Nouvelles

02/07/2008

働く時間

 日本の医師の労働時間に関しては、これによれば、病院勤務で週平均70.6時間となっています。ただし、病院内での診療時間に当たっているのは週40時間程度であって、それほどの長時間ではありません。20代の医師でも週50時間前後です。

 目立つのは、会議等で週9時間とられているということです。何を会議しているのかがこの資料からは判りません。治療方針についての打ち合わせならば仕方がありませんが、病院の経営に関することであれば、経営と診療を分離することにより医師を会議から解放することで、医師の負担を軽減できるかもしれません。

 また、研究と自己研修で6〜7時間ほど計上されているのでしょうか。一般の労働者の労働時間を算定するに当たって、これらは労働時間に含まれていないのではないかと思うのですが、いかがなものでしょうね。あと、「差」という項目が5〜6時間ほど計上されているようですが、これが何を意味するのか、この資料からは不明です。

 この資料では、ヨーロッパ各国の医師との勤務時間との比較がなされているわけですが、「労働時間」のとらえ方が共通しているのかが判りません。このため、日本の医師のみが実労働時間が顕著に長いのかは定かには判らなかったりします。

 また、ヨーロッパ諸国との比較で見ると、病床当りの従業員数が少ないので、医師でなくてもできることを医師以外にやらせることにより、医師の負担を軽減していくこともできそうです。

 もっとも、この資料中の「需要推移」というグラフを見ると、病院医師一人当たりの患者数は減少傾向にあるようなので、「医師不足」パニックに乗じた制度改正を慌てて行ってしまうと、近い将来医師の供給過多で医師が苦しむかもしれません。司法改革の例を見ても、新人の就職先がなくなるほどの供給過多に陥るには数年で十分だし、国はいざとなればそのような状態を作り出すために税金をつぎ込むことを躊躇しない可能性があります。

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20/06/2008

誰に聞けばよいのかを明示するところから始めたら?

 医療事故に関する医療系ブロガーないしコメンテーターの発言を見ていると、福島大野病院事件にかこつけて、過大な要求を社会に突きつけているように見えます。

 医療過誤について刑事責任を問う場合、現行犯逮捕ということは考えがたいので、被疑者在宅のまま捜査が進行します。ということは、捜査にはそれなりに時間的なゆとりがあります。従って、捜査機関としては、当該医師と専門領域を同じくする医師に対して、捜査機関が把握している事実関係において医師としてなすべきことまたはなすべきでないことについての照会を行うことができます。また、弁護側で医師に照会をかけることができます。

 従って、医師の側で、捜査機関または弁護人から照会を受けたときに、照会者が把握している事実関係の下で、医師として何をなすべきかまたは何をなすべきではないかを適切に答えることができる医師のリストを持ち、そのリストに掲載されている医師がその照会に適切に応ずることととすれば、注意義務の内容を確定する上で重要な資料となる当時の医療水準についての誤った認識に基づいて不当な起訴が行われる危険を相当程度減少させることができます。検察官だって、無実と判っている医師を敢えて起訴するほど暇ではありませんから。

 ただ、これは、医師の側にも協力を求めるものですので、「俺たちの要求をすべて飲まなければ、逃散してやる!それで困るのはお前ら愚民どもだ」路線に凝り固まり、社会と協調する気のない一部の跳ね上がりには通用しない話ではあります。もっとも、ネットの匿名さんはとかく主張が過激になりやすいのであって、多くのまっとうな医師たちは、どうやって社会と折り合うのかを誠実に模索してくれるのではないかと思っています。

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15/06/2008

刑事罰は業界を崩壊させるのか

 ある職業に属する者が業務上過失致死の疑いで起訴されたが、同業者としてみたときに検察官が要求する注意義務の程度が不当に高く設定されているように思われると判断した場合に、同業者がやるべきことは、弁護費用や裁判係属中の生活費等の支援や、当該状況における注意義務のレベルについての同業者としての見解をまとめて弁護人に提出するなどの裁判支援等であって、当該職業の遂行過程において人を死に至らしめた場合を包括して刑事責任を免責せよと要求することではないし、当該職業に属する者を起訴することはけしからんと叫ぶことでもないし、その職業に属する者が行う職務の適否を判断する能力をもっているはずがないと裁判官を小馬鹿にすることでもないでしょう。

 実際、交通事故により人を死傷させた場合には懲役・禁固刑を含む刑事罰に処せられる危険があり、個別事案においては運転者の注意義務の程度が高く設定されているものがあるとしても、交通事故における死傷事故については刑事免責せよ(あるいは、故意または故意に匹敵する重過失以外は刑事免責せよ)という見解は国民の間に広く普及しないし、だからといって、総体的にいえば、刑事罰が怖いので自動車を運転しないという人の数が著しく増加しているという事実はありません。

 また、長距離トラック運転手やバス運転手等が、過酷な労働条件故に注意義務を十分に尽くすことができず死傷事故を発生されたという事案が起こったときに、運転手を刑事免責してやれとか、被害者が損害賠償請求をすることはけしからんという声は、国民一般からはもちろん、同業者からも起こりません。長距離トラック運転手たちが「私たちはこのような過酷な条件で物流業務を担っているのだから、過労故に事故を起こすことは避けがたい。私たちを刑事免責しないのであれば、私たちは今の仕事を辞めざるを得ない。そうしたら、物流崩壊で困るのは一般国民である」という言い方をしたら相当の反発を受けるのは必定だし、実際彼らは賢いので、そのような言い方はしません。そのような言い回しをする業種は、とりあえず一つしか思い浮かびません(もちろん、そのような言い方をするのは、その業種に属する人の中でもごく一部でしょうけど)。

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現代の肖像:鈴木利廣弁護士

 今週号(6月16日号)のAERAの「現代の肖像」は、医療過誤紛争の原告側(患者側)の弁護士として著名な鈴木利廣弁護士を取り上げています。

 ネットではとかく、患者を死に至らしめる医師たちの声ばかり大きく、患者側の弁護士は無能で強欲な人間扱いされがちですが、その道のパイオニア兼未だに第一線という「一流」の弁護士の声を知っていただけるとうれしいです。

