことがあるかという話であれば現実的な提案を行うことはできますが、医師たちの脅しに屈して、理不尽な特権を付与することは努々避けなければならないというべきでしょう。

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19/06/2008