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29/05/2008

不足を補う方法

 森永卓郎さんのエントリーが反響を呼んでいます。

 細部については大げさな部分が多々ありますが、医師が偏在しているのではなく、医師の数が絶対的に不足しているのだとすれば、対策としては、医師を大量に促成するか、医師に任せる仕事を少なくするしかないわけです(医師の偏在が問題なのであれば保険点数の配分を変更するとか、注意義務の内容を変更するなどの手法も選択肢としてあり得るのでしょうが、そのような手法は絶対数が不足している場合には無意味です。)。後者については、必ずしも医師でなくてもそれなりにできる仕事については医師以外の者も業として行えるようにするということも選択肢に含まれるというべきでしょう。

 そして、後者については、従前医師が行っていた業務の一部について、それのみを行い得る資格というのを新規に創設するということも含まれます。現在、医師は、どの科も扱えるジェネラリストとして養成され、資格が与えられているわけですが、そのうちの特定の範囲の仕事のみを行えるようにするということであれば、その養成に必要な期間も短縮されるし、必要とされる知識や技量も、医師について必要とされる知識や技量よりも少なく済む可能性があります。

 具体的には、コンタクトレンズの処方であれば医師がこれを行う必要は必ずしもないように思われますし、麻酔の施術についても、それ専門の教育を受けたとして一定の資格を付与された者がこれを行いうるようにするという方法があり得るようにも思えます。ジェネラリストとしての養成を受けずともスペシャリストとしての養成を受ければ十分にこれを行い得る仕事としてどのようなものがあるのかについては専門的な知識があるわけではないですが、諸外国における実践等も考慮した上で、従前医師のみが行えた仕事の一部を医師以外の者に委ねることを真剣に検討すべきように思います。

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25/04/2008

基本的人権が尊重されることの意義

 わが国の右派とリベラルの違いの一つは,リベラルは基本的人権が尊重される社会を好意的に捉えるのに対し,右派は基本的人権を尊重することを国益を損なうことと捉えているという点にあるのではないかという気がしています。したがって,リベラルは,比較的自分たちに近いところで基本的人権がより尊重されることを望む傾向が強いのに対し,右派は,自分たちが好ましく思っていない国や社会において基本的人権を尊重させることを希求する傾向があるのではないかという気がしています。

 もちろん,これはある種の傾向のお話をしているので,いちいち例外の話をされても「そうかもしれませんね」としか応えようがないのですけど。

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20/03/2008

総裁人事を政局にしているのはどっち?

 日本銀行の総裁人事に関しては,奇妙な議論が流行しているようです。

 民主党は以前より,日銀総裁人事を日銀出身者と大蔵省出身者のたすきがけとすることに反対していたのですから,元大蔵事務次官を日銀総裁とする案を政府が提示すれば,民主党は原則的にはこれに反対せざるを得ません。もちろん,政府が推挙する人材が余人を持って代え難い能力の持ち主だということであれば,民主党としては,当該人物については大蔵省出身者といえども例外的に日銀総裁とすることに同意するということがいえるでしょうが,大蔵省出身者であるということ以外にはこれといって反対する理由がないというだけでは,筋として,その人事案に賛成することはできないでしょう。

 そういう意味で言えば,元大蔵事務次官を,なぜその人でなければならないかという特段の理由を明示することなく,日銀総裁に推薦し続ける福田首相こそ,日銀総裁人事を政争の具としているということができます。しかし,世の中では,民主党が,日銀総裁人事を政争の具としているかのごとく触れ回る声が大きいようです。

 もちろん,政治学者の「雪斎」氏のように

此度の紛糾の結果、確実にいえることは、民主党は完全に財務省を敵に回したようだということである。民主党は、たとえ政権を取っても、財務官僚の「献身」を期待できまい。そういう状態で、民主党は、予算編成などをうまくやれるのであろうか。先々のことを考えずに、目先のことだけを考えるから、こういうことになる。

として,政権を取った際に財務省に嫌がらせをされたくなかったら財務省の要求には従えということを公然と述べる人から見れば,元大蔵事務次官の(日銀とのたすきがけ)ポストを一つ奪う今回の民主党の行動は平成政治史に残る「愚行」と位置付けられるということはあり得るのかもしれませんが,官僚にサボタージュされたくなければ官僚の既得権に手を付けるなということを言い始めたら,中央官庁改革など永久にできないでしょう。この論理でいえば,中央官僚幹部の天下り規制は諦めるか,財務省だけは規制の対象外としなければ,それもまた「愚行」とされてしまうことでしょう。

 しかし,雪斎氏らに「愚行」と評価されることを恐れて,財務省の意向に過剰に配慮するようでは,民主党は,民主党に対する国民の期待に応えることができないのではないかという気がしてなりません。

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09/03/2008

試写を見せろ,その後で俺たちに話をさせろとの与党議員の要求は,「圧力」といわないのか。

 朝日新聞によれば,靖国神社を題材にしたドキュメンタリー映画について,内容を「反日的」と聞いた一部の自民党議員自民党の稲田朋美衆院議員と、同議員が会長を務める同党若手議員の勉強会「伝統と創造の会」(41人))が,文化庁を通じて試写を求めたとのことです。

 稲田議員は「表現の自由や上映を制限する意図はまったくない。でも、助成金の支払われ方がおかしいと取り上げられている問題を議員として検証することはできる」とのことですが,それならば封切り前に自分たちのために試写会を開けと要求するのではなく,封切り後に映画館で見れば済んだ話ではないかという気がします。試写後に同庁職員と意見交換する予定だったとのことですが,文化庁は,その傘下の独立行政法人日本芸術文化振興会を介して750万円程度の助成金を同映画に交付しているにすぎないのに,文化庁の職員とこの映画について「意見交換」してどうしようというおつもりだったのでしょうか。

 一般に,その国や社会のネガティブな面を表現する作品にどれだけ寛容でいられるかがその国や社会の文化の高さを示す指標として用いられる昨今,与党第一党の国会議員がこのような行動に出ること自体,日本の評判を貶めることに繋がっていくわけで,そういう意味では,このような行動こそが「反日的」だったりするわけですが,稲田議員にそういうことを理解していただくにはあと何年かかることでしょうか。

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01/12/2007

Pages'08はなかなか凄い

 iWork'08に収録されているワープロのPagesは、なかなか使えます。

  1. まともな脚注機能がある。
  2. まともに書式設定が行える。
  3. 葛飾区の「葛」注1が正確に書き出せる(グリフ入力に対応している)。
  4. Word形式のファイルを読み込め、Word形式でファイルを書き出せる。
  5. 余計なことをしない。
  6. 頻繁に落ちたりしない。
等の要素を兼ね備えています。私の用途からすれば、ウィンドウを2分割する機能があれば、欲しい要素はほぼ兼ね備えることになります。

 表については、Excelとデータ互換性の高いNumbersで作成したものをそのままコピー&ペーストできるので、それで足りるかなあと思っています(弁護士が業務で使う程度の表計算なら、Numbersで十分ですし。)。

注1
 葛飾区の「葛」の字に関してはこちらを参照。また、最近中国系企業対中国系企業のドメイン訴訟を扱っている関係で大量に簡体字を準備書面や陳述書等で使う必要があったのですが、MS WORDでは印刷できない文字もPagesでは印刷できてとても助かりました。

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24/11/2007

テレビ局と、その取引業者の職業倫理

 芸能人等にまずい料理を作らせてバカにして遊ぶだけのために高級素材を買い集めるテレビ局と、そのような用法に使われることを知りつつテレビ局に高級素材を提供する生産者または流通業者の職業倫理って一体どうなっているのだろうかとは考えあぐねてしまいます。どちらも「儲かればいい」というだけなのでしょうけど。

 また、このところのバラエティ番組は、若い女性を単なる「物」として扱うことに躊躇がなくなってきている感じがします。エンターテインメント産業は大衆からの好感度を集めることが一つの大きな要素となりますから「ルックス」を重視することは仕方がないと思いますが、最近のテレビ局の女性の使い方はしばしばそういう次元を通り越しています。

 選撮見録事件の時は、テレビ局サイドから、リアルタイム視聴に支えられた広告モデルにより質の高い番組が無償で提供されている(従ってタイムシフト視聴を可能とする選撮見録は撲滅されるべき)という旨の主張がなされていたわけですが、この程度で質が高いと自惚れられてもなあという気がしてなりません。

* 高級素材ではなくても問題だと思いますが、高級素材の場合、一般に余計に資源が費消されていますので。

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20/11/2007

ミシュラン東京版にはがっかりだ

 何かと話題になっているミシュラン赤ガイドの東京版ですが、今日の日経新聞の報道等によると、星付きのお店しか掲載されないとのことでがっかりです。

 ミシュラン赤ガイドの良さの一つには、かなり小さな町のホテル・レストランまで掲載されていること、並びに星がつくほどではないがコストパフォーマンスにすぐれている店に印が付されていること等もあるのですが、東京版ではそういう良さはなくなっているようです。また、赤ガイドについては、1軒1軒についての文章による解説が1〜2行に凝縮され、基本情報は記号化されることにより、その国の言葉を解さない人にも相応に活用できる工夫がなされていたのですが、東京版は1軒見開き2頁とのことなので、きっと日本語で長々とした説明文が書いてあるのではないかと思われ、その種の良さも失われているような気がしてなりません(この点は実物を見ないと分かりませんが)。

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12/11/2007

最初が肝心

 新しい組織を作って新しい種類の活動を行うときに、最初に何を取り上げるかというのは非常に神経を使います。一番メディアに取り上げてもらいやすいのは最初の活動ですし、最初の活動で信頼を失うとあとで信頼を回復するのは非常に難しいからです。

 そういう観点からすると、「マスコミの誤報を正す会」において、最初のテーマに「9月29日沖縄県民集会に11万人の参加者が集まったという誤報」を最初の活動テーマとして取り上げたということは、不思議といわざるを得ません。この問題は、一部のマスメディアにおいて、11万人という数字が主催者発表に過ぎないことを注記していなかったというだけのことであって、報道内容からすると非常に些末的な部分が問題とされているに過ぎません。もちろん、一部の右派の方々が大騒ぎをしているのは存じ上げていますが、逆に言うと、そういう一部の方々にのみ関心を持たれているテーマを最初に持ってくると、「ああ、そういう人たちのための会なんですね」ということで、そうではない人々からは見捨てられてしまいます(実際、産経新聞以外の新聞には取り上げられてもらえなかったようですが。)。

 どうせならば、マスコミの誤報によって具体的に人々の生活に支障が生じた例なんかを取り上げた方が、会の趣旨に対する賛同者も増やせてよかったのではないかと思うのです。例えば、ある小学校で生徒が校長先生に土下座を要求したという内容の誤報とか、ある刑事事件の弁護団が「死刑廃止論」という自己の主張をアピールするためにその事件における被害者遺族を侮辱するような弁護活動を行っているという内容の誤報等を最初のテーマとして取り上げていれば、「なかなかやるな」と思われたかもしれないので、残念です。

 なお、産経新聞社の阿比留記者のブログによれば同会の代表の加瀬英明氏は「主催者発表を鵜呑みにしているが、これはそれぞれの新聞が責任を持たなければいけない」と仰っていたようですが、不特定多数人が事前の予約等もなしに参加するイベントにおいておよその人数を報ずるにあたっては、各メディアにおいて独自に参加者の人数を数えたりなどしていられないだろうということは想像がつくとは思うのですが、今後産経新聞社は、野鳥の会の会員を雇うなりして、この種のイベントにおける参加者数を独自に数えることとするのでしょうか。

 また、この種の組織を作るにあたって、最初の記者会見を行う時点でウェブサイトを開設していないというのは、今時致命的です。ウェブサイトのなしに、どうやってインターネットユーザーと連携を取る気なのでしょうか

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29/09/2007

灯台もと暗し

 橋下徹弁護士がまた不思議なことを仰っています。

 

コメンテーターの仕事や、番組に出演する仕事は、この裁判よりも重要でないっていうのか!!
コメンテーターやタレントの皆さん、そして放送局関係の皆さんへの最大の侮辱だね。
弁護士の仕事が一番偉い、今回の裁判が社会的に最も重要。
染みついちゃってるんだね、その感覚が。

 「今回の裁判がコメンテーターの仕事や番組に出演する仕事よりも重要である」ということが「弁護士の仕事が一番偉い、今回の裁判が社会的に最も重要 」ということを意味するためには、「コメンテーターの仕事や、番組に出演する仕事 」が、「弁護士の仕事」の次に偉いことや、「今回の裁判」の次に「社会的に重要」であることが必要です。しかし、この事件の原告やその訴訟代理人がそのような意識を有していると伺わせるに足りる資料はこれを見いだすことはできません。したがって、今回の裁判に出席することが「コメンテーターの仕事や、番組に出演する仕事」よりも優先されるべきだといったからといって、「弁護士の仕事が一番偉い、今回の裁判が社会的に最も重要 」と考えていると断ずることが許されないことは明らかです。

 むしろ、橋下弁護士の上記発言には、「テレビ局の仕事が一番偉い。テレビ番組でコメントをすることが社会的に最も重要」という彼の意識が色濃く反映しているのではないかという気がしてなりません。

 また、橋下弁護士は、

今回の裁判は、光市母子殺害事件の被害者遺族に対して、非常に迷惑のかかる、もし違う方法があるのであれば、本当は避けなければならない裁判だったんだ。
とも仰っています。確かに、橋下弁護士がバラエティ番組でくだらないあおり発言をしなければ、また、読売テレビがこれをカットしていれば、あるいはここまでことが大事になる前に橋下弁護士が懲戒請求を煽ったことを間違っていたことと認めきちんと謝罪していれば不要だったとは思います。しかし、橋下弁護士がその間違いを認めないのだから仕方がありません。

 さらにいえば、今回の裁判が起ころうと起こるまいと、或いは、今回の裁判で原告が勝訴し橋下弁護士が1200万円の損害賠償を命じられることとなろうとも、光市母子殺害事件の被害者遺族には特段の迷惑はかからないように思います。このように自分の利害のために「光市母子殺害事件の被害者遺族 」を持ち出すのは、もういい加減やめにするべきではないかと思うのです。

 なお、

弁護士が自分たちの裁判は社会的に重要だ、社会的意義がある画期的な裁判だって自ら言うのはそれが原因なんだ。
弁護士以外にいますかね、これだけの自画自賛野郎が。政治家くらいかな。
弁護士以外の業種で、自分の仕事を、「社会にとって重要だ」なんて言ったら確実にブーイング。
とのことですが、「灯台もと暗し」なのでしょうか。私は、名誉毀損訴訟や著作権訴訟等を通じて、その種の自画自賛を何度マスメディアから聞いたかしれないのですが。

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17/09/2007

阿比留記者の思わせぶりな発言

 産経新聞の阿比留記者のブログに次のような記載がありました。

 余談ですが、収支報告書を見ていて、興味深い名前を見つけました。改革国民会議の支出欄には、「講師料50万円 勝谷誠彦」と記されていました。この人は日頃から小沢シンパであることを公言していますから、さもありなんですね。また、小沢一郎政経研究会の報告書には、「講演謝礼50万円 森田実」とありました。こっちもときどき目にする言動を考えると納得がいきます。

 この記述からは、勝谷氏や森田氏は、小沢一郎サイドから講演料名下に多額の金印を受領し、それ故に小沢氏寄りの言動を行っているかのごとき印象がもたれてしまいます。さすがに大新聞の記者さんですからそのように断言はしませんが、コメント欄を見ても、概ねそのように受け取られているように思われます。

 ただ、小沢一郎という政治家ないしその資金団体の主催する研究会で森田実氏というベテランの著名な政治評論家に講演を依頼するというのはさほど不自然ではありませんし、これを見る限り、「50万円」という講演料は、森田氏からするとさほど高い部類には入っていない(少なくとも、その見解を曲げても構わないと思えるほどのものではない)ように思われます(要は、「20万〜150万円の範囲で要相談」ということですが、学生等を相手にするわけでもないので、特に講演料を安くしなければならない事情でもないでしょうし。)。勝谷氏の講演料相場はよく分かりませんが、テレビでレギュラーを持つ芸能人・評論家等の講演料として金50万円という数字が特に高いものとは思われません(一般の弁護士の場合、時間あたり1〜4万円程度しかいただけませんが。)。

 新聞社は、講演会を主催したり、記者が他社の主催する講演会に行使として招かれたりする機会も多いので、少なくとも阿比留記者クラスのキャリアがあれば、講演料の相場がどの程度かご存じだと思うのですが、そうであるならば、あのような思わせぶりな発言はいかがなものかという気がしたりします。

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16/09/2007

法科大学院のコスト

 非法学部卒業者が法科大学院(未習コース)を卒業して司法修習を終了した後官庁や民間企業に就職する場合、どのような処遇が必要とされるのでしょうか。投下資本が概ね15年程度で回収されないのであれば、中長期的には、合理的な人間はそのような進路を選択しなくなるとして考えてみることにしましょう(未習コースの場合、ストレートでいっても、実際に働き始めるのが27歳からになりますから、それから15年ということですと、42歳になってしまいます。)。

 まず、法科大学院を卒業するまでに負担する費用としては、法科大学院の授業料等や書籍代等の積極的費用の他、法科大学院に在学中原則無給状態に置かれることによる機会喪失費用をも斟酌する必要があるでしょう。法科大学院の授業料は、学校ごとにまちまちですが、仮に初年度150万円、2年目以降100万円/年として計算することにします。すると、3年間で350万円ですね。3年間の書籍代等を計50万円とすると(法学系の書籍は、1冊で5000円を超えるものが少なくないのです。)、積極費用は400万円ということになります。機会喪失費用は、各人の給与水準により異なってきますが、他学部卒業後すぐに法科大学院に入学する、すなわち、22〜25歳の3年間を法科大学院で過ごし、新司法試験に1回で合格し、二回試験も1回で合格するとすると、機会喪失費用は概ね400万円×5=2000万円ということになります(大卒男子の賃金センサスを参考に、ざっくりとした数字を導くとですね。)。もちろん、一定の社会人経験をし、年齢が上昇すると、同学歴・同世代の給与水準が上昇しますから、機会喪失費用も増大します。)。

 したがって、未習者コースを経て法曹資格を取得するための投下資本は、概ね2400万円を超えることになります。これを概ね15年程度で回収するためには、同学歴・同世代のものより、2400万円÷15=160万円程度収入面で優遇されることが必要となります。すると、27〜8歳から働き始めるとして、そのあたりの年齢の大卒男子(給与所得者)の平均年収が400万円前後ですから、初年度年収が600万円弱程度に達しなければ、投下資本の回収は見込めないと言うことになります。

 こうやって考えてみると、法学部を廃止して、未習者コースに一本化せよ云々という一部ロースクール教員の提言は現実離れしているように思います。むしろ、法科大学院制度を一日も早く廃止して、「ロースクール」を法学部の1学科として構成し直すべきではないかと思います。これならば、法曹資格を取得するための投下資本は、授業料(の他学部・他学科との差額)+司法試験受験機関及び修習期間中の賃金相当額ということになりますし、24歳から働きに出られるわけで、同学歴・同世代の給与水準 がさほど上昇していない時期に、社会に踏み出すことができます。したがって、360万円+360万円×2÷15≒400万円程度の初年度年収で足りるということになります。

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05/09/2007

朝日新聞社は毎年1000人以上の新入社員を引き受けるべきだ

 鳩山邦夫法務大臣が、司法試験の合格者を3000人とする計画について、個人的な意見としてですが、3000人は多すぎると述べたことが話題となっています。

 法科大学院制度を始めるにあたっては、推進派の方々は「法科大学院の卒業生は、たとえ新司法試験に合格しなくとも、企業等から引く手あまたである」云々と仰っていましたが、現実には、「新司法試験に合格して司法修習を終えても引受先を見つけるのが大変」という状態ですので、当初の見込みが甘かったことはすでに明らかになっています。そして、年間1000件程度の医療過誤訴訟が提起されるだけで「医療崩壊」の元凶扱いされてしまう我が国では、年間3000人もの新規法曹を受け入れる社会的土壌がないことは明らかです。どうせ、新規法曹が新規需要を開拓すると、新たに訴訟に晒されるようになった業界が当該業界の崩壊の責任を弁護士に押しつけるようになるだけの話です。したがって、「3000人は多すぎる」というのは、あたかも「王様は裸だ」という発言と同様に、誰もが分かっているのに反発をおそれて言い出せなかったことを果敢に指摘したものということができます。

 リーガルサービスの分野に市場原理をどこまで持ち込むべきかなんて牧歌的な話が行い得たのは、もう今は昔、司法試験の合格者数を500人にするか、600人にするか、700人にするかということが議論の対象となっていた十数年前のお話です。私は、リーガルサービスは市場原理に基づいて提供されるべきというのが国民の声なのだと実感いたしましたので、そのころから、市場原理の枠外にある国選弁護や当番弁護は一切受任しないことにしております。当然、法テラスになんぞ登録するわけがありません。

 リーガルサービスの分野に市場原理を導入することを是認するにしても、司法試験の合格者数が年間3000人を超えるというのは、短中期的には多すぎると言えます。

 これによれば、平成18年現在で、裁判官は、地裁、高裁、本庁、支部の判事と判事補を合わせて3341名、弁護士は22021名に過ぎません。しかも、そのうちの5〜6分の1は、むしろOJTを課してもらう側の立場にいる若い方々です(なにせ、平成13年の段階で裁判官は3049人、弁護士は18243人しかいなかったのですから。)。司法試験の年間合格者数が3000人ということは、裁判官の総人数とほぼ匹敵し、弁護士の総人数のおよそ7分の1にあたります。まして、一部の法科大学院関係者が言うように、法科大学院としては経営上の観点からほとんど学生を落第させることはできないが、法科大学院卒業者の8割程度が司法試験に合格させろということになると、2007年度の法科大学院の入学者総数は5713人ですから、約4100人の新規法曹を受け入れることになります。これは、従業員数約6048人の朝日新聞社にたとえていうならば、毎年約1130人弱の新入社員を受け入れるというようなものです(これによれば、朝日新聞社の採用予定人数は120人とのことです。)。

 法科大学院の先生方は、学生が司法試験にさえ合格してくれれば、「後は野となれ山となれ」だから良いのですが、そんな大量の新人を押しつけられる現場のみにもなって欲しいといいたくなります。

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28/08/2007

汚れ役を押し付けないでね

 当院では、勤務医に労働基準法上の所定労働時間を大きく超える長時間労働を課しています。従いまして、当院では、勤務医の労働意欲を維持するため、当院の勤務医の診療ミスにより患者様の生命・身体を損なうことが生じたと致しましても、当院または当院の勤務医に対して法的責任を追及することを固く禁じております。医療とは所詮不確実なものでございますので、当院の勤務医の診療ミスにより患者様が亡くなられたといたしましても、それも運命だと思って諦めて下さい。

という掲示がそこかしこに置いてある病院には私は行きたいとは思いません。

 また、肉親が病院で死亡したときに、病院から

 当院では、勤務医に労働基準法上の所定労働時間を大きく超える長時間労働を課しています。従いまして、当院では、勤務医の労働意欲を維持するため、当院の勤務医の診療ミスにより患者様の生命・身体を損なうことが生じたと致しましても、当院または当院の勤務医に対して法的責任を追及することを固く禁じております。医療とは所詮不確実なものでございますので、当院の勤務医の診療ミスにより患者様が亡くなられたといたしましても、それも運命だと思って諦めて下さい。

という紙切れを渡されたり、事務局からそのような説明を受けたりしたら、大変な憤りを感ずるだろうと思います。まして、そのことに抗議をしたら「お前は医療のことを何も分かっていない。お前は自分の欲得のために、日本の医療を崩壊させる気か」と逆ギレされたら、その病院のことを絶対許してやるものかと思うことでしょう。

 「医療崩壊だ!」系コメントスクラムの方々は、その主張している内容が正しいと思うのであれば、上記のようなことを現実社会でまず実践してみるとよいのではないかと思わなくはありません。また、「医療崩壊だ!」系コメントスクラムに同情的な非医師の方々は、親族を含む知人が万が一病院でなくなるようなことがあったら、

 病院なんて大抵、勤務医に労働基準法上の所定労働時間を大きく超える長時間労働を課しているのだから、勤務医の診療ミスで患者が死んだからと言って病院や医師に法的な責任を負わしていたら、勤務医の労働意欲が失われてしまって、日本の医療制度が崩壊してしまうよ。所詮、医療なんて不確実なものなんだから、○○さんが医師の診療ミスでなくなったというのも運命だと思って諦めようよ

といって遺族を説得したらよいのではないかと思います。

 とにかく、そういう人々の怒りを買う「汚れ役」を法曹、とりわけ病院側から一銭の対価も受けず、むしろ、患者の遺族から相談料をもらって法律相談に応じる弁護士に押し付けないでもらいたいものです。


【追記】

 幼い子供を抱えた母親が「私の夫は、○○病院に入院中に、突如亡くなってしまいました。私は、○○医師による医療ミスがあったのではないかと疑っているのですが、どうしたらいいのでしょうか」と相談に来た際に、「○○病院ねえ。あそこは勤務医に労働基準法を無視した長時間労働を課しているところですね。それなのに、医療ミスであなたの夫が死んだくらいで○○病院の責任を追及したら、あそこの勤務医が労働意欲を失ってしまうではないですか。所詮、医療なんて不確実なものなんだから、あなたの夫が医師の診療ミスでなくなったというのも運命だと思って諦めなさいよ。えっ、今後この子の将来はどうなるのですかですって。そんな、あなたの子供の将来のために、日本の輝かしい医療を崩壊させる気ですか!」といって、相談者を追い返す弁護士を皆様お望みなんでしょうか。そうではなくて、医療過誤訴訟を受任してしまい、しかも勝訴してしまうと、個人として開設しているブログを荒らされても仕方がないということになってしまうようなのですが。

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25/08/2007

患者や弁護士や裁判所を攻撃しても労働環境は改善しない

 「Level3」という方からコメントを頂きました。

 

経済的理由は,医療訴訟が医療崩壊を押し進めている主たる理由ではありません.
とのことです。すると、
医療訴訟(民事のみ)に対する保険に医師が加入していることが多い筈ですが、その保険が破綻しかねませんので、保険加入料は高騰するもしくは支払い渋りが数多く発生することも考えられます。
するとどうなるか。
実際訴訟リスクの高い現場で勤労する医師は裕福でも何でもないので、そんな金銭的負担には耐えられませんので退職者が続出するでしょう。
との「元内科医」さんのコメントは、現役の医師の感覚からは外れているということでしょうか(懲罰的損害賠償制度が認められない限り、1件あたりの賠償額は飛躍的に高額化しそうにはありませんので、医師賠償責任保険の保険料は、概ね医師敗訴件数に比例する形でしか高額化しそうにありません。)。

 「Level3」さんは、

最大の問題は「医師のモチベーションを無くさせている」ことです.
多くの勤務医は連続36時間勤務,深夜勤務の翌日も休みなし,といったハードな勤務で労働基準法の基準を遥かに超えて働いています.これによって医師不足と言われながらかろうじて現在の医療は成り立っているわけです.時間給にすれば数百円以下ですね.こんな状況でも医師が医療を続けていたのは,「人を助ける」という使命感でした.ところが,医療訴訟の乱発,さらには「トンでも判決による不当な敗訴」によって医師はモチベーションを無くし,医療現場から立ち去っています.
と続けます。ただ、そうだとすると、「医師を治外法権に置く」というのは根本的な解決ではないように思われてなりません。むしろ、「多くの勤務医」が、「連続36時間勤務,深夜勤務の翌日も休みなし,といったハードな勤務で労働基準法の基準を遥かに超えて働いてい」る状況を改善する方向で「医師のモチベーション」を維持するのが本筋のように思います。といいますか、勤務先に「労働基準法を守れ」といえない鬱憤を、医療過誤訴訟を提起した患者やその家族、医療過誤訴訟を受任した弁護士や認容判決を下した裁判官に向けられても、何一つ建設的な話には繋がらないように思えてなりません。

 それとも、「ミスを犯して人を死に至らしめても一切責任をとらなくとも良い」特権さえ手に入れば、「連続36時間勤務,深夜勤務の翌日も休みなし,といったハードな勤務で労働基準法の基準を遥かに超えて働いてい」る状況は改善されなくとも構わないということなのでしょうか。

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医療過誤訴訟システムによる医師の経済的負担はどの程度か

 ところで、実際のところ、現在の医療過誤訴訟システムは医師にどれほどの経済的負担を掛けているのでしょうか。そして、それは医療を崩壊させるほどのものでしょうか。

 とりあえずの目安としては、医師賠償責任保険の保険料を見るのがよいでしょう。1件あたりの賠償額が高かったり、国民が医師を訴えることに躊躇せずかつ裁判官(国によっては陪審員)も医師に賠償責任を広く認める社会では保険料は高額となり、そうではない国では保険料は低額となるからです。そして、医師や病院は、医療過誤訴訟で敗訴しても、医師陪責保険に加入している限り、ごくわずかな免責金額を負担するだけで、それ以上の金銭の出捐を要しないのが通常だからです。

 では、日本の医師賠償責任の保険料はいくらくらいでしょうか。もちろん、保険会社によって、あるいは保険商品によって違うでしょうし、集団で加入すれば一部割引もされるでしょうが、あまり細かいことを言い出すときりがないので、ウェブで検出されるものを例として掲げると、こちらの保険ですと、「最高1事故 2億円(保険期間中6億円)」で保険料は月額保険料4,500円です。年額で金5万4000円といったところです。この程度の保険料の負担で医療は崩壊するほど日本の医師の所得は低いのでしょうか?

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24/08/2007

「医療崩壊だ!」系コメントスクラム

 「マチ弁日記おばさん弁護士の独り言」というブログが、「医療崩壊だ!」系コメントスクラムに襲われてしまっているようです。

 「突然」というエントリーのコメント欄は、最初の書き込みが2007/08/19 21:06、私がこのエントリーを書くにあたってみた限りの最後の書き込みが2007/08/24 05:57でその間コメント数が432件ということで、約14.6分の1回のペースでコメントが投稿されています。ブログ主がコメントに回答・反論しないことを責めるコメントもいくつか見られますが、まあ、物理的に無理というものです。

 しかも、この種の「医療崩壊だ!」系のコメントスクラムが押しつけたがっていることというのは、「医師に対して医療過誤訴訟を提起することはけしからん」という話なので、他人のブログのコメント欄で騒いでも解決する話ではありません。いくら騒いでも、医療過誤訴訟を提起して勝訴した弁護士に対して弁護士会が「医師を訴えるとはけしからん」といって懲戒処分を下すことはあり得ない(それって、別に弁護士会の懲戒手続きが形骸化しているからとかって話ではないです。)し、「医療崩壊を招くから」という理由で医療過誤訴訟の受任を拒否しようという動きが各単位会ないし日弁連レベルで行われることもないです(個々の弁護士レベルでも、おそらく広がらないでしょう。)。医療過誤訴訟で勝訴した弁護士が、全国の医師に対して、「医療過誤訴訟を提起し、あまつさえ勝訴すらしてしまい、申し訳ありません」と謝罪するというのは変な話すぎます。

 どうしてもというのであれば、弁護士に対して「医療過誤訴訟の依頼が来ても断れ」と要求するのではなく、医師会レベルで「医師は、法律家よりも上位の存在なので、医師を裁判制度の枠外に置くように、憲法を改正すべきだ」ということで、自民党の憲法改正チームに働きかければ良いのではないかと思うのですが(それ以外には、彼らの望む社会は来ませんから)、そういう動きには繋がらず、匿名でわーわー騒ぐだけに終始する傾向が強いようです。

【追記】

 なお、400件以上にのぼるコメントの後半部分は読まれましたか?

 後半部分はおっしゃるような極端な書き込みもなく、参加者はブログ主に対して「謝罪など求めていないし、その必要もない」ということで一致しているように見受けられましたが、それでもやはり同じご意見でしょうか?
これだけの反響があり、かつ荒らしとはいえないコメントがほとんどになってきてもなおブログ主は登場する気はないようです。なぜか新たな書き込みもできなくなっているようです。400全てにレスポンスするのは無理ですが、コメント付のブログで意見を公表した以上、これに対する何らかの意見表明は最低限の義務であると思います。が、ブログ主の弁護士先生はそれを果たすつもりがないようです。これについてもいかがお考えですか?
とのコメントを「 abdddmon@yahoo.co.jp」氏から頂いたのですが、例えば、「棒」氏による「明らかに無茶苦茶な訴訟を力技で取るというのがモラルが無いと思いませんか?しかもここまで無知で。」(2007/08/23 22:24)等の書き込みが極端なものではないとは、感覚の違いを感じます。そもそも、他人のブログのコメント欄を電子掲示板代わりにして、言いたい放題言っているという時点(まあ、「多少」というレベルならご愛敬ですが、Over400は「多少」というレベルではありません。)で、まともな感覚を失っているように思われます。

 なお、ブログ主が何らの意見表明もしない点ですが、「荒らしに対してはスルーが原則」といわれている昨今、短期間に大量のコメントが寄せられた今回のケースでブログ主がこれを相手にしないこととするのは、十分有りだと思います。ブログ主が、冷静にレスを返したところで、「もう医療過誤訴訟は、依頼されても引き受けない」旨を表明しない限り、コメンテーターさんたちが収まるようには思えませんので、時間の無駄という気がします。

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17/08/2007

人生いろいろ、争点もいろいろ

 国政選挙において誰に(どの政党に)投票するのかを決める際に何を重視するのかは、個々の有権者がその自由意思で決めることができる──およそ民主主義国の人間であれば誰もが共有している前提だと思っていました。しかし、iza!ブログの世界は違います。

選ぶ方にも選ばれる方にも好き勝手に争点を選ぶ権利はそもそもないのである.
このように拉致問題を軽視あるいは無視して,「生活」「年金」で民主党に投票した連中は,姉歯秀次以上の犯罪者だと言ってよい.
等ということが、一昔前のテキストサイトのような派手なフォント使いの元で語られています

 そこまでいう以上は、拉致問題を解決するスキームとして提示する各党の案のうち日本共産党によるものが一番実現性が高いものであった場合は、この方々は日本共産党に政権を取らせることも厭わないということなのでしょうが、なかなかそこまでの覚悟がある日本国民は多くはなさそうです。

 といいますか、拉致問題の解決に最も高い優先順位を置いた場合、「安倍政権を支持する投票行動をとる」という選択はない、というのが実際のところではないかと思います。何しろ、安倍政権発足以来、拉致問題には何の進展も見られません。それどころか、北朝鮮の核問題を解決するために米国のヒル国務次官補が北朝鮮政府や中国政府との外交交渉を粘り強く行っている姿が日本のテレビでもしばしば報じられる傍ら、日本政府が拉致問題の解決のために粘り強く外交交渉を行っている姿はとんと見ることはできません。もちろん安部首相は対北朝鮮強硬策を実行してきたわけですが、しかしそれは拉致問題の解決に一切繋がっていないわけで、「安部首相の対北朝鮮強攻策を支持すること=拉致問題を最大限重視していること」とはなりません。

 強硬策をとる場合、相手に突きつける要求は相手がそう遠くない未来に実行可能なものでなければならないというのは交渉の基本であって、拉致被害者全員の返還を要求するのであれば、返還要求の対象は、現在北朝鮮政府の管理下に確実に置かれているものでなければなりません(できる範囲で要求に応じても強硬策が継続するとなれば、相手方はこれに対して無視ないし強硬策でもって応えるしかなくなります。)。

 したがって、拉致被害者を一人でも多く一日も早く返還させるためには、北朝鮮政府が拉致被害者の存在を認めあるいは拉致被害者を返還したときには、これに応じてある程度の食糧支援等を行って徐々に「餌付け」していくことが現実的なのですが、そういうことって、イデオロギーにこだわりがあまりない小泉前首相にはできても、安部首相にできるのかというと疑問だったりするのです。

 少なくとも、今回の選挙では、硬直状態にある拉致問題について、どのような解決策を講ずるのかについて具体的なスキームが自民党から提示されなかったわけですから、「このように拉致問題を軽視あるいは無視して,「生活」「年金」で民主党に投票した連中は,姉歯秀次以上の犯罪者だと言ってよい 」といわれても困ってしまうわけです。

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15/08/2007

疲労骨折

 プロとして参加する相撲の「巡業」と、アマチュアとして参加する「親善サッカー」とでは、どちらが身体に与える負荷が大きいのでしょうか。

 前者の方が大きいのだとすれば、疲労骨折を理由に前者を休みつつ、後者に参加することは、必ずしも矛盾しているわけではありません。特に、疲労骨折は、「通常は骨折を起こさない程度の負荷が、繰り返し加わった場合に生じる骨折」なので、普段プロとして行っている競技とは負荷のかかる部分が異なる別の競技であれば、特に問題がなく行えることも十分想定しうると言えます。

 なんだか、「疲労骨折」に対する無理解が今回の一連の騒動の根本的な原因なのではないかという気もしなくはないのですが、大体において不勉強が目立つ日本のマスメディアはともかく、日本相撲協会って、お抱えの医師もいるプロスポーツマンによる団体なのに、本当に「疲労骨折」の何たるやを知らないのでしょうか。

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02/08/2007

そもそも安部首相の政策を支持している人にはなかなか出会わない

 参議院選挙での自民党が敗北した理由を議論するにあたって、そもそも安倍首相がやろうとしていたことがあまり国民から支持されていなかったことを軽視するのはいかがものかという気がします。

 前回の衆議院選挙では、「自民党をぶっつぶす」とした小泉首相が多くの国民から支持され、地滑り的な勝利を収めたわけですが、このとき小泉自民党に投票した有権者の多くは、戦後民主主義のもとで享受している自分たちの自由なり人権なりまで「ぶっつぶ」してほしいと望んでいたわけではありません。そして、多くの国民は、安部首相という一人の権力者が感じる「美しさ」を実現するために人生を捧げたいと希っているわけではありません。したがって、安部首相が「美しい国」の実現や「戦後レジームの脱却」を目指すと強調すればするほど、多くの国民は白けていきます(もちろん、相次ぐ閣僚の不祥事に対して、「美し」くないお友達をまずかばおうとした安部首相の対応は、「美しい国」作りのために自己犠牲を強いられるのが専ら庶民層ではないかとの疑いを国民に持たせたことでしょう。)。

 しかも、「戦後レジーム」を脱却するとどんな良いことがあるのか、まともに具体的な説明がなされているのを見たことがありません。安部首相を支持する方のブログを見ていても、普通の国民の普通の生活に密着した問題についての関心の薄さが感じられます。民主党にも松下政経塾出身者等に結構多いのですが、外交・安全保障問題を第1に考える政治家というのは、どうしても頭でっかちで国民の意向を軽視する政治家になりがちです。

 といいますか、安倍政権って、イギリスのブレア政権の政策のうち、評判の悪い部分を取り入れて、評判の良い部分を取り入れない政権という感じがしてならないのです。

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27/07/2007

舛添さんが当選したら

SANSPOによれば、

 事件後の会見で府警の対応の悪さを批判していた舛添氏はこの日も“噴火”。逮捕された男が「政治色や逃亡の恐れがない」という大阪地裁の判断で24日に釈放されたことに、「選挙期間中は拘留すべき他の候補者を襲うかもしれない」と憤り、「最近の裁判所はおかしい。裁判官がめちゃくちゃ。当選したら裁判所改革をしたい」とぶち上げた。

 刑事訴訟法を改正して「再犯の虞があること」を勾留理由に含めるということでしょうか、それとも刑事訴訟法上の規定にとらわれることなく被疑者を勾留するように意識改革でも行うのでしょうか。

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09/07/2007

神頼みの新自由主義

 「5号館のつぶやき」さんが、次のようなことを書いています。

 基本的には、何年もポスドクを続けさせるということは、研究者として育てているということです。それなのに、その後で研究職はないよというのは、裏切り行為以外のなにものでもないということが再確認できました。その裏切り行為の総元締めをしているのは、日本の科学および教育政策担当者であると思うのですが、責任者は誰も出てきませんでしたし、それを強く追求する番組にもなっていなかったと思います。

 とりあえず、生まれてしまった大量のポスドクと水ぶくれしてしまった博士後期課程をどうするのかという政策担当者の声は是非とも聞きたかったのですが、出てこなかったということは、自分たちは何もしないという答なのかもしれません。

 私は、国も民間も含めて博士がどのくらい必要なのか、ポスドクを経験した研究者がどれくらい必要なのか、そうしたことをはっきりと把握した上で、大学院および博士研究員をどうしていくべきなのかという議論が必要だと思っていますが、そういう議論は中央教育審議会や「教育再生会議(笑)」で行われているでしょうか。

 文部科学省は、法科大学院制度でも同じ過ちを繰り返しています。少なくとも学部卒業後、最低でも2,3年かけて法科大学院を卒業させ、卒業後に新司法試験を受験させ、さらに司法修習を受けさせる、というのは法曹として育てるということです。それなのに、それだけの関門を全てクリアして法曹資格を取得しても、一部のブランドロースクールの卒業生と二世君以外にはOJTの場所などないよ、法曹資格を取ったからって法律家として働けると思ったら大間違いだと突き放されても、「そんな無責任な!!」というより他にありません。さらにいえば、「司法研修所を出て法曹資格は取ったけれども、法律家としての採用がなかった人材」を企業が採用するのかというと、企業に対するアンケート調査の結果を見るとかなり悲観的であり、どうもその年齢までずっと無職でプラプラしていた人と同程度の処遇を覚悟しなければいけなさそうな雰囲気です。

 平成に入ってから、少し考えれば予想のつくことを、少しも考えずに、「神の見えざる手」に委ねることにしてしまう「神頼みの新自由主義」に基づく政策が次々と我が国では実現しています。ポスドク大増員計画も、法科大学院制度も、典型的な「神頼みの新自由主義」の無惨な失敗例ということができそうです。

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05/07/2007

訴訟を提起されている場合の代理人報酬すら「公費の無駄」なら弁護士の大幅増員計画自体が壮大な無駄かも

 群馬県の吉井町では、現に訴訟を提起されているときに、弁護士に報酬を支払って訴訟代理を委任することが「公費の無駄」であるとする見解が町議会の多数派を占めているのだそうです。

 こういう社会においては、弁護士の数を増員する必要性って全くないのではないかと思うのですが、いかがなものでしょうか。あるいは、司法研修所を出たものの一般の法律事務所に就職できなかった新規弁護士がたくさん排出されれば、上記事件のように、無償で訴訟代理を引き受けてくれるはずだというのが、大幅増員推進論者の算段かも知れません。ただ、高橋伸二弁護士はある程度功成り名遂げた方ですので1件くらい無償でやっても生活に響くことはないと思いますが、生活基盤すら確立していない「いきなり独立」弁護士に無償労働を強いるのは酷というものです。法科大学院で、「霞を食べて生きる仙術」までしっかり教えてくれると良いのですけど。

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04/07/2007

公務員が優遇されすぎているのか、民間が冷遇されすぎているのか。

 朝日新聞によると、

総務省は3日、地方公務員の技能労務職員7職種の給与を、民間企業のほぼ同種の従業員と比較した調査結果を発表した。平均給与月額で最も差が出た電話交換手では、地方公務員が民間より1.87倍高かった。

とのことです。

 多分この記事を読んで、「公務員はけしからん」みたいな意見を述べる人が多いのだろうなとは思いましたが、その下の部分を読んでみると、必ずしもそうは言えない気分になります。

電話交換手は地方公務員の平均が39万8600円(平均年齢47.9)なのに対し、民間の平均は21万3200円(同41.4)と1.87倍の差